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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
花の街(前・B)
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【プロローグ(2)】


【プロローグ(2)】


「何やら闘技場の方が騒がしいな」


 そろそろ昼休憩も終わるかという頃、フォールはルーティアと共に屋台巡りを終えて闘技場まで戻って来ていた。しかし何故だろう、闘技場が嫌に騒がしい。いや、熱狂は昼前からそうであったが、それとはまた別の騒ぎな気がしてならない。

 ルーティアもそれを察してか、表情は何処か訝しげだ。この騒ぎが何なのだろうかと考えているのだろう。


「……どうしたんでしょうか? 私達が席を外している少しの間に何かあったのかも知れません。心なしか通りすがりの人が私達を見る目付きも何だか奇妙ですし」


「それは貴様が肩に担いでいる選手達のせいだと思うが……。大会に参加できる状態なのか、それは」


「失敬な! 三ヶ月ぐらいで目覚める程度の状態ですとも!!」


「そうか。世間一般ではそれを絶対安静ひんしというんだ」


 やっぱりダメでした。

 悲しきかな『死を呼ぶ槍使い』カモーシー、『呪殺』ルルエイ、『火吹き』ボボンボの三名は見事聖女により抹殺、もとい捕獲されていた。そりゃ歓喜の涙と共に出口から出た瞬間に鉢合わせたのだから全く運の悪い話である。


「しかしどうにも、この騒ぎは異様だな。聖女ルーティア、悪いが俺は実況席に戻る。状況を把握せねばならん」


「おぉ、流石は勇者ですね! いち早く自体を察知し、会場の皆へ危険を呼びかけるために実況席へ行くなんて!!」


「いや、万が一に備えてここまでの給与を貰っておくだけだ」


「どんだけお金に困ってるんですか」


 世知辛い世の中だから仕方のない話なんです。

 兎角、フォールはそういう事で死にかけの被害者せんしゅ加害者ルーティアに任せ、一人実況席へと駆けていく。観客達のざわめきといい先程から感じる奇妙な地揺れといい今日の給与と言い、その脚を急かせる理由は様々だ。

 だが、そんな急く気持ちが彼に不注意を生ませたのだろう。彼は関係者通路の曲がり角から来る小さな影に気付くことができなかった。その手にいっぱい溢れるほどの甘いものを抱えた少女の姿に、気付けなかったのだ。


「む」


「え」


 そして、衝突。少女は見事に尻餅をつき、フォールは避けようとして体勢を崩したためか、そのまま壁へと突っ込んでしまった。なおその際に飛び上がったお菓子の数々を見事キャッチする辺りは流石である。


「ちょっ……、危ないでしょう!? 何考えてんの!? 貴方の目は節穴!? それとも頭が脚まで繋がらないほどバカなのかしら!? 普通もっと前に注意するものでしょう!! しかもレディを庇うよりお菓子を庇うなんて良い度胸ね! 貴方のように思いやりも何もない男がいるなんて信じられないわ! バカ! ほんっとーにバカ!!」


「あぁ、すまない。こちらの前方不注意だっ……、何だリゼラか」


 そこに尻餅をついていたのはフォールも見慣れた少女だった。

 フード姿で一瞬解らなかったが、口端に食べ残しをつけた姿など最早日常の風景である。


「ちょっと何よその謝り方は! もっとあるでしょう!? ほら土下座して靴を舐めなさいな!! それぐらいして当然でしょう、この私を転ばせたのだから!! 早くなさい、ほら早く! 指図されなければその程度のこともできない愚図なのかしら? 信じられないわね! 全くどういう教育ぅぅぅぅぅうううううううううううううううう!!?!?」


 勇者式アイアンクロー発動。言葉使いには気を付けましょう。


「やだぁああああああ! 痛いぃいいいいいいい!! うわぁああああああああああああああああん!!」


「何だ、この程度で泣くこともあるまい。そもそも貴様……、貴様?」


 ふと、フォールは違和感に気が付いた。

 リゼラと思っていたその少女のフードの下には見慣れているはずのそれがない。生意気な顔といい声といい慣れたものだが、だからこそ見慣れたそれがない事に違和感を抱いたのだ。

 そう、ない。ないのだ。彼女が毎晩毎晩丁寧に磨いている、あの角が。魔王リゼラ唯一の取り柄と言っても良いほど立派な双角が。


「…………ま、まさか、貴様」


 彼も流石に気付いたのだろう。そう、彼女はリゼラではない。この『花の街』のロゼリア王女である。

 リゼラ達の騒動と入れ違いで王城を脱出した彼女は下々の街を謳歌するため、こうして祭りの中心である闘技場へ忍び込んでーーー……。


「折れたのか……? 角が……!!」


 どうしてそうなってしまうのか。


「いや待て、まだ接着材でどうにか……。何処だ? 折れた角は何処にある? 待て、まだ間に合うはずだ」


「ふぇええ……、ぇ? つのぉ……?」


 珍しく無表情で慌てるフォールだが、ロゼリア王女はここで悪知恵を働かせる。

 やめておけば良いものを、この男に仕返ししてやろうと企んだのだ。だって自分にぶつかっておいてさらには暴力まで揮ったのだから、と。この王女、性根の腐りようだけは魔王と同格である。

 よって、ロゼリア王女は得意げに鼻を鳴らしながらあぁ痛い痛いと大袈裟に頭を抱えて痛がった。正直なところ角がどうとか喋り方がどうとかはあったがこの悪知恵の勢いの前には些細な問題だと言わんばかりの名演技である。この躊躇ない鳴き真似を見る辺り、かなり手慣れているようだ。


「い、痛い、あぁ痛いわ! 頭が割れるよう!! あー痛いわ痛いわ!! きっとさっきぶつかったせいで折れてしまったのよ!! 痛い、あぁ痛い!!」


「くっ、すまない。生憎今は麻酔の持ち合わせが……」


「いつもは持ち歩いてるの!?」


「睡眠薬ならあるんだが。まぁ元を辿れば麻酔みたいなものだし、今はこれで我慢をだな」


「い、イヤー! 変態!! 変態がいるわ!! やだぁー! 助けてえーっ!!」


 ただし勇者の方が一枚上手だったようである。いや上手っていうか狂気っていうか、そこはアレだけども。

 第一、そもそも何で薬品を持ち歩いているのかという話だが、そこは三原則だからね仕方ないね。


「ともあれ、この角は後でどうにか……。ルヴィリアならば治療方法を知っているかも知れん。まさか折れるとは……」


「そ、そうね! さぁそこまで考えているのなら言うことがあるんじゃないのかしら!? する土下座(コト)があるんじゃないかしら!? 貴方のような愚鈍で愚図な男なんてそれぐらいしか能が無いんだからこの私に」


 そこまで言いかけた辺りで、凄まじい轟音が二人の間を駆け抜けた。

 どうやらその音は会場から響いてきているらしく、次の試合が始まったのだろう、先程までの不穏を吹き飛ばすかのような大歓声だ。

 ちょっとやそっとの地揺れなど解らなくなるほどの激動は再びフォールの脚を急がせる理由に充分なり得るだろう。


「仕方ない、急ぐか。後で好きな飯を好きなだけ作ってやるから赦せ。このままでは職務放棄ということでここまでの給与すら貰えん」


「は? そんな端金よりーーー……」


「……いや待て、隠れろ」


 途端、フォールはロゼリアの首根を引っ張って曲がり角へと身を隠した。

 余りに乱暴な扱いに彼女は文句を言いかけたが、その口をフォールの指先が塞ぐ。彼の視線は少女にではなく、あちら側の、貴賓席から通じる扉へ進もうとしていた女騎士に向けられていた。

 報告を受ける女騎士はその表情や状態からして何か緊急事態が起こっていることを指し示す。頬を流れる汗や見開かれた眼、微かに聞こえる擦れ声が何よりの証拠だ。


「大変ですアテナジア隊長! 王城が、王城が帝国への反逆を……!!」


「何? 馬鹿な、そんな話が……! 首謀者は、首謀者は誰だ!? まさか、ロゼリア王女殿下では……」


「……残念ながら、ご想像通りです」


 アテナは壁面へ拳を叩き付ける。馬鹿な、という怒号と共に。

 その様子を前にすればフォールは否応なしに事態を把握し始める。この国で起こる三つの事柄を、理解し始める。

 一つ、覗き魔事件。二つ、王族反逆。三つ、闘技場の地揺れ。それぞれが別離した、然れど複雑に絡み合ったーーー……、いいや、これから(・・・・)複雑に絡み合う三つの事柄を、理解し始める。


「ちょ、ちょっと? 前が見えないのだけれど! 声が聞こえないのだけれど!!」


「騒ぐな。……少々厄介なことになっているようだ」


 フォールは身を隠しながらも実況席へと脚を急がせる。

 まず重要なのは状況の把握であり、三つの事柄を纏めるよりも前にリングで戦っているであろう四肢(エニグマ)であろう男ーーー……、つまり『粉砕』グーマンの試合を観察することだ。二回戦、三回戦の選手達があの聖女に抹殺された以上、次は四回戦の彼による戦いだ。これを観察しない手はあるまい。

 別に給与を貰いに急いでいるわけではない。いや理由としては少しあるが、七割あるが、大した理由ではない。


「ちょっと! 何がどうなってるの!? 説明なさいよ! この私に教えなさい!!」


「生憎と俺もまだ理解しきれていないのでな、説明はできん。少なくともまず観察すべき事を観察せねばならん。理解と整理を両立させるのは全く面倒だが、そうしなければならない時もある」


 フォールが乱暴に扉を開け放つと、そこには随分とエキサイトしている実況の姿があった。

 殺戮聖女の登場による余波で気絶していた彼だが、流石はプロというべきか、試合が始まるまでには目覚め実況の職を全うしているようだ。解説役の突如の帰還に驚きながらもマイクを手放さない辺りも含め、流石のプロ根性である。


「実況、試合はどうなっている?」


「え、えぇ、グーマン選手が圧倒的ですよ! フードの選手はどうにも防戦一方でね、盛り上がりに欠けるところですが……。いやしかしグーマン選手のパワーが圧倒的で! リングをも粉砕するほどのですから豪快で、えぇ!!」


「成る程……」


 確かに、リングには幾つかの粉砕痕が見て取れる。拳大の大きさからして、グーマンの有り余るパワーの証としては充分だろう。戦い振りも、フードに軽々躱されてはいるが筋肉に物言わせる豪快なスタイルである。

 四肢(エニグマ)ーーー……、あの粗暴で暴虐な男の戦い方としては充分納得できる部類だ。


「ちょっと! だから何がどうなってるか説明なさいよ!! 私を誰だと思ってるの? それぐらいの事もできないのかしら!?」


「黙れ。……ふむ、どうやら奴が四肢(エニグマ)と見て間違いなさそうだな」


「だっ、黙れぇ!? 貴方解ってるの? 不敬罪よ、不敬罪!! 死刑よ死刑だわ死刑にするわ!! 無礼にも程があるじゃない! 突然ぶつかっておいてお菓子まで奪って私を乱暴に運んで誘拐までして!! 今までこんなに無礼な奴なんかいなかったわ!! 私に跪きなさいよ!! れーぎを払いなさい、れーぎを!! 角折ったんでしょう!? 角ぉー!!」


「むぅ、それを言われると痛いところでだな……」


「あ、あの、フォー太さん? 貴方フツーに話してるけど、その御方って……」


「待て、グーマンが押しているぞ。フードの男の躱しようも中々だ。これは解説を入れねばなるまい。解説、そう解説だ。だから給与は頼むぞ」


「いやそうじゃなくて、この御方は」


「だから私に謝りなさいよ私にぃーーー! 土下座ぁあああーーーーーっ!!」


「グーマン選手の人間離れした一撃は凄まじものですね。フード選手も華麗に回避していますがこれがいつまで続くのかが見物で」


「あの、聞いてます? フォー太さん!? 聞いてます!?」


 ぎゃあぎゃあと騒がしい実況室。喚くロゼリアと彼女を抑えつつ解説を始めるフォールと慌てふためく実況と、全く落ち着きのない喧騒が一室を支配する。この状況を指し示すかのような騒ぎには全く相応しい。

 然れどフォールの視線は未だリングを砕く男に向けられていた。あの四肢(エニグマ)であろう男。剛力を振るい凶暴に吼えるあの男ーーー……。


「「「え」」」


 その瞬間に巻き起こった出来事は、フォール達ばかりか観客までも絶句させる。

 当然だろう、逃げ舞うフード男に痺れを切らした『粉砕』グーマンの一撃は文字通りリングそのものを粉砕したのだから。先程までの亀裂を走らせるような一撃ではない、リングそのものを砕き割ったのだから。

 何と凄まじい一撃だろう。ただそれだけでその者がただの常人でない事は理解できた。フォールはその瞬間にこの男が四肢(エニグマ)なのだろうと睨め付けた。疑いではなく、奴は倒すべき敵なのだろうーーー……、と。

 その下から見覚えのある四天王が出てこなければ、確実にそう断定できたのに。


「やった? やったかなぁシャルナちゃん!?」


「地下にリングそのものを沈下させるのはやり過ぎじゃないか!? 危うく私まで巻き添えになるところだったぞ!!」


「助けてあげたんだから赦してよぅ! だって仕方ないじゃないか、ここまでやらなきゃ倒せる気しなかったんだから!! 生き埋めにしてどーにかって感じだろう!? あの化け物は!!」


 爆煙噴き上がる中から現れるのは、緋色の翼を羽ばたかせるルヴィリアと彼女に抱えられたシャルナだった。地下で化け物相手に戦っていた二人は最大にして最後の策略ことリング沈下によりメタルを生き埋めにしたのだ。遙か地下まで続く梁ごと、少なくともこの場で出せる最大威力をブチ抜いたと言って良い。

 まぁそのついでに四回戦を競っていた二人が生き埋めになったりしたのだが些細な問題である。


「こ、これは何事だぁああーーーーーーっ!? リングの下から突如現れたのはシャルナーン選手だぁああーーー!!」


「……アレはルヴィリアか。と言う事はあのマスクはシャルナか? 何だ奴等め、何をしている?」


 その問いに答えたのは瓦礫の中から這いずり出て来た男だった。

 不満を吐くグーマンは二人の策略に巻き込まれたせいで既に満身創痍であり、先程までの豪快さは微塵もない。


「な、何のつもりだテメェらぁああああああ……! ま、負け犬共が俺の目的を、楽しみをべぶらぁっ!?」


 繰り返す。その問いに答えたのは瓦礫の中から這いずり出て来た男だった。

 いや、正しくは這いずり出て来たと言うか目の前の障害全てを粉砕(・・)して出て来た上に、返したのは殺意だったわけだがーーー……。


「クカッ、クカカカカッ…………!!」


 答えには、充分過ぎる。


「「やっぱり生きてたぁあああーーーーーーーーーーーーーー!!?!?」」


 絶叫に応えるが如く、メタルの歩みはリングの残骸を微塵もなく砕き割っていく。

 突如の乱入にもう観客も実況も誰もかも呆気にとられたままだ。或いは、その殺意に当てられて気を失った者さえいるだろう。素手にも拘わらずこの場の、この街の、この世界の誰よりも凶悪な男を前に、皆が怯え震えているのだ。

 ただ怯えていないのは実況席からその男を見下ろす勇者と、そしてもう一人ーーー……、黄金の紋章が刻まれた白銀の鎧を纏い、純銀の槍を構えて残骸の山へと降り立った一人の女騎士だった。


「人の理すら知らぬ不届き者め! 幾ら武闘会の参加者であろうとこの狼藉、赦すわけにはいかん!! この街の秩序を護る身として、貴様の暴走は捨て置けん!!」


「…………ぁ゛?」


「掛かってこい獣よ! その暴走、私が断罪してやろう!!」


 アテナは正々堂々、メタルに向かって刃を向け立った。

 ただの狼藉者ならばそれで良かっただろう、彼女の言う獣であれそれで良かっただろう。

 しかし相手は獣どころではない化け物だ。立ち塞がる者は一人とて逃さない、殺戮の権化。例え相手が以下に矮小な存在であろうとも、今彼の足元で白目を剥いている男のように邪魔であれば全て排除することに他ならない。

 そしてそれは、この騎士団長も同じこと。つまり今から起きるのは幾度と行われた障害の排除という惨劇でーーー……。


「シャルナちゃんごめん! 急降下オーケー!?」


「被害が出る前に早くやれ! あのままでは彼女が……!!」


 だが、その悲惨な結末は未然に防がれることになる。

 シャルナやルヴィリアによってではなく、リングの誰かによってでもなく、フォールによってですらなく。

 ただ、城外から異様な跳躍と共にリングへ降り立った、その者によって。


「………………」


 その者は言葉を発しない。ただ無言のまま、拳を構えてメタルと対峙する。

 威圧、殺意、迫力、全てにおいてメタルに劣るのは一目で解るだろう。然れど会場にいる誰もが、彼が負ける気がしなかった。そのアテナにも劣らない々堂々が、いや、威風堂々さが何よりの証明となるが故に。

 それは上空から見つめるシャルナやルヴィリアも等しく感じていたし、実況席のフォールもそうだった。しかし、フォールはその堂々さにまた別のものも感じていた。

 あの黒尽くめの男が、先刻は覗き魔として追われていたあの男こそがーーー……、四肢(エニグマ)であるという真実を。


「…………何事だ、これは」

読んでいただきありがとうございました

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