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「カットで」
「何でカットした? 何で妾のオンリーステージをカットした!? おかしいじゃろここは妾のシリアス&ハードボイルドな過去物語が始まるところじゃろーが!! スピンオフ短編主役張れるレベルの物語が始まるところじゃーろーがーぁー!!」
「内容は?」
「妾と側近が魔族幼稚園を武力支配したところから始まる」
「カットで」
「何故だぁああああああああああああああああああああああ!!」
残念ながら当然である。今は魔王の短縮三分ストーリーを語っている暇はない。
何せ現在、彼等は滅亡の帆の上層部にある廃城で接触イコール即死亡のデッドレースを繰り広げていたのだから。裏切りの魔王リゼラは兎も角、彼女が乗り回す覚醒不魂の軍は厄介以外の何物でもなかった。
触れれば魂を喰らわれる怪物だ。接触することは不可能で、さらに速度や腕力もこの廃城の壁面や地面を砕き割るに充分なものである。かつてのフォールであれば斬り伏せることもできたであろうが、いや、手荷物を抱え弱体化した彼にはその身に有り余りすぎる戦力差だろう。
「くそったれェ! こうなったら御主を倒して妾は再び魔王に君臨するぞ!! ヌハハハハハ! 生贄に捧げられる人質生活もこれで終わりにしてくれよう!! 今度は妾が御主を妾専属の料理人として雇い、下僕が如き生活を送らせてくれるわぁ!! 三食豪華ディナーデザート付き!!」
「魔王城並のホワイト振りならば、別にまぁ……」
「ただしスライムは一切禁止する」
「殺すしかない」
「ねぇ何なの!? どうして貴方達ってそんなに過激なの!? 何コイツら怖いんだけど!! ごく当然のように潰し合ってるんだけど!? これが勇者と魔王? 嘘よね、嘘よね!?」
しかし現実なのだ。そもそも現実と御伽噺は得てして別物だろう。
だがこの夢を諦めない魔王様、全力で勇者を追い立てる。城内の細い廊下も覚醒不魂の軍の怪力を良いことに粉砕、破壊、激震の突撃祭りだ。彼等が何処かの部屋に隠れようものならタックルで一室ごと粉砕し、階段を駆け上がれば壁を昇って行き、草木に姿を隠そうものなら初級魔法で焼き払う。
これぞ蹂躙! 普段日頃の恨み晴らしと言わんばかりの一方的な闘争だ。あの無様に逃げる勇者の何と無様なことかと言わんばかりの追撃に魔王は思わず打ち震える。
「ヌフハハハハハ!! 圧倒的じゃないか、我が戦力は!! あの勇者が無様に逃げ回るのみぞ!! ヌフっ、ヌヒャハハハハハハハハハハ!!!」
「ね、ねぇ、凄い調子乗ってるけど……」
「放っておけ。無駄に派手な追い方をしてくれているお陰で逃げやすい。……と言うよりはあの追い方だから逃げられるんだ。奴がもう少し冷静沈着な、頭の回る、まともな。……いや、うむ。魔王だからな」
「せめてそこはフォローしてあげなさいよ!? さっきから貴方の愚痴叫んでるけど同情できる内容ばかりじゃない! 顔面粉砕されたとかミンチにされたとか市中引き回しにされたとか!! もっとリゼラちゃんに優しくしてあげなさいよ!!」
「えぇ、やだぁ」
「やだぁ!?」
勇者この野郎。
「ケッ! 今のウチに余裕ぶっておるが良いわこの阿呆めがぁ!! 御主達が逃げれば逃げるほど、上に向かえば向かうほど命の灯火を縮めていると気付かぬか!! ヌハハハハ! 幾らこの滅亡の帆であろうと天辺の果てはある!! 辿り着けば待っているのは当然ながら行き止まりよォ! 何なら飛んでみるか!? この高さから落ちて無事で済む気がするのならなぁ!!」
「ふん、その程度のことも解らず逃げ廻るわけがあるまい。貴様は黙って追ってくれば良いのだ」
「む、ムキィイイイーーーーーッッ! ホント腹立つなこの勇者ァ!! 上等だ吠え面かかせてやるわぁこのスラキチ野郎めぇえ!!」
「……うむ、やはり魔王は扱いやすくて良い。速度は上がったが、動きがより単調になった」
フォールの言葉通り、覚醒不魂の軍の動きは泣き怒る子供のようにパワフルな、けれどとても単調になっていく。いや実際は子供の方がまだ頭を回すだろうが、この魔王に回っているのは調子のみである。
だがしかし、やはり覚醒不魂の軍の力は脅威だ。速度然り、権能然りだが、彼等の駆け抜けた渡り廊下や折れ砕けた石像、幾千幾百の間、永遠と残り続けてきた歴史の残骸が何とも見事に粉微塵と化していく。走り抜けた場所の草木は枯れ落ち、花は枯れ落ちる始末。その力はやはり脅威だろう。
「ね、ねぇ、本当に大丈夫なの? こんなに挑発しちゃって……! も、もう直ぐ追いつかれるわ!!」
「問題ない。最終的には対峙するからな」
「……はぁ!? あんな化け物とどうやって!? む、無茶よ!! 無理に決まってるわ!!」
「言っただろう。『無茶を無理で通す』……、と」
爆音。フォールの背後より瓦礫が飛び散り、周囲に噴煙を巻き上げる。
その瓦礫と煙は廃城から飛び出て遙か草木生い茂る中層へと落下し、見事に砕け散った。もし肉ある体が落ちればあの瓦礫のように粉砕されるのは言うまでもあるまい。
既に、それほどの高さにいる。上層の廃城は雲を貫き、零度に近い気温の中にいた。砂漠の吹き付けるような熱砂ではなく、むしろ夜に近い。空の灯火は果てなく燃え盛るにも拘わらず、ここは酷く冷たい。その白さは何処か、終末を思わせた。
「当然だ。ここは……、終わりの地だ」
ふと、誰に語りかけるでもなくフォールは呟いた。
真っ直ぐ続く、幾億の亡刻にすら蝕まれていない白き廊下を走り抜けながら。
「終わりィ!? 終わるのは御主共じゃろーがぁ!! ヌギャハハハハハハハハッ!!」
リゼラはその言葉を嘲笑い突貫して来るが、いや、フォールの表情に迷いはない。
ロゼリアもまた、彼の表情に惑うべきか安堵すべきかを一瞬悩んだが、答えは直ぐさま出て来ることになる。
当然だろう、彼等の前に現れたのはフォールの見る希望などではなく、塔城の終わりという、ただの絶望だったのだから。
「ちょ、行き止まぁーーーーーーー…………ッッ!!」
「観念せよ勇者ァア! 今こそ我が勝利のーーー……ッ!!」
然れど、その男は見ている。
廃城の頂上、天空の王座という名の行き止まりなどという絶望ではない、そこに転がるただ一つの希望を。
「信じていたぞ……、ここにあると」
瞬間、フォールは踵を返すと共にそれを拾い上げた。
リゼラと覚醒不魂の軍に対し真正面から対峙できる、唯一の武器。
否、それは武器ではない。遙か太古の、数千年の亡失に飲み込まれやがて忘れられた、ただ一つのーーー……、初代勇者の『盾』である。
「盾などで妾の一撃を防げるものかぁッッ!!」
「……輝きを放て。生命の奔流よ」
フォールの宣言と共に、彼の拾い上げた盾は凄まじい閃光を解き放った。
陽光と雲の輝きにすら劣らぬ、否、それすら掻き消す聖なる君臨である。その光は悪しき者、闇の者全てをこの世から消滅させる。無論、覚醒不魂の軍とて決して例外ではない。半透明に死の呪縛で濁り尽くされた体は見る見る内に浄化されていく。
無論、魔王とて例外ではーーー……。
「「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」
勇者もアカンわこれ。
「何で!? 勇者も何でぇ!?」
「ぬ、ぐッ……! やはり……、今の状態では……!!」
「ぐああああああああああああああああ!! メッチャ燃えるゥウウウウウウウウウウウウウウウ!!!」
盾の輝きが削るのは覚醒滅亡の帆や魔王リゼラばかりではなく、勇者フォールもそうだった。
彼の身は魔王や覚醒不魂の軍同様に白き業火で灼き尽くされ、傷一つなく灼熱の地獄へと飲み込まれていく。聖なる光は、やはりこの男にとっても猛毒なのだろう。
「ッ……! ぐ、ぅ…………!!」
無論、そんな猛毒の灼熱に耐えられる者はいない。今のフォールにとっては尚更のことであろう。
彼は覚醒不魂の軍と魔王リゼラが消滅しない内に膝を折り、それに伴って炎も勢いを弱めていく。その盾は確かに希望だったのだろうが、いや、時として余りに強すぎる希望の輝きは人々を枯れ果てさせる。太陽の輝きが花々を焦がすように、その盾はフォールにとって亡失とするには余りに遠すぎた。
「ふ、フハハハハハハ! 無様だなぁ勇者フォールゥ!! 策士策に溺れるとはこの事アツゥウウウウウイ!!」
「面白い……! 我慢比べといこうではないか魔王リゼラ。かつての決着アツゥイ!!」
「ククク、あの時の妾と同じと思っていてはアツゥイッ!!」
「それは俺も同じこアツゥイ!!」
それは、心を挫く戦い。
盾より放たれる聖炎に燃え盛る魂を堪え忍び、どちらが先に苦悶へ砕け散るかを競う戦い。
然れど二人は決して折れることはない。戦力で言えば歴然な二人だが、その根性のみで言えば全くの互角。故にこれはただ心を競い、どちらかが先に折れるまで決して終わることはない戦いなのだ。
或いは、彼等の魂が燃え尽きるまでーーー……。
「ねぇ、二人とも盾を離して! これたぶんシリアスな場面だから言いたくないけれど絵面は完全にアホのそれよ!!」
「黙れ魔王と勇者の決戦に口を出アツゥイッ!!」
「貴様は黙って見ていろ俺が敗北することアツゥイ!!」
うん、まぁ、ですよね。
「ク、ククク……。だが残念だったな! 敗北するのは御主よ、フォール!! 戦力が互角であるのならば、妾が敗北する理由はない!! この魔王に生存力で勝る者などこの世にはおらんのだァアアーーーーッ!!」
僅かに、本当に僅かに。けれど次第に覚醒不魂の軍の豪腕が初代勇者の盾を押していく。
本来であれば疾うに燃やし尽くされているであろうその身も、魔王リゼラの生命力を分け与えられている今ならば通常のそれを遙かに上回る。いや、生命力ばかりか腕力も次第に強化されているように思う。
実際、幾らこの幼児体型に成り果てたとは言え最強と呼ばれた魔王だ。その身に宿る純粋な魔力は原動力として最高にして最強に他ならない。
「ぬ、ぐッ……! ゥ…………!!」
「ふぉ、フォール! もうダメよ、逃げましょう!! 勝てるわけない!!」
「諦めろと……、教えた覚えはない。この程度で……!」
「だって相手は覚醒不魂の軍に触れても何の問題もないようなリゼラちゃんよ!? こんなの、こんなの勝てるわけないじゃない!!」
「ん?」
「えっ? ……あっ」
沈黙、そして。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
それは力に溺れた者の末路。魔王リゼラ、禁じられた邪悪に染まった彼女の終焉。
古来より物語の結末はいつも決まっている。斯くして彼女のそれは覚醒不魂の軍による生命力の吸収という形で決着した。勇者フォールとの激闘は彼の手によってでも初代勇者の盾によってでもなく、彼女自身の自滅という形で決着したのである。
何と無様な、そして儚き終焉であろう。魔王リゼラ、彼女は彼女自身の因果により終焉を迎えたのだ。
「…………魔王リゼラ、強敵だった」
「貴方達にシリアスを期待した私が馬鹿だったわ」
それが勇者&魔王クオリティ。
「兎角、この馬鹿の炎を消してやるか。覚醒不魂の軍も馬鹿が離れたことで燃え尽きたようだしな」
「た、助けるのね……?」
「コイツは助けなくても勝手に助かるし、ならば助けてやった方が言う事を聞く……、わけでもないが。まぁ、目の前で丸焼きになられても絵面が悪いだけだ。丸焼きが好きでも丸焼きになりたいわけではないだろうしな」
フォールはリゼラを焼く炎を上着でぱたぱたと仰いで消して、いや消えないので蹴り転がして消すが、その表情はいつもの無表情に露骨なほど呆れ果てた色が含まれていた。
この魔王の馬鹿具合は今に始まったことではないが、全く手間を掛けさせてくれることである。今回はただのオシオキでは済まないだろう。果たしてオシオキの後、まともな精神状態に戻れるかどうかすら怪しくなるに違いない。スライム的な意味で。
「何にせよ、この馬鹿が倒れたことでシャルナとローの洗脳も間もなく解けるだろう。ゼリクスがそこまで持っていてくれればの話だがな」
実際、ここまでの逃亡に時間を掛けすぎた節もある。洗脳状態とは言え素の戦力が人類如何を遙かに上回る二人だ。幾ら伝説の冒険者にしてギルド史上ただ一人プラチナSSSランクに到達した『神剣』ゼリクスとは言え、二人を相手に戦い抜くのは全く不利と言わざるを得ない。
いや、それだけではない。リゼラの裏切りなど所詮は序の口。最も重要なのはーーー……。
「……さて、後は顔貌と四肢だ。シャルナとローが目覚めればこちらの戦力は大幅に増強される。そうなれば勝ち筋も自然と見えてくるというものだ」
「じゃ、じゃあ、今から戻るの? あの場所に、またこの城を降りて!?」
「ここまで背負ってきたのだから大して疲れてはいまい? 何ならここから飛んでも良いぞ。……まぁ、風に煽られて地上まで真っ逆さまだと思うが」
冷静に坦々と。きっと冗談染みた冷やかしなのだろうけれど、この男の場合ただの嫌味にしか聞こえないからタチが悪い。いやいや、これではもう嫌味と言うよりただの脅迫である。
ロゼリアも数時間前であればその言葉に本気で狼狽えただろうが、今となっては特にこれと言って気にならない。この男を知れば知るほど、ただの冷徹な男でも冷静な男でもない事が解ってきたからだ。いや、もちろん悪い意味で。
尤も、それが気にならないことがやっぱり気に掛かって、素直に口へ出せるほどロゼリアという少女は真っ直ぐではないのだけれども。
「ま、まぁ、少しぐらいなら……、歩くけれど。大丈夫なのよね? その顔貌っていうのを倒せば解決するのよね? 四肢を倒せば、アテナは戻ってくるのよね? きっと、全部終わるのよね?」
「……そこまで単純な話ではないし、こちらとしてもまだ最大の問題が残っているので安易には言えないがな。まぁ、状況は好転すると見て間違いはないだろう」
彼はそう言いつつも、足元に転がった初代勇者の盾に指を掛ける。
しかしその指先は雷撃をくらったかのように鋭く弾かれ、彼の腕すら浮き上がるほどの反発を見せた。先程の聖炎で解っていたことだが、どうにもこの盾は勇者フォールを勇者とは認めていないらしい。
まぁこの世界で誰一人として彼が勇者と言われて納得する者はいないし、当然と言えば当然だが。なお勇者の場合は全員一致で認定とする。
「……ロゼリア、この盾を背負っておけ。俺では持てないし片手はリゼラで塞がっている。まぁいざとなれば投げ捨てれば良いんだが、回収が面倒だしな」
「盾のことよね?」
「盾のことだが?」
噛み合わない会話、擦れ違う思い。
しかし今回は自業自得なので敢えてスルーである。
「と、とにかくっ! リゼラちゃんはどうにかなったんだから、早くさっきの場所へ……」
「いや……、待て。何処かに掴まれ、ロゼリア」
彼女の言葉を制止したフォールは自身の指示通り近くの玉座、らしきものの残骸に身を寄せた。ロゼリアも何が何だか解らなかったものの、盾を背負って側の柱を両腕で掴む。
その数秒後だろう。辺りは彼等の行動に応えるが如く激震し、ロゼリアの華奢な悲鳴が呼応することになる。先程までの戦いで辺りに散乱していた砂塵は尽く空へと消えていき、彼女の頭ほどもあった瓦礫までもが容易く転がり落ちていくほどの揺れだ。
それは躍動や鼓動などというものではない。敢えて言うならばーーー……、起動と、言えるだろう。
「……滅亡の帆が動き出したか。しかし街から魔力を集めていた割には随分と時間がかかったな。経年による劣化か?」
「冷静に分析してる場合じゃないでしょーがぁ! おち、落ちるっ!! 落ちちゃうぅ!!」
「何、起動の揺れだとすれば間もなく止まる。問題はそこではなく……」
僅かに視線を逸らした先、その答えは揚々と現れた。
何人も平静を保てない揺れの中、屹立とした佇まいで廃城の頂上に立つ、その者。
骨肉隆々たる巨体はフォール達に影を落とし、それ故に表情を見ることは叶わない。
「奴の方……、だな」
斯くして魔族三人衆にして件の黒幕の一人はーーー……、四肢は、彼等の前に現れたのだ。




