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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
花の街(前・B)
326/421

【3】


【3】


「……今そんな事になってるんですか?」


「まぁ、うむ……」


 さて、色々騒動の火種が燻りつつある闘技場から離れて、周囲の屋台拡がる街並みへ。

 勇者と聖女という、有史以来切っても切り離せない関係は割とどうでも良い具合に街を歩んでいく。少なくとも烏賊焼きを頬張る勇者と聖女の姿は歴史上でも初めてだと思う。

 しかし話し合っている内容はそんなどうでも良さ気な事ではなく、この街で起こり得る騒動についてだった。そう、つまるところ顔貌(フェイカー)四肢(エニグマ)による目論見と、彼等の言う『決戦』のことである。


「しかし魔族三人衆ですか。また懐かしい名前が出て来ましたね……。私も現役時代は一人ブチ殺、失礼、ブツのめしましたよ。本当にもう強敵で、私も思わず拷も、お仕置きしちゃったぐらいです」


「言い方を変えてもお淑やかさは戻ってこないぞ。……しかし、確かに思い出せばルヴィリアが初代魔王の頃にあった慣習だと言っていたな。そうか、初代魔王の頃の生き字引の貴様がいたな。もっと早くに気付けば良かった」


「本当ですよぅ! この街に来た時にはもう私やエレナ君が来てるってご存じだったでしょうに。早く尋ねてきてくれればお金の問題なんか一発で解決でしたよ? そういうのを嫌がる性分でもないでしょうに。どうして来なかったんですか?」


「……一応、めでたい日和りだからな。余計な騒ぎを持ち込みたくなかっただけだ」


「嘘でしょう」


「………………何の話だか」


 フォールのスッとぼけているようでスッとぼけ切れてない様子に、聖女ルーティアは烏賊焼きを豪快に喰い千切りつつ呆れ七割驚き二割でため息を零す。あと一割は、喜びなのか、それとも感心なのか。


「変わりましたよね、貴方」


「貴様の猫被りも相当だったと思うが……」


「し、失敬な! ちょっと人の前に出て明るくなっただけですぅー! ってそうじゃなくて、問題は貴方ですよ、勇者フォール。かつての貴方……、『沈黙の森』や帝国で出会った時に比べ、貴方はとても変わっている。表面上はそうでもありませんが、えぇ、中身は全く違います」


「当たり前だ。弱体化しているからな」


「いえ、強さの話ではなく……。もっと別のものです」


「……解っている。スライム愛だな?」


「そこは変わってください。まともな方向に」


 ※無理。


「違いますよ、もっと内面的な……。何だか元気が無いのもそれが原因じゃないですか?」


「…………」


「その原因は何なのか。ここまでの旅路での変化なのか、それともリゼラちゃん達のお陰なのか。私には解りませんが、えぇ、それはきっと良い方向への成長なのは間違いないと思います」


 珍しく聖女らしい語りを見せるルーティア。フォールは彼女の諭しに文句を言うでも驚くでもなく、ただ苦々しい様子で顔を逸らしていた。つまるところ、成長云々は兎も角として彼がこの街に来てから元気がない様子の原因については図星ということだろう。

 少なくともフォールがこんな無表情以外の表情を浮かべるのは、かつてスライム欠乏で太郎カインの一件があった時ぐらいなものだ。


「…………ノーコメントだ」


「ではこちらもこれ以上の追求はやめておきましょう。折角のデートですし? 楽しまなくっちゃ勿体ないですからねぇ」


「デート、か。……それで本当の目的は何だ?」


「相変わらずの慧眼で結構です。……本当はリゼラちゃんとデートしたかったんですけどね」


 頬についた烏賊焼きの甘辛タレを指先で拭い取って舐めとり、彼女の女の子らしかった視線は僅かに修羅を孕む。戦意とでも言うべきか、その双眸はかつて鮮血伝説を創り上げた女のそれと言えるだろう。

 フォールも彼女の表情に引っ張られたのか、先程までの不安を思考の隅に押しのけ、話題を切り替える。


「実はかなり邪悪な気配を感じたんです。初めは貴方かと思ったんですが……」


「おい待てどういう意味だ」


「そのままの意味ですよ。……とは言え、私は『沈黙の森』で既に女神の加護を失った身。その邪悪な気配もほぼ直感ですから当てになりませんが、えぇ、先程の魔族三人衆の話を聞くに強ち間違いではないようですね」


「……顔貌(フェイカー)に関しては先ほど話した通りだ。貴様の直感はむしろ頼りになる。奴の姿を自在に変える魔法は驚異だからな、探索方法センサーは多いに越したことはない。それと魔族三人衆のもう一人、四肢(エニグマ)に関してだが、奴らしき者には既に目星を付けている」


「ほう、誰ですか?」


「武闘会参加者の『粉砕』グーマンだ。奴の口調や体躯からして大体俺の予想する四肢(エニグマ)像と一致している。断定はできんが可能性は高かろう。奴の処分は貴様に頼みたい」


「処分て……、もし間違ってたらどうするんですか?」


「事故は起こるさ」


「起こしてますよね?」


 事故っていうか、事件っていうか。


「でも、そもそもどうして貴方がやらないんです? こういった事の方は貴方の方が得意でしょう。帝国の十聖騎士(クロス・ナイト)連続暗殺は今でも語りぐさですよ」


「人聞きの悪い。……いや、実はこの武闘会で偽名を使っている理由にもなるのだが、うむ。指名手配云々以前に俺は行動を起こせん。参加者にメタルという男がいただろう。奴に狙われていてな」


「……狙われ? あっ。…………私は応援しますよ!!」


「ブチ殺すぞこの腐れ聖女」


 フォールの脳裏で帝国の変態兄弟が満面のドヤ顔ダブルピースである。


「隠喩ではなく文字通りだ。……何をしたわけでもないのだが、色々あって奴に命を狙われている。あの男の戦闘力は貴様も第一試合で目撃しただろう。大凡、人間という領域を逸脱していると言っても良い。だと言うのに未だ成長途中で、出会う度に異様な強靱さを身につけてくる。追われる方の身になってみろ。獣から逃げたと思ったら戦士が、さらに逃げれば龍が、その果てに化け物だ。しかもまだまだその上があるだと? 面倒なことこの上ない」


「うわぁ……。確かに弱体化し続ける貴方と強化し続けるその人とではそうなりますよねぇ。でもだったら彼女とかどうです? ほら、シャルナさん! 『最強』の四天王なんですし、倒せるんじゃ?」


「成る程、面白い方法だな。確かに奴の実力は鍛錬を受けている俺が一番よく知っている。俺が知る限り奴以上の剣技を持つ者はいないし、腕力も人間で奴に勝てる者はいまい。いや、恐らく魔族にも存在しないだろう。魔道こそ素質はないが積み重ねてきた鍛錬の生んだ実力は『最強』に相応しい」


「おぉ、じゃあ!」


人間で(・・・)、だぞ」


 彼の発言を思い出せば、その言葉が何を意味するかは否応なしに解ってしまう。

 少なくともそれを茶化すだけの元気を持てるほどあの男の姿は印象薄いものではなかった。


「……じゃあ、もし彼女とメタルさんが戦うことになったら」


「…………その様な事はないと信じたいがな」


 だが残念、事は既に起こっているのだ。

 彼等が闘技場を出て昼食代わりの食べ歩きに向かった頃、丁度逃亡者である『死を呼ぶ槍使い』カモーシー率いる参加者達も外へ続く通路へ踏み出したところだった。彼等からすれば思ったより簡単に抜け出せて狂喜乱舞だろうが、いや実際はその先で美味しく烏賊焼きを食べる悪魔×2が待ち構えているのだからーーー……、これ以上は何も言うまい。


「シャルナちゃん、こっちこっち」


 さて、そうなれば問題はシャルナとルヴィリアで、彼女達は号泣して抱き合うほど歓喜する彼等を尻目に、二回戦以上へ進んだ選手に与えられる地下の個別待機室へと続く階段を下りていた。

 階段は下へ行けば行くほどに粗というか裏方というか造りの露骨さが目立ち、華やかな舞台を創り上げるのが決して幻想や歓声でない事を思わせる。あみだくじが如く複雑に組み合った数々の支柱が何より彼女達へこれから向かうのが陽の光当たる舞台ではなく闇の蠢く怪物の腹底であることを知らしめるのだ。

 だが、この何処かおぞましさを感じる造形は決して悪いことではない。むしろ複雑な造りであればあるほど不意打ちできる場所が増えるのだから、だだっ広い円形である地上のリングよりも随分やりやすいという話だろう。


「かなり地下まで降りるんだな……。いやしかし、何事もなくここまで来れて良かった。カモーシー殿達も脱出できたし、意外と事は上手く運んでいるんじゃないか? 聖女の囮に使うようで気が引けていたんだ」


「その思いやりを普段の僕に廻して欲しいにゃあ……」


 なおこの後、彼等が悲惨な運命を辿ることになるのは言うまでもない。


「っと、それはそうとこの先はマジで油断ナシだぜシャルナちゃん。もうこの辺りから奴の気配がぷんぷんしてる。まだ魔眼は完全に回復してないけど、殺気ならそれでも充分過ぎるほど感知できるんだ。……敵と認識した瞬間にこれとは、いよいよ災害のような現象染みてきたね」


「……何、敵に回すということはそういう事だ。奴も薄々こちらの接近には気付いているかも知れん。今、その殺意に殺意で返せば確実に気付かれるだろう」


「女の子ならラブアピールで返すけど、男だからなぁ……」


「油断するなと言った矢先に貴殿は……。いや、貴殿はむしろそれが本調子だな」


 こつり、と階段を数段ほど降りると、シャルナにもその悪寒は感じ取ることができた。

 もう少し進めば部屋から漏れる灯りが見えるであろう頃合いだろうが、光よりも先に殺意が届くとは何と濃い瘴気であろう。少なくとも人間の放てる、いや、人間の放って良いものではない。


「……シャルナちゃん、そろそろ計画を話しておくよ。まず奴がいる控え室は天井がこの階段と繋がっていて、支柱、つまり梁を渡って行けば出入り口からじゃなくても入れるようになってる。僕はそこから奴に魔眼での拘束を行うから、君はそれを一挙に仕留めて欲しい。合図は奴の近くに硝子の欠片を投げて、奴の注意が逸れた瞬間だ」


「…………余り言いたくはないが、もし失敗した場合は?」


「大丈夫、君にせよ僕にせよ一撃で仕留められない可能性は充分に考慮済みさ。と言うよりむしろそっちが本命だ。逃走ルートに幾重もの罠を仕掛けてある。それを全て発動させれば幾ら奴でも、まぁ、無傷では済まないだろうね」


「士道に叛する、が……。いや、言わないと決めたことだったな」


 シャルナは覇龍剣を握り締め、ルヴィリアは魔眼に緋色の灯火を携え、さらに一歩を踏み出した。

 彼女達の視界には、乱暴に閉められた反動で半開きとなったであろう部屋の扉とそこから漏れる蝋燭の明かりが映る。そして、その一室にいるであろう男と、粗暴を謳うかのような寝イビキも、だ。

 どうやら昼時で試合終わりということもあってメタルは睡眠を取っているらしい。これは正しく好機と言わざるを得ないだろう。


「…………」


「…………」


 二人は互いに相槌を打ち、それぞれの持ち場へと進んでいった。

 ルヴィリアが梁を進むのを見送って、シャルナもまた扉の前へと脚を忍ばせる。音一つ立てず、戦意一つ見せず、ただ静かに、静かに。


「………………」


 扉の隙間。シャルナは必死に息を殺しつつ、そこからメタルの姿を覗き見た。

 流石は二回戦、本来であれば四、五回戦目であるが、まで勝ち上がった選手に与えられる個別の控え室だ。二流の宿部屋程度には整った設備や食事が見て取れる。

 メタルは昼食を食い散らかした後に昼寝をしているのだろう、縦長のベッドに対し横向きで脚を垂れ流し爆睡していた。表情こそ見えないものの、野生を失った獣のようにだらんと垂れている様子には変死体の称号が相応しい。

 しかしその実は内面に爆弾を秘めた危険物。シャルナはそんな腑抜けた姿にも一切油断せず、ルヴィリアの合図を待つ。硝子の欠片が近くに落ち、彼が目覚めるであろうその時をーーー……。


「キャハッ♪」


 その一瞬を、狙われた。

 刹那、シャルナの背後に走る恐怖と殺意。彼女は背後に剣を振り被ったその男がいることを直感していた。先程まで五メートル以上向こうで眠っていたはずの男が、そこにいることを。


「魔眼、発動ッ!!」


 しかしメタルの剣閃はシャルナに、彼女が咄嗟に構えた覇龍剣にさえ届かない。

 そう、ルヴィリアに魔眼により全身が硬直したことで自身の速度そのままに壁へと突っ込んだのである。

 それは否応なしに生まれた隙であり、シャルナに現状を理解させるには充分な時間を生んだ。いや、それでもほんの数秒ほどだが。


「……ベッドから、飛び上がって私の背後に? 今の一瞬で?」


 ――――計画が発動するであろう瞬間を待ち侘びる為の、一瞬。再び気合いを入れ直すための、一瞬。呼吸の前の刹那に喉を引く瞬間、とでも例えようか。誰にでもある、然れど誰も気付かない隙を、この男は狙ったのだ。

 もしこの剣戟を受けるのが自身で無ければ、きっとベッドから壁を伝って伸びる一閃の痕跡を目にすることさえなく、その残香とも言える衝撃音を聞くことさえなく、地面へその身を沈めることになっていただろう。

 いや、違う。地面に身を沈めることになるのはーーー……。


「洒落臭ェエエエァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 今からだ。


「魔眼拘束を自力で解除したぁ!? 抗魔力もなしにぃっ!?」


「ルヴィリア、魔眼はまだ本調子じゃないのか!?」


「残念ながら人間相手なら充分過ぎるぐらいまでには回復してるよぅ! ってかこれ全快でも無理! 完全状態でも絶対無理ぃ!!」


「ばっ、それでは本当に人間でない事にーーー……」


 その通り。最早この男は人間などという次元ではないのだ。

 かつて勇者フォールが常識ルールという枠組みを踏みにじる怪物であったように、この男もまたその領域に到りつつある。人間という身代でありながら、狂気的な強さへの渇望がそうさせる。神獣も大樹も巨人も何もかも彼の、未だ見ぬ強敵フォールへの渇望がそうさせる。最早その渇望が幻想と成り果てていることも知らず、いや、成り果てているからこそそうさせる。求め欲し、何処までも逃げて行く影だからこそーーー……、辿り着けない存在だからこそ彼は永遠に強くなる。

 即ち、嗚呼、シャルナ達はミスを犯したのだ。彼に喧嘩を売ったこと? 彼の力を見誤ったこと? もっと万全の準備を持って挑むべきだったこと? それ等全てがそうだが、いや、もっと根本的な、そして現在進行形で犯しているミスがある。


「……テメェ、クカカッ! ギルド本部での女かァアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 空腹な猛獣の前に、自分達エサを晒してしまったことだ。


「シャルナちゃん走って! 流石にアイツに襲われたら君でも一溜まりもない!!」


「上等だ貴殿オルァ! 私を襲えるのは世界でただ一人だと言う事を教えてやる!!」


「張り合わないでくれるピュアマッスル!? 今それどころじゃねーから!! 君の少女漫画ラブコメソウル発動させてる場合じゃないから!! フォール君へのアピールは本人にしてください!!」


「フォール……? フォォオオオオオオオルゥウウウ……? フォールは俺のモンだぁああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!」


「ふざけるな私のものだァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!」


「やべぇ純愛者ピュア・ラブの激突だ!!」


 主人公ハーレムだよ。やったね勇者くん!


「ケヒャヒャヒャヒャヒャクカカカカカカカカカカカッッッッ!!!」


 しかし実際、ルヴィリアの忠告通り愛情、と言うか愛憎で張り合っている場合ではない。

 相手はあのメタルだ。敵対した以上、手加減とか命乞いとか、そんな言葉は虚無の彼方に捨て去るより他ない猛獣より凶暴な化け物である。しかもフォールの推測通り、その純粋な戦闘力はシャルナを上回っていると言っても良い。

 いや、元より優柔不断な性格が災いする彼女と、考えるよりまず斬り殺すを地でいく男だ。剣術及び力量を極めた双方がぶつかり合った時、その極限的な状態でモノを言うのは咄嗟の判断力と気力だろう。

 ならばシャルナはこの勝負において、始まる前から敗北していると言っても良い。


「女は認めよう、まだ赦そう!! だが男は……、男だけは駄目だァアアアアアアアアアアアアッッ!!!」


 いつもの状態ならば、だが。


「う、ぉっ……! すげぇシャルナちゃん!! 吹っ飛ばしたぁ!!」


「本当は女だって嫌なんだぞ! 赦したくないんだぞ!! だが、だがだ! 私が望むのは、その、フォールとの円満な関係であり!! 決して奴を阻害するものではなくてだな!!」


「ねぇ聞いてる? あダメだこれ」


 そう、現在のシャルナに迷いはない。どころかメタルと同様に一種の狂気すら持ち合わせていた。

 そりゃまぁ惚れた男が女に取られるのならまだ納得もできるかも知れない。しかし惚れた男が男に取られた暁には彼女の憤怒も解らなくはないというものだ。ただそれを言うとヒロインレースでダントツを行く少年が一人いたりするのだが、いや、今は口を噤むとしよう。


「クカ、クカカ……! 誰であろうと知ったことか……!! 俺とアイツの仲(※殺し合い)を邪魔する奴は全員ブチ殺ォォオオオオオオオす…………!!」


 しかしこの男も負けていない。

 何せ『死の荒野』から永遠追い続けてきた男の影だ。その前に立ち塞がるのなら何であろうと斬り倒してきた男が、高々恋に恋してピュアー・ラブな乙女程度で止まるわけがない。そして、その乙女も男の影を追う男程度で止まるわけがない。

 激戦。正しく、激戦である! 恋する戦士達の、真正面からのガチンコ勝負!!


「フォォオオオオオオオオオオオオオオーーーーーールゥウウウウッッッ!!!」


「フォールは私のものだぁあああああああああああああああああああああ!!!」


 剣戟、炸裂。その激突は闘技場全土を揺らし観客達に地揺れかと錯覚させた。

 それだけで終わればまだ『揺れたね~』なんてカップル同士が微笑み合うだけだっただろう。然れどその激震は止まず、幾千幾度と繰り返される。

 当然だ。その原因同士そのものが一切引くことなく決死の連撃を繰り返しているのだから。一撃で相手を地面に埋め込み、互いの刀剣を砕かんばかりに叩き付け合い、純全の悪意(※恋心)を込めて振り下ろしているのだから。

 ここまで来ればもう会場内とてただの地揺れ騒ぎでは収まらない。次第に喧騒が巻き起こる喧騒はお祭り騒ぎにも負けないざわめきを生むが、いや、そんなものもまだ可愛らしいものだろう。地下で巻き起こる激戦に比べれば全く。


「貴様は知るまい! 少し目を逸らした間に男とか獣とかとフラグを立てる男に恋した私の気苦労が!! ヒロインレースで気付けば自分の上に元聖女おとこのことか太郎ペットとか到達点には常に最悪スライムが待ち構えている男に恋した私の気苦労が!! そのくせちょっと目を離した隙に半魔族達とかバカ虎娘とかフラグ立てまくる男に恋した私の気苦労が!! 解るまいこのクソがァアアアアッッ!!」


「知るかボケェエエッッ!! 欲しいならブチ殺してでも手に入れろやァアッッ!!」


「…………その手があったか」


「ダメだこれ純愛者同士が最悪の相乗効果を発揮してやがる! フォール君逃げて-!! ヤンデレが、ンデレがぁああーーーーーー!!」


 ルヴィリアの悲惨な叫びは闘技場のリングに阻まれ、外で浮気デートしている勇者にはとどかない。

 ぶっちゃけ一回ぐらい刺されても良いとは思うが、いや、この面々に刺されたら一回で済まない上に、一回だけでも全身が吹っ飛ぶので止めて置いた方が良いかも知れない。

 しかしーーー……、世界は勇者に味方する。勇者補正と言うべきか、その激突は余りに簡単に決着したのだ。『最強』と『災悪』の剣戟は驚くほど簡単に、終わりを迎えたのである。


「あ゛?」


 パキン、と。

 覇龍剣と火花を爆ぜさせていたメタルのオリハルコン性の刀剣が、深く亀裂を走らせたのだ。

 刀剣の一部だったそれは全体に広がり、柄までもが破片を吐き出した。メタルの手にあったそれは驚くほど軽くなり、それが刃にとっての死であることに彼が気付くまで刹那すら要することはない。


「誰に渡してなるものかぁあああああああああああああああああああああ!!」


 そしてその刹那があればシャルナの覇龍剣が彼を捕らえるに充分過ぎた。メタルは指先で弾かれたゴムボールのように辺りを跳ね飛んで、そのまま闘技場の梁を貫いて消え去ったのだ。

 余りに、一瞬。剣戟の激闘はルヴィリアでさえ予測していなかったほど簡単に終結したのである。刃を振り抜き、冷静さを取り戻したシャルナでさえその様には呆気に取られる程に。


「…………お、終わった、の? これ終わった?」


「そ、そのようだ。初めから刀剣に亀裂が走っていたのか? かなりの業物だったようだが。……い、いや、だがどのみち勝てたようで良かった。やはり殺してでも奪い取るのが一番だな」


「シャルナちゃんその道はやめておこう? その属性はヤバ過ぎるから。男と争ってナイスボートはバットエンド通り過ぎてクレイジーエンドだから」


「中にスライムしかいないんだが」


「彼なら狂喜乱舞しそうな辺りがどうにも……」


 兎にも角にも拍子抜けするほど呆気なく、いや敢えてそう述べるべきではないかも知れないが、剣戟は終わったのだ。

 もしメタルの刀剣が万全の状態だったのなら、きっとこの程度で剣戟は終わらなかっただろう。さらに激しい斬撃と殺意がシャルナを襲ったに違いない。少なくともシャルナにせよルヴィリアにせよ、こんな呑気に話し合える状態ではなかっただろう。

 だが終わった。シャルナの強靱な一撃により剣戟に敗したメタルは蜘蛛の巣のように複雑な梁に叩き込まれ、粉塵に沈んでいった。そう、終わったのだ。剣戟は終わったのだ。

 剣戟は(・・・)、終わったのだ。


「…………ねぇ、シャルナちゃん。何か揺れてない?」


「何? 別に揺れなどーーー……」


 呆気なく剣戟は終わった、と。そう述べるべきではないと先ほど記した。

 それは呆気なくではなく、不運にもと語るべきだったからだ。当然だろう、もし先程の剣戟でシャルナが負けていれば、少なくとも化け物の皮を被った何かを起こすことはなかったのだから。

 剣戟は終わった。嗚呼、彼の剣は死に、もう振れる状態ではない。だから剣戟は終わったのだ。

 たがそれはーーー……、次に()戟が始まることを指し示す。


「クカッ、クカカカカッ……」


 シャルナとルヴィリアはその男を前に、引き攣った半笑いを浮かべていた。

 粉塵から現れた男が無傷なのはまだ良い。衝撃を殺したのだと納得できるし、彼女達も倒すつもりだったから驚きだけで済む。

 ――――しかし、アレはどういう事か。剣を失った奴の戦闘力は下がっているはずだ。一発吹っ飛ばされた時点でこちらの戦力も互角だと解っているはずだ。この戦いに挑むことが無謀だと、解っているはずだ。

 だと言うのに何故、未だ挑んでくる? だと言うのに何故、戦意を失いもしない? だと言うのに何故、先程よりもより凶悪になっている?


「……解ったことがあるんだ、シャルナちゃん」


「何だ……?」


「あの男ってさ、アストラ・タートルを倒せる実力とか、君と戦える実力があったんじゃなくて……。単純に、戦いの最中にそこまで成長したんじゃないかな」


「……まぁ、試練は人を強くするからな」


「そっかー……」


 うふふ、と微笑み合った瞬間、二人の間を大木の柱が貫いた。

 どうやらそれは片手で投げられたものらしく、いや、弾丸並みの速度と威力で放たれたそれを投げられたと例えるのは些か違和感があるが、今の二人は納得せざるを得ないほど男は驚異に過ぎた。

 二人の引き攣った笑みが白目を剥くほど生気が抜けるには、充分過ぎたのだ。


「……それでは逃亡式討伐戦エスケープバトルの始まりですが、シャルナさんここで一言どうぞ」


「既に後悔してる」


「うん、僕も」


 斯くして始まるレッツ逃亡戦。いつも逃げてる気がするお昼前。

 二人は後ろを振り返ることはせず一気に走りだした。その男相手に振り返るという行為の無謀さと意味の無さを考えれば当然のことだ。と言うよりも、振り返るとか振り返るべきではないとか考える以前に、その男が眼前へ降り立ったことが何よりの要因だろう。

 そして、男から突き出される砲弾よりも凶悪な掌握。二人は複雑に入り組む梁を滑り、その一撃を回避。眉間に火傷を作りながら、再び振り返ることなく日の目に向かって全力疾走だ。


「よし、避けられる! ちょっと額が焼けたけど大丈夫!! まだ逃げられるレベルだ!!」


「貴殿、この先なんだろう!? 貴殿が用意しておいた罠は!! あの男にも通じるのか!?」


「すいません普通に無理です! いやでも可能性はなくはない!! 希望的観測的に0.1%ぐらいはある! 0.1%ぐらいは!!」


「希望的観測を抜くと?」


「0かな……」


「ルヴィリア、まず私が右へ逃げる。貴殿は後ろに逃げろ。墓は建ててやろう」


「もちろん囮は自分以外が行くの精神はダメだと思いまぁす!! 待って! 可能性はあるから!! フツーの罠ならダメだけど最後の罠なら充分に!! だから待って、やめてぇ僕を捨てないでぇ!! あんなに愛し合ったのに! あんなに愛し合ったのに!!」


「人聞きの悪いことを言うんじゃない!! できるんだな? 本当にできるんだな!? 貴殿の性癖以外は信じてるんだから頼っ」


 塵煙引き裂きて、その男は現れる。星の法則を軽く無視した歩みは重力の言葉を亡失させ、一歩進む度に梁は粉砕されていく。

 魔法強化も防具や精霊の加護もない生身にも拘わらずこの戦闘力。その手に引き摺る大木の支柱は巨大さも重量も男の数百倍はあろうかと言うのに、まるで紙切れで出来た棒を振り回すかのように軽々しい。ここまで来ればもう筋力云々の次元ではないのだろう。


「ルヴィリア! 罠、罠!! 発動だ!!」


「たぶん無駄だと思うけどポチっとな!」


 瞬間、巨大な柱が嵐に廻る豪雨のようにメタルを横から薙ぎ払う。

 遠心力を利用した槌、謂わば破城槌の要領であり、その一撃は民家程度なら木っ端微塵である。

 まぁメタル相手には数ミリ動かすことさえ叶わなかったわけだが。どころか逆に罠の方が吹っ飛んでいったわけだが。うん、知ってた。


「まだまだまだまだぁ!!」


 そこから連続発動するルヴィリアによる魔法罠デス・トラップ。かつてとある屋敷でメタルが喰らったものや、『あやかしの街』でルヴィリアが仕掛けていたものとは段違いの威力と精度を誇る破壊の連続。砲撃に拘束に幻覚に消滅に蝕毒に、軍隊相手に放っても寸分遜色ない成果を発揮するであろう破壊が彼を襲うが、いや、結果は最早言うまでもあるまい。

 魔方陣をただの歩みで破壊する化け物相手にはそんなもの、そよ風にも劣る。


「おっかしいなぁ!? 僕の魔眼も結構チートなんだけどなぁ!?」


「奴がその次元ではないという話だ! ルヴィリア、その可能性があるという最後の罠までどれぐらい掛かる!? あと何秒だ!?」


「残念ながら何分単位です! 他の罠なら幾つか物理的なものも魔道的なものも用意してあるけど、さっきのがあんな状態じゃまず効果はないよ!! 魔方陣の破壊ってフツーそれ以上の魔力を持って破壊するか相反する属性を持って破壊するものなんだけどなぁ!? 物理っておかしくない!? ってかそもそも、このままじゃ追いつかれて罠どころの話じゃーーー……」


「ならば追いつかれなければ作動できるのだな!? よし、貴殿は罠に集中しろ! 私が足止めする!!」


「ちょ、シャルナちゃあん!?」


 ルヴィリアの制止など聞かず、彼女は覇龍剣を構えてメタルの前へと立ちはだかった。

 先刻までなら兎も角、今あの状態のメタルと対峙するのは余りに無謀すぎる。加速度的に強化、もとい凶化されていく化け物など相手にどうやって戦えというのか。既にシャルナの戦力も彼は軽く凌駕している状態にあるというのに。

 然れど彼女の眼差しには決意の焔が灯っていた。一歩として恐れを成すことなく、戦い抜く決意の焔が。


「貴殿が何者で、何のつもりでフォールを狙うかなど最早問いはすまい……。だが愛した男に危害を加えるような相手ライバルを、同じ相手を求める女として見過ごすわけにはいかんのだ……! 愛したならば愛だけで戦ってみせろ!! 貴様はそれでも純愛者かァアアッッッ!!」


 口上は立派だがそもそもメタルのは愛じゃないしシャルナが一番危害を加えてるしで散々である。


「やるかァ? やってくれンだよなァ……!! クカ、クカカカカカカッッ!!」


 しかし、そんな細かい事を考えるほど頭を回す男ではない。

 メタルは歓喜と共に柱を振りかぶると、それをそのまま彼女へと振り下ろした。

 無論、複雑に入り組む梁は柱を拒んだが、絡みつく綻びの糸などメタルの一撃を拒むには余りに脆すぎる。然れどシャルナにとってその糸は降り注ぎ雪崩れる大木の数々に他ならない。受ければ行動不能になるには充分過ぎる攻撃とその副産物だ。


「……一度戦うと決めた以上」


 だが、嗚呼、やはり彼女もまた『最強』を冠する戦士である。大木の雪崩れなど易すぎる。

 真正面から受ければ潰れる雪崩れであろうとも、覇龍剣を操る剣技は往なし、躱し、逸らしていく。本命の大木に到っては、鈍器に近い大剣の刃で見事一刀両断だ。その様には退屈の極みだったメタルも思わず歓喜の笑いを零す。


「手は抜かんぞ。人間メタル


「そうでなくっちゃなァ……! 女ァ……、いや、シャルナァァアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 拳と剣。大木の衝撃など物ともせぬ破壊が激突する。メタルの拳は彼女の頬を擦り、肩を囓り、然れどシャルナの剣は腹を薙ぎ、顔面を粉砕していく。破壊の激突は余りに一方的だった。

 技術の差と言うべきか、シャルナの攻撃は繰り返し直撃するもののメタルの攻撃は全て擦る程度。だが問題は耐久力と攻撃力の差で、彼の一撃は直撃さえすればシャルナを破壊する威力を誇る。

 謂わば、これは紙一重の積み上げだ。シャルナの攻撃がメタルの限界に到るのが先か、メタルの攻撃がシャルナに直撃するのが先か。それとも。


「クカッ、クカカハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」


「掛かってこい、この化け物めが!!」


 咆吼の交錯は戦乱に塗り固められる。

 『最強』と『災悪』の激突。その果てにあるのはーーー……。



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