【エピローグ】
【エピローグ】
「…………ォ」
弱々しい声が染み出して来るのは瓦礫の山。文字通り、他にどう例えようも無いほど瓦礫の山。
つい先刻まで熱砂の砂漠一色だったはずの景色は滅亡の帆の墜落と砂漠の崩壊により瓦礫と砂が見事にミックスされ、ある意味で一つの島のようになっていた。まさか世界最悪の兵器たる神代の矛になるはずの要塞と、その片割れたる遺跡兵器が原形も留めないほど崩壊するという大惨事の果てに砂漠埋め立ての材料になるとは、神話の古代を戦い抜いた誰もがそう思うことはなかっただろう。
と言うか、まぁ。
「点呼ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!」
現代を生きる誰もが、そんな事になるとは思いもしなかっただろうが。
「一番、シャルナ。生きてます……」
「二番、ロー。元気ー!!」
「三番、ルヴィリア。死にかけです」
「四番、カネダ。平和が恋しいです……」
「五番、ガルス。いい加減諦めて欲しいです」
「六番、ゼリクス。俺は伝説の冒険者にしてギルド史上ただ一人プラチナSSSランクに到達した『神剣』の」
「七番、ロゼリア。ねぇこれ意味ある?」
「は、はちば、あの、はちば、はちっ……、あ、アテナジア、は、はち……」
「きゅ、九番、四肢……」
「そして十番のフォールだ。貴様等、存命で結構だな」
「「「「「「「「「死ね……」」」」」」」」」
「何故だ……?」
当然と言わなくても当然である。誰が悪いって大体コイツが悪い。おのれ勇者クオリティ。
確かに彼のお陰で滅亡の帆が神代の矛に進化することは阻止できたが、その代償は『地平の砂漠』崩壊という大惨事である。
特に限界まで体力が削られていた聖女ルーティアと運悪く瓦礫の崩落に巻き込まれた十聖騎士達は怒っても良いと思う。まぁ、砂漠に頭から突っ込んで動かない辺りそもそも生きているかどうかが怪しいのだけれど。
「じゃーっかしィわこのクソ勇者ァ!! 御主のせいで砂漠アツゥウイッ!! ……くない?」
「余波で砂が掻き乱されたことで一気に冷却されたのだろう。良かったな」
「何も良かないわこのカスゥッ!! 『全力でロゼリアを守れ』ってそういう事か!? お陰でこっちが死にかけたわドアホォッ!!」
「生きてたから良かったじゃないか。……まぁ、何だ。よくやってくれたな」
「き、貴殿、私も頑張ったのだが? 中々の活躍を見せたのだが!?」
「ローも頑張ったぞー! 撫でろ-!! ローを撫でロー!!」
「その前に僕を起こしてくれると助かるんですけど。あの、ちょ、砂が、砂で溺れる。砂で、砂ガボゲボェッ」
「「「「……何でお前がここに?」」」」
「君の鬼畜親友のせいですけど!?」
「失敬な! 誰が鬼畜ですか!!」
「いやお前だよ誰が何と言おうとお前だよ」
ぎゃあぎゃあと喚き騒ぐ彼等を前に、ゼリクスは何とすべきか、取り敢えず聖女達を救出しつつ呆れ果てたため息を零す。あの激闘の後だと言うのに何と呑気な連中だろうか、と。
かく思う彼本人も目当ての人物がおらず落胆の吐息を零すのだが、いや、今はそう気を陰らせることもあるまい。
――――紆余曲折、激戦苦闘あれど結果的に戦いは終結した。顔貌の邪悪なる大望は彼等によって打ち砕かれ、世界を崩壊させるという兵器は神代の矛に進化することなく、どころか墜落により片割れの遺跡兵器までも崩壊した。
世界の命運を賭けた戦いは、そう、今ここに終わりを迎えたのだ。
「……あー、ロゼリア、アテナジア、さん。その、何だ」
そして、ここにもその戦いの終焉に安堵する者の姿があった。
未だ瓦礫と砂の海に腰元まで埋まりつつも、気恥ずかしそうにじゃりりと酷い感触の髪先を掻き分ける巨漢が、一人。
「迷惑……、掛けたな。謝っても謝り切れることじゃァねぇが、アンタ等には……、アンタ等の街にも、本当に……」
「……ふんっ。終わったことをあーだーこーだ言われてもどうしようもないわよ。それに、結果的にとは言え助けて貰ったわけだしね。まぁ、貴方がこれまでしてきた事を赦すわけじゃないし貴方の立場を認めるわけじゃないけど、それを裁くのは私じゃない」
ぶっきらぼうな少女の答えに、四肢は肩を落としながら苦笑を零す。
アテナジアはその様子にただただ気まずそうに狼狽えるが、嗚呼、けれど。
「……後でじっくり、花畑の花植えや建物修繕の慈善事業をさせてやるわ」
まぁ、少女には少女の答えがあるもので。
「ろ、ロゼリア様……!」
「……悪いな。俺みたいな、奴を」
彼等には彼等の答えがある。少女には少女の、黒幕には黒幕の、騎士には騎士の。勇者や魔王、四天王達、盗賊や冒険者、剣士ーーー……、彼等には求めるものがある。だからこそ彼等はこの決戦に勝利することができたのだ。世界の命運を賭けた、この戦いに。
と、彼等が呑気に話を繰り広げていた頃だろう。不意に彼等の背後で瓦礫ががらりと崩れ落ちた。
初めはまさかあの災悪がまた復活してきたのでは、と何名かが身構えたがーーー……。
「……顔貌?」
そこから現れたのは異形の姿さえ保てなくなった顔貌だった。
男のような、或いは女のような華奢な体は力なくふらついており、眼も酷く虚ろである。まるで夢遊病患者のように光無き表情は、深き絶望に満たされていた。
いや、そもそも全てを賭けた決戦に敗北し、最終兵器である滅亡の帆までも失ってしまったのだ。敗北の末にある表情としては必然とさえーーー……。
「……死に体だな。引導を渡してこよう」
冒険者としてか剣士としてか、その様を見かねてゼリクスは雷神剣を鞘より引き抜いた。
先刻までの異形ならば兎も角、今はもうただのひ弱な、病人すら思わせる体躯だ。もう躊躇することはあるまい。
「敵であるとは言え無様を晒させるのは好まん……。せめてもの情けだ」
雷神剣が閃光を放ち、紫電の爪が辺りの瓦礫と砂塵を弾く。
瞬速を誇る斬撃は顔貌に引導を渡すことだろう。そしてこの事態は今度こそ結末をーーー……。
「待て、ゼリクス! 何かマズい!!」
四肢の忠告が早いか、視界の端に黒い影が走るのが速いか。それとも、遙か後方で砂塵が爆ぜるのが早いか。
誰も彼もがその出来事に凍り付いた。肌を炙るような熱は日没と共にその寒気を加速させ、皆の脳裏へ残酷なまでに鮮明なる現実を刻み付ける。そして、その傷の痛みは刺し貫く痛みとなって現実という傷痕から最悪の予想という鮮血を流させる。
まさか、有り得ない、馬鹿な。誰かの口からそんな言葉が出て来るよりも前に、顔貌は静かに口を開いてみせた。漆黒の刻印が拡がり、魔力反応が激しく閃光を散らす体躯から、その事実を吐き出すのだ。
「何と……、残酷な運命でしょう。滅亡の帆の墜落が? 違う。四肢の裏切りが? 違う。神代の矛への進化失敗が? 違う」
閃光は弾け、弾け、弾け。顔貌の指先まで刻印は拡がっていく。
その姿には先程までの病的な弱々しさが残っているくせに、酷く恐ろしい。いいや、それは弱々しさではなく、不明さなのだろう。人は未知を空想だと嘲笑う。それは自身の知らない領域を恐れる本能からの、一種の防衛反応だ。
つまり今この瞬間、皆が顔貌に対し弱々しさを感じている。その姿の実在性の弱さを、故に、恐怖を。本能的にーーー……、感じ取っている。
「私の予想が当たってしまったことが、ですよ……」
闇に融け込む怪異の表情から零れる、一筋の笑み。
その優しげな微笑みを受けた瞬間、反射的に全員が武器を構えた。構えざるを、得なかった。
「……そういう事か、顔貌。滅亡の帆の起動が遅かった理由は、そういう事か」
「フフ……、流石は勘が良いですね、フォール。その通り。私はね、滅亡の帆の原動力である、瘴気が吸収する……、人々の恐怖や自然魔力の半分を滅亡の帆ではなく私自身に蓄積していたのですよ。ある意味、私はこの世に存在する誰よりも初代魔王に近い状態にあると言っても良い。神代の時代に戦乱を巻き起こしたあの方に……!」
「ま、待て、顔貌! 何だそりゃ、俺は訊いてねぇぞ!?」
「えぇ、話していませんから。だって打ち明けられるわけがないでしょう? 滅亡の帆は勇者に落とされるだろう、などと」
刹那、顔貌が指先を上げた瞬間にカネダの眼前で爆炎が巻き起こった。
その業火は初級魔道のような威力ではない。或いは、人間でいう上級クラスの一撃である。
その一撃は誰一人として反応する間もなくカネダを直撃し、彼は黒煙を吐き出しながら瓦礫の中へと倒れていく。
「か、カネダさーーー……っ!?」
「私はね、ある意味で確信していたのですよ。今まで様々な策謀が貴方に阻止されてきた。古来より刻々と積み重ねてきた策謀も、永く果てなき野望も……。心臓のこともそうだ。いえ、彼の目論見が失敗した時点で私は覚悟していたのかも知れません」
平然と、フォールに向かって緩やかに歩んでいく顔貌。
シャルナは瓦礫から覇龍剣を引き抜きその余裕を打ち砕かんと瓦礫を踏み砕いたが、滅亡の帆の落下による衝撃だろう、彼女の脇腹に激痛が走る。そしてその隙を見逃すほど彼の者は甘くない。
彼女が気付いた時にはもうその大剣は肩ごと凍り付かされ、彼女の両脚までもが水晶が如き氷結に縛られた後だった。
「忌まわしいことですが、えぇ、貴方への信頼と言い換えても良い……。フォール、貴方ならばやるのだろう、と。絶対防御のあの要塞を墜としてみせるだろう、と。貴方ならばやってみせると、私は確信していたのですよ。全く、どうしようもなく忌々しい」
「ッ……! 顔貌ァアアアアアアアアアアアッッッ!!」
咆吼。四肢の豪腕が振りかぶられ、かつての同胞を狙う。
然れど、嗚呼、駄目なのだ。彼の豪腕を持ってしても、否、それを放たせるどころか構えさせることすらせず、雷撃はその巨躯を貫き、自由の二文字を灼き尽くした。四肢は全身を痙攣させながら眼を見開いて哀れにも大地へと墜ちていく。喉の奥から、苦悶の吐息を吐き出しながら。
「四肢……、大人しくしておくことです。貴方はまだ私の温情により生かされているに過ぎない。貴方に罰を下すのはあの御方だからこそ、生かしてやっているに過ぎないのですよ」
「顔貌……! が、ぐっ……、諦めろ……!! これ以上戦って何になる……!! 滅亡の帆は破壊され、片割れも墜落により崩壊した!! あの破壊規模じゃ再生の魔方陣さえ発動しねェ!! 俺達の野望は終わったんだよ!!」
「野望……? 可笑しなことを言う。貴方の考えはそんな稚拙な願いだろうが、私のは使命という崇高なるものだ! 規模が違う!! 一時的な感情に委ねられるほど軽いものではないのですよ!! あぁ、これだから生物は嫌なんだ。石のように、機械のように、魔道のようにただ己の役割を果たせば良いものを! 貴方のような裏切り者と一緒にしないでいただきたい!!」
「や、野郎ッ…………」
四肢は全身の痺れを抑え込んで立ち上がろうとするが、やはり手足は動かない。
彼の悔念は憤怒となって眉根に現れたが、しかし、その怒りを代弁するが如く顔貌へと嘲笑が向けられる。
「使命……、使命か。愚かなことよのう、顔貌」
「……何です? 魔王リゼラ」
「御主の展望は結構なことだ。別にそれ自体は否定せぬし、魔族の悲願であるが故むしろ肯定してやろう。しかし御主はそれだけだ。魔族が望むことを御主が望むなとは言わん。だが御主の望みは魔族の望み以上の何物でもない。魔族という社会が『そうだから』と祭り上げているものを、その有り難みだけで信仰しているに過ぎん。その先がない。その理由がない。御主にあるのは虚構だけよ。……で、あれば一時的な感情であろうと己の意志を貫き通した四肢の方がよっぽど好感が持てるわ」
「クフ、クフフフッ……、何とでも言うがよろしい! 貴方も、フォールも!! 所詮は無力故にその虚構すら果たせぬ弱者ではないですか!! いや、これよりこの世全てが弱者と成り果てる!! この私の力によってーーー……」
顔貌が爪先で砂を払うと同時に、彼の背後へ岩壁が出現した。
頑強なる壁面はローとガルスによる烈風の一撃を容易く弾き、どころか彼等までも巨岩で押し潰してみせる。
――――圧倒的。それ以外に例えようがない。
『花の街』の住民達から恐怖の感情エネルギーを吸収し、自然魔力さえも我が物にした顔貌は彼等の想像を遙かに超えた魔力を有している。
否、こうなる事こそ彼の計画ーーー……、正しく想像通りの結末だったのだ。一手先のさらに先、三手も四手も読み続けた故の結末。全ての魔力を己の身に取り込み、例え同じ魔族三人衆だろうと四天王だろうと、勇者だろうと凌駕する存在に昇華されることこそが、顔貌、邪悪なる妄執者の目的だったのである。
「全てが、終焉の礎となるのです!!」
刻印這う腕が掲げられた瞬間、空に輝く幾千の星々の光が消え失せ、暗雲が立ち篭める。
雷鳴轟き業火吹き荒び豹雨の乱雨と砕け浮く大地の欠片。全ての五大元素を掌握せし者による、終焉の始まり。否、蹂躙の開幕である。
「フハハハハ。フハハハハハハハハハハッッ!! フォール!! 愚かなる運命の傀儡よ!! これが帰結というものです!! 貴方の無駄な抗いも、全ては私の信仰の前に虚しく散り果てるのみ!! 魔王も、四天王も、有象無象も!! 全てこの力の前では塵芥だ!! 誰も私に勝つことはできない!!」
戦いは、終わっていない。否、これより決戦は開幕する。
この場にいる誰もが激戦に力尽き、立つことさえままならない状態でもなお邪悪は止め処なく溢れ、彼等の希望を塗り潰す。その重圧は混沌となりて摂理を支配し、辺り一面に残虐なまでの終末を突き付けた。
彼等の無力を嘲笑い、彼等の尽力を踏み躙り、彼等の戦力を遙かに超えたその者はただ嗤う。達成された目的を、超越した快楽を、これより来たる戦乱を、嗤い求めて飲み干して、絶望という泥をただ亡者の喉へと流し込むのである。
「終焉は! 今!! 此所にッ!!」
収束される絶望。入り交じる混沌は業禍となりて降臨し、刻印這う邪悪へと頭を垂れる。
その一撃がーーー……、魔法なのか魔術なのか、そもそも魔道の類いなのかさえ定かではない一撃が放たれれば、ここにいる全員が跡形もなく消し飛ぶ。誰が直感したか、皆が察知したか。しかしそれは否定できない現実であり、事実だった。
ただ見ているだけで眼球が焼けるようだ。肌の産毛が焦げ付き、全身の血が沸騰するかのような熱量。
顔貌の嗤言は傲りではない。事実、彼はこの場にいる全員を滅ぼすことができる。
「………………強さ、か」
ただ、一人。この場で彼に対抗できるであろう、けれど実力差は余りに歴然たる勇者は、刃を抜いた。
先刻まで顔貌の盲信に耳を澄ますが如く静かに落ち着いていたこの男が今、迫り来る絶対的な脅威に対し、一歩を踏み出したのである。
「動くな」
――――しかし、顔貌は周到であった。
「フォール……、貴方はその場から動くことを赦しません。指先一つとて貴方には自由を与えない」
今この時、此所に到るまで幾度も舐めさせられてきた辛酸。
その苦悶の味が、顔貌に油断の二文字を失わせていた。
――――例え天地がひっくり返っても、フォールが自身を倒すことはできまい。いや、今この場には自身へ傷を付けられる者さえ存在しない。例えかすり傷一つだろうと、だ。
しかし、その有り得ないを引っ繰り返すのがこの男である。現に絶対防御を誇る滅亡の帆はたった一人の小娘によって崩壊し、野望は潰えてしまった。有り得ないという慢心がその結果を生んでしまったのだ。絶対的な結果が、この有り得てはいけない策を発動させてしまったのである。
ならば、油断はしない。一挙一足、その果ての芽に到るまで全てを潰す。一片残らず、全て、全てを!
「これより……、一撃を放ちます。ただし貴方にではない」
「……何?」
顔貌は業禍収束せし腕を、緩やかに側面へ向けた。
その方向には誰もいない。少なくともフォールの視界に映るだけならば、影一つない。
ただーーー……、ロゼリアとアテナジアは知っている。その先に、『花の街』の人々と帝国の者達が避難した一つの街があることを。
「フォール……、貴方ならこの一撃に抗うでしょう。逸らすか、防ぐか、或いは受けるか。どうするかまでは予測できませんが……、えぇ、貴方はこの一撃を見逃せないはずだ。かつての貴方ではなく、今の貴方ならば」
「…………貴様」
「私はね、その一瞬が欲しいのですよ。貴方が行動を起こすかどうかという、たった一瞬。その一瞬に策謀を張り巡らせられる者などいない。そう、例え貴方でも……」
業禍は亀裂が如き閃光を放ち、辺りの砂塵と瓦礫を灼いていく。
顔貌の身に宿る刻印は次第に輝きを強め、煌めきを放ち。
「……一応言っとくけど、無理だぜ。フォール君」
然れど、嗚呼、然れど。彼の双眸はその輝きさえも捕らえていた。
これより先に巻き起こる未来は鮮明に彼の瞳へ浮かんでくる。いや、彼ばかりでなくその背後で倒れる者達にも、浮かんでいるだろう。
しかしーーー……、それが退く理由にはならないのだ。この決戦で、この戦いで、彼が諦める理由には、ならないのだ。
「答えは変わらん。無理を無茶で通すだけだ。……だろう?」
その者が、ただ。
「四肢」
諦める理由にはーーー……、ならないのだ。
「……そこに立つ意味を、理解してのことですか? 四肢」
「理解? ゲヒャヒャヒャ……。解らねェなァ。俺ァ馬鹿だからよォ。小難しい話は御免だぜ」
「ならば命じましょう。そこを退きなさい。貴方には下されるべき罰がある」
「……退かねェさ」
手足が痺れ、指先の感覚が失せている。腕も、脚も、思うように動かない。
呼吸するたびに全身へ苦痛が走り一歩歩むたびに脳髄が焼けるようだ。眼腔の奥底はチカチカと嫌な光を反射させ、全身の骨が臓腑の鼓動一度毎にみしりと音を立てている。自慢の拳は最早、握ることさえままならない。
「退くワケには、いかねェんだ」
だがーーー……、いいや、だからこそ。
「その強さを、知ったからな」
彼が退く訳には、いかないのだ。
「来いよ、顔貌」
――――始まりは、何処だったのだろう。
今となってはもう覚えていない。魔族として生まれ、力を持ち、蹂躙に尽くした人生だった。
逃げ惑う得物を嬲り倒し、鋼鉄をも砕く怪力はやがて魔族三人衆の一角として認められ、強者を求め強さを誇る地位に立った。何人も自分の敵ではなく、自身は如何なるものをも砕けるのだと確信し、この四肢は万物を掴み壊すことができるのだと信じて疑わなかった。
自分にはその強さがあるのだ、と信じていた。
「男ならよォ」
だが、そうではなかった。幾度もの強敵との邂逅は自身に未熟さを突き付けた。
どうすれば奴等に勝てる? どうすれば最強になれる? どうすればまた、あの地位に立てる?
そんな事を繰り返し考え、苦悩し、答えを求めていた。ずっとーーー……、探し求めていた。
「退けねェ戦いがあるだろう!」
彼女達に、出会うまでは。
「撃ってこいよ顔貌ァアアアアアッッ!! 俺ァ逃げねェぜ!! 今! 此所で!! 俺を撃って見せろォ!! この腕が、この脚が!! テメェなぞに砕かれると思うな!! 俺は四肢ーーー……、俺の四肢はッ!! 愛した女の強さを護るためにあるッ!!」
その強さを、知るまでは。
「…………そうですか。愚かな、全く愚かな男です。あと僅かな余生を噛み締めれば良かったものを」
「……愚かは貴様だ、顔貌。未だその強さに気付けない貴様に勝利はない」
「強さ? 強さ! フォール、貴方の言う強さとは何です? 勇気ですか? 友情ですか? 愛情ですか? 嗤わせるな! そんなものは強さではない!! ただの感傷だ!! 現に、どうです。その強さを信じた貴方達に突き付けられたこの現実をご覧なさい!! これでもまだ貴方は、その強さを信じると」
「信じるとも。俺は勇者だ」
顔貌の表情は、その一言を受けて一切の彩りを消失させる。
落胆などという程度ではない。それは紛う事なき諦めだ。彼等に対する僅かな情けも、彼等に対する僅かな認めさえも捨て去るという、諦め。
「……結構。貴方達と対話を試みた私の方が愚かだった。貴方達はもう、この世に存在することさえ烏滸がましい」
業禍、収束。
僅かなーーー……、ガラス玉ほどの球体に纏まった光は白と黒の混沌となりて、刻印の元に煌めきを放つ。
その一撃の先に佇むは、ただ一人の男。強さを知り、愛を知り、諦めないことの意味を知った一人の男。
「「四肢」」
ふと、男は己の名に振り返った。
そこにはいつの間にやら、自身の背中を支える小さな手と、大きな手があった。
彼はその手に安堵の笑みを浮かべ、そして小さな手が差し出した盾を掴む。初代勇者が残した歴史の遺産であり、悪しき者全てを灼き尽くす聖炎を放つ、その盾を。
「あァ……、こりゃァーーー……」
盾を掴む手に、痛みは走らない。それどころか彼の全身から苦痛は消えていった。
だって、そうだろう。誰だって、いつだって、そうだ。これは、きっとーーー……。
「負ける気が、しねェなァ」
刹那、一閃。顔貌の掌よりその一撃は放たれた。
四肢の絶叫と共に盾より聖なる炎の結界が展開され、業禍の閃光と真正面から激突する。
その衝撃は一面の砂塵を穿ち、瓦礫を説かし、天空の雲までも打ち払う。辺りに拡散する光はまるで流星のようですらあった。顔貌の放つ業禍の閃光はそれだけの威力がある。世界の一角を消滅させるだけの威力が、ある。
だが、退かない。だが、諦めない。だが、負けることはない。傷付き立ち上がることさえ覚束ない男の構える盾は、いいや、愛する者と戦う者の後押しを受けて構えられる盾が、負けるわけがない!
彼等の意志が、邪悪などに屈するわけがない!!
「四肢ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーッッッ!!!」
「「「顔貌ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーッッッ!!!」」」
激突、流転、破裂。拮抗は闇の空を穿ち天に幾千の星を散りばめる。
幾多の元素が破裂し、激突し、消滅し合う現象は『対消滅』を遙かに超えた威力を生み出し、辺り一帯を消失させていく。然れどなお止まらない。止まるわけがない。彼等の激突は、未だ、未だ、未だ!
咆吼と、慟哭と、入り交じり激突し合う戦いは、未だ!!
「フハ、フハハハハハッ! そんな古代の残骸で何ができるのです! 盾一枚で、貴方程度が、私にーーー……!!」
いいや、まだだ。狂気は消え去らない。
――――顔貌の業禍は、その盾さえも。
「させるかよ」
一瞬。ほんの、刹那。
顔貌の視界に塵が走った。それは空を舞う残骸程度のものだったが、しかし、確かに一瞬にすら満たない刹那、彼の意識を逸らしたのだ。
燃え尽き、傷付き、弱々しく脆い腕から放たれたーーー……。
「あの街を……、アイツを、撃たせてやるもんかよ」
ただ一発の、弾丸が。
「貴様の敗因は……、顔貌」
そしてーーー……、その刹那に刃を差し込む男がいる。
誰よりも弱く、誰よりも脆く、然れど誰よりも鋭き男がいる。
「俺の強さを……、彼等の強さを見誤ったことだ」
弾ける閃光、穿たれる空、溶けおちる砂塵。
その最中に、男の刃はーーー……、否。ただ一撃の指針は!
「放て!! アレイスタァアアアアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!!」
その時、煌光舞い散る激闘さえも塗り潰すほどの衝撃が放たれた。
『花の街』全土を覆うほどの、五つより成る魔方陣が作動し、唯一の極大魔方陣を形成する。
そして一人の老婆が全ての魔力を込めると共に、大魔方陣は生命の躍動を収束して封印の術式を白銀の刃という指針に向かいーーー……、射出する!!
「フォール……、貴様……!」
それこそは本来、災悪相手に放たれるはずだった一撃! 積み重ね、背負い抜き、戦い抜き、貫き通した果てに生まれた最大の一撃!!
――――彼等が紡いだ道に果てに輝く、希望の光!!
「フォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオルゥウウウウウウウウウーーーーーッッッ!!!」
絶叫、そして。
「クハッ」
嘲笑。
「クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!」
全て、この者は知っていた。
「だから愚かだと言うのだ! 貴様等人間はァッ!!」
彼等に何らかの隠し球があるであろうことも、それが自身を根幹から覆すほどの威力を誇るであろうことも、フォールが何者かと念話を通していることも、知っていた。
何もかも知っていた。だから、彼はその一撃を待ち構えた。彼等を挑発し、追い込み、責め立て、その一撃を放たせるべく誘導してみせた。
――――念には念を。生命を砕くのに躊躇があってはならない。花を潰し、茎を折り、葉を千切り、根を抜き、そして燃やしてもなお、足りない。まだ足りない。彼等を折り砕くにはまだ足りない。勇者ども、自身の目論見を破壊し続けてきた者にはまだ、足りなかった!
だから、今! この瞬間こそ!! その全てを燃やし尽くす時!!
「運命に灼かれろォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!」
瞬間、大魔方陣により増幅された極大魔法と顔貌は激突した。
閃光を超えた白銀の世界が視界を塗り潰し、衝撃を超えた一本の線が一瞬ほど聴覚を失わせる。
ただ、その邂逅が、認識する刻すら与えることなく、フォール達の最期の手段にして、最期の希望はーーー……。
「……はッ、ハハ」
その者を封印することなく、消滅した。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!」
地平の彼方まで拡がる、黄土の砂塵。その全てを塗り潰す邪悪なる嗤叫。
その叫びを受けるまでもなく、四肢は膝を折ってその場に屈した。最早、限界だった彼の体力は先刻の一撃を凌ぎきったことで底の底まで枯れ果てたのである。
いいや、彼ばかりではない。四肢を支えていた二人も、顔貌によって撃退された者達も、自身ごと封印に巻き込ませたフォールでさえも、最早戦う力は残されていなかった。武器を持つ力さえ残されてはいなかった。
否ーーー……、初めからそんなものは無かったのだろう。彼等の限界は滅亡の帆を墜落させた時点で疾うに来ていたのだ。それでも限界を押し上げ、或いは無視し、戦っていた。この最後の希望のために、戦い抜いた。
――――けれど、その希望は、もう。
「フォール……。称賛を送りましょう。貴方はこれまでの私の人生の中で、いいえ或いはこれからも、私を追い詰めたただ一人の人間だ。未来永劫、戦乱の世にて私が貴方以上に恐れる者はいないでしょう」
一歩。
溶け落ちた瓦礫と砂塵を踏み締め、一歩。
「貴方の意志も……、貴方の力も……、私には驚異だった。今となっては小指で突くだけで倒せるような相手でしょうが、いえ、クフフッ。それでも敢えて敬意を払いましょう。貴方が縋る勇気だの友情だの……、愛情だの希望だの、そんな有象無象にも等しく払いましょう」
一歩。
誰かの叫びを踏み躙って、一歩。
「喜びなさい、フォール。貴方のその有象無象の感情は私に届き得る刃と成り得たのです。もっとも、その刃は砕けてしまいましたが……。しかしその代わり私には良い教訓となった。その刃は純粋な力よりも私を倒し得る驚異になるのだ、という教訓にね……」
一歩。
頭を垂れる男の前に、一歩。
「さぁ……、最期の言葉を聞きましょう。フォールよ。貴方に赦された最期の自由を…………」
「………………」
フォールは視線を上げることはない。ただ表情を闇に苛み、静かに項垂れていた。
そんな様子を嘲笑ってか楽しんでか、敬意など微塵もない残酷さに頬を吊り上げ、顔貌は掌へ再び業禍を収束させーーー……。
「……封印は」
ぽつり、と。
「本来……、メタルに放つべきものだった。俺自身にかけられた封印を参考にし、あの男の急激な適応を退化させるためのものだった」
「…………それが?」
「封印は疑似的なもので……、威力こそ女神の秘宝には劣るが……、確かな威力が存在する。俺もそれを受ければ、無事では済まないほどの威力がな……」
「……遺言としては、随分陳腐なものですね。最期の最後まで解析とは頭が下がりますよ」
「だが、今更……、そんなものをどうこうしたとて、俺に力が戻るわけではない。いいや、この身にはもう二度とかつてのような領域外染みた力が戻ることはないだろう……。顔貌、貴様の言う通り俺は弱い。この場にいる誰よりも、弱いのだろうな」
「その通り……。それに気付くのがもう少し早ければ、少しは救いも」
「だからこそ意味があった」
――――顔貌は、気付く。
その身はかつての初代魔王と同じ魔力収束により構築されたものだ。体躯に宿した刻印は恐怖と魔力の証であり、ただそれだけで途方もない密度を誇る。収束時間さえあれば先刻のような閃光も何発だろうと放つことができ、或いは純粋な威力だけで言えば神代の矛に匹敵する一撃を放つこともできる。
自身には、それだけの魔力があるのだ。世界さえも滅ぼせるだけの、無限の魔力があるのだ。
だというのに、どうしてーーー……、その魔力が気圧される?
「封印の影響を受けるのは……、異常な変化を持った者だけだ。俺のように弱体化するか、メタルのように強化されるか……。そう、それだけだ。例外はない」
この、魔力は。
「ならばもう一人……、いるだろう?」
まさかーーー……。
「吼える、吼えるわ。下々が……」
その声は、正しく蠱惑。
たわわな胸とすらりと延びた白脚は砂塵を踏み締め、如何なる雄をも誘惑する絶世の美貌と数多くの雌さえも惚れ惚れとさせる深淵が如き黒髪は夜の帳を融け込むようですらあった。
その身に纏う夜天に等しき衣も、その色艶潤う唇も、何もかもがただ美しい。そして何よりも天高く、否、天さえも刺し貫く誇り高き双角がその美貌を際立たせている。
「控えおろう……? 妾を何者と心得るか」
かつて、とある最果ての城に君臨した一人の女がいた。
悪しき勇者により封印を施され、その旅の人質にされた女がいた。
「妾こそは誇り高き初代魔王カルデアの名を継ぎし、第二十五代魔王ーーー……」
歴代最強と言われた、魔王がいた。
そして今、此所にーーー……、かつての姿を取り戻した、魔王がいる。
「カルデア・ラテナーダ・リゼラである」
――――魔王、君臨。
「俺の封印を封印した。……無茶を無理で通すとはこういう事だ」
勇者の断言と共に歩む、幼さ消え失せさせ、絶対的な美貌を取り戻した魔王リゼラ。
その君臨に天地は震え、砂塵は舞う。然れど顔貌は余裕を失いはしなかった。
「……クフッ、クフフッ! 今更、安穏に胡座をかいていた無能な魔王に何ができると言うのです! それこそ無意味というものだ!!」
顔貌が両腕を拡げると共に、彼の背後へ数十近い魔方陣が展開される。
その全てに先刻の業禍が収束され初めており、閃光は漆黒の夜を白昼のように明るく照らし出していた。
飛び散る閃光の、何と眩きことか。収束されし虚空の、何と恐ろしいことか。その一撃に最早躊躇や戸惑いなどは微塵も存在しない。元より慈悲など、一度とてーーー……。
「……は?」
繰り返す。その一撃に躊躇や戸惑いは微塵も存在しない。元より慈悲など一度とて存在しなかった。
ならばーーー……、そんな相手に加減をする道理もまた、ないのだ。
――――天空を支配し尽くす幾千幾億の魔方陣を展開させる者にとって、躊躇や戸惑いは存在せず、慈悲など一片足りとてありはしない。
「平伏せよ。至高の魔王が前なるぞ」
指先、一本。ただその一筋に収束された魔力は顔貌の総魔力量を遙かに超越していた。
第二十五代魔王が歴代最強と呼ばれる所以は、その膨大過ぎる魔力量にある。かつての戦いではその魔力量の驚異を発揮することはなく、尚且つ室内だった為に披露されることはなかったがーーー……、今この瞬間、彼女を拘束するモノは何もない。
つまり、全力全開。これぞ魔王リゼラの本領発揮である。
「顔貌……、愚かしき俗物よ。貴様も魔族なれば、妾が引導を渡してやるのが筋というものだ。ならば……、加減は必要ないな?」
呼応し、反響し、共鳴し、魔方陣は衝撃を収斂させていく。
それは業火であり隕鉄であり烈嵐であり煌閃であり激流であり、或いはその全てだった。
万物万象、この世を彩り司る事象の根幹である五大元素全てが、魔王の命により天空を薙いでいく。縦横無尽に、正しく絨毯爆撃が如く一切の隙間なく、流星さえも掻き消す煌めきを持ってーーー……。
「顔貌。貴様は先ほど言ったな? 俺の勇気や友情、愛情に敬意を払うと……。俺の意志や力を警戒し、教訓とすると……」
「ふ……、ふざ………」
「ならば敢えて言おう。貴様はそんな有象無象ではなく……、貴様の信奉した力の前に平伏すのだ、と」
今、放たれる。
「巫山戯るなァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!」
絶叫轟く暇もなく、天空の全魔方陣から容赦なき閃光が顔貌に向かって一点集中で撃ち込まれる。
激動は数多の衝撃の連鎖を繰り返し、絶叫轟かせる者が展開した結界の盾など容易く貫き穿ち潰し、ただただ撃ち込む。無限に撃ち込む。果てなく撃ち込む。尽きることなき一撃必殺の攻撃を、ただ、ただ! ただ!!
「ォオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!」
瞬間、顔貌は片腕に宿る紋章の全魔力を犠牲にその攻撃から脱出した。
――――痛手。今の攻防で全魔力の20%を浪費した。だが、まだ問題ない! 挽回できる!! これ程の魔方陣を瞬時に展開するには途方も無い魔力を消耗するだろうし、何より威力の大きい技ほど挙動が大袈裟になる! それこそあの膨大な魔力を無尽に振るう魔王と全ての魔力を身躯に紋章として宿す自身との決定的な違いにして、勝機!
小回りの利く自分ならば、確実な一撃を叩き込めさえすればーーー……!!
「失せろ、小物。魔王の蹂躙の前に立つ者は何人たりとも赦されぬ」
一瞬、ほんの一瞬でも希望を持った顔貌の表情は刹那に絶望で塗り固められた。
当然だろう。片腕一本の紋章を犠牲に脱出した天空の魔方陣相当のそれ等が、自身の左右後方前方全てに展開されていたのだから。自身の眼下より様々な属性で構築された巨大な龍の顎が自身へ向かって来ていたのだから。気付く隙すら与えられず自身の全身に魔力を封殺する呪鎖が巻き付いていたのだから。
万物万象、確殺なる一手を放ってもなおーーー……、魔王はまだ指一本しか立てていなかったのだから。
「顔貌、貴様の敗因を教えてやろう」
閃光、眩く。純銀に塗り潰されていく視界の中で、顔貌は真紅の双眸を捕らえていた。
表情一つ浮かべることなく、ただ魔方陣の檻越しに冷酷な眼を向けるその者を、見ていた。
「貴様は俺が要因に成り得ると断定した。……だが、貴様の目論見を破壊し貴様を打ち倒したのは、貴様が嘲笑った一人の少女と一人の騎士と、一人の男ではないか」
フォールはリゼラと同じく指を一本立て、静かに言い放つ。
「『LESSON1』……、『原理を知れ』。貴様に教えてやるのは敗因だけだ」
白銀に視界を埋め尽くされる瞬間、顔貌は何かを叫んだ。しかしその絶叫が誰かにとどくことはない。彼自身の耳にさえ、とどくことはない。
衝撃の連鎖により塗り潰され続け、全方位の幾千幾億と重ねられた魔方陣より放たれる無限の一撃必殺と、五大元素を司る龍の顎に食い潰された、最期の怨嗟は、ただーーーー……。
「フォォオオオオオオオォオオォオオオォオルゥウウウウウーーーーーーーッッッッッッッ!!!!!」
その狭間に、全刻印を収束させた怨嗟を、最後の一撃として撃ち放つーーー……。
「終焉の焔剣」
ことさえも、赦されない。
魔方陣と龍の牢獄に振り下ろされるは極地へ到りし終焉の剣。森羅万象全てを灼き尽くす、魔王最大の一撃。
牢獄なる断頭台より墜とされしそれは、蹂躙の名の下に。
「魔王を侮辱した罪、地獄の淵で懺悔せよ」
斯くして、焔の剣は断罪する。
邪悪も狂気も、何もかもを灰燼に帰すその剣閃が、眩き閃光と共にーーー……、今。
「決着だ。……顔貌」
――――魔族三人衆との激闘に、幕を降ろしたのだ。




