【2】
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「ロー、そちらの小麦粉を取ってくれるか?」
「小麦粉? これか!」
「それは片栗粉だ。小麦粉はこっちで、砂糖は……。それは塩だな」
「からーっ!!」
さて、表通りで繰り広げられている醜い戦乱とは裏腹に、街の離れにある打ち捨てられた民家にはフォールとローの姿があった。
表のき〇こたけ〇こ戦争に関わらない彼等はこの民家で優雅な午後のように慎ましくお菓子作りに励んでいる。オーブンを修理して使ったり、小麦粉をふるいに掛けたり、塩と砂糖を間違えたローが転げ回ったりと、何ともまぁ平和な昼下がりだろう。
つまり、彼等はここでただ仲良くお菓子作りを楽しんでいるのだ。
「よし、『スライムの川』クッキー部分、量産完了だ」
※訂正、第三勢力の殴り込み準備でした。
「できたかー? いっぱいできたかー?」
「あぁ、ローが手伝ってくれたお陰だな。礼を言う」
「にゃへへー! ごろごろうにゃあ~。……でも何でこんなにいっぱい作ったんだー? ローこんなに食べれないぞー?」
「……む? うむ。俺はな、ただお菓子の意味を知って貰いたいのだ。料理然り、お菓子然り、人が食べる者を作る身として、ただ美味しく食べられるものの為に争う姿など見ていられんのだ。平和に、皆仲良く食べれば良いではないか、と。俺はそう思う」
「フォール……」
いいや、さらに訂正しよう。『第三勢力の殴り込み』などという表現を使うべきではなかった。
彼もまた幾ら普段の行動が行動とは言え、勇者なのだ。人々の平和を願い、友愛を求めるのは当然のことではないか。食という誰にも共通するものだからこそ、そしてそれを作る彼だからこそ、その思いはいっそう強いのかも知れない。
ただ、平和を願っている。フォールは勇者として皆が仲良く過ごせる平和を願っているだけだ。この世界に誰もが手を取り合って微笑み合える、そんな平和を願う心優しきーーー……。
「だからここにスライム洗脳成分をたっぷり仕込んでおいた」
「スゲーーーッ!」
もうダメかも知れない、この世界。
「一口食べればあら不思議、蝶も花も男も女も子供も大人も皆スライム神様のお導きに従うことになるクッキーだ。……本来であればこんなモノ使わずとも皆スライム神様のご威光を受けて当然なのだが、どうにもこの街は冷静さを欠いた人間が多いのでな。多少荒療治をすることにした」
「あらりょーじー!」
「とは言ってもこのまま完成ではないぞ。偉大なるスライム神様のエスニック的コスメチック感溢れるプラスニックパワーをこの世に顕現させるにはまだ足りない。数十分ほど乾燥させて、ようやくモノになる。それまで手を付けてはいけないから、このまま粗熱を取るぞ」
「……食べちゃダメかー?」
「…………本来はチョコをコーティングしてようやく完成なのだがな。仕方あるまい、一枚だけだぞ」
「うめー! クッキーうめー!! サクサクしてて甘くてうめーっ!!」
「よし、ではチョコ作りに入る。確か隣の家にテンパリングができる場所があったな。よく拭いて綺麗にすれば充分使えるはずだ。ロー、そこの材料を担いできてくれ。チョコを作りに行こう」
「にゃへへへ……」
「……クッキーはお終いだぞ」
「にゃう」
密かに伸ばしていた手をぺしんと叩かれたローは耳を丸くし、反省するかのように彼に着いて隣の家へと向かっていく。もちろん、言われた通りに材料を抱えながら。
見た目だけは、やはり平和な光景だ。午後のお菓子作りなんてこれほど長閑な情景はあるまい。
しかし作っているのは表の戦争を左右しかねない超危険兵器『スライムの川』。一口食べればスライム神様に跪き、二口食べれば懺悔を乞い、三口食べればその威光に恐れ平伏す極悪兵器。もしこんなモノが流通したりしたら、それこそ世界情勢がスライム神によって支配されかねない。しかもフォール渾身の一作だけあって無駄に味が良いのが腹立たしい。
誰か、誰かこれを止める者はいないのか!? この極悪兵器の流出を、この街で起こる戦争を、人類の分裂を、誰か止められはしないのか!? このままでは世界は二分され、大戦争が起きてしまう! かつての歴史を再現するが如く、忌々しき大戦争がーーー……!!
「フッ……、美味しくなぁれ」
誰か! 早く!! この世界が終わってしまう前に!!!




