【2】
【2】
「明日まで待てるか今日行くぞ」
「え」
待つはずなんてなかったよ。
だって仕方ないじゃない。お腹空いてるんだもの。美味しく食べたいんだもの。
「確か火山の麓に街があったな。鉱石採掘や鍛冶産業……、面白いところで言えば遺跡探掘などで有名な街だ。この火山はよく遺跡が出土するらしい」
もっとも、最近はあまり遺跡が出たという話を聞いたことはないが、と付け足して。
「その街ならアポリブ種もあるだろう。無かったとしても代用品ぐらいは売っているだろうし、剣も直さなければいけない。……剣鍛冶ならば『爆炎の火山』に生息する亜人の、ドワーフ達による技術の方が優れているのだが、彼等は気難しいからな。俺ではとても頼めない」
「まぁ、ドン引きされるか頭おかしい奴扱いされて終わりじゃろな……。亜人より人間してないし……」
――――亜人とは人語を解し、魔族と人間の中間に存在する一族である。有名なところを上げれば勇者が述べていたドワーフや、エルフ、獣人、ラミア、ケンタウロスーーー……、等々。人間の姿を取るものが多いがその実、生態は大きく異なるとされる。
それこそ、ドワーフで言えば主食が鉱石だったり、エルフならば寿命が長かったりと様々だ。
しかし、彼等は魔族や人間との線引きが曖昧で、一部では亜人を魔族呼びすると、或いは人間呼びすると差別だと怒られることもあるので注意が必要である。
とまぁ、話は逸れたが、魔王リゼラは頬杖を突きながら、嫌々な呆れ息を見せた。
「それにしても、この辺りにも街があるのか。……いやそもそも御主、剣って必要なの?」
「野菜を切るのに手刀ではまな板ごと斬ってしまうのでな」
「あぁ、成るほ……、おい待て今までの野菜って全部その剣で斬ってたのか!?」
「当たり前だろう。他に何で斬る」
「ほ、う、ちょ、うゥ!! 御主の料理理論どうなってんの!?」
「あるモノは使う主義だ」
「じゃあ包丁用意しない!?」
「節約は大事だろう」
限度があると思います。
「……しかし、ここから山裾を通って街にとなれば明日の朝日を拝むことになるかも知れない。そうなれば夕飯というより朝食になるが……、まぁ、美味い肉が食いたいなら仕方あるまい。貴様はそれまで魔道駆輪の中で眠っていても構わんぞ」
「ぬ、ぬぐッ……! あ、あの魔道駆輪でか……!!」
「文句を言うぐらいならいい加減あの内装にも慣れることだ。毎度毎度、眠る為に魔道駆輪を止めたのでは時間が掛かりすぎる。この道中も本来なら数日程度で超えたのだがな」
「うるせぇ! ファンシー過ぎて目がちかちかするのだ! と言うか、それを言えばどーせ御主も寝なければならんのだから構うまい!」
「……何だ、俺の睡眠など気にしていたのか」
「うん、二、三回ほど居眠りで事故りかけたからね!?」
解るだろうか、車体の挙動がおかしくなったから運転手を見てみれば無表情で動かなくなっているという恐怖が。そのまま車体が山道から転がり落ちかける恐怖が。
この男、目を開けて真顔のまま眠る。しかもうつらうつらともしない。なのでずっと隣で見張らねばならず、こちらの精神が磨り減る始末。だから毎回わざわざ止めて野宿しているというのに、この男め。
あとついでに言えば、この男が近くにいないと野獣に襲われることがある。初日頃の話だが、勇者フォールの近くで寝てなるものかと彼を魔道駆輪の中に追いやって自分は外で寝ていたら、野獣の唾液で目覚めるハメになった。あの時の恐怖といったら、もう。とんでもない絶叫をあげたものだ。
なお、ちょっと漏らしたのは秘密である。
「だぁー! 解った、解ったよもう! 仕方ないから今日は野菜スープだけで我慢してやる!! だから街に行くのは明日にしよう、なっ!?」
「……美味い肉、食いたくないのか」
「事故るぐらいなら普通の肉で構わん!!」
「美味い肉だぞ?」
「だからいいって!!」
「美味い肉……」
「ちょっと自分で食いたくなってんじゃねぇよ!!」
全くもって面倒臭いこの男。
と言うより、未だこの男がよく解らない。勇者フォールという男が、よく解らない。
取り敢えずスライムが好きってこと以外よく解らない。いやもうそれだけ解ってれば良い気がしてきた。いや実際それで良いのではないだろうか? もうそれで良いや。
「と、も、か、く、だ! 肉は明日、今日は寝る!! 解ったな!?」
「……山裾の街まで行くには、時間が掛かる」
「そうだ! 山頂に行くのも街に行くのも明日の朝になるのだろう!? だから諦めてーーー……」
「だが……」
柔らかくなった肉を見詰めながら、彼はぼそりと呟いた。
「山頂を超えていけば、深夜までには到着する……」
瞬間、魔王リゼラの脳内に電撃が走る。
気付きや発見による衝撃ではない。それは予期だ。予測だ。つまり、嫌な予感だ。
この男と幾日か旅をしてきたが、間違いない。勇者フォールがこう、何か思案するように視線を細める時は、決まって嫌なことが起こる。
だとすれば、今回は、まさか。
「四天王を速攻で倒し、肉の味が落ちない内に街まで行ければ……」
そういう、つもりなのか。
「……美味い肉が食える」
エプロン姿の勇者フォールは肉を付けた鍋を持って立ち上がった、が。そんな彼を止めるべく一人の魔王もまた、立ち上がる。
「やめろよ。絶対やめろよ?」
「何故だ。美味い肉を喰いたくないのか」
「食いたいけど御主絶対やめろよ!? 四天王だぞ四天王! 四回しかない大イベントじゃろ!? 普通なら四回しかない覚醒イベントだろうがオイ!!」
「俺を普通だと思うか?」
「思わん」
「だろう」
「うん」
「…………」
「…………」
ごめんシャルナ、駄目かも知れない。
「それに想像してみろ、魔王よ。食む度に甘辛いタレが肉汁と絡み、口の中で溶けていく食感を」
歯牙で押し潰す度に溢れ出す肉汁。芳醇な香りと重圧な肉がずしりと胃を押し込め、赤身と脂身が濃厚なタレで重なり合って、飲むように喉へ落ちていく。
食べれば食べるほど腹が空く舌腹にピリリとくる辛さと、奥歯の底までも染め尽くす至福の甘み。頬で蕩ける、しかし歯牙を押す厚み。食べれば食べるほど口の中が幸福で満たされていく高揚感。
「食べたくは、ないか」
「……ぐ」
「……食べたくは、ないか?」
「…………た、たべ」
「…………食べたくないか」
「食べたいですぅっ……!!」
「よろしい」
涎だらだら涙ぽろぽろ。それはもう薄ら暗い取引だった。
こうして鍋と野菜スープを抱えた勇者フォールと魔王リゼラの食道中が始まった。向かう先は『爆炎の火山』の麓にある人街、の売店、に売っているアポリブ種、を材料とした美味しいお肉、から作れるフェイフェイ豚の照り焼き。
行こう、美食はそこにある。美味しい晩ご飯がそこにある。ついでに四天王戦もそこにある。この深く熱する熱風を超えて、大岩小岩転がる山路を超えて、爆炎噴き出す火口を越えてーーー……、さぁ。




