表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
地平の砂漠
306/421

【1】


【1】


 からからから。やっぱり線路をゆく魔道駆輪。

 先程と違うことと言えば、その車体から五本の銀糸が垂れていることだろうか。流砂をなぞる五つの跡は白銀の煌めきも相まって琴弦が如き音色を奏でるが、砂の流れは瞬く間に糸も跡も飲み込んでいく。その様がまた、刹那的な感傷を思わせた。

 いやしかし、そんな風情を感じるのもフォールとシャルナぐらいのものだろう。少なくとも涎ダラダラの魔王や五本の線が縞パン模様に見えてきた変態、ひたすらに竿を振りまくって釣れないと騒ぐ虎娘には解るまい。

 尤も、そんな景色も流石に数時間も見ていれば飽きてくる。そもそも景色自体が何処までも黄土だし、代わり映えがあると言えば空の雲模様程度というのだから飽きるなという方が無理な話だろう。


「……そろそろ良いだろう」


 さてはて、さしものフォールも例に漏れず飽きたのか、不意に軽く釣り竿を下げて面を上げる。

 しかし糸を上げることも自前の竿を置く事もせず、相変わらず持つ分には持ち続けているよう辺り釣りそのものを止めるわけではないらしい。

 そう、彼には別の目的があったのだ。釣りよりも、ではなく、釣りすらもそれを覆い隠すための、目的が。


「ルヴィリア、耳を貸せ」


「んにゃ~……? 何だい急に。さっき本気で死にかけた上に熱砂の火傷のせいで全身ヒリヒリするからあんま動きたくないんだけど」


「別に動けとは言わん。耳を貸せと言っているだけだ。……ただ釣りをするのも暇だろう」


 『釣るなら女の子を釣りたいねぇ』と茶化しかけたルヴィリアだが、不意に送った視線の辿り着いた先がそうさせる事を赦さなかった。と言うよりも、彼女がそうすべきではないと判断したのだ。

 当然だろう。ただ軽く竿を垂らす男の表情が何処か遠く、真紅の眼を細め黄土を睨めているのだから。


「……恋バナなら請け負うぜぃ?」


「結局茶化すのか……。何、残念ながら恋バナではない。殺バナだ」


「殺バナ」


「うむ。貴様ならば大体察しているだろう? どうして魔道駆輪を飛ばさないのか……。車体の負担も当然あるが、速度さえ乗せてしまえばこの線路を渡りきるのも難しくないはずだ、とな」


「え、君のことだから何か砂漠のスライム探してるとかそういうアレかと……」


「デザートスライムが出没するのは夜だけだ。日中は陽光や熱砂の影響を受けないよう地中で過ごし、夜間は凍土の砂中で固められないよう外に出る。一方、サボテンスライムは逆に日中こそ外に出て夜は地中に潜るのだが、生息地はまだ北部へ昇ることになる。つまり本番はまだ、という事だ」


「ウフフ、死刑宣告された気分だよ……。それで本題は? まさかスライムの話だけで僕と内緒話してるわけじゃないだろう?」


「この真逆の行動だが実はデザートスライムとサボテンスライムの体内水分率に関係するという見解がある。一部学説では実はデザートスライムとサボテンスライムは同一個体ではないかという見方もあるが俺は否定派でな。そもそも日中と夜間にそれぞれ動いているならば捕食や休眠はどうしているのかが問題になるしサボテンスライムは体内で生態性の針を生成し深緑の体色を持っているがデザートスライムはこの砂漠に擬態するため黄土の退職をしている。攻撃手段を持つサボテンスライムと擬態に特化したデザートスライムでは全く生態や特徴が異なっているのだ。ならばこれを共通的な生態のみで同一個体と仮定することは全く無駄な行為と言わざるを得ん。ならば幼体と成体という形で仮説を立てた方が有力的だと小一時間」


「違うよね? スライムの話じゃないよね!? ちが、おいやめろ! 止まれ!! ちくしょう呪いのアイテムでもここまで無差別じゃねーぞ!!」


 最早、本人が呪いそのものに近いのは言わないお約束。


「む、すまんな。ついつい夢中に……。話を逸らすとしよう」


「本題スライム(そっち)かよ……」


「当然だ。……して次題だが、ローの秘宝と顔貌(フェイカー)共の目的について整理しておこうと思ってな」


「……成る程、そりゃ重要だね。でもローちゃんの秘宝についてなら兎も角、顔貌(フェイカー)達の話ならこんなコソコソ話じゃなくて皆も交えれば良いのに」


「言わんとすることは解るが、何。シャルナは聞けば思い悩むしローは理解できまい。そしてリゼラは飯の話以外を大概忘れるからな……。言うだけ無駄だ」


「さばさばしてるねぇい。同意だけど。ま、ここは『最智』の僕に話を振った的確さを評して乗ってあげようじゃないか。とは言ってもローちゃんの秘宝については、同じ四天王とは言えそれぞれ機密性を護るためにも個人個人で受け継がれるから、僕にも解らないんだけどーーー……」


 と、そこまで言いかけたルヴィリアだが、彼女の言葉を遮るようにフォールの頭へローがのし掛かる。

 その際に思わずアクセルを踏み込みすぎてあわや横転、となりかけたのは言うまでもない。


「何だ!? ローの話したか? ローの話したか!?」


「……ロー、急に飛びつくな。危ないだろう」


「呼んでないか? ロー、呼ばれた気がした!」


「あー、呼んだと言えば呼んだけど……。と言うかローちゃん、釣りはどうしたの」


「飽きた!!」


「飽きたって……」


 ルヴィリアは気まずそうにフォールへ視線を送るが、彼は丁度良いと言わんばかりに白銀の獣耳を撫で降ろして膝へと顎を乗せさせた。

 懐いた猫のように、と言うか実際そうなのだが、ローはごろごろと喉を鳴らしながら嬉しげに尾を振って勇者の膝枕を堪能する。


「ロー、聞きたいことがある。貴様が先代の四天王から受け継いだであろう秘宝……、つまり何らかのアイテムだが、それに心当たりはないか?」


「ひほー? あいてむ? ロー知らない! ロー、前の『最速』と戦った!! その時に両腕喰われたけど、勝って縄張り奪ってやった!! ロー強い! ローが最強!! ローいずなんばーわん!!」


「中々壮絶な経歴だが……、四天王というのはこういうモノなのか?」


「まー、一般的に襲名か奪名だよね。四天王は役目的にも当然、実力主義なトコあるからさ。僕は魔眼の権能使って奪ったクチだけど、シャルナちゃんは襲名だね。確か北のあの子もーーー……」


「嫌い! ロー、アイツ苦手!! 臭い!! シャルナより臭い!!」


「まぁ、元から腐ってるし……、色んな意味で……。っと、話が逸れちった。まぁこの感じじゃローちゃん、秘宝については知らなさそうだねぇい。別に良いんじゃない? 一個ぐらい省いたってスライムには会えるでしょ」


「ならん。俺の目的はスライムだが、特に全てのスライムの元祖であり頂点であるブルースライムに会うことだからな。確かに今はかなり弱体化できているが、この程度ではまだまだ逃げられるだろう……。ロー、駄目か? 思い出せないか? せめて貴様が先代を破った場所か、その先代が縄張りにしていたところで充分なのだが」


「むー、嫁の頼みなら頑張って思い出す! むー……、えっとー……、むー……。前のー……、えっと……、むー……」


「……よーしゃよしゃよしゃ」


「ごろごろ。くるっ、くくっ、くるぅっ……、にへへ」


「おいイチャつくな僕にもやらせろ」


「いやついうっかり……。しかし駄目そうだな。むぅ、流石に手掛かりなくしては……」


 無表情ながら肩を落とす彼の様子に、ローは悲しげにくぅんと喉を鳴らしてみせた。

 間抜けな彼女も彼女なりに、自身に膝を貸してくれる男の落胆が解ったのだろう。或いは間抜けだからこそ、彼の数ミリと満たない僅かな表情の変化を雰囲気で察知できたのかも知れない。

 しかし、そんな察知が功を奏すことになる。ローは慰めるように彼の頬へ義手を伸ばす、が、その義手の先に揺れる銀色の糸を見た。その銀色と彼の膝枕でころころと鳴いている自身の姿が、彼女の数少ない記憶を呼び起こしたのである。


「……ごろにゃ、にゃっ! あ! 思い出した!! 花っ!! 銀色の花いっぱいあった!! 蜜あまくていっぱい舐めたら怒られたの覚えてる!! 花! 銀色の花いっぱい!! あそこでごろごろした!! いっぱいごろごろしたから覚えてる!! 銀色の花いっぱい!!」


「花? 銀色の花だと? ……ルヴィリア、心当たりはあるか」


「流石に幾ら賢い僕でも花の種類までは……。そもそも銀色、ってか白色かな? の花なんて幾らでもあるしねぇい」


「ちーがーうー! アレは銀色だったぞ!! ロー覚えてる!! フシャーーーッ!!」


「どうどう落ち着け。……ふむ、そこまで言うならばかなり濃い銀色なのかも知れんな。それにローの活動範囲は砂漠だろう? 砂漠に咲く群生する花で色まで解っているならば多少絞ることもできよう。それでもかなり範囲は拡がるだろうが……」


「……んー、花の蜜が甘いのなら毒じゃないだろうし、ローちゃんの証言から考えると少量ながら酒気アルコールを含んでるのかも知れないね。砂漠には蜜を絞って造るお酒があるって聞いたことあるよ。何処かの街の名物じゃなかったっけ?」


「調べる価値は……、ありそうだな」


「ロー役に立ったか-?」


「あぁ、充分に」


 フォールから安堵の息が漏れるのと同時にローは嬉しそうにころころと喉を鳴らしながらフォールの膝に頬を擦り付ける。先日の野性味は何処へやら、完全に懐いたを通り超して飼い慣らされた猫であろう。

 そんな様子に勇者も気分を切り替えたのか、話題を次へ持って行く。


「さて、ローの秘宝に関しては目処が付いた。次は顔貌(フェイカー)についてだが……、これが厄介だな」


「帝国の心臓(アグロ)カインが発端の魔族三人衆だったね。あの御方(・・・・)とやらの命令で動く、今代の魔王リゼラちゃんとは明らかに組織系統の違う連中だ。まぁ、問題は四天王である僕達ですら知らないってことなんだよね……。一枚岩ってほどじゃないけどリゼラちゃんの支持率を考えるとなぁ」


「……待て、今凄まじいことを言わなかったか?」


「え? 支持率高いよ、リゼラちゃん。今じゃロリってるけど元からあの美貌だったしカリスマもあったし、魔法魔術の才能は歴代でもダントツだし。しかも本人があのだらけ様だから部下も気を張らなくて良いし、部下にも仕事を命じないし。ま、そのしわ寄せは殆ど側近ちゃんへ行くわけなんだけども」


「そう言えば魔族はホワイト企業とか言っていたな……。いやしかし奴がカリスマ……、奴が……? 馬鹿な、まだ寒天の方がカリスマだぞ」


「言いたいことは解るけど寒天以下はやめたげて」


「……まぁ良い。それで今一つ見えない奴の目的についてだが、気に掛かるのは『知識の大樹』で喚いていた運命(・・)とやらだ。『運命に従わない』とも『運命の奴隷』とも口にしていたが……、ルヴィリア、これをどう見る?」


「えっと……、フツーに考えりゃ運命って人生の道筋っていうか決まってる将来っていうか? そういう感じのモノだよね。『運命に従わない』はそれに逆らってる、『運命の奴隷』はそれに縛られてるってことじゃないかな。うーん、しかし従ってないのに奴隷ってのはどういう事なんだろう?」


「イマイチ解らんな。そも勇者の運命とはなんだ……? まさかスラ」


「心配しなくともそれだけは有り得ねぇから。……だけど確かに運命に従わないっていうのなら思い当たる節はあるんだよね。だってホラ、勇者は本来、北から西、南、東、そして中央の魔王城へ行くのが決まりだろう? と言うかそれが最善のルートなんだ。魔王城の結界を破るには四天王全員を倒さないといけないし、モンスターの強さも北からの順に段々強力になっていくから成長にも打って付け、って理由で」


「何だそれは、初耳だぞ」


「そりゃ君はガン無視で魔王城に突貫したからね!? ったく、僕が用意してた罠なんてのもお陰で全部パーになったよ……! 北から順に、そりゃもうわんさか仕掛けてあったのに全部が全部パーさ!! この砂漠にだって蜃気楼を利用した精神干渉とか仕掛けてたのにねェ!?」


「い、いや、すまん……?」


「まったく、歴代勇者どころか世界中の人々が勇者伝説にあやかって航路とし、北から西周りで世界を旅するっていうのに、君は中央から東、南、そしてこの西と逆走中なんだ。そりゃ運命に従わないとも言われるわ! と言うか君の存在がそもそも運命に従ってねーわ!!」


「まぁ、うむ。……しかし、それを言うと『運命の奴隷』という言葉がますます気に掛かる。俺が奴等の言う運命に縛られている要素は何だ? 俺を縛るほどのものとは何だ?」


「スライムとか言わないでよ、流石に」


「阿呆、俺は縛られているのではなく捧げているのであって……。待て、スライム?」


 フォールは何かに気付いたように荷物を漁り、一冊の本を取り出した。

 そう、それこそは先日の廃城で手に入れたーーー……、スライム大冒険の絵本である。


「運命に逆らいつつ運命の奴隷……、ま、まさか奴ら、古代スライム経典を主と崇め讃え、新たなる発展を良しとしない保守派なのか!? 馬鹿な、顔貌(フェイカー)共がスライム神信徒であったばかりか、まさか保守派だったとは……!!」


「頼むから一旦スライムから離れよう! 話が進まねぇ!!」


 それは勇者クオリティ。


「そ、それで話を戻すけども! 奴等の言う運命が歴代勇者が辿ってきた旅路だとするならば取り敢えず『従わない』の筋は通る。事実、もし君が順路通りに来ていたなら世界の命運は大きく変わっていただろう。少なくとも僕達がこうして旅をすることはなかったはずだ」


「……エレナの預言でもそう言っていたな。確か、幼い頃より共に過ごした少女と黒いエルフ、そして傭兵と旅をすることになる、だったか」


「黒いエルフと言えばリースちゃん……。い、いやいやまさか! あ、でも彼女、僕が君対策で急遽用意したエルフの女王トラップのせいで女王が行方不明になったのを耳にして旅から戻って来たんだっけ? だ、だとしたら有り得ない話じゃないのかな……」


「それと傭兵だが……、いや……、奴は有り得んか。少なくとも共に旅をしている様子など想像もつかん」


「それに少女ってのも始まりの街じゃないとねぇ。幼馴染みキャラは貴重だと言うのに……。だけど、預言で言えばもう一つあったはずだよ。君が灼熱に燃やされ滅び逝く世界に立つという預言だ。君が世界を滅ぼすという……、ね」


「……どうだかな。世界の繁栄なら兎も角滅却か。思い当たるとすれば、それは、『消失の一日』ぐらいのものだ」


 その言葉を吐いた時、フォールの表情が何処か沈んだような気がした。

 彼の膝で微睡んでいたローもそれを感じ取ったのだろう。彼の胸に頬を擦り付けながら、首を抱き寄せてごろごろと喉を鳴らして心配する。


「無論、あんな悲劇を二度と起こすつもりはないし、起こすこともないだろうが……。いや余計な話だった。そちらの話を続けてくれ」


「ん……、だね。とは言っても実際のトコ情報はこんなトコじゃないかな。僕達が何も知らないのか、そうさせてるあの御方(・・・・)とやらの手腕を褒めるべきなのか……。どちらにせよ魔族三人衆、残り顔貌(フェイカー)四肢(エニグマ)、だっけ? 奴等に吐かせるのが一番手っ取り早いだろうけどネ」


「やはりそうなるか。だがそれも一筋縄ではいくまい。覚醒魔族や不魂の軍(ソロモン)、その他のモンスターなども考慮に入れれば相当な戦力だ。その上、先日の兵器での一件も気に掛かる。何か強大な……、俺達の想像し得ない力が、想像し得ない者によって動いていると睨んで間違いないだろう」


「本来はそこがリゼラちゃんポジなんだけどなぁ……」


「……黒幕、か」


 ちらり。


「シャルナ、見よ。妾の目には満干全席を囲む妾の姿が見える……。あれぞ世界を支配した暁に妾が味わう幸福のビジョンなのだろうな……」


「蜃気楼ですね」


「…………アレだぞ?」


「アレだよねぇ」


 アレである。


「フォール、フォール! でも何か知んないけど、ローがいるぞ!! ロー強いから、お前助けてやれるぞ!! ローの嫁だからな、お前の頼みなら何でも聞いてやるからな! だからよしよししろ、わしゃわしゃしろ、ぺしぺししろ! ローを構えにゃ~♪」


「……まぁ、貴様が悩みの種の一つでもあるのだが、うぅむ」


「ローちゃん僕もよしよしわしゃわしゃぺろぺろしてあげるから構ってぇええ~~~っ!!」


「フシャーーーーーーッッ!!」


「ああああああああああああああああああああ目がぁああああああああああああああああああ!!!」


「何をやっているのだ、貴様は……」


 こうして、ルヴィリアの顔面に振り抜かれた爪撃が合図となり、その場での話し合いは一旦終了することになる。

 ――――情報を整理すれば整理するほど、追求すれば追求するほど、魔族三人衆とあの御方とやらの影は深く、濃くなっていく。未だ踏めないその闇がどうなっているのかなど予想もつかない。

 しかしこれから旅を続けて行くに際して、彼等との激突は避けられないだろう。フォールの言う通り尋常ではない戦力や戦法を執ってくる彼等との戦いは決して楽なものではないはずだ。帝国でカインが使役していた覚醒魔族や顔貌(フェイカー)が操る不魂の軍(ソロモン)も然り、また強大な魔力の源についてもまだ何も解っちゃいない。

 しかしここまで来た以上、自分達の目的が変わることもまたないのだろう。世界を逆行するこの旅が打ち切られることも、また。


「…………」


 けれど、嗚呼、けれど。正直、自分が気に掛かっているのはそこではない。

 だってそうではないか。確かに魔族三人衆やあの御方とやらについて気に掛かることは多々ある。彼等についてはまだ殆ど解っていない。

 だが、そもそもの根本として解って居なければおかしい部分がある。

 全ての中心、全ての始まり、全ての原因ーーー……。それらを司るはずの、この男について解っていなければ、『運命に従わない奴隷』たるこの男について解っていなければ、到底知り得る話などではないのだから。


「……何だルヴィリア、俺を見て。手当なら崇拝室の救急箱を使え」


「いや、そうじゃないんだけどね……。ローちゃんが舐めて手当してくれないかなぁって……」


「このザラ舌で舐められてみろ。死ぬぞ」


 知らない。自分だけではなく、リゼラもシャルナもローも、知らない。

 彼の出身も経歴も血筋も肉親も、何も知らない。どうして彼は『消失の一日』を起こすほど異様な力を誇っていたのか? どうして彼は古代語が読めたのか? どうして彼は勇者たり得たのか?

 知らない。自分達は、彼の事を何もーーー……。


「……悩ましいねぇい」


「何だ、黄金蛸が釣れないことか? 確かにもうかなり経っているが一切反応がないというのもな……。珍魚だけはある」


「そうじゃなくて……、あ、でも待って。ローちゃん、フォール君が今なんて言ったか言ってみて」


「んー? こんじきだごがつれないー?」


「違う違うその後!」


「はんのーがないー?」


「後! その後!! 上目遣いで、もっとホラ僕を見上げながら!! カワイイ声でカワイイ唇でさぁ!! 言って!! ちっ、チ、チン!?」


「シャルナ、釣果はどうだ? 何、あまり良くない? ではエサをつけてみよう。最悪でもデザートシャークぐらいは釣れるはずだ。何、一回きりだが場合によっては二回か三回はいけるはずだ。消化されてなければだが……」


「待って冗談です僕が悪かったですだって言わせたいじゃん無邪気娘に淫語言わせてハァハァしたいじゃ、ァッやめて糸を持ってこないでやめて僕を縛るのは女の子だけでやめ、やめ、やめ、ちょ、待ってさっきやったじゃん! 僕が被害に遭うのはさっきやったじゃん!! だから次は順番的にリゼラちゃんで、あの、やめ、や、ァッァッ、アーーーーーーーーーーッッッ!!」


 たまには悩みも放り出そう。砂漠へ一緒に投げだそう。

 空飛ぶ緋色でフライアウェイ。明日は何処にランナウェイ?

 行こうぜ共にゲットアウェイ。僕たち友達グランナウェイ。 ――――ルヴィリアの手記より抜粋。

 なおこの翌日の手記は『やっぱりこのオチかって思いました』と綴られていたそうです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ