【エピローグ(2)】
【エピローグ(2)】
「それではパジャマパーティーを開催する」
「何か言い出したぞコイツ」
初代勇者パーティーの一員にして大魔道士アレイスターとの取引という、中々衝撃的な出来事を経て夜の宿。本来であれば各々の思いを胸に思案を重ねるであろう夜だと言うのに、彼等は全くそんな事をするつもりはなかった。いや、彼等と言うよりは当事者たるフォールは、だが。
それもそうだろう。そもそも逡巡を重ねるような性格でもないし、そんな性格の奴はスライムがびっしりなパジャマなど着ない。背中にスライム命とか刺繍されたパジャマも着ない。そしてそれを手作りもしない。そもそも勇者はそんな事しない。してるわ。
「いや、一度……、ほら。こういう事をしてみたかったのだ。エレナとは結局まともにパジャマパーティーできなかったしな……」
「ここでぼっち設定出してくゥぉ危ねェッッ!? 目ェ狙ってきた!! 目ェ狙ってきたぞこ奴!!」
「余計なことは言わなくて良い。……ではただ今より選手入場を行う。まず一番、シャルナ」
「き、貴殿? これは少し……、恥ずかしいのだが……」
さてはて、勇者の間違いなど生まれからなのだから置いておくとして、まずはシャルナ。
彼女の服装はいつもの龍紋衣ではなく俗に言うスパッツ姿であった。肩を出した上半身の胸元も、膝上で途切れた下半身の尻辺りもピッチピチという、何とも魅惑的な衣装である。水着より露出度は少ないものの、ある意味ではより扇情的とも言えるだろう。
ただしそれは普通の女性が着ればの話であって、彼女に到っては肌に吸い付く衣装はそのまま筋肉に張り付き、肉体美を象徴するに留まっているのだが。
「普段からコイツの筋トレ寝相による寝具の破壊は問題だったからな。いっそのこと伸縮性のある運動着をしつらえることにより解決した。この格好ならば寝ている間に動き回っても問題はない。少々肌が露出するが、まぁ、普段の格好と大差もない。ちなみに装飾的にスライムのアップリケは入れられなかった。残念だ。だが冬場ならばコートを羽織っても様になるだろうから、そこにスライムアップリケを入れたいと思う」
「なぁ、何か御主パジャマパーティー勘違いしてない?」
「何だ? 貴様のそのお子様パジャマも紹介してやろうか? 別に拘ったものではないから良いかと……」
「ぜってー勘違いしとるぞコイツ」
「あ、あの、リゼラ様、よろしければ何か羽織るものを……。流石に肌がピチピチで恥ずかしいというか……」
「心配すんな。ボディビルダーにしか見えねぇから」
「では次、ルヴィリアとローの入場だが、二人はオリジナルだそうだ。まぁスライム柄のものと、シャルナと同じものをくれてやったのだが、それぞれ『可愛くない』『アイツと同じのは嫌』という理由で断られてな……。何故だと思う?」
「御主の頭のせいじゃねぇかなって」
「では入場だ。二人とも、入れ」
「聞けよオラ」
と言う訳でルヴィリアとローの入場である。
二人はそれぞれ魅惑の白く薄い肌と桃色を露わにし、一部に謎の光が纏われたスタイルで入場してきた。これぞこの西部で流行中のSITENN・NOUスタイルーーー……、全裸である。
「「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てェエエエエエエエエエエエエエーーーーー!!」」
「おい何でフォール君がいるんだよう! 女の子だけっていうから全裸で来たのに!!」
「ロー、寝る時は基本コレ」
「まぁ、寝る時に全裸が良いというのは解らんでもない。しかし寝汗がだな……」
「待て! アホか待て!! 全裸で来る奴があるかぁ!! 御主まさか宿の廊下もそれで歩いてきたのかぁ!?」
「あ、大丈夫。僕達以外は女の子にしか見えないよう宿に魔眼の結界かけてるから。え、じゃあ女の子には見られたんじゃないかって? それも大丈夫、見られないように来たからさ! なんというかこう『スニーキングミッション』ってありますよね……。これね…実際にやってみるとですね。あの女の子が廊下のところで何気ない『目』…あれ……初めて見られそうになった時……なんていうか……その…下品なんですが…フフ……、勃」
「御主の場合マジで勃つモンあるから最低どころじゃねーぞ!?」
「フォールぅ~、腕ないから歩くの疲れたぞぉー。膝の上に座って良いかー?」
「む? あぁ、構わんが」
「ダメだ! 赦さんからな!! 絶対赦さんからなこの馬鹿虎娘め!! はだ、裸でフォールの膝に座るなどと!! ダメだぞ、絶対ダメだ!! と言うか貴様どうして義手を老いてきた!? 作意、作意の臭いを感じるぞ!!」
「何だ、ローはいつもベッドに潜り込んでくる時は義手を外しているぞ」
「初耳なんだが!? 潜り込んでるとか初耳なんだが!? 貴様この馬鹿虎娘めェ!!」
「にゃははははは! フォールの腕の中はローの定位置なのダー!!」
「ローちゃん僕の膝も空いてますけど! 君のために空けてますけど!!」
「お前なんか尻に当たるからヤダ」
「あっはぁあああああん蔑みぃいいいいいいいいいんん♡」
「おいどうすんだコレ収集つかねーぞ! おいコラどうにかしろクソ勇者め!!」
「では全員の紹介が終わったところで俺のスライムパジャマについて説明する。これはまず素材から拘った一品で刺繍されているスライムは実に数千種にも及ぶメジャーな」
「や、やめ、やめェエエエエエエエエエエエエエエーーーーーーーー!!」
閑話休題。
「では改めて本題に入る」
気を取り直して、と言うかルヴィリアとローは毛布でぐるぐる巻きにされて縛り上げられた後、彼等は今日の情報整理という名目でパジャマパーティーを再度開催する。
しかし今日一日で様々な事が巻き起こったものだ。その濃密さたるや、あの帝国三日間に勝るとも劣らない。こうして緩やかに整理する時間がある辺りまだ救いはあるが、嗚呼、並び立つ問題を前にすればそれこそ些細な差というものだろう。
「本題つってもあのアレイスターとかいうクソババアの頼みじゃろ? 妾は何がどーなろうと受けん!! 絶対に嫌じゃからな!!」
「……阿呆、別に無理強いするわけではないし、今は別の話題だ。確かに優先度にせよ重要度にせよリゼラのいうアレイスターとの取引を持って来るべきだろうが、我々の前にある問題としての危険度は低い。今、俺達が適応すべきなのはまず危険度が最も高い問題だ」
「危険度……、と言うと顔貌だろうか? しかし奴の目的を知る為にもアレイスター殿の……」
「いいや、メタルだ」
その名を聞くなり、ロー以外の全員の表情が暗沌に沈んでいった。
無理もない。初めはまだ有象無象の一人だった男が、今では災悪と例えるに相応しいまでに成長、いや悪化しているのだ。その驚異は闘技場で繰り広げられた惨劇の通り、最早誰の手につけられるものでもない。戦えば戦うほど相手よりも強くなる化け物など、どう対応しろと言うのか。
あの男を放置してしまったことこそ、フォールがこの旅で犯した最大のミスとも言えるだろう。
「し、しかしだ、貴殿! 奴とは確かあの聖女ルーティアが戦っているのでは……」
「あ? おい何じゃそれ初耳じゃぞ!! 聖女って、あのバター聖女か!?」
「そうだ。……だが残念な知らせがあってな、夕刻頃にだがアテナジアが目覚める前にルーティアが尋ねてきた。ボロボロのままスッキリした表情で『負けちゃいました♪』だそうだ……。しかも奴め、誰に頼まれたかとメタルに問われ俺の名前を満面の笑みで吐いたらしい。あの女だけはいつかバターの海に沈めようと思う」
「……待って? 今サラッと言ったけど負けたの!? あの聖女ルーティアが!? って事はメタルはもう聖女ルーティア以上の強さってこと!?」
「そうなるな。貴様等二人でさえ勝てなかったのだ。……もう奴に勝てる者はいないと断言しても良いだろう」
その時点でシャルナとルヴィリアは失神した。無理もない、彼の強さは二人がその身をもって体験している。
しかもあの恐ろしき鮮血生首伝説を打ち立てた聖女ルーティア以上の強さまで手にしたと言うのだ。もうどうにでもなーれ☆状態である。
「何かよく解んないけど悪い奴なのかー? 悪い奴ならローが倒そうかー?」
「やめておけ。流石に真正面から突貫して倒せるほど簡単な奴ではない……」
「じゃが御主、どうするんじゃ? この国で動くならあの男の存在は間違いなく驚異だし、今の御主では逃げ切ることさえ難しかろう。だが放っておくワケにもいかないとは言え、シャルナとルヴィリア、ルーティアで勝てないのなら誰にも勝てまい」
「だろうな。俺達全員で掛かっても奴には勝てん。……俺達なら、だが」
「策があるのか」
「当然だ。奴の驚異は無視できないところまで来ている」
フォールは指を組み替えて眼光を覆うと、その刃よりも鋭き真紅の眼差しを虚空へ貫いた。
視線の先にあるのはただ一人の男。かつての己という幻想を追い立て、人間の領域を遙かに逸脱してしまった何か。正攻法だろうが邪法だろうがその者を倒す術は既になく、刃は折り砕き、弾は噛み斬り、魔は踏み躙る。邪悪も凶暴も全てを欲すままにただ強者を求め、未だ見ぬ幻影のみを喰らう異端を極めし殺戮の徒。
然れどーーー……、倒さねばならない。これから先、スライムに会うという目的を達するためには、あの男の存在は余りに邪悪すぎる。
「奴は……、この街で確実に始末する」
それが勇者フォールの、決断なのだから。
「………………できんの?」
「がんばる……」
決断なのだから!!
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