【1】
これは、永きに渡る歴史の中で、頭脳を魅せ続けてきた南の四天王と西の四天王。
相反なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼女達のーーー……。
「にゃぁああ~! ローちゃん僕有能すぎて今回出番ナシだよぉう! 慰めてぇ!! 今だけ僕のママになってぇ!!」
「仕方ないぞー。お前にはお前の役目があるからナー? でもお前いっつもローのワガママ聞いてやるからローも聞いてやるからなー? よしよしってこうかー? うりうりー?」
「お゛っ♡ やっべ♡ イぐっ♡ イぎじぬっ♡ ローちゃんのなでなでやべっ♡ 天然ロリ母性やべっ♡ んぉ゛っ♡ ぉほっ♡ 一撫でで百回昇天するっ♡ んぼぉっ♡ イ゛ッグ♡ お゛っ♡ 控えめおっぱいやばっ♡ んほっ♡ んひぃっ♡ イグイグイグんほぉっ♡」
「ただ純粋に気持ち悪い」
「ごめん……」
「あのなー、そんなに慌てなくてもローは逃げないんだぞー? ローは今だけルヴィリアのママだからなー?」
「待ってやめてマジな母性やめてハマるやめて幼児退行する退行しちゃうらめらめらめんほぉおおおおおおおおマ゛マ゛ぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
愚昧の物語である!!
【1】
「体力には自信がある。今でこそ衰えたが昔は水上だろうと走り抜けたし山を持ち上げたこともあった。星を滅ぼしたことさえもな。それを考えれば例え数百体の敵に追われようと子供一人抱えるだけならば弱体化した今でも何ら問題はない。何なら片足飛びで逃げ回っても良いぐらいだな」
フォールはいつもの無表情のまま自慢げにそう語った。ある意味でそれは彼の自信の表れだったのかも知れない。
まぁ実際その通り魔王城は今でも悲惨な状態だし、彼が破壊した環境は数知れずだ。幾ら弱体化しているとは言え、子供一人抱えて走ることに苦難するようでは勇者は務まらない。例え覚醒不魂の軍相手だろうとその逃走振りに一切の迷いはないのだ!
なお、数分後。
「もう全て捨ててしまいたい……」
「やめて? ねぇ絶対やめてね!?」
この見事な即堕ちである。
「いかんな……、ユナ第五席からの逃亡がここで響いてきた……。それにどうにも滅亡の帆に入ってから嫌に体力を消耗してしまう。この生暖かく塵埃のような風に魔力が吸われているせいだろうか……。ゴホッ、コホッ……、わきばらが……」
「ちょっとさっきまでの余裕は何処に行ったのよ!? 『戦いは数ではない(ドヤァ)』みたいな顔してたじゃないの!!」
「反省の学びって大事だと思う」
「今回学ばなきゃいけないのって私よね? 私よねぇ!?」
さてはて、フォールとロゼリアが滅亡の帆の中に転移してから数分後。
彼等は現在、覚醒不魂の軍から全力で逃亡を続けていた。当然、ロゼリア教育とかやっている暇はない。それよりも今はフォールの体力の衰えやそもそもの覚醒不魂の軍共が問題である。
だってそうだろう、この島を訪れてから、いやそれよりも前からフォールの衰えは著しい。しかも相手は捕まれば即死を免れない不魂の軍が覚醒魔族を創り出す覚醒の実を取り込んだ上位互換である。それが大小合わせて数百体など、全く冗談甚だしい。
幾らフォールであろうとも、弱体化を重ねた今の状態でこの覚醒不魂の軍を相手取るのは無謀を極めよう。
「ねぇ! ど、どうにかして倒せないの!? 貴方、勇者なんでしょう!? 勇者なら女神様の加護を受けてるって聞いたことがあるわ! 勇者の魔法とか……、聖剣! そう、聖剣よ!! 貴方が勇者なら聖剣だって持っているはずでしょう!? 御婆様の御伽噺で聞いたことがあるもの!! 聖剣を使えばあんな奴らーーー……」
「生憎と魔法どころか魔術も使えないし、聖剣は自ら砕き割った。……奴等に対抗する方法を知らないわけではないが、それも今はできない。顔貌のことだ、核を無様に晒すとは考えられん」
「つ、つまり……?」
「逃げる以外に選択肢はない、ということだ」
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ロゼリアの叫びは尤もだが、残念ながら現実は非常なものである。
そも、思い出して欲しい。フォールは『あやかしの街』以来まともに戦ったことがない。いや、そもそも帝国での心臓による聖剣封印を最後に、彼は個人の力で戦うという選択肢を捨てている。あくまで他人の力を最大限に利用して戦うという選択肢を取ってきた。『知識の大樹』でもそうだったように、彼は自身の弱体化を他人の力を借りることで補い続けてきた。
或いは、ひた隠しにしてきたと言っても良い。
「だがーーー……」
しかし、隠し続ける中で彼が何も学ばなかったのかと問われれば答えは間違いなくNOである。
勇者フォールの強さは適応力にあると語ったのはいつだったか。であれば、彼にその能力が必須であることもまた、事実として語っておかねばなるまい。
「図体のデカい相手と逃亡戦ならば、こちらの範疇だ」
曲がり角。複雑に絡み合い、立法的な法則を無視して金網へ張り付く根のように捻れる三つの通路。
それに対し、フォールはロゼリアを迷わず投擲した。どの通路にというわけではない。取り敢えず目の前にあった三叉路の右側へ、そして自分は左側へ思いっ切り投げ放ったのである。
ロゼリアは空中を舞いながら走馬燈のようにゆったりと流れる景色の中、彼の行動を理解する。つまるところこの行為は紛れもない人柱なのだな、と。自分は見捨てられたのだな、とーーー……、フォールの腕の中でそう再認識することになった。
「…………えっ? えっ!?」
「何だ、捨てたと思ったか? リゼラでもあるまいに」
「リゼラちゃんなら捨てるのね!? ってそうじゃなくて今、何、えっ!?」
「貴様の脚に縄を結びつけておき、投げると同時に引っ張っただけだ。少し確かめたいことがあったのでな」
「な、何よそれ……。王女である私を実験台にしてまで確かめたいことなんてある!? この私を危険に晒すという意味がっ……」
「あったとも。逃げ切る為には奴等の行動原理を知ることが必須だった。……そもそも数では遙かに劣るこちらが逃げ切れるのは何故だ? 数というのは恐ろしいものでな、それだけで戦力や戦法が乗算式に増えていく。奴等も数百ないし数千いるのであれば俺達を囲んでしまえば一発で事が済むだろう。ならば何故そうしない?」
「……そ、そんな私が知るわけないでしょう!!」
「だから調べたのだ。先ほど貴様を投げた時、半数が貴様へ視線を向け、半数が俺へ視線を向けた。奴等にはそれぞれ個体差があるようだが、貴様と俺を標的と認識している個体に差は見られない。キッチリ半々が追跡対象として認識していることになる。即ち奴等は深層的に繋がっていて、一種の命令で端末として動いていると過程できる。……機械的、と例えておこうか」
「う、うん? ……何?」
「覚醒の実による覚醒の影響だな。アレは細胞を取り込むことにより能力を高等的に特化させるが、その副作用として意識を蝕まれる。生物である魔族ならば兎も角、元より意識のない不魂の軍どもにそんなモノを取り込ませれば全ての意識が統一化されることは明白だろうに。……いや、顔貌はそれを狙ったのか? あくまで戦力ではなく、兵力とするために? つまり奴からすれば不魂の軍はもう必要ないということか?」
「だ……っ! だから私にも解るように説明しなさいよ!! えでんだとかそろもんだとか、そんなの知らないもの!! この、のあ? だって! 私は何も知らないわ!!」
「俺だって知らん。だから知れるところから始めようとしているに過ぎん」
「嘘よ! だって貴方、知らないって顔してないもの!! まるで事実を再確認するために辞書を開くようなーーー……」
ロゼリアの言葉を打ち切って、フォールは螺旋状に絡み合う通路の一角へと滑り込む。その後ろから一秒と開くことなく幾多もの覚醒不魂の軍が我先にと言わんばかりにひしめき合い、けれど的確に一体、また一体と入り込んでくる。
侵入できないほどの巨体を持つ者は閉め出せたが、いや、それでも僅か十数体程度だ。大多数を占める中小型は迷わず追ってくる。しかし、フォールにとってはその大型のたった数十体が大きな成果でもあった。
「やはりな。統一的な意識だからこそ他が役目を果たすならば無理に追ってくることはない。モノを取るという目的のみで動くならば手で取るのも足で取るのも同じということだ」
「そ……、それが何よ! ほんの少しじゃない!! たった、あれだけじゃない!!」
「人は100を識る為に1を求め続けてきた。知識とは100を得る術ではなく1を積み重ねる事に他ならない。……これが『LESSON1、原理を知れ』だ」
彼は通路を走り抜け続け、やがて光をその目にする。
そこからの行動にもやはり迷いはなかった。ロゼリアを肩に担ぎ上げ刀剣を腰から抜いて咥えると、柄に縄を括り付けていく。しっかりと解けないように、人二人が体重を掛けても問題ないように。
「そして次が『LESSON2』」
間もなく光を浴びた彼等の前に現れたのは、空だった。
それは目の前に拡がる空ではない。いや、目の前にも拡がっているが、決して頭上から陽光を降り注ぎ優しく包み込んでくれるような空ではない。風が噴き荒び虚構の大地が拡がる、奈落。それが彼等を出迎えたのだ。
「ひっ…………」
彼等が通ってきた通路は通路などではなく何らかの回路だったのだろう。でなければ外に通じているものなど存在するわけがない。或いは、廃棄口だったのだろうか。
いや、今更そんな詮無きことを考えて何になろう。既に彼等は雲を踏み抜き、遙か地上まで真っ逆さまにーーー……。
「『迷いは捨てろ』……、だ」
「ひゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
絶叫。華奢な叫びは果てなく広がり、大地へと届く間もなく摩耗して消えていく。
しかしその叫びの主はそうもいくまい。このままでは地上の花を赤色に染めることになか、街で赤い花になることだろう。少なくともどんなに頑丈な人間でもこの高さから墜ちれば無事では済まないはずだ。
尤も、フォールとて自殺志願者ではない。彼は先ほど縄を結んだ剣を上部へ全力で投擲した。今更ながら彼等が走っていた部分は滅亡の帆のかなり下層に当たるらしく、幾多の砲身が乱立する場所から、またその砲身からフォールは飛び出たのである。
そして彼が剣を投げ突き刺したのもまた砲身だった。フォールは縄を限界まで手繰り寄せて張り詰めると、そのまま文字通り壁面を駆け抜けていく。自身の背後で溢れ出るかのように落下していく覚醒不魂の軍などには目もくれずに、だ。
「よし、どうにか撒けたな。とは言っても一時的なもので、間もなく別ルートから追撃されることになるだろうが……」
「ひっ……、ぃひっ、ひぃー……! ひっ、ぃっ……」
「……何だ? 漏らしたのか?」
「漏らしてないわよ! ……漏らしてないわよぉ!!」
「ならば構わんが、貴様は今俺の背中にいるという事を忘れるなよ。被害は俺に来るのだからな。……兎角、ここで奴等を撒けたのは大きい。今の内に中枢へ進むとしよう」
フォールは壁面から剣を抜き砲身へよじ登ると、そのまま先程の道と同じく似通った構造の壁面を踏ん張って一歩、また一歩と上がっていく。しかし力を込めるのは両脚ばかりで、どうにも腕、特に左腕には力が入っている様子ではない。
当然だろう。ロゼリアを投げて受け止めるのも刀剣を投げるのも決して容易なことではないのだ。今までの彼が当然のようにしてきただけであって、普通常人に可能な範疇ではない。そう、常人に可能な範疇ではないのだ。
「…………」
――――疲労が大きい。どうにも滅亡の帆に入ってきてからその具合が酷く顕著なように思う。
いや、無理もあるまい。周囲を漂うこの薄緑の塵埃は精気や魔力を吸い取っているのだ。それが自身の封印をより進行させているのだろう。そもそも封印とは段階的に進むものではなく、その段階の上限、いや、下限を取り払うものに過ぎない。確かに封印した瞬間は加速度的に弱体化する。しかし、つまるところ弱体化は一昼一夜、一分一秒でさえ進行し続けているのだ。この塵埃は、それを加速させている。
地上にある『花の街』は、大丈夫だろうか。ここほど濃くはないにせよ塵埃、即ち瘴気の影響が出るのも時間の問題だろう。少なくとも既に瘴気は拡がっているに違いない。
「……日没までの刻限もある。急がねばな」
「…………ね、ねぇ、ちょっと」
「何だ。やはり漏らしたのか」
「違うわよ! 漏らしてないわよ!! そんな下品な言葉この私に使わないで!! 第一漏らすなんてそんな赤ちゃんじゃないんだから、するわけないでしょう! もう少し常識を考え……、待って何でそこで考えるの!? 常識を考えるのよね!? 違うわよね、嘘よね!?」
「……ローの、いや何でもない。続けてくれ」
「ちょっとやめなさいよそういう名前だけ仄めかすの!! 何、怖いわよ貴方!! 本当何なの貴方!!」
勇者です。
「そ、そうじゃなくて……! 私が心配しているのは……」
「アテナジアのことだろう。奴ならば先刻も説明した通り四肢が一緒にいれば大丈夫だ。いやしかし四肢もどちらかと言えば顔貌寄りだからな。アテナジアに危害を加えることはないだろうが、俺個人の敵対者としては中々厄介な」
「ちっ……、違うわよ! 誰もアテナのことなんか心配してない!! 勘違いしないでくれる!? そういう無駄な勘ぐりって本当イラつくわ! 自分がいつも正しいって思ってるんでしょう!? あーやだやだ! 傲慢にも程があるわね!!」
「別に俺はいつも正しいわけじゃない。間違いもする。ただその間違いを正しくしているだけだ」
「それ不正よね?」
「いや? 修正だ」
「不正よね?」
「修正」
「不正」
「…………修正だもん」
だもんじゃねぇよこの勇者。
「ま、まぁ、私が心配してるのはアテナなんかの事じゃないから! 良いわよもう、そんな事も解らない奴なんかに話はないわ!! さっさと私を安全なところまで運んで頂戴!!」
ともあれ、どうにもロゼリアは機嫌を損ねてしまったようで、ツンケンと口先を尖らせてフォールの耳元で甲高く叫びあげる。彼は首を傾げて必死に逃げながらも、どうして彼女が聞きたい事を誤魔化すのか解らずにいた。
まぁ、実際のところアテナジアと喧嘩、とまでは言わずとも微妙な間柄の二人だ。ロゼリアも露骨に心配するのは気恥ずかしい部分があるのだろうが、そこを理解できないからこの勇者相手に某四天王は果てしなく苦労しているわけで。
「……むぅ」
せめてその手首に納めたミサンガの一つでも目に入れば考えも変わるだろうか? いやいや、無駄な希望という話である。
しかし、無駄な希望と言えばフォールにも一つ気掛かりなことがあった。そう、誰であろうカネダのことである。リゼラ? いやアレは草木一つない大地に放り出しても土壌を喰い漁って生きるから問題ない。
現在、『花の街』でメタル相手に刻限まで時間を稼いでいるあの男。可能性の芽すら燃えて消し飛んでいる勝負に挑んだあの男のことが気掛かりである。彼にしても魔王並みとまでは言わないが中々しぶとい。その点は問題あるまい。
と言うより、そもそもフォールはカネダ本人を心配しているわけではない。であればむしろ彼に預けたモノのことをより心配している。彼が案じているのはカネダ、ではなくーーー……。
「……刻限、か」
躍動するかのように光輝く壁面に指を掛け、フォールは再びその先へと進んでいく。そろそろ長さから考えても滅亡の帆の下層を抜けることだろう。
しかし安心は微塵もない。下層を抜けることはゴールではなく、むしろスタートラインに立つ行為ですらないからだ。スタートラインは、顔貌がいるであろう中枢部へ到達してから初めて立ったと言えるのである。
「な、何よ。私に少しでも謝る気になった!?」
「生憎とそんな無駄な時間を過ごしている暇はない。……少し速度を上げるぞ。しっかり捕まっておけ」
フォールは通路の中を駆け上がると、そのまま一気に下層を抜け出した。
彼なりに肩の痛みを誤魔化すためでもあったのだろうが、いや、それ以上に刻限の存在が彼を急がせたのかも知れない。
「…………さて」
或いは。
「その刻限まで、こちらも保てるかどうかだな」
それ以上の危機を、感じ取ったからか。
「何よ……、これ」
凄惨。先ほど苦労して撒いたはずの覚醒不魂の軍数百体が彼等の出た先には待ち構えていた。いや、先刻よりもその数を増し、超巨大な個体が壁からこちらを覗き見、小型の個体は幾多も壁に張り付き彼等が出て来るのを待っているのだ。まるで一定のラインを超えた瞬間に襲い掛かるぞと宣告するばかりに、ただ待っている。
覚醒不魂の軍は機械的だとフォールは考察した。成る程、それは確かにその通りだ。機械的だからこそ彼等の行動を予測し、機械的だからこそ的確に追い詰めていく。ただ的確に、的確に、的確に。それは何処か、フォールとも似通ったものがあった。
「大きな声を上げるな。大きな動作を行うな。……来た道を戻るぞ」
「む、無理よ……、戻ったって追われるに決まってる。追いつかれるに決まってる……」
「ならば『LESSON3』。……『何事も諦めるな』だ。最後までとは言わん。諦めた瞬間が最後なのだから、諦めなければいつまでも最後は来ない」
「そんなの……! 無理に決まってるじゃない……!! 誰も彼もが貴方みたいに強くなんてないものっ……」
「強さなど要らん。必要なのは諦めない心だけだ。例え己の全てを喪おうと求め続ける限り、いつかそれは必ず手に入る。例えそれが運命だ不魂の軍だと下らんものに阻まれようとーーー……、必ずな」
彼の瞳に宿るのは決意の焔。
だって、そうだろう。彼はただ一つのものを求め続けている。その為ならばこんな危機、何と言うことはない。例え数百だろうが数千だろうが、その力の差が絶望的であったとしても諦める理由になどなりはしない。
絶望など、困難など、運命などーーー……、彼を止めるには余りに矮小すぎる。
「全てはスライムぷにぷにのために……!!」
「待って本当にこれ貴方頼って大丈夫? ねぇ大丈夫!?」
たぶん無理じゃないかな。
「嫌よ私! そんな、馬鹿みたいな理由でーーー……」
叫びかけたロゼリアに反応したのか、数百体の覚醒不魂の軍達は一挙に行動を開始した。
数百体が迫り来るその様の、何と圧巻たることか。全てを澱み消すが如き崩壊の亡霊どもはただ腕を伸ばすだけで死の邪悪を刻み付ける。
フォールはそんな邪霊達へ狼狽えることなく右手でロゼリアの華奢な体を引っ張り、左手で刀剣を構えて見せる。
――――最早この状況から脱するのは不可能。であれば戦うしかない。余りに分の悪い賭けとは言え、奴等の行動を見極めて摺り抜けるしか、方法は。
「成る程、素晴らしき勇気だ」
だが、響き渡るのは紫電の雷鳴。破壊の刃は幾百の邪霊を易々と薙ぎ払い、灰燼と帰す。幾千幾百と君臨する覚醒滅亡の帆の軍団を一閃にして斬り払い、襲い来る数多さえも容易く回避し、撃ち抜いていく。その紫の閃光はただ見るだけで星の瞬きを思わせた。
その閃光は例え巨躯を持つ覚醒不魂の軍であろうとも一刀両断し、中小型の雑魚に到っては容易く薙ぎ払ってみせる。それは間違いなく、圧倒と呼べるものだった。
そうーーー……、彼等の危機は一瞬にして紫電が打ち払い、希望の光を照らし出したのである。
「我が雷鳴を振るうに値するその勇気……、しかと見極めた」
堪え忍び、諦めぬ者の勇気には必ず答えが待っている。
例えそれが予想外の結末故に生まれた存在だとしてもーーー……。
「「…………誰?」」
「伝説の冒険者にしてギルド史上ただ一人プラチナSSSランクに到達した『神剣』ーーー……、ゼリクスだ」
必ず、現れるのだ。




