【1】
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「恋だね」
「……こい? こいィッ!?」
そうです恋ですラブリーです。
フォールやリゼラ達と別れ、賑やかな街通りに面した喫茶店のテラスに座すルヴィリアは不意にそう呟いた。確信的に、安楽椅子の探偵がしたり顔で犯人を追い詰めるように、だ。
当然この場にそれが該当する人物は一人しかおらず、犯人は思わず慌てながら挙動不審に道行く人々の視線を集めるが、そんな彼女をルヴィリアはどうどうと落ち着ける。
「シャルナちゃんじゃなくてフォール君の話だからね? 落ち着きなってばもー」
「尚更落ち着けるかぁっ!! 誰だ? 誰だ!? リゼラ様……、はないな! 貴殿、もない!! ロー? まさかローか!? ダメだ、ダメだぞあのバカ虎娘だけはぁ!!」
「ぬぐええええっ! 首、首が絞まるぅううう……!! そっちでもない、そっちでもないですぅぇえぇええええ……」
「じゃあ誰なのだ!? まっ、まさか、まさか私……!?」
ルヴィリアは咽せ込みつつ、今一度彼女へ手を翳して落ち着かせる。
「それは解らないけど……。どうにもフォール君はこの街に来てから憂鬱っぽいんだよねぇ。そりゃ前々からスライム欠乏で沈んでたり金策に悩んでたりはしたけれど、どうにもそういう感じじゃないっぽいんだ。だってスライムに対しては愛を通り越して崇拝なワケだしさ……、いったい誰に対しての感情なのか」
「魔眼の使用を許可する」
「一切躊躇ないよねシャルナちゃん!?」
「だ、だってぇ……。普通に考えれば我々以外に誰がいるわけでもないんだぞ? その中の誰かに確定じゃないかぁ……」
「いやいや、場合によっては別の人かもよぉ? ほら、関係ある女の子なら他にもいるわけだしさ。十聖騎士にだって可愛い子いっぱいだし、旅で会ってきた中にも……。あッ、でもみんな僕の彼女だから! 僕の大切な彼女だからぁ!!」
「だ、誰だ? フォールの好みは誰だ!? 魔眼だ! やはり魔眼しかない!! 使え、今すぐ使え!!」
「あ、これ茶化しちゃダメなやつだ。……んもぅ、不安なら聞いてみれば良いじゃない。誰が好きなのか、って。ついでに告白してきなよベイベー」
「断られたらどうするんだぁああああああああああああああああ!!」
「熱烈なくせに奥手だよね、シャルナちゃんって……」
コーヒーに角砂糖を一つ入れて、かき混ぜて。
「まぁ実際誰かは解んないよ。僕やリゼラちゃんだけはないって断言できるけど。だってホラ、異性っていうか僕は親友ポジでリゼラちゃんはペットポジだろう? ライクではあってもラブではないはずさ」
「で、では、私とローは……」
「シャルナちゃんはどうだろ。毎晩の鍛錬を考えると師匠かな? でもちょいちょいアピールしてるからねぇい。もしかしたらって可能性もなくは……。けどマズいのはローちゃんだよ。だってあの子、そりゃもう熱烈アピールどころじゃないからね。『お前の子供を産んでやる』まで言ったからね。その前に僕の子供をはい何でもないです」
「察しが良いようで何よりだ。じゃ……、じゃあやはり、私も何かアピールした方が良いのだろうか? 確かにインパクトで負けている節はあるし、奴は小動物的なものに目がないしぃ……」
「まーね、色々負けてる部分はあるよね実際。シャルナちゃんもカワイイけどさ」
「ど、どうすれば良い、貴殿!? こういった話題に疎いのだ、私は!! 巷の流行りなど知らないし、女子供が何を身につけているかなんてのも全く知らん!! 宝石やアクセサリーは何色が良い? 香水はあった方が良いのか、そもそも服装も何なのか! 私には全く解らんのだ!」
「だから落ち着きなって。シャルナちゃんは今が一番カワイイよ。だってホラ、大切なのは認められることより受け入れられることだよ? 偽物の君を取り繕って気に入られたって、いつまでも偽物でいられるわけじゃない。シンデレラの時計はいつか12時を指すものさ。そしてその時に王子様の手を振り解くことになるのが悲しき物語の結末だろうね。……だったら、ボロ服のままでも良いから王子様に手を取ってもらうのが一番じゃないかい?」
「う、うぅ……、しかし私は女っぽくないし、見ての通りの体格だ。フォールより身長はギリギリ低いが、普通の男よりは明らかに高い。それに肉付きや格好もこの通りだし……。万が一フォールに女っぽくない女は嫌だと言われたら立ち直れない自信がある」
「心配しなくてもその時は僕が貰ってあげるさ。……だからもう少し自信を持ちなよ。仮にも僕が愛する乙女だぜ?」
「貴殿……」
「おっ、惚れた?」
「それさえなければ多少は見直してたかな」
恋する乙女はクラシック☆
「まぁあのスラキチトーヘンボクでも答えは出させるさ。いつか必ずね」
「ぬ、ぬぅ……。普通にはぐらかしそうで怖い……」
「その時は本気でハーレム禁止魔眼殺法でだね、フフフ……。まぁ煽っておいて何だけどそう慌てるほどでもないよ。フォール君は暗殺とスライム以外じゃ以外と思い切り悪いトコあるからね。うじうじ悩む性格でもないけど、じっくり悩む性格だから」
「解るような、解らないような……」
「にゃはは。彼はアホなバカだからね。……すみませーん。パンんまいねーーっ。おかわりもらっていい?」
喫茶店テラスに漂う味わい深い香り。午前の朗らかな女子会に華やかさをもたらしてくれる。
彼女達の元にやってきた店員もそんな様子にハーブティーを一杯サービスしてくれた。『花の街』の名にふさわしい、薔薇の香り。口を添えるだけでもその温かな風味に思わず息が漏れてしまうほどに。
ルヴィリアはパンと併せてそんなハーブティーで一息つくと、気を取り直して机へと身を乗り出した。
「で、どうだい。シャルナちゃん、この後ちょっと買い物に行くんだけど……。着いてこない?」
「む? う、うむ、今日は貴殿と一緒に過ごすつもりだから構わないが……、何を買いに行くんだ?」
ニィッ、とルヴィリアは笑んで一気にハーブティーを飲み干し、次の店へと向かって行く。
街中を元気に駆けていくその様は如何にも年頃の女の子達と言った風で、きっと彼女達も四天王でなければこんな感じで日々を過ごしていたのだろう。衣服屋でショッピングしたり、出店で可愛いアクセサリーを見繕ったり、甘いお菓子やジュースにほんわり微笑みを零したり。そんな、平和な日々だ。
「シャルナちゃんお城! わぁお城だキレイダナー!! 夢ですよね女の子の夢だよねェわぁファンシーなお城ぉー!! 入ろう、ちょっとで良いから! 先っちょ、先っちょだけでもお願いします!!」
「…………」
平和な日々だ。日々だつってんだろ。
「さて、僕がシャルナちゃんに見せたかったのはコレなんだ」
ド頭カチ割れたルヴィリアがシャルナを連れてきたのは、裏路地にある何処か怪しい雰囲気の店だった。
シャルナは再び覇龍剣を構えるも、彼女は必死に違うと抗議する。今回はまともなお店だ、と。
「この街に来る前に行商人に話を聞いてね」
店へ入ってみると、外見とは打って変わってクラシックな、漆木の落ち着いた雰囲気の内装だった。
幾つものキャンドルが揺らめく様子やその下に置いてある色取り取りの箱を見るに、まるで魔女の隠れ家を思わせる。店員もそれを解ってかそれとも趣味なのか、魔法使いらしくローブを纏って怪しげに微睡んでいる様だ。
「このお店で売ってるのは、まぁ、言っちゃえば魔法薬の材料でね。巷で揃えてないような珍しい材料が売ってるんだ。知識さえあればここの材料を使って惚れ薬でも痺れ薬でも作れちゃうのさ」
「……成る程、痺れ薬!」
「違うからね? 大体何考えてるか解るけど違うからね? シャルナちゃん最近危険思想に走りすぎじゃない!?」
「むぅ……、ならば何だと言うのだ? 惚れ薬など認めんぞ私は」
「いや、そもそも効くイメージが……。ってそうじゃなくてね? 僕が作って欲しいのは、ただのお呪い薬さ。別に難しい材料を使ってるわけじゃない、本当に子供でも作れるようなヤツね。実際に効果があるかどうかは解らないけど、気休めというかジンクスというか……、そういう気分で持っておくやつ」
「そ、それは……、うむ、構わないのだが、またどうして?」
「じゃあフォール君に指輪をプレゼントするのと自分にリボン結んでプレゼントするの、どっちが良い?」
「……お呪い薬でお願いします」
「僕はその二つでも面白いと思うけどナー♪」
ルヴィリアは店の、黒と紫と黄のキャンドルの下にある箱からそれぞれ素材を取り出した。
一見すれば枯れた葉っぱやら乾涸らびた根っこ、或いは鳥の羽にしか見えない素材ばかりだが、どうにも自然魔力の高い場所から採取された魔力的にパワーの強い品なんだとか。『まぁ、それでも一流品には劣るけどね』とルヴィリアは苦笑する。
「はい、これ混ぜて。そっちのすり鉢使って良いやつだから。あとこの鴉の目玉とマンドレイカーの尻尾と……。あ、この古獣の牙は堅いから注意してね」
「……砕けたんだが」
「うんまぁ君ならそうすると思ったよ。おっかしいなー? 専用の金槌で壊すやつなんだけどなー?」
「し、しかし貴殿、良いのか? これ高いんじゃないのか? それをこんなにいっぱい……。私も出すぞ?」
「え? 母乳を?」
「これが古獣の牙を砕く金槌か。貴殿の頭蓋骨ぐらいイけそうだな」
「オッケーいっつぁじょーく。HAHAHAHA☆ まぁそもそも出そうにもおっぱい自体が無」
※砕かれました。
「それで、ここからどうするんだ?」
「砕いた辺りノータッチなシャルナちゃんも大好きです。……ほら、それよりその砕いた材料こっちに持って来て。この汎用魔方陣もフリーだから使って良いんだよ。シャルナちゃん魔道系は全然だけど、この程度の魔方陣なら魔力込めるぐらいはできるでしょ?」
「む、むぅ、やってみよう。……大丈夫か? 爆発したりしないか?」
「はっはっは、幾ら魔力使うのが下手なシャルナちゃんでもこの程度の魔方陣で失敗して材料散らすわけが」
ドッカーン!!
「目がぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「す、すまない……。え、えぇっと、どうすれば良いのだ? 水か? この水で洗い流すのか? 硫酸と書いてあるが……」
「死ぬ! 流石に死ぬ!! それ溶けるやつ!!」
「じゃあこっちの王水……」
「それも死……、悪化してんじゃねーか! と言うかそんなの置いてんのこの店!?」
品揃えには自信があると店主は語る。
兎角、気を取り直して真水で顔を洗ったルヴィリアと、再び素材を準備したシャルナはまた魔方陣の前へとやってきた。先程はシャルナの魔力加減により犠牲者が出てしまったが、今度は慎重に、少なくとも爆発だけは起こさないよう取り組むことに。
身も蓋もなく言ってしまえばルヴィリアがやった方が遙かに上手く行くし良い品が出来上がるのだが、ここはシャルナがやらなければ意味がないと彼女は言う。
「今作ってるのはミサンガでね。ほら、前にフォール君が邪龍の鱗で作ったネックレスをリゼラちゃんがしてるのを見て羨ましがってただろう? だから今回は君がフォール君にプレゼントすれば良いんじゃないかと思ってね」
「……ルヴィリア」
「邪龍のそれより大分質も劣るしさっきも言ったようにお呪い程度のものだけど、それでもまぁプレゼントとしては充分さ! まぁ僕はシャルナちゃんをプレゼントして欲しいんですけどね!!」
いつも通り茶化したルヴィリアは、シャルナからの鉄拳制裁に身構えるが、不思議なことに拳は飛んでこない。
『さては覇龍剣でゲージ技か完全無視のどちらかだな』と恐る恐る視線を向けてみれば、そこには気恥ずかしそうに頬を赤らめ、何かを言い淀むシャルナの姿があった。
「……その、ありがとう、ルヴィリア。貴殿に面と向かってこんな事を言うのは、うむ、とても恥ずかしいのだが、今回ばかりは礼を言いたいのだ。わ、私の相談に乗ってくれた上に、ここまでして貰って、うむ。……本当に、有り難く思う」
「え、やめてよ惚れる。惚れてたわ」
「だから貴殿はどうしてそう……」
「……でもまぁ、僕はホラ、やっぱり女の子が幸せなのが一番だからね。女の子の一番の化粧は笑顔とはよく言ったものさ。だから僕は女の子に幸せであって欲しい。そしてあわよくばエロくあって欲しい。ね? 純粋でしょう?」
「……不純に純粋だよ、貴殿は」
それが変態クオリティ。
なんて言ってる間にもシャルナによる魔方陣発動は成功し、いや普通は子供でもできる簡単さなのだが、ミサンガは完成した。赤と青の入り交じった彩り鮮やかな一品である。
このミサンガに何か明確な効果はない。けれど、籠もった想いは何よりも確かなーーー……。
「じゃ、あと僕は媚薬作るんでちょっと待っててね!!」
「誰に使うか言ってみろ」
「そんなのシャルナちゃんに決まってでぁぁああああああああ! クビがぁあああああ!!」
上げて落とさないと気が済まないのだろうか、この変態は。
「ちょっと、アンタ達……」
と、そんな風にアホやってた彼女達へ不意に声が掛かる。
先程までうつらうつらと船を漕いでいた店員が、皺枯れた声で彼女達を呼びつけたのだ。
「む? すまない、店員殿。騒がしかったな」
「それは別に良いんだけどね……、他に客もいないし……。ただどうにもお客さん堅気じゃないだろう? 冒険者か、腕試しが好きな部類か……。その体格と躊躇のなさを見れば解る」
「躊躇のなさだなんて、そんな」
「いや躊躇はないよ。確実にないよ」
「それでね……、どうせなら武闘会に参加しないかと思ってね」
『武闘会?』と、シャルナとルヴィリアは口を揃えて首を傾げる。
「ダンスを踊る……、ではないな。闘技を競うあの大会だろう。この街にはそんなものまであるのか?」
「本当は帝国の聖剣祭で開かれるものだったらしいんだけどね……。ほら、あっただろう? 宗教戦争。いや、実際は政治戦争みたいなもんだったらしいけどさ。アレで中止になってねぇ……、この街に話が回ってきたのさ。何でも初代聖女ルーティア様までご覧になるそうじゃないか」
「ヒェッ……。い、いや、そうか! それは目出度いことだな!! うむ!! だが私は遠慮しておこうかなぁ! だろう、ルヴィリア!!」
「そうだネ残念だネ全く仕方ないネ-! いやぁ僕たち可憐な女の子だからどうしようもないんだよねアハハハー!!」
「もったいない。大会にはあの『白薔薇の騎士』ことアテナ様も参加されるから、もし腕を認めてもらえれば騎士団入りも夢じゃないのに……」
「え、マジ? あの人? マジで? えっ、騎士団入りってエロい意味ですか!?」
「ルヴィリア、聖女ルーティアだぞ……!!」
「ふぐっ、ふぐぅうううううう……!!」
ルヴィリア葛藤中。
しかし、やはり勝つのは幼い頃から耳にしてきた聖女への恐怖であり、彼女はがくりと項垂れた。それほど魔族にとって初代聖女ルーティアの鮮血生首千連発伝説は悪夢と言うことだろう。
「そうかい? 残念だね……。闘技場の周りには色々出店もあるし、武闘会だって優勝賞金は結構なものなのに。まぁ、そう言うなら無理には勧めないよ。観光の楽しみ方は人それぞれだ……」
「あ、あぁ、親切な誘い手だが、申し訳ない。遠慮させてもらうとしよう……」
「ホントにね。でもまぁ今日は平和に過ごすと決めてるから、そんな騒ぎが集まるところには行かない方が良い。情報収集も言われてるけど……、奴もまさかそんな悪目立ちするところに行くわけないしねぇ」
「うむ、その通りだ!」
「「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」」
と、笑う彼女達の前。平和などという言葉を足蹴にするが如く、裏通りに面した窓にその者達は現れる。
「ホントぉ? ホントに参加するのぉ? その武闘会にさぁ」
「当たり前だろォが! 金を稼ぐならこれ以上の方法はねェ!! それにきっとフォールの野郎も参加するに決まってる!! この街に来てから何でだかアイツの匂いはするのに奇妙な匂いに覆われて何処にいるのかが解ンねェんだ……。だが武闘会なら奴も来るに違いねェ! だから行くんだよ!! と言うかそもそも手練れが集まるトコに行かねェ理由があるか!?」
「むしろ行かない理由しかないんだが」
「第一、その自信はいったい何処から出て来てるんでしょうか……。いやでも可能性がないとは言い切れないし……」
二人はその連中の姿を見るなり大体を察し、息を殺しながら店主へ問い掛ける。
『もしかして闘技場の近くにスライム関係の出店はあったりするのか?』ーーー……、と。
「え? そりゃスライム飴とかスライム人形とかあるでしょ。お祭りなんだし」
さよなら平和。さよなら平穏。ハローハロー大騒ぎ。
どう足掻いても平和なんかあるわけがなか「いいやまだだ!!」諦め悪いなコイツ等。
「まだだよシャルナちゃん! 事前にフォール君が武闘会に近付くのを止めれば可能性はある!! 今ここでこそ僕達が結束しないでどうするんだ!?」
「その通りだな貴殿! えぇいこうなればフォール拉致も吝かではない!! おいルヴィリア、ちょっとそこで睡眠薬作ってこい! 何なら三日ぐらい起きないやつ!! 永眠しても良いから!! この際どうなろうと知ったことか我々の平穏は我々の手で護る!!」
「よっしゃ任せとけ序でに痺れ薬もブチ込んでやる!!」
「足りるか石化薬もブチ込んでこい! 何なら混乱薬も追加だ!!」
「いやぁ、アンタ達すごい掌が返しだねぇ……」
斯くして爆弾が接近してきたこの街、最早顔貌以前に騒動は目の前へとやってきた。と言うかもう顔貌どころじゃない辺りまで話は飛んできた。
どうする『最強』? どうする『最智』!? 火種と爆弾の接触まであと数十分! 走れ、戦え! 己の平和のために!!




