【エピローグ】
【エピローグ】
「全く、とんでもない事になったねぇ……」
老婆は未だ楽園の中で一人、鏡水が如き水面を眺めていた。
そこに映るのは今この『花の街』で起こっている出来事。天空を這う滅亡の帆、街外れで対峙する災悪と聖女、そしてーーー……、砂漠を走る一台の魔道駆輪。
全てこの街から離れていく。否、運命から離れていく。彼女、魔の道を究めたことで未来さえも視るようになった大魔道士アレイスターが予知した運命から、遠くかけ離れていく。否、既に、かけ離れていたとさえ。
「一度狂ってしまった歯車は元には戻らない……。コイン一枚がやがて大樹の向かう先を変えるように、西で拭いた風が東で嵐を起こすように……。運命とは連続している。一つの意図、一つの意味、一つの意志……、何で変わるかは解らない。運命とは得てしてそういうものだよ」
こつり、と杖が水面を突く。すると水面には当然ながら波紋が広がり、街の光景を揺り消した。
やがて波紋が静まるとそこに映っているのは先程までの光景ではなく、街に設置された幾多の魔方陣からなる、大魔方陣。一種の魔法を極大増幅させるーーー……、今計画の要である。
「けれど、もし、歯車を狂わせた回転が常に加え続けられるなら……。コイン一枚がそこに在り続けるのなら、西の風が吹き続けるのなら……。それはもう、そう在るべきことが正しい運命と言えるんじゃないかね」
アレイスターの言葉は誰に向けられたものではない。敢えて言うならば独白である。
しかし、確かにその言葉には意図があった。意味があり、意志があった。
「だが……、もしその狂い曲がった運命を正しいものとした時に、回転を止めたのなら、コインを引き抜いたのなら、西の風を消したなら、果たして何が起こるのか。それは本当に運命の修正たり得るのか?」
然れど、その大魔道士の瞳には。
「がらんどうの道が、果たして正しいのか否か……」
太古より世界を見つめてきた、瞳には。
「……それは、誰にも解らないけれどね」
いったい、何が映るのだろう。
「これより流転する運命。見える未来は……、嗚呼、緋色だ。夕暮れよりも紅い、緋色だ」
老婆は蝶踊り花薫る楽園に腰を下ろす。最早、大魔方陣の意地にのみ集中するその老体にできることはあるまい。否、初めから無かったのだ。正しき運命の中でならば役割のあった自分も、今この運命の中では反逆者でしかない。爪弾き者でしか、ない。
ならば最早、彼等に託すより他あるまい。激流に渦巻くこの運命を生きる者達に託すしかないのだろうか。
「神代の矛の発射、終焉の生誕、邪悪の復活……。これは、闇か。嗚呼、闇だ。夕暮れに闇が混ざり、緋色となるのか。燃え盛り、煙が吹き荒び、嗚呼、砂漠の熱砂が憎悪に染まっていく……」
然れど、老婆の視る未来が、運命を生きる者達に託した希望が必ずしも目を結ぶとは限らない。
或いは、それは、世界の破滅を願う者達の宴となり得ることも充分にーーー……。
「……世界の滅亡が、始まる」
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