【4】
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「やりやがったあのスラキチ野郎ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーッッ!!!」
魔王の絶叫と共に景色は流転し、空中の要塞は爆炎を噴き上げながら高度を落としていく。
絶対無敵の要塞は、絶対破壊の兵器により見事破壊されたのである。いや、或いはとある少女の奮闘で絶対を失った要塞が、同じ存在である滅亡の帆の砲撃によって撃沈した、と言うべきだろうか。
尤もーーー……。
「「絶対殺すあの勇者……」」
誰も彼もが阻止するために奔走していた砲撃を躊躇なく撃ち放った勇者の行動が正しかったかどうかは、怪しいところだけれど。
「墜ちてくるぞォオオオオオオオオオオーーーーーーーッッッ!!!」
滅亡の帆の墜落、『地平の砂漠』崩壊。遺跡兵器の砲撃は同時に二つの惨劇を巻き起こした。
その被害を受けるのは誰かって、滅亡の帆に乗り込んだ魔王達は当然として何よりその眼下の砂漠で激闘を繰り広げていた者達である。そりゃ辺り一帯の景色が丸ごと吹っ飛び、頭上からは果てなく巨大を要塞島が落下してくれば被害どころの話ではない。
これぞ本当の天変地異。砂漠の海と天空の大陸が逆転するこの様を、他に何と言い表せと言うのか。
「待って! 無理!! 流石にこれは無理!! 避けられない!! 無理! ちくしょうあの勇者!! 僕達がいるってこと解ってんのか解ってないのか!! いや解っててもやるわアイツなら!! ヘルプミー! ヘルプミィイイーーーー!!」
「アレ疫病神だよな? やっぱりあのクソヤロー疫病神だよなぁ!? 俺の不運どころの話じゃないよなぁ!? ちくしょう何が勇者だ! ただのスラキチ疫病神じゃねーか!! ある意味メタルよりタチ悪いわクソォッ!!」
絶叫響き渡る約二名。全く当然の反応だが、残念ながら突風と衝撃で入り乱れる砂漠に翻弄されながら唖然と口を開く十聖騎士達の反応の方が当然だと思う。ただし楽しそうに微笑んでいる聖女のそれは結構トチ狂っているのではないだろうか。
まぁ、それを言えばもう一人。自身だけ風魔術で保護しつつ、真っ直ぐな瞳で頷く彼の反応も色々かけ離れていると思うのだけれど。
「…………いえ、好都合です。今から対消滅を行いましょう」
「「はぁ!?」」
「砂漠の崩壊だけならば兎も角、このままでは僕達は滅亡の帆に押し潰されてしまいます。流砂だけならまだ皆さんどうにかなりますが、流石に滅亡の帆の墜落は僕達が力を合わせてもどうにかなるものではないでしょう」
「いや僕たち既に死にかけなんですけど」
「ガルスお前自分だけ守りやがってこの野郎」
「頑張ってください。……なので、滅亡の帆をメタルさんに止めて貰う事にします」
「……待って。待って待って待って待って待ってストップストッォップゥ! 彼に止めさせるのならまだ良い!! たぶんあの災悪野郎ならやってみせるだろうさ!! だけどそれを何で対消滅で追撃するんだい!? 止めさせるなら普通に止めさせた方が」
「その程度で足りると思いますか?」
「足りねーな。よし、やるか」
「仲間だよね? もう三回ぐらい確認してるけど仲間だよねぇ!?」
残念ながら躊躇していて勝てる相手ではないし、そもそも死ぬような相手でもない。なので全力で殺しに行くという話である。
滅亡の帆落下まで残り一分弱。その規模は一つの陸島に匹敵し、この砂漠一角を埋め尽くす質量と範囲を誇る。当然、この砂漠の遺跡兵器の周辺にいる時点で逃れるなど考える方が途方もなく無謀な話だ。砲撃の衝撃で崩壊しつつある砂漠の中からならば尚更だろう。
ならば止めるしか、止めさせるしかない。そしてこの危機を利用しない手もない。例え失敗すれば自分達ごと潰されようと、彼ならば必ず止めるという信頼があるから。そしてその程度では彼を殺せないという信用があるから、こそ。
「皆さん、準備を……。対消滅を始めます」
確実に、抹殺するのだ。
「……………………」
そして、彼等と対峙する者もまた確固たる意志を秘めていた。
彼の者の意志は決して崇高なものではない。ただただ、渇望。尽き果てることなき貪欲が己の中で呼応し続け、何かを求め続ける。無数に湧き出る腕が虚無の中で藻掻いているようですらある。
つまるところ、楽しいのだ。とてもとても、楽しい。頭上より落下する大陸が如き要塞、眼前に吹き荒れる天変地異の地獄に、それでもなお自身へ向かって来る者達。そしてーーー……、その先にいるであろう追い求めて止まない一人の男。自分より遙かに強いであろう、その男。
「……困難…………だが……信じ………………」
「一度…………なら……キシッ…………価値は……」
最早、外野の声など耳に入らない。燃え盛る狂気だけが男を支配していた。
直感的に感じることができる。これより始まる、頭上の巨大なそれが墜ちてくるまでの一分弱の攻防。たったそれだけの時間が、この日最高の時間となるだろう。災悪にとって彼等が何を用意しているかなど知ったことではないが、いや、それでも解る。彼には解ってしまう。
――――これから始まるのはとても楽しい刹那なのだ、と。
「決着を、つけましょう」
砂塵吹き荒れ、迷楼揺らめく地平の砂漠。
その真ん中に一人の聖女がいる。綻び崩れゆく大地に立つ一人の女がいる。かつて太古の伝説に生き、旧く忘れられた森の中で生き、再び表舞台に歩み出た女がいる。
恐らくこの世でただ一人ーーー……、未だその男と撃ち合える可能性のある、女がいる。
「……良いぜェ、聖女ルーティアアアア。テメェになら本気を出しても良さそうだ」
「今まで本気じゃなかった事に文句を言いたいところですが……、いえ」
ルーティアは軽く呼吸を取り直すと、一言。
「これより滅亡の帆落下まで一分……、そして計画が発動するまでの30秒。この私、『聖女』ルーティアが人生最悪のお時間を御贈りしますよ」
――――滅亡の帆落下まで。
「それは……、楽しみだなァ」
残り、58秒。
「イヤァアアアアハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」
疾駆、跳躍、否、疾風。
数多の砂に輪を作り出すほどの衝撃波を残し、災悪は姿を消す。その消失は砂の竜巻と地盤の濁流を巻き起こすが、それは本命ではない。高がこの程度は文字通りの余波なのだ。
ならば本命は何か? 聖女の視界から消え失せた男の、眼前から迫る災害の、ただ一本道しか残らないこの崩れ掛けの大地で、左右上下全てが奈落と化したこの天変地異の空間で、何が本命として繰り出されるのか?
答えは語るまでもなかろう。この災悪は、ずっとそうしてきた。
真正面ド真ん中、正々堂々の拳撃である。
「甘いッッッ!!」
が、聖女。これを往なす。両腕を持って盾とし、一挙に後方へと撃ち逃す。
余波は滅亡の帆の一角を粉砕し数多の瓦礫の雨を降らせた。空打でこの威力ーーー……、直撃は致命傷必至! 残り57秒!!
「キィヤアァハハハハハアクカカカカカカカカカカカカカカカクカカカッッ!!!」
一撃を弾かれたメタルは再び拳を引くことはせず、どころか聖女の肩に手を伸ばす。
掴まれれば終わり。それはルーティアにとって認識するまでもない事実。掌握からの一手以前に、ただ肩を掴まれれば片腕は使い物にならなくなる。ならば、どうするか。両腕を盾にしたこの瞬間、その一手をどう躱すか?
「ーーー……ッ!!」
彼女が出した答えは単純だった。避けることも防ぐこともせず、掴む。盾とした手で弾いたメタルの腕を掴む。そしてその腕を体に巻き込み、踵に火花を散らして身体を翻し、爪先で大地を砕きながら災悪を全身全霊、渾身一擲を叩き込む。
それは背負い投げとも呼べる技だったが、威力は段違いだ。少なくともこの天変地異で僅かに残っていた砂上の楼閣を崩壊させるだけの威力がある。然れど災悪に傷一つ与えられない威力しかない。
残り、55秒!
「まだまだぁああっ!!」
投げ落とした体躯に振りかぶる拳。その身に躍動する縦横無尽の魔方陣。聖女ルーティアが放つ必殺の一撃は詠唱破棄の元、現代の魔道と交差した破壊の一撃と化す。
――――回復とは即ち自己強化。自然回復、自己修復、新陳代謝全てを極限まで活性化させることにより一瞬のみ自身の能力を極限まで突破させる! その代償は全魔力と片腕一本という文字通り捨て身の一撃!! だが、彼相手にはこの一撃ですら事足りない!!
残り54秒!!
「来ォオオオオオオイッッ!! 聖女ルーティアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!」
幾百の魔方陣が収束し、聖女の拳が閃煌を放つ。音も、光も、全てを置き去りにした究極の拳撃。古来より放たれる最大にして最高の、今この瞬間に捧げる極限の拳!
「一っぱぁあああああああああああああああああああつッッッッッッッ!!!」
一拳、撃慟。
瞬間にメタルの全身が軋み、暁の天空に黄土の砂塵が舞い上がった。虚空の果てたる空に一筋の閃光が射し連なり、底無しの流砂を遙か岩盤まで撃ち貫いた。音無く光無き慟哭は烈風の嵐となりて遺跡兵器による衝撃を完全に飲み込み、恐ろしいほどの静謐を生む。
だが、それも一瞬。拳撃を超えた拳撃は男の腹で躍動し、光の収束となりて暴発する。それは正しく、必殺と呼ぶに相応しい一撃であった。
「ッ……こ、れで、せめてーーー……」
だが。
「クカッ」
その一撃さえも。
「クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカアッッッッ!!!」
男には、傷一つ。
「良い女だぜェエエエエエエエエエエッッ!! ルーティアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
残り、51秒。
「ッーーー……!!」
瞬きすら赦されないその時、ルーティアは反射的に防御の構えを取っていた。先刻の代償として感覚の失われた片腕を無理やり引き上げ、全身を護るように両腕の盾を閉鎖させたのだ。そうしなければこの瞼が再び開かれた時にどうなるか、余りに鮮明なほど脳裏へ浮かんできたから。
そしてそれは現実となる。渇望に飢えた災悪はさらに速度を上げ、限界など疾うに超越した疾駆を持ってルーティアの眼前へ現れる。ただその出現のみで彼女の必死な防御は剥がされ、無防備な体躯が露わにされた。
砂漠の流砂を巻く烈風さえも、彼の挙動を捕らえ切れていない。乱れ狂う衝撃はただそれだけで渦となり、混沌の一撃を生み出す。全身より執念が如き黒き瘴気を噴く男のーーー……、一撃を。
「……あ?」
一瞬。一瞬で良い。たった一撃が生む、一瞬だけで良い。
ほんの僅かーーー……、刹那に満たない瞬間だけでも良い。
「マジで……、スッカラカン、だぜ…………」
動きを止められるならば、それで良い。
――――この魔眼で。
「テメ」
頭上から襲い来る衝撃は、領域外染みた跳躍を一挙に墜落させる。
魔眼による刹那にも満たない停止は聖女に体勢を立て直す時間を与え、同時に男の一撃を封じる瞬間を生んだのだ。
直撃どころか擦るだけでも致命傷と成り得る一撃、放たせればそれで終わりのこの勝負でその瞬間は余りにも大きい!
残り、49秒!!
「闘争の原点は」
残り48秒。
「何処にある?」
残り47秒。
「……まだだ。まだ、辿り着けねェ。まだまだまだまだまだ、足りねェ」
残り45秒。
「そうだろう?」
だが、その時、熱砂の砂漠にいる全員の背筋が凍り付いた。
対峙しているルーティアは息をすることすら忘れ、眼を見開いて浮遊感を消失する。自分は墜ちているのか、立っているのか、それとも浮き上がっているのか。それすらも理解の遠く及ばぬ範囲に亡失する。
必然である。彼女が対峙している男はその永き人生において全てを超越した脅威となっていた。それがまだ、さらに、彼方。人外の領域だとか災害だとか、そんな次元ではない場所に辿り着こうとしている。
あの男は、いったい、何処までーーー……。
「俺の求める男には、まだ」
空間が、割れた。比喩ではない。隠喩ではない。他に何物でもなく、割れた。
男の一歩は次元を砕き、大気の亀裂に脚を掛ける。繊細な硝子が砕かれたかのような炸裂音が辺り一面に呼応する。砂塵を振るわせ滅亡の帆の残骸を砕き、一歩、一歩と先刻の脚を進めて行く。
進撃の残響は大凡、世の摂理を逸脱していた。男は今ここに数千の間紡がれ続けてきた領域を踏破したのだ。
「足りねェんだよォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
残り、42秒。
真紅の眼が夕焼けの闇に唸る。天が墜ち地が砕ける混禍に歩む牙が嗤う。
緩やかだった歩みは一歩、また一歩と虚空を砕き、次第に疾駆となっていく。一歩ごとに、加速していく。脚場なき時空を砕き走り、握り締められた拳は時空を掴み、歓喜と殺意が入り交じった笑みは感情などという言葉ではもう言い表せない。
確信的に、皆が感じていた。この男と対峙した時、無限に成長するこの災悪を前に誰もが確信していた。
――――撃たせてはいけない。
拳撃だろうが脚撃だろうが、撃たせてはいけない。あの男に行動を起こさせてはいけない。先程までの空打だとか、衝撃波だとか、そんな威力ではない。聖女の渾身の一撃を受け、僅か十数秒の間にこの男はさらに成長している。いや、まだ、まだだ。加速度的なんてものじゃない。
もし放たれた弾丸が永遠に止まることなく速度を上げたなら? 答えは決まっている。弾丸は一定の速度に到達した時点で空気摩擦によって消失するだろう。それが理だ。摂理というものだ。
だがーーー……、この男にはもう摂理という枷は無い。
「………………」
滅亡の帆落下まで、残り40秒。
聖女は自身が宣言した戦闘時間を10秒残した時点で覚悟を決めていた。この一撃で決着が着くであろうことを確信していたのだ。
――――脳裏を過ぎるのは数千年前の出来事。初代勇者の背中を見送った時、当時の魔族三人衆と死闘を繰り広げた時、不魂の軍と激闘を繰り広げた時。そんな、とても旧い記憶だ。走馬燈と言い換えても良い。
しかし、それさえも綻ぶ。幾億の刻を紡ぎ続けてきたこの不死の身に、まだ恐怖があったのかと嘲笑さえ浮かんでくる。本当に、力が抜けてしまいそうな、自身への呆れの笑みが。
「……ふぅ」
聖女はその通り、強張っていた全身から力を抜いた。
すると滝のように薄ら桃色の肌を流れていた汗は止まり、披露が嘘のように消えて無くなる。先刻の一撃を撃ち放った腕に相変わらず力は入らないが、それでも充分だった。
覚悟を決めるのにはーーー……、腕が一本、残っていれば良い。
「真正面からの戦い……。果てなき闘争……。何処までも満たされない思い……。そうですね、貴方の心に巣くうその渇望という寂しさは、私も共感できるものがあります。いいえ、きっと生きている者なら誰しもが持っている願いなのでしょう」
残り何秒か。聖女は敢えてそれすらも思考の果てに追いやった。
今果たすべきは計画のそれではない。決着だとか、恐怖だとか、そんなものではない。
「誰もが欲望に素直であるならば、きっと誰もが持つであろう寂しさ……。解ります、えぇ、解りますとも。私は『聖女』。女神の血を与えられ救世の象徴として祭り上げられた神域の巫女。なればこそ、解ります」
ただ一つだけ。たった、一つだけ。
「貴方の悩み……、私が解決いたしましょう。聖女として、ルーティアとして、この身を持って貴方を救えるならばこれ以上の喜びはありません……」
果たすべきことがある。
「ですから、さぁ……、メタルさん」
聖女ルーティアは優しく、慈愛に満ちた笑みを頬に浮かべてみせた。
万人の罪を赦し、億人の咎を背負い、それでもなお救済に身を投じた聖女の笑みだ。
彼女は正しく聖母が如き優しさを持って、人外の領域すらも超えてしまった災悪に語りかけるのだ。慈愛と、友愛と、親愛を持ってーーー……。
「掛かってこいやァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!」
「上等だルーティアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!」
いざ、その瞬間の為に。
「「ブッ死ねェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッッッッッ!!!!」」
――――拳撃、交錯。
破壊は互いを突き抜け遙か後方、一撃は熱砂を抉り、一撃は滅亡の帆の四割を粉砕する。
数多の瓦礫と残骸が喝采の嵐となって降り注ぎ、流砂の砂塵が歓声の雨となって舞踊する。世界最悪の傭兵と、世界最古の聖女、二人の30秒の激闘は今ここに終結したのだ。
そして、二人は互いに拳と拳を交わらせた状態で停止し、ただ静かに、静寂の時が流れーーーー……。
「……悪くねェなァ。悪くねェ」
互いに当たらなかった拳の代わりに、双眸を交わらせていた。
「テメェ、名は?」
「……名? ずっと呼んでたじゃないですか」
「違ェよ。テメェの名だ」
ルーティアはきょとんとした表情を浮かべるが、やがて何処か気恥ずかしそうにはにかんだ。
そして一言、自身の、聖女になる前の名を呟くとーーー……。
「さぁ……、ここから先が本番ですよ」
一気に、砂漠の奈落へと身を放り投げたのである。
「よく……、よく凌いでくれました。聖女ルーティア様」
そして、『最智』の計画は開幕する。
直後、メタルは崩壊した砂漠で、自身を中心としてルヴィリア、カネダ、ガルス、ヴォルデン、コォルツォの五人に囲まれていることを感付いた。縦横無尽ではなく、意図的に五芒星を形作った包囲網である。そして彼等の手に簡易魔方陣ーーー……、メタルどころか野良モンスターも倒せないような代物があることに気付いた。
まさかそれを発動するのか、と一瞬彼は嘲笑を浮かべ掛けたが、その楽観的な考えは各々の持つ五大元素の属性を目にするなり消え失せることになる。
「知ってますか? メタルさん……。魔術の五大元素はそれぞれ強弱関係があります。火、岩、風、雷、水……、火は岩を割り、岩は風に動かず、風は雷の雲を流し、雷は水を貫き、水は火を消す五大元素の相関図ですね」
瞬間、ガルスの言葉を合図に各々の簡易魔方陣に魔力が収束されていく。
――――滅亡の帆落下まで、21秒。
「属性はそれぞれ強弱関係にあるというわけです。ですが、これは同時に属性の変化も表しています。例えば火は光を伴えば雷となり、また風を起こす……。岩は、一種の石油ですが生命の雫の変化であり雷撃を通す鉱石であり……。風は先程の通り火との関係性や水を運ぶ雲を意味したり……。つまりそれぞれに相関図があるということですが…………」
――――残り、15秒。
「この五属性を全く同時に衝突させると、どうなるか?」
――――残り、14秒。
「消失するんです。それぞれの元素が打ち消し合うのではなく、文字通り何処かの次元に、少なくとも僕達の摂理が及ばない次元へ消えて無くなると言われています。故にこの『対消滅』は魔術研究における最大級の禁忌とされています」
――――残り、11秒。
「……戦闘では貴方を倒せません。なら、学術的に貴方を消滅させていただきます」
――――残り。
「どうぞ、死に物狂いで抗ってください。……信じていますので」
10秒。
「……クカッ。クカカカカカカカッッ! 最ッ高だぜテメェ等ァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」
メタルが狂喜に絶叫した瞬間、彼等の持つ簡易魔方陣から火、岩、風、雷、水が放たれた。
灼熱と岩塊と疾風と雷鳴と水流が一挙に災悪へ収束され、喧騒も変異も何もかもが息絶える。虚無と以外に例えようのない静かなる刹那はその胸元で瞳のように小さな漆黒を生み出し、そしてーーー……、爆発する。
「ガ、カ、カカカカカカカカカカカカカカカカカカッッッッ!!!」
メタルの拳撃と存在は次元を砕いた。然れどその消失は次元を喰らう。
彼の体躯は蜃気楼が如く捻れ曲り、周囲の砂塵も瘴気も瓦礫も残骸も何もかもを虚無の果てへ吸い込んでいく。絶対存在であるメタルさえもその虚空へと吸い寄せられ、岩盤すら抉り抜くほどの踏み込みにも拘わらず自身の胸元に一本の線が延びていくほどだ。
確実に、殺す。かつてこの『対消滅』現象は一国を消したと言われている。無論、ガルスもそんな事は知っているし、承知の上でこの現象をルヴィリアに提案した。真正面から戦うには彼を倒すに到らないと確信しているから。だから、その為に。
「カ、ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!」
しかし、まだ、この災悪には事足りない! まだ、まだ!! それでも事足りない!!
彼は両掌で無理やり『対消滅』の虚空を抑え込んでいく。いいや、それは顎で喰らうと例えた方が遙かに正しい。腕という牙は虚空さえも飲み込まんと、その悪喰の暴力を突き立てるのだ。
だがーーー……、知っている。カネダは、ガルスは、知っている。解っている。こんなモノでは足りないだろう、と! 足りるわけがないと!!
――――残り、1秒!!
「……あぁ、楽しいなァ」
滅亡の帆、墜落!!
「ォ゛、オ゛、オオ、オォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!」
虚空を喰らう対顎は即座に引き抜かれ、頭上の大陸へと両牙を突き立てた。
災悪の膝は折れ背は曲がり、その頭蓋に大陸の兵器が衝突する。歓喜の絶叫は間もなく咆吼となり、やがて慟哭と化す。島一つという余りに規格外な存在は、同じく領域外な男に対する最終手段として辺り一面を犠牲に撃ち込まれたのだ。
そう、撃ち込まれた。撃ち込まれーーー……、拮抗したのだ。
「キシ……、キシシッ……。嘘だろ? 耐えてやがる……」
「耐えねば我々も潰されてしまうとは言え、これは、何と……。ここまでとは……!」
そう、彼という存在を知らぬ者からすればこの光景は余りに驚異的すぎる。最早、異次元の景色とさえ言って良い。
だがメタルという災悪を知る者達からすればここまではまだ、予想通り。高がこの程度で彼がくたばるわけがない。足りないのだ。これでもなお、まだ、まだまだ、足りない!!
――――が、ここで予想外の事態が発生する。
「ッ……! しまっ……」
そう、ルヴィリアの放つ簡易魔方陣からの火炎が弱まりだしたのだ。
『対消滅』は全ての属性が全て均一的に相互関係を保ってようやく起こる現象である。もし一つでも弱まればそれは強弱関係に退化し、虚空は消失することになる。
現にメタルの胸元で彼を喰らい続ける虚無は次第に揺らぎ始め、その威力を段々と落としていく。このままではもう数秒としない内に『対消滅』は消失し、メタルは再び万全の力を持って甦るだろう。そうなれば、日没まで滅亡の帆を用いた足止めは不可能となる。最早、ここまでの攻撃を耐え続けるほど適応したあの男を止められる者など存在しないのだから。
「おいしっかりしろ、変態! お前が倒れたら冗談抜きでマズい!!」
「解ってるさ……! 解ってるけど、くっ……。さっき聖女ルーティアを助けた時に使った魔眼のせいで、魔力がっ……」
「しまった! このままじゃ対消滅がーーー……!!」
揺らぎ、揺らぎ、揺らぎ。
滅亡の帆の墜落を持ってようやく拮抗していた『対消滅』現象は一属性が弱まったことで瞬く間に存在を弱めていく。そして災悪の牙もまた比例するように、驚くべきか必然と言うべきか、何と滅亡の帆を段々と押し上げ始めたのだ。
一つの孤島に匹敵し地平まで全て砂漠で埋め尽くされるが故に『地平の砂漠』と呼ばれるこの地域の一角を埋め尽くすほどの質量を、この男は天空へと押し返し始めたのである。
「ぬゥ! これはマズいぞ!! このままではーーー……」
「チィッ……! やるしか……!!」
そして、災悪は。
「闘争はァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」
『対消滅』を、消失させる。
「終ゎッ」
――――消滅、させようとした瞬間だった。その顔面、否、全身に砲弾が直撃した。
いいや、それを砲弾などと呼ぶべきかどうかは定かではない。ただ言えるのはその砲撃が災悪に直撃したことであり、そしてその世界さえも滅ぼす一撃が勇者によって遺跡兵器から放たれたことであり、そして災悪がーーー……。
「らねェエエエエエエエエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」
その砲撃に耐えた、ということである。
「まだだァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッ!!!!」
頭上の滅亡の帆、胸央の対消滅、全身の遺跡兵器による砲撃。
世界どころか島国一つならば八回は滅ぼせるであろう攻撃の応酬にも、まだ、耐える。
災悪は耐える。耐えて、耐えて、耐えて、適応を繰り返す! その膝は未だ砂を被ることなく! その牙は未だ折れることなく!! 耐えて、適応して、強化、狂化、凶化!! 不滅にして不終の怪物が、今!!
「「いい加減にーーー……!!」」
――――だからこそ。
「「しろォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」」
二人の全力キックが、彼の後頭部に直撃したのだろう。
カネダとガルス。彼と共に旅をし、彼と共に過ごしてきた彼等の憤怒がーーー……、その後頭部、頸椎に叩き込まれたのであろう。
「…………」
しかし、それでも、まだ足りない。この災悪は未だ倒れない。
幾重の策略、幾重の思惑を重ねても未だと告げるように、真紅の双眸は彼等を捕らえーーー……。
「……ごフッ」
かくんっ。
メタルの頭は面白いほど簡単に項垂れ、力なく砂漠へ顔から倒れ込んだ。
同時に対消滅は消失し、砲弾も地鳴りのような轟音と共に砂へ沈む。そう、今ここに彼等の奮闘を持って、あの災悪を見事に討伐して見せたのだ。『花の街』の大魔方陣を使うことなく、この世界最悪の驚異を討伐してみせたのである!
「た…………、倒した? 倒した!? や、やった。勝った! 倒した!! メタルを倒したぞ!!」
「はぁ……。やっと……、やっと倒せたぁ……」
カネダとガルスは安堵の息と共に、砂漠へ腰を下ろす。命を削り心を摘み、激闘に激闘を重ねた戦いだった。その安堵も当然と言えるだろう。何なら今すぐここで大の字になって眠りこけても良いぐらいの戦いだった。
そう、斯くして彼等の闘争は呆気なく、けれど何よりも激しく終わりを迎えた。誰も彼もが傷付き、もう立ち上がれないほど戦い抜いたこの戦いは、災悪の討伐という最善の形で幕を降ろすことになったのでーーー……。
「……ところで滅亡の帆、どうすんの」
「「あっ」」
まぁその直後に滅亡の帆が墜落し、砂漠の一帯は見事に崩壊するハメになったわけだが。
そりゃ支えてた男を倒せばそうなるよね。仕方ないネ!




