【3】
【3】
「あ」
「「え」」
「にゃ~?」
速報。リゼラ、誘拐される。
「「「……?」」」
魔族達は遠ざかっていく魔王様の絶叫を耳にしつつ、取り敢えず現状を整理していた。
――――自分達は対メタル討伐用の魔方陣作成のために街中を奔走していたはずだ。まぁ奔走って言うか実際はフォールがいないのを良いことに観光しまくってついでに魔方陣作成とかしていたわけだが、まさかそこにリゼラ誘拐などという事件をブチ込まれるとは思っていなかった。
「「「…………」」」
いや全く、何とも綺麗な手際である。自分達がこの街の名産『花茶』に気を取られているうちに一瞬で連れ去られてしまった。それにしてもこの花茶、何とも美味である。仄かに薫る花の甘い香りが立ち篭め、ミルクを溶かした紅茶よりも甘く、それでいてほろ苦い味が何とも心を落ち着かせる。素晴らしい一品と言えよう。
さらに先程の『空花クッキー』も良かった! 空に浮かぶほど軽いという花を模したクッキーで掴めばほろりと崩れるほど繊細な作りだが、味はその軽さからは信じられないほど濃厚! それでいてするりと溶けるように舌の上でなくなるので気付けば幾つも食べてしまうような美味しさ!!
いやいやそれを言えば食べ物ではないが『鈴の花ベル』も素晴らしかった! あの硝子細工の、花々が囁くような音は一度聞けば夢心地に忘れられないだろう。あの音を聞きながらお昼のうたた寝に酔いしれれば、それはどんなに心地良いことか!
「ローちゃん何処が一番楽しかった?」
「シャルナがお前の彼氏と間違えられたところ」
「黙ってろ馬鹿虎娘。……ま、まぁ、あの店のカップル割は中々だったが、うむ」
「ねー。また来たいよねぇ、『花の街』……」
彼女達が感慨深く頷き終わった頃にはもう魔王の叫びは聞こえなくなっていた。
さらば魔王! 我等がリゼラ!! きっと貴方のことは忘れない!!
「……何で?」
「私に聞くな……」
「リゼラ様連れ去られたぞー! どうすんだー!?」
「いや本当にどうしようコレ。全く予想してなかったよ!? って言うか今の四肢だよね!? 完全に四肢だったよね!? 顔は見えなかったけど、あの体格は間違いなく四肢だ!! フォール君の野郎、自分でどうにかするとか言っておきながらコレかよぅ!!」
「今奴を責めても仕方あるまい! 信じがたいがフォールの計算違いということだろう……、いや、先日までの様子を見れば無理もない話だが……!! ロー、追えるか!? 追いつけるのはもう貴殿のスピードだけだ!!」
「じゃ、じゃあ僕も魔眼で……!」
「貴殿は魔方陣作成の魔力を保存しなければならないだろう! 魔方陣を作り終わった後は動けなくなるほど消費するのだから、ここで使えるほどの余力もあるまい!! だからこそ、くっ、癪ではあるがローしか……!!」
「にゃっはっはっはっは! ローに任せロ-!! あの臭いを追えば一発で……、いっぱつ……いっ……。美味しい臭いがするにゃぁ~」
「えぇいこの役立たずめ!!」
「だがそこが良い!」
「良くない! どうするんだ、これでは追う手掛かりがなくなってしまうじゃないか!! 考えてもみろ、もしリゼラ様が居なくなった場合、我々がみや延いては魔族にとってどれほどの損失か!! それだけではない、胸に宿るあの方の御姿を思い返せばーーー……」
――――『シャルナ、何か御主から腐った牛乳拭いた雑巾の臭いするんじゃが。え、汗? 汗なのコレ?』
「そうだよ……! 利益なんかじゃない、僕達にはリゼラちゃん達との思い出が……!!」
――――『すまん、この前寝惚けて御主の股間に噛み付いたのローじゃなくて実は妾なのだ。あと粉薬と間違って塩渡したのも妾だわ』
「リゼラ様ぁ……」
――――『よこせ! オラよこせ!! その肉は妾のだ!! 魔王顕現使うぞオラァ!! よこせ妾の喰いモンだ寄越せぐひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!』
「「「………………」」」
さらば魔王! 我等がリゼラ!! きっと貴方のことは忘れない!!
「なぁアイツ等が助けにくる気配ねぇんだけどおかしくない?」
「うるせぇクソガキめ。黙ってろ」
さて、そんな彼女達は兎も角として問題は連れ去られた魔王様だ。
彼女は昨日話しに聞いていた黒尽くめの男、つまりは四肢だが彼によって小脇に抱えられ街中を失踪中という誘拐犯も真っ青の手際で運ばれていた。この迷いなき行動を見るに計画的犯行であることは明らかだが、それにしても余りに予想外の出来事すぎる。
何せ彼はアテナジア騎士団長に執着しており、皆がこの者はそちらへ向かうと予測していたのだ。それがまさか何の迷いもなくリゼラを狙ってくるとはーーー……。
「テメェは黙ってアテナさ……、あ、アテナジア騎士団長のところに俺を案内すりゃあ良いんだよ。痛い目みたくなかったら大人しくするこったな!」
――――はい?
「おい待て。御主なんか勘違いしとらんか」
「勘違い? ケッ、惚けても無駄だぜ。お前がアテナジア騎士団長のお気に入りってことは調べ済みなんだ。こちとら数ヶ月かけて顔貌の計画を坦々と……」
「数ヶ月かけて人違いしてんじゃねーよこのアホたれ。何なの? 妾が何をしたの? 妾の方が高貴なんですけど? 妾の方が偉いんですけど!? 妾の方が誇り高いんですけどォ!? いい加減にしろよ勇者と言い御主と言いこの妾を貧相な街の姫君と間違えやがって!! あァゴラやんのかワレェ!! やったるぞワレおらぁーーーー!!」
「や、やめろ! おいやめろ揺らすんじゃねぇ!! 堕ちるだろうが!! やめ、やめ、ア゛ーーーーーー!!!」
四肢、墜落。
そりゃお花を摘んだかと思ったら食人植物を摘んでいたのだから無理もあるまい。不運は連鎖するのだ。
「て、テメェこのクソガキ! 危ないじゃねェか!! いててて……」
「あ? 危ないってのはロープに吊されて砂漠魚の餌にされかけてから言うもんじゃろーが。死ぬかと思ったわ」
「えぇ……、何それ怖っ……」
と言う訳で路地裏に墜落し、酒樽に頭から突っ込んだ四肢とリゼラ。まぁ常人であれば重傷待ったなしの惨劇だが四肢の屈強な肉体とリゼラの立派な双角はその程度では屈しない。
しかしその騒音は少なからず周囲に響くもので、彼等が落下したのを何事かと段々野次馬が集まってくる。そうなれば当然、彼等の無様な姿も見られようものだ。
「……チッ、詳しい話は後だ。まずは隠れるぞ。さっさと来い」
「なぁ妾の角が抜けないんじゃが」
「あぁ? そんなモン引っ張ればどうにか……。おい待て本当に抜けねぇぞ」
「しっかり腰入れて引っ張らんかオラァ! これだから最近の魔族は!! 若いモンは!! 妾だって若いですけど!?」
「一人でアホなこと言ってんじゃねぇ! おいマジで抜けねぇぞコレどんだけ刺さってんだ!! くそっ、抜けねぇ!! くそォッ!!」
そりゃもう野次馬の人並みに注目されながらうんとこしょよっこいしょの大騒ぎ。四肢の丸太が如き腕を持ってしてもしっかり刺さったリゼラの双角は抜けやしない。もう壁面を砕き割った方が早いんじゃないか、子供の首が伸びてないか、と言うかあれはロゼリア王女じゃないか、とか観衆から様々な野次が飛ぶが、当の本人達はそれどころではなく。
だが、ここで彼等に光明が舞い降りる。恐らくこの場面を解決するに最も相応しく、最も正しき人物が現れる! そう、それこそ誰であろうーーー……。
「……何をしているのだ? 貴様等」
悪魔である。
「「ウワァアアアアーーーーーーー! 変態だぁあああああああああああああああ!!!」」
「おいその読みはおかしかろう。人をまるで化け物のように。今日のコーデには気を遣ってだな」
だが問題はそこではないのだ。そりゃ魔王も四肢も、暗殺者が女装して現れたら悲鳴の一つもあげようものである。
まぁ、この場に変態がもう一名いないことが救いと言えば救いだろうが。
「ふむ……、しかしこちらで釣れるとはな。シャルナ達はどうした? 別行動中か?」
「あのアホども妾を見捨ておっ……、おい待て今何つった!? こっちで釣れただと!? テメェこの野郎珍しく妾達のワガママを聞いたかと思ったらそういう事か!! 鬼! 悪魔!! 外道!! そろそろ本気で泣くぞ妾ァアア!!」
「ぐっ……! テメェ勇者フォール、まさかこんな形で相見えるとはな……!! グハハハ、だが解ってるか!? 今の軟弱クソ野郎なテメェなんかに負ける俺じゃ」
「やかましい」
「目がァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ギャハハッハハハハ! 無様め四肢よ!! 所詮は魔族三人衆とかいうアホみたいな集団の末路としては」
「貴様もついでに」
「目がァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
漏れなく大惨事である。
「さて、取り敢えず騒ぎになってはいかんな。既になっているような気もするが、おい早く角を抜け。逃げるぞ。このままでは奴等が来る」
「うるせェこちとらガッチリ刺さって抜け出せねェんだよ! って言うか目が、目がァ!!」
「うぉおおおおおお何だコイツ躊躇なく目潰しをうぉおおおおおおおおおおおお!!」
「良いから早くしろ。四肢、貴様もだ。ここで騒ぎになるのは双方得策では……。何だこれは抜けんな。おい、誰か掘削機持ってこい。ハンマーでも構わん。最悪はノコギリでも良いが。いや、この際だから先ほど獲得した爆薬を使って」
「アカン死ぬ! 殺される!! 妾を救う為に妾が殺される!! おい助けろ四肢!! もうこの際だから御主と手を組むことも厭わぬ!! 死ぬぞ、このままだと御主も妾も死ぬぞ!!」
「て、テメェら仲間だろ!? 仲間がそんな事するワケねぇだろ!! 俺を誑かそうたってそうは」
「発破よーーーーーーい」
「「殺る気だコイツ!!」」
「何だ? 駄目か。では脚に縄を結びつけ牽引するしか……。む、丁度馬車が来たな。アレの脚へかけよう」
「おい馬鹿やめろ! 死ぬ、それマジで死ぬやつ!! 強制的に身長伸ばすやつ!! やめ、ちょ、おま、ァ゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアーーーーーッッ!!」
「ブハハハハ! 無様だな魔王ぅわぁあああああ絡まったア゛ァ゛ア゛ア゛アアアアーーーーーーーッッッ!!」
「いかん……、連れ去られた……」
と言うか『連れ去らせた』な辺り勇者この野郎。
まぁ結局、この後紆余曲折あって魔王と四肢に散々トラウマをブチ込んだ後、彼等はロゼリア達と合流することになる。まぁジュエリーショップで顔を真っ赤にして固まる女騎士と鼻息荒く大人っぽい下着を漁る王女の元に女装勇者と死にかけ魔王と死にかけ魔族三人衆が突撃するという形での合流になるのだが、嗚呼、些細な出来事である。
「すまんな、待たせた。少々お花摘みが長くなった」
「「何か別のもの摘んできてるけど!?」」
「別の? …………紹介しよう、カネダだ」
「絶対に説明メンドー臭くなって嘘ついたわよね!? 何であの女装変態男が大男と子供になるのよ!? と言うかこの娘リゼラちゃんでしょう!? 死にかけだけどリゼラちゃんよね!? 何か角に残骸刺さってるけどリゼラちゃんよねぇ!?」
「ま、待て貴君、そちらの大男はまさか……」
「では教育を続けよう。まずはお店でのお買い物からだが」
「「いやだから聞け人の話をォ!!」」
聞くなら勇者やってないという話である。
しかし斯くして騒動の者達は終結する。と言うより無理やり引き摺り込まれたと称すべきだろうが、勇者が関わった時点でろくな事にならないのはいつもの事なので安心して欲しい。まぁ、そんな彼も今回ばかりは逃げてきた辺り巻き込まれた、とも言えなくはないのだが。
「あれぇ? 今フォールさんがいたような気がしたんですけどねぇ」
「ぬぅ、見間違いではないか聖女殿! その様な者の影も形も見えぬが!!」
「そうですかねぇ? 昨日の疲れがあっても私の聖女アイが見間違えるはずが……」
そう、彼はこの『花の街』を訪れてから逃げ隠れ続けている。
斯の獣からばかりではなく、それとは比べものにならない幼くか弱い青年からーーー……。
「……いえ、もう良いんです。きっと、あの人にも考えがあるでしょうから」
ただ一人、聖女を名乗っていた青年から。




