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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
――――
359/421

【1】


【1】


 ――――闘争の原点は何処にある?

 一人の男が問うた。一人の女が答えた。

 ――――殴り合いですよ、と。


「「イヤァアアアアアアハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」」


 衝撃。ただその一撃だけで細かな砂塵は吹き飛び、否、どころか民家までもが天空高く舞い上がった。

 彼等の拳は互いに顔面を撃ち抜き、然れど傷一つなく弾かれ合う。首の骨が折れても可笑しくないどころか、鉄球を鉄球で打ち砕くかのような轟音が響き渡ったが、しかし二人は直ぐさま体勢を立て直して再び粉砕と破砕を衝突させる。それは紛う事なき殴り合いであり、同時に紛う事なき神話時代の再現だった。

 『災悪』メタル対『初代聖女』ルーティア。二人の戦いは、果てしなく。


「「「嫌ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」」


 まぁ巻き込まれる方はそれどころじゃないんですけども。


「死ぬならおっぱいの上で死にたかった……」


「諦めるな変態! まだ可能性は残って……、あダメだこれ残ってねぇや岩盤が吹っ飛んだぞ」


「しっかりしてください二人とも!! このまま衝撃に流されたら本当に死にますよ!? 近くのモノに捕まる手を緩めないでください!!」


「「その近くのモノが根刮ぎ吹っ飛ばされてるんですけど」」


「諦めてくださいその場合は!!」


 聖女ルーティアの援軍で助かったのやら死にかけているのやら。

 ルヴィリア及びカネダ達は彼等の戦いに巻き込まれながら、ただその衝撃に耐え続けていた。気を抜けば下半身ないし全身が持って行かれるような衝撃の嵐だ。幾らあの男の標的が自分達から逸れたとは言え、このままでは状況改善どころか悪化でしかない。台風と暴嵐が打ち消し合うどころか相乗効果で被害倍増である。

 が、しかしーーー……、嵐とは時に恵みの雨ともなる。思い掛けぬ幸運を運んでくることもまた、あるのだ。


「ぬぅ! 肉弾ける音に誘われてきてみればこれは何たることかッ!! 聖女と第零席が殴り合っておるぞ!!」


「「「う゛ぉ、ヴォルデン第二席ーーーーーーーっ!!」」」


 そう、その汗臭い筋肉ダルマな幸運こと、ヴォルデン第二席、もとい第一席である。

 彼こそカネダ達が追い求めていた目的の一人。ガルスが提案しルヴィリアが考案した計画に耐えられる貴重な人員の一人である。


「今は第一席なのだが……、それでこれは何事か!? どうしてあの二人が殴り合っている!? そしてどうして主等は儂の足にしがみつく!?」


「飛ばされないからです! では第一席、早速で申し訳ありませんが緊急事態につき手短に説明しますが質問はなしでお願いします!! 今からメタルさんを抹殺しますが死なないので殺しますから協力してください!!」


「早速質問したいのだが!!」


「駄目です!!」


「こっちも時間ないんだよ、ヴォルデン第一席! 今は聖女ルーティアが足止めしてくれてるが、アレもいつまで持つか解らない!! ってかそもそも戦える聖女って何だよ!? どう考えても人間の戦いじゃねーぞアレ!!」


「ふ、フフ、カネダ。君は知らないんだ……。人界じゃ隠されてるけど魔界での聖女ルーティア伝説は有名なものさ……。魔族の子供なんてその名を聞けば必ず泣き出すし、大人でも『名前を呼んではいけないあの人』扱いだぜ……。僕なんて今軽く漏らし掛けてるからね? と言うか漏らして良い?」


「儂の足元で漏らすのはやめてほしいのだが!? ……ぬぅ、しかし上空の巨大な要塞と言いあの二人の殴り合いと言い、何やらただならぬ様子!! 平時であれば問いただしたいところだが、今こそ帝国騒動での借りを返すときと見た!! 良かろう! 儂も『花の街』の住人を隣町に避難させ終わったところだ!! 諸君の思惑に乗ろうではないか!!」


「有り難い……! それではヴォルデン第一席、早速で申し訳ありませんが最低限戦える人員を一人寄越してください!! 魔道系への心得があればなお良い!!」


「うむ! ならばコォルツォが良かろう!! 奴ならば丁度、エレナ様とユナが街の民々を引き連れて避難した隣町に一族だの旅人だの商人だのを率いてやってきたところよ!!」


「コォルツォ? ……何でコォルツォ第九席が?」


「儂も詳しくは知らん! 曰く言伝(・・)を受けたとか何とかーーー……」


 と、彼等が首を捻ろうとする間もなくガルスはカネダの首根を引っ掴み、突如メタルとルーティアが殴り合う方向へ駆け出していった。衝撃は上手く風魔術で相殺しているようだが、いや、自殺行為に代わりはない。


「ちょっとガルスぅ!? 嘘だろお前ぇ!!」


「ヴォルデン第一席! 貴方は今すぐコォルツォ第九席を呼んできてください!! 詳しい計画は道中ルヴィリアさんに!! 僕とカネダさんはできるだけ被害が少ない砂漠地帯の中央にメタルさんと聖女ルーティア様を誘導します!!」


「お前はまた無茶をっ……! あぁ解ったよ!! 自分のケツは自分で拭くもんだよな!! おい変態ルヴィリア、お前計画失敗したら赦さないからな!! 確実に成功させろよ!? 失敗したら化けて出るからな!! 地獄の底からハローしてやるからなぁあああああああああああああああ!!」


 負け犬の遠吠えならぬ死に犬の遠吠えに耳を傾けることはなく、ルヴィリアは筋肉マッチョな大男に視線で合図を送る。その双眸が意味することは眼前の災害と災害の激突を見れば否応なく理解できるだろう。

 拳一発で大地が引っ繰り返り、脚撃一発で空が割れる。そんな様を見れば、否応なく。


「良いぜェエエエエエエッッ! 良い女だ聖女ルーティアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」


「そう思うなら年収を教えてください!!」


「……年によってまちまち?」


「安定性のない男はお断りだァッッッ!!」


 そしてこちらも、その災害同士もまた視線を潜り合っていた。

 拳の切れ味は如何なる名刀をも凌駕し、威力は如何なる砲撃をも超越する。これは素手の格闘ではない。素手でしか成し得ない格闘なのだ。そう、彼等の威力に耐えられる武器がこの世には存在しないからである。

 だってそうだろう。剣は、銃は、槍は、砲は、或いは盾や棒、石ころでも良い。武器と言うのは元来、その攻撃力を高めるためのものだ。それが攻撃の邪魔になるのならーーー……、拳という何より堅く何より鋭く何より強いものの妨げになるのなら、不要と言わざるを得ない。


「破ァッッッッッッッッッ!!」


「ガッ……! カハハハハハハァッ!! 良い拳だぜェ!! 腹に響く!! だが足りーーー……」


 ――――ただし。


〔胎動する映し身。汚れ荒んだ大地に震える刻の詠。滅び逝く者に果てはなく、打ち震える者に限りはない。世界は五人の神により創られ三人の賢者により彩られた。ならばこの者は何から作られ何に祝われるのか。然れど、識る者この世になし〕


「……あ? テメェ」


 魔道は、例外とする。


〔なれば我が祝砲を訊けッ!! ――――生命奔流(ア・ジェスタ)!!〕


 瞬間、メタルの腹部に撃ち抜かれた拳から放たれた詠唱魔法は彼の臓腑を灼き尽くす。

 否、どころかその衝撃は遙か後方の砂漠まで突き抜けて灼熱の流砂を瞬く間に打ち払い、さらには熱砂を深緑の大地へと変貌させてみせた。

 そう、それこそは破壊と再生を司る聖女の一撃。元来であれば傷を癒す一撃も、女神の血をその身に宿す聖女に掛かれば紛う事なき一撃必殺の技となる。


「私は聖女という立場のため、こうして回復魔法しか使えませんが……。どうです? 回復魔法も一気に許容をオーバーすれば暴発する……。詠唱なんてこの世代ではもう使われない古代の異物でしょうが、えぇ、やはり私にはこの方がよく馴染む」


「が、カカッ……!」


「既に臓腑が焼き切れたでしょう? そのまま大人しくしていることです。先日のようにお遊びで相手はしません。今の私は一切の慈悲なく貴方を倒すつもりです。この私に本気を出させたのはかつての勇者と魔王、魔族三人衆と……、貴方だけ。その栄誉を胸に今はーーー……」


「カカカカカカククハハハハクカカカカカカカカカッッッッッッッ!!!」


 だが、それすらもこの男は適応する。強化し、狂変し、凶化し、無効化する。

 否、無効化ではない。成長だ。過剰回復で焼き切れた体中の組織は瞬く間に再生し、全身の僅かな掠り傷さえも消滅していく。先日の宿で見せたポーションによる加速回復が今ここでさらなる進化を遂げたのだ。


「……幽霊だけは本当駄目な私ですが、えぇ。貴方のことも駄目になりそうですよ」


 再び君臨したその男に、最早先程の一撃は意味を成さないだろう。いや、生半可だろうが必殺だろうが変わらない。この男には如何なる攻撃も意味を成さず、どころか彼の成長の糧にしかならないのだ。

 魔法だろうが魔術だろうが、何ならこの世に存在する如何なる剣だろうが銃だろうが槍だろうがその他の物々だろうが、この男は倒れない。倒そうとすればするほどに、倒れない。

 いつから、と明確なことは言えないが、このメタルという男は既にーーー……、人類未到の領域すら遙かに超えてしまったのだから。


「聖女ルゥゥウゥゥウウウウティアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!」


 瞬間、振り抜かれる脚撃。ルーティアは砂塵を舞い上げながら跳躍によりその一撃を回避したが、いや、回避しきれていない。先刻より脚撃の速度がさらに上がっている。威力も例外なく倍増、どころではなく増強している。

 彼女はそのまま後方へオーバーに下がることで皮一枚でどうにか回避するも、さらなる脚撃がその顔面を狙う。


「女の子の顔面を狙うとは……!」


 ルーティアはその脚撃を防御で受けるも、衝撃は聖女を突き抜けて砂漠一帯を大きく抉り取る。

 彼女の両腕も衝撃を殺しきることはできず熱せられた鉄で斬り付けられたかのような衝撃が襲うが、だが、この程度で怯む聖女ではない。


「それでも男の子ですかぁあああああああああああああああああ!!」


 ルーティアはその足を掌握すると共に、渾身のフルスイング。そのまま地平の彼方へ投げ捨てる、はずが。

 動かない。全く動かない。刹那に彼女の脳裏を地の底まで根を張る大樹が過ぎるほどに、その脚は重かった。

 視線を返せば映るのは亀裂から生える脚。否、脚の指先で大地を掴み締める一本の大樹。そして、その先に腕力のみという余りに脆い、然れど余りに凶暴な武器を嵐の眼光が携えている。


「闘争の原点は何処にある?」


 ばちりばちりと音がする。

 握り締めた拳の周囲から、何かが弾ける音がする。


「殴り合い? 違う。斬り合い? 違う。撃ち合い? 違う!」


 それは灼熱を超えた拳が大気を砕く音だった。

 余りの衝撃を繰り返したが故の帯熱か、それとも純粋な体温か。どちらにせよ人間の持ち得るそれではない。


「もっと原初にあるだろう! コレ(・・)はその程度じゃ説明がつかねェ!! もっとだ!! まだまだまだまだもっともっともっともっともっともっと!! あるはずだろうがァ!! さらなる強さが、果てない戦いが! 終わりなき闘争が!! この世にはあるはずだ!!」


 それは渇望。如何なる欲望よりも色濃く、そして色褪せない不変の狂気。


「それこそが真価だ!! 俺ァ詩人じゃねェし学者でもねェ……。だからそれを表す言葉を知らねェが、だが、存在する。確かにそれは存在する!!  俺はそれを探し求める……!! 真価のもっと深く!! まだ深く!! 年経て要らねェモンを飾り付けられた闘争に興味はねェ!! 真価の深淵にあるものこそ!! この俺の存在証明だ!!」


 大気に軋轢が走り、衝撃は拳に収束されていく。

 ただ腕力という純粋過ぎる武器はーーー……。


「……テメェはその答えを持っているのか? 聖女ルーティア」


 摂理より、逸脱しすぎている。


「答えぐらい自分で見つけろ、馬鹿野郎」


 然れどその摂理へ押し戻そうとする者達がいる。

 彼等の拳も銃弾も、災悪に届きはしないだろう。然れど風を纏ったその一撃は大地を砕くには充分過ぎる。

 メタルが脚を突っ込み支えとするその場所を砕く程度ならばーーー……、彼等の弾丸でも。


「あ?」


 一瞬、軸を失ったメタルの体幹がブレる。それを聖女は見逃さない。

 彼女は掴んでいた脚を乱暴に放り投げると、灼熱の熱砂へメタルを叩き込んだ。余りに一瞬の出来事だったため彼女も半ば反射的に放り投げたが、いや、それでもどうにか災悪を遠ざけることはできた。あの一撃を撃たせなかっただけでも上出来である。


「た、助かりました。貴方達は……」


「まだです、聖女様。追撃します」


 と、礼を言う間もなく彼女の体はガルスに抱えられ、メタルの吹っ飛んだ方向ーーー……、生命奔流(ア・ジェスタ)により生成された大地を駆けていく。その速度にも足取りにも、迷いはない。


「よう、聖女様。帝国でお目見えして以来だな。まぁ、今はそんな再開を懐かしんでる暇もないわけだが……」


「男二人……、顔面偏差値はセーフ……」


「良いですか聖女様! これから貴方にはまたメタルさんを足止めしてもらいます!! ただし街中での戦闘は被害が大きいので、『地平の砂漠』へメタルさんを誘導することになるでしょう。これ以上進めば砂漠の水深……、と言うよりは砂深があって戦闘できるかどうか不安でしたが、先程の技があればどうにか……」


「いや、待てガルス。余り魔力は消耗させない方が良い。さっきの技は見るからに魔力消費が激しそうだし、いざという時に不能に成られても困る。それにアレ(・・)を使うためにも最低限の魔力は残しておかなくちゃいけないだろう?」


「お姫様だっこ……。ワイルド系か……、クール系か……、紳士系か……」


「いえ、だからこそです。メタルさんにはさらに強くなって貰わなくちゃいけない。少なくともあの人の無謀さを傲慢さに変えるぐらいには……!」


「だが、既に俺達のやっていることが無謀そのものなんじゃ」


「きゃ、きゃあ~! やめてぇ~!! 私のために争わないでぇ~!!」


「捨てて良い?」


「たぶんこれ一回言ってみたかっただけでしょうから目を瞑りましょう」


 気持ちは解る。


「それにしても、えっと、カネダさんとガルスさんでしたね。頭上に浮かぶ懐かしくも忌々しい滅亡の帆(ノア)や辺りを漂う初代魔王の瘴気についても色々と現状をお伺いしたいところですが……。まぁ、大体は予測が付きます。顔貌(フェイカー)四肢(エニグマ)ですね?」


「その通りです。しかし現状、そちらよりも優先すべきは……、ご覧いただいた通りメタルさんです。滅亡の帆(ノア)の攻略はカネダさん曰くフォっちに任せているそうなので心配はないでしょうが、問題はそのフォっちを狙うあの人ですからね」


「ねぇこれやっぱりそういうアレですよね?」


「アイツに言うなよ? 絶対殺されるぞアンタ。……ただ現状あの馬鹿に真正面から戦えるのはアンタしかいない。俺達の計画にはアンタの存在が必要不可欠なんだ。アイツを逃せば今すぐにでも滅亡の帆(ノア)に飛び込みかねないからな」


「……杞憂だと思いますよ? 滅亡の帆(ノア)は全体に魔道障壁という、一種の結界バリアを展開しています。これこそ滅亡の帆(ノア)が絶対防護と言われる所以で、如何なる砲撃も攻撃もこの結界の前には」


「それで済むなら俺達はこんなに苦労してねぇっつーの……」


 聖女ルーティアはまさか、と顔を引き攣らせたが、確かに今までの彼を見るに有り得ない話ではない。と言うかむしろ、そうなる事が容易に想像できる。

 彼女は一度息を落ち着けると再び話題へと意識を戻す。


「……成る程、どうにも貴方達の行動に統一性があると思ったらそういう事ですか。てっきり私を奪う為に動いているのかと。あぁどうしましょう! エレナ君と一緒にダブル結婚式!? 答辞スピーチはリゼラちゃんに任せちゃおうかしら!?」


「なぁやっぱコイツ捨ててかない?」


「……この人が伝説の聖女様かぁ」


 あんまり戻ってなかった。


「兎に角……、聖女ルーティア。アンタにはもう少しアイツを引き付けて貰う。幸い、と言えるかどうかは解らないがもうそろそろ日没タイムリミットだ。その時になれば街中に仕掛けた魔方陣から極大魔法が発動して奴を封じられる。その時までどうか耐えてもらいたい。俺達も微力ながら助力するが……、まぁ見ての通りの有り様だ。余り期待はしないでくれ」


「それは構いませんが、二つ問題があります。一つ、私や貴方達が全力で戦ったとしても日没まで持つかどうかは五分と言ったところでしょう。いえ、あの人の適応速度からすると一分あれば上等と言った具合です。全力で戦えば戦うほど成長しますからね。しかしかと言ってあの人はもう全力で戦わなければ抑えられないほどに強くなっている」


「その点に関しては問題ありません。むしろ好都合です。あの人は良くも悪くも攻撃は満遍なく受ける性格です。回避という選択肢の優先度がとても低く、自身の戦闘欲求が遙かに高くなっている」


「そこです。それが二つ目の質問なんですが、回避という選択肢は低くてもないわけではないのでしょう? その……、極大魔法ですか。それを受ければきっとメタルさんは避けるのでは?」


「だからアンタに働いてもらうんだよ。もちろん足止め(・・・)もあくまで場繋ぎでしかないし、アンタごと封印するわけにはいかないからな。そこで対消滅(・・・)を行うことになる」


「対消滅?」


「あぁ。これを提案したのはガルスだが計画に練り上げた奴が今頃、他の連中にも説明をーーー……」


 そこまで言いかけた辺りだろう。突如、ガルスはカネダとルーティアを左右に投げ捨てた。

 いや、彼自身も蹲るようにして体を護りながらその身を勢いに任せて放り投げる。各員三方向、一気に体勢を無視して散開したのだ。

 そうしなければ数瞬後にーーー……、彼等の走っていた場所へ落下してきたサンドワームの数体分の塊に押し潰されていただろう。


「来ます! 皆さん構えて!!」


 噴煙。水よりも細かな砂塵がサンドワームの落下によって舞い上がり彼等の視界を覆い尽くす。

 あくまで砂という物体が舞い上がっただけだ。煙幕のように留まるほどではない、僅か数秒ほどの障壁だ。だが、あの男を前に数秒という時間は永久よりも遙かに永すぎる。姿一つ見えないだけで既に上限を超えた脅威がさらに跳ね上がるのだ。

 しかも回避するためとは言え三人が散り散りになってしまった。中級冒険者であるガルス、怪我人のカネダ、そして聖女ーーー……。メタルは誰かを狙うだろう。

 聖女ならば対応できるかも知れないが、それでもこれは三分の二のギャンブル!


「いいや、違うぜガルス」


 ――――では、ない。


全員(・・)構えろ! 来るぞォッ!!」


 暴風により砂塵は巻き上げられ、日輪に重なる滅亡の帆(ノア)の姿を露わにした。

 否、違う。滅亡の帆(ノア)と日輪の狭間、その間に一つの影があった。否、一つではない。五つ。五つ連なった何かを掲げる影が一つある。五つと一つの影がある。

 それは鋼鉄の塊だ。陽光を反射し漆黒と黄金で彩られた車体の美しさを否応なく番人へと照らし出す。例えそれは数週間ほど砂に流され続けた今でも変わらない。つまるところ、それが何なのか理解するまでに時間を要すことはなかったのだ。

 それがカネダもガルスも見覚えのある、どころか自分達が乗ってきたーーー……、魔道大列車だと判断するまでには。


「ゥゥウウウウおらァアアアアアアアアアッッッッッッッ!!!」


 嘆こうとも降るものは降ってくる。メタルの投擲した魔道大列車は蛇よりも激しくねじ曲がりながら空を這ってきた。五つ連なる漆黒の蛇はこの大地に叩き付けられれば瞬く間に三人を流砂の渦へ引き摺り落とすだろう。

 だが、彼等とてそのまま落とさせるほど愚鈍ではない。


「テメェほんと覚えとけよ……!!」


 彼は背負っていた自身の半身ほどもある銃身を肩に担ぐ、のではなく横腹にくっつけると、そのまま地面に銃底を接触させる。半ば仰向けになるような形で空を這う蛇に向かってその銃口を差し向けたのだ。

 これより放たれるのは対物砲マテリアルショット。光術砲に続く高威力の砲撃であり、別名『城門壊し(ドア・ノッカー)』の異名を持つほどの破壊力を誇る砲銃である。

 ただしそれは光を収束して放つ光術砲に比べて威力は劣るし、何よりーーー……。


「内蔵引っ繰り返ったらゲロ吐いてやっからなぁ!!」


 反動が、強い。


「ぐ、がーーー……ッ!!」


 カネダの指が引き金を引くと共に、先ほど打ち払われた砂塵がまたしても空へ舞い上がる。否、そればかりか銃底が大地へめり込むと共に地平まで響くほどの轟音が辺り一面の流砂に波紋を穿たせた。当然その反動は怪我人であるカネダの骨髄にまで染み渡り苦悶の声を零させたが、しかしそれだけの報酬はあった。

 蛇は正確無比にして強力無比な射撃により頭を撃ち抜かれ、再び天高く蛇行していく。無論それは落下してくるまでの一瞬の時間稼ぎと、メタルによる投擲の威力殺しでしかなかったが、いや、それだけでも撃ち返す(・・・・)には余りに充分過ぎる。


「ルーティア様! お願いします!!」


「はいはい! 任されました!!」


 風を纏った脚は大地に亀裂を走らせ、その拳は熱砂を纏う。

 そして砂嵐すら巻き起こす衝撃の跳躍と共に放たれる一撃はーーー……。


「聖女鉄拳ッッッッッッ!!」


 今、蛇を遙か彼方へと討ち果たす。


「や、やった……! よし、魔道大列車を撃ち返しーーー……」


 刹那の障害を乗り越えたカネダの表情に安堵の色が浮かぶ。だがしかし、それは偏に油断なのだ。

 だってそうだろう。自身の背後数十メートル。歩数にして一歩未満、一撃にして終撃の場所に降り立った男の存在を感知するのにーーー……、刹那、遅れてしまったのだから。


「う、ぉオォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 地面に弧を描きて翻し、対物砲が災悪の真正面へと突き付けられた。引き金を引くまでに迷いはない。否、既に反転した時点で撃ち放たれたそれは一切の余白なく災悪を退ける、はずだった。


「……嘘だろ」


 確かに一撃は撃ち放たれたのだ。如何なる鋼鉄をも穿つ砲撃は、放たれたのだ。

 彼にも直撃した。初めから砲撃の中でも最高峰の一撃程度で決着が着くとは思っていなかったし、傷を負わせられるとも思っていない。ただこの場から脱出する数瞬が生まれれば良かった。たったそれだけで良かった。

 ただーーー……、災悪はそれすらも赦さない。悪魔の牙は、自身の片拳ほどもあり未だ高速で螺旋を描く砲撃を受け止めていたのだから。


「ヤバい……。ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!」


 迫るは対物砲の砲弾を歯牙で噛み砕く災悪。迎え撃つは自動装填まで三秒の砲身。

 ――――間に合うか? 間に合うわけがない! 他の武器は? 取り出す暇なんかない! 援護は? まだ空!! 対策は! なし!! 余命は? なし!! 作戦は? 希望は? 好機は? なし、なし、なし!!

 諦めるつもりは? ――――なし!!


「ォォォオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」


 獣染みた咆吼と刹那の走馬燈が交錯した瞬間、カネダは体勢を起こして走りだしていた。

 向かう先はこちらへ疾駆する災悪。真正面から堂々と、音すら置き去りにする化け物に対し彼は奔りだしたのである。


「む、無茶です! カネダさん!!」


 ガルスの叫びが聞こえた。骨の軋みが聞こえた。胃袋から逆流してくる朝食の音が聞こえた。

 だが、止まらない。彼は未だ熱せられた銃身を素手で掴むとメタルへと一気に投げつけた。折れた片腕のせいで悪足掻き未満にしかならない攻撃として、投げつけた。

 否、悪足掻きではない。メタルは投げつけられた銃身が自身ではなくその足元に投げられたのだと瞬時に理解する。そしてその装填口が開いていることも、カネダの指先が腰元から巨大な砲弾を取り出していることも、理解した。

 そして彼の姿は災悪の双眸から消え失せ、いや、その眼下に滑り込みん(スライディング)で、僅かにメタルの脚へ弾かれて真上を向いた銃身を掴むと共に手動で弾丸を押し込んでーーー……。


「撃ち抜けェエエエエエエエエエエエエエッッッッッ!!!」


 その砲撃を、零距離接射で叩き込んだのだ。


「悪くねェ……! 悪くねェぞカネダァアアアアアアアアアアアッッッッ!!」


 だが、メタルは未だ無傷。やはり無傷。

 腹部の衣類が爆ぜ飛びその肌が焦げ付こうとも所詮は薄皮一枚未満。威力により体は上空へ跳ね上げられたが、所詮はカネダの余命が一秒ほど延びた程度でしかない。現に災悪は砲撃を遙かに上回る衝撃を拳に込め、振り墜とすべくーーー……。


「上、気を付けた方が良いぞ」


 そして聖女の踵は災悪の頭蓋を穿つ。

 大地と天空からの挟撃。腹部への対物砲と頸椎への踵落としは災悪を熱砂の最中へと墜落させた。

 ――――計算したわけではない、ただ咄嗟に地獄への綱渡りが連撃コンボを生み出したのだ。地獄へ傾き落ちた体を、再び綱の上へ押し戻す突風が吹いたのだ。或いは奇跡と言っても良いだろう。

 いいや、奇跡だ。これは奇跡だ。ずっと奇跡だ。奇跡を繰り返し続け、今こうして自分達はここに立っている。あの災悪相手に奇跡を起こし続けているから、立っていられる。

 そうでなければ、あんなーーー……。


「……ところで御二人とも、さっきの一撃効いたと思います?」


「そうだな……。控えめに言って」


 鮮血一つ流さぬ災悪の前に、いられるものか。


「「期待するだけ無駄」」


「ですよね……」



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