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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
花の街(前・C)
328/421

【2】


 これは、永きに渡る歴史の中で、暴食を剥き続けてきた魔王と西の四天王。

 垂涎なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼女達のーーー……。


「まおーさまの取り柄ってなんだー?」


「数え切れないほどあるが、まずは溢れ出るカリスマじゃな!」


「かりすまってフォールみたいなものかー?」


「アホか!? 奴のは煽動、洗脳、宣教の三(せん)じゃからな!? 妾のは人望じゃからな!? 奴のような汚()じゃなくて妾の元に希望が集まる理想の魔王じゃからな! と言うかそもそも暗殺・投毒・放火の三原則を信条しとるような奴がまともなカリスマなど持っとるものか!!」


「……リゼラ様よりまおーっぽいなー?」


「うるせぇ人が気にしてることを言うんじゃねぇ!!! 魔王ですぅ! 妾の方が遙かに魔王ですぅ!! 果てしなく魔王ですぅー!!!」


「地位の称号は人に認められて初めて証明できるものであり自称しただけでは何ら道化と変わらない。まず他人の不備より自身の不足を律することこそ組織の長として必要不可欠な要素の一つと言えるのではないか」


「だから御主のそのキャラ何なの!? クッソ絡みにくいんじゃが! クッソ絡みにくいんじゃがぁ!!」


 楽欲の物語である!!



【2】


「……………………」


「……………………」


「……………………」


 静寂、と呼ぶには余りに痛々しすぎる。

 この闘技場にいる誰もが言葉を失い、或いは捨て去り、息を呑む。乱入に次ぐ乱入という怒濤の事態は彼等の喉へ緊迫と緊張を一緒くたに流し込む。最早、それは困惑などという言葉で表すことができるものでもない。

 そして、そんな空間を支配するのは二人の男だった。闘技場、リングの真ん中で観客の視線を集めながら対峙する男達。彼等は双方素手であり、真正面から馬鹿正直に対峙し合っているにも関わらず、槍や剣を持つ警備や兵士誰もが手を出せない状態にあった。露骨に装備差のある彼等でさえ、その状態なのだ。

 支配ーーー……、と言うのは伊達ではない。例えそれが意図するものでないにせよ、この会場全てを掌握し切るだけの殺意が二人からは放たれている。全く関係ない観客でさえ動けばそれが自身に差し向けられるのではないかと錯覚し、困惑以上の何かを抱えるほどの殺意が放たれているのだ。

 つまるところ、嗚呼、この支配する二人、即ちメタルと四肢(エニグマ)だが、彼等が動くまでこの会場の者達は誰も動けない。その均衡が衝突により砕け散るまで、誰もーーー……。


「…………」


 しかし、何事にも例外はあるものだ。

 特に例外を人型に押し込めたこの男に関しては、自身の頭を指先でこつこつと叩きながら上空の四天王に合図を送るようなこの男に関しては、全くその通りと言わざるを得ない。


「何かなぁフォール君!? と言うかこの状況で念話の合図送るのやめてくれる!? あとジェスチャーがフツーに解り難い!!」


「何だ、通じたのだから良いだろう」


 フォールとルヴィリアは未だ静寂を護りつつ、脳内で魔力による通話を行っていた。

 本来かなり魔力を消耗する上に感覚的にもルヴィリアはあまり使いたがらない念話だが、今回ばかりは緊急事態ということで許容して欲しいところである。


「あ、テメェコノヤロー! 君のせいで僕達はねぇ!! 何回死ぬ思いをだねぇ!!」


「ルヴィリア、悪いが貴様の文句を聞く暇も、状況への質問を受ける暇もない。端的に説明と指示を行うから従ってもらう」


「ちょ、おま」


「まずメタルと対峙している男の正体は四肢(エニグマ)だ。間違いない。理由は解らないが四肢(エニグマ)の行動は間違いなく顔貌(フェイカー)の計算外にあるだろう。あの男に関しては大して警戒しなくて良い。問題はメタルだ」


「……だろうね。僕達もさっき死にかけてきたトコですよぅ」


「あの男へまともに挑もうと考えるからだ。……いや、今はそれよりあの二人の激突の瞬間を待て。実力差は歴然だが四肢(エニグマ)も引くつもりはなさそうだ。数分、いや楽観的だな。数秒は持つだろう。その隙に逃亡する。貴様はシャルナを連れ、俺はリゼラを連れてだ」


「え? リゼラちゃんいるの? ローちゃんは?」


「解らん。あと貴様には角の治し方を……、いや、後で良い。急ぐが後で良い。後で急げ」


「待って! 色々ワケ解らんけどそれは飲み込むとして、せめてアテナちゃんだけは助けさせて!! あのままあそこにいたら確実に巻き込まれる!! 貴重な女騎士枠を喪うワケにはいかない!! せめて、せめてあの定番台詞を僕の手で言わせるまでは傷物にするわけには!!」


「切るぞ、念話」


「待ってぇ! せめて後ろでんほぉだけでもぉ!!」


「黙れ。……貴様のそれは杞憂だ。どうにも見る限り四肢(エニグマ)はあの女を、いや、だがむしろその方が良いか。ルヴィリア、シャルナにアテナジア騎士団長を保護させろ。彼女は恐らくこの騒動の鍵を握る人物だ。話が聞きたい。……貴様の許容量は超えるだろうが、まぁ、そこは貴様の性欲パワーでどうにかしろ」


「セクハラですけど!?」


「黙れ走るセクハラ女め」


 などと彼等が話している間にも、支配された空間に亀裂が走る。

 対峙に飽きた災悪が一歩を踏み出したのだ。牙を剥き瓦礫を躙る様に、誰のものか解らない悲鳴が落ちる。


「ど、どうやらそろそろ始まりそうだね。フォール君、援護を頼めるかい? 流石に僕でもあの狭間を縫いきってアテナジアちゃんを助けるのは骨が折れそうだ。……あ、でも君は見られたらヤバいか。こうなったら僕だけでも」


「いや、援護はしてやる。姿を見せたり敵意を向けたりすれば確実に気付かれるだろうが、それでもやり様は幾らでもある。災悪ヤツには最悪をプレゼントしてやろう」


 ルヴィリアは実況席へ視線を向けなくても感じることができた。

 そこにいる男の浮かべているであろう、果てしなくあくどい無表情を。


「そういうわけだ。……備えろ。始まる時は一瞬だぞ」


「……アイアイサー」


 フォールの言葉通り、メタルはまた一歩を踏み出した。その度に殺意は幾倍にも膨れ上がり、土石流よりも容赦なく四肢(エニグマ)を埋め立てていく。黒尽くめのせいで表情一つ見えずとも彼が戦々恐々していることは容易に感じ取れた。

 然れど、引かない。四肢(エニグマ)は構えを崩さず依然として彼を睨め付ける。

 双方の領域が切迫するまで、あと、数秒ーーー……。


「イヤァアアアアアハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」


 を待つほど、気長な男ではない。

 メタルは瓦礫を粉塵にするほど衝撃的な踏み込みと共に加速し、信じられないほどの大振りで四肢(エニグマ)へと殴りかかった。シャルナへそうしたように初撃は速攻即殺。一切の迷いなき拳撃。

 戦略的なものではない。単に幼子が目の前に置かれたお菓子へ飛びつくような、とても単純な理由なのだ。


「………………!!」


 対し、四肢(エニグマ)は構え通り真正面から迎え撃つ。拳と拳の激突だ。

 奇しくもそれはメタルの期待に応える破槌の爆裂だったが、結果は四肢(エニグマ)の腕が逆に吹っ飛ぶといういつも通りなものだった。いや、未だ腕という形を保っている辺りの強靱さは認めるべきだろう。それとも災害に打ちのめされようと依然として引かないその姿勢を認めるべきか。

 どちらにせよ、やはり災害以上の何かに立ち向かうのは無謀でしかない。一撃を弾かれようと二撃を砕かれようと三撃をへし折られようと立ち向かうその姿でさえ、無謀でしかない。然れど数秒以上を稼ぐその姿は果敢の一言に尽きていた。


「どうしたどうしたどうしたどうしたどうしたァアアァハハハハハァハハハハハハハハアアアアアアア!!!」


 既に数時間前ーーー……、ヴォルデン第一席と激闘を繰り広げた四肢(エニグマ)だ。その体に見える疲労と消耗の形は少なからず彼を蝕んでいる。いや、それを言えばメタルも『最強』と『最智』相手に激闘を繰り広げた後なのだが、彼に到ってはもう語るだけ無駄だろう。

 兎角、この戦いは余りに四肢(エニグマ)にとって不利過ぎる。いや、本来のことを考えれば四肢(エニグマ)が敗北した方が人々にとっても魔族にとっても『花の街』の人々にとっても、もちろんフォール達にとっても望ましい事なのだが、今この会場に彼の敗北を望む者は誰一人としていなかった。


「……が、がんばれ」


 どころか、そう。会場の雰囲気は段々と彼を応援する方へと流れていく。

 乱入者という点では双方とも悪役だ。だが、奇しくも立ち位置的にアテナジアを庇うように戦う四肢(エニグマ)の姿と、余りに一方的な様子が正義と悪の図面を観客達の頭に描かせたのである。

 となれば巻き起こるのは頑張れ負けるなの大応援だ。未だ四肢(エニグマ)の劣勢は変わらないが、人々の信じる心、背中を押す声が四肢(エニグマ)を包み込む。それだけで先程までは当たらなかった一撃が擦り、競り負けていた拳が競り勝ち、崩れそうだった膝が真っ直ぐ伸びる、ような気がする。

 いや、だが、存在するのだ。信じる力(・・・・)は確かに存在するのだ。そして人はそれを正義と呼ぶ。


「がんばれー! 負けるな-っ!!」


「もう少しだ-! 押してるぞー!!」


「やれー! やっつけちまえーーー!!」


 少々構図は可笑しなことになっているが、いや、これもまた正義の戦いだ。人々の信じる心が四肢(エニグマ)の力になり、災悪へと立ち向かう意志になる!

 圧倒的な実力差? そんなもの正義の前ではただ無意味!! 彼の不屈の意志はそんなもので折れはしない!!


「……ォォオオオオオオオオオオオ!!」


 咆吼! それと共に四肢(エニグマ)の拳がメタルの顔面を貫いた!!

 当然のようにダメージは全くないものの、いや、その一撃は切っ掛けとしては充分過ぎる!! 連撃、連撃、連撃!! 先程の『粉砕』グーマンのそれとは比べものにならないほど豪快で爽快な巨拳がメタルの体躯を叩きのめしていく!! 会場の声援も噴き上がるように最高潮だ!!


「そうだよなァ! そうでなくっちゃなァ!!」


 しかしメタルもまた怯まない! その連撃を真正面から受け止めつつ一切の回避なく撃ち合っていく!! 血湧き肉躍る大激闘!! 男と男の汗飛沫飛ぶ無謀な戦い!! 然れど未だ諦めぬ魔族の姿!!

 戦え、挑め! 四肢(エニグマ)!! この激闘の先に勝利があると信じてーーー……!!


「今だ」


 と、そんな正義の戦いに差し込まれる悪意の合図。

 瞬間、必死に戦っていた四肢(エニグマ)の背後を旋風が駆け抜け、茫然自失だったアテナジアの身柄をルヴィリア、延いては彼女の抱えているシャルナが掬い上げた。会場の熱気も二人の激闘も、何もかも横から掻っ攫うように、一瞬で。


「あ?」


「え」


 そこまでなら、まだ良かった。彼等も疑問の声を上げるだけで済んだ。きっとまだ戦いを続けるであろう程度で、終わった。

 だがここから勇者がやらかした。野郎、今この場に最も相応しく今この場を最も望み、そして今この場で最もいてはいけない奴を放逐しやがったのだ。


「わぁーーーたぁーーーしぃーーーもぉーーー」


 いや、もう大体想像は付くだろうが、その通り。


「混ぁ~ぜてっ♡」


 殺戮系聖女ルーティアご登場である。


「あははっ☆」


 ルーティアはるんるん気分でお花畑を駆けるが如く、と言うか実際に陽気なステップを踏みながら現れた。今にもお弁当箱と水筒を拡げて『ピクニックしましょう!』と言わんばかりの軽快さだ。

 しかしその女を見た瞬間にメタルは今までにないほど顔を輝かせ、四肢(エニグマ)は黒尽くめの上からでも解るほど絶望の様子を浮かべた。ルヴィリアとシャルナに到ってはそのまま恐怖で気絶して場外へと墜落していった。観客達は全員死んだ。存在がスプラッタのご登場に心肺停止である。


「聖女ル」


 そして惨劇を血で上塗りする惨劇が、幕を開ける。

 歓喜の叫びを上げようとしたメタルの顔面を聖女ルーティアの拳が捕らえ、彼は遙か数キロメートルほど吹っ飛んだ。比喩とか隠喩とかではなく、本当にそのまま吹っ飛んだ。会場突き抜け街の端っこまで軽く吹っ飛んだ。

 一撃で消え去った彼を目視するまでもなく踵を返した四肢(エニグマ)だが、悲しきかな、そこにはその肩を優しく叩きながら満面の微笑みを浮かべる聖女様の姿が!


「こ、この運命への反逆者(・・・・・・・)っ」


「わーい♪」


 四肢(エニグマ)場外ログアウトです。


「……ふむ、流石に『好きに暴れてこい』はマズかったか。まぁアレでメタルの興味も移るだろうし結果オーライというものだな。良かった良かった」


 一方、怪物を解き放った勇者はご満悦な様子。何も良くない。


「ちょ、ちょっと、何よこれ。何で聖女様が……」


 しかしこんな有り様では困惑する者も出てくるだろう。特に彼の隣で先程まで絶句していたロゼリア王女など顕著なものだ。フォールもルーティアも知る由はないが聖女と言えば御伽噺でいう悲劇のお姫様ポジション筆頭で、世界中の女の子が一番始めに心打たれる存在なのである。

 まさかその『どうか彼女を助けてあげて白馬の王子様!』と願うようなお姫様が満面の笑みで鮮血を浴びる怪物とは思わなかったのだろう。と言うか普通思わない。助けて白馬の王子様。


「う、嘘でしょ? だって昨日会った聖女様はもっと優しくて、可憐で、お淑やかな…………」


「……何を言っている? アレの本性については貴様が誰よりもよく知っているだろうに」


「な、何よ! 知る訳ないでしょう!? どうして私があの人のあんな姿を知ってるって言うのよ!?」


「…………角と一緒に脳細胞まで砕けたのか? いや、元から脳細胞があったようには思えないが」


 それはその通りだが、いや、彼の知る魔王の知能指数より問題な事が一つある。

 未だリングで次の挑戦者を待ち構えるが如く楽しげに拳を振り抜く聖女のことか? 否、彼女も色々と問題だが、それ以上の問題がある。シャルナ達がそうであったように、今もなおフォールが犯しているミスという問題ーーー……、そしてその根本にある男の問題だ。


「クカッ、クカカカッ」


 その男は数キロの道程を一挙に走り抜け、聖女の顔面へと拳を振り落とした。

 しかし彼の拳撃は容易く聖女に受け止められ、返す一撃で腹部を殴打されまたしても彼方まで、否、耐える。


「おっと?」


「クカ、クカカカカカカカカカカッッ!!」


 そう、シャルナ達に適応したように、メタルは今現在もなお聖女ルーティアという神話に生きた怪物に適応しつつあるのだ。いや、既に適応は終えたと言っても良い。現にルーティアの攻撃は彼に届きこそすれダメージを与えられていないのだから。

 適応を繰り返す適応。いいや、強化を繰り返す強化とでも述べようか。彼を打倒する為にフォール達が講じた策はどれもこれもメタルという、怪物を通り超えた何かを強化するための糧でしかないのだ。


「………………」


 フォールはその様子に眉根を顰め、僅かに吐息を奥歯で躙る。

 ――――メタルか、と。その名を零しながら。


「……仕方あるまい。ここはルーティアに任せ、俺達は撤退する。今の奴でも勝率三割はあるだろう。それに賭けるしかない」


「え、俺達って、え?」


「逃げるぞ」


「え、待っ、え? えっ!?」


 斯くしてフォールとロゼリアは闘技場を脱出する。ついでに道中へ墜落したシャルナ、ルヴィリア、アテナジア騎士団長の三名も回収しつつ、脱出する。

 未だ背後の闘技場では爆音が鳴り響いているだとか数秒ごとに巻き込まれたであろう観客が空を舞っているだとか悲鳴と絶叫がいつまでもこだましているだとか、たぶん歴史的に結構な惨事として綴られる出来事が現在進行形で巻き起こっているが気にしてはいけない。

 尤もーーー……、そもそも自分達の手の中に次の火種が燻ってたりするので気にする余裕など微塵もないのだが。


「…………そう言えばアルバイト代、貰ってない」


 当然です。



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