【プロローグ】
【プロローグ】
雨が降ることに理由はない。風が吹くことに理由はない。雲が、太陽が、月が流れることにも理由はない。
しかしその男の走る道に理由はあった。いいや、走らされる道に理由は創り出されていた。一挙一足一息一眼、全ての行為に何かが作動する。それはまるで見えない糸に絡め取られ踊り狂う操り人形のようですらあった。
だが、男は楽しんでいる。腕を上げれば襲い来る銃弾も、脚を上げれば放たれる剣閃も、息をすれば纏わり付く毒煙も、瞳を動かせば降り注ぐ閃光さえも、楽しんでいる。まるでテーマパークだ。男の前に拡がるのはただ、刺激的なアトラクションばかり。どれもこれもが自分を楽しませるためのショーでしかない。
伝説の盗賊による数多の罠と銃撃が、ただ。
「クカカカカッ! そうでなくっちゃなァ!! そうでなくっちゃなァ!!」
――――現在、フォール達が穏やかに過ごす喫茶店に盗賊が飛び込む数十分前。人通りの無い路地裏に爆炎と瓦礫の嵐が吹き荒れていた。
その男、メタルの回避は何とも荒々しい。何処ぞの盗賊のように軽やかに避けるでも、勇者のように糸を縫うかのように的確に避けるでもなく、酷く乱雑で乱暴だ。それは最早、回避と言うよりも迎撃に近い。
だってそうだろう。銃弾一つ撃ち落とすのに民家の壁面を破壊した瓦礫で砕き割り、飛翔する刀剣は漏れなく拳で叩き落とす。毒ガスに到っては疾駆の衝撃波で薙ぎ払い、眼前で爆発するスタングレネードに大しては蹴り落としてから踏み砕くほどの荒々しさだ。と言うか避けてねぇ。
いや、そもそも彼に避ける必要はない。弾丸だろうが銃弾だろうが毒ガスだろうが閃光だろうが全て耐えられる。それでも男が避けているのは楽しむためではなく、純粋にそれらの意味にあった。
この罠一つ一つに殺傷能力はない。あるのはーーー……、全て足止めだからだ。
「クカッ、クカカカカカッ!!」
連続で発射される銃弾。しかし、メタルはそれ等を曲芸師のような軽業で、しかし壁面を踏み抜き重力を無視した動作で豪快に回避していく。弾を受け止めたりはしない。全ての弾に粘着罠が仕込まれているからだ。
また刀剣にはかえしがついており、無論メタルの肌を傷付けられるほどの硬度ではないにせよ彼を壁面や地面に縫い付けるには充分だ。だから彼は中途半端な回避は取らず、全て叩き落としている。他にも毒ガスやスタングレネードは言わずもがな、致傷性よりも捕縛を目的としたものばかりが彼へ襲い掛かっているのである。
「ァ明らかに俺の戦力を把握した罠配置! そして時折差し込まれる手動の銃弾……! クヒャヒャッ、カネダか! カネダだなァ!! クカカカカカカッッ!! 良いぜェ遊んでやるよカネダァ!! テメェの意図は知らねェが、クカカッ、テメェなら退屈しないで済みそうだァアッ!!」
眼前、飛来する六本の刃。メタルはそれ等を全て指先で受け止めて粉砕する。
続き背後から放たれた大砲による砲撃は地面を踏み抜いて地盤を引っ繰り返して盾とし、頭上から降り注ぐ煉瓦と爆薬の雨は地面を抉った礫を投擲して全て撃ち落とす。
繰り返すがこれ等の罠に殺傷性はなく全て捕縛のためのものだ。尤も、メタル基準での話だが。
「良いぜェ良いぜェ良いぜェッ! かかって来いよカネダァアアアアアアアアアアッッ!!」
だが、この男の暇潰しにしてはこれ以上ない玩具の数々だ。
然れど対するカネダはそんな遊戯に対しても必死にーーー……。
「嫌だぁあああああああああああああああああ!! 来ないでぇえええええええええええええええ!!!」
別の意味で、必死に頑張っていた。
「うふふふ可愛いですねカネダきゅぅん♡ 女の子になりたかったんですかぁ? 良いですよぉ、女の子にしてあげますよぉ! 私と一緒に女の子になりましょうねぇ!! うふ、うふふふふふ!! でも逃げるのは駄目ですよ。何処まで逃げても逃げても逃げても逃げても逃げても逃げても、どんな姿になっても私のことどう思ってても必ず捕まえて必ず幸せにしてあげますからねぇえええええ!!」
「ナンデ? ナンデ!? YOUナンデ!? ユナナンデ!? イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
流石に同情するが自分の撒いた種である。まぁ、まさかチューリップがミュータントになって襲ってくるとは彼も思わなかっただろうが。
しかしこの場面での襲撃は危険を通り越して最悪であろう。何せ図式的にはカネダがメタルを追い立てるシンプルなものだったはずが、カネダがメタルを追い立てながらユナに追い立てられるという何とも面倒臭いものになってしまった。
前方の災害、後方の殺ンデレ。もちろん逃げ道などない惨状である。
「い、いや待て! まだ逃げ道はある!! そうだ落ち着け俺、すらい、いやスライムはない!! クソッ、あの野郎俺に変な洗脳かけやがって!! 覚えてろよ後で!! ちくしょう!! ってそうじゃなくて、大丈夫だ! 落ち着け!! 幾らユナがヤバいからと言ったって、アイツに戦闘力はないんだ!! 何で俺の速度に着いてこれるかは解らないけど、よし、いける! 逃げ切れるはずなんだ!! 俺ならきっと!!」
ユナ第五席、ほ乳瓶を装備。
「俺は死ぬ……」
最終兵器を初っ端に持って来られた以上もうどうしようもない、残るのは絶望だけである。
そのくせ前方を走り抜ける災悪野郎は楽しそうに大爆笑だし、後方から迫る殺ンデレ聖母は愛する男との愛らしい日々を夢見てトリップ状態だし、もうどうしようもない。
「い、いいや、まだだ! まだやれる!! 俺はまだ生きる!!」
しかし諦めないのがこの男、カネダである。
彼の役目はメタルを指定のルートに先導しつつ、計画発動時間である日没まで引き付けておくこと。大筋はフォールの立てた暗殺計画そのままであるものの、肉付けとも言える重要な引き付けは全て彼の考案したルートだ。そう、謂わばこの計画は立案者こそフォールであるものの、実行と進行は全てカネダが請け負っていると言って良い。
だから、逃げない。この男は一度受けた以上、依頼は必ず完遂する。それが自分の理念に沿うものであれば尚更だ。
「舐めるなよ……。俺は影なく奪う者だッッッ!!」
「え、舐める? 嫌ですカネダきゅんそんなえっちぃな……♡ で、でもカネダきゅんが望むなら私、女の子同士でも……♡」
「ゲェアアハハハハハハハハッハッッ!! どうしたどうしたカネダァアア!! 勢いが堕ちてきてるぜェッッ!! この程度で俺を止められると思ってんのか? 舐めてんじゃねェぞォオオオオオオオッッ!!」
「………………」
だが救いはない。
「くそッ! 幾ら弾があるとは言え、コイツ等相手に本当に足りるのか……!?」
カネダのフル装備は全て叛帝国組織の火薬庫から強奪してきたものであり、メタルの既定ルートに仕掛けた罠も彼が今持っているものも全て顔貌がこの国を崩すために組織へくれてやった装備だ。
結果的にフォールを倒す為の手段となるはずの装備が、まさかフォールを狙うメタルに向けられるとは何とも皮肉な話である。
「だがやるしかないんだッ! 生き残るためには!!」
そんな暗雲を振り払うが如く、カネダの銃撃は全く明後日の方向に放たれる。
否、そうではない。その弾丸は壁に引っ掛かっていたピンを弾き飛ばし、そこから細い糸がはち切れ、周り、絡まって、やがて装置を突き動かす。そう、それは通路の壁と壁を結ぶ太いワイヤーへと繋がっており解き放たれた瞬間に間へ走り込んできたメタルを一瞬にして挟み潰したのだ。
轟音は少なからず左右の建物を揺らしたが、嗚呼、その衝撃は罠故のものではない。メタルが壁面と壁面を両手で粉砕したが故のものだ。そしてーーー……、その壁の奥に仕込まれた鉄の手錠を着けられたが故の、ものだ。
ついでに言えば、それ等を目視することもなく粉砕した衝撃もまた、あったのだろう。
「クカカカカハハァアアアアアアア…………!!」
その牙の隙間から毒ガスすら浸蝕する蒸気を吐き捨てる様の、何と人外染みたことか。
もしカネダがあと数十メートルないし、直接的な攻撃を行っていたのなら直ぐ様こちらを察知してくるだろう。それほどあの男の直感と瞬発力は計り知れないものがある。
「カネダっきゅうぅうううーーーーーんっ♡」
「あッぶねェ!?」
そして今この瞬間、彼を後方より抱擁という名の捕縛を試みた某帝国第五席もそうだ。
いつものお淑やかさは何処へやら。愛する者を前にするとトチ狂うのは万国共通なのだろうか。
「ちくしょうどいつもコイツも現実より妄想を追い求めやがって!! ちょっとは目の前の現実を見たらどうだ!? 夢見る愛はあるくせに現実を見る眼はないってか!?」
全くその通りだが女装男の言うことではない。
「駄目だ、このままじゃジリ貧だ! せめて、せめてユナをどうにかしないとーーー……!!」
――――やるしかない。ここはこの対メタルに多少意味があるかと思って持っていた麻酔銃で彼女を撃つしかない!
幾らユナが狂乱トリップしているとは言え、効果が全くないわけではないはずだ。まさかあのメタルやフォールでもあるまいし、彼女は常人の域にいる、はず! この麻酔銃で眠らせて公園にでも寝かせておけば後は勝手に諦めるだろう!! いや、そこは怪しいが確実にこの計画中は眠らせられるはずだ!!
やるしか、やるしかない! かつての恩もありできるだけ手は出すまいとしていたが、こうなっては仕方ない!!
「赦せ、ユナッ!!」
「駄目です」
パシュンッ、パチンッ。
放たれた麻酔弾は彼女に弾かれ遙か彼方。どうしよう、こっちも人間やめてた。
「俺が何をしたっていうんですかァアアーーーーーーッッ!!」
そしてカネダ、嘆きのダイブ。行き先はフォール達が談笑する喫茶店。
まぁ何をしたって言うかナニをしたって言うか恋をさせたっていうか勇者に関わったっていうか。どう足掻いても不幸にしかならない辺り、きっと呪われていると思う。彼に幸福など訪れない。
そしてその直後、彼は窓硝子を突き破って一人の魔王を下敷きにし昼下がりの優雅なティータイムを蹴散らすことになり、さらには殺ンデレ系聖母まで引き連れて行くことになるのだがそれは兎も角として。
「クァハハハハハハハハハハハハハァカカカカカカカカカッッッ!!!」
問題は彼が追い立てていた一人の男である。そう、予期せぬユナ第五席の来襲によりほんの僅かにルートを逸れてしまったカネダ。そんな彼が緻密に追い立てていた男は当然ながらルートを外れていく。ほんの一瞬にも満たない刹那だが、外れてしまう。
そしてそんな彼の行き先が、そうーーー……、問題なのだ。
「うぅむ、本当にリゼラ様を見捨てて良かったのだろうか……。助けに行くべきでは……」
「リゼラちゃんなら大丈夫でしょ。むしろ敵から情報の一つでももぎ取ってくるよ」
「リゼラ様はスゲーからな! 夕食のチキンがローは3つなのにリゼラ様は5つだったからな!!」
「ローちゃんそれ騙されてる。あ、そのラビーズソフト一口ちょーだい」
「貴殿、さっき私のを食べたばかりだろうに! 全く、ほら馬鹿虎娘もクリームがこぼれてるぞ!!」
「むー! 一人で拭ける-!!」
「いやぁもうローちゃんは仕方ないなぁ! はっはっはっはっは」
「クカハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァッッ!!!」
「「「は?」」」
四天王と災悪、ご対面。
「「う、うぉおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」」
その襲来に真っ先の反応を示したのはシャルナとローだった。
半ば反射的というか、路地裏から飛び出てきた最悪最強の災悪相手に覇龍剣と義手を振り抜いたのである。無論、幾ら緊急的とは言え敵対する以上は戦意もわき上がろう。となればメタルの射程圏内へ入るには充分であった、が。
ここで彼女達より一瞬反応の遅れたルヴィリアの魔眼が、拳を振り抜き狂い笑う男の脳内へと向けられた。
――――右ストレートでぶっとばす餌だ右ストレートでぶっとばす倒すカネダの仕込みか真っ直ぐいってぶっとばすフォール真っ直ぐいってぶっとばす魔族の奴等だ右ストレートでぶっとばす王城にいるはずじゃねェのか真っ直ぐいってぶっとばす知るか右ストレートでぶっとばすおもしれェ真っ直ぐいってぶっとばすフォール右ストレートでぶっとばす!!
「二人ともストォオオオオーーーーーーッップ!!」
ルヴィリアが二人の首根っこを掴んだ瞬間、服の襟裾が彼女達の首を締め付けた。
それは危うく窒息しかねない程の衝撃であったが、この場においては奇跡的とまで言えるほどの幸運だった。
何せルヴィリアの魔眼による思考解読により振り抜かれ周囲を無差別に乱嵐が如く吹っ飛ばした右ストレート拳を回避できたし、首を引っ張られた衝撃で彼女達の戦意が途切れたのでメタルの標的から外れたからである。
もしあと瞬きの百分の一ほど遅れていたら『最強』と『最速』が揃って災悪相手に大激闘を繰り広げるはめになっていたのだから。いやーーー……、それが大激闘に発展することができるかどうかすら怪しいところだけれど。
「……チッ」
メタルは尻餅をついて咽せ込むシャルナとローの様子を確認すると、そのまま通路を激走していった。
通路と言うよりは眼前の三階建ての民家の壁面を重力無視よろしく垂直に駆け上がって屋上へ消えていったわけだが、通り嵐もここまでの衝撃は残すまい。
「……生きてる!? 生きてる二人とも!?」
「ぐえー! 喉が、ノドガー!! グエーーーっ!!」
「ごほっ、がはっ……! い、いや、よく止めてくれた貴殿。もし貴殿が止めてくれなければきっと斬り掛かっていただろう。いや待て貴殿、魔眼を使ったのか!? 何てことを! 魔方陣のために魔力は温存しておけとあれほど!!」
「ご、ごめん。あの緊急事態じゃ仕方なくて……。くっ、計画終わった後に皆へこっそりセクハラするための非常用魔力をここで消費しちゃうなんて!!」
「計画に問題ないようで何よりだ。……しかし今のは、いったいどういう事だ? メタルのようではあったが、この辺りを通るなど計画にはなかったはずだぞ。フォールが計画を変更したのか? カネダの意見を尊重すると言っていたしそうであっても不思議ではないが……」
「……それなんだけどね、マズいかも。さっき交錯する瞬間にメタルの思考を一瞬覗いたんだけど、殆ど戦意で真っ黒だったとは言え一瞬王城のビジョンが見えたんだ。間違いない、アイツさっきまで王城にいたんだ」
「王城……、王城だと!? 王城にはフォールがいるはずだ!! 奴が王城にいたということはまさか……!!」
「いや、あの男のことだからフォール君と対峙してたら必ず記憶に残ってるはずだ。幾ら戦意に満ちてたとは言え必ず記憶に見えるだろうし、まぁ二回ほど見えたけど彼に何かあった感じじゃなかった。けど王城で何かあったのは間違いないだろうね……」
「難しい話スンナ-! もっとハッキリ解りやすく教えロー!!」
「つまり王城で何かヤバいことが起きたって話! それが何なのかは解らないけれど……、間違いなく緊急に対処すべきだ! あの男の記憶を読むに今はまだ女装変態がどうにかしてるみたいだけど、もし王城で何かをしたのなら修正しないと下手すりゃ計画そのものが破綻するっ! と言うか既にしてる可能性すらある!!」
「……つまり王城に行くのかー!?」
「そういう事! 結界は途中だけど、どのみち計画発動である日没までに間に合えばOKだ! 今は王城に向かうしかない!!」
そうして、結界を張るべく街中を奔走していた、いや一部観光していたが、兎も角としてシャルナ達は王城へ向かうことになる。大きな出来事どころかコソ泥探求者が一人忍び込んでいるだけの王城へ、向かうことになる。
だが、彼女達は知る由もない。まさか今自分達が向かっているその王城で、フォールさえも予期せぬ出来事が起こっているなど。いや、彼どころかこの街の誰もが知るはずもない混沌の芽が芽吹いていることなど。
故に運命は流転する。くるりくるり、誰も知らぬ未来に向かって、くるりくるりーーー……。




