【2(1/2)】
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「メタルに殴り飛ばされた後のことだ……。私は気付けばこの城にいた」
滅亡の帆中層、朽ち果てた廃城の城門近くで彼等は焚き火を囲んでいた。
その焔を点す主は他ならぬ伝説の冒険者にしてギルド史上ただ一人プラチナSSSランクに到達した『神剣』ゼリクスである。彼は何処から拾ってきたのやら解らない鍋で湧いた湯に粉を溶かすと、フォールとロゼリアへ、また何処で拾ったのか解らないカップを差し出した。一瞬ロゼリアは嫌そうな顔をしたがフォールが迷わず受け取って口を付けたことで、恐る恐る唇を差し出してみせる。
「無様な話だ。まさか奴との間にこれほど実力差が開いていようとは……。いや、驚きと言えばこの場所とあの怪物共もそうだが……」
「……ゼリクス、だったな。こちらも貴様が滅亡の帆にいるとは予想外だ。いや、確かに滅亡の帆が天空で姿を消していたと仮定するのならば有り得ない話ではないが、ふむ、幸運だった。先刻は助かったぞ」
「何……、覚醒不魂の軍、と言ったか? こちらも奴等とは一晩中戦い通しだったからな。触れてはならないというのは初めて知ったが、成る程、私の直感は間違っていなかったということだ。そして私の『雷神剣』との相性としては最高であるという証明にもなる。この神速は雷鳴を纏い、千裂を刻む。触れるまでもなくあの邪霊を消し飛ばすのは容易なことだ」
「ふむ、有り難い。俺一人では戦力的に不安極まりなかったからな」
「構わない。私も現状を知りたかったのでな」
「あぁ」
「うむ」
「……ねぇ、リゼラちゃんと似たり寄ったりな私が言えることでもないけれど、その同じ口調で喋るのやめてくれない? 頭痛くなってくるんだけど」
「何? 仕方あるまい……。ではちょっと口調を変えてもらうと」
「待って何で本を取り出すの。と言うかその本、何? きょ、経典? スライム? 何でスライム? ねぇやめて!? そのごく常識的なことを間違えた奴を見るみたいな目をやめて!? おかしい? 私おかしいこと言った!?」
「おい、貴様。何故か邪悪を感じるぞ。かつて北の大地にて滅亡の魔道士とその魔書と対峙した時以来の邪悪だぞ、おい。やめろ。それを仕舞え。取り出すな。そう言えば近頃聞くようになった邪教にスライム神教というものが……、おいやめろ近付けるな。解った、解ったからそれを仕舞え」
勇者しょんぼり。
「さて、この邪教は兎も角……、ふむ。現状については私も把握した。顔貌、四肢、滅亡の帆、覚醒不魂の軍……。まるで御伽噺だな。数年前に『知識の大樹』で閲覧した文献のことを思い出す」
「え? 何それ……。知ってるの?」
「えぇ、ロゼリア王女殿。これは御伽噺の一種ではありますが……、遙か昔の大魔王カルデアと初代勇者の戦いのお話しです。初代勇者は蒼銀に黄金の彩色が施され、大地が如き甲殻に覆われた鎧を身に纏い、天の羽を下げる兜を被り、深淵さえも歩める神鱗の脚装を纏っていたと言います。そして黄金の聖剣と盾で、人々や天使、魔族を操り世界を滅亡へ導こうとした邪悪なる大魔王カルデアを討った、と……」
「あ、あぁ、思い出したわ。初代勇者の伝説ね? 確か色々な伝説があったような……」
「えぇ、私が訪れたその『知識の大樹』も伝説の一つです。あの大樹も苗木の頃、大魔王に汚染されたがそれを初代勇者が浄化したという伝説がありましてね。他にも邪龍を駆る大魔王や女神との激闘など羅列すればキリがありませんよ。……しかし、あれほどの大樹の苗木というのも見れるならば見てみたいものですな。近頃、斬り倒されたという話も聞きますし、尚更」
「しょ、初代勇者と言えば聖女伝説もその一つよね! 大分予想と違う人だったけれど……」
「伝承等などその様なものです。何事も曖昧だ。例えばその初代勇者にしても詳しい文献は残っていないし、そもそも彼が戦った大魔王と女神の大聖戦に関してもどうして始まっただとか、その経過だとか、詳しい話は残っていない。私は専門家ではないので詳しい話は解りませんが……、やはり歴史の風化というものは存在するのでしょうな」
「へぇ……、難しい話するのね」
「それは無駄話と言うのだ。そんな事を話している場合か。……それよりゼリクス、今回の件については協力してもらえると認識して構わんな?」
フォールの促しに、ゼリクスは先程の会話から一呼吸置く意味も込めて頷き代わりにスープへ口付けた。
仰ぎ飲む様も何処か芸術的な男だが、それが同意を意味するのであればこの上あるまい。
「厄介な事態だが、そういう事であれば協力も吝かではない。この『神剣』、人々を救うためであれば振るうに値しよう。本来であれば一件につき一千万ルグも下らない依頼料は今回免除ということにしておいた方が宜しいかな?」
「あぁ、是非そうしてくれると助かるな。何せこちらも色々と金欠だ。……しかし、覚醒不魂の軍を打ち払うだけのその実力は存分に活用させてもらうがな」
「良かろう。ところで疑問なのだが、この滅亡の帆はどう進めば良い? 私も先日からここに滞在しているがそれらしい場所は見つけられなかったぞ。見つけたものと言えば精々雨風が凌げるこの廃城か、あとは幾つかの果物や植物の群生地……、そして私では解読できない石碑ばかりだった。後は幾つかの野営地跡だったが、いや、これは何百年も前のものだった。恐らく先人かこの遺跡の調査者のものか……。考えるだけ無駄だろう」
「……道程に関しては大体ではあるが把握している。問題ない。ただ、妨害が不安なところだな。先程の覚醒不魂の軍、は貴様がいるからどうにかなるだろうが、問題は顔貌だ。覚醒不魂の軍を消費資源のように放り出している時点で別の手段が存在していると考えるべきだろう。少なくとも俺を仕留めるに充分なものであることは違いない」
「仔細ない。『最強の傭兵』メタルに遠く及ばなかった身ではあるが、いや、だからこそ戦う意味がある。その顔貌とやらに勝てぬようでは、でなければその試練を乗り越えられないようでは奴に勝つことは到底叶うまい」
パチリ、とロゼリアの眼前に伝う雷鳴。彼女は驚きのあまり跳ね上がるが、どうにかスープは零さずに済んだようだ。
フォールはそんな様を他所にスープを飲み干し、器を焚き火の側に置いて立ち上がった。
「よし、そろそろ休憩は終わりにしよう。刻限のこともある。先を急がねばな」
「……刻限。あぁ、メタルを倒す為の計画か。それで倒せるかどうかは怪しいところなのだろう?」
「だが諦める理由にはならん。ロゼリア、貴様もだ。もう休憩は充分だろう?」
「わっ、私は別に……、初めから休憩なんか……」
「ならば構わんが。……それにしても、うむ。同行している者がこうも真面目だと面白いほどに話が進むな。いつもであればここで数人ほど埋めねばどうしようもないところだ。少し埋め足りなくすらある」
「もうその言葉だけで普段がどんな参上か察知できるのが嫌だわ」
「フッ……、パーティーか。私もこの力を手に入れる前は仲間と呼べる者がいた。共に助け合い、手を取り合い、如何なる困難をも乗り越えたものだ。仲間……、そう、仲間か。とても懐かしい響きだな。背中を預け合える素晴らしい者達だ」
「今の話聞いて何でそう思ったの? 貴方も人の話聞かないタイプね?」
「しかしフォール、貴様の言うその仲間はどうした? この様な決戦であれば仲間と共に挑むのが定石であろうに。私も単独でなければきっとそうしていたぞ」
「うむ、今は別行動中でな。生憎と所在は不明だ。普段であればこの様に焚き火で携帯食でも摘んでいると自然と寄ってくるものだがーーー……」
「聞いてる? 貴方たち私の話聞いてる? ちょっと、人の話を」
と、二人の服裾を引っ張ろうとしたロゼリアだが、そんな彼女の爪先が何かに躓いた。
焚き火の残骸にでも躓いたのだろうかと振り返ってみれば、そこにはゼリクスの荷物から携帯食料を漁る魔王の姿があった。
この様に魔王は食料を置いておけば取り敢えず捕獲できるので、この夏の自由研究には持って来いである。ヤッタネ!
「………………」
「「「………………」」」
魔王、物言わず携帯食料を抱えて城壁の正面へと歩いて征き、覚醒不魂の軍に担がれる。
そしてその特等席で携帯食料を貪り尽くし満足気に息をついてから、一言。
「フゥーーーハッハッハッハッハ! 愚かなる勇者どもめ!! 最後の晩餐は楽しめたかな!?」
「「馬鹿な、いつの間に!!」」
「ねぇこれ私だけ? まともなの私だけなの?」
残念ながらその通りである。
「何だアレは……、ロゼリア王女が二人? 違う、溢れ出るあの邪気はただ者ではない! フォール、どういう事だ!?」
「奴はリゼラ……。見た目こそ似ているがロゼリアとは何の関係もない。立場的には一応こちら側のはずだが、ふむ。あの様子を見るに裏切ったようだな。顔貌の甘言に惑わされたか?」
「つまりは洗脳か……、厄介だな。洗脳魔法は抗魔力がなければ解除は難しく、また心の傷や弱い部分に付け入られると本人が克服しない限りは解除できない。あの様な華奢な子供相手に傷付けず説得を行うのは至難の業だな。だがフォール、仲間の貴様がいるのは僥倖だ。覚醒不魂の軍どもは私が引き付けるから、貴様は彼女の説得を」
勇者、抜刀。
「「「えっ」」」
「……何だ? 何か問題があるのか」
「御主には迷いとかそういうものは一切ないのかァーーーーーーーッッ!!」
「そ、そうだぞ貴様! なか、仲間だろう!? 仲間が洗脳されているのだぞ!?」
「え? あぁ。……うん?」
「リゼラちゃん逃げてぇえええええ! こいつ本気よ!! 本気で殺るつもりよ!! リゼラちゃん逃げてぇえええええええええええええ!!」
そもそもこの男に慈悲とか友愛とか期待する方が的外れである。
だがしかし、そんな事は今まで行動を共にして来た魔王も重々承知のこと。それでも彼女が逃げないのには理由があった。そう、勝算ある戦いから逃げる馬鹿はいないのだ。
「クックック……、フハハハハハ! 今までの妾であれば確かに逃げていただろう!! しかし、今の妾であれば貴様等など相手でもないわ!! 出でよ、我が双対の配下達よ!!」
何故か覚醒不魂の軍に担がれて自信満々なリゼラの合図と共に現れたのは、その自信を裏付けにするには充分過ぎるほどの二人だった。
そう、誰であろうフォール達の眼前に衝撃の噴煙を巻き上げ降り立ったのは、龍が刻まれし衣と大剣を背負う女、そして漆黒の義手と神速の足を持つ白と黒の虎である。『最強』と『最速』を背負いしその者達は虚ろな眼を浮かべながらも明確な敵意を携え、フォールの前に現れたのだ。
「……シャルナと、ローか。見るからに洗脳状態だな」
「クフハハハハッ! その通りである!! 驚いたであろう、この二人こそ貴様を滅すに相応しい我が最強の手駒よォ!!」
「ルヴィリアの話によればコイツ等は俺を探して街中を奔り回っていたはずだがーーー……、それがどうしてここにいる?」
「クックック、知りたいか? 知りたいであろう! ならば話してやる……。妾がどうして顔貌と手を組んだのかという壮絶な物語を!!」
斯くして始まる、魔王の邪悪な覇王道の序章。
四肢、アテナジアと共にこの滅亡の帆へ転移させられたはずの彼女が、どうして顔貌と手を組むことになったのか? フォールと行動を共にする彼女がどうして敵対することになったのか? どうしてシャルナとローが洗脳され、リゼラの言いなりになっているのか?
その答えが明かされる激動の物語が今、魔王自身の口からーーー……!




