【エピローグA】
【エピローグA】
「成る程、『最速』のな……」
その事実を聞かされたフォールは意外に落ち着いていた。
いや、落ち着いていると言うか落ち着かざるを得ないと言うか、正座させられて首に覇龍剣を当てられ、『何があったか包み隠さず話せ』と脅されているこの状況ならば逆に落ち着かずにはいられないというか。
表面上は心配そうに眉根を落としている死刑執行人から漂う場合によっては殺すという殺気があれば、嫌でも冷静になろうというものだ。
「……ところで、俺はどうして打ち首寸前なんだ?」
「シャルナとローは犬猿ならぬ龍虎の仲でのぅ……。そりゃあんな事にも……、待って? 何かこの仔豹メッチャ妾に噛み付いてくるんじゃけど!? 何なの!? 何で普通に襲われてんの妾!? シャルナ、助け、うぉおおおおおおおお魔王を舐めるなよぉおおおおおおおお!!」
「ミャー! ミャー!!」
「争いは、同じレベルの者同士でしか……、いやアレは捕食か」
「貴殿、別に私は怒ってるワケじゃないんだ。ただ奴に何をされたか教えて欲しいだけなんだ。貴殿の顔や腕から臭うその異臭は何だ? まさか涎か? 誰の涎だ? 誰とナニをしていた涎だ? いや答えるだけで良いんだぞ? 場合によっては貴殿を殺して私も死ぬだけだから、な?」
「死刑よりタチが悪いな……」
ちらりと後方を振り返れば、そこには瓦礫の中から義手を探すべく直感と魔眼を駆使するローとルヴィリアの姿があった。
なおその視線と共に刃が狭められ、重圧な感触が彼の皮膚に喰い込んだのは言うまでもない。あの仔豹が自分とローの隠し子ではないと訂正するまで死線を七度は潜ったというのに、まだ脱せられないというのか。
フォールは仕方なく話題を逸らすべく、ふぅと一息ついて間を取り持った。
「しかし、まさかカネダ達にコォルツォ第九席まで来ているとはな……。別れたようだが……。奴等は兎も角、メタルに遭遇しないで済んでいるのは僥倖だろう。ただ、ガっちゃんには会いたかったな……」
「ンな我が儘通るか阿呆! 御主のせいで妾達が何度死にかけたと思っとんじゃあ!? あと妾は現在進行形で死にかけてるんじゃが!?」
「こらこら、変なものを食べるな。腹を壊すぞ」
「キシャアアアアアアアアアアアア……! ガブァッ!!」
「ブハハハハハハハ! メッチャ警戒され何で妾噛むのコイツ!?」
完全に八つ当たりである。
「それより貴殿……、大丈夫だったのか? 盗賊団に拉致された時はどうなるかと思ったぞ」
さてはて、現状の断罪も必要だが何より重要なのは情報の共有である。
フォールはその言葉に首を捻るも、思考を何巡かさせ、リゼラ達から聞いた話を思い出した後に容易く答えを見つけ出した。何、元より然程難しい話ではなかったのだ。
「いや、盗賊団ではない。それはきっとロー達の群れのことだろう。……そうか、俺が目覚めた時にあの荷物の山があり側でローが眠っていたのは群れのヌシへ成果を集めただけだったと言うことか。……恐らくこの遺跡が稼動した時期と盗賊共が活動を開始した時期は一致しているはずだ。遺跡の巨人との戦いのせいで群れが上手く機能せず、食糧不足から盗賊業を始めた、といったところだろう」
「……つまり結局はあの間抜け虎が原因ではないか!」
「誰が間抜け虎ダーーーーッ!!」
ゴゲシッ。シャルナの後頭部へ鋭い脚撃一発。
倒れた彼女を踏み付けY字ポーズを決めるのは義手装着済みのロー。文句なしの10点満点である。
「ローは頭良いぞ! 天才だぞ!! そして最強だ!! こんな筋肉バカより天才だ!! あれ? 最強だ!?」
「こ、の……! 退け、間抜け虎め!! 人の頭の上で威張るんじゃない!!」
「ニャハハハハハ! 日和った筋肉なんか相手にならない!! ニャハ、ニャハハハッ!! お前バカ! ロー最強!! ローが最強!!」
追いかけて、追いかけられて、瓦礫の中で擦った揉んだの争いを繰り広げるシャルナとロー。
大剣一振りは瓦礫を粉砕する衝撃を生むが、義手を装着したローは適当な速度にも拘わらず彼女の攻撃に擦りもしない。成る程、犬と猿ではなく龍と虎というだけの事はある。
「ふむ……。ルヴィリア、説明」
「あの瓦礫の中から義手見つけた直後に説明を求めるとは流石の鬼畜さだねぃ。……えーっと、話せば大して長くないんだけど元々シャルナちゃんとローちゃんは見ての通り信条とか性格とか、とことん正反対なせいでまァ~仲が悪いんだよね。さらにその関係へ拍車を掛けちゃったのが四天王任命の一件でねぇ」
「……どちらが『最強』を受け継ぐか、か?」
「そうそう。ぶっちゃけどう考えても相応しいのはシャルナちゃんなんだけど、ローちゃんも四天王で彼女に次ぐ実力者でさ。まぁシャルナちゃんとあんな追いかけっこできるのは魔族でも彼女ぐらいなもんだよ。ただやっぱ、その実力が逆に悪かったっていうかぁ……」
「成る程、大体の事情は察した。確かにあの性格と強さではシャルナと叛するのも無理は……」
と、フォールの言葉を句切り、ローが彼の首襟を咥えてその場から連れ去り瓦礫の高台へと飛び乗った。
追いかけっこから突如の誘拐にシャルナは驚きの叫びを上げるも、そんな様子にまたローの牙は無邪気な笑い声を上げる。いや、ある意味では邪気たっぷりと言うべきなのだろうけれども。
「ニャヒヒヒッ! これローの嫁!! お前なんかに渡さない!! 筋肉には筋肉だけで充分!! 一人で筋トレしてれば良い!!」
「よ、よ、嫁ッ……!? 嫁ぇ!?」
「……だから、ロー。俺は貴様の嫁にはなれんと何度」
「じゃあ婿で良いぞ! ロー、お前を婿にする!! お前と群れ作る!! フォール、ローの婿になる!!」
その様子に僅かながらも眉根を上げるフォールと、嬉しげに彼の頬を舐めるロー。
当然、彼等のやり取りにシャルナは驚嘆を通り超して殺意の悲鳴を上げ、覇龍剣を振りかぶることになるのだが、そんな光景を見ていた魔王達は一言。
「……仲悪い理由増えたよね、アレ」
「まぁーたアホが増えるのか……」
「え、いやリゼラちゃんも……」
「天才魔王に何か?」
「ごめん何でもない。……いやぁ、それにしたってシャルナちゃんもローちゃんもフォール君に出会ったお陰で変わったよねぇ。シャルナちゃんは丸くなったし、ローちゃんはまさか人に、それも選りに選って勇者に懐くとは。ま、変わったことに限れば僕も人のことは言えないけど」
「別にそう驚くことでもあるまい。人だろうと魔族だろうと亜人だろうと……、その者を変えるのは時間ではないのだから」
「じゃあ何が変えるんだい?」
「トラウマ」
「説得力がハンパないわぁ……」
経験者の言葉は重い。
「おい、貴様等。阿呆なことを話し合っている暇はないぞ」
「おう御主、生きて……。何そのダメージスタイル」
「ヤバいよフォール君。世紀末覇者でもそこまでボロボロな格好してないよ」
「奴等の争いに巻き込まれてこのザマだ。……全く、どうしてくれようか。替えの服は魔道駆輪に積んであるメイド服とアイドル衣装ぐらいしかないと言うのに」
「「メイドふ……、えっ」」
「まぁ衣服に関してはは後で砂漠用の新作に挑めば良いだけの話だ。しかし問題はこの遺跡そのものだな。先刻の戦闘と今の戦闘で絶賛破壊され続けているわけだが、謎を解明するにもこの状況では……」
「いや御主止めてこいよ。と言うかアレ御主のせいじゃろ」
「そうしたいのは山々だが少々腕をやっていてな。誰か一人をあの争いに投げ込むぐらいしかできそうにない……」
「ちょ、ちょっと待ちなよフォール君。まさか投げるって僕た」
「じゃんけんホォイッ! あっち向いてほォイッッ!! おっしゃ勝ッたァアアア!!」
「ではルヴィリアさん、ボッシュートです」
「えぇ……」
人は犠牲により歴史を築いてきた。争いは犠牲により起こり、犠牲によって止む。それが悲劇の連鎖だと頭では解っていても、誰にも止めることはできない。最も短絡的であり最も根源的であり最も原初的であるその連なりを止めることは何者にも不可能なのだ。
嗚呼、今日もまた、今回もまた、今度もまた、誰かが犠牲になる。悲しみの連鎖が紡がれてしまう。
ルヴィリア・スザク。片足を高く振り上げた勇者による渾身の投擲により、無念の生贄である。
「よし、では厄介者がこちらを嗅ぎ付ける前にこの神殿について調べるとしよう。確か瓦礫の中に台座らしきものがあったはずだ。……残っていれば、だが」
「えぇ~? もうメンドいし帰りたいんじゃが……」
「……GO!」
「フシャァアアーーーッ!」
「おい御主なんでその仔豹飼い慣らしてギャァアアーーーーーッ!!」
「さて、さっさと始めるとするか」
フォールは争いをやめた、と言うかやめさせたシャルナとローに罰として瓦礫撤去を命じ、自身もまた台座近くに転がる残骸を退けていく。相変わらず断面を見ても触れてみても破片を触っても何の材質なのかは解らなかったが、所詮残骸は残骸。壁床だろうと巨人だろうとこうなってしまえば何の脅威でもない。
なお、瓦礫撤去中にも関わらずルヴィリアの犠牲により収まった喧嘩を再発させようとした四天王二名が勇者式アイアンクローにより、あと序でに仔豹に惨敗した魔王もこの瓦礫と同じ状態になりかけたのだが、そこは大体予想も付くだろうし割愛しておくとしよう。
「どれ、そろそろか。……しかしこれは台座と言うより石碑か?」
「石碑? って事はさっきの鏡みたく古代語じゃないのかい、それ。僕を殺しかけた癖に読めませんでしたってオチは流石にふて腐れますよ? ん?」
「いや、そもそも文面の一部が破損しているな。……原型が残ってるだけで奇跡的ではあるのだが」
「ロー悪くない! それシャルナがやった!! ロー見てた!! シャルナが剣振り下ろしてた!!」
「ま、待て! 違うぞ!! それは貴殿が覇龍剣の一撃をいなしたからだ!! 嘘をつくな!!」
「喧嘩するな阿呆共。幸い、僅かな文言と石碑の半分を占める図面は残っているようだ。大した被害ではない。……何々、『塔雲轟く雷鳴より鋭き光、天穿つ神の螺旋より放たれん。邪悪の霊魂を滅し大地を焦がす聖裁の一撃ここにあり』か。……詳しい名称は破損してしまっているが、ある程度は推測できそうだな」
「……おい。御主、今、古代語読まなかったか?」
「あぁ、読……、おい頭半分喰われてるぞ」
「メッチャ痛い」
「り、リゼラ様ァアアーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
「こら! それ食べちゃ駄目!! お腹壊す!! マズそう!! 食べるならもっと美味しいもの食べろ!! ローとの約束!!」
「大体同意なんだけどそもそも食べ物じゃないからね、この魔王様」
「えっ、これリゼラ様!? リゼラ様こんなに小さかったか!?」
「あ、うん。その辺りはまた後で説明するから。……ってそうじゃなくて、フォール君! まさか君、モンスター知識に家事知識や機械知識、洗脳知識と暗殺知識に毒物知識だけじゃ飽き足らず、遂に言語知識まで手に入れたのかい!? 流石の僕も自分の称号疑い始めるレベルですけど!?」
「後半おかしくないか? ……いや、うむ、そうだな。確かに言われて見れば何だ? この言語は。どうして俺は読めたんだ? こんなもの、学んだどころか眼にした記憶すら、いや、そうか。解ったぞ。どうして俺が読めたのかが解ったぞ!」
「スライム以外なら発言して良いよ」
「………………………………」
「大方スライム神の加護とかその辺りだろうな……」
「うん、取り敢えずリゼラちゃんは頭のその仔豹どうにかしようか?」
閑話休題。
「兎に角……、どうして俺がこの言語を読めたのかは定かではないが、まぁそれは後回しで構わん。むしろ本番はここからだ」
「えぇ、まだあるのぉ? もうこの遺跡踏破で終わりで良いじゃあん」
「阿呆、遠足は帰るまでが云々という言葉もあるだろう。……尤も、ここは遠足と言うには些か危険過ぎるがな」
フォールは石碑に降りかかった水滴のように細かい砂粒を払い除けながら、再びそれに目を通していく。どうやらその石碑はこの遺跡の起源と構造を記したものらしく、先ほど彼が述べたように名称や年月、目的などの詳細的な部分は破損しているものの、下半分の図面と併せて解読すれば自ずと全体像が見えてくる。
いや、一つ訂正しよう。ここは遺跡ではない。少なくとも現代から見れば確かに遺跡として呼称しても問題はないだろうが、少なくとも古代語を解読した彼はここを遺跡と呼ぶだけの寛容さは持ち合わせていなかった。
当然だろう。この文言と言い、図面と言いーーー……。例え致死量の罠やモンスターで溢れかえった場所を遺跡と呼ぼうとも、波風に晒され瓦礫一つしか残っていないような残骸を遺跡と呼ぼうとも、こんな物騒な存在を遺跡と呼んで良いわけがない。
「丁度良い。奇しくも拠点の長たる魔族達が集っているのだ。一つ聞くが……、あの巨人や道中の罠など、あぁいった侵入者を拒むものを仕掛けるのは何故だ? 順に答えて行け」
「何故って……、そりゃアレじゃろ? 侵入されたら困るからじゃろ」
「ですね。或いは何かを護るため……、或いは試練を課すためだ。『爆炎の火山』が覇龍剣を護り、また私が継承するに相応しい実力であるかを測るために造られたように」
「んー、シャルナちゃんに大体同意だねぇ。まぁ、僕の風雲カラクリ城はフォール君対策に造ってたワケだけから、当然ながら敵の殲滅って意味合いもあるよね」
「ローは城とか造ったことないぞ! 群れ乗っ取る奴はローが相手する!! 群れ乗っ取られたら、仲間がそいつのシモベになっちまうからな!!」
「いや、今聞いてるのはそういう事ではないんじゃないかな? ローちゃん……」
「やめておけルヴィリア。獣に知的な会話など酷な話だ」
「フシャー……! やるか褐色筋肉ド貧乳ダルマ!!」
「言ったな? 貴殿、それを口にするということは戦争だと以前教えたはずだが……!?」
「やめんか阿呆共」
フォール式アイアンクロー炸裂。
喧嘩両成敗は基本です。
「残念ながら全員外れだ。特にローの話は元の話題から全くズレている。……だが、実はローの答えが一番近くもある」
得意げに鼻で笑うローと、悔しそうに睨め付けるシャルナ。
なお二人は勇者の掌がゴキリと音を立てた瞬間に小さく悲鳴を上げて背筋を正し直したのは言うまでもない。
「どういう事じゃ? 『侵入を拒むため』でも『護るため』でも『試練を課すため』でも『殲滅するため』でもないと?」
「その全てが一応正解ではあるのだがな。正しくは『利用されるのを防ぐため』……、だ。この石碑を解読するに、どうやらこの場所、と言うよりここ全体は一種の神殿として扱われていたらしい。これだけならばまだ推測もできたものだが、いや、それ以上に意味合いが強いのは兵器としての価値だな」
「兵器? うぇぽん? ……あぁ、あの巨人!?」
「ではない。確かに巨人も兵器の一部ではあったが、独立兵装……、とでも言うかな。謂わば兵士の役割だ。それに対しこの神殿は要塞であり、砲台でもあるワケだ」
「待て、全く解らんぞ!? 何だ、じゃあここから砲身がにょきにょき生えてくんのか!?」
「一々惜しいところを擦るな、貴様は。恐らく貴様が想像しているのはウニのように砲身が生える姿だろうが、そうではない。生えてくるのは一本のみ。貴様等は知らんだろうが、途中俺とローが通ってきた螺旋状の通路……、いや、砲身と呼ぶべきか。それを元に変形する。つまるところ、この神殿の不可思議な仕掛けや構造、迷路など、何もかもがこの神殿そのものを巨大な大砲に変化させる為の機構だった、というわけだ」
坦々と言い放たれたその言葉に反応できるものはいない。
唯一、流石と言うべきかルヴィリアだけは理解したようだが、結局彼女も自身の耳とフォールの言葉を疑ってまた疑問と驚愕の渦へと飛び込んでしまった。
――――無理もあるまい。まさか今まで自分が通ってきた道が、触れてきた壁が、走り抜けた通路が、全て大砲の一部となるべき場所など想像できるわけがない。
だってこの遺跡に入って奥に進むだけでも数時間を要したというのに! 全て廻れば何十時間どころか何日かかるかも解らない規模なのに! それが、それら全てが変形したら一門の大砲になる? そんな話、いったい誰が信じると言うのだ?
「……何でもかんでもデカけりゃ良いってモンじゃなかろうがァッ!?」
と、必死に絞り出した魔王様の一言がこちら。
気持ちは解る。とても解る。
「俺に喚くな。だがこの石碑の図解を見るにそうとしか考えられん。兎にも角にも古代から続くものというのは聖獣にせよ兵器にせよ規模にせよ自然物にせよ……、巨大なものでなければ気が済まんようだ。だったらスライム礼拝堂の百や二百を残すのは常識だろうに」
「昔の人の常識基準をブチ壊すのはやめたげてよぉ!? いやそれもヤバいけどさ、そもそも一番ヤバいのが何たってそんな大砲がもし稼動したらって話でしょ!? この遺跡全てを使った威力なんて、下手すりゃ国一つ吹っ飛んでもおかしくないよ!?」
「まぁ少なくとも衝撃波だけでも想像できないほどの威力だろうな……。うむ……。そうなるだろうな…………」
「…………き、貴殿? その、何だ。今とても嫌な予感がしているのだが、敢えて聞くぞ? 否定のために聞くぞ!? どうしてそこで言い淀むんだ!?」
「……先程、遠足は帰るまでが遠足と言ったな?」
「あ、あぁ……」
その激震は突如として訪れる。
彼等の脚場は文字通り引っ繰り返り、地面と地面が変殻しながらも接合を繰り返していく。それは全てフォールが見た石碑通りの移行であり、黄土の海に巨大な砲身が現れるまでの変遷、即ちただ広大に拡がり黄土しか色を持たぬはずの世界に漆黒の彩りが生まれた瞬間だった。
遺跡内もまたその巨大な変動に追随し、流砂の傾れが細かな隙間を塗って彼等が通ってきた通路も、彼等が通る通路も、何もかもを流砂が塗り潰す。つまるところ、迷宮が単純明快な兵器と化したという事である。
国一つさえ吹っ飛ばすようなーーー……、史上最高にして史上最悪の兵器に。
「……えっと、これって、つまり」
「さぁ、帰り道の始まりだ」
「「「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」」
終わったかと思ったか? バカめ!
むしろここからがスタートである!!
「スゲー! 何か知らんけどスゲー!!」
「凄くあるか馬鹿者め! いや凄くはあるが!! どういう事だフォール、どうして遺跡が……、兵器が起動している!?」
「違うな。起動していた、だ。ローの言葉通りならば巨人の稼動や遺跡の変化など……、前々から予兆はあったのだろう。それが何かしらの切っ掛けで完全機動したという事だ。ここに到達したせいか、先程の戦闘のせいか、それとも別の要因のせいかは解らないがな」
「発動した以上、それより考えなきゃなのは今この兵器が発射されるかどうかってコト! たぶん機動は内部からでしょ? だったら発動しても、まぁ、僕達に被害はないだろうけど……、外の砂漠は別! あれだけ細かい砂粒だ。きっと砲撃が行われたら全て吹っ飛んでしまう! その衝撃波が何処まで拡がるかは解らないけど、少なくともこの辺り一帯はまともな生活ができなくなるだろうね……!!」
「困る! ロー、それ困る!! 『地平の砂漠』は群れの縄張り!! ここ大変なことになったら、群れの皆困る!! ローも困る!!」
「全くだ。砂漠にはデザートスライムやサボテンスライムがだな」
「せめてそこは砂漠の人々とか外の連中とかを心配しろよ勇者なんだから!? じゃあつまり止めるしかないって事じゃろ! おいフォール、さっさと止める方法を言え!! 石碑解読できたなら何か解るじゃろーが!!」
「うむ。この兵器の中枢……、謂わば司令室はここだが、機関室は別にある。機動を止めるならばそこまで行って阻止すれば良い。しかし何故か構造がこの石碑に刻まれたものと違っているようでな。恐らく貴様等が原因だ。この遺跡は対魔族に特化して造られているため、最終防衛機構が発動したのだろう」
「わ、我々に特化した……!? ますますワケが解らなくなってきたな……! だがつまり、今その機関室への道程は解らないということで良いか!?」
「残念ながらそうなる。大砲形態に変化した以上、記述通りならば発動まで……、大体一時間もないな」
「まさかの余命一時間宣告ゥ!?」
「いや、一時間もない言うとるからそれ以下じゃな。いつも通り面倒なことになてきおったぞ……」
「あの、リゼラ様。もう仔豹に頭半分以上食べられてますけど。一時間どころかそれ以前に死にそうですけど。リゼラ様? リゼラ様!?」
「だからそれ食べちゃダメって言ってる! 魔王マズい!! お腹壊す!! 魔王腐ってても消費期限一年までならセーフとか言ってる!! 四天王会議でもお茶菓子として出しときゃバレないとか言ってるって側近様が愚痴ってた!! ローも酷い目に遭った!!」
「おい待て御主どういう事だ詳しく聞かせろ」
「いやむしろ僕達が詳しい話聞きたいんだけど」
側近曰く『あの人の女子力は死滅している』とのこと。
「無駄話はそこまでだ。兎にも角にもルートを探さねばなるまい。機関室までの道が解らん以上、一刻も無駄には出来ないからな。ローも群れのことが気に掛かるだろうし、迅速に行動するとしよう」
「と言うかローはここに住んどるんじゃろ? だったらコイツに案内させれば……」
「駄目ですよリゼラ様。この者に道を覚える頭はありません」
「ふ、普段は匂いで覚えてる! 道は覚えてないだけ!! キカンシツー? は知らないけど、仲間のいるトコなら解る! あそこは他の場所と違って涼しくて変な形だし、群れの寝床だから匂いも染みついててよく解る! けど、今は鼻が利かないから……」
「待て、ロー。今何と言った? 涼しくて変な形の場所だと?」
「……そ、そう。あそこ変な場所。他のところと違う! ここの一番奥だから安心!! だからいつもあそこにいる!! 皆も匂い覚えてる!! 各々のやること終わったらあそこ集まる。ローが教えた決まり! 夜になったら皆が集まってメシ食べる! たぶん、そろそろ集まってるはず!!」
「ふぉ、フォール君。これは……」
「恐らく機関室だな。駆動部分を冷ますための空調管理だろう。無駄な通路のない奥地ならば群れが寝床にするのも納得できる……。お手柄だ、ロー。少なくとも闇雲に進むよりはそこを目指した方が可能性はある」
「わしゃわしゃ? わしゃわしゃ! わしゃわしゃゆるすぞ!!」
「よーしゃよしゃよしゃ」
「にゃはっ♪ にゃふっひひひっ♡」
「……き、貴殿。私も巨人倒した。巨人、倒したのだが!?」
「む? うむ。よくやったな」
「あ、あぁ……」
「撫でたげて。撫でたげてフォール君! 流石に撫でたげて!!」
「無駄話してる暇はないんじゃろ!? アホなことやっとる場合か!! と言うかローの鼻利かんなら機関室の場所が群れだろうと何だろうと意味ないじゃろーが!?」
「いや、意味ならばある。貴様の頭に食らい付いているその仔は何だ?」
「キュ?」
全員の困惑は止まり、代わりにその視線がリゼラの双角を囓る仔豹へ向けられた。
仔豹は急変した雰囲気に愛らしく首を捻るが、皆が見ているのはその愛らしさではなくその鼻であった。(※フォールは除く)
そう、如何に子供とは言え群れの一員だ。例え複雑な道だろうと、いつもと変貌してしまった道だろうとその鼻は立派に群れの匂いを覚えている。
いや、むしろ弱く幼い個体だからこそ危機察知や帰巣本能が高いとも言えるだろう。今、巨人や罠と言った何処から危険が襲ってくるか解らない状態だからこそ、その弱さが何よりの武器になる。
その、弱さこそがーーー……。
「……ん?」
その異変に気付いたのは、リゼラだった。
いや、そもそもこの仔豹がここにいる時点で気付くべきだったことだが、彼女はその事実を飲み込んだ。
――――少なくとも今、口に出すべきではない。
「では、行くぞ。仔豹は俺が持」
「フォールだめ。この子怖がってる!」
「……………………………………………………リゼラが持ってやれ」
「凄まじい不満顔じゃが……、まぁ解った」
「よし、では仔豹よ。まずは何処からだ?」
ローが通訳係として仔豹にその言葉を伝えると、小さな鼻をひくつかせながらか細い声が一つの通路へ向けられる。先刻の変動により乱立した入り口から見事正解を探し当てたのだ。
成る程、これは期待できる。
「そちらか……。走るぞ!」
斯くして彼等は走り出す。
この兵器の機動を止めるため、この『地平の砂漠』を救うため、この砂漠で未だ怯える人達を助けるため、走り出す。いや後ろ二つは結果論なのだがそれはまぁ置いておくとして走り出す。
帰り道は地獄道。然れど彼等は今まで何度も地獄など走り抜けてきた。例えその道に幾重もの困難が打ち立てられていようとも、彼等は走り抜けてきた。
行け、行くのだ! 勇ましく誇り高き勇者達よ!! その身に宿した決意の心を元に、走り抜けるのだーーー……!! バチィンッッ!!
「え」
「え」
「え」
「え」
「キュウ?」
通路の入り口。人一人が通れるかという僅かな小路に足を踏み入れた瞬間、フォールは見事に弾かれた。
衝撃で仰け反る彼に皆の勢いは見事に削がれ、誰も彼もが無言のまま立ち尽くす。ただ何が起きたのか、その通路に張られた結界は何なのか、そして結界に刻まれた古代語は何なのかを問うようにーーー……。
「……その結界、何」
「…………『悪しき者、この道通ること赦さず』」
「おい遂に悪しき者認定されおったぞこの勇者」
だって勇者ですから。
「馬鹿な……! 俺が、この俺が悪しき者だと!? 偉大なる神の御威光を広めてきたこの俺が……!?」
「邪神なんだよなぁ」
「しかも手段が手段ですからね……。ですが一応勇者であるフォールが通れないということは我々も通れないということでは? 仕方ない、急ぎ壁を壊しましょう!」
「だね。それにしてもこの結界、どういう構造で反応してーーー……」
ルヴィリア、通過。
「…………」
「どうした!? 速く行く! 時間ない!!」
ロー、通過。
「……二人とも、ちょっと」
シャルナ、通過。
リゼラ、阻止。
「「何故だ……!?」」
「勇者と魔王のツートップかぁ……」
「私利私欲の強さだな……。邪さで言えばルヴィリアもだろうが……」
「二人とも速くこっち来る! 時間ない!! ロー達通れたんだから二人も通れる!!」
「やめたげてローちゃん。傷に塩塗り込みまくってるから。死人に鞭打ちまくってるから」
「こうなったら本当に壁を壊すしかないな……。二人とも、少し離れて。私が覇龍剣で壁を壊すから、その隙間を通ってだな」
「「断る」」
「え」
「貴様等に通れて勇者たる俺が通れないわけがあるまい。ここで折れるは神の名折れ。スライム神様に背徳するが如き行為は何物を持っても赦されぬ。高が結界一枚程度なんだと言うのだ。我が神の威光は結界だろうが兵器だろうが巨人だろうが折れることはない! 失せろ薄汚れた結界め、この我が進行を阻むものあらば全て滅してやろう!!」
「妾魔王なんで? 誇り高き初代魔王カルデア様の名前継いでるんで? こんな結界風情に負けるわけにはいかないって言うか? この程度で折れるわけにはいかないっていうか? 妾最強なんで? おっ? やるか? 結界やるか?」
「よし、やるぞ」
「任せろ」
今この瞬間、結界一枚相手に勇者と魔王の心が一つになった。
信仰と誇り。例えその方向性は違えど敵は同じなのだ。ならばここは運命に逆らおうとも敵対する勇者と魔王ではなく、一つの仲間として共に手を取り合う瞬間なのである。
尤も、手を取り合うって言うか勇者が取ったのはリゼラの脚だったわけだけども。
「行くぞリゼラ、準備は良いか」
「無論だとも。今こそ我等が力を見せる時! くらえっ!!」
「「魔王カリバァアアアアアアアアアアアーーーーーーーーッッッ!!」」
魔王カリバー。それはリゼラを武器にして万物を斬り裂く勇者と魔王必殺の一撃。
もうちょいやり方あったんじゃないかな。
「ふん、結界など鋼の信仰心を前にすればこの通りよ……」
「下らぬものが妾の道を隔てられると思ったか。ペェッ!」
「スゲー! 二人ともカッケー!! ローもやりたい! ローもやりたい!!」
「……うん、まぁ、二人がそれで良いなら、良いんじゃないかな」
「何だろうな……、泣きたくなってきた…………」
などと馬鹿なことを言っている間にも兵器内部の激震は強まり、心なしか辺りの青白い光も熱量を増している気がする。発射のカウントダウンが聞こえて来るわけではないにせよ、振動により辺りに降り注ぐ流砂がまるで砂時計の秒針すら思わせた。
ともあれ、こんな結界で躓いている場合ではない。仔豹も肌で危険を感じ取っているのか、そんな彼等を急かすようにか細い声で鳴き声を上げている。
「走るぞ。方向はこちらか」
「うむ、もうこの結界なような仕掛けがないとも限らぬしな。それにいつ大砲が放たれるやも解らぬ……。阻止するには機関室とやらで操作を行えば良いのだったか?」
「うむ、機関室にある装置に鍵が差し込まれているはずだ。それを施錠すれば発動は阻止できる」
「成る程ねぃ。やっぱり機関室を目指すしかなさそうかな……。ま、それにはアイツ等が邪魔になるわけだけど?」
眼前、ルヴィリアが緋色の視線を向けた先には幾つもの影がある。それ等は全て一様に複雑な迷路を抜けて彼等に迫ってきており、まるで光に集う羽虫の群れのようですらあった。
当然と言えば当然だ。敵対するはずの魔族が最も護らなければいけない場所を目指しているのだから、最大の警戒態勢で向かって来るのは必然である。大砲の発射を止めてこの砂漠を救おうとしている彼等の目的など知ったことではないのだろう。
フォールは『これだから機械は』と鬱陶しそうに言葉を零す。
「連中を相手に時間を食うわけにはいかん。……ここは手分けして進むしかないな。不測の事態のためにもできるだけ数は残して置きたかったが、奴等に足止めされる方が余ほど厄介だ。シャルナ、ここは貴様と俺で足止めを」
「フォール、待て。ローがやる! ここはローに任せて欲しい!!」
「何? 貴様にか。……いや、確かにここは戦い慣れた貴様の方がやりやすいだろうが、義手を付けたばかりだろう。無理せず慣れるまで時間を取っておけ」
「不要! ローがんばる!! フォールの為になら何でもやる! ロー、がんばれる!! フォールの為なら超がんばれる!!」
「なっ……! む、無理を言わないことだな。ここは私がやろう! な、フォール!! 私の方が適任だろう? な!? こんなバカ娘では任せたが最後、そのまま迷子ということも有り得るぞ! と言う訳で私がやろう! ロー、貴殿は腕が慣れるまでゆっくりしておくが良い!!」
「ローがやる! 引っ込んでろ筋肉ダルマ!!」
「私がやるのだ! 引っ込むのは貴殿だ、単細胞虎娘!!」
「「ぐぬぬぬぬぬ…………!!」」
「……リゼラ、ルヴィリア。どうすれば良いと思う?」
「「刺されれば良いんじゃないかな」」
「貴様等に聞いた俺が馬鹿だった」
フォールは辟易とした言葉よりも疲弊の色強く、刀剣を引き抜いてみせる。
――――未だ利き腕の痺れは取れていないが、そんな事を言っている場合でもなくなってきた。猶予は何分だ? いや、例え何分だろうと、あの巨人一体一体を相手にしている時間がないことは確かだ。だが最早、間に合うか間に合わないかの問題ではーーー……。
「つまり、そーゆー事だな!」
「つまり、そういう事だ」
フォールはそんな思想を体現するが如く一歩を踏み出すが、その足取りを止めるように素早くローが彼等の前に出る。どうやらシャルナとの言い合いは終わったらしい。シャルナもまた、彼女の隣に並ぶように踏み出していた。
「「より多く倒した方が御褒美ということで!!」」
「……いや、そんな話をした覚えは」
当然、彼の制止など聞くわけがない。
二人は全力疾走する彼等から分かれ迷宮へ駆け出し、見事、文字通り巨人をばったばったと薙ぎ倒していく。いや規模を考えれば決してそんな可愛らしい言葉ではないのだけれど。
しかし、何より注目すべきはその迫力でもシャルナの突貫力でも無く、ローの速度だ。
フォールは彼女達を止めようと上げた腕を降ろし、それをそのまま顎先へ持っていく。走りながらとは言え、いつも通りの思案の形である。
「…………ふむ」
「何? どうしたの、フォール君」
「……ローとも、またいつか戦うことになるだろうな」
「あ? 何じゃ、急に」
「いや……、貴様等と戦って来たように奴とも戦うのだろうな、と思ってな」
「……んー。まぁ、だろうねぃ。随分と懐かれちゃってるけどあの子も四天王だ。個人の感情はどうであれ、戦うことになるのは間違いない。何? ケモミミに絆されちゃった? 解るわぁ。あの子ちょっと間抜け過ぎるけど母性本能をくすぐられるからね。あとアレで群れのヌシだけあって母性もあるからね。ヤバいよ? ハイブリットだよ? バブみだよ? 赤ちゃんプレイしたらもう戻れないよ? え、僕? やりたいに決まってんだろふざけんな!!」
「黙れ。……そうではない。ただ、奴と戦うことになった時、俺はあの速度に対応できるのかと考えていただけだ」
彼の不安は、全くその通りであった。
――――称号通り、シャルナは『最強』である。鋼鉄すらねじ曲げるであろう巨人の一撃を容易くその手に受け止め、素手で巨躯を粉砕する姿は無双と言うより他ない。決してその称号に恥じぬ、いや、フォールと出逢い成長した精神力や日々弛まぬ鍛錬を考えれば、『爆炎の火山』の時以上の力があるだろう。
きっと今、フォールが彼女と純粋に戦えば、結果は真逆になるかも知れない。
しかしーーー……、それはローとて同じことだ。彼女もまたシャルナと同じ四天王であり、『最速』の称号を持つ。そればかりか、かつてはシャルナと『最強』を争った仲だと言うではないか。
「ニャハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
笑い声が、遺跡全体へ呼応する。それは決して声が大きいからなどという単純な理由ではない。
純粋に、様々な場所で音が反響しているからだ。声すらも置き去りにする速度は巨人の胴体を貫く矛となり、四肢を断ち切る刃となる。
彼女が着地した瞬間に地面が抉れ、壁面が砕ける様を見れば否応なしにその速度の証明となるだろう。
「恐らく戦闘面で考えれば速度、腕力、反応、どれを取っても今の俺は敵わんだろう。剣術にせよ今はまだ付け焼き刃の域を出ん。さらに言えば弱体化の影響か、身体能力も徐々に落ちてきている。……奴との戦闘は困難を極めるだろうな」
「フォール、御主……」
「……いや、感傷だったか。取らぬ皮を思い描こうと所詮は」
「真正面から戦うのを前提に話せるのか……」
「…………………………………………………………さらばだ、ルヴィリア」
「リゼラちゃんにお仕置きしようとして仔豹がいるから出来ないことに気付いたけどそれでも怒りが収まらなくて僕に八つ当たりすることになったんですね解りますゥ! だけどこれ理不尽過ぎないかなぁ!? やめ、ちょ、全力失踪中の抜剣はヤバい! 避けたら死ぬし避けれなくても死ぬからマジヤバイ!!」
勇者だって傷付いちゃう。だってか弱いんだもん。堪忍袋の緒が。
「そ、それよりもさぁ! そろそろじゃない? 機関室!! もう大分走ったけど!!」
「む? どうだ、スライガー」
「キュウ……」
「ふむ、近そうだな」
「ごく当然のようにスライム式命名されて困惑しとるんじゃないか?」
「多分その通りなんだけど、この仔豹の案内は正しかったみたいだね! 前方に変な空間発見!! かなり魔力が集中してる地点だから間違いないよ!!」
「良し、地点だな。ルヴィリア、仔豹を抱えて下がっていろ。一気に突貫する。リゼラは初級魔法でブーストをかけろ」
「ククク、魔王カリバーでも構わぬが、確かにこの調子に乗った兵器をブッ飛ばすには派手な方が良かろうものよ! 初級魔法ブーストで貴様を突貫させればこれ以上のインパクトはあるまい! ほれルヴィリア、この仔豹を持っておれ!! 妾の初級魔法の威力……、とくと見るが良い!」
「……ねぇ、リゼラちゃん。あの、言いづらいんだけどさ。この仔を手放したらさ」
「え? あっ」
「言い忘れたが突貫するのは貴様だ、リゼラ」
まさかの罠である。先程の恨み忘れちゃいない。
と言う訳で悲鳴を上げるか逃亡するか、そんな一瞬の迷いも赦さないフォールの掌握がリゼラを襲い、彼女を軽々持ち上げる。
もうここからの動作は慣れたもので、振りかぶりから既に発動してしまった初級魔法のブースト及び全力疾走の勢いも付けて満額どころかお釣りが来るレベルの全力投球が執行される。
目の前にあった強固な壁面など最高速度を誇る魔王の石頭と双角を持ってすればまるで障子紙より容易く粉砕されようものだ。
なおその過程で一人の魔王が犠牲になったことを追記しておく。そりゃそうだネ!
「開いたな。制御装置は何処だ? ……ルヴィリア、魔眼」
「僕のアイデンティティが便利アイテム扱いに……。魔族にも人権ヲー!!」
ォォオオオオーーー……ン。
それは今までの振動と明らかに異なる揺れ方だった。何かと何かが組み合わさった振動、とでも言うべきだろうか。それこそ、何かを叩き込めたような、弾倉に銃弾を詰めるような振動と例えるのが相応しい。この兵器規模となればタダの弾込めでも地揺れ並の振動となるのも無理はない。
つまるところ、発射まで時間がないということだろう。大砲に弾を込めれば後は火を付けるだけで砲弾は吐き出されるのだから。
「……とか言ってる場合じゃないですよね、ハイ。魔力発生源はあの柱! 部屋の中央にあるヤツ!!」
「アレか」
フォールはその柱に向かって走り出し、手を伸ばす。そこにある鍵を捻れば全ての事態は終結するのだ。
だがーーー……、話はそう単純には進まない。何せここは、地獄道なのだから。
「……鍵が」
鍵が、ない。
そこにあるはずの鍵はなく、ただ開け放たれるように闇の虚に溶ける穴が一つあるばかり。
いや、それだけではない。辺りを見渡していたルヴィリアはその異様な景色に短い悲鳴を上げ、起き上がったリゼラは驚愕の叫びを上げる。そう、そこは最早、ローが群れの巣穴として使っていたような、ただの機関室ではなくなっていたのだ。
「これは……」
辺り一面、深淵が如く拡がるはずの穴は巨人の瓦礫で埋まっている上に壁面と地面は尽く粉砕されており、ここで激しい戦闘があったことが解る。そればかりか壁面を一閃する斬撃痕は常人の一撃によるものではないことは瞭然であった。
正しく、廃墟。この砂漠に護られシャルナとローの戦いですらどうにか原形を留めていたはずの兵器内装が木っ端微塵に砕け散っている。例え爆弾をバラ撒いたとしても、途轍もない大剣で壁を殴りつけ続けたとしても、何十体もの巨人達が何かの誤作動で戦闘を行ったのだとしても、こうはなるまい。
「フォール! 巨人は殲滅した!! 私の方が数は多いぞ!!」
「ローの方が多い! 十体から先は数えれなかったけど、きっとローの方が!! ……何だこれ!?」
後から追いついてきたシャルナとローもその異変に直ぐさま気付くことになる。
特にローは、普段寝慣れている空間のこの有り様に否応なく反応するより他なかっただろう。
「む、群れの皆は!? 皆がいない! 皆どこいった!? 返事する! ローに返事する!!」
「キュウ……、キュウー……」
「落ち着け。幸い、散らばっているのは巨人共の残骸だけだ。貴様の群れは既に避難しているか、何処かに隠れているのだろう。……しかし、やられたな。先手を取られた」
「先手? ……ま、まさか」
「あぁ、この戦闘痕や破壊の様子……。そして兵器の起動やこの遺跡の変化まで全て合点がいった。そうか、そういう事か。どうしてもっと早く気付けなかった? こうなることを、余地できなかった……?」
そう、コレが誰の仕業か彼等は知らないが、最早語るまでもないことだ。
つい数時間前のことである。とある傭兵がこの兵器内に到着、と言うか漂流して巨人との戦闘になった。その結果、この機関室に記されていた壁画は崩壊し、貴重な歴史的遺産も全て崩壊してしまうという惨劇があったのだ。
例え本人のそのつもりがなくとも、結果としてこの惨劇を招いたのは事実。
そして既に何度か彼の暴力を味わったフォール達からすれば、この惨劇が誰によるモノなのかを推察するのは容易なことでーーー……。
「おのれ、顔貌……!」
※違います。
「ま、まさか先日の廃城での恨みを晴らすために……!? いや、アジトを破壊したのだ。報復に来るのは当然か……!」
※違います。
「と言う事はこの遺跡に入ってからのことも、僕達が被害に遭ったのも全部……!?」
「あぁ、顔貌の仕業だ」
※違います。
「それだけではないじゃろうな。妾達がこのクソ気持ち悪い上にクソ臭い遺跡に入るハメになったのも魔道大列車が横転したのも大列車で飯食えなかったのも密航するハメになったのも昨日の夕飯あんまり盗み食いできなかったのもこの前フォールの干物つまみ食いしたら殺されかけたのも最近ちょっと肥満気味なのも全て……!?」
「顔貌の仕業に違いない」
※いい加減にしておけよ。
「ゆ、赦すまじ! ロー赦すまじ!! ふぇいかーブッ殺す!! おのれふぇいかー!!」
「キュウ! グルルルルルル!!」
「その通りだ。……だがこの遺跡を止めない事にはこの憤りも、いや待て。リゼラ今何と言った?」
「違う! 盗み食いは顔貌のせいじゃから!! 気付いたら鍋から肉が消えてただけじゃから!! 顔貌、悪いのは顔貌!! 妾のせいじゃないです!!」
「違う、そこではない。遺跡について何と言った? あと盗み食いに関しては後で仕置きするからな」
「妾死んだ」
「どう考えても自業自得ですが……、遺跡についてって、もしかして先ほどリゼラ様が仰っていた『気持ち悪い上に臭い』の辺りか? 確かにここの青白い光は何処か気持ち悪いし、途轍もない異臭がするからな。我々もルヴィリアの魔眼催眠でどうにか耐えられている状態だ」
「そこだ。青白い光の気持ち悪さは俺も感じていたが、異臭……。待て、異臭は覚えがあるぞ……。ルヴィリア、ここには魔力回路が集中していると言ったな? 俺はその異臭にせよ青白い光にせよ、恐らく材質によるものだと考えていた。しかしもし魔力の影響によるものであれば説明がつく。この兵器の最重要操作を握り、魔力回路を動かせる鍵ならば、魔力が集中していてもおかしくない。そしてその特徴も然りだ。そうだな?」
「そ、そりゃそうだけど……。もしかしてまた仔豹の鼻を頼りに探すつもり!? そんな時間ないよ!? この魔力の流れからすると、もう数分ぐらいしか」
「不要だ。鍵、寝床、異臭……。賭ける可能性はある」
突如、フォールは指先を拡げ手を伸ばすと、とある一言を言い放った。
「舐めろ」
とても変態的な言葉をローに向かって、である。
「変態が増えた……、だと……」
「待ってそのルビはおかし、やめようシャルナちゃん!! 覇龍剣を振りかぶるのはやめよう!! その後の展開が容易に想像できるからやめよう!! 言いたいことは解る!! 言いたいことは解るからやめよう!! と言うかおかしくない!? 僕がツッコミ役っておかしくない!?」
「ゆ、指を舐めさせたいなら舐めるぞ? フォール!? 私が舐めようか!? 何もそんなバカに舐めさせずとも私が舐めるぞ!?」
「勘違いするな阿呆共。実はコイツと出会った時に寝惚け頭で腕一本を丸々やられてな。その際に凄まじい異臭をくらうハメになったのだ。初めは単純に涎が臭いだけだと思ったが、もしその異臭が別のものによるとすれば……」
「……そっか! ここが群れの寝床で、ローちゃんの癖からすれば偶然鍵を飲み込んだ可能性は高い!! でもそれやるの君じゃなくて良くない!? 僕でも良くない!? と言うか僕で良くない!? 寝てれば何でも吸い付くんでしょ!? ……ひらめいた!!」
「通報するぞ貴様。明らかに無駄な時間を取るから却下だ」
「わ、私でも良いわけだろう!? それなら!! こ、コイツの口に手を突っ込むのは些か抵抗があるが……!!」
「貴様の腕の太さではローの口が裂ける」
「妾は?」
「オチが見えてる」
「じゃろうな」
はい。
「兎角、時間がない。無駄に議論する暇もな。……ロー、できるか?」
「できる! フォールの頼みなら何でもする!! フォールの腕食べれば良いのか!?」
「食べるな。舐める程度で良い。どうせ貴様のことだから何処に腕が消えるかは解らんが……」
「憲兵さーん! ここに精神年齢10歳以下の女の子に指〇ェラとかいう変態プレイさせてる人がいまーす!! 憲兵さーーーーん!! 捕まえて-! キャー変態よ-!!」
「呼んだら真っ先に御主が捕まるじゃろそれ」
「騒ぐな、手元が狂う。……どれ、挿れるぞ」
フォールは腕を捲り手持ちの水で注ぐと、精一杯開け放たれた口腔に指を忍ばせていく。
またあの腕一本を丸々飲まれる感触を味わうのかと思うと指先がどうにも重くなるが、そんな事を言っている場合ではない。リゼラの視線が、ルヴィリアの呑息が、シャルナの殺気が、首を捻る仔豹の無邪気さが、そして何より周囲の激震が彼を急かし立てる。
然れど慎重にやらねばならない。胃、かどうかは解らないが体の中に手を突っ込むなど初めての行為だ。慎重に、ただただ慎重に。
「んぅ……、にゃ……、にゃあ……」
「ここか……? いや、もっと奥か……」
「にゃ、ぁ、はふっ……。は、は、はっ……♡」
息苦しいのかくすぐったいのか、フォールの指が奥に入っていく度にローの呼吸は荒く艶やかになっていく。
心なしか表情も蕩けているし、何だかイケない事をやっているフウに思えてきた。
「ぁ……、おっ、にゃぉお……ごろごろ……♡」
「もう少し……! もう少しで挿入る……!!」
「これもうアウトじゃろ」
「落ち着いてリゼラちゃん……! シャルナちゃんも耐えてるから……!! 血涙流しながら耐えてるから……!! ここで僕達が我慢しきれなかったら彼女の覚悟を無駄にすることになるんだよ……!? 僕だって羨まし……、いや流石にあんなハイレベルプレイはちょっとどうかと思うけど……!!」
「無用な心配だ、ルヴィリア・スザク。私はとても落ち着いている。例えこの身を煉獄の業火が灼き尽くそうとも、今は凍土の氷のように穏やかな心を保っていられそうだ」
「口調ちょっと昔に戻ってるぞ御主」
「ダメだこれ限界だ。フォール君まだぁ!? シャルナちゃんが殺意の波動に目覚める前に早くしてぇ!?」
「焦らせるな、手元が狂う……!」
「ふぉーりゅ……♡ ぁ、ぁっ、んっ……、ふぉーりゅもっとぉ……♡ おくに、ちょーらい……?」
シャルナ、抜剣。リゼラ&ルヴィリア、抑制。
兵器起動を防ぐために鬼神が誕生するというジレンマである。
「ふぉーりゅ、そこ……♡ そこ、い、ぃ、ぁっ……♡」
「……ここか!」
――――ずぽんっ!
涎塗れで引っこ抜かれた腕は煌々と光を放つ一つの鍵を持っていた。
その鍵はまるでこの遺跡全てを押し込めたかのように青白く、そして不気味である。掴んでいるフォールでさえ思わず眉根を狭めたが、いや、その眼は直ぐさま翻り柱の中央へと向けられた。深淵のように拡がる、その鍵穴へと。
然れど激震もまた極められる。何かを刻々と焼き付けるように激震は彼等の足先を揺らし、最早ただ立つことさえ拒むようでーーー……。
「間に合うかッ……!!」
フォールの指先は柱の鍵穴にそれを差し込む、はずだった。
或いは必然だったのかも知れない。鍵が見付かったのは運が良かっただろう、しかし見付かった場所は運が悪かったのだろう。それは起こるべくして起こってしまったのだ。
「あ」
「え」
「ちょ」
ぬるん、と。
涎まみれの鍵はフォールの手から滑り落ち、そのまま瓦礫の底へ転がっていく、かに思われた。
しかし二の轍を踏まないのがこの男。かつて『あやかしの街』でやらかした失態を思い出し、彼は全力で鍵へと腕を伸ばす。指先が引っ掛かり、鍵が周り、そして、嗚呼、刹那ーーー……。
皆が息を呑む中、その鍵は彼の指先へ収まるのであった。
「……っぶないなぁもう!?」
「はよ! はよ!! はよ!!!」
「えぇい急かすな! これでーーー……」
――――カチン。
彼が鍵を差し込み捻った瞬間、誰も彼もが息を呑む。消滅か否かを左右するその刹那に願いを馳せる。
しかしそんな重いとは裏腹に、余りに呆気なく全ての機械から光が失われ、焼失するかのように振動と駆動音が消えていった。幕引きにしては些か素直すぎるほどに機械はスッパリと停止し、大砲発射は阻止されたのである。いいや、機械に感慨を求める方が無理と言うものなのだろうけれど。
フォール達はその様子に今まで溜まり堪った不穏を安堵の息に変えて吐き出し、一件落着に胸を撫で下ろした。
「どうにか……、なったな。全く兵器というのはこれだからタチが悪い」
「人間兵器が何を……。だぁーー疲れた! 今回は特に疲れた!!」
「そうだねぇ。いやはや、ホントにもうお風呂に浸かってゆっくり眠りたいよ。もう体中砂でじゃりじゃりでさぁ」
「今回ばかりはルヴィリアに同意だな。早いところこんな兵器の中は脱出するに限る」
「キュウ! キュウ~!」
和気藹々と平穏に、皆が事件の終わりを喜んだ。
『地平の砂漠』の歓迎は兎にも角にも騒々しく、『最速』の四天王ロー・ビャッコというゲストまで迎えての大事件であったが、こうして無事に終わってしまえば何と言うことはない笑い話だ。
未だ古代兵器の謎や顔貌の手段(※濡れ衣)など多々問題は残っているものの、今は無事の解決を祝おうではないか。そう、些細な問題は後回しで良い。今はただ安堵の時間を皆で味わえればそれでーーー……。
「……フォール、フォール」
「む? どうした、ロー」
まぁ、でも後回しにできない問題ってあると思うんですよね。
「さっきの……、もういっかい、シて?」
「…………」
シャルナ、抜剣。リゼラ&ルヴィリア、逃亡。
なおこの後、龍虎に襲われた勇者がとても酷い目に遭うことになるのだがーーー……、それはまた、別のお話。




