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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
花の街(後・B)
356/421

【4】


【4】


「平和なことは良いことだと思うんだ」


「そうだネ」


「とても、良いことだと思うんだ」


「そうだネ」


 変態二名。クソレズ四天王と女装盗賊は遠く果てなき空に浮かぶ滅亡の帆(ノア)を眺めていた。

 だってそうじゃない。何だかんだ退屈な日常だって、毎日毎日命を張るような地獄に比べればまるで天国だ。戦いが人を成長させるとか、苦難こそ刺激的な日々へのスパイスとか言うけれど、いつもそんな苦いものだの辛いものだの食べていては舌が馬鹿になる。

 やっぱり人間平和が一番! 縁側でお茶を飲むような日々が何にも代えがたいーーー……。


「キィアハハハハハハハハハハハハハハクカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッッッ!!!」


「それが何でこうなるのさぁ!?」


「俺に聞くんじゃねーよバーカバーカ!!」


 しかし悲しきかな、そんな日々は彼等にはない。

 どころか漏れなく災悪の怪物に追い回される夕暮れ時である。温かいお茶の代わりに地獄の煮え湯である。

 人間の速度など圧倒的に上回るはずの魔道駆輪を全速力で走らせているというのに一瞬一挙でも遅れれば即座にアウトのデッドレース。一切の障害物も瓦礫も粉砕しながら爆走してくる災悪エンドライン相手など、デッドレースどころか最早ただの虐殺なんじゃないかとかは言ってはいけない。


「騒がないでください二人とも! 落としますよ!?」


「「四重ぐらいの意味で死ぬからやめて!!」」


 現在、ルヴィリア、カネダ、ガルスの三名は魔道駆輪で人気など微塵もない街中を爆走していた。

 操縦桿を握るガルスの風魔術による補助でどうにか故障を誤魔化して走らせている状態だ。多くの瓦礫を乗り越えられるのはその補助故にと言わざるを得ない。


「理解いただければ結構です! と言うかカネダさんはぐだぐだ喚く暇があるなら全力でメタルさんを妨害してください!! こっちの速度はもう上がりませんが、あの人はまだまだ上げてきますから!!」


「どう考えても化け物だなぁ!? 何で僕死に体なのにこんな化け物の戦いに放り出されてんの!? 帰りたい……。とても帰りたい……!」


「ガルス、この変態降りたいって」


「全力で道連れにしてやる」


「だから騒ぐなと言っているでしょう! 本当に落としますよ貴方達!!」


 等と騒ぐ間もなく、彼等の真横を摺り抜けて、と言うか紙一重で巨大な柱の残骸が吹っ飛んでいった。

 どうやらそれがメタルによって投擲されたものである事を理解するのに彼等が時間を要することはなかったが、いや、それよりも直感的に察したことがある。目の前で柱が崩壊と共に噴煙を巻き上げる様を直視するよりも前に、察したことがある。

 あの男はーーー……、別にこの魔道駆輪に追いつく必要などないという事を。


「ーーー……カネダさんっ!!」


「無茶言うなよちくしょぉっ!!」


 後方より迫る幾十の、人間より遙かに大きな瓦礫の塊。カネダはそれを片銃で照準を合わせて撃ち放ち、どうにか起動を逸らす。撃ち落とすというほどではなく、逸らすだ。そもそも片手が折れている状態で銃を撃つこと自体無理があるし、この男が双銃使いでなければそれすら不可能であっただろう。

 まるで綱渡り。いいや、綱というより、蜘蛛の糸渡り。


「あだぁああああああ……! 骨に響くぅうううううう……!!」


「いけるいけるお前死んでも僕が生きれば問題なしなし。さぁ死ぬ気で死ね。撃って撃ってあの化け物が投げてくる瓦礫を撃ち落とすんだ!」


「落としますよ、カネダさん」


「俺ぇ!? まだ何も言ってないじゃあん!! 落とすならこの変態だろぉ!?」


「流石に三回目なので予測もつきますし、ルヴィリアさんの仰る通り死ぬ気で落として貰わないと僕達が死にます。メタルさんは貴方を目的として追ってきているはずですので、死ぬ時は貴方だけですけど」


「心折れそう。……なぁ、コイツとメタルとフォール、誰が一番酷いと思う?」


「全員」


「☆大☆正☆解☆」


 救いはない。


「……さて、それよりマズいことになりました。魔道駆輪なら目的地まで幾らメタルさんと言えど最低限の距離を稼げるとルヴィリアさんは予測されましたし、僕達もそれに賛同した。しかしあの人の成長速度を見誤っていたようです。……加速度的、どころじゃない。跳躍的、いいや転移的ですらある」


「あ、あのさ、一応確認だけど人間だよね? 彼……」


「人間に見えるか?」


「いや全く」


「「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA☆ FUCK!!」」


「意外と二人ともお元気なようで何よりですが、文句を言っている暇はありません! 目的地……、いえ、あの人達がいる場所までもうすぐです! どうかそれまで全力で耐えてください!! まぁ、帰り道もあるので余力は残して欲しいところですが!!」


「「既に残ってない……」」


「絞り出せば良いでしょう、絞り出せば!!」


 相変わらず無茶な要求だが無理を通さねば漏れなく死ぬのが現状です。

 少なくとも後方から飛来する大塊の数々はそれだけの威力がある。呑気な雪合戦のように容赦なく投げてくるくせに、中には業火を纏うモノもあり直撃すれば魔道駆輪ごとぺしゃんこになるのは免れないだろう。いや、実際はぺしゃんこなんてカワイイものではないだろうけれど。


「えぇい、このままじゃジリ貧だ! 何か、おい何かないか!? もう俺の手持ち兵器もその計画とやらで使うヤツぐらいしか残ってないぞ!! これ、アイツの魔道駆輪なんだろう!? だったらこう……、何かあるだろう!」


「スライム人形なら修理に出す時に全部宿に移したらしいけど」


「そういうアレじゃなく!!」


「待ってください! 何だろう、運転席のボードに何か入ってます!! これは……!!」


 睡眠薬。


「「……………………」」


「……普通の用途じゃないからね?」


「「うん……」」


 それが勇者クオリティ。


「ええい、睡眠薬なんかアイツに効くもんか! 他に、ガルス、他には何かないのか!?」


「えっと、マッチとオイルと下剤とスライム神教の聖書……、あ、ダイナマイト!」


「待ってこれ開けちゃいけないタイプのブラックボックスじゃないよな!?」


「いやダイナマイトがあったことにまずツッコもう!? そんなモンある横でいつも寝てたのかよ僕達!! 何で平然と懐に爆発物入れてんだアイツ!?」


「と、兎に角! これで多少は足止めできるはずですよ!! 効果があるかどうかは怪しいですが、これならきっとメタルさん相手にでも数秒ぐらいはーーー……! カネダさん、お願いします!!」


「えぇい、仕方ねぇ! せめて爆風で視界を塞ぐぐらいできれば儲けものだっ!!」


 カネダは煙草用のマッチでダイナマイトに火を灯すと、車体から後方のメタルに向かって乱暴にダイナマイトを投げ捨てる。しかし幾ら爆発物とは言えメタル相手には火花より小さなイタズラ程度のものでしかないだろう。

 だが意外にもこれが功を奏した。カネダの言う通り爆炎により彼の視界が眩み、メタル自身も凄まじい速度で走っていたが故にそのまま転倒してーーー……、とかそんな事ではなく、カネダ達の視界一帯が焦土と化したからである。爆発と共に火炎の柱は天高く昇り、街の一角が満遍なく灼き尽くされたのだ。


「「「……………………」」」


 明らかにダイナマイトの威力じゃないとか、アイツなんてモン造ってんだとか、これが勇者のやることかよ、とか。

 そんな事はどうでも良いから、何と言うか、その、はい。


「「「今の内だぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」


 今のは事故。事故です。

 兎にも角にも目眩ましだろうが抹殺だろうがテロだろうがメタルは爆炎の中に消えた。どうせ後から何でもないフウに走り出してくるのだろうが、今はその後という数秒が惜しい。目的地までの数メートルが惜しい!

 あの災悪から離れられるのならば、例え一歩でも!!


「急げ急げ急げ! もう街外れが見えてきた!! 砂漠が、アイツ等のいるあの場所(・・・・)が!! もう少しで走り抜けられる!! あと少しでーーー……」


 あと少し。だが、その少しが、永い。

 ――――ゴァッ!!


「えっ」


「は?」


「あ?」


 気付けば彼等は飛んでいた。空をゆったりと、飛んでいた。

 どうして空を飛んでいるのだろう。あの抉れ上がった岩盤のせいか? 渓谷のように砕けた大地のせいか? 灼熱の渦から伸びる亀裂のせいか? それとも、その軋轢に突き立てられた男のせいか? 業火と爆発に巻き込まれたにも拘わらず依然として躊躇なき破砕を行う、その男のせいか?

 いいや、幾ら考えようと時は既に遅い。彼等は自分達が飛んでいること、そして落ちていることを理解すると同時に上手く着地して、けれどそれ故に砂漠へと一人出に走っていく魔道駆輪を目撃した。そしてそんなガラクタなど気にも留めずこちらへ歩んでくる災悪の姿も、また。


「逃ィげるなよォオオオ……。寂しいだろォ?」


 ――――終わった。

 業火と爆風の檻を踏み躙って平然と現れる男を前に、皆がその言葉を頭に思い浮かべる。

 あと少し、あと数十メートルも進めば目的地に到着できたのに。あと数時間耐えれば日没だったのに。本当に、少しだ、もう少しだけ。ただ一歩、それだけの距離だった、はずなのに。


「……おい変態クソレズ、まだ動けるな? 這ってでも良い、魔道駆輪拾ってこい」


「無茶言うぜおい……、元々動けないっつーの……。それにそもそもあの災悪はどうするつもりさ? 命乞いしたら嬉々として殺しに来そうだぜアレ」


「そんなまさかフォールじゃあるまいし」


「いや、彼は無表情で坦々と、ほら……。ね?」


「あぁ……」


 それが勇者クオリティ。


「……いえ、心配ありませんよ、ルヴィリアさん。あの方は動けない人よりも戦える人を好みます。僕やカネダさんがあの人を引き付けておけば貴方には見向きもしません。最悪、貴方さえいれば魔方陣の発動は問題ありませんし、貴方の計画に必要な人数も、多少難しくはなるでしょうが不可能ではないでしょう」


 兎角、気を取り直すようにガルスは首襟のボタンを外すと、軽く腕を捲ってみせる。

 カネダもそれに呼応するが如く、片手で器用に銃創へ弾を込めると歯牙で装填してみせた。今この状況においても、二人に諦めの文字はない。


「……足止めするってのかい? アレを?」


「俺の界隈はな、手前のケツは手前で拭くのが当たり前だ。況してアイツは仲間……、ってほどでもないしむしろどっちかって言うと敵だし毎回喧嘩してるし言うほど仲良くもないが、まぁ、一応、きっと、たぶん、絶対じゃないけど、可能性は低いけど、世間的には仲間と言えるかもしれない……」


「まぁカネダさんの意地っ張りはどうでも良いんですが」


「ひどい」


「流石にメタルさんも今回はちょっと度が過ぎましたからね。別に誰を追いかけようがフォっちに手を出そうが僕は構いませんし、好きにすれば良いと思います。僕も好き勝手やってますから。ただ、その好き勝手の度が過ぎたなら誰かが注意しなければいけません。殴ってでも止めなければいけません」


「俺、殴ったら腕折れたんだけどね」


「ならば蹴り飛ばせばよろしい。あの人は一回痛い目を見た方が良い」


 戦力的には、嗚呼、絶望的などというものではない。子供が泥団子を持って龍に挑むようなものだ。否、或いはもっと、この世のどんな山よりも高く谷よりも深い力の差がある。それはどうしたって、決して覆ることはない。例えこの世の天地神明全てが引っ繰り返ろうと、この男を倒すことはできないだろう。

 だが、だから何だと言うのだ。それはここで止まる理由にはならない。ここまで諦めてこなかった彼等が、今ここで諦める理由にはならない。力量差? 実力差? 戦力差? そんなもの知ったことか。

 彼等が諦めるには、それでも、いいや、例え天地神明全てが首を横に振ろうとも、足りないのだ。


「「ブッ殺す」」


 一切隠す気配もない、純然たる殺意。敵だとか味方だとか関係なく、それは彼等の全力の証明である。

 メタルもその殺気を感じたのだろう。先程から歓喜に満ちていた頬はさらに裂け、眼は獣や化け物のそれを通し超し形容すべくもないほど歪みに歪んでいく。最早その姿に希望はなく、ただ絶望を振りまく存在と成り果てていた。

 敢えて希望を語るであれば彼が剣を持たない状態であることだろうが、いや、それすらも絶望の一旦でしかない。彼等に残された希望はただ、ルヴィリアが再び魔道駆輪を取り戻す僅か数分というタイムリミットのみ。

 ただその時間だけならばーーー……、彼等にも希望はある!!


「待って。魔道駆輪見当たんない」


「「え」」


「消えた。え、消えた……? 魔道駆輪消えた……」


「いやそんなはずないってちゃんと探せ探せお前目良いんだろ探せよ早く」


「い、いや本当に、ない。ちょっと待って何処行った!? 幾ら暴走してたからって見当たらないほど遠くに行くわけないだろう!? まさか誰かが乗り逃げしたわけじゃあるまいしーーー……」


 だが残念、事実として魔道駆輪は見当たらないし、彼等の眼前より災悪は狂気を携えて迫ってくる。

 その表情と殺意に慈悲などない。これより始まるは殺戮の宴とばかりに笑い、嗤い、わらい、ただ一歩で足元の花を枯らし雲を裂き烈風を巻き起こし大地に亀裂を走らせ、迫り来る。

 最早、この者を止められる者は存在しない。この世を生きる者全てが、彼を止めることは叶わない。

 それ程までに強化されてしまった。狂化されてしまった。凶化されてしまった。この災悪を止める手立ては、もうーーー……。


「成る程、お恥ずかしながら私としたことが読み違えていたようです」


 この世を生きる者(・・・・・・・・)に、ないのなら。


「ならば……、本気で相手するより他ありませんね」


 この世を生きた者(・・・・・・・・)に、なら。


「せ、聖女ルー…………ッ!?」


「どうぞ、下がっていてください。ここから先は人類未到……。少なくともただの人間が踏み入れる環境にはなりませんので」


 彼等の背後より現れた聖女は上着を脱ぎ捨てると、その麗しい見た目とはかけ離れた傷だらけの裸体を露わにする。サラシの巻かれた肌には色気などなく、あるのはただ闘気を放つ荒々しさのみ。修羅という存在を人の形に落とし込むのであればそれ以上の的確さはないだろう。

 いや、それよりも問題なのは覇気を纏うが如く、否、破棄を砕き潰すが如く握り締められた拳である。剣も、槍も、盾も、旗も持たぬ聖女のそれは、何故か今までのどんな姿よりも鮮明に当時のそれを脳裏に浮かばせる。知るはずもない、然れど思い知らされるほど凶悪なるーーー……、魔族生首千連発伝説を。


加減無し(ステゴロ)で……、行きましょうか」



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