【2(1/2)】
これは、永きに渡る歴史の中で、倫理を外れ続けてきた勇者と盗賊。
熾烈なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼等のーーー……。
「カネダ、『勇☆盗スライム・レボリューション♡』の復活ライブについてなんだが」
「それお前の夢だったよね? 希望的な夢じゃなくてガチの夢だったやつだよね!?」
「取り敢えず初回は俺がスライム天使を装って降臨する形を取ろうと思うのだが……、貴様はフリルで祈る聖女役でどうだ?」
「え、何それ詳しく」
「やはりここは修道服ではなく町娘格好でちょっと芋めのパーリナイでピーポーした方がだな」
「やはり転生から天使の啓示を受けてからアイドル風にいくのがベストだよな! な!!」
「解ってるじゃないか」
「お前もな!」
「「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」」
驚嘆の物語である!!
【2(1/2)】
「いーやーじゃーぁー! 妾こんなの教育したくなーいー!!」
「いーやーよぉーぉー! 私こんなのに教育されたくなーいー!!」
同じ顔がぎゃあぎゃあと喚きあって、随分とまぁ何と騒がしいことだろう。声だけじゃなく既に顔がうるさい。暴れ方も一緒で果てしなくうるさい。いつものリゼラが倍になってさらにうるさい。
いつもは森の奥地にある湖のほとりのように静かな喫茶店も、その馬鹿二人のせいで途轍もなくうるさい。どうしようもなくうるさい。メチャクチャうるさい。そんなバカ共を前に花茶を嗜む女装勇者も呆れ顔である。
いや、原因はその二人だけでなく、少し離れた席で彼女達を見守るようにーーー……、いるべきはずなのにとてもうるさい女騎士と黒幕が一もなのだが。
「ふ、ふひっ! お、お茶をいきゃぎゃでしゅかっ! あ、アテナジアひゃん!!」
「け、けけけけけ結構だ! あるからな! お茶、あるからな!!」
「そ、そうでしゅかっ! ふひっ!!」
こっちもうるさい。やっぱり、うるさい。
「…………貴様等、少しは静かに茶を嗜むことぐらいはできないのか」
「じゃかっしゃァ!! 妾をこんなトコまで引き連れて来やがって!! やりたくないって言ったじゃん! やりたくないって言ったじゃん!! あのクソババアの頼み聞きたくないって言ったじゃあん!!」
「私をこんな庶民の店で食事させるなんて正気!? ビョーキになったりしたらどうするのよ! お腹壊したりしたら!! って言うか貴方は何? アレイスター御婆様をクソババア呼ばわりなんて良い度胸してるわね!! 私と同じ顔のくせに! 同じ顔のくせに!!」
「貴くゥウウウウウウウウウウウウウウん!! どうしてこの男を連れて来た? どうしてこの男を連れて来たぁ!? こっちにも準備の時間というものがあるのだぞぉ!!」
「て、テメェこの野郎、勇者フォォオオオオオーーールッッ!! 何て野郎だ、アテナジアさんと一緒にいるなんて!! テメェ赦さねェ!! 同じ女の子の格好して何しようとしてたか言ってみろやオラァ!!」
「暗殺。……兎角、リゼラは文句を言うな。俺にとっても少し計算外だったのだから仕方あるまい。ロゼリアは好き嫌いするな。そのキッシュにピコの実が入っているからだろう、貴様の好き嫌いはアレイスターに確認済みだ。アテナジアと四肢は大人なのだから自分で考えて動け。貴様等の恋模様まで構っている暇はない」
「「こ、こいっ!?」」
「何だ、違うのか」
「て、テメェええええええええええええええ!! 人がいつ言おうかいつ言おうかと悩んでることをぉおおおおおおお!!」
「き、貴君! では本当にそうなのか!? ほ、ほんとうにっ!?」
「あ、ち、違っ」
「四肢には顔貌の目的を聞かねばならんからな。まずそちらの話し合いを終わらせるまで待ってやっているだけ有り難く思え。……ロゼリア、まず口周りを拭け。リゼラはロゼリアのキッシュを強奪しようとするな」
紅茶を嗜みつつリゼラの頭を粉砕するフォール。まぁ、そもそもメタル討伐とロゼリア教育と四肢捕獲の三つを同時進行するなど無理があったのだ。現にフォール自身けっこう面倒臭くなっている。リゼラの粉砕具合が適当なのが良い証拠だろう。
「…………はぁ」
「あだだだだだだだだだだだだだ!? こめかみ! こめかみがぁあああああああああああああああ!!」
無理もない。この街に来てからフォールの計算は狂いっぱなしである。彼の計算を狂わせる要素が丸々一つ、ずっと心の中で淀んでいるのだ。
しかしここまで事が進んだ以上、今更の方向転換はできまい。現に今とある盗賊は街中で人生最悪の時を過ごしているのだから。
――――まぁ別にアレは見捨てても良いのだが、流石にここまで準備した計画を面倒臭いからで片付けるわけにはいくまい。それに今回ばかりはあの男を失うこともできないのが厄介だ。
「さて……、リゼラ、貴様はロゼリアにキッシュの食べ方を教えてやれ。ソースのつけ方もだ」
「ふざけんな! だから妾は」
「店主、コイツ等にキッシュのお代わりを」
「おう仕方ねぇ教えてやるよ」
「子供は扱いやすくて良いな。……精神年齢も含め。それに叛して何だ貴様等は。さっきからうじうじうじうじと。さっさと話し合いを終わらせろ。貴様等の躊躇など計算に入れてないぞ、俺は」
「だぁかぁらぁ!! そういう簡単な話じゃねえんだよぉ!! て、てめぇこの、てめっ、テメェエエエエーーーーッッ!!」
「た、確かに四肢、どの? に危害を加えるつもりがないのは安心した! したが……、それとこれとでは全く話が別じゃないか!! こっ、個人的な感情の話で……。待たれよ、そもそもどうして私なのだ!? 貴君と私は数ヶ月前のあの時に戦ったきりだぞ!! 敵同士だろう、我々は!!」
「い、いや……、それは……!!」
言い淀む四肢と、その様子に狼狽えるアテナジア。
そんな彼等の様子がさらにフォールへ花茶を仰がせる。全くどうしようもない面倒くささだ。
「……仕方あるまい。貴様等にも整理の時間をくれてやりたいところだが、既に時限まで数時間だ。ロゼリアの教育に本腰を移す。貴様等は貴様等で解決しろ」
「凄まじく投げやりじゃな御主。おいロゼリア、キッシュはスプーンで刺すのではない。フォークで刺すのでもない。手づかみでいけ、手づかみで」
「なっ、下品よそんなの!!」
「うるせぇこちとら明日喰う飯に生き死に賭けてんだよ!! マナー学ぶ前に美味さを学べ!! 一々割って喰ってたらキッシュの中のチーズが溶け出すじゃろーが!! 熱々で喰うんだよ、熱々で! ソースにつけて押し込むんだよオラッ!!」
「はぶっ!? はふっ、はふっ。……ぁ、おいしい」
「じゃろ。こっちの塩でも美味いぞ」
「はふっ……、ぁふっ……」
「ろ、ロゼリア様、そんな手づかみではしたない……」
「そ、そうかぁ? あれぐらい普通じゃねぇかなァ」
「……うむ。どうせだから貴様等も奴等を見習ったらどうだ。立場は違えど正反対さでは良い塩梅だろう。それにロゼリアにせよアテナジアにせよ、四肢、貴様もだ。少しはリゼラの奔放さ。うだうだと文句を言うのは……、ぁー……」
少し、フォールは言い淀んで視線を逸らす。
自分で自分に投げつけるとは墓穴も良いところだ。
「……そういう事もあるだろうが、どちらにせよ貴様等の決着は早く着けるべきだ。そうだろう、四肢。神代の矛のこともある」
「ぬ、ぐっ……。チッ、勘違いするんじゃねぇ! 俺ぁ今アテナジアさんがい、いるから! 我慢してやってるが!! 何もテメェ等に味方してやってるわけじゃねぇ。いや、むしろ敵なんだぜ。そんな易いカマかけでテメェに顔貌の行動や計画は教えてやんねーし、むしろ苦しめって話だ。ゲヒャヒャヒャ!!」
「流石にそこまで簡単に吐かんか。……だがこちらにも別の理由があってな。ロゼリアの教育もそうだが、もう一つ厄介な理由が。まぁ、教育に関しては存外リゼラが良い仕事をしそうなのでどうにかなりそうではあるがーーー……」
と、そこまで言いかけた辺りだろう。フォールは突如として声を止めて花茶とキッシュの皿を持ち上げた。
皆がその奇妙な動作に首を傾げたが、答えは一瞬の後に飛び込んでくることになる。物理的に、窓硝子を粉砕して噴煙と共に飛び込んで来たのだから。なおその際にリゼラが潰されたのは言うまでもない。
「「「な、何事ぉ!?」」」
「何というかカネダだな。……何をしている? 貴様」
「ぬ、ぐっ……。フォール、フォールか!? ってうわぁロゼリ、違うわリゼラちゃんか!? リゼラちゃんが潰れちまった! キッシュのように!!」
「案ずるな、そいつはミンチまでなら問題ない。……で、繰り返すが貴様は何をしている? こんなところを通る計画ではなかったと記憶しているが。俺の計画にもこのルートはないぞ」
「そ、それだ! それなんだよフォール!! ちょっとどころじゃなくマズいことになった!! 計画は中止だ、今すぐにでも逃げなけりゃならない!! これじゃメタルを討伐するどころの話じゃない!! いや、それどころかーーー……」
そこまでカネダが言いかけた辺りで、フォールは事態を察知した。
彼の直感的な何かがそれを把握させたのだろう。計画以上の緊急事態なのだ、と。
「……仕方あるまい。アテナジア、一旦席を外す。ロゼリアの教育はその後だ」
「き、貴君!? いったい何が……」
「悪いが説明している暇はないのでな、計画を整え直すまで待て。後で必ずまた戻る」
フォールはリゼラの首根を引っ掴むと、カネダと共に外へと駆け出して行く。
他の面々がそれを止める暇もない。騒動そのものを丸々引っ張り出すかのような慌て振りだ。いや、事実としてそうするだけの必要があったのだろう。少なくともこの場にその喧騒を持って来れば彼等の三つが同時に進む計画を、既に煉瓦の角と角で積み重なってできた塔のように歪なこの計画が本当に壊れ果ててしまうと断言できるからなのだ。
「……な、何が」
残されたのは呆然とする三人の面々と、喫茶店の領収書。からんころんと転がる空っぽの器。
はてさて、三つ絡まり一つの行く先へ進む騒動の行き先はーーー……、何処へやら。




