【エピローグA】
【エピローグA】
「『進化には過程がある』」
これは想起である。本日の明朝、とある男がカネダを雇う時に零した言葉によるものだ。
男は坦々と、幻想的な花畑を嗜みながらその理論を述べ立てていく。その仮定が指し示すものさえなければカネダもただの冗談だと笑い飛ばしていただろう。だが指し示すものを知っているならば、事実でも悪い冗談にしか聞こえない。
そんな存在に付け狙われながら、未だこうして平静を保っているその男も相当なものだが。
「とある学術書から引用した言葉だが……、鳥は初めから翼があったわけではない。獣は初めから鋭利な牙を持っていたわけではない。ただその必要があったから翼という力を、牙という力を得ただけだ。しかしスライムのぷにぷにのような神に与えられし権能は進化ではなく運命という名の元に」
「え、うん? そういう話はガルスとやってくれる?」
「……チッ。話が逸れた。それで、俺が言いたいのはその進化の過程の期間だ。まさか鳥は寝て起きた瞬間に翼を得たわけではあるまい。獣だって、起きた瞬間に牙を生やしたわけでもない。段々と、段階を踏んでようやく力を得たはずだ。一年か、十年か。もっと遠く、血脈をかけて積み重ねた末にあったもののはずだ」
「それには同意するが……、あぁ、なるほど。猛獣の話ネ」
「そうだ。奴の進化は速度こそ異常で一見すれば過程を無視しているように思えるが、奴も生物である以上は必ず仮定を踏んでいる。一段飛ばしだろうと二段飛ばしだろうと、自身で生み出したものである以上……。封印のように段階を飛ばすものでは有り得ない」
「……待て、話が見えないんだけど何の話コレ? アイツを学術的に分析してみようって話? 自由研究の題材にしちゃハード過ぎない?」
「まぁ、自由研究と言えば魔王の方が遙かに簡単だろうが……、そうではない。重要なのは奴が段階を踏み……、一定の進化ルートを辿っているということだ。ならばそこに付け入る隙がある」
フォールは大理石の机に花、をいったんは置いたが何が気に入らなかったのかその場で見るからに邪悪な石像(ミニチュア1/100サイズ)を即席で創り上げ、ぽつんと置いて見せる。
その行為よりも瞬く間にミニチュアを創り上げるフォールの技術にカネダが驚くのも、まぁ、無理はあるまい。
「さて、この石像をメタルと見立てて説明するが……、奴を倒すにはどうすれば良い? 地ベタに這い蹲る俺達ではこの高さには届かない。理想的に言うならばこの石像を叩き落とすのがベストだが、奴はそうしようとする手を払い除けるだろう。カネダ、貴様ならばどうする?」
「え? ん-……、周囲の高さをそこに合わせる、とかか? メタルが机の上、つまり地ベタに座ってる俺達より高い場所にいるなら俺達もそれぐらいの高さに……。ってそりゃ無理な話か。そうだよな、この高さが強さの証明だ。俺達じゃとどかない。だったらって、お前、それは……、うーん……」
「簡単な話だろう。こうすれば良い」
フォールは大理石の机を蹴飛ばした。となれば当然、その上に乗っていたメタルも転がり落ちる。
八つ当たり染みたその行為にカネダは首を傾げるが、いや、答えは自ずと出てくるだろう。彼も間もなくその答えに気付き、目元をひくつかせた。
「もしメタルという男がこの空間に固定されていたのなら……、初めからこの位置だったのなら、奴は落ちないだろう。しかし奴は進化という仮定を踏んでいる。つまり始まりは俺達と同じ地ベタだったということだ。奴は堕とすことができる」
「…………まさか、お前」
「メタルを封印する」
それが何よりの答えである。
――――フォールが自身を封印し続けてきたように、メタルもまた封印できるはずなのだ。
無論、リゼラや四天王達が持つ秘宝には遠く及ばない封印だろう。あくまでそれは模倣であり、『最智』ルヴィリアの魔眼と、大魔道士アレイスターの協力によりようやく形作れる程度のものだ。
だが、それでも一応はただの人間であるメタルを封印するには充分過ぎる。いや、元より抗魔力どころか魔法、魔術すら使えないあの男であればその封印は充分に通るはずだ。こればかりは耐久や根性などという脳筋理論でどうにかなるものではないのだから。
「ルヴィリアによる一瞬の封印を増幅させるために、既にリゼラ達が街中へ巨大な魔方陣を幾つも構築している。効果は持続ではなく一瞬……、最大火力に特化させた。長くて数分程度だ。さらに封印と言っても退化ではないぞ。文字通りの封印だ。奴の存在時間を巻き戻す概念級のものと考えて良い」
「……あの変態女め。そこまでやれるのかよ。とんでもない奴とは思ってたが、概念? そんな魔法、本当に存在するのか?」
「だから魔方陣を用意していると言っているだろう。ルヴィリアとアレイスターの魔力全てを注ぎ込んでようやく完成する仮初めのものだ。それでようやく、奴に一刃を届かせることができる。あの化け物に必殺の初撃を叩き込める」
石像を、踏み砕く。
破片は容易く飛び散り、石像の邪悪な顔がカネダの足元へと転がっていった。
「それが……、奴を倒す唯一の手段だ」
繰り返す。これは想起である。現在より数刻前、現在にして僅か一秒以下の想起である。
カネダは刹那途切れた意識を取り戻すと共にその場へ膝を崩し堕とした。そうしなければ彼の頭は文字通り粉砕の二文字を叩き込まれていただろう。少なくとも背後の爆煙が彼の墓標と化すのは間違いなかったはずだ。
少なくともカネダの脳裏にミニチュア石像の頭が転がる光景が浮かんだのは言うまでもない。
「どうしたカネダァ? おねむには早いぜェ……、クカ、クカカカカカッ!!」
「……危うく永眠するところだったよ!!」
ふぁさり。拳の衝撃で浮き上がっていた帽子が再びカネダの頭に落ちてくる。
彼はそれを抑えつつメタルの顔面に手榴弾を投擲し、同時に自身は民家の残骸へと飛び込んだ。そこから起こるのは紛れもない爆音と炸裂であり、周囲一体に灰燼の烈波が吹き荒ぶ。水中に投げ込めばそこそこの湖であれば全体に爆破が波紋するほどの威力だ。
これで負傷、ないしせめて気絶してくれていないものかとカネダは激音に耳を痛めながら切に願っていた。当然、無駄であることは言うまでもないのだけれど。
「クカ、クカカカカカッ……。クキャハハハハハハハハハッッッ!!」
漆黒の爆風から姿を現したのは、狂喜する一人の男。
その身に傷はなく、漆黒の爆風すら抉り喰らい、手榴弾を握り潰したであろう掌は刺激が足りないと喚くように躍動している。鮮血一滴、流すことはない。
「…………化け物め」
カネダは不敵に笑いながらも、その汗に一筋の脂汗を流していた。
その脳裏に甦るのは走馬燈ではない。彼自身とフォールが、メタルと対峙するに当たって同意した三つのルールである。
――――1つ、姿を見せないこと。メタルの直感が効く索敵範囲の詳細は解らないが、最低でも視界には入らないこと。その瞬間に逃亡は絶対不可能になる。
――――2つ、敵意を持たないこと。メタルの直感による索敵は敵意に反応し、遠近関わらず捕縛される。敵意を持った時点で選択肢は対峙するのみとなる。
――――3つ、戦わないこと。魔方陣発動後であれば兎も角、発動前に戦うことになれば敗北は必須。これは最低限の条件であり、計画失敗をも意味することである。
以上の3つを絶対遵守とし、日没という刻限までにメタルを全戦力を持って破壊するに相応しい所定の場所まで誘導すること。それが彼等の行う計画、のはずだった。
「どうしたァ……? この程度じゃねェだろう。影なく奪う者は。あァ゛~……?」
顔貌の滅亡の帆が現れなければ、きっと彼等は無事にメタルを封印していただろう。
だが、そんなものは仮定の希望論へと成り果ててしまった。現に滅亡の帆は現れ、彼等の確実なる計画は無謀の二文字へと成り果ててしまったのだから。
「もっと俺を楽しませてみせろォォオオオァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
振り抜かれた拳が辺り一帯を粉砕し、抉れ返った岩盤ごとカネダは空中へと投げ出される。体が浮遊感と衝撃にかき混ぜられ天空と地上の判別が着かなくなり、両脚は虚空を掻きむしる。しかしその足は直ぐさま瓦礫の一つを捕らえ、腕は一本の虚空を捕らえた。
それは民家と民家の間に張り巡らされた罠を発動させるための装置、つまりワイヤーである。彼はそれを掴むと同時に体制を整え、思いっ切りワイヤーを引き千切った。
その罠はメタルの立ち位置ーーー……、ないし彼の周囲にそのワイヤーの数倍の太さと数十倍の強度はある鉄鎖を放つものであり、また彼を周囲の瓦礫ごと捕縛するためのものであった。例え如何なる猛獣だろうが怪力持ちだろうが結びつける鎖、だが。
「ケァハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!」
当然、そんな小細工ではメタルを捕らえることはできない。
彼が引き千切ったのは鎖も瓦礫も、等しく全てである。いや、そもそも縛ることさえできなかった。
中途半端な捕縛では歩み刹那さえ止めることはできない。カネダとてそれは解っていたことだ。あくまで、確認だっただけなのだ。
「やっぱり物理的な捕縛じゃ駄目かーーー……ッ!!」
瞬間、彼の眼前に瓦礫が吹き飛んできた。それはメタルの歩みによる余波の一つでしかない。
しかし空中でワイヤーという余りに不安定な脚場にいたカネダにとっては、余波一つでさえ途端に濁流へ放り込まれたかのように掻き乱される。壁面と壁面を伝って体勢を整えなければ呆気なくこの戦いは終わっていたかも知れない。
だが、再び顔を上げた彼の眼前には既に第二の拳。それが夢か虚構かを嘲る暇もなく、一気にその一撃は振り抜かれる。
「こ、のォッ!!」
が、カネダはほぼヤケクソとも言える脚撃で彼の拳戟を蹴り上げ、どうにか回避してみせた。
しかし直撃しなかったにも拘わらず衝撃を殺しきることはできず、彼はまた紙切れのように暴乱に巻き込まれて吹っ飛んでいく。地面に四回ほど跳ねて顔面から着地する様の、何と無様なことだろうか。
尤も、本人はそんな事に構っている暇などないぐらい必死なわけだが。
「て、てめぇこの野郎! ちょっとは手加減ってものを知らないのか!? あぁ!? そもそも俺は盗賊、お前は戦士だぞ!! 役割ってものを考えろ、役割ってものを!! ちょっとは俺らしい戦い方をさせるとかさぁ!?」
「喧嘩に卑怯もクソもあるかよ。第一それを言うなら俺ぁテメェにそのやり方ってのをやらせてやっただろ? 昼前に俺を街中で仕留められなかった時点で無駄だってンだよ、そのやり方は。もう少し別の方法で攻めるべきだったなァ? カネダくゥゥウウウウウウウん」
「別の方法だと? そんなもんあるかぁ! こちとら生き延びるのに精一杯なんだよ!! そもそも一日やそこ等でお前を倒せる作戦なんか思いつけるかぁ!! こちとらお前を倒すどころか一秒足止めするのも命がけだってーの!!」
「クカッ、クカカカカカッ! なんだァそりゃぁ?」
「嘘じゃないぞ? ホントだぞ! そもそもこの喧嘩の原因は」
「ンな下らねェ心意気で立つ奴の眼かよ、それが」
瞬間、メタルが天空へ手を掲げるとその頭上に巨大な何かが墜落した。
彼の体躯は数ミリほど地面に陥没するも、指先一本、膝一つとて屈折することはない。それこそ先ほどカネダが落ちてくる帽子を頭に乗せた行為とこの行為は彼にとって何ら大差無いのだろう。
尤も、落ちてきたのは帽子などという可愛らしいものではない、見るからに異形の、半透明に白濁した怪物だった。人体的な構造こそどうにか原形を留めているものの、言い表せないほど悍ましい顔は怪物のそれにしても余りに醜く、恐ろしい。
そう、それは覚醒不魂の軍である。彼等は知る由もないが先刻、頭上でフォールを追うあまり地上へ落下した一体だったのだ。カネダは衝撃で吹っ飛ぶ最中にそれを目視で確認し、メタルの頭上へ堕とすよう誘導したのである。
「小手先が悪いワケじゃねェがァ……、劣るなァ」
しかしその結果はご覧の通り、効力を為すことはできなかった。
本来は触れるだけで魂の末端まで吸い尽くされる深淵の存在だが、メタルは既に『知識の大樹』で適応済みである。それが高が強化されたものだろうと対処は変わらない。ただその手に落ちてきたのなら、砕き、抹消するのみだ。
「闘争の本質は勝利だ。ブチのめしゃァ良い。小難しい話も小難しい策略も要らねェ。最後はただそれだけだ。たった、勝利だけだ」
続き、数体の覚醒不魂の軍が彼を追い打つように墜落してくる。
その体躯は決して大きいものではないとは言え、メタルを押し潰すには充分過ぎる。たった二本の腕で十数体の邪霊を受け止めることはできないだろう。
然れど、打ち払うことはできる。メタルはただ腕の一振りで覚醒不魂の軍を消し去ると、迷いない足取りでカネダへと歩み寄っていく。
「だから俺は闘争を好む。愛なんて華奢な言葉で着飾るほどじゃねェが、それでも俺は何より戦いを好む。これをアイジョーっつのなら、成る程、これがそうなんだろうと納得してやっても良い」
「……何が、言いたい」
「…………クカカッ。生き様の話だよ。俺は戦いに生き、戦いに死ぬ。アイジョーって言い方は気に入らねェが、生き様っつーなら解りやすくて良い。これは生命の証明だ。俺の戦いはいつだって俺を証明してくれる」
ガごン、と。彼は近場にあった残骸から鋼鉄の支柱を引き抜いた。
それだけでメタルの体躯の倍はある大きさだが、いや、彼が振り回す棒きれにしては足りないぐらいだろう。
「解るか? だから俺は戦いを求める。クソみてェな戦いは要らねェ、俺が腐るからな。だから俺はいつだって強者が欲しい、戦いが欲しい、刹那が欲しい……。だから、テメェならそれを与えてくれるンだろう?」
「……どいつもコイツも人を捌け口にしやがって。だけどよ、メタル。そりゃちょっと筋が通らないだろう」
「あ゛ー?」
瞬間、メタルの後頭部に小石が当たった。いや、小石というのはメタルが感じただけで実際は銃弾だったのだが、何処からか放たれた一撃が彼に直撃したのである。
とは言えカネダは真正面にいるしと見直してみれば、そこには嫌らしく笑みを浮かべながら両手をぶらぶらと振るカネダの姿が。つまるところ、彼がメタルをここに誘導し覚醒不魂の軍を叩き付けてやったのは副産物でしかないということだ。
初めからこの場所に、いや、違う。例えどの場所であろうとも彼へ罠が発動するように仕込んだだけのことであろう。
「お前が俺を糧にするって言うんなら、お前も俺の糧になる覚悟があるってことだよな?」
それは、銃弾では止まらない。
気付けば彼の頭上、背後、左右から大小併せて八個の樽が迫ってきていた。その中身が火薬であり、既に着火済みであることはメタルも察知できる。しかし、さらに押し込められた異物まで判断することはできず、彼は持ち出した鉄骨で全てを叩き落とさざるを得ない。
無論、火薬を撃ち落とせば爆炎が起こる。そしてその炎は彼の全身には異物、いや、何らかの液体が吹き付けるための囮でしかない。それこそがカネダの真の狙いでありーーー……。
「喧嘩は勝たなきゃ意味がない。……だろう?」
業火、連鎖。その瞬間にメタルは天空まで貫く剛炎に燃やし尽くされ、鉄骨諸共に灰燼と化す。
然り。先ほどカネダが火薬樽の中に混ぜておいたのは火炎のポーションだ。本来ならば火炎魔術の威力を高めるものを、纏めてそのまま数十本ほど浴びせて暴発させたのである。
これでどんな些細な火種も最上級魔術相当か、それ以上の威力にはなるだろう。ちなみにこの火薬ポーション1本2000ルグという高級品である。
「クカッ、カカカカカカッッ!!」
「……ま、駄目だろうな。この程度じゃ」
しかし、当然が如く無傷。メタルは業火の竜巻をどろどろに溶け始めた鉄骨で斬り裂き、再びカネダへと一歩近付いた。
僅か数十センチ。ただそれだけの距離を詰めた。故に、罠は発動する。
「だから、重ねる」
メタルが地面を踏んだ瞬間に舞い散る魔方陣、それは先ほどの炎の嵐により爆ぜ飛んだ残骸に仕込まれ、爆風により巻き上げられた携帯魔方陣だった。幾百幾千の魔方陣が光輝いた果てに巻き起こるのは雷鳴、濁流、風刃、土石の乱舞であり例えメタルであろうと進むことは容易ではない。だが、不可能でもない。
「重ねて重ねて重ねてーーー……、勝利を掴むッ!!」
カネダが両手を開いた瞬間、左右に幾つかの火花が散りばめられた。否、それは彼が握っていたワイヤーの弾ける音である。彼が仕込んでいた罠が、さらに追撃的に、連鎖的に発動する音である。周囲の建築物からボウガンが出現し、或いは銃、或いは砲台が出現し、放たれる音である。
そして極めつけにはメタルの頭上に教会の塔が丸ごと墜落する音でも、ある。
「俺がこの手に掴むのは勝利だッッッッ!!」
弾け飛び、空を舞って彼の両手に戻る双銃。
そして放たれるのは銃弾の乱舞。無差別範囲の魔方陣、広範囲の狙撃、そして極所集中の銃撃。それはカネダが現在放てるであろう最大火力を収束した一撃だった。弾丸が尽きようと放つのを止めることはなく、尽きれば別の銃を取り出して、双銃は弾倉を引っ掛けて投げることで銃の自重による装填を行い、そして落ちてきた瞬間にまた双銃へ切り替える。全てはただこの繰り返し。
ただただ、継続的に最大火力を撃ち込み続ける破壊の乱舞。
「クカッ」
然れど。
「クキャカカカカカカガハハハハァカカカカカハハハハハハハハハッッッッ!!!」
その乱舞に対し、メタルが行ったのは回避でも防御でもなく、真正面からの迎撃だった。
全ての攻撃に対し真正面から、例え幾千幾百の魔道撃だろうが砲弾だろうが銃撃だろうが全て、掴み、潰し、叩き落とす。或いは鉄骨により躙り、斬り、砕き落とす。人体の限界だとか挙動の範囲だとか、そんな常識はもう通用しない。神速を極めるカネダの狙撃にすら適応するその早さは、疑いようもなく人外のそれだった。
「それがどうしたぁっ!!」
だがカネダは狼狽えない。彼はメタルの指に的確な、針の先を掠めるが如き銃撃により僅かに指と指の間を狙い撃った。当然ながらメタルに被害を与えることはできないが、いや、灼熱で歪み高速で振り回されることで弱っていた鉄柱をへし折ることぐらいはできる。彼の武器を奪うことぐらいは、できる。
「クキャァハハハハハハァッッ!!」
しかしその行動はさらに災悪を楽しませる刺激の一部でしかない。
メタルは鉄骨を撃ち落とされると同時にその腕を下げ、もう片方の手で弾丸を掴むことに集中した。まさか片腕を使わないことでさらに速度を上げるとは誰が予想しただろうか。音すらも置き去りにし陽炎へ残像を刻む様など、誰が想像しただろうか。
いや、それでも銃撃の弾幕を弱めるわけにはいかない。カネダはそう判断しかけたが、彼が敢えて腕を下げた理由を思いついた瞬間、踵を返して近くの岩陰へと全力で飛び込んだ。
「ィィィイイヤァアアアアアアアアハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
それは、投擲。否、砲撃。否、衝撃。
メタルはカネダの放つ弾丸を数発ほど掌に納めて数秒ほど圧縮、力を込めてから投げることで一発一発を衝撃の塊としたのだ。その威力は砲撃さえも超え、一発で街の噴水ほどは軽く吹き飛ばしてみせる。
そう、メタルが片手を下げたのはこの為だ。受け止めた弾丸に力を込めて衝撃の塊とするため。
つまり今まで彼が受け止めてきた弾丸は全てこれより発射される衝撃の塊であり、そしてその一撃一撃は正確な照準を持たないが、いや、持つ必要がない衝撃の嵐と化すのだ。
「……嘘だろ」
爆ぜ飛んだ瓦礫とその土煙を前に呆然とするカネダの前に、教会の塔がメタルへと墜落した。
ここでほんの少しでも希望を持てるのなら、きっとメタルという男を全く理解できていないという証明だ。その塔が粉砕されたのだろうとか微塵もダメージを与えられなかったのだろうとか思うのなら、一切理解できていない証明だ。
その塔を掴み上げ武器としたと思うのならーーー……、僅かに理解できているという証明だ。
「クカ、クカカカカッ……。楽しいなぁ! 楽しいなぁ!! 楽しいよなぁカネダァアアアアア!!」
「こっちは何も楽しくねぇよ……」
が、しかし。
「何せ、生き残るのに精一杯なんでね」
塔を振り抜こうとしたメタルの腕が、嫌に鈍く、重くなる。
それが粘着式糊の拘束によるものだと、先程の攻撃で僅かに仕込まれたものであることに彼が気付くまで一秒と要することはない。勝利だ糧だという口先も、乱舞が如く放たれる連撃も、最大火力の嵐も、全ては自身の動きを封じる姑息な罠だったのだ、と。
「特性の粘着式糊だ。剥がれるのに数週間はかかる代物で、さっきの鎖みたく力なんかじゃ絶対引き千切れない。風化して乾ききった後に砕くしか方法はないそうだ。……あぁ、火で炙ったり水に浸けたりしても無駄だぞ? そんな方法じゃこの粘着式糊は取れないんだ。と言う訳で大人しく」
――――ブチブチブチブチィ!!
「諦め……る…………しか…………」
血の気が引く、という言葉がある。
きっとーーー……、その言葉を今のカネダ以上に体現した者はいないだろう。
「で? 何を諦めるって?」
「……お前を捕らえること、かな」
災悪は如何にして災悪たり得るのか。その答えを知る者はいない。
いや、或いはフォールとカネダが最も近い場所にいるのだろうが、それでもまだそこは到達点ではない。
疾うに理を外れたこの男。倫理も常識も、運命でさえも、この男を縛り鎖には脆弱すぎる。一分一秒一瞬の間に強化され、狂化され、凶化されていくこの男を何かで測ろうとする試みこそ、或いは傲慢と言えるのかもしれない。
だってそうだろう、こんな男にーーー……。
「さぁ、まだまだ楽しもうぜ? カネダァアアアア……」
どうやって、勝てと言うのだろう。




