【エピローグ】
【エピローグ】
「…………ぅ、む」
「あぁ、起きた?」
アテナジア騎士団長が目覚めた時、まず彼女の目に映ったのは見慣れぬ古木作りの天井。そして耳に入ったのは純朴な村娘のように朗らかな声だった。
困惑しつつも武器を探す辺り流石は騎士団長だが、その手が何かを掴むことはない。どころか鎧さえも簡単に介抱ができるよう脱がされていることを知った。どうやら自分は倒れるか気絶するか、どちらにせよ治療を受けなければならない状態にあったらしい、と彼女は自覚する。
そして、そうなれば治療してくれたのは自身の隣に座っているこの女性なのだろう、とも。
「……『花の街』の騎士団長たる私がこんな無様を晒すとはな。騎士団の者達にも示しがつかん。全く、私もまだまだと言うことか。……いや、まずはそんな事より貴君への謝礼が先であったな。ありがとう、助かった。そして迷惑を掛けたことを謝らせて欲しい」
「迷惑なんて、そんな! 君が無事で良かった」
「フ、優しいのだな……。見たところ旅人のようだが、ここは宿か? いや、貴君は何処かで……」
「まぁまぁ細かいことは後にしよう。まずは休まないと、ね?」
「そうか? そうだな……。では一つだけ聞いて良いか?」
「うん、どうぞ」
「どうして貴君は下着を被っているのだ」
「生き様……、かな」
「と言うかそれは私の下着ではないか!? うわぁ胸当てまでない!! お、おい貴君私の胸当てを何処に、嗅いでるぅ!? や、やめろ貴様ァ!! 私の下着を堪能するなぁ!! やめろぉ!! と言うか何でこんな……、し、下に何も履いてないじゃないか!! 貴様、私が眠っている間に何をした!? 答えろ貴様ァ!!」
「大丈夫、誓って変なことはしてないよ。それはこれからするからネ」
「で、出会え-! 出会え-!! 変態だぁああああああ!! 変態が出たぞぉおおおおおおおおお!!」
「うひひひ叫んだって誰も助けに来ませんよ騎士団長さぁん……! さぁさぁ観念して僕と一緒に夢の世界へ行くんださぁさぁ大丈夫初めてでも僕のテクニックに掛かれば昇天間違いナシだよさぁさぁ今すぐ上も脱いじゃってさぁさぁでも着たままっていうのも僕は好きですよさぁ! さぁ!! さぁ!!!」
「や、やめろォ! 近付くなぁ!! やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「本当にやめろ、阿呆」
と、アテナジアへ迫る変態を殴り倒したのは褐色の拳だった。
そんな拳に続いて革靴が頭を踏み付け、ついでに小さな尻がドスンと落ちる。
なお、ルヴィリアさんは最後の一撃にだけいいねを送っています。
「目覚めたか、アテナジア騎士団長。どうやら意識はハッキリしているようだな」
「……しょ、諸君等は何だ? 何者だ!? いや、違う。諸君等は街で会った旅人達ではないか! それがどうして私を!?」
「落ち着け。病み上がりに悪いが、今から貴様には事態を把握してもらう。気遣えるほど緩やかな状態でもないのでな」
「アテナジア騎士団長殿……、いや、先刻の挨拶通りアテナ殿と呼ぼうか。あの時は偽名を名乗ったが今となってはその意味もない。私はシャルナ、この男がフォールで、そこに沈んでいるのがルヴィリアだ。そして彼女は……」
シャルナが手で指し示した場所にいたのは、フォールに手を引かれる一人の少女だった。
見た目こそリゼラと瓜二つであり、つい数十分前までフォールすら見間違っていた少女。そう、ロゼリア王女である。
「ろ、ロゼリア王女……!?」
「ほう、解るのか。流石だな」
「いや、見抜けないフォール君のがおかしいからね!? 明らかにリゼラちゃんよりおっぱいあるじゃん! コンマの差だけど! あとお尻が小さい!! 贅肉もない!!」
「それを見抜けるのは貴殿ぐらいだ……。しかしフォールも角が折れたと騙されて言いなりになっていたのはどうかと思うぞ……」
「いや、それは、うむ……」
「きっ、貴様等! どうしてここにロゼリア王女がいらっしゃる!? 彼女は今、王城でーーー……」
「それを今から説明すると言っているのだ」
フォールはルヴィリアの座っていた椅子に腰掛けると、今から喋る内容を整理するように軽く息を吐き出して指を何度か組み直す。
その様は何処か憂うように、外で波打つ夕暮れの海を編むような動作でもあった。
「まず現状の整理から入る。武闘会についてだがこちらは中止という形で終了したそうだ。無論、本戦も行われていないそうだが、これ以上の詳しい状況については俺も説明はできない。何せ俺達も貴様も逃げてきた身でな、まだ連中の戦いが続いているのか既に終わったのか……、定かではない」
「そ、それは、うむ……」
「どうやらもう一つの事の方が気に掛かっているようだな。何、こちらもこの大会自体は大して重要ではない。……では、貴様が気に掛かっているであろう王城についての説明に入ろうか。ロゼリア、こちらに来い」
フォールに呼ばれたロゼリアは気まずそうにアテナジアの前に歩み出ると、視線を合わせることなく俯いたままに口をどもらせる。
それはまるで怒られた子供が涙を堪えている様であったが、別にフォール達は彼女を怒鳴りつけたわけではない。ただ、今から怒られると解っているからロゼリアは俯いたままなのだ。
「まずこの小娘を見ての通りその王族反逆にロゼリアは関わっていない。……全くの無関係とは言い難いがな」
「ロゼリア王女だ! 王女をつけろ!! だ、だが貴君の言う通りであればそれで良い。しかしそれがどうして王族反逆に繋がる!? 王城に反逆を先導できる者などいない!! そも、あの方がそれを赦すわけが……」
「残念ながら運悪くいるのだ、これが。……リゼラという魔族の連れがいてな、この娘と全く瓜二つな姿と顔をしている。俺も付き合いの長いシャルナもそこに転がっている変態が見抜くまで別人とは解らなかったほどだ。奴ならば燻る不満を発散させる程度のことは充分にできるだろう。まぁ、結果は失敗に終わったようだが……」
「し、失敗? 何事もなかったのか……。良かった……」
「……何事も、とは言えん辺りが面倒なところでな。ここから俺達にとって重要な話になるが、闘技場に現れた男、四肢と言うが、奴とその同胞である顔貌という者について話をしておこう。王族の反逆を仕組んだのは奴等だからな」
フォールの言葉にアテナジアは身を乗り出し、ロゼリアはさらに苦々しく眉根を伏せる。
その反応だけでも傍目に大体の事態を把握するには充分すぎるだろう。
「聞けばロゼリアに帝国聖女の謂われのない噂や悪評を広めていた兵士やメイドがいるらしい。恐らくそれは顔貌の仕業だろう。奴は姿を自在に変えられる魔法を使うからな、それを用いたと考えれば辻褄が合う。そしてその仲間の四肢も、奴に関しては不明なところが多いが、まぁ顔貌の手駒程度に考えるのが妥当だな。少なくとも闘技場に現れた時の奴を見るに、頭が回る男ではない」
「き、貴殿、それは…………」
「む? 何だ」
フォールの問いにシャルナは視線を逸らし、ロゼリアの様に口籠もる。
そんな彼女の反応に首を傾げつつも、説明は続けられた。
「そこで、ここから貴様に聞きたい事があってな。その為に貴様をこうして保護したまま宿に寝かせていたのだ」
「……良いだろう。手当てしてもらった恩もある。私に答えられるならば答えよう」
「では遠慮なく聞くとしようか。貴様、あの大男……、四肢とどんな関係だ?」
アテナジアは一度頷くとほんの少しも考える素振りを見せず、首を振ることで即答する。
しかしその表情を見るに全く無関係ということではないらしい。
「これは公的には開かされていないが……、実は数ヶ月ほど前にこの『花の街』が襲撃されたことがある。我々もその男と戦った。……奴が四肢だったのだろうな」
「……その時は退けたのか?」
「『退けた』と言うよりは『退いた』と言うべきだろう。兵士達は奴に手も足も出ず、私も奴に呆気なく打ちのめされた。それでも数刻は粘ったのだが、いや、あのままでは嬲り殺されていただろうな。だが何故だか、奴はしばらく戦った後にこちらを強く睨め付けて撤退したのだ。理由は今でも解らない。……だが、思い返せば確かに、あの頃から覗き魔や怪盗の被害が出始めた。全て四肢の仕業だったのか」
「ふむ……、成る程。どうやら俺の予想は正しいらしい。アテナジア騎士団長、貴様はその時に何らかの仕掛けを着けられたのだろう。詳しくは不明だが、奴等の計画でも重要な部分に位置する仕掛けだ。だから四肢はあのメタルという不測の事態に際し、貴様を護るように現れた。真正面から現れたのはそれだけ貴様を傷付けられるわけにはいかなかったからだろう」
「何をそんな、馬鹿な……。い、いや、そうか。確かに思い返せば覗き魔事件の時もてっきりロゼリア王女殿下に危害を加えるべく忍び込んだのかと思ったが、奴が居たのはいつも私の周りだった! そうか、私が原因だったのか……!!」
「早期に気付けたのは僥倖だったな。他に思い当たることはないか?」
「せ、先日、私へ無闇やたらに千切った花を大量に送りつけた奴がいる! 何者の仕業かは不明だったが、まさかこれも!?」
「あぁ、四肢だ。この街の象徴を千切り捨てることで『貴様もこうしてやる』というメッセージだったんだろう……。やはり貴様の精神的動揺を狙っていると見て間違いないな……。闘技場で庇ったことと言い、普段から付け狙っていることと言い、その花束のことと言い……。精神的に不安定になると発動する魔法なのか?」
「い、いや、もしかすると我が騎士団の無力化を狙っていたのかも知れない。騎士団は私が率いているからな、四肢とやらは私を精神的に追い込むことで機能不全を起こさせようとしたのだろう! 実力では圧倒しているくせに、なんと陰湿なやつだ……!!」
フォールとアテナジアの話し合いは白熱し、やがて四肢の正体やアテナジアの解呪など様々な可能性を予測立てていく。この一つ一つの事柄が細い糸で辛うじて繋がっている状況からよく見いだせるものだと喝采を送るべき洞察力だ。流石は勇者と騎士団長、その立場に違わぬ明察さである。
なお、大体の事情を察したシャルナはその光景をいつ否定しようか、しかし否定して良いものかと顔を覆って深くため息を吐き捨てていた。そりゃそうだろう、一つのことに気付けばその議論は全く馬鹿らしいものでしかないのだから。
と言うよりも、馬鹿らしいのは議論そのものではなく、それを行うこの勇者と団長の二人であってーーー……。
「……いや、四肢がアテナちゃんに恋しちゃっただけでしょ」
床に埋まる変態の一言ではたと止まるほど、その二人は鈍感だったのだ。
「…………うん? ん?」
「いやだからさ、四肢がアテナちゃんのこと好きになったんだよ。たぶんその数ヶ月前の日に。だってそっから後付けたりお花プレゼントしたり、闘技場じゃ君の危険に駆け付けたんだろう? そう考えればフツーに筋通るじゃん。だってやってること恋するヤローの行動そのものだし」
「ばっ、ぁ、ば、あばば、ばっ!? ば、馬鹿なことを言うなこの痴れ者がぁ!! またその様な変態的なことを貴様ァ!!」
「あ、アテナ殿……。申し訳ないが今回ばかりは私もルヴィリアに賛成だ。その、フォールが無能な行為だと貶していた闘技場での登場だが、ルヴィリアの言う通り貴殿を護るために守るべき隠密性や素性を放り投げて現れたのだとしたら説明がつく。奴は貴殿をあの災悪から守ろうとしていたのではないか?」
諭されるように囁かれる言葉を前に、アテナジアは力なくぺたんとベッドへ腰を落とした。
――――言われてみれば確かにそうだ。先刻、路地裏でローとかいう獣人の娘が覗き魔、いや四肢を追い立てた時、奴は彼女の一撃を受け止めた。あの時は力比べでもしたいのかと思っていたが、もし奴が受け止めなければ自分は余波に巻き込まれて落馬していただろう。奴はそれを察知し、防いだのだ。
つまりあの男が狙っていたのはロゼリア王女ではなく、ずっと、自分ーーー……。
「……………………………………」
「……ルヴィリア、アテナ殿がフリーズした」
「うん、まぁ彼女の性格見てりゃ大体どんな異性関係辿ってきたのか想像つくからね。これだから恋も色も知らない武人は……。言っとくけど君もだからな! と言うか君の方が酷いからな!!」
「ばっ、ここで言うな馬鹿ぁ!!」
「大丈夫、見てみ」
「馬鹿な……、そんな感情論で計画を台無しにしたのか? もしあの場で姿を隠していれば俺たちを一網打尽にすることすら可能だったはず……。何のためにそんな事を行ったというのだ? いったい何が目的で、いや、だからそれが感情論でありそもそも……」
「…………私の道程は通そうだな」
「むしろゴールがあるかどうかってレベルだよね」
とまぁ、先程までの夕暮れの憂いは何処へやら、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出す面々に一室は果てなき騒がしさへと溺れていく。
しかしそんな空気に馴染めない少女が一人。誰であろう、先程から俯き何かを堪えて服裾を必死に掴むロゼリアである。彼女はフリーズしたままのアテナジアを前にぐっと唇を噛むと、そのまま何を思ったのか乱暴に扉を突き飛ばして部屋を駆け出していった。
流石にそこまでされてはフォールも思考を打ち止めざるを得ない。四天王二人もベッドの上の騎士団長も、また。
「……い、いかん! ロゼリア王女殿下を一人にするわけには!!」
「おっと、ちょーっち待った。ここはアテナちゃんの出番じゃないな。僕にお任せだ」
「ふむ、そうだな。俺も少し席を外そう。シャルナ、アテナジアを頼む」
「え……、貴殿らで大丈夫か?」
「あぁ……、勇者は人の心が解らないを通り越して人間かどうか解らないからね……」
「おい貴様らどういう意味だ」
そのままの意味である。
「…………いや、そうだな。申し訳ないのだがここはフォール殿とルヴィリア殿、二人に任せた方が良いのかも知れない。私ではいつも通りになってしまう」
「そういう事ならば、そうだな。そうするとしよう」
フォールとルヴィリアは席を立ち、ロゼリアの後を追って廊下へと歩み出て行く。
しかしそんな二人をアテナジアは何かを思いついたように呼び止めて。
「ひ、一つ聞きそびれていたのだが……。そのロゼリア王女殿下と瓜二つだという少女……、リゼラ、だったか? 諸君らは彼女が心配ではないのか? 王城でそんな事をして、剰え失敗したとなったらどうなっている事か……」
「……何、奴との付き合いも長い。信頼というものがある」
「信頼……、そうか……。諸君の間にはその絆があるから……」
「「「絶対に自滅してる」」」
「絆……、きず、えぇ…………?」
ご想像通り自滅している辺り、流石は我等が魔王様。
でも大丈夫、きっと元気に生きてます。生命力だけはゴキブリ並ですもの。
尊厳? 尊厳は、まぁーーー……、お察し?




