【エピローグB】
【エピローグB】
「…………ぁぁぁぁああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
さて、時は数十分ほど巻き戻る。具体的にはとあるバカの突貫により、三名が巻き添えになったあの瞬間から数秒後まで、だ。
通路の奈落に落ちた彼等はそのまま遙か彼方まで真っ逆さまの最中で、カネダは既にこれが助からない高さであることは直感していた。頭の中を飛び交うのは今までの楽しい思い出と悲しい思い出と辛い思い出と嫌な思い出ばかり。これが走馬燈というやつだろう。なお割合がアレなのは普段の不運によるものである。
ちなみに他の連中は既に各々の方法で着地体制を整えているので走馬燈を見ているのは彼だけなのだが、それもまぁ、大体いつも通りのことである。
「……いや待っておかしくない!? 助けて? 俺を助けて!?」
「あ、ごめんなさい。風魔術一人用なんですよ……」
「ケヒャヒャヒャ。テメェ受け止めたりしたら腕が砕けちまうぜ」
「あ? 普通に着地すりゃァ良いだろうが。この程度の高さなら。……何か下に針山が見えてきたけど」
「詰んだコレ」
そして刹那が過ぎ去り、漏れなくメタルの言葉通り彼等の視界に針山が見えてきた。
風魔術で滞空できるガルスや特有の細長い手足で壁面にへばり付いているコォルツォ、そしてこの程度では傷一つ負わない化け物もまだ良い。ただ、カネダだけは別だ。この場を脱する方法も道具も持ち合わせて居ない彼は、本当にここで死にかねない。と言うか本人はもう諦めて神に祈りを捧げている始末。
流石にそんな惨めな様子を見かねたのだろう。メタルは呆れ果てたため息と共に空中を跳躍。そのまま一足先に針山へ突っ込むとその衝撃で人一人分はあるであろう針の数々を粉砕し、カネダが着地できる空間を整えてやった。
まぁ結局受け止めるなんてことはしなかったので瀕死の重傷者が一名できあがる事になったわけだが。
「……貧弱だなァ」
「頼むからお前みたいな化け物基準で考えるのやめてくれる?」
「意外と余裕あるっぽいし大丈夫そうですね。……それにしても、まさかメタルさんまでこの遺跡に来てたなんて驚きましたよ。砂漠で沈んでから、いったいどうしてここまで?」
「どうしてつってもなァ、気付いたら流れ着いてたワケで……。そっから何か見て、あー、何だったか? まァ忘れるぐらいだし大したモンじゃねェだろ。とにかく巨人共が襲ってきたから全部ブチのめしてて、気付いたら何かお前等がいたってェ感じだなァ」
「テキトー過ぎんだろテメェ。シシッ」
「あ? 誰だテメェ」
「シ、シシッ!?」
「コォルツォ第九席ですよ、帝国の! メタルさんだって一応十聖騎士の一人にはなったんだから顔ぐらい見てるでしょう!?」
「覚えてねェなァ。帝国の連中に関わるなんてもうねェだろうしよォ……」
メタルは面倒臭そうに頭を掻きむしるが、その動作はコォルツォの否定によって止められた。
序でに言えば『このままの旅路を行けばそうでもないぞ』という言葉にもよって。
「近々、西の外れにある国で、エレナ様とその国の姫君との婚姻式がある。小さい国だが帝国との統合に最後まで抗い続けてた気の強い国でよォ? そんなトコで婚姻が行われるモンだから、十聖騎士も何人かが護衛に付くって話だぜェ。だからまた会う奴もいるんじゃねェかァ? ヒャヒャヒャッ!」
「え、エレナ様が結婚!? 初めて聞きましたよ!?」
「当たり前だろ。元々は極秘裏に進められるモンだったんだからなァ。ただ知っての通り帝国の一件で聖女の地位が初代聖女ルーティア様に渡り、エレナ様は性別を隠す必要もなくなったからなァ。大々的に婚姻式が開けるってワケだ。ヒャヒャッ!」
「お、おい待て。まさかその結婚式、ユナ第五席が来るんじゃないだろうな……!?」
「そ、そうですよ! まさか先生……、い、イトウ第四席とか!」
「さァなァ? 震えて待てば良いじゃァねェか! ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」
下卑た笑い声をあげるコォルツォ第九席と、来たる悪夢に怯え祈るガルス。胃痛でそろそろ本当に死にそうなカネダ。そもそも魔道大列車とは何の話かと首を捻るメタル。まぁ何とも大変なことになっているわけでして。
しかしそんな混乱も数分だ。彼等は取り敢えずと気を取り直しつつ、青白い光に覆われる辺りを見渡して現状を把握し直した。上から随分と落ちて奈落の針山に着地したわけだが、当然出入り口などあるワケがない。自分達は文字通り奈落の底にいる、という事になる。
「帝国の話はどーでも良いけどよォ。問題はこっからどう脱出すっかだろーがよ。ここは悪くねェが巨人も喰い飽きたしフォールもいねェ。留まる理由はねェなァ」
「キシッ? フォールならさっき……」
カネダとガルスは全力でコォルツォの口を塞ぎ、にこやかに首を振る。
そりゃもう力みすぎて引き攣るぐらい、とってもにこやかに。
「そ、そう言えば僕たちぃ、盗賊を探してるんですよ! メタルさん、盗賊を見かけませんでしたか!?」
「盗賊? 盗賊ならそこにいるじゃねェか」
「予測しやすいボケをありがとよ。そうじゃなくて三流の奴等だ。お前は知らないだろうが魔道大列車を襲った奴らを追っててな。ご自慢の直感で集団の気配とか探れないのかよ?」
「三流盗賊なんか探って何になるってンだ。根城なのか、ここが? ……ってかそもそもよォ、ここは何なんだ? 漂流したから彷徨ってるがワケの解ンねェ仕掛けはあるし奇妙な巨人は彷徨いてるしよォ。何つーか、気持ち悪いんだよなァ、ここ。足元がフワフワするっつーのか、頭がクラクラするっつーのか」
「ケヒャヒャッ、何だそりゃ? 戦闘のやり過ぎで白昼夢でも見てんじゃねェのかァ-?」
「いや、聞いておいた方が良い。メタルは戦闘馬鹿だがこういった直感は当たるぜ。何せ直感的な嗅覚だけで人一人を追って旅してるような奴だからな……。まぁ付き合う俺達も大概と言えば大概だが」
「それに、確かにこの遺跡は異常ですよ。古代語と言い、何よりどうしてこんなモノがあるのか……」
「その辺りはどーでも良いさ。問題はどうやってこっから脱出するか、だろ? 何だ、昇るか? この壁」
「昇れるのはお前ぐらいだからやめてくれ。……何かこう、近くに通路とかないか? お前なら壁ぐらい壊せるだろう。この際だ、別に遺跡を壊そうと文句を言われるわけじゃない。それにコォルツォももう盗賊団云々の建前を言ってる場合じゃないだろう。もしあの巨人が外に出たら大変な騒ぎになるはずだ」
「……ケヒヒッ。テメェ等をただで見逃すのは癪だが、確かにその通りだ。まずは脱出優先だな。盗賊団に関しては、まぁ、仕方ない。勘弁してやるぜェ」
「うし、そうと決まればこんなトコでぐだぐだしてる理由もないな。メタル、辺りの壁を壊すなり叩くなりして通路をーーー……、メタル?」
カネダの言葉を無視し、彼は全く微動だにしない。眼光を開き切って何かを見つめる様など、正しく空塵を睨める獣の様ですらある。
その、明らかに正常な状態ではない彼の前で、試しにガルスが手を振ってもやはり反応はない。カネダが小突いてもコォルツォ第九席が揺すっても反応はない。調子に乗ったカネダが変顔をさせたら流石に反応はあったがカネダは死んだ。
「……通路、じゃねェが、あっちに何かあるな。この気持ち悪さの原因だ。間違いねェ。壁の中に何かある」
「壁の中? ……というか何で解るんですか?」
「あ? 何かこう、ぼやぁ~っと……、見えないか? こう?」
「いや僕人間なんで……」
「最近ガルスが冷たい」
「そんな事ありませんよぉ」
「瀕死の俺を放置してるお前等がそれ言う?」
「俺からすりゃお前ら全員人間じゃねェよ。ケヒャヒャッ!」
と、言うワケで。
「この辺りだ」
メタルの先導通り、彼等は落下地点からかなりズレた、奈落の暗闇を進んだ場所である壁の前にいた。
見た目はやはり他の壁と何ら変わらず、何の変哲もない奈落の一部と言った印象しか受けないのだが、どうにもメタルの双眸には全く異なるものが映っているらしい。いや、そこまで異なっているなら普通は戸惑うものだが、この男は何ら躊躇なく壁面を粉砕してその空間へと進んでいく。
流石にこの迷いなさにはコォルツォ第九席も若干引き気味だったが、カネダとガルスからすれば日常風景である。
「どうだ? 何がある」
「……何って、こりゃテメェ」
メタルはその空間に覚えがあった。先刻、自身が漂流したあの壁画の場所に似ているからだ。
それは構造だとか風景だとかではなく、何となく、雰囲気が似ていたのだ。背筋が泡立つような、足元が浮き立つようなーーー……、人はそれを畏怖と呼ぶのかも知れない。
まぁ、そんな感情を知らない獣にはただ気持ち悪い空間でしかないのだけれど。
「鎧だろ。どう見ても」
メタルが指し示した空間は匣に近い。無駄な装飾は一切なくただ青白い立法的な空間で、その中央に何やら鎧が浮かんでいる。彼からすればただ浮いているだけの珍しい鎧だ。
しかし、そんな彼とは違ってカネダやガルス、コォルツォ第九席までもが絶句するより他ないほど感銘を受けていた。その余りに美しい鎧の姿に言葉を失うばかりか呼吸すら忘れかけてしまったのだ。
――――何と、美しい鎧だろう。光輝く外殻をあしらった鎧は青白き光同様、何処か心を温かくさせる。一目見れば例えどんな一撃だろうと傷付けることはできず、例えどんな冷熱でも歪ませられないことが解る。それが異様な、天井的な存在であることは見れば見るほど心に刻まれていく。
「何かキモいな。壊れんのかな?」
ガッッキィインッッ!!
「やっべぇ剣にヒビ入った……」
「「「ちょ、おま」」」
「これ修理できっかな? オリハルコン性の剣なんだけど」
「やめろ修理費で貯金が全部飛ぶ!! これか? うーむ、たしかにこのヒビは取りにくいな。白い刀剣に一筋の砕けヒビは目立つんだよなぁ~~~~~~。だがラッキーな事にこの位置ならカザリに見えない事もない。カザリをつけりゃかくせるぜ」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ! これ何……、待ってくださいその剣ってオリハルコン!? 伝説の鉱物!? カラット数億は下らないと言われる!? 嘘でしょう!? ちょ、見せてください。あわよくば研究させてください!!」
「それどころじゃねェだろォ!? この鎧は何だ!? 明らかに普通のモンじゃねェ!! ……シシッ!!」
「あー? 鎧は鎧だろ。こんなモンただの鎧でだなぁ……」
メタルが鎧を殴りつけると浮遊力が先程の衝撃で緩んでいたのか、そのままこてんと転がっていった。
そして、皆が何をしているんだと慌てるよりも前にけたたましい警報が鳴り響く。その匣を破裂させるほどの激音と流血のように真っ赤な光が辺りを染め上げる。
それだけでも異常と言うには充分だったが、ご丁寧に『ジバク、マデ、アト60フン』という音声付きでそれを知らしめてくれた。
「……嘘だろお前」
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」
「喋ったのは鎧じゃなくて遺跡ですよ!! ……キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」
「態とやってんのかテメェ等!? って、そうじゃなくて問題は遺跡の自爆機能が発動したことだろーが!! あと60分、つまり一時間だ! 一時間でこの遺跡が自爆しちまうんだぞ!?」
「いやでもまぁ、一時間あれば俺達なら脱出できるだろうし……」
なんて言葉を否定するように鳴り響く轟音と変動。その空間までもが直角に引っ繰り返り、彼等は針山の残骸へと叩き付けられる。なおオマケと言わんばかりにメタルの頭に鎧が直撃したことを追記しておこう。
いやいや、そればかりではない。彼等が姿勢を建て直すよりも前に空間という空間は次々と組み変わっていき、地下深くの奈落にあったはずの匣はいつの間にか遙か上空、砂の混じった雲が見えるほどの場所まで迫り上がっていたのだ。
驚愕に息を呑む間もなくガルスが下を覗くと、そこには常識外れに巨大な大砲の姿があった。いや、巨大過ぎるあまり大砲と呼んで良いのかどうかすら怪しいほど巨大な砲身の姿が、である。
「……な、何ですか、これ。大砲? 大砲!?」
「つかたっかァアーーーッッ!? 雲より高いぞここぉ!?」
「ま、待て、自爆だつってんのに何で大砲に形が変わるんだ!? ヒ、ヒヒッ、おかしいだろ!?」
「大砲だって爆発するだろ。だからこう……、なぁ?」
「大砲の砲身エネルギーを内部で増幅させ続ければ暴発するって話な!? いや待て、発射ならともかくこの規模での自爆だと下手すりゃ街や国一つどころじゃない! 大陸が、地図の形が変わることになるぞ!! 当然、俺達も無事じゃ済まない! 何としても阻止しないと!! ……いや待て、阻止方法は!?」
「ハッハッッハ、知る訳ねェじゃ、ァッ、やめ、カネダくぅん!? やめろォ! カネダくぅんやめてェ!! 落ちるゥ!!」
「大丈夫だろお前なら落ちても死なないってたぶん」
「キシシシッ、仲間割れしてる場合じゃねェだろ! 早く自爆とやらを止めねェと歴史に残るレベルの被害が出る!!」
「止めると言ってもこれじゃあ……。ん? 待ってください。カネダさんの言うとおり、大砲の形になったということは発射エネルギーを収束させるんですよね? と言う事は発射までは大砲と同じ順序を踏むということですよね? そう考えればつまり、発射させなければ解決できるってことですよね? じゃあ止められるんじゃないですか? これ」
「だからその発射を停止させる方法が解らないって話でだなぁ……!」
「発射を停止させなくても発射の元を停止させれば良いんですよ。ほら、入り口は下にあるワケですし」
ガルスが何気なく指差すのは、深淵よりも深く闇よりも果てしない砲身の穴だった。
つまり彼はそもそもの発射を阻止させるのではなく、発射する為の機構そのものを破壊しろと言っているのだ。確かに砲身である以上、その先には砲弾の入る弾倉に当たる空間があるわけだし、発射するには何らかの機構があるに違いない。破壊すれば発射を阻止できるのは当然だろう。
だが、その為にはこの何処まで続くか、と言うか何処に続くかも解らない砲身に突貫、つまり雲の上から一挙に奈落へ落ちるような体験をした上、帰ってこれるかどうかも解らない、何があるかすら解らないような暗闇に飛び込まなければならないわけで。
「待ってこれ無事じゃ済まなくない? と言うか落ちたらそれっきりじゃない?」
「いえ、発射自体はされるわけですから衝撃で飛び出てくることは可能だと思います。……まぁ、何処まで飛ぶのか、そもそも無事で済むかは解りませんけど。あと万が一発射されない場合も考えると自力で這い上がれる人でないと駄目なので僕は無理ですね」
「あ? ってェ事はァーーー……」
何かを察し振り返った彼の背後では、ボソボソと囁き会っているカネダとコォルツォの姿があった。
チラチラこちらを見るあの視線からして間違いない。何かやるつもりだ。
「こ……、ここは公平にじゃんけんでよォ! 大事だよなァ公平さってなァ!!」
「メタル、ここは……」
――――くっ、駄目か!
彼はそう判断すると共にもう平和的解決しかないと抜剣しかけた、が。
「俺達全員で行くとしよう」
「は?」
「そりゃ普通に考えればこれを起動させたお前が行くのが筋ってものだ。けどそうじゃない。俺達は仲間だろ? 共に支え合い、困難に立ち向かうための仲間だ。こういう時こそ手と手を取り合うもんさ」
「ケヒャヒャッ、その通りだなァ。お前も元は十聖騎士の一人だ……。ここはよしみってヤツで助けてやるぜ」
「て、テメェ等……! そうか、そうだよな!! 悪い、テメェ等なら『多数決で』とか言って確実に俺を行かせると思ってたぜ……。そうだよな、俺達は仲間だよな! クソッ、テメェ等を疑ってた俺が恥ずかしい……!!」
「良いんだよメタル。さ、行こう。俺達の戦いが待ってる」
「あぁ、もちろんだ!」
メタルは砲身の入り口へ移動しつつ、熱くなる目頭を押さえていた。
――――そうか、その通りだ。今まで傭兵家業としてただ一人戦って来た自分にも仲間ができたのだ。もう一人で孤独な戦いを続けることも、仲間などいないと全てを警戒することもない! 頼れる友と一緒に新たな道を進むことができる!!
この戦いは新たなる旅路の角でとなるだろう。仲間と一緒なら耐えられる。戦える! さぁ行こう!! 今なら怖いものなんて何もない!!
「行くぜ! カネダ、コォルツォ!! これが俺達の生き様だァアアアーーーーーーーッッ!!」
メタルはその掛け声と共に砲身の中へ飛び込み、遙か彼方螺旋状に続く闇の中を落ち行った。
カネダとコォルツォはその様を見送りつつ、ふぅと一息零して一言。
「逝ったかな」
「逝ったな」
悲しい、事件でしたね。
なおこの後、今し方独り突貫した馬鹿の衝突がとある勇者達により装填音と勘違いされる事になったり、破壊の衝撃が発射寸前の衝撃と勘違いされたりする事になるのだが、彼等がそんな事を知る由はない。
「んで、どうすんだァ? これじゃあマジで防ぐ手立てがねェぜ?」
「いいや、そこは心配ない。あのアホなら間違いなく破壊する」
「その点だけは確実ですね。ただ、たぶん衝撃でここは大変な事になるので、僕達は今何よりも脱出を優先すべきかと」
「……信頼してんのか馬鹿にしてんのか解ンねぇ連中だなァ、ケヒヒッ。しかし今回は全く無茶苦茶だぜェ。ワケ解ンねぇ仕掛けが発動したり巨人に襲われたり遺跡が兵器になったりよォ。あァ、フォールの野郎がいるならアレも伝えときたかったが、今更かァ」
「アレ? アレって、エレナ様の御婚姻のことですか?」
「確かにエレナ様に関連した話だが、ちと違うなァ。単純にあの人からもし出会うなら伝えて欲しいと伝言を預かってきたのさ。確かーーー……、『まだ女神様の声は聞こえますか?』だったなァ」
「……女神? それっていったい、どういう」
切り返して問い掛けたガルスだが、不意にその言葉を止めるようにポンと肩を叩かれる。
叩いたのは誰であろうカネダであり、彼の顔は奇妙なほど穏やかな微笑みを浮かべていた。
ガルスは知っている。彼のこの微笑みは、諦めの微笑みであることを。
「ガルス、砂漠に虎っているかな」
「虎……、ですか? いますよ。正しくは豹の部類ですが、デザートタイガーという『死の荒野』に生息するアドレラタイガーの別種ですね。群れをつくることで有名で、一匹一匹の戦闘力は大したことありませんが集団の強さには目を見張るものがあります。あと流砂を泳ぐことでも有名ですけど……、それがどうかしました?」
「そっかー。……じゃあアレ、何かな」
指差した先には、空さえ多い隠さんばかりの土煙があった。いや、土煙と言うよりは濁流、或いは土砂崩れと言い換えた方が良いほど、凄まじい勢いで雪崩れてくるものがあった。
目をこらせばそれが土煙の類いではなく土煙を纏うほどの速度で砲身を駆け下りてくる集団であること、目をこらさなければそれが砲身全体を埋め尽くすほどの範囲で駆け下りてきていることが解る。
それが何の集団かは最早語るまでもあるまい。ただ、その集団が何処に向かって来ているかだけは、語っておくべきなのかも知れない。
「……なぁ、俺最近になって思うようになったことがあるんだ。今まで色々あった事とかさ。今日だって盗賊団に会えなかった事とか、魔道大列車が横転した事とか、この兵器での騒動とかさ。色々あったけどさ」
「はい」
「もしかしてアイツ等が死神なんじゃなくて、単純に俺の運が悪いだけなんじゃないかな、って……」
「よく……、気付きましたね」
「いやそれどころじゃねェだろ!? 早く、早く逃げェーーーーー……ッ!!」
こうして盗賊はまた一つ成長を遂げたが、結局インガオーホーに酷いオチを迎えたというお話である。
なお一応フォローしておくと、彼は知らず知らずのウチにお目当ての盗賊団を捕まえた、と言うか、盗賊団に捕まえられたことになるのだが、それすら本人達は知る由などなく。
今日もまた一日ーーー……、何処へ宛てるでもない盗賊の恨み辛み日記に一ページが加わることになるのであった。
読んでいただきありがとうございました




