【3】
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「……報告を」
「はッ! き〇こ派の先兵三名を捕らえ、たけ〇こと苦めコーヒーを一緒に食べさせることによるベストマッチング式の洗脳拷問を行っております!! また、ルヴィリア参謀のご協力によりたけ〇こ派と思われる男、フォールを捕縛しました!! 現在は地下牢に繋いであります!!」
「ご苦労、下がって良し」
「はッ! たけ〇こバンザーーーーーイッ!!」
取り繕われた屋形ーーー……、恐らくは元々ギルドの一館だった場所だろう。その執務室たる一室には荘厳にして厳格たる眼差しで王の椅子に座すシャルナの姿があった。
彼女は報告を行った兵が下がったのを見ると軽く一息つき、徐に席を立ち上がる。その眼差しや表情は依然として何か深く思い悩んでいるかのようであったが、何故か足取りは軽々しく、浮かれているようにも見えた。いや、肩もるんるん気分で揺れているのを見るに明らかに浮かれている。完全に浮かれている。メッチャ楽しそう。
「……まさか尋問を口実にフォール君に変なことするつもりじゃないだろうね?」
「ファッ!? い、いや!? いたのかルヴィリアァ!!」
「いや、さっきからいたよ。浮かれすぎでしょ……」
「う、うむ、ごほんっ! ……それよりお手柄だったな、ルヴィリア。まさかフォールを捕らえられるとは思わなかった。奴がリゼラ様側に着くとも思わなかったが、いや、僥倖だ。これで忌々しきき〇こ側は頭を失った木偶の坊と言えるだろう」
「割と言いたい放題だよね……。まぁ、確かにその通りだ。フォール君がいなければリゼラちゃんも、恐らくローちゃんもだけど真正面突貫しか能の無い愚図だからね。フフッ、この戦い勝ったも同然さ」
「……油断は大敵だ。今ここぞと言う時に恐ろしい行動を取るのがリゼラ様だぞ。ここは万全を期してフォールを尋問することを提案する。無論、担当は私だ。奴に何をされるか解らないから担当も私だけだ。私がやる。私にやらせろ。私が、私がやるんだァ!!」
「やっぱ何か企んでるよね!? ダメです戦争中の不健全行為は認められません!! でも僕となら全然オッケーです!!」
「面白い冗談だ。極刑に処す」
「はい冗談です。……ってそうじゃなくて、解ってる? シャルナちゃん。そろそろき〇こ派との戦闘が激化してきてる。こっちも向こうの連中を捕らえてはいるけど、向こうもたけ〇こに敵意剥き出しさ。そろそろ全面戦争が開幕されても不思議じゃない。いや、今日の夜にはもう開幕すると睨んで良いだろうね」
「そんなに早く、か……。貴殿の読みならば外れることはないだろう」
「そのとーり! この参謀の慧眼に掛かれば戦況を読むなんて簡単さ。あのき〇こ派を殲滅し、世界を聖なるたけ〇こ派で蹂躙する準備は万端なのさ!!」
「フッ、即ち我が覇龍剣が忌々しきき〇こを粉砕する時も近いというワケだな……」
「ヒェッ……。あ、あの、それはちょっと……」
ルヴィリアは思わず股間を抑えて蹲る。そりゃそうです。
しかし何はともあれルヴィリアの言葉通り開戦の時は近い。この開戦は街だけではなく、世界を二分する戦いの幕開けになるであろうことは誰の目にも明らかであった。
間抜けな顔をしているこの二人だが、実際のところ言っている事は間違いではない。それはこの街の者であれば誰もが理解せずとも肌で感じていることだろう。
決戦の時はーーー……、世界終焉の時は近いのだ、と。
「…………くっ、このっ」
そしてこの者もまた、それを理解している。地下牢獄に幽閉されている顔貌だ。
彼は四肢を拘束する鎖を外そうと悪戦苦闘していた。必死に腕を捻ったり腰をくねったり、まるで軟体生物のように藻掻き足掻いているのだ。
いや、顔貌ならばそれこそ軟体生物にでも変身すれば直ぐさま抜け出すことは可能だろう。しかし彼の変身はその精度故に多大な魔力を消費するばかりか、記憶の定着や彼だの慣れも加味すれば決して一日に何度も多用できるモノではない。ただでさえ、今日は町娘とシャルナ、フォールと三回も変身しているというのに。
「ダメだ、抜けられない……! このままでは尋問の後、拷問ということにも……。くそっ、仕方ありませんね。これ以上使いたくはありませんでしたが、やるしかない!」
そう悔しがるなり、彼の姿は見る見る内に収縮し、少女の体格、つまりリゼラへと変貌した。別にこの場所を抜けられるなら誰の形でも良かったのだが、多少の戦闘力や使える顔として選択した結果が彼女だったのだ。
尤も、誰の姿を選ぼうと本日三度目の変身だ。記憶の定着どころか魔力の定着すら覚束ない、何とも無様な変身だ。ちなみに魔力は定着しない方が総量的に多いので、ある意味幸運ではある。
「やはり少女の体型というのは少し動きにくいですね。……それにしても何だか、いえ、気のせいでしょうか? ……そ、それより早くここから脱出せねば! 奴等が来る前に!!」
顔貌は慌ててこの地下室を見渡し、部屋の上に僅かな日差しを発見する。恐らく通気口だろう、外へ通じていることは間違いない。
しかし、それを見つけるまでに眼にした様々な拷問機具が余計に彼を急がせた。いや、たけ〇こ型のアイアンメイデンとか砕き割られたき〇ことか、それ等を拷問機具と呼んで良いのかは解らないが、きっと拷問機具だ。関わりたくないという意味で急ぐのは無理もない。
兎も角、顔貌はそんな拷問機具や様々な道具を踏み台に陽光差し込む窓まで辿り着き、そこから頭と腕を滑らせる。拘束具から脱出するために選んだ少女体型だが、こういった狭い場所も通り抜けられる辺りナイス選択と言えるだろう。偶然とは言え幸先の良いーーー……、ガッ。
「は?」
気付けば、彼、いや彼女の尻が窓枠に挟まっていた。そりゃもうみっちりと。
「え、いや有り得ませんよ? この大きさですよ!? どうして通れないんですか!? ふぬーっ! ふぬーっ!! ふぬぅううううう…………!! くっ、ダメだ通れない!! 何ですかこの尻は!? ぷにっぷにではないですか!! しかもお腹も太股も二の腕もぷにっぷに!! くそっ! 太りすぎだろこの駄肉め!!」
そりゃ普段から惰性の限りを尽くす魔王様だ。そうなりますとも。
最近ではフォールが割と真面目にダイエットメニューを考え出すほどである。
「の、ぐ、ぉおお……! ぐ、ふ、ぅううううう……!! し、尻がズレる!! 尻が、肉が!! く、ぉおおおおお…………!!」
悪戦苦闘の大激闘。窓枠一つ摺り抜けるのに顔貌は今日最大の難所を迎えていた。
しかも追い打ちを掛けるかのように部屋の外からは何やら話し声。聞き慣れた様子からしてシャルナとルヴィリアであろう。ただ内容が『ちょっと脱がすだけだから。ちょっと脱がすだけだから』とか『やめよう? 超えちゃいけない一線あるよ!?』なのは冗談だと思いたい。
「ぬ、ぐふっ、こうなったら……! ぬぁああああああ…………!!」
しゅぽんっ。
先程まで詰まっていた顔貌は驚くほど簡単にその場から脱出できた。
当然だろう、彼は再び変身を行ったのだ。とは言え腹部を少しスマートにした程度の小規模変身ではあったが、それでも魔力消費は起こる。既に彼の体内に残った魔力と、特に気力は微々たるものだ。
「……あれ? フォール君いなくない?」
「馬鹿なぁあああああああああああああああ! 私の『ドキッ☆勇者と魅惑の尋問タイム』がぁああああああああああああああああ!! フォールのはだけ汗伝う淫らな一時がぁあああああああああああああああああああああああ!!!」
「やっぱりヤるつもりだったよね? だよね!? そうだよね!?」
背後から耳を防ぎたくなる雑音が聞こえて来るが、顔貌はもうそれどころではない。
裏庭で人気がないにも関わらず、ちょっぴりスマートになって脱出した彼はただ地面を這っていた。屈辱的、などというものではない。その表情には執念的な何かすら見える。
「くっ……! ま、魔力を、魔力を吸収せねば……!! 自然回復では間に合わない……。何か、エネルギーを、エネルギーを摂取せねば消滅してしまう……!!」
しかし這い這い、こんな状況でき〇こ派総統のリゼラとして発見されればそれこそ無事では済まない。あの聖三角形による拷問どころの話でもない。
先ほど脱出に頼れた体は今、足枷でしかなくなっていた。それもただの鎖ではない、今この街に置いては最悪の鎖だ。
「このままではもう部分変身すら……! い、一度街から離れなければ、せめて、せめて顔の形を変えられる程度まで離れなければ……!!」
顔貌は必死に這いずりつつ、街の外側を目指す。運良く元ギルド会館は街の入り口に位置していた為、離れるのはそう難しくない。例え這ってでも数分ほどあれば脱出することができるだろう。
しかし後方から聞こえる怨嗟の絶叫。『こんなプレイ今を逃したら二度とできない』とかいう狂った叫び。それが、顔貌を追い立てる。明らかに扉を粉砕したであろう音と爆走音、そして『あの魔王絶対赦さねぇ!!』という普段の彼女からは考えられないような咆吼が、ただ這っているだけの魔王を何処までも責め立てるのだ。
「何故……、何故こんな事に……! 私は、私はただ奴等を殲滅しようと……!! クソッ、呪われてるのか私は!?」
――――『違うぜ、顔貌。思い出すんだ』
「ぐっ、何だこの走馬燈のようなイメージは!? 誰だ、いったい誰が……!! まさか勇」
――――『俺達が幸運だったことがあるか?』
「あ違うコレ盗賊だ! 何ですか貴方は!! やめ、やめろ! 私の脳内に入り込んでくるな!! 貴方のように諦めた負け犬ではないのですよ、私は!!」
――――『それではお前に送ります。魂のレクイエム』
「うぉおおおおおおテーマソングまで歌い始めやがった!! やめろ、やめるのです!! 何なのですか貴方は!! ちくしょう嬉しそうにしやがって!! 違う、違いますよ! 私は貴方の同類などではない!! 敗北主義者側ではない! うぉおおおおお歌うのをヤメロォ!!」
相当追い詰められているようです。えぇ。
兎角、彼は必死に武器である冷静さを取り戻そうと奮闘しつつ、そして背後から迫ってくる強大な悪の気配に鼓動を早めながらも、どうにか街の区画から脱出する。ここまでで既に、常人ならば毛髪が抜け落ち三十歳は老けるほどの心的疲労を受けていた。
現に顔貌も疲労困憊いっぱいいっぱいな様子だったが不定形の姿が功を奏したのか、どうにか未だ魔王リゼラの表情を保っている。と言うかむしろ、ここまで必死な方がつまみ食い後の魔王に酷似しているのでクオリティが上がっているという皮肉である。
「何処か、何処か休める場所は……! おぉ、あの民家が良い。フフ、運が向いてきましたね……。そうだ、今までが悪すぎたのだ」
――――『これからもっと悪くなると思うよ?』
「いい加減に貴方は失せろォ!!」
と言う訳で顔貌はその民家へと潜入した。いや、潜入と言うよりも倒れ込んだと例えた方が正しいのだろうが、彼はどうにかその場所に避難したのである。
気付けばいつの間にかあの狂気的な叫びも聞こえなくなっているし、取り敢えず視線は脱したと見て問題ないだろう。
未だかつてこれほど危機を感じたことはなかったですね、と顔貌は苦笑する。
「さて、問題はどうやって魔力を回復するか……。む? この香りは……、おや、クッキーではないですか。どうしてこんなところに?」
もたれ掛かっていた机の上には顔貌の言葉通り、確かにクッキーが置いてあった。
それも焼きたてホカホカ、表面の粒砂糖が純銀に輝く何とも美味しそうなクッキーだ。
「つまみ食いは少々お行儀が悪いですが、いただくとしましょう。魔力切れの体に甘いものは有り難いですから。……フフ、サクサクで甘くて何とも美味ですね。これを作った人物はどのような者かは知りませんが、とても良い腕をお持ちのようだ。世界が正しき運命に従った暁にはこういう人物の作ったモノで紅茶を嗜みたいものだ」
なおそれを作った者は最大の敵こと勇者です。
「ふぅ、どうにか最低限の魔力は回復できましたね。三枚ほどクッキーをいただいてしまいましたが……、まぁこの程度の数ならばバレないでしょう。ちょっと並べ直しておけば、良し、大丈夫大丈夫」
それで大丈夫ならば今まで魔王は死にかけていないという話である。
ともあれ顔貌は魔力を回復したお陰か、多少落ち着きを取り戻して現状を見つめ直すことができた。よくよく考えれば今は好機ーーー……、チャンスなのではないか? と。
「余りに予測とかけ離れ狂気的だったから慌ててしまったものの、よくよく考えれば奴等は既に仲間割れし、剰え互いに戦争状態にあるわけですからね。ちょっと煽ってやればこのまま上手く行くのでは……?」
その通り。計画通りにいかないと慌てまくる顔貌だが、そういう弱点は気付き一つで変わるものだ。
事実、彼等は今まで仲間割れとか身内売りという行為ならば数え切れないほど、日常茶飯事的に行ってきた。と言うか売らなかった時がないぐらいなのだが、ここまで大規模な仲間割れはなかった。まぁ内容が内容なので必然とも言える惨状なのだが、ともすれば本当に顔貌は彼等の殲滅を達成できかねない状態と言える。
「く、クク! そうだ。き〇こ派のリゼラ総統軍、たけ〇こ派のシャルナ&ルヴィリア帝軍を上手く激突させれば計画は上手く行く! 煽動こそ私の本領発揮ではありませんか……!! フ、フハハハハ! 何を絶望に陥ることがありましょう! 今この時こそ私の独壇場だったのだ!!」
魔力と、一気に気力も取り戻した彼は先程までの疲れを忘れたが如く活発に立ち上がり、街の中へと走りだしていく。その双眸には希望が満ち足りており、明らかに正常な状態でないことは明らかだった。と言うか、むしろリゼラ達と同じ状態だとすら言えるだろう。
そりゃ素材は普通でも思想的にヤバいもんブチ込みまくったクッキーである。食べて正常である方がおかしい。
「ふみゃっ?」
そして、そんな彼女を目撃した獣が一匹。
フォールの頼みで隣の家からクッキーを取りに来たローは偶然にも狂気的に嗤いながら街へ走っていくリゼラ、もとい顔貌の後ろ姿を目撃していたのだ。
それだけなら別に彼女も大して気にすることはなかっただろう。魔王が全力疾走しているなど日常光景過ぎて気にするわけもない。
ただ、何と言うべきか、その、とてもクッキーが美味しそうな香りがしていて、クッキーの破片が床に散らばっていたものでーーー……。
「…………じゅるり」
魔が差した、というべきか。
「ロー、クッキーはまだか? そろそろチョコが仕上がりそう……なん……だ…………が…………」
やがて、彼女の帰りが遅いと隣の家からやってきたフォール。
彼が目撃したのは何枚も仕上げたクッキーを乗せていたはずの御盆が、全くスッカラカンになった光景だった。
辺りに散らばったクッキーの破片と、必死に口元を拭くロー。彼は無言のまま立ち尽くし、そんな光景に向かって一言。
「…………犯人は?」
「魔王!!」
何と言うことはない誤魔化しだった。
ローなりの悪知恵というか、ある意味では当然の帰結というか、普段の行動が生んだ悲惨な嘘だった。
「……………………そうか」
しかし、この嘘がやがて大戦争の結末を左右することになるとは誰が思おうか。
これより巻き起こるは世界を二分しかねない大戦争と、その火種が燻る街の大闘争。とある悪辣が敷くんだ戦争は、やがてその者すら予測できない方向へ動いていく。と言うか既に予測し切れていないのだが、最悪な形へと進んでいく。
勝ち残るのは『き〇この山』か『たけ〇この里』か。それとも明日には危険麻薬指定待ったなしの『スライムの川』か。
その結末を待ち構える激闘の幕は今ーーー……、開かれるのだ!




