【プロローグA】
【プロローグA】
「と言う訳で射出準備だ」
「待って? ねぇ待って?」
さて、フォール達がカネダと別れて数分後。彼等の姿は街で一番の高台にあった。
フォールの双眸は場所こそ変われど依然として天空の要塞島を睨め付けており、眼光で刺し殺さんばかりの戦意が見て取れる。
彼の中にざわめく何かが、そうさせるのだろう。危機感とも恐怖とも違う何かが暗殺者が如き双眸をさらに鋭利にさせるのだーーー……、が、どうにもロゼリア王女は気に食わないことがあるご様子で。
「何だ? カネダを一人で行かせたことを気に掛けているのか? 案ずるな。奴にはアレを渡してある。気休め程度だろうが……」
「いやそうじゃないのよ。そんな事はどうでも良いの」
「シャルナ達と合流しないことか? しかし奴等には奴等の役目がある。ともすれば対メタルに欠かせない最重要の役目だ。外すことはできない」
「それでもないわ。些細なことよ」
「あぁ、ユナ第五席を街の避難誘導に当てたことか? 仕方あるまい。俺や貴様では逆に混乱を招きかねんし、奴の手際は帝国で確認済みだしな。そもそもカネダのいない奴にまた暴走されては敵わん。置いてくるしかなかったのだ」
「そこでもなくて」
「……あぁ、そうか。配慮が足りなかったな。アテナジアのことか。奴に関してはそれこそ安心だろう。何せリゼラと四肢がいるからな。確かに四肢は立場的に敵でこそあるが、ルヴィリア曰くアテナジアに限っては安心して良いとのことだ。こと感情論に関わる奴の観察眼は俺より上だ。信頼できる」
「違う! そこじゃない!!」
「…………これ以上何があると言うのだ? 何だ、今から行く要塞島に貴様を連れて行くのが問題だとでも言うのか? 教育はまだ終わっていないのだから当然だろう。教育に遠足は付きものだ」
「それ……、もかなりアレだけど違うわよ!! この状況を見て何処がおかしいか解らないの!? 本気!? どう考えてもおかしいでしょーがぁ!!」
「どう、と言われても……」
フォールは首を傾げながらマッチを擦り、火を灯す。
そしてその種火をロゼリアの収まる大砲の導火線に着火すると、また自分のそれにも同じように着火した。
「…………よし。で、何の話だったか?」
「漏れなくコレの話だけど!? 嫌ぁあああああああああ死にたくないぃいいいいいいいいい!! やだぁああああああああああああああああああ!! もっと他に方法あるでしょぉ!? 何でこんな曲芸師じみたやり方なのよぉおおおおおおおおおお!!」
「安心しろ、火薬量と配分はしっかり調節してある。それに昔から遠方へ行く時にはこうして大砲による発射が定石だ。……何だ、火薬草を使ったブーストをかけてやろうか? 流石にリゼラ以外は耐えられないと思うが」
「そもそもこんなやり方に耐えられる人間がいないんだけど!?」
「何、耳を塞いで口を開き衝撃を逃せばどうにかなる。……まぁ、七割程度の確立で爆死するが、その時は、何だ。成仏しろ」
「やっぱり死ぬんじゃないのやだぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
だが残念、この男に関わった時点で決まり切っていた運命である。このまま勇者と王女は哀れ爆発四散、騒動とは全く関係ない曲芸で死ぬことになるだろう。歴史家が顔を覆い嘆く結末の出来上がりである。
しかしそうはいかない、というか逝っては困る。ロゼリアの叫び虚しく間もなく火薬へ到達しかけていた導火線は突如として鎮火し、当然ながらフォールとロゼリアが大砲から射出されることはなかった。まさか湿気ていたのかと彼は首を傾げたが、その答えは大砲の後ろに突如現れた幻影が指し示す。
「全く、相変わらずとんでもない無茶をする男だね。アンタは」
「お……、御婆様! アレイスター御婆様ぁ!!」
「何だ、生きていたのか。顔貌が行動を起こしたにも拘わらず返事がないからくたばったかと思っていたぞ」
「アンタみたいな軟弱者と一緒にするんじゃないよ。……まぁ、確かに顔貌に襲撃を受け、滅亡の帆を奪われちまったがね。全くやられちまったよ。アレを奪われるとはとんでもない失態だ」
「ふん、元より貴様に期待などしていない。……しかし滅亡の帆、そうか。アレは滅亡の帆か。道理で見覚えが」
「ちょっと何を呑気に話してるのよ! 御婆様、アレイスター御婆様!! アレをどうにかして!! 御婆様ならできるでしょう!? のあだか何だか知らないけれど、御婆様ならあんな意味の解らないもの打ち落とせるはずよ! だって御婆様は大魔道士なんだもの!! 初代勇者と共に旅をした凄い人なんだもの!! で、できるわよね? ねっ!? 御婆様ならきっとーーー……」
必死に訴えるロゼリアだが、アレイスターはその言葉に首を振る。
とても悲しそうに、けれど何処か解っていたように。
「駄目なんだよ、私の可愛いロゼリア……。私は顔貌の襲撃で傷を負った。それに街を守るための結界と忌々しい魔族と共に魔方陣を張るためにも魔力を使わなければならない。とてもアンタ達を手助けする余裕なんかないんだよ」
「そ、そんな……!」
「……ほう、耄碌したか。貴様が例え顔貌相手だろうと後れを取るとは」
「いやそれは追い払ってやったんだけどその後にぎっくり腰がね?」
「何をやっているんだ貴様は……」
「まぁ、兎に角そういうわけさ。今の私にできる事と言えばアンタ達を安全にあの滅亡の帆に送ってやることぐらいだよ」
「ま、待ってよ御婆様! 結界は別としても、そんな魔方陣なんて放っておけば良いじゃない!! だってコイツ等の理由なんでしょう? カネダとかいう盗賊も向かってるし、別に私達が手を貸す理由なんてないわ!!」
「……ロゼリア、それじゃあ駄目なんだよ。確かにこの男があの災悪に倒されようと知ったことじゃないかも知れない。しかし運命はそれを赦さないのさ。この男もあの男も喪われることは正しき運命だろうと狂った運命だろうと認めない……。欠かすことができない者達なんだよ」
「知らない! 知らないわ!! 運命運命って、そんな事知らない!! 誰が何を考えただとか、誰がどうなるだとか、そんな事私には関係ないじゃない!! 何よ、どうして私ばっかり!! 街の皆は楽しそうに遊んでいるのに! お話ししたりお茶したりしてるのに!! どうして、どうして私ばかりこんな目に遭うの!? あんな王子と結婚なんかしたくない! あんな恐ろしい島にも行きたくない! 運命って言うのなら、私の運命を変えてよ! 御婆様、誰かの運命よりまず私の運命をーーー……」
嘆き喚くロゼリア。無理もない、幾ら王女とは言え彼女は未だ齢十にも満たぬ少女なのだ。
そんな少女にこの試練は余りに大きく、そして恐ろし過ぎる。例えこの場から逃げだそうと誰も彼女を責めることはできないだろう、がーーー……。
フォールはその頭に割と本気の拳骨をお見舞いする。
「あだぁあっ!?」
「ギャアギャアと喚くな。これならまだリゼラの飯要求音頭の方が聞こえが良い。……いや、そうでもないか」
「ぶ、撲ったわね!? この私を撲ったわね!?」
「あぁ、撲つとも。別に目を背けるなとは言わん。逃げたければ逃げれば良い。人に頼ることもすべきだし、恐怖は当然の感情だ。貴様が人間であればあるほど、今の言葉は正しいのだろう」
「じゃあ、何で!!」
「だが、エレナをあんな呼ばわりすることだけは赦さん」
怒り、であろう。フォールの無表情に浮かぶ感情として何よりも明白なものだった。
そんな、湧き上がるように燃え盛るのではなく、静かに、ただ灼熱の海が如く煮え沈む怒りを前にロゼリアは涙を浮かべ顔を伏せる。その心に宿るのは恐怖とは違う、何かまた別の感情が浮かんでくる。
「……やはりアンタに任せて良かったよ。ロゼリア、その男の言うことは正しい。エレナ王子は今、誰に言われるでもなく真っ先に街へ出て避難誘導をしているよ。街中にいる不魂の軍を恐れることなく、誰よりも先に走り出していった。あの子はそういう男なのさ」
「無論だろう。……まぁ良い、街中はあの帝国の筋肉男と殺戮系聖女がいるなら問題ない。何よりルヴィリアは動けんだろうが、シャルナとローもいるなら俺はあの要塞島攻略に専念できる」
「あぁ、それなんだが忌々しい魔ぞちょっとそっちにいるのかいフォール君!? 聞こえる!? 聞こえますか!? まず手始めにロゼリアちゃんのパンツの色教えてお姉さんに!! お姉さんに教えてホラ!! 恥ずかしがらずにさぁ、さぁ! さぁ!! お嬢ちゃんパンツ何履いてんのォ!!」
「御婆様がトチ狂った」
「悪いがトチ狂っているのは俺の身内だ。……ルヴィリアだな? 噂をすれば何とやらか。どうして貴様がそこにいる」
「ごめんフォール君詳しい説明してる暇ない! あと滅亡の帆奪われちゃったすまん!! ガルス君がヤバいのと戦ったショックで倒れたけど無傷だし、君に言伝があるとか言ってたのはど後で聞いとくから!! はい他に質問は!?」
「貴様は話が早くて助かる。シャルナとローはどうした? リゼラとアテナジア、四肢もだ」
「シャルナちゃんとローちゃんはそっちに向かってるはずだけど会ってない!? あとリゼ、ア、解っ、なんーーー……、でーーー……」
「おい、混線しているぞ。しっかりしろ」
「ごめ、魔力が少な、滅亡の帆の影きょ、ぅ」
幻影は次第に薄れ、ぼやけ、アレイスターとしての形さえ留めなくなっていく。その原因が空中に留まっているあの要塞島、即ち滅亡の帆であろうことはフォールも肌で察知することができた。
あの生暖かい風ーーー……、有害か無害かは解らないがおぞましい何かが吹いているのだ。今はまだ、それこそ微風程度のものだが、いつこれが嵐のように吹き荒び何らかの影響を与えるかも解らない。時間は次第に切迫してきているということだろう。
「だーーー……、じかーーー……、え、えぇいっ! 何か知らないけど妨害受けてるみたいだ!! 僕の魔眼で無理やり通すから最後に一言だけ!! 君とロゼリアちゃんを要塞島に送ったらもう支援はできない!! 後は全て君達に賭けるしかないんだ!!」
「解った。任せておけ」
「信じてるぜフォール君! ロゼリアちゃんも気を付けて!! あ、でもお漏らししちゃったらパンツは僕にちょ」
ブツンッ。フォールの脚撃により幻影は完全に消え去り、再びその場へ静寂が舞い戻った。
彼女達がなけなしの魔力を振り絞って伝えてくれた情報だ。今の会話を決して無駄にしてはいけない。そしてこれから訪れるであろう試練にもーーー……、敗北は赦されない。
例えそれが如何に困難な状況であろうとも、嗚呼、戦うしかないのだ。この国を救うためには!
「……貴方の仲間って」
「言うな。…………言うな」
斯くして、彼等の体は吹々く風を打ち払う魔方陣を纏い、次第に魔力を収束させていく。
これがルヴィリアとアレイスターによる転移魔法なのだろう。となれば行き先は言わずもがな、あの滅亡の帆である。
敵の本拠地にして天空の孤島。諸悪の根源たる顔貌が待ち構えるその場所は、嗚呼、終焉を司るダンジョンと呼ぶことさえ相応しいだろう。少なくとも一つの島たるあの場所に蔓延る邪悪は、少女の華奢な体を震わせるには充分過ぎた。
「……初めに言っておく。俺は弱いぞ。そして貴様が嫌いだ」
しかしフォールはそんな彼女に『逃げろ』とは言わない。逃げることを否定しない彼だ、目を背けることも否定しない彼だ。けれど、逃げろとは一言も口にしない。何故なら彼女にとって今ここで逃げるという行為は、断頭台への階段を上るに等しいものなのだから。
「だが貴様は守ると約束しよう。それがあのアレイスターとの契約であり、教育者としての役目でもある」
「……信用しろっての? 私を嫌う貴方なんかを」
「これでも勇者だ。守ると誓ったのなら、必ず守るとも」
そして、彼等は高台から姿を消す。転移魔法が発動したのだ。
――――勇者フォール。この街に訪れてから彼が立ち向かうべき問題は多くあった。
一つ、顔貌。二つ、四肢。三つ、メタル。大きく分けてそれの問題が彼等の前に、壁と称すにしても余りに強大過ぎる問題として立ちはだかった。或いはそれ一つでさえも世界を揺るがしかねない危機に彼は立ち向かわねばならなかったのだ。
けれど、この男にとってこの三つの問題は些細なモノでしかない。顔貌との策謀には破れたし、四肢も未解決で置いたままだし、メタルに到っては最悪の賭けと成り果てている。
けれど、やっぱりこれ等は些細な問題なのだ。世界にとって最大最悪の問題でも、彼にとっては小さな問題なのだ。
「行くぞ、ロゼリア」
だって、そうだろう。彼にとってはその三つよりも何と言うことはない二つだけの問題が何より重要だったのだから。
大魔道士アレイスターとの契約? それもある。しかし二つの内、それも些細な問題だろう。もう一つーーー……、まだ誰も知らない彼自身の問題だけが、何よりも。
「如何なる困難からも貴様を守ってやる。……だから、貴様を俺に認めさせてみろ」
故に、彼は戦うのだ。例えその身に宿る力がかつての見る影すらなくとも。
この滅亡の帆でただ一人の少女に教えを与え、その成長をと止めるためにーーー……、戦うのだ!
例え覚醒不魂の軍数百体が待ち構える遺跡の中枢へ転移させられようとも!!
「……守ってくれるのよね?」
「無理かも……」
「えぇ……」
まぁ、たまにはそういう事もあるさ。
戦え勇者、立ち向かえ王女! 二人の一秒後はどっちだ!!




