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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
花の街(前・B)
325/421

【2】


【2】


「逃げようと思う」


 一回戦、フォール対(略)ゼリクスの戦いが終わった後のこと。選手達が集う待合室にて、そう零したのは『死を呼ぶ槍使い』カモーシーだった。

 今にも乾涸らび尽きるほど痩せこけた彼の発言は、他の面々をやめておけと叫ばんばかりに立ち上がらせるが、しかし実際にその声を出せる者はいない。

 当然だろう、その気持ちは嫌というほど解るのだから。


「あ、あの『神剣』ゼリクスがあんなに簡単にやられちまったんだ……。俺達に勝てるわけがねぇ……! かと言って手を抜けばあの聖女だ!! 会場の化け物、客席の怪物!! 見ろ、二回戦で勝っても負けても死ぬしかない『呪殺』ルルエイと『火吹き』ボボンボの有り様を!!」


「神よあぁ神よどうか助けて下さい私はこの宗教を捨てますのであぁ神よスライム神よ誇り高き信仰の名の下に幸福を与え賜う神よ助けて助けてヘルプミー……! どうか、どうか、あぁ……!!」


「うへ、うへへへへ酒だぁ! 酒を持ってこぉい!! ひひっ、うーひひひっ!! 酒ぇえええ! 酒をくれぇえええええ! おぼろろろろろろ……」


 ご覧の通り、ルルエイは神を鞍替えしボボンボは酒に逃げる始末。ただルルエイに関してはもうちょい変える神はあったんじゃないだろうか。

 しかし彼等にとって次の戦いは負ければ聖女ルーティア、勝てば『戦場の死神』メタルの戦いだ。ここまで発狂するのも無理ない話であろう。


「に、逃げるんだよォ! 早くしねェと俺たち全員どうなることか……!!」


「ぶッヒャッヒャ! 俺も腰抜けと戦う趣味はねェからなぁ!! 逃げたいなら逃げて良いんだぜ、カモーシー!」


「黙ってろ『粉砕』グーマン! この脳筋野郎め!! お前のような馬鹿はそのまま夢見ながら地獄に行け!! お、おいアンタはどうだ? そっちのフードの……、『名無し』だったか? それとマスクの『シャルナーン』! アンタ達なら話が解るんじゃないか!?」


 カモーシーの問いに名無しとやらは応えない。ただ沈黙を守り壁に背中を預けるばかりだ。

 その様子を見て彼も諦めたのだろう、視線はシャルナーンことシャルナへと向けられる。


「い、いや、私に問われても……。逃げるのは良いが、いやしかしだな……」


「頼むよぉ! 仲間がいなけりゃ奴等の包囲網は突破できねぇ!! アンタ見たとこ結構やれるんだろ? このまま死にたくないんだろ!? あんな奴等と戦ったら間違いなく殺されちまう!! 逃げるなら一回戦が終わって会場整理してる今しかねぇ!!」


「…………う、うぅむ」


 ――――確かに、既にこの場にいる理由はない。フォールは舞踏会に参加していなかったし、いや実際は参加しているがそれも解説としてだし、救う必要はなくなったのだ。別に今すぐ全てを放り出して逃げたって構わないのだ。いやしかし逃げ出すというのも信条にーーー……。

 と、そう思い悩む彼女だが、ふとその背中に指先が沿っていく。

 思わず変なしゃっくりが飛び出掛けたが、それを押し留めるように聞き慣れた声が耳元へと囁かれる。


「ねぇねぇお姉ちゃん、ハァハァ……。何色のパンツ履いてるの……? ハァハァ……!」


「殺すぞこの変態……!!」


 ステルス変態ご登場である。


「き、貴殿……! このっ……!!」


「おっとステイステイ。また目を潰されちゃ敵わないからね。やっと少し使える程度には回復してきたのに……」


「……ま、魔眼が回復したのか! 良かった、ではこの場から私を逃がすことも!!」


「あ、それなんだけどね。もうこの大会参加しちゃおう。普通に優勝しちゃおう」


「…………ん? は!?」


「まぁまぁ落ち着いて聞きなよ? さっきの試合を見て確信したけど、ぶっちゃけあの凶暴野郎メタルにフォール君は勝てないだろうね。百回やったら九十九回負けると思う。奴はそういう相手だ……。実力差、と言うべきではない。力量差、そう力量差が圧倒的過ぎるんだ。かつての奴ならばフォール君が百回やれば九十九回勝っただろう。相性が絶妙に噛み合っていたからね。けど今の奴は……、その相性すら反転させるほどの力を身につけた。フォール君にとって最悪の相手と言っても良い。先手必勝の彼より先に先手を打ち、相手の力を削ぐ罠を全て踏みにじり、精神的動揺を誘う策で気力を増す。そんな相手に相性もクソもないって話だよ」


「……今更だが勇者の戦い方ではないな」


「ホント今更だけどネ!」


 それが勇者クオリティ。


「し、しかしだ、貴殿。確かに貴殿の言うことも解る。あの男は……、かつて『爆炎の火山』や帝国ギルド本部で出会った時とは実力が段違いだ。ケタが跳ね上がっていると言うべきか。私が出会った頃のフォールならまだしも、今の奴には、確かに純粋な力量差では勝てないと思う。しかし、どうしてそれが大会の参加に繋がるのだ? で、あればむしろ、今すぐに逃れるべきでは……」


「ううん、そうじゃない。シャルナちゃん、君が奴を……、あのメタルを倒すんだ」


 その言葉にシャルナは一度驚いたように眉根を引き上げ、落ち着きを取り戻すように軽く息を吐き出し、そして一気に脂汗を噴き出した。その事実を前にまるで心臓を握られたかのように押し黙ったのだ。

 ルヴィリアもその反応は予測していたのか、彼女の背中を撫でて落ち着かせるが、やはり平穏は取り戻せない。まぁ背中を撫でる指が尻に伸びた辺りで裏拳が飛んで来たので重傷というほどではないようだけれど。


「お、おち、お尻! じゃねぇや落ち着いて! もちろん君だけ戦わせるつもりじゃない。僕も魔眼を使って、今はまだ自分の姿を認識の外に追い出すぐらいしかできないけど、もう暫く完全に回復するからね。そうしたら魔眼で君を全力でサポートする。君の信条には叛するかも知れないけれど、これからを考えればあの男は完全に無力化しておいた方が良い。少なくともこの街で数ヶ月ぐらい眠らせときゃ追いつかれることはないだろうしさ」


「解っている……。解って、いるが、奴か。奴かぁああ……!」


「うん、ぶっちゃけ僕も全力で関わりたくないけどさ。やるしかな」


「おいアンタ、さっきから何をブツブツ言ってんだ!? 逃げるのか逃げないのか、どうするんだ!」


 シャルナとルヴィリアの会話を打ち切って、カモーシー。

 彼の必死な表情も解らないではない。と言うか、先程の話を聞いた上だと尚更のことシャルナには理解できた。あと一時間もしない内に二回戦『呪殺』ルルエイと『火吹き』ボボンボと来て三回戦にはシャルナと彼だ。もう間もなく死刑台に立たされる現実は、何者にも耐え難い。


「……る、ルヴィリア。彼には気の毒だが、やはりメタルを倒すためにも断るしか」


「何でさ? 受けちゃおうよ」


「え? いやしかし大会で……」


「いや、大会に参加して優勝するのは優勝賞品の古代遺物アーティファクトが目的なんだ。貰えるなら貰っちゃ追うの精神だからね。……だけど、倒す事に限るなら大会じゃない方が良い。聖女ルーティアの監視や観衆の目があるとやりにくいからね。……ここはフォール君に習って闇討ちするとしよう。彼等が逃亡すれば間違いなくあの聖女カイブツが止めにくる。その隙に僕達は地下にある個別の控え室に移ったメタルを倒すんだ」


 これは、かなり無謀な賭けだ。幾ら不意打ち、かつ『最強』と『最智』による二対一の戦いとは言え不利に過ぎる。それはシャルナにしろルヴィリアにしろ、多少の実力があるからこそ理解している事だ。あの男の理不尽など疾うに通り過ぎてしまった暴力を、理解しているからこそ。

 だが戦わねばならない。この先へ進むには余りにあの男は強大過ぎる。壁ならば乗り越えることができるが、獣は倒さねば乗り越えられないのだから。


「わ、解った、カモーシー殿。乗らせていただこう……。力になれるかどうかは怪しいが……」


「い、いや、有り難たいぜ! 『呪殺』ルルエイと『火吹き』ボボンボはどうする? アンタ達もこのままじゃ地獄へ一直線だぞ?」


「わ、私も一緒しよう……! このまま死ぬのは嫌だこのまま死ぬのは嫌だこのまま死ぬのは嫌だ……!!」


「うひ、うひひひっ! 酒が飲めるならなぁ、もう何でも良いよぉ! うひひひひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


「よ、よし、そうと決まれば早速だ! 行くぞォ!!」


 『死を呼ぶ槍使い』カモーシーに連れられ、一同は選手控え室から飛び出した。この地獄から逃れる為ならば例え敵同士であろうと手を取る、何とも美しいスポーツマンシップである。ある意味では大会から逃亡するこの瞬間に初めて大会の目的が達成されたと言っても良い。

 しかしこの逃亡にも、逃げるのではなく立ち向かう者達がいる。そう、シャルナとルヴィリアの二人はあの化け物を倒すべく逃げる、いいや、立ち向かっているのだ。

 そしてーーー……、彼女達がそうであるように、残った『粉砕』グーマンとフードの名無しもまた、正しい意味で立ち向かっている。例えその身に邪悪を宿していようとも、だ。


「ぶひゃひゃひゃ! 雑魚共が減って何よりだぜ……。おいアンタぁ、アンタも残ったんだなぁ? まさかブルって逃げ遅れたわけじゃねぇだろう?」


「………………」


「結局黙りかい。まぁ良いけどよォ、テメェも邪魔してくれんなよ? ……俺には目的がある」


 くつくつくつ、と。グーマンは喉を鳴らす。


「この街にどれだけの実力者が集っているかとも思ったが、ぐひひ、大したことねぇみたいだなァ……。これなら俺だけでも充分過ぎるぐらいだぜぇ……! グフッ、グッフッフッフッフ……!!」


 相変わらず、名無しのフードは喋らない。その男から溢れる邪気を見せられても、やはり何も口にしない。その佇まいはまるで置物のようでさえあった。

 それがまた『粉砕』グーマンを調子に乗らせる。この街の実力者を、この街の戦力を測るためと口にする骨肉隆々な怪力の大男を。鍛え上げた男たち五、六人を軽々投げ飛ばす、例えメタル達ほどでなくとも常識外れな大男を。


「さぁ、戦いまでの余興を楽しむとしようか……!」


 グーマンの呟きを聞く者は、フード以外にはいない。その悪意に満ちた眼差しを見る者も、また。

 いや、それを見るべき者達はここにいないのだ。二人は会場の通路を逃亡者達と共に走り、一人は実況席で給与の交渉をしているのだから。あのナイス解説と鋭い推測は給与アップものじゃないか、と粘り強い説得で既に30ルグ値上げしているのだから。いいやまだだ、まだ、あと20ルグ、せめて50ルグと頑張っているのだから。まだいける? まだ? 80? 80いっちゃう? うるせぇ世界の危機より財布の危機だ!


「と言う訳で100ルグの賃上げを要求する。してくれない場合、解説は全力で取り組むが貴様へのツッコミを放棄する」


「わ、解った、解りました、解りましたよう! 良い仕事されてるし100ルグの賃上げを認めますよ!! ……全く、元の相方も逃げるし貴方に逃げられちゃこっちは商売あがったりですよ!! 今年は参加者も異様に少ないし!!」


「何だ、例年はもっと多いのか?」


「えぇ、そりゃ数千人はいますよ。帝国で開かれる場合は、ですけど……。まぁ今年の『花の街』開催の大会でも数百人はいたんですがね。大会開始直前に幾つか騒ぎがあったようで逃げ出してしまったそうなんです」


「……まぁ、その騒ぎがなくともあの聖女ルーティアによる宣誓があっては逃げ出すだろうがな。しかし、それを考えれば逃げなかった連中は随分と骨があるらしい」


 実際は逃げなかったというより逃げられなかったの方が正しいのだが、フォールと実況者がそれを知るはずもなく。

 彼は残る選手達を褒め称えるように、彼等の情報を幾つか散見していく。


「……む? この『粉砕』グーマンとか言う男、経歴がないな」


「グーマン選手ですか? えぇ、新顔ですね。初めて見た選手ですよ。何でも大会が始まるまでの騒ぎの一つとして、喧嘩を売ってきた荒くれ者を五、六人ほど投げ飛ばしたんだとか。いやはや、とんでもない怪力ですねぇ」


「…………怪力、か」


 フォールはその言葉と彼の姿を照らし合わせつつ、僅かに思考を巡らせる。

 それはいつも通り彼の何十何百と繰り返される予測の一つに過ぎないが、いや、所詮下らない予測だろうと彼は片付けた。

 もしあと数分ほど考える時間があったのなら彼も一つの応えに辿り着いたかも知れないし、もう数枚ほど選手データを捲っていれば考えも変わったかも知れないが、そうさせない要因があった。廊下を全力疾走し、扉を突き破り、満面の笑みで放送室へ飛び込んでくる要因が、である。


「フォールさぁあああーーーーーんっ! おっひさしぶりでーーーーーすっ!!」


 そう、翡翠の瞳を輝かせながら乗り込んで来たのは誰であろう、四割ぐらいコイツが悪いこと聖女ルーティアだ。彼女は世間一般の想像とはかけ離れた幼さを含む微笑みと共に、世間一般の想像に沿う怪力で扉を粉砕してその部屋へ乗り込んで来たのである。

 当然、時の人と呼ぶに相応しい聖女の登場に実況は言葉を失うが、フォールは軽いため息と共に資料を置いて椅子を翻す。


「……帝国以来だな。それとフォールはやめろ。今は訳あってフォー太と名乗っている」


「もう少し名前なかったんですか……?」


「何故だ。カッコイイだろう、フォー太」


「カッコイイ……? っと、貴方のセンスに関してはもうアレなので置いておくとして。リゼラちゃん達はいないんですか? てっきり貴方がいるなら一緒にいると思ったんですが」


「奴等は訳あって別行動中だ。……それで? 貴様も貴賓席にいなければならない身だろう。それがどうしてこんなところにいる。挨拶だと言うのなら俺から出向いてやったものを」


「あ、いえ、そうじゃないんです。どうですか、フォールさん。さっきの試合が急に終わりすぎて次まで時間があるようですし、休憩がてら街に行きませんか? デートですよ、デート! そのお誘いに来たんです!」


「…………デートだと?」


 そうですよぉ、と聖女はるんるんきゃぴきゃぴ可愛さを振りまいて。


「どうですか? こんな美人とデートできる機会なんてそうそう」


「悪いがバターを舐めるのはちょっと……」


「うわぁクソ覚えてやがったァ!! 違いますよそういう意味じゃないですよ!! 私のような初心な女の子がそんな」


「知ってるか、聖女。初心な奴は数千歳じゃないし鮮血伝説を打ち立てたり死刑宣告したりしない」


「こ、こいつもう殺すしかねぇ!!」


 女の子にセクハラと年齢の話はNGです。


「で? デートは構わんが金はないぞ。魔道駆輪の修理などで入り用なのでな。しかも今は仕事アルバイト中だ」


「大丈夫ですよそこは甲斐性で出してあげますから! あと仕事にも休憩は必要でしょう? ね、実況者さん、良いですよね?」


「………………」


「気絶してる……」


 そりゃ跳ね飛ばされた扉が顔面に直撃すれば気絶しますとも。


「……どうやらOKのようだ。丁度昼時のようだし俺も飯を済ませるとしよう。何より貴様の傲りだからな、たかるぞ俺は」


「躊躇も何もありませんよね、貴方……」


「貴様に言われたくはない。まぁ、落ち着いている今の内に逃走経路も確保しておきたいしな……」


「逃走経路?」


「こちらの話だ」


 ちなみにフォールの懸念している男の元に仲間が暗殺に向かっていたり、その落ち着きも嵐の前の静けさだったりするのだが、やっぱり彼が知るはずもなく。どころか彼がデートに向かうと知られようものなら逆にまた別の騒ぎが起こるだろう。

 騒ぎっていうか、事件っていうか、ナイスボートっていうか。


「フォールが浮気している気配がする……。もう私が縛り付けておくしか…………」


「シャルナちゃんも最近色々ヤバいよね」


 不倫は悲劇しか生みません。はい。



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