【1】
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「ふむ……」
時は大きく巻き戻る。昨夜の宴よりも前、明朝頃までだ。場所もまた王城内、でこそあれど現世ではない夢幻の世界。そう、楽園の花畑である。
フォールはその楽園に浮かぶ虚空の中から、何気ない様子で歩み出て来た。恐らくアレイスターの用意した仮初めの密室で何かを行っていたのだろうが、ぽっかりと口を開けていた暗闇の入り口は直ぐに閉じ、再び美しい花園に蝶々が舞う。
彩り微笑ましい花畑は正しく幻想的ではあるものの、はて、その中で膝を抱えたまま啜り無く大男は全く幻想的ではない。むしろ邪魔。
「……アレイスター、何だこのデカブツは」
「何って、四肢じゃないか。どうにもアテナジアに振られちまったらしくて、ここに連れてくるなりこのザマさ。情けないったらありゃしないね」
「うぉぉおおおお……! 振られちまったよぅ……、うぉぉおおん……」
「物理的にも大の男が情けない。俺など愛する者に振られ続けてもなお不屈の心で挑戦し続けているぞ? 貴様のように一度失敗したからと言って恋心が冷めるようでは真の愛とは言えないな」
「フォール、お前……。そ、そうだな。俺が間違ってたぜ! 一回振られたからって何だ!! せめてお友達からとか、次に繋げりゃァ良いんだ!! 俺があの人を愛する心は本物だぜ!! よし、ありがとうよフォールお前のお陰で元気が出た!! お陰でまたアタックできそうだ!!」
「ちなみにアンタの愛する者って誰なんだい?」
「スライムだが」
「俺の感心を返せよ」
閑話休題。
「さて、今は無駄話するほど暇ではない。俺達には色々と話し合っておくべきことがある」
「それが俺をここに呼んだ理由ってか? けどよォ、だったら魔王リゼラとかも呼んだ方が良かったんじゃねェか。何も俺じゃなくても……」
「奴等には怪我の療養もあるし、何よりいては話が進まん。……だろう? アレイスター」
「まぁ、大凡同意だね」
「……まァ、そこは別に構わねェさ。それで何を話し合うんだ? 顔貌の処遇か? アイツは、元々仲間だった俺だから言えるが周到で狡猾な奴だ。情けを掛けてやるとかは止めた方が良い。魔力が回復し次第、どんな姿に化けてでもお前等の手の内から脱出して復讐を考えるだろうぜ。アイツは、そういう奴だ」
「その点に関しては心配ない。顔貌は既に処分した」
「しょぶっ……!? よ、容赦ねぇ奴だなテメェは……」
「……勘違いするなよ? 話し合いで解決しただけのことだ。処分というのはあくまで奴の邪悪な心のことに過ぎん」
「あ? ばっ、馬鹿言うんじゃねぇ! あの顔貌が話し合いなんぞで諦めるモンかよ!! いいや、例え拷問を受けたってあの盲信は変わらねぇ!! フォール、テメェは騙されてるだけだ! あぁ畜生、顔貌は何処だ!? きっともうお前を欺いたのを良いことに行動を起こしてるに違いねぇ!!」
「顔貌ならそこにいるが」
「あァ!? いったい何処にーーー……」
「いやだから、そこ」
フォールが指差した先には、花畑で楽しそうにぴょんぴょんと跳ねるブルースライムの姿があった。
しかし何と言うべきか、いや行動や揺れ具合は紛れもなくスライムのそれだし外見や鳴き声も完璧にスライムなのだが、何かが違う。ハッキリとは言い表せないが、何と言うか、そのスライムには絶妙なパチモン感が溢れていた。
それは、つまり、そう。
「…………ふぇ、顔貌?」
「取り敢えず真っ暗な密室で五時間ほどスライムの素晴らしさとスライム神教への入信を説いたら納得してくれたようでな。完璧……、とは言い難いが75点ぐらいのスライムにはなってくれた。むぅ、しかし俺の想像のスライムだからな。やはり本物には程遠いだろう……」
「アンタのせいで昨夜は徹夜さ。老人を殺す気かい?」
「その程度でくたばるならば万々歳だが?」
なお実際はお婆ちゃんちょっと居眠りしちゃってフォールのスライム洗脳が外部に漏れだし、現在から数分後にスライムハザードが開始され、とある冒険者と王子により悲劇は加速したりする。
ババアインパクト、既に達成済みという罠。
「兎に角……、このように顔貌は見事改心してくれた。説得から大体三時間ぐらいで物言わなくなったが今では見事にスライム言語をマスターしている。奴もこれからはスライム信徒として世界へ希望を振りまくことだろう」
「……テメェにだけは逆らわねぇ。決めた。今決めた」
「それは話が進めやすくて何よりだ。……で、四肢。貴様をここに呼んだのは他でもない、俺とアレイスターの取引を円滑に進めるために貴様が必要でな。その為に来てもらった」
「取引?」
四肢は知る由もないが、そう、取引とはロゼリアの教育を対価にアレイスターが持ち掛けた『運命の真実』のことである。
確かにロゼリアの教育をフォールは達成した。多少どころではなく手荒だったものの、我が儘にいじけていた少女は己の役目を知り、堂々といじけるようになった。それが正しいかどうかは別として、少なくとも彼女の成長という意味では大きな役割を成し遂げただろう。
しかし奇妙なのが、フォールが未だ『運命の真実』を求めることである。彼は既に滅亡の帆で四肢から魔族三人衆の目的を耳にしており、彼等の言う『運命』の意味も知り得ているはずだ。つまるところ、取引は既に破談していると言える。
しかしーーー……、どうにもフォールとアレイスターを見る限りそんな様子は感じ取れないようで。
「お、おい待てよ。運命? 運命だと? 運命ってのはつまり、顔貌の言う計画の、或いはその結果のことだったんじゃねェのか!? これ以上何を聞くってんだ!」
「だろうな。だがここで矛盾が生じる。……そもそも、四肢。貴様はどうしてまだあの御方とやらから罰を受けていない? 心臓、カインのようにその姿を変貌させられ記憶を喪失していない?」
「あ? そ、そりゃ……、何でかは知らねぇが……」
「答えは簡単だ。『必要がないから』……、その一言に尽きる。つまり貴様を生かして居ても何ら問題ないし、貴様が何を言おうと何も問題ない。黒幕はそう判断したということだろう。或いは、顔貌ですら……」
「た、確かに俺ァ計画について顔貌や心臓ほど詳しくは知らなかったが、そうだよな。顔貌が天罰を受けてねェのは筋が通らねェ! いやもう天罰より酷い状態になってるようなモンだが……」
「そこで取引に意味ができる。……アレイスター、貴様は言ったな? 俺に『運命』の真の意味を教える、と」
「……あぁ、言ったね」
「貴様は知っていたのだ。初めから『運命』とやらが意味する真の意味を。だからこそ俺に取引を持ち掛けたし、お前は今もここにいる。俺の中に燻る、言いしれぬ貴様への嫌悪感が何よりの証拠だ。……貴様は知っているんだろう? 『運命』の正体を、そして『勇者』の正体を。ならば教えてもらおう。それが取引だったはずだ」
老婆は少しだけ、沈黙した。己の意志へ潜るように、ほんの少しだけ。
やがて彼女が再び口を開いた時、その瞳には追憶の雫が潤んでいた。
「……まず始めに断っておくが、この事実にはもうガルスは辿り着いているよ。アンタの友人の優男さ。まさか遺物の記述と禁書などの資料だけでこの事実を読み解くとは大したもんだね。本人は『先生の論文があってこそ』だ何だと謙遜していたが、私は久々に引っ繰り返る思いだったよ」
「当たり前だ。ガッちゃんだからな」
「その自信は何処から湧いてくるのか……。まぁ良いさ」
こつり、と杖が花畑を突いて。
「この話を始める前に、一つ昔話をしておこう。古い話だ。……私が戦士と僧侶、そして初代勇者と共に魔王を討伐した時の、旧い、古い、神話の頃のお話しだよ」
アレイスターは話し始める、今では御伽噺と成り果てたその話を。
――――初代勇者は『始まりの街』で目覚めた。聖女による預言は王を辿って彼へ伝えられ、勇者は己の使命と己に宿りし女神の加護を知った。そして彼は僧侶と、旅の途中で出会った戦士、魔法使いと共に魔王を倒す旅に出た。様々な街で様々な人々に出逢い、彼等を初代魔王の邪悪から守り、時に苦しく、時に激しい旅路を歩んでいった。
そして彼等は北の『氷河の城』、西の『地平の砂漠』、南の『廃城』、東の『爆炎の火山』でそれぞれ『最硬』『最速』『最智』『最強』の四天王を討ち取り、魔族三人衆も討ち取り、滅亡の帆にてようやく初代魔王と邂逅する。
激しき戦いの末、勇者一行は魔王を討ち取り世界に平和が訪れたーーー……。
それが、アレイスターの語る昔話。彼女が過ごしてきた、懐かしき日々。
「もちろん、戦いはそれでは終わらなかった。初代魔王の意志は脈々と魔族に受け継がれ、魔王が二代目、三代目と生まれ……、やがて勇者もまた二代目、三代目と生まれていった。勇者と魔王の歴史が廃れた現代でもなお、誰もが御伽噺として知っているお話さ」
「……それが、俺の運命とどう関わる?」
「解らないかい。始めに魔王城を攻略したアンタは、東の『爆炎の火山』、南の『廃城』、西の『地平の砂漠』を辿ってきた。つまり歴代の勇者達が辿ってきた道を逆回りしているのさ。逆転と言っても良い」
「それはある程度予測していることだ。だが、ならば顔貌の『運命の傀儡』という言葉の説明がつかない。逆らっているのならばむしろ、カネダのように『反逆者』と呼ばれるべきだ。……しかし、確かに顔貌は黒幕から全てを知らされずその盲信を利用されていたのだろう。だが奴は聡い。きっと、何か欠片でも真実に気付いていたんじゃないか? ……だろう、四肢」
「あ、あぁ……。それを俺に教えるこたぁ無かったし、あの盲信振りだ。疑うこともしなかった。だが何かに感付いている様子はあったぜ」
「さてね、今となっちゃどう足掻いても予測の反中さ。だが奴は私を『反逆者』と呼んだことを考えれば、まぁ、気付いていなかったとしても、その黒幕から本来の運命については知らされて居たんだろうよ」
「……本来の運命、か」
「あぁ……。フォール、アンタもエレナから聞いてるはずだ。本当のアンタは『始まりの街』から幼馴染みである盗賊の少年と共に世界を旅し、ダークエルフの少女リースと戦士メタルと出会って魔王リゼラと四天王達を倒すはずだった。それが正しい運命……、顔貌の言う野望なんかじゃなく、エレナが女神により与えられた未来の姿だ」
「だが、そうはならなかった」
フォールはこつりこつりと大理石の机を叩きながら考える。それはほんの数秒ほどの思考だった。いや、或いは有り得なかった運命とは言え自分があの災悪と一緒に旅した未来があると知っての苛つきを抑えていたのかも知れない。
どちらにせよ、答えは容易く出て来る。そう考えるまでもなく、あっさりと。
「……本当は、カネダも貴様も、いいやリゼラ達でさえ、死ぬ運命にあったのか」
「その通りだ。鋭いねぇ」
「あ? ま、待て。話が見えねェぞ。どういう事だ」
「四肢……、少し考えれば解ることだ。人間と魔族の戦いなのだからリゼラ達は当然そうなるだろう。少なくとも俺達が魔王リゼラと戦うことになるのは、四天王も含め、そういう事だ」
「それは解るぜ! そこまでなら馬鹿でも解る!! ……だがカネダやこのババアが死ぬってのは、いったい」
「……こればかりは貴様も知らんから無理もないか。いつだったか、『死の大地』で邪龍の卵を奪った商人がいた。その邪龍は俺がうっかり気絶させてしまったのだが、もしあの時に俺がいなければ邪龍は街を壊滅させていただろう。いいや、それだけではない。今まで俺が訪れてきた場所の何処であれ、ガッちゃんやルーティア、エルフの女王やラヴォス、帝国のエレナや十聖騎士、そしてこの街やアレイスター、貴様も死んでいたはずだ。それがどのような理由であれ、偶然であれ、誰かの目論見であれ」
――――故に、反逆者。
本来の運命ならば、フォールが世界を歴代の勇者と同じく回っていたのなら、きっとこの出逢いはなかった。四天王達と刃を交わす死闘を繰り広げ、悲惨にして残酷なる運命が待っていたことだろう。
カネダは邪龍の報復に巻き込まれ、ルーティアは『沈黙の森』で不魂の軍に襲われ、エルフの女王とラヴォスは『最智』の策略に討たれ、帝国のエレナや十聖騎士は心臓により支配され、この街も、四肢とアテナジアが出会うことなく顔貌の仕組んだ反逆により滅亡していたに違いない。
或いは、今まで訪れてきたところ全てが悲惨な運命を辿っていたことだろう。
「……ンな馬鹿な話があるかよ。出来過ぎてる」
「そうだ。出来過ぎている。……そこに運命の正体があるんじゃないか、アレイスター」
「あぁ……、その通りさね。考えてもみなよ。もしアンタが一つの道を作ったとしよう。目的地まで真っ直ぐ伸びる、何者にも崩せない道さ。整えられ、邪魔する者もおらず、ただ真っ直ぐに伸びる道。アンタはその出来映えに満足することだろう。この道を行く者は必ず自分の定めた道程で目的地へ辿り着くだろう、と」
「だがその道の始まりと終わりを決めるのは、或いはどちらから歩み出すかは進む者が決めることだ」
「……だから私達は『反逆者』になった。勇者フォール、アンタが世界の道程を、歴代勇者が歩んできた道を逆さから進んできたからね」
「…………解らん。解らんな。ならば反逆者は俺のはずだ。貴様等ではない。どうして俺が、その道に逆らい進む俺が『傀儡』となる?」
「ここからが本題さ、フォール。運命の正体と言っても良い」
それは運命の流転。否、仕組まれた歯車の駆動。
だってそうだろう。道程が決められ、道程が定められーーー……、そこまで準備しているのならばどうして、歩む者のことも仕組まない?
そんな事は有り得ないのだ。決して、有り得るはずがなかったのだ。
「私はね、永く生き過ぎたせいで未来と過去が見える。聖女ルーティアやエレナのように女神の加護ではなく、自身の力だけでそうなった。……だからこそ解るのさ」
「……何がだ」
「アンタの始まりは『消失の一日』だった。異常な力故に多くのモンスターが消失し、アンタはその力を封じることに決めた。謂わば悲劇の、これは死から始まった冒険ということさ。その冒険は己の力、対女神用に魔族が準備していた秘宝を使い封印させることで進んでいく。そうだね?」
「…………そこまで視ているとはな。その通りだ」
「だが……、その冒険は反逆してしまった。謂わば逆転しちまったのさ。アンタが道を逆さまから歩んでいくから、死から始まった冒険は逆転する。死が、逆転するんだ」
そこまで語ればもう、答えは出ているようなものだった。
――――『消失の一日』という死の逆転。それが指し示すのはつまり、生命という答え。
この反逆の旅路は、つまり、初めからずっとーーー……。
「仕組まれていた、ということか」
「……そういう事だね」
フォールは少し体勢を崩し、頬杖を着いて大きく息を吐き出した。
その一息に様々な感情が入り交じっているのは言うまでもない。その無表情からは感じ取れない何かが、酷く、混濁した絵の具のように混じり合っていることは。
「ま、待て、辻褄が合わねぇじゃねぇか! フォールの通りやすい道を用意したってンなら、そこを通らせるのが当たり前だろう!? ってのにコイツは反対から通ってる! それが運命への反逆だ!! ……だがそれで思い通り!? おかしいじゃねぇか!!」
「その矛盾が意味するところは、少なくとも今話すことじゃないね。重要なのはこれが死から生への逆転する道程だということだ」
「……死から生へ。つまりは『復活』ということか。俺はその為の礎というわけだな」
「あぁ、そうだ。未来と過去を視、初代勇者と共に冒険した私だからこそ解る。アンタはーーー……」
フォールはアレイスターの言葉を掌で制止すると、吐き出した息を軽く吸い戻した。
「……滅亡の帆で見覚えのある野営地を見た。貴様への嫌悪や、南の孤島でルヴィリアの魔眼による夢に出て来た人物、遺跡兵器で古代文字が見えたこと。知るはずもない滅亡の帆や神代の矛のこと。いいや、考え出せばキリがないか。既に答えは目の前にあったということだ」
――――決着は自分で付ける。そう、言わんばかりに。
「俺は初代魔王の身代なのだろう」
アレイスターは静かに、ただ静かに頷いた。
それこそが勇者フォールの正体。誰も過去を識らず、己すら存在を知らず、この度を続けてきた男の正体。
『消失の一日』より始まり、運命の流転により反逆を続けてきた男のーーー……、正体。
「初代勇者の盾に弾かれた時点で、殆ど確信していた。成る程、遺跡兵器の構造も考えれば……」
「……そうだね。アンタは紛れもない女神の加護を受けた勇者だ。だが同時に、初代魔王が復活するための身代でもある。これは古代兵器、つまりは魔族の四兵器である『覚醒の実』、『不魂の軍』、『滅亡の帆』、『神代の矛』に続く隠された最後の一つ、『厄災の人形』だ。フォール、つまりアンタはーーー……」
「厄災の人形。それが俺の、『勇者』の正体ということか。……そしてそれは、理由は解らんが女神が初代魔王を甦らせようとする黒幕、という事にも繋がる。そうだな? 四肢」
「お、俺に聞くんじゃねェよ! いきなりそんな事言われても……、だ、だが確かに顔貌や心臓に指令を下していた影のあの御方は女の声だった。一度だけ聞いたことがあるが、間違いねぇ」
「あの天気予報女神め……、下らん目論見を」
こん、こん、こん。フォールは大理石の机を指先で軽く叩いてみせる。それは先刻のため息とは打って変わって、露骨に怒りを抑えるための仕草ということは誰の目にも明らかだった。
いや、無理もあるまい。何もかも仕組まれ傀儡とされた者に明かされた真実として、これは余りに邪悪であり、重すぎる。この男だからこそ憤怒を抱えているだけで済んでいるが、本来なら発狂してもおかしくないほど残酷な話だ。
アレイスターはそんなフォールを案じるように声を掛けようとした、が。
「成る程、ハッキリ言葉にすると段々と思い出してきた。俺の知らないはずの記憶は初代魔王カルデアの記憶だったということか。……ふむ、ふむ。そう言えば俺にトドメを刺したのは初代勇者だったが、その一撃を生んだのはアレイスター、貴様の閃光魔法だったな。そうか、苛つきはそのせいか」
「……フォール? アンタ」
「何だ? ……まさか悲嘆に暮れろとでも言うつもりか? 俺が取り乱す様が見たいなら金を払え。魔道駆輪の修理代を出せば俺の見事な演技を見せてやらんこともない」
「そ、そうじゃねェだろう、ババアが言ってんのは……。お前なぁ、もうちょっと、こう、あるだろう!? お前は女神に仕組まれて生まれた存在で、実は勇者どころか人間ですらなかったんだぞ!? 何か感じるところとかないのか!?」
「無くはないが……、別にどうとは思わんな。俺の出生が何であろうと、俺は今ここにいる。その正体が人間でなかったからと言って、いったい何の問題があると言うのだ?」
アレイスターと四肢は平然と、いつも通りの無表情であっけらかんに答える男へ呆然と顎を落とす。
憤怒でさえも所詮は苛つき程度のものだったのだろう。既に大理石を打っていた指は止まっており、面倒臭そうに鼻先を掻く程度だ。いや、事実彼からすれば女神の目論見とか初代魔王復活とか顔貌の盲信とか、その他の出来事も全て面倒なことでしかない。謂わば道端に転がる、ちょっと大きな石程度のものなのだ。
当たり前であろう。何せ、彼は、ずっとそうだったのだから。始まりから終わりまで、ずっとーーー……。
「俺はスライムをぷにぷにしたい。その為に旅を続け、今まで戦って来た。理由はそれだけで充分だ」
勇者ではなく、ただのスラキチ野郎なのだから。
「「……勇者って、何だっけ」」
二人の疑問は尤もである。現に外ではスライムハザードの大惨事だ。
けれど、まぁ、つまりはそういう事なのだ。陰謀だとか目論見だとか壮大な運命だとか反逆者だとか、そんなモノこの男にとっては微塵も関係ない。明日の夕飯メニューの方が遙かに大事なぐらい、どうでも良い。
この旅路の目的は今までも、これからも決して変わることはないただ一つの真実なのだから。
「全く、迷惑な話だ。なぁ、顔貌」
「スラスラ~!」
いやでもやっぱり、スライムはねぇよ。
読んでいただきありがとうございました




