【1】
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「さて、それでは行動を開始しようか」
宿の一室。フォールは朝日差し込むカーテンを流しつつ、剣鞘を腰に収めて彼女達へと呟いた。
他の面々も装備を調えており、未だベッドから起きないリゼラとロー以外は準備万端と言ったところである。あとついでに、昨晩彼女たちと凄まじい攻防を繰り広げたであろう死にかけのルヴィリア以外は。余り準備万端じゃないやつだこれ。
「「みぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!」」
「フォールやばい! 寝起きのアイアンクローはマジでやばい!!」
「あの、僕も死にかけなんですけど……。手当ぷりーず……、てあ、何これ」
「塩水だが」
「鬼かよ」
「全く、そんな調子で大丈夫か、ルヴィリア。アレイスター殿と取引するフォールはまだしも、対メタルの仕込みを行う我々が、しかも要である貴殿がそんな調子では成功するものも成功しないぞ。まずは顔を洗ったらどうだ? ほら、そこに丁度水が」
「だからこれ塩水だからね!? ちくしょう鬼はこっちか!!」
「何だ、硫酸の方が良かったか」
「君は悪魔か。……勇者だったわ」
閑話休題。
「メッチャ頭じんじんする」
「アタマガワレルノダー……! アタマガワレルノダー……!!」
「いつまで経っても起きない貴様等が悪い。……では再度、今日の予定を確認するが、俺はアレイスターとの取引によりロゼリアの教育。貴様等は対メタルの仕込みで構わんな? 異議がある奴は申し立てろ。迅速に対処する」
「対処(処分)ですよねそれ」
「仕方あるまい、貴様等の意見を最大限考慮した配分だ。リゼラはアレイスターの頼みを聞きたくないと言うし、シャルナはローと俺が一緒だと嫌だと言う。ルヴィリアは俺以外の誰かがいなければダメだと言うし、ローはシャルナが俺と一緒だと嫌だと言う。結果こうなったわけだ」
「休日に子供のワガママ聞き過ぎて無茶な予定立てるパパっぽい」
「誰がパパだ、誰が」
「ま、まぁ、貴殿が珍しく我々のワガママを聞いて決めてくれたことだ。文句は言わないが……。一人で大丈夫だろうか? あのアレイスター殿は信用できない……、とまでは言わないが、未だ何かを隠しているように思える。それに貴殿の言う対メタルの本命も確実なわけではないのだろう? 私は……、貴殿の身に何かあったらと思うと……」
「その時はローが飛んでって助けてやるからなー! この筋肉バカより早く行くからなー!! ローが行くからなー!!」
「なっ……! ば、馬鹿な!! 私の方が早い! 貴殿よりずっと早い!!」
「何だと-? ぐるるるるる……!!」
「やるか、この馬鹿虎娘!!」
「はいはい喧嘩しないーい。するなら僕を挟んでァッやめてそれガチなやつやめて死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
「とまぁアホ共は置いとくにせよ、あのババアは絶対ただじゃおかねぇからな? 覚えてろよ? 初代様の仇じゃからな! 隙見て奴の手持ちにあるお菓子全部強奪してやるわ!!」
「…………貴様等は賑やかで良いな。そのエネルギーを是非仕込みに回してくれ」
フォールはこの場か騒ぎではいつまで経っても事が進まないと言わんばかりにため息を零しつつ、それぞれ解散して目的地へと向かって行った。フォールは王城へ、リゼラ達は街へと。まぁルヴィリアが彼の肩を叩き『スライムするなよ』と忠告する辺り、アレイスターとの取引や対メタルの本命以前に何を案じているかは大体解るというものだろう。
そりゃこの男に教育を任せるという事はつまりーーー……、いや、これ以上は何も言うまい。
「さて……」
となれば視点はフォールに移る。取り敢えずホテル行こうぜとか言い出した変態をボコる一行ではなく。
彼は何処へ寄るでもなく王城へ直行した。昨夜のようにアレイスターへ頼めば一瞬で転移させてくれそうなものだが、フォールもフォールなりに街の様子を確認しておきたかったのだろう。
尤も、解ったことと言えば武闘会に怪物が現れたとか聖女がその怪物を倒しただとか倒されただとか、あの大騒ぎのことが殆どだったのだけれど。それでも王城反逆の話題が塗り潰されている辺り、ある意味では僥倖だったのかも知れない。
「知ってるか? ほら、例の……」
「あぁ、帝国とのな……。まぁ、この街は特殊だから……」
だが、そんな話題にも塗り潰されない話もあるものだ。
例えば街の裏路地で朝っぱらから飲んだくれている、と言うよりも酒場で一夜を明かしたであろう男達が噂する暗い話題。この歴史ある街だからこそ蠢く反逆の二文字はフォールの耳にも届いてくる。
先日のリゼラによる王城反逆とはまた別の、民々によるものだ。いや、顔貌のことだからこれも計算していたのだろう。内と外からの反逆はこの小さな街を潰すには余りに充分過ぎる。
「……警戒していた方が良さそうだな」
しかし、街を歩くことでその噂を聞けたのは幸運だった。少なくとも彼の頭で反芻される幾つもの予測をさらに増やす程度には役立ったのだから。
ただその噂を警戒し過ぎたせいで王城の城門近くで不審者扱いされ、警備兵がすっ飛んできたことだけは間違いなく不運と言えるだろう。そりゃ思案を深めすぎて殺人鬼のような目付きになった暗殺者が来たらそうなるからね、仕方ないね。
「何だ貴様ぁ!? まさか最近噂の反帝国一派か!? それとも先日の闘技場騒ぎの犯人の一人か!?」
「おい貴様等、俺は違うぞ。この国に叛乱の意志などないし、秩序への叛乱の意志もない。あるのは世界への叛乱の意志だけだ。スライムこそ至高であると知らしめるために日夜、経典の編纂をだな」
「思想犯か!?」
「違う」
違わないです。
「や、やめろお前達! その方は大魔道士アレイスター様の御客人だぞ!!」
と、警備によって危うく逮捕されかけた思想犯だが、そんな彼の窮地を救ってくれたのは他ならぬ騎士団長のアテナジアだった。
彼女の出現に兵士達は縮込み上がり、凄まじい勢いで頭を下げてくる。これだけでも普段の彼女が如何に男勝りな立場にあるかを想像させるのは難くない。
「すまんな、助かった。アテナジア。……兵士の教育が行き届いているようだが、次は悪人と善人の見分け方を教えておくと良い」
「それを言うと貴君は……、あ、いや、そ、そうだな。兵士の教育に関しては厳しい訓練を行わせている。基本的に帝国から派遣される憲兵の治安維持があるからと言って、それに胡座をかいていては街は守れないからな。古くさいと言われるかも知れないが鍛錬は毎日続けてこそのものだと私は考えている」
「……貴様はつくづくシャルナに似ているな」
「シャルナ殿、と言えば先日のか。そう言えば今日は仲間はいないのだな? 貴君一人だけか」
「私用でな、大したものではないが。……しかし兵士の教育と言えば今日の交換条件にも繋がる話だ。是非ともそちらについて聞いておきたいのだが」
「ろ、ロゼリア様をそのような……! い、いや、あくまで参考だな、うむ。やはり兵士と言えど一人の人間。各自の性格や得意分野を見極め、その長所を伸ばすことが良い人材育成であることは把握している。しかし兵士とは決められた役割を決められたようにこなすことが第一だ。それ以上のことを求めるにはまず最低限をこなさなければならない」
「基礎から、ということか。成る程、鍛錬にも通じるものがあるな」
「その通りだ。我が騎士団の場合はまず街の見回りから始めさせる。地理を覚えさせることや怪しい人物を見極める目を育むのだ。そして怪しい人物や現行犯を見かければ即捕縛! 人々に危害を加える前に行動を起こす迅速さが求められるのだ!!」
「それは良いが、先程のように冤罪もあるのではないか」
「ま、まぁ、うむ。そこを言われると痛いのだが……、怪しい人物と言うと露骨の怪しいのでな。貴君のように眼光でその領域まで行くのが稀であり、本来はもっと挙動不審というかーーー……」
「ばぶー! ばぶぶー! ママぁーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「暴れるな貴様ァ! 何だその格好は!? ……何だその格好はぁ!?」
「ヤバいぞコイツおむつでおしゃぶりなのにメチャクチャ早いぞ! 何だアレは、新種の妖怪か!?」
「……あのような?」
「あのような……」
銃殺許可まったなし。
「また脱走したのか、あの男……。昨晩から12回目だぞ……。ユナ第五席も大変だな……」
「大変なのはあの男だと思うが。尊厳的にも、人間的にも……。しかしまさか奴があんな事になっているとはな。どうしようか、割と本気で関わりたくないのだが。これほど知り合いに大して他人のふりをしたくなったのは久し振りだ」
「久し振りという事は今までもこんな事が……?」
「まだマシな部類だな」
「えぇ……」
なお一番酷いのは勇者な模様。
「しかし、貴君よ。その口振りからするにあの男に用があるのか? あの状態ではどんなモノであれまともな取引ができるとは思えないが……」
「何、あぁいった手合いの戻し方は心得ている。……それに奴は今回の目的で必須の男でな。関わりたくないが、関わらざるを得ない。関わりたくないが。関わりたくないが。とても関わりたくないが。……まだ女装の時はマシだったのだがな」
「貴君、その時点で手遅れだと思う」
「……女装は許容範囲だろう。中身まで染まらなければ。フリルなど可愛らしいものが多くてだな」
「既に大事な何かが染まっているじゃないか……!!」
「奴ほどじゃない。……では少し行って来る」
そう言うと、フォールは高速ハイハイで床や天井を這いずり回るおしゃぶりおむつ姿の変態へ躊躇なく近付いていく。止めようとするアテナジアや変態の処分に困っている兵士達の間を摺り抜け、あっと言う間にその前へ。
当然ながら変態も威嚇するかのように『ばぶぅ!!』と吼えるが、彼は一切の容赦なく顔面キックからの鳩尾、首極め、からのシャーマンスープレックス。確殺を定めた男の容赦なき連撃である。
「「「え、えげつねぇ……」」」
えげつねぇ。
「き、貴君! 大丈夫か!!」
「あぁ、問題ない。普段のこの男ならばいざ知らず、正気を失った状態など相手には」
「いやその男が!!」
「……大丈夫じゃないか、たぶん」
だが大丈夫ではないのである。
「こ、これはアテナジア隊長殿! 何ですかこの変態と暗殺者は!!」
「馬鹿者! 確かに見た目は暗殺者だがこの方は立派な御客人だ!! あとそちらの変態は……、うむ、擁護できんが。うむ。一応人間だそうだ。最低限の扱いはするように」
流石のアテナジアも言い淀む哀れな変態だが、フォールはそんな彼を抱え、るのは嫌だったので取り敢えず首についた鎖を引っ張って引き摺っていく。なお特殊な訓練(※赤ちゃんプレイ)を受けた変態のみ耐えられる運搬方法なので絶対にマネしないでください。
耐えるっていうか、白目剥いて泡噴いてるのを耐えるとは言わないけれど、たぶん耐えてるのでノー問題です。
「……あの、既にあの男が最低限の扱いをされていませんが」
「何故だろうな……。奴と一秒共にいるごとに自分が正気なのか解らなくなってくる……」
それは今まで我等が魔王様達の通ってきた道なので安心して諦めて欲しい。
ともあれ、気を取り直してフォールとアテナジアは王城の中を進んでいく。木漏れ日注ぐ煉瓦造りの廊下や街の名に恥じない色とりどりの花壇、楽しげに談笑するメイド達をちょっぴり叱って、資料を抱える文官を避けながら、進んでいく。そんな道程だ。
きっと、フォールの背中で瀕死のおしゃぶりおむつさえいなければメイド達の噂する『ついにあのアテナジア団長に男の影が』の言葉も多少なり絵になったかも知れない。しかしこの惨状ではただの『あぁ、死体遺棄か』である。
「貴君、そろそろアレイスター様の御所であるが……、その前に帝国のエレナ王子には会わなくて良いのか? あの御方、午後からはヴォルデン第一席と共に街を観遊されるそうだが」
と、王城の奥まで足を踏み入れた頃だろう。不意にアテナジアはそう提案した。
しかしフォールは特に反応を示すでもなく頷き、木漏れ日に視線を逸らすばかりだ。
「……いや、今は一刻を争う。性急とまでは言わんが爆弾を小脇に抱えているようなものだ。さっさと離してしまいたい」
「そ、そうか? 昨夜の会食でエレナ王子は大層楽しそうに貴君のことを褒めていらっしゃったぞ。これからお忙しくなられる御身だし、一目だけでも……」
「構わない。それよりこの変態がロゼリアの前で目を覚ましては事が事だ。まだ死にかけな内に話し合いを終わらせよう」
坦々と事を進めていく彼に気圧され、アテナジアは王城でも数人しか知らない門の前へ彼を導いていく。そこはアレイスターが招かない限りこの現世と楽園を繋ぐ唯一の空間だ。 花々裂き乱れる庭園の噴水にある水面にだけ映るその門の姿はやはり何処か幻想を思わせる。
だがしかし映るのは暗殺者と変態なのだ。幻想もクソもねぇや。
「ほう、転移魔法ならば今まで何度か見たことがあるが、これは異空間……、異空間魔法か? ここから入れるのだな?」
「あぁ、ここでアレイスター様の定めた文言を唱えることで……、おい待て何をしている!?」
「いや、突っ込めば入れるかと思ってカネダをちょっと……」
「がぼげぼががぼぼぼがぼごぼごがぼがご」
やっぱり死体遺棄じゃないか。
「ち、違う! ここで合い言葉の文言を唱えれば良いだけだ!! そいつを殺す必要はない!!」
「『らせん階段』……! 『カブト虫』! 『廃墟の街』! 『イチジクのタルト』! 『カブト虫』! ………『ドロローサへの道』! 『カブト虫』! 『特異点』! 『ジョット』! 『天使』! 『紫陽花』! 『カブト虫』! 『特異点』! 『秘密の皇帝』!!」
「いやそれ合い言葉じゃ……、何だその合い言葉!?」
「開いたぞ」
「開いたのか!? これで!? 本当に!?」
まぁ実際は死にかけたカネダを見かねたアレイスターが開いてやっただけなのだが、それにしても一切躊躇ないこの勇者である。
しかし結果的に道は開けたわけで、フォールとアテナジアは昨夜振りに、そして瀕死体は初めて夢の楽園へと足を踏み入れた。
相変わらず御伽噺のような風景と夢心地の香りに心が浮き足立つようだが、それでもフォールの表情は一切変わらない。むしろ何処か不機嫌そうですらある。まぁ大体『楽園なのにスライムがいないのはおかしい』とか言った理由だろう。
して、彼等は示された道を進むままにアレイスターの元へと到着する。何ら変わりない、昨夜と同じ光景だ。
敢えて言うならば露骨に威嚇してくるロゼリアの姿があるぐらいだが、些細な違いであろう。
「昨日振りだな、アレイスター。まだ健在なようで何よりだ」
「ふん、生憎とね。……それで? アンタが来たってことはロゼリアの教育についての取引は受けて貰えるってことだね?」
「あぁ、そのつもりだ。……だがこちらにも追加条件がある。今日はそれを話しに来てな」
「追加条件……、ってのは街でうろちょろ動いてる奴等のことかい? 何だアレは、多重魔方陣でも張ってるのかい。随分特殊な魔方陣のようだが、魔眼持ちの能力に託けてご大層なことだ」
「それもあるが、いや、本題はそこではない。……兎角、まずはロゼリアについて話をしよう。随分と威嚇されているようだが?」
「そりゃ昨晩エレナ王子に随分と長話を聞かされたようだからねぇ。まぁ、かく言う私もルーティア様に一晩中色々と思い出話をさせられたんだが。この老骨に夜更かしは堪えるというのに、あぁ、あの人も随分と変わったね。……それで? ロゼリアはどう連れていくつもりだい?」
「別に、どうという話はない。今日一日連れ回せばある程度のことは学ばせられるだろう。……大人しく着いてきてくれればの話だが」
「…………何よ! 着いていくわよ!! 御婆様とルーティア様、そしてあのエレナ王子の頼みだもの!! 着いていけば良いんでしょ!! けれど解っていて? アテナジアも護衛として着いてきてもらうからね!! 変なことしようとしたら直ぐに叩きのめしてもらうんだから!!」
「これこれ、ロゼリア。女の子がそんな言葉使いをするもんじゃないよ」
ロゼリアはふくれっ面になりながらも『御婆様がそう言うなら』と口先を尖らせる。
恐らくアテナジアが着いて来ると言うのならという条件付きで大分妥協しているのだろう。今回は随分と苦労することになりそうだ。
「……了承した。まぁ、教育と言う以上は多少手厳しくいくが常識の範疇に納めておく」
「貴君の常識が不安でしかない」
いや全くその通り。
「そういうわけだ、ロゼリア。外行きの衣服を着せて貰って準備してきな」
「……ぅー」
ロゼリアは不満そうに唸りながらもアレイスターの開いた異空間から自室へ戻っていく。ご丁寧に出る瞬間に振り返ってフォールへあっかんべーを送る辺り、全く可愛げの欠片もない。
これならまだリゼラの方がと彼は考えかけるが、流石にアレはないと即断する。当然だネ!
「…………さて、子供が居なくなったところで話題を移すとするか。問題はこの男についてだ」
「もう見た目が問題なんだけど」
「昨日の王城反逆を聞く限り原因の二割ぐらいは貴様にあると思うが……、いや今は言うまい。実はこの街で俺が行動する上でこの男の存在が不可欠でな。まぁ、端的に言えば先日の武闘会を荒らしたあの男、メタル討伐にこの男が最適任というわけだ」
「こ……、この変態が、あの男相手にか?」
「あぁ、俺の知る限り現環境で戦闘力が最も高いのはシャルナだ。続いて方向性は変わるがルヴィリアとローだな。無論、メタルを除いてだが……。しかしコイツ等の誰も奴には勝てん。何故か? 相性の問題だ。シャルナのように真正面から、ルヴィリアのように相手を目視する必要性がある場合も、ローのように接近戦を取らなければならない事とて相性としては最悪だ。どのような形であれ奴に接触するわけだからな」
「…………否定し切れないところが、どうにも」
「ふん……、確かにね。カネダも運命の外だが、あの男は運命すら壊しかねない。捕らわれるはずの男が、アンタの些細な行動一つで大きく逸れちまったわけだねぇ」
「……貴様の思わせぶりな発言については審議しないでおこう。問題は、であればどうしてこの男が最適解かだが、それはこの者自身が一番よく知っているはずだ。おい、起きろカネダ。起きろ」
「……起きないな。やはり先程の水没が」
「近くにユナ第五席がいるぞ」
「ばぶぅあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
発狂染みた起床と共に痙攣し、酸欠状態に陥るカネダ。トラウマどころの話じゃねぇ。
「……本当に大丈夫か? これ」
「ばぶっ、ひぎっ、ばぶぁあああああ、ばぶぶぶあああああああああああああああああああ!!!」
「大丈夫だろう。一時的に発狂しているだけで……」
「ばびゅるあばばばばばばるばばばばばばばばああああああああああああああああああああ!!!」
「……発狂、しているだけで」
「ぶるぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「これ一時的で済むのかい?」
「済みそうにないな。……仕方あるまい。アレイスター、悪いが一室を用意してくれないか。密室で防音で、暗ければなお良い。1分ほどで構わないのだが、可能か」
「ん? そりゃできるがね……。どうするんだい?」
「1分あれば解る」
アレイスターは訝しみつつもフォールの注文通りの空間を用意した。
彼は発狂したカネダをその空間に投げ入れてから自身も入っていくと、異空間の入り口を閉じるように指示する。何をするつもりなのかとアレイスターとアテナジアは首を捻ったが、その答えは彼の言葉通り1分後に判明することになった。
――――1分後。
「ったく、俺をこんなトコに連れてきてどうするつもりだ? と言うか何だ、この空間は」
「お、おぉ、凄い! 正気を取り戻している!! どうやったんだ、フォール殿!?」
「何、少しお話をしただけだ……。なぁ、同志」
「あぁ、全くだ。我等が生命の使命を思い出しただけだよ。はははははは」
「「スライム神に感謝を」」
やりやがったこの勇者。
「スライム神様さえいれば世界は平和だからなぁ! どうしてこんな事に気付かなかったんだろうかなぁ!! あは、あははははは!! 美しきスライム神様よ、どうかこの信仰心に応え世界に平和を! 平等を!! 素晴らしき平和を!! スライム神に感謝を! スライム神に感謝を!!」
「すまない、俺の教えが高度すぎたせいで少々興奮しているようだ。通常会話は問題ないだろうから安心して欲しい」
「何も安心できないんだが」
「発狂には発狂かい……。ま、まぁ、会話できるなら目を瞑ろうじゃないか……。流石に気の毒になってきたけどね、流石に……」
「何を言う、これぞ素晴らしき教えの賜だ。……さて、それはそうとカネダ。正気を取り戻したところで話を進めるが、今回話したいのはメタルについてだ。単刀直入に言うが貴様に奴を討伐して欲しい」
カネダはその言葉に一瞬驚いたような表情を見せ、続いて段々と呆れ顔になっていく。
当然だろう、今までガルスと共に彼の一番近くにいた彼だ。幾ら盗賊とは言え、仲間意識の欠片ぐらいはある。
「報酬もナシにか?」
仲間意識の欠片ーーー……。
「アリだ」
「乗った」
程度の、話ではないらしい。
「……良いのかい、カネダ。アンタからすりゃあの男は仲間だろうに。連れ添った情もあるんじゃないかい」
「だからだよ。……ってかその声、アンタがあの念話の相手か。まさかこんな婆さんだったとはな」
「若作りはしない主義でね。……おっと、何処からか聖女様の殺気が」
「へいへい悪かったね。……んで話を続けるが、フォールは取引には相応の対価を払う奴だ。コイツは全く信頼はできないが信用はできる。アイツの討伐なんざ数億ルグ払われたってゴメンだが相応の対価、それも俺好みの品は用意してあるんだろう?」
「……これから用意することになるが、そうだな。間違いなく貴様の気に召すものだろう。そうだな、アレイスター?」
「アンタの言う追加条件ってのはそれの事かい……。ふん、まぁ良いさ。王城にあっても宝の持ち腐れなものが多い。カネダがメタルを討伐したなら望みの品をやろう」
「よし、交渉成立だな。……その条件で構わないな? カネダ」
「あぁ、良いぜ。メタル討伐は任せてくれ。……もちろんお前も協力するんだよな?」
「無論だ」
カネダは以上の取引に両手を叩き合わせて楽しそうな笑みを見せる。
しかし納得できないのはアテナジアだ。当然だろう、今の話を聞くにカネダはメタルの仲間で長く行動を共にしていた間柄らしい。それを裏切るような行為を何の躊躇もなく行うというのか? そういった疑問を持つのは必然と言える。
そしてアテナジアはその疑問を率直に、彼へと問い掛けた。仲間を裏切ることになるが良いのか、と。
対するカネダの答えは、こうだった。
「ん? 確かにこりゃ裏切りだが俺は奴を信頼しているし、アイツの実力だって解ってる。ヤバさだってな。だからこそ受けるんだ。俺は奴を討伐する自信があるがーーー……、奴は俺に討伐されるほどヤワじゃない。その信頼があるから受けるんだ」
「……つ、つまり?」
「簡単な話だ。この任務を達成したってアイツをぶっ殺せるワケがないってことさ。精々数日か、数ヶ月か。それぐらい行動不能にできれば御の字って話だな。……って言うか今更だけどフォール、それならお前がやれば良いだろ。伊達にメタルから熱烈なラブコール受けてるわけじゃないだろうに」
「金輪際その言葉を使ってみろ。貴様の内蔵を掻き回して豚の餌にしてやる」
「今までにないレベルの殺意が返って来たんですけど。まぁそんなことされる前に逃げ」
「ユナ第五席を呼ぶぞ」
「止めてくれフォール。その術は俺に効く。止めてくれ」
効果抜群って言うか、即死って言うか。
「とにかく交渉は成立だな。奴の抹殺……、もとい討伐計画に関して詳しい話は後ほど説明する。今はそれよりもう一つの、平行する計画について説明しておきたい」
「ま、待て! ロゼリア王女の教育と、そのメタルの討伐と、さらにもう一つ行うのか!? 幾ら何でも無茶が過ぎるぞ!!」
「その無茶をやるのがコイツだぜ。えーっと……、アテナジア騎士団長だっけ?」
「そうだ。そしてその計画の要になるのも彼女だ」
「はぁ!?」
「四肢を釣るぞ」
沈黙。そして。
「「…………は?」」
疑問。だが残念、勇者の試みはこんなところで止まらないのが常である。
いいや、だが彼のことだ。四肢を釣ると言った以上、確実に釣る作戦を用意してくるだろう。ロゼリアの教育を同時進行させるならば、それに相応しいものであることも必須だ。
つまり、そう、どうせ男女が揃っているのだしきっと彼は『嫉妬作戦』を取るに違いない。自分かカネダ、いやこの場合は被害に遭うであろうカネダとアテナジアを連れ添わせロゼリアを娘のように振る舞わせることで家族教育と四肢の興味を引く二者両立の作戦をーーー……。
「それでは行こうか」
なお実際に街角へ終結したのは女子四人でした。
「「なんで?」」
「何で、と言われても……。なぁ? カネダ」
「女装は基本だよねー☆ それよりフォー子、私のことはカネ子って呼んでって言ったじゃない! んもぅ、久々のお出掛けのるんるん気分を壊しちゃめっ☆」
「ねぇ、この時点で相当キツいんだけど。私これに教育されるの? こんなのに教育されるの!?」
「今でもアレイスター様の『マジかコイツ等』という目が忘れられない……! し、しかも何だこのひらひらした服装は!! ロゼリア様ならともかく、私がこんなのを着ても似合うはずがあるまい!!」
「問題はそこじゃないわよアテナ! 貴方まで飲まれたら私正気でいられる自身がないわ!!」
「んもー、ロゼリアちゃんったらツンケンしちゃってぇ♡ それにしてもリゼラちゃんに見た目そっくりなのね。カネ子ビックリしちゃった☆ コーデのし甲斐がありそうだわぁ~」
「近寄るなこの変態! そっちの男もちょっとは見所あると思ったのに幻滅だわ!! と言うか二人とも無駄にしっかり着飾ってるのが腹立つ!! 何よ良い香水使っちゃって!! 嫌味? そういうの全部メイドに任せてる私への嫌味!?」
「案ずるな、今日一日あれば全て仕込んでやる。あと香水と言うのは高ければ良いというわけではなくその者や今日のコーデにあったものを使うのが基本であってだな」
「そーだよねー☆ 爽やかコーデだとやっぱり森緑系っていうかー? 勝負の時は燃える情熱の蜜花系って言うか-? やっぱり雰囲気とか気分に合わせた香水を使わなくっちゃねー☆」
「ほ、ほほう……」
「聞いてないわよそんな事ぉっ! あとアテナも興味深そうに聞いてないでどうにかしなさいよコイツ等!! 嫌よ私は、こんな変態共と街を歩くなんて!! こんなのと歩いたら私達まで変態扱いされるじゃない!! 『花の街』の誇り高き王族がそんな事で良いの? 幾らアレイスター御婆様が赦してもこの私が赦さないわよ!!」
「……そ、そうですね。失礼、私も慣れぬ姿に浮かれていたようです。貴君等、これはあくまで公務であることを忘れるな! アレイスター様は教育と称されたが、実際はロゼリア王女に見聞を広めていただくことが目的で」
「ねぇねぇ君可愛いねぇ? 何処住み? この後時間ある? お茶しなぁい?」
「きゃー☆ フォー子ちゃんナンパされちゃったー! どうしよ? ねぇどうしよっかー!? ちょっとイケてる顔してなーい!?」
「敬虔な信徒になる顔をしている」
「アテナ、殺して」
「お、落ち着いてくださいロゼリア王女……! お気持ちは解りますが……!!」
なおナンパ男はこの後スライム神に祈りを捧げる素晴らしき信徒になりました。
「さて、では今から街に赴くわけだが……。どうしてこの格好なのか聞きたそうにしている面子もいるわけだし、まず理由を説明しておこうか。カネ子、頼む」
「えっとねー☆ やっぱり教育って言うか物事を知るなら楽しくしりたいじゃな~い? だから今日は私達で女子会兼お勉強会ってことでこういう格好にしましたー☆ 今日はカネ子とフォー子でロゼリアちゃんとアテナジアちゃんをオシャレコーデしたいと思いまっす♡」
「アテナ、殺して」
「ですからお気持ちは解りますが……!!」
事実、方向性を全力で間違えているわけだが最早女装は常套手段なので赦して欲しい。
だがしかし、この計画も全く無意味というわけではないのだ。フォール曰く女同士であればメタルの警戒からも外れるし四肢も油断するだろう、とのことらしい。事実、先程のナンパ男のようにか弱い(?)女子達であればそうそう牙を剥く者はいまい。また、顔貌の監視もこの姿であれば欺けるという、一挙何得もの策なのだ!
それでも他にやり様はあったと思う。少なくとも女装はない。
「他にもスライム神教の宣教師スタイルか裏組織壊滅レクチャーという案もあったのだが残念ながら却下された」
女装でお願いします。
「スライム神教は崇高過ぎて凡人に理解できないのは解るが、裏組織壊滅レクチャーも駄目とはな……。この国に巣くう病巣の排除とこれからの予防方法、そして軍略的な思想が一気に身につくコースだと言うのに……」
「生憎とそれが不要になるための婚姻式を進めている最中でな……! 確かに反帝国の問題等は目に付いているが、あくまで小規模の話だ。城内のあの一件に比べれば……」
「まーまー暗い話は後あとっ☆ 今はオシャレコーデ明日への女子力キメキメタイムだよっ☆」
「アンタがキメてるのは女子力じゃなくて何か薬的なアレでしょ!?」
麻薬という意味では間違っていない。
だがまぁ結果はどうであれ彼等はこうして街へと歩み出していったわけだ。奇しくも四人組、今この街の何処かで女子会と言う名の魔方陣作成に翻弄している魔族達も四人組。何とも奇縁な話である。まぁ魔族の四人組の方は珍しく勇者がワガママを聞いてくれたので大食いしたりえっちなホテルに飛び込もうとしたり龍虎の大喧嘩が始まったりと女子とは無縁どころか女子力を殺す勢いなのだが、それはもう置いてあげて欲しい。
兎角、重要なのはこちらの女子と女子(※)の四人組で、彼女達は慣習の注目を集めながらも街を闊歩していった。注目が集まるのはロゼリア王女とアテナジア騎士団長の可愛らしい姿ということもあったが、いや、それ以上に左右で構えるクールビューティー&キューティーポップな二人組が原因だろう。何しに来たんだコイツ等。
「やだもー街の話題を攫だウィッチ☆ 熱い欲望の視線で日焼けしそう~♡」
「アテナ、殺して」
「ロゼリア王女……ッ!!」
「俺は奴のように心まで女になったわけではないので安心して欲しい。だがオシャレには妥協しないことを宣言しておこう」
「何も安心できないんだが……。それで、ここからどうするつもりだ? まさか街中で慣習衆目を集めるこの状態を続けるわけでもあるまい……! と言うか私が耐えられそうにないんだが……!!」
「うむ。この後は衣服店と喫茶店等、イマドキ女子の最先端を行く予定だ。是非ともロゼリアの訪れたことがない初めてを体感して欲しい。ちなみにエステ等の高級路線ではなく『街角の娘達』が今回のテーマだからな。その点は勘違いしないように」
「もうこの時点で着いていけない……」
「教育の方向性は何処へ向かっているのだろうか……」
「まずは形から入ることも重要だ。これからロゼリアが支えるべき者達がどのような日常を送っているか、とな」
そう言いつつも不意にフォールは視線をずらす。自分達へ注目を集める観衆の中に不穏な影を見つけたからだ。それは群衆へ隠れるように潜む数人の影であり、眼光は多くを語らないがただ一つを述べる。そしてその一つは何よりも明確にこれからの行動を表していた。
そんな視線に気付いたのはフォールばかりではなかったのだろう。カネダも何気なく彼に歩み寄ると、先程までのトチ狂った乙女ムーヴを他所に話を優先する。
「気付いたか? お前、アレ知ってただろ」
「予定にはなかったが組み込めそうだったので組み込んだ。雑草の芽は早く摘み取るに越したことはあるまい」
「フッ、違いねぇ。メタル前の前哨戦にしちゃ、ちと役不足に過ぎるけどな。……それで、どうする?」
「何だか……、お花を摘みに行きたくなってきたな」
「あー、解るぅー☆ カネ子もカネ子もー♡」
「……貴様も一緒に処分した方が世のため人のためじゃなかろうか」
それは漏れなく勇者にも言えることなので安心して欲しい。
しかし悲しきかな、これより始まるのはそんな女装変態二人による女死会である。
先日の武闘会と今回の女死会。さてはてどちらにまだ救いがあるのかは、変態のみぞ知る、と言ったところであろう。
「……しかしこの街で花摘みというのは縁起が悪いな。何か他の例えはあるか?」
「雑草処分でどうかな♡」
「採用」
まぁーーー……、ろくな結果にはならないよネ☆




