【プロローグ】
これは、永きに渡る歴史の中で、戦乱を凌ぎ続けてきた勇者と南四天王。
奇変なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼等のーーー……。
「ヘイ、フォール君。ちょっと話があるんだけど」
「何だ、部屋割りなら変えんぞ」
「いやそうじゃなくてね? 近いうちに絶対刺されるよねって話をね?」
「あぁ、解っている。その為にもメタルは早めに対処せねばなるまい。並大抵の罠や策略では奴を倒せないことは貴様等が証明済みだ。確実に倒すには入念な準備と資財、人手が不可欠になってくる。その為にもまずはこの街の地理と奴の行動経歴を完全に把握し……」
「……骨は、拾ってやるぜ。あ、でもローちゃんが食べそう」
「おい待てどういう事だ。それは協力しないという意思表明か」
「協力してコレなんだよなぁ……」
「…………納得いかん」
「君は一度痛い目をみなよ、親友」
狂動の物語である!!
【プロローグ】
「……む、ん」
『花の街』は日中と違い、夜になるとひんやりと肌寒くなる。ベッドで夢へ落ちる者にとっては毛布を手放せないことも少なくはない。西部の端とは言え、あの『地平の砂漠』近くにある街だ。その気候は未だここに到っても継がれているのだろう。
しかし、そんな薄寒い風に吹かれながらも上半身をはだけさせ、汗を背中に伝わせる男の姿があった。男の手には使い慣れた刀剣が握られており、白銀の刃は激昂に照らされ怪しく輝いている。繰り返し振り抜かれる銀影は、まるで雲を切るかのように規則正しく弧を描いていた。
「中々様になってきたな、貴殿。……基礎を極めるのは早いのだがなぁ」
「糸や爆弾ならば応用でも解りやすいぞ」
「勇者が使う道具じゃないからな、それ」
シャルナは剣を振るう男に、呆れ混じりのため息を送る。
彼もまた、そんなため息に応えるが如く刀剣を下げ、代わりに眉根を吊り上げた。
「むぅ……、しかしいっそのこと武器を変えることも考えたのだがな。やはり手に馴染むのは剣だ。いつも使っていたからか、それとも俺の数少ない持ち物だったからかは解らないが……」
「歴代の勇者も剣……、と言うより聖剣だな。それを使って歴代魔王を倒してきたというし、その名残というか、伝統的なものじゃないか? 何でも初代魔王カルデア様の頃は剣と魔法で戦っていたようだし、勇者や魔王も剣で斬り合い魔法を撃ち合うのが普通だったそうだ」
「随分と詳しいな」
「リゼラ様が……、その、本日のアレイスター殿との会談のせいか初代魔王様談義に夢中で……」
「……苦労するな、お前も」
と、何気ない会話で息を落ち着けたのだろう。フォールは再び刀剣の素振りに戻る。
今まで、彼が帝国での剣技の稚拙さを感じシャルナに指導を頼んでから幾千幾度と繰り返されてきた光景だ。基礎を極めるのは早い男だが応用はイマイチな彼も、こうして毎夜毎夜の練習は欠かさない。或いは、こうした小まめさが基礎を極める早さに繋がっているのだろうか。
しかし、兎にも角にもいつもそんな様子を何処か幸せそうに眺めるシャルナの表情は、今日ばかりに到って酷く切迫していた。原因としては今日の会談やメタルという災悪を前にしたことが挙げられるだろうが、いや、そうではない。
一番の理由は彼女の懐に収まった、小さなミサンガである。
「………………」
――――いつ渡すか? 今日ルヴィリアと共に作ってきたこのミサンガをいつ渡そうか?
どのように渡すのがベストだろう? 何気なく『こんなものが』と言えば無難か? いやしかしそれでは奴は何も気付かない。礼を言って普通につけて終わりだ。いつも通りの無表情だろう。
それではいけない! もっとこう、何か、もっとこう!! もっと、こう!!!
解っている! このままボーッとしていては必ず邪魔が入ることは! 今、宿の中ではルヴィリアが必死にローとリゼラを抑えてくれているはずだが、いや、それもいつまで持つか解らない! 早く、早く渡した方が良いのは解っている!! 今すぐにでも!!
だがいつも通りの渡し方ではダメだ! 何かこう、せめて、ちょぴりでも良いから気付いてくれる渡し方でなければ!!
「それで、シャルナ。剣技に関してなのだがいなしからの攻勢に移るやり方が今一つ……」
「む? う、うん! そうだな、鍛錬中だものな!! うむ!!」
「……何だ? まだ師匠呼びしない事を根に持っているのか? アレは貴様に本来の弟子ができた時に取っておけと言っただろう」
「い、いや、だって、私も先代のように誰かを教える立場なのだから……、とそうではなく! そうではなくぅ……!!」
「何だ? 言いたいことがあるなら言っておけ。明日の状況次第では生きて帰れるかどうかも怪しいからな。……まぁ、その点で言えば今晩は酷く長くなるわけだが。最悪、これだけは取りたくないし取るつもりもないし取れば終わりだが、奴と対峙する瞬間があるかも知れない。その為にも剣技は極限まで磨いておきたい」
そう言うとフォールは再び素振りに戻り、その身に汗を這わせていく。今晩だけで既に数時間ーーー……、いつもならば模擬戦を執り行って鍛錬を終わる頃合いだが、彼にそんな素振りは全くない。言葉通り剣技を確認できるだけ確認し尽くすつもりなのだろう。
だからシャルナにとっても今晩がチャンスなのだ。千載一遇とさえ言っても良いだろう。
「……ふぉ、フォール! 話がある!!」
「何だ、振り方がマズかったか? 如何せん持久力が落ちてきて……」
「違う! えっと、その、別の話だ!! 別の!! 私は貴殿に」
「解っている。……四肢のことだろう」
フォールは再び剣を落とし、近くに畳んでおいた柔布で額を拭いてそれを首にかける。
違うそうじゃないとぶんぶん手を振るシャルナは気にも掛けていないようだ。
「未だに奴の行動原理が理解できん。感情全てが解らんとは言わんが、奴等にとって計画は感情一つで無視できるほど簡単なものではなかろう。特に顔貌がそれを赦すとは思えない……。だとすればやはりアレは奴の単独行動と考えた方が筋は通ろう? しかし何故、感情一つで計画を台無しにするような……」
「……そ、それは、貴殿! 何と言うか、恋はそれほど大切なものなのだ!! 全部を台無しにしても守りたいほど、その、えっと」
「貴様も知っているのか? それは」
ぴたり、とシャルナは止まる。振っていた手も凍ったように固まってしまう。
――――これはもしかして遠回しな告白なんじゃないだろうか、と。いやしかしこの男がそんな器用なことをできるはずもない、と。
「……ん、んン゛ッ。知って、いる」
「そうか」
フォールはそうとだけ言うと柔布を置いて水筒を持ち上げる。
しかしシャルナは諦めない。そのまま押し切るように力強く、けれど恥ずかしさで耳先を真っ赤にしながら。
「き、貴殿! 貴殿に渡すものがあるのだ!! これ……、えっと、貴殿に渡そうと作ってきたミサンガだ!! 何か、御守りになると思っ……! 思っ……!!」
そこまで言いかけた辺りで、彼女はがくりと頭を垂れた。
これではいつも通りではないか、と。しかし仕方あるまい、鈍感を通り越して無関心な男に大してそういったことを認識させるのは容易ではない。その為にアクセサリーを用意したりデートしたりと色々手段を講じてきたのに、それでも未だ認識していないであろうこの男ーーー……。いったいどうしろと言うのか。
きっとこのミサンガもただのプレゼントとして認識されるのだろう。シャルナはそう呆れ返って疲弊の色を零しつつ、渡しながらも既に諦めの色を見せていた。
「……………………」
「…………き、貴殿?」
だが、しかし。
「いや……、うむ。そうか。貰っておこう」
「き、貴殿? ……貴殿? 貴殿! 貴殿、貴殿!!」
「何だ、そう呼んでくれるな。案ぜずともここにいる」
「ちがっ、そうではなく! 何か思ったことがあるのなら……、お、教えて欲しい! 貴殿がこれを貰って思ったことがあるのなら……。私はそれが知りたい!! えっと、あの、貴殿の気持ちを教えて、欲しい……」
シャルナの願いに、フォールは応えない。と言うよりも応えられない。
彼はやはり依然として無表情だが、何か悩ましいものを噛み締めるように柔布を口に当て静止している。その指先にミサンガを摘み上げ、ただ、編み込まれた色とりどりな虹を見つめ飛び込むかのように。
「四肢とアテナジア……。カネダとユナ……。ロゼリアと……、いや。そうか、そうだな。そういうものなのか」
「き、貴殿?」
「…………しかし、うむ。やはりダメだな。これは何と言うべきか解らんし、認めたくない」
フォールはミサンガを手首に着けるとシャルナへ礼を述べた。やはり返答はない。
彼なりに何か葛藤しているのだろうが、その何かが未だ解らない。フォールの葛藤は凄まじく下らないか凄まじく壮大かの二つしかない。
けれどこの街での騒動を考えればきっと、それは後者なのだろう。顔貌の目論見、メタルという存在、初代勇者パーティーの一員であり大魔道士と名を馳せるアレイスターとの取引ーーー……。余りに幾つもの運命が絡み合い、解け合い、凌ぎ合っている。
その中で渦中たる彼の思い描くことは、余りに遠く果てなきことなのだろう。
「……貴殿? いったい何の」
「さて、鍛錬を続けよう。このミサンガは有り難くいただいておく」
「貴殿? 貴でぇん!?」
シャルナの必死に叫びは何処へやら。フォールはミサンガを着けつつも再び素振りへ戻っていく。
聴く耳持たずなのかそれとも聴く耳持てずなのか。彼の不器用さここに極まれりと言ったところだろう。
さてーーー……、そこまでならまだ良い。彼等には彼等の悩みがあるのだろうから。しかしそんな彼等が過ごす宿近くの広場から少し離れた、また別の宿。そこに一人の男がいた。兜と鎧を並べ、本を掲げて首を傾げながら同じく悩みを浮かべる一人の男が。
そして、そんな彼の部屋へ扉を蹴り込んで入って来る、悩みすら蹴り倒すまた一人の、男が。
「あれ? メタルさん。今日一日何処へ行ってたんです……、うわぁ血だらけぇ!?」
「腕逝った。ポーションくれ」
「え、えぇ……! 誰と喧嘩したんですか!? まさかフォっちじゃ……」
「野郎は見つけられなかったが足掛かりは掴んだ。明日にはブチ殺す。……んで、ポーションまだか?」
「は、はい、どうぞ……」
渡されたポーションを折れた腕で一気飲みするメタル。もうアレ必要ないんじゃないかというガルスの悩みはたぶんその通りだと思う。
しかも高級品でもない擦り傷を治す程度のポーションのはずが、メタルの傷は一瞬で全快である。所詮、起爆剤さえあれば彼の超加速的な快復力は本領を発揮する。いや、今の一瞬でその快復力さえもモノにしたと言うべきか。相変わらず、熟々一人だけ世界観を間違えている男である。
「もう貴方を研究した方が良い気がしてきましたよ……。解剖して良いですか? と言うか解剖できるかな……」
「やめろ。テメェなら寝首かく感じで解剖して来そうで怖ェよ。……それで? テメェのその、何だ。解析は進んだのかよ」
「え? あ、あぁ、はい。幾つかの文献と『知識の大樹』の禁書の何冊かと照らし合わせてみましたが……、驚きました。やはり伝説の防具に違いありません。歴代勇者が魔王討伐の際に各地で集め……、一種の力試しって言うのかな? 女神の施した封印の試練を突破した勇者が得る御伽噺の部類ですよ。本当に、正しく伝説の古代遺物だ」
「防具ぅ? クソ面倒くせぇ。ンなもん動きにくくなるだけだろ」
「人の話聞いてました?」
「試練楽しそう?」
「難聴どころじゃないですよ? ……まぁ今更なので聞き流しますが、重要なのはそこじゃないんです。いえ、これも僕からすればとんでもなく重要なことなんですが、もっと大切なことがあります。それはこの武闘会の優勝賞品のことです。メタルさんが持ってますよね?」
「あ? 何が」
「いえ、貴方のことだから大会優勝してきたんでしょう? 武闘会ですよ。だって貴方に勝てる人なんてそうそういないだろうし、そういった意味では幸運でした。貴方があそこで大会に突っ込んでくれたお陰で僕の研究も……」
「優勝? してねェぞ。全員ブチのめしたがそのせいで大会は中止になったし優勝賞品とか興味なかったし……」
「大丈夫ですよそんな照れ隠しでハハハハハこのクソが……」
「お前の落差怖い……」
最早、彼にかつての純朴さはない。慣れって怖いネ。
「どうするんですか!? 折角、勇者の三防具に続く魔族の四兵器の存在が解ったのに! 不魂の軍、神代の矛、覚醒の実……、そして滅亡の帆!! その滅亡の帆があるんですよ、この国に! 武闘会の優勝賞品として!! なのに、なのにぃ~~~……!!」
「あ? あの大会の優勝賞品そんな大層なモンだったのか。古代遺物だとか何とかっつーのは聞いてたが……」
「えぇ、僕も初めはこの天兜、殻鎧に続く鱗脚かと思いました。本来、鱗脚は南国の……、エルフの村近くにあると言われていました。しかしこの書籍によると帝国統一の際に『花の街』へ友好の証に送られたという記述が見受けられました。恐らく勇者歴の形骸化からこの装備も象徴的なものとなり、そういう扱いを受けたんでしょう。元々この国は歴史的観点からも古代遺物が多い場所ですからね。その保存技術も頼ってのことでしょうが……」
「……う、うん? おう?」
「中でもこの滅亡の帆が優勝賞品に規定されたのは奇跡と言って良い! 古代遺物はそれだけでも金銭的価値はありますが、いえ、恐らく元はあの装備が優勝賞品となっていたのでしょう。エレナ王子との婚姻が帝国との楔になるのなら不要になりますからね。しかし誰かが止めたのか抗議したのか、きっと鱗脚ではなく別の古代遺物が身代わりになり、それが滅亡の帆だったんですよ! 凄いなぁ!! 無知は罪なんて言いますけど、この偶然は僕にすれば歓迎すべき迎合ですよ! あははははははは!! それで後は鱗脚が何処にあるかって話なんですけどね!?」
「な、何はともあれ良かったじゃん……。よーするに身代わりの品がたまたま良いモンだったって話だろ? はは……」
「まぁそれも全て無駄になったわけですが」
「ごめんて……」
「やだなぁ、仕方ないことじゃないですか。例え貴方の考えナシな暴走が原因だとしても……」
湯飲み、粉砕。ガルス激おこである。
「わ、悪かったよォ。だけど仕方ねェだろ? この街にゃ中々粒な連中が揃ってやがる。それでもフォールにゃ及ばねェが……、特にあの聖女ルーティアは良かったなァ。クカカカカ、ブチのめしてやったがァ。その、何だァ? 滅亡の帆とかいうのを奪ってくりゃテメェの機嫌も直るのか?」
「そりゃ欲しいですが……、あくまでこれは学術的な興味です。僕個人としてはフォっちに直接関与のあるこの装備を揃えることが最優先です。魔族の四兵器である不魂の軍、神代の矛、覚醒の実、滅亡の帆は必須じゃないんです。むしろ勇者の三防具の方が……」
「……待て。魔族だと? 魔族つったら、アイツ等だろ。あの、シャルナとルヴィリアと、リゼラとかいうクソガキ」
「え? そりゃそのはずですけど……」
「成る程ォ? 辻褄が合ってきたじゃねェか。魔族ならそりゃ兵器も集めるだろォよ。クカ、クカカカ……! つまり奴等が闘技場にいたのは兵器を得るためで、それを指示したのは、嗚呼、一人しかいねェ!! クカッ、クカカカカカカカッッ!! つまりあの兵器を俺が奪えば奴等から来るしかねェってェワケかァ!! クカカカカカカカカカカカカカァキィアァハハハハハハッッ!!」
歓喜に笑い出すメタルと、その隣で少し悩ましげに首を傾げるガルス。
彼は苦笑と共に冷や汗を流しながら、一言。
「……ごめん、フォっち。やっちゃったかも」
彼の失言一つでさらに流転していく運命。その先が行き着くのは、さて何処へやら。
こうして『花の街』を巡る運命、から大分逸れた男達の激闘は加速していく。その行く先を何処に持って行くかは別として、知る者がいるかどうかも別としてーーー……、ぐるりぐるりと、流転する。
『花の街』の一日目、終了。




