【3】
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「さて、調理を開始しよう」
さて、アホみたいな決戦からところ戻って魔道駆輪。時間も過ぎて夜も半ば。砂漠を貫く線路の上を征く車体からはもう銀の輝きは垂れておらず、その代わり空には美しく輝く満点の銀色と一筋の白銀があった。外灯も松明もないこの砂漠では、空の光がよく映える。
しかし奇妙な話で、その空のどの星々よりも、或いは月よりも眩しい輝きは地上の魔道駆輪から放たれていた。黄金の、月すら滲ませるほどの光だ。流石は『地平の砂漠』が誇る宝石とでも言うべきだろうか。釣り上げられてもなお輝きを失わない活きの良さはそこら辺の魚や獣の比ではない。
まぁ、その輝きが魔王の顔面から放たれていなければ何よりだったのだけれど。
「フォール……、リゼラ様が息してないんだが……」
「生きの良い蛸だ。まずはシメなければな」
「聞いてる? 貴殿聞いてる!?」
「やめようシャルナちゃん。フォール君が釣るなり食い付いたリゼラちゃんが悪いよ……」
「シメ方は簡単だ。蛸の眉間を貫けば良い。と言う訳でロー、やれ」
「フシャーーーッ!」
「ごフッ」
「「魔王ごと逝ったァアアアーーーーーーッッ!!」」
不慮の事故なのでセーフ。
「次は美味く調理するための下準備だ。ぬめりと魔王を取らねばならん。冷凍すれば両方とも凍るので話が早いからな、このように夜の砂漠へ突っ込んでしまえば……」
「待ってフォール君! 流石にそれはヤバい!!」
「まぁ落ち着け。見ろ、ルヴィリア。風も収まり済んだ空気が空の星をあんなにも煌々と輝かせている。一つ一つ、今にも手がとどいてしまいそうなほどの大きな輝きだ。美しい景色だとは思わないか?」
「え? ま、まぁ、そりゃぁ……」
「つまりはそういう事だ」
「うん? うん…………。待ってリゼラちゃんもあの中の一つになると!? それお空に昇ってんじゃねーか!! ダメだよダメ、別の方法! 別の方法でお願いします!! ホントにマズいから!!」
「チッ。……では仕方あるまい。塩を塗り込んで取るとしよう」
「ギャァアアアアアアアアアアアア傷に染みるゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッッ!!」
「こっちの方がマズかった!!」
「にゃははは! スゲー! 蛸メッチャ撥ねててスゲー!!」
「リゼラ様も撥ねてるがな……。あ、剥がれた」
「よし、今のがトドメになったようだな。本当はぬめりと魔王の前に内蔵を処理するものだが、今回は発酵させてつまみにするので煮てから処理するとしよう。内蔵のつまみは良いぞ。かなり苦いが、酒で漬けるとこれがまたな……」
「つまみー? つまみって何だー?」
「ふん、アホ虎娘にはちょっと早い話だ。何せ大人の楽しみだからな」
「なにぃ!? 筋肉バカにできるならローにもできる!! ツママセロー! ツママセロー!!」
「………………ローちゃ」
「股間を摘んでみないかとか言い出したらまた放り出すからな」
「アッハイ。……ま、まぁつまみは兎も角、今日は何を造るつもりなんだい? 流石に魔道駆輪のお陰で多少マシとは言えかなり寒くなってきたからねぃ。僕は温かい料理が良いなぁ」
「わ、私は貴殿が作ってくれる料理ならば何でも……」
「ローいっぱい食べたい! 美味いのいっぱい!!」
「むぅ、リゼラが増えた気分だ……。ところでリゼラ。貴様、注文はあるのか?」
「新鮮な蛸ならば刺身も良いが泡仕立て風味風味で味わうのも良かろう。或いはスパゲティーノソースで……」
「……復活一言目がそれとはな。舌が肥えたか? 全く、厄介な成長を」
「腹いっぱい喰いたい」
「…………成長ではないな。悪化か」
美味しいものは腹八分目が一番です。
「まぁ、今回はルヴィリアの要望通り温かい料理だ。その上、腹に溜まるものを作ってやる。……腹一杯になるかどうかは貴様等の胃袋的に難しいかも知れんが、その分美味いものを作ってやるから安心しろ」
「「「やったー!!」」」
「ほう、温かくて腹に溜まる……。貴殿は何を作るつもりなのだ? スープ、ではないよな?」
「確かにスープならば良い出汁が取れるだろうが、量がな。砂漠というだけあって、できるだけ水は温存しておきたい。と言う訳で今回は水を捨てることなく作れる、久々の米を使っての黄金蛸の壺飯を作ろうと思う」
「……お、黄金蛸のつぼめし? 何だそれは」
「まぁ、見ていろ」
そう言うとフォールは先日メタルに買わせた調理器具を並べ、幾つかの根野菜を取り出して同じく細かく刻み、蛸丸々一匹ごと同じ鍋に投入。弱火でじっくりと煮立たないようにさせながら充分に火を通し、その間に米をとぐ。そして煮上がり、未だ黄金の光を失わない蛸を外の冷気で締め、細かくカットしていく。
なお余談だが、先ほど言っていた内蔵などは彼により切り分けられた後に貯蔵庫へ保管され、後日、蛸の酒漬けとなってフォール、ルヴィリア、シャルナによる夜会のお供になるんだとか。
「ふむ。後は……」
さてはて、もうここまでは主夫よろしく慣れた手付きなのだが、さぁ今回の真骨頂はここからだと言わんばかりに一つの壺が取り出される。それはフォールが漁師から釣り竿を購入した時に一緒に貰ったという、蛸を入れる壺である。
彼はその壺を丁寧に汚れやサラ砂を拭き取ると、米や野菜、そして蛸を煮た煮汁を投入。さらにメインの蛸も入れて調味料を一匙、二匙程度。『元々蛸の味があるから整える程度で充分』とのことらしい。
「以上だ。あとは煮立つまで待つだけで良い」
「何じゃサッパリしとるのう。本当にこれで美味い料理ができるのか?」
「米料理は元々手軽なものが多いからな。極東の庶民食だと言うし……、パンのようなものだろう。だが味に関しては安心しろ。いつぞやの魚飯とはまた違った美味さを教えてやる」
「こめ! ロー米始めて喰う!! 美味いか? 米そんなに美味いか!?」
「フッ、美味いぞ。フォールの料理は何でも美味い。何せ我々の旅を支えているのはフォールの食事と家事と言っても過言ではないからな!」
「……じゃあ、お前たちは何をやるんだー?」
「う゛っ」
「ふっふーん? ……フォール! ローの群れは良いぞ!! 全部仲間がやってくれるからな! 戦いのときにまた考えてくれれば、世話は全部仲間がやってくれる! ローの嫁にこい!! 何ならローが敵は全部ブッ倒してやるから、毎日ぐーたらしてても良いぞ! 毎日ローと寝床で過ごそう! ぐーたらだ、ぐーたら!」
「だっ、ダメだ! そんな自堕落な生活は!! 体に悪い!! 貴殿、私と一緒なら凄いぞ!! あの、アレだ! 毎日健康的だ!! 修行も付けられる!! うん!! 健康こそ長生きの秘訣で、あの、その、一緒に、あの、暮らっ、暮っ……、くぅ……」
「はっはっはっはっはっは。どうしよう、本気でフォール君に殺意湧いてきた」
「馬鹿な、冤罪だ。……どれ、巻き込まれる前につまみの下準備を整えてくるか」
「なぁロー、御主と結婚とかしないけど妾居候して良い? いやちょっと居候するだけだから。へたしたら一世紀ぐらい居着くかもだけど居候するだけだから。ぐーたらするだけだから。妾の楽園だから」
「狩る」
「敵認定されてるじゃん……。あとシャルナちゃん、それマイナスだからね。シャルナちゃんの超健康的を通り越して筋肉生活はマイナス要素だからね。寝惚けながら筋トレするのシャルナちゃんぐらいだからね? でもそこが好きなので取り敢えず腋とおへそペロペロさせてください」
「ばっ、そんなはずあるか! 筋トレは全てを癒す万能の治療法で……、ひゃあっ!? 本当に舐める奴があるか阿呆!!」
「むぐぐぐぐ! 待って、ヘッドロック待って!! 破裂する、頭がパーンするゥ!!」
と言う訳でフォールは蛸の内臓をつまみ用に処理し始め、他の面々はぎゃあぎゃあと騒ぎながら、半刻ほど。
ローが待つのに飽きて砂漠の砂を面白半分に触りだした辺りで、彼等の期待に応えるかのように壺がぱこりと音を立てた。
フォールは煮立ち切る前に素早く火を止めて中の様子を確認。それから乾燥させておいた薬草を振りかけてーーー……。
「よし、できたぞ。黄金蛸の壺飯だ」
いざ、完成。
「「「「おぉーーー……!」」」」
ふわり冷や風に噴き上がる湯気と、蛸とご飯の濃厚な香り。
一目見ただけで解るもっちりとした米とむっちりとした蛸は黄金の輝きを放ち、ただそれだけでも宝石の詰まった玉手箱のようだった。正しく夜の砂漠に現れた太陽と例えるに相応しい出来映えだろう。
いやしかし、重要なのは味である。幾ら香りが良くても見た目がド派手でも、美味しくなければ意味がない。リゼラ達は丁寧によそられていく黄金に息を呑みつつも、その様子をじっくりと待ち侘びる。
「ふ、フフ……。見た目のビジュアルで騙される妾ではないぞ。そんな浅い選眼では魔王なぞやっとれんからな! 魔王は見た目に騙されず僅かな情報から本質を見抜くものなのだ!!」
「では量も僅かで良いな」
「お願いしますよフォール様ぁあああああああああああああああああ! どうかこの魔王にお慈悲をおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! ふへ、ふへへへへ! フォール様のご飯は最高で御座いますよぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
「見て、ローちゃん。アレ魔王」
「引く」
「言うな……。偶には目を逸らしたくなることもある……」
と言う訳で各人に配られる黄金の炊き込みご飯。
五つの太陽は何処までも輝かしく魔道駆輪を照らし、果てなき道標に光を輝かせる。
まぁ、魔王に限っては黄金の前に涎が光輝いているわけなのだけれども。
「それでは、いただき」
「うめぇ!!!」
「はやい」
「うめー! 米うめー!! もちもちしてる、むっちりしてる!!」
「おっ、これ良いね。光ってるから見た目凄いけど……、味はかなりイケるよ! 蛸は噛む度に出汁が良く染み出してくるし、野菜やお米も甘辛くて相性バツグンだ。薬草のほろ苦さも捨てがたいねぇ。良いアクセントってやつ?」
「こ、これは本当に酒が欲しくなるな……。甘いものよりは辛めのものが……。い、いかん、掻き込む手が止まらんぞ。食感もシャキシャキもちもちむっちりと……。癖になるというか、駄目だ止め時が解らない! き、貴殿、お代わりを頼む!!」
「あ、ズルいぞ! ローも、ローもっ!!」
「フハハハハ、甘い甘い。慣れれば勝手にお代わりをしても怒られぬのだぎゃっ!?」
「五杯分を一挙に盛る奴があるか、阿呆。……しかし、うむ、会心の出来だ。素材が良かったからだな。次はビジリア油を垂らしても良いやも知れん」
「違うぞー! 美味いのはフォールの腕が良かったからだ!! フォールのご飯だから美味しいんだ!! ロー覚えた、フォールのご飯は温かくて美味しい!! フォールのご飯もっと食べたい! おかわりー! おかわりー!!」
「………………」
「あ、おい! こ奴ローのにちょっと多めで盛っとるぞ! フォール様お願いしますよぉお!! ご飯美味しいのは知ってますからぁ!! 妾のも多めにお願いしますよ山盛りでお願いしますよぉうへへへへへ!!」
「き、貴殿! 私も知ってるからな! 前から知ってるからな!! 貴殿の料理が美味しいのはずっと知ってるからな!! き、貴殿の作ったスープを毎朝飲んでも良いのだぞ!! い、いや飲ませてくれ!! 貴殿の作ったスープを毎朝飲みたい!!」
「モテモテですなぁ告白合戦ですなぁエロゲ主人公ですなぁ! はっはっは、死ねば良いのに!!」
「シャルナ、スープを毎日というのは塩分量や味付けからも難しい話でだな、せめてパンか米にしてくれればレパートリーも……」
そういう話じゃない。そういう話じゃあない。少なくとも栄養面の話じゃあない。
――――ともあれ、こうして彼等の平穏な、けれど騒がしい旅路は続いて行く。夜の砂漠、満天の星空に見舞われながら何処までも続く線路を、からんからん。少し大きな線路に沿って、砂漠の道を進んでいく。
例えそれが、かつての勇者達が歩んだ道とは逆方向でも、世界の流れに逆らう道筋であっても、彼等は進んでいく。ただ遠き旅路の姿に思いを馳せながら。
「…………」
「……ん? どうしたのだ。貴殿」
「いや……、偶にはこんな平和な旅路も良いなと思っただけだ」
「……フフ、そうだな。こんな旅がずっと、は困るから、しばらく続いてくれれば良いな」
微笑みに輝くは天の星月。思いに輝くは彼等の腹。この発光、いつ収まるんだろうか。
然れど彼等の旅路は続く。空と自分の腹を光らせながら、夜の砂漠を越えていく。
例えその先に何があるかなど知らずとも、その闇の果てに何が待ち構えるのかを知らずとも、彼等を取り巻く壮大なる運命が何なのかを知らずともーーー……、ただ。
「あぁ……、そうだな」
続いて行くのだ。
「ところでさっき釣ったんじゃが、この鎧って何?」
「「「「えっ」」」」
「え?」
続いて、行くのだ!!




