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少し、時は巻き戻る。
場所も王城の地下保存庫に、そして主点も狂喜乱舞していた男に移り変わる。
そう、していた、だ。彼は王城の地下保存庫に収められていた滅亡の帆とその石碑を解読するにつれて段々と喜びを失い、驚愕に表情を変えていったのだ。
当然だろう、その記述は余りに異端過ぎた。少なくとも大魔道士がひた隠しにする理由としては余りに、充分過ぎるものだった。
「覚醒の実、不魂の軍、滅亡の帆、神代の矛……。これら四つは、そんな。大魔王カルデアが生み出した兵器じゃない、だって? いや、そもそも四兵器じゃない……! こんなこと、禁書にも書かれていなかった……!! 違う、禁書を記した者すら知らなかったんだ。兵器を創り上げた者の正体も、五つ目の兵器のことも……!!」
偶然に偶然が重なって彼はそれを知ることになった。世界の運命を狂わせた者の正体を。
或いは、彼がもっと愚鈍であれば、或いは無知であれば知ることはなかったかも知れない。世界の真実とも言えるべきもの、心臓、顔貌、四肢の魔族三人衆が追い求めてきた運命の正体を。
「……いや、違う。この五つ目の兵器。まさか、つまり、そういう事なのか? だから、アレは」
彼の脳裏で可能性の種は次々に芽吹き、華を咲かせていく。決して咲いてはいけない滅びの花を。
そして、嗚呼、様々な御伽噺や歴史が物語ってきた。知りすぎた者の末路はいつだって決まっている。
ガルスは夢中になって気付かないが、その背後より既に邪悪は忍び寄っていたのだ。万物の魂を枯れ果てさせる邪悪、不魂の軍。既にそれは、知りすぎた者を始末する為にーーー……。
「フシャァアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーッッッ!!」
が、そんな朧の影は刹那にして霧散することになる。
ローの疾駆により振り抜かれた一撃は不魂の軍の幽体を容易く斬り裂き、再生することを赦さない。いや、元よりその幽体に復活する楔はないのだ。何故ならその楔は既にとある廃城にて悪逆非道の勇者達によって昇天させられているからである。
「フォール! フォール何処だ!? フォールの臭いがする!!」
「いや違うから。それフォール君じゃないから。フォール君の親友だから。確かに彼が一番親しくはしてる……、いやエレナ君と良い勝負かな?」
「違うのかー!? じゃあお前なんだー!? フォールの偽物かー!? パチモンかー!?」
「学問的にはパチモンよりタチが悪いけどね……」
驚愕に振り返ったガルスの瞳に映るのはギャアギャアと吼えるローと、その後ろから呆れ息混じりに現れるシャルナとルヴィリア。そう、メタルとの刹那の邂逅により王城での騒動を察した彼女達はこうして地下を訪れたのだ。尤も、実際はローの暴走に引っ張られて無理やりここに連れてこられたという方が正しいのだが。
ガルスは思わぬ彼女達の登場と、長らく接触しようと考えていたルヴィリアとの呆気ない邂逅に言葉を失っていた。そして、その彼女達の背後からさらに現れる幾十の不魂の軍の姿にもーーー……、言葉を失っていたのであろう。
「シャルナちゃん」
「何、既に終わっている」
そして、言葉もなく霧散する不魂の軍の姿にも、また。
「不魂の軍がいるということは……、顔貌だな。奴が動き出したのか」
「みたいだねぇ。フォール君の姿が見えないどころか騒ぎもまだここ以外に起きてない……、理由も今解ったしね。地下保管庫に忍び込むなんてちょっと探求欲にしてもやり過ぎじゃないかい? ガルス君」
「下着盗むお前が言っても説得力ねーぞー!!」
「いやアレは生命欲求なんで……」
「珍しく馬鹿虎娘に同意だ。……だが安心はできないな。フォールに何事もなかったと思えば次は顔貌と不魂の軍だ。何故だ? フォールは奴が動くのはまだ先だと言っていたじゃないか」
「どうだろうね。いつもの彼なら兎も角、あの様子の彼じゃ読みの一つぐらい外しても不思議じゃないし、そもそも相手は顔貌だ。フォール君と僕が相手だからマヌケに見えるけど、実際、奴の策謀は中々のものだぜ。今までなんかも一歩間違えば僕達はゲームオーバーだったんだから」
「ちょ、ちょっと待ってください! どうして皆さんがここに!? いや、それよりも今のは……」
「悪いけど詳しい説明は後だよ。王城にコイツ等が忍び込んでるってことは大魔道士アレイスターお婆ちゃんが気付かないわけがない。つまり何かがあった、って事だ。少なくとも僕達の計画に協力できるような状態じゃないのは……、間違いない」
「……やばいのかー?」
「ちょっとじゃなくメチャクチャやばいよ。ここまで大規模な行動を起こしたからには既に計画は決め手まで進んでると考えた方が良い。少なくともメタルに構ってる暇はないだろうね」
「あ、あの、何がどうなってるんですか!? 全く状況が掴めないんですが!! どうしてメタルさんの名前が? 昨晩から帰らないカネダさんに何が!? と言うか顔貌って!? あの、本当に状況が掴めないんです! フォっちは無事なんですか!?」
「だから説明する暇が」
「それを言うなら僕には説明しなければならない事があります! 早急に、今すぐにでも!!」
ガルスの余りに切迫した、例えカネダやメタルでも見たことがないであろうその様子にルヴィリア達は強く気圧される。少なくとも自分達の知っているこの温厚な男が、ここまで声を荒立てることは緊急以外の何ものでもないはずだ。
しかし緊急であれば今の自分達も同じこと。街中では未だフォールを追う災悪が奔り回っているし、不魂の軍と顔貌のこともある。ここで呑気に茶でも飲みながら、とまではいかずとも、彼の話を聞いている暇はない。
「…………仕方ない。シャルナちゃん、ローちゃん! アレイスターと彼のことは任せて君達はフォール君にこの事態を伝えに行ってくれ!! くれぐれもメタルには遭遇しないようにね!!」
「わ、解った! 行くぞ、ロー!!」
「命令すんな筋肉めー!!」
二人は相変わらずの口喧嘩を繰り広げつつも王城の地下保存庫から飛び出て街中へと駆け出していく。
やがて彼女達はフォールに合流し、件のあらましを知ることになるだろう。今この場を出て行かなければそれを止められたであろうこともまた、知ることになるだろう。
だが手遅れだ。誰が知ろう、誰が思おう。今この場にあるそれこそ、顔貌の決め手を確実にするモノだったなどと。
「聞いてください! 全て、全て解りました!! この世界の謎も、あの事件の真相も!! 全て!!」
「だから落ち着きなって! 世界の謎? 真相? いったい何の話だ!? と言うかそもそも何で君がここにいる? メタルと何をしていた? ここに何の目的があって来たんだ!?」
「僕はちょっと知的犯罪を犯していただけで無実です!!」
「ド真ん中ストレートでアウトじゃねーか!!」
大体いつも通りです。
「と、取り敢えずどうしたって話は後だ! 今はまず安全が確保できる場所……、じゃなくてもアレイスターの無事を確認しなきゃ! 悪いけど君の話を聞くのもこっちのせつめいをするにもその後にしてもらうよ!! と言うか君も手伝って! 今は色々とそれどころじゃ!!」
慌てふためき、絶叫のような声を張り上げるルヴィリア。しかしその叫び通りに事が進むことはなかった。
瞬間、彼女とガルスを影が覆う。一瞬は二人とも今し方出て行ったシャルナが入り口に戻って来たのかと思った。それほど大きな影だった。
しかし、違う。シャルナではない。シャルナほど小さな影ではない。二人を覆い、いや、どころかその空間全てを覆うほどの影は余りに大きすぎる。視線を向けるだけ無駄だと解ってしまうほどに、或いは暴力的なまでにその影は大きすぎた。
かつて帝国で覚醒魔族として猛威を振るったあの覚醒の実を取り込んだ不魂の軍は、それ程までに巨大で、邪悪だったのだ。
「……ヘイ、ガルス君。同じフォール君の親友といて聞くておくけど、君の戦力って期待して良かったっけ?」
「ウフフ」
「駄目みたいですね」
困難はいつだって真正面からぶつかってくるモノである。ただしもうちょい加減を考えて欲しい。あと勇者は困難という名の鈍器で横殴りするのをやめて欲しい。しかし哀れかな、そんな願いもまたいつだって通じた試しがないのだ。
斯くして覚醒不魂の軍によりルヴィリアとガルスが襲撃を受けた頃、また別のところでも同じく騒ぎが起きていた。そう、何処であろうフォール達が飛び出して間もない喫茶店でのことである。
無理もあるまい。何せたった今、目の前でこの街の王女がダブル変態によって連れ去られたのだから騒ぎにもなろうものだ。しかし、どうにもアテナジアよりも慌てふためく者がおり、騒いでいる理由もそんな事ではないようで。
「馬鹿な……! どういうつもりだ、顔貌……!! 計画発動は明後日だったはずだろ!?」
そう、誰であろう四肢だ。彼はフォール達による喧騒までは冷静だったものの、その後に何かを感じ取った瞬間に取り乱し、こうしてうわ言のように何かをぶつぶつと呟きながら店の中を忙しなく歩き回っていた。
他人のパニックを見ると否応なしに落ち着いてしまうとは誰が言ったか、四肢がそんな状態なものだからアテナジアは困惑と驚愕の狭間で不思議と冷静な思考を保てていた。
もちろん、この場に残されたあと一人ーーー……、我等が魔王様に到ってはこんな騒動など慣れたものなので何と言うことはない。カネダのせいで頭がちょっとミンチ的なアレになっているが、まぁ、何と言うことはない。
「えぇいやかましい! 喚くなこの下等魔族めが!!」
「だ、誰が下等魔ぞ……、お前それどうやって喋ってんだ!?」
「この程度の騒ぎで慌てるでないわ! フォールがやらかすのはいつものこと!! カネダが変態なのは日常茶飯事!! 顔貌の計画!? 知るかンなもんよりキッシュのお代わりだ!!」
「い、いや、お代わりは流石に……。えっと、リゼラ……、ど、どの?」
「じゃかぁしい!! 呼び名に困ったらリゼラ様と呼べ!! 良いか、妾などこの街に来てから御主ンところのそっくりさんのせいで何回被害に遭ったと思っておる!? 2回、2回じゃぞ!! 魔王の顔も三度までだからな!! まだギリッギリ赦してやっとるだけだからな!? 三回目があったらファッキンスウィーツ(笑)共め無事で済むと思うなよ!!」
「だって顔似てるしよォ……」
「顔似てるなら爆発してみろやオラァ! 最近の妾の扱い知ってるか!? 爆発するのが伝統芸能だぞ!! 勇者に投げられるし勇者に埋められるし勇者に刺されるし勇者にミンチにされるし勇者に引き回しにされ……、全部フォールのせいじゃねぇか!!」
「ここで恨み節を炸裂させても仕方ないのでは……」
「うるせぇシャルナのパチモンが!!」
アテナジア、抜剣。
危うく魔王討伐物語の幕開けである。
「お、落ち着けアテナジアさん! と言うか何で俺がこの魔王を庇わなきゃなんねェんだ!! クソッ、だがアテナジアさんをこんな薄汚ねぇ奴の血で汚すわけには……!!」
「薄汚いつった? 薄汚いつった? お? 御主誰を庇ってるか解っておるのか? 場合によっては貴様これから数ヶ月座れぬケツにしてやっても良いのだぞ? 妾の噛み付き力舐めるなよ? おっ? 歯形とか可愛いモンじゃねぇぞ? あ? やるか? やるか? ん?」
「お、俺の尻を人質に取っただとォ……!?」
人質っていうか、尻質っていうか。
「さぁ、尻を犠牲にしたくなくば妾を庇いつつ計画について話すのだな! 言っとくがこの国に来てから被害しか受けてないから気が立っておるぞ、今の妾は!! 容赦なく八つ当たりするからな!! 常日頃から被害を受け続ける者の八つ当たり威力を舐めるなよ!!」
「ぬ、ぐ…………!」
「さぁ喋れ! 御主の尻が尻の原型を留めている内に!!」
それでもなお四肢は口を噤む。当然だ、計画の全貌を話すことの意味が解らないほど馬鹿な男ではない。
だがその表情は何処か切迫していた。端的に言ってしまえば『話してしまおうか』という考えが見え透いているような表情だ。いや、事実として彼は話したがっている。今この場で、話してしまおうかと考えている。
しかしそれが赦されない事を理解しているからこそ、切迫しているのだ。既に計画が開始されたとは言え、話すということはーーー……。
「良いではないですか。話してしまえば」
が、ここで誰も予想だにしてしなかった者が突如として現れる。
その者は女、或いは中性的な姿でこそあるものの声は男であり、また実像ではなく幻影染みた姿でこそあるが雰囲気だけで邪悪さを充分過ぎるほど知らしめる。
そう、その者こそ今この街に巻き起こる喧騒の黒幕、顔貌だった。
「お、おぉ! 顔貌! 顔貌じゃねぇか!!」
「やぁ、連絡が遅れて申し訳ありませんねェァアア痛いッ!!」
リゼラ、噛み付き炸裂。顔貌の尻は死んだ。
「この幻影マズいんじゃが」
「むしろ幻影喰うとか何なのお前……」
「え、四肢! その子供を抑え付けなさい!! 私のお尻が、お尻がぁあああ…………!!」
「うわぁ、モザイクが……。これは酷いな……」
まぁ、気の立った魔王の前にラスボス感満載で出て来たのが運の尽きであろう。
それはそうとして顔貌は黒幕の威厳を取り戻すべく息を落ち着かせながら、再び話題を取り戻す。
「……四肢、よくやってくれました。貴方が騎士団長を引き付けておいてくれたお陰で運命の残骸から滅亡の帆を奪うことができましたよ。……それに、既にロゼリア王女を捕らえていた事もです。愚鈍な男とは思っていましたが、中々どうしてやる時はやる様ですねぇ」
顔貌の言葉にリゼラとアテナジアは抗議すべく身を乗り出したがそれを四肢の丸太が如き両腕が制止する。抑え付けるようにではなく、それこそ庇うように。
まぁ、顔貌にもう少し想像力があればコレがロゼリアではなく魔王ということは解っただろうが、いやしかし生物に興味を持たず、滅亡の帆奪取により調子に乗ったこの者の眼では見抜けないのも無理はあるまい。
「の、滅亡の帆は結局お前に任せることになっちまったが、何、廃城で不魂の軍の核を失った失態とお相子って事にしようじゃねェか……。ほら、約束だろう? 俺を滅亡の帆に入れろ。コイツ等もだ」
「えぇ、それは構いませんが。……何です? その騎士団長は。まぁ、勇者フォールとの交渉材料は多いに越したことはない。確実には確実を期したいところですし、良しとしましょう。貴方を役立たずと捨て置かなくて良かったと今心から思いますよ」
「グヒャヒャヒャ……。そりゃ嬉しいぜ……。俺を街ごと吹っ飛ばされちゃ敵わねぇからなぁ……」
何を、企んでいるのか。いいやそんな事は解りきっている。
――――四肢はリゼラ達が思うよりも瀬戸際にいたのだ。かつて心臓がそうであったように役立たずと解ればあの奇妙な魔法で変身させられ、呆気なく斬り捨てられていただろう。顔貌があの魔法を使うのか、それとも彼等の奥にいる何者かが使うのかは定かではないが、それは今の会話からしても間違いないはずだ。
「さぁ、連れていけ……! 俺達を滅亡の帆に……!! 万物を断絶するその島に……!!」
そして、もう一つ。四肢の目的はもやはり初めから一つだけ。
数ヶ月前にアテナジアと邂逅したその瞬間から、一つだけ。
ただ彼女を守ることーーー……、それだけだったのだろう。
「よろしい。では……」
然れどこの者も、また。全てを裏で操り滅亡を紡ぐ姿なき者も、また。
初めから目的は、ただ一つだけだった。
「運命の修正を……、始めましょうか」




