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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
――――(後)
302/421

【4】


【4】


「む……、ここか」


 フォールの言葉通り、彼等の追っていた六体の巨人は隊列を整え、全ての通路が終結する一つの空間へと足を踏み入れていった。どうやらここがフォールの狙っていた見回り警備の終点であり、またこの遺跡の中枢に当たる部分らしい。

 事実、彼等の前に聳え立つ壁や門は見慣れた材質でこそあるものの、何処か異なる雰囲気を覚えさせる。壁に浮き出る文言の形が変わったのか、気付かないほど僅かに装飾の形が変化したのか、はたまたこの先にあるであろう何かがそう感じさせるのかは定かではないが。


「フォール! 義手、義手!! ローの義手が行っちまう!!」


「待て待てどうどう。……ふむ、隙を見せてくれれば話は早かったのだが遂に中枢まで来てしまったようだな。やはり生物的な構造はしていないらしい」


「グルル、グルルルル……! フシャーッ……!!」


「……良いか、ロー。落ち着くことだ。無為な突貫だけはするな。ピンチは最大のチャンスという言葉があるが、裏を返せばチャンスは最大のピンチでもある。油断にしろ反撃にしろ、今この瞬間こそ最大の意欲と最大の注意を払え。解ったな?」


「解った! ロー、注意する!!」


「良し。尤も、何よりこの遺跡の探索の為には戦闘を避けたいというのが本音だ。流石に守護する対象がある場所で戦闘を行うほど無謀な回路アタマはしていないと信じたいが、どうだかな。機械的なものほど融通が利かないものだ」


「んー? フォール、ここが何なのか知りたいのかー? どうしてそんなに知りたがるんだ? ここから出たいだけじゃなかったのかー?」


「うむ、そのつもりだったのだが……。どうにもこの遺跡は気に掛かることが多くてな。いや、個人的な理由ではあるのだが」


 フォールは収まってきた指先の燻りを握り潰し、僅かに眉根を顰める。

 ――――この遺跡には、そしてこの中枢区には必ず何かがある。自身の心に湧き上がる猜疑を解明する何かが必ずあるはずだ。その為にもこの先の空間は完全な状態で保存しておきたい。

 奴等の体躯による一撃は例えこの壁床であろうと容易く破壊するだろう。もしその破壊された場所が自身の疑問を解明する部分だったのならばーーー……、いや、そうさせない為に慎重な行動を取るのだ。無駄な予測は爪先を鈍らせるだけでしかない。


「良いか、ロー。落ち着いて行くぞ。こちらの指示に従って……」


「……フー、フー」


 フォールとローは足音を立てないようにその中枢へと向かって行く。

 しかし、明らかにローの様子がおかしい。その中枢に近付けば近付くほど彼女の耳は激しく動き、眼はギラつくように獣の色合いが強くなっていく。未だ治らない鼻を補うように、既に彼女の牙は激しく耳元まで激しく開かれていた。

 明らかに冷静な状態ではない。フォールもそれに気付くのに数秒と掛からなかったが、ローが彼の肩を弾くように跳躍する方が遙かに早い。


「グルシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 憤怒の咆吼。顔面を貫かれ蹌踉めいた巨人は瞬く間にローの脚撃によって体躯を粉砕される。

 それに反応したのは、中枢部に君臨していた五体の巨人。巨大な脚は仲間の残骸が散らばると同時に各々の武器を構えて振りかぶり、一挙に振り下ろす。フォールの恐れていた破砕が息づく間もなく連鎖的に巻き起こった瞬間だった。


「グルルル……! グルッ、フシャァアアアアアア…………!!」


 巨人の粉砕は辺り一帯を破砕し、破壊し、破滅させる。粉塵巻き起こる轟音の連撃を、ローはひたすらに回避し続けていた。しかしその牙も脚撃も、先程のように巨人へ向けられることはない。完全に防戦一方である。

 いや、防戦一方ですらない。生物ではなく機構システムたる巨人に息継ぎはなく、対してローは幾ら速くとも生物だ。さらに言えば腕の無い状態ではその速度も持久力も全快状態の半分以下まで落ちる。

 それが指し示すのは、つまり、彼女への直撃という明確な事実のみ、だが。


「突貫するなと、言ったはずだ」


 瞬間、ローに向けられた一撃をフォールの剣戟が逸らしてみせた。

 火花散らす衝撃は真紅の双眸を鋭く唸らせ、彼の怒りを鮮明に表している。例え表情に出ることはなくとも、殺気に近い憤怒は彼の中で煉々と燃えているのだろう。

 然れど、嗚呼、その怒りが向けられているのはローにではない。むしろ彼女には、感心の意が向けられている。


「……だが、よくやった」


 フォールの掌が彼女の頭を撫でると、彼女の牙先で一匹の仔豹が甘えるように鳴き声を上げる。

 そう、ローの耳が真っ先に捉えたのはこの仔豹の鳴き声だった。彼女の群れの一匹だろう、ここまで連れて来られたのか迷ったのかは定かではないが、群れの主としての彼女が怯える仔豹の声に誰よりも速く反応したのだ。


「フォール……、ローやっちまった。ロー謝る……」


「いや、構わんさ。貴様があと一秒遅ければ俺が先に剣を投げていた」


「……怒らない?」


「怒る理由がないからな。だが貴様が罰を望むと言うのなら取り敢えずその仔猫……、いや豹か? それを撫でさせてくれれば赦す。何なら俺の頭に乗せろ。そうすれば赦す」


「や、やだ! フォールの頭、ローの定位置!! この子だろうと譲らない!!」


「貴様の定位置になった覚えはないが。待て、一撫でだ。一撫でだけで良い。撫でさせろ。撫でさせるんだ。悪いコトは言わん。撫でさせろ、此方には全面戦争の用意がある。貴様に撫でさせる以外の選択肢はないと思え。撫でさせろ、先っちょ、先っちょだけだから」


「キュゥウン……」


「怖がってる! フォール近付くな!! フォールだめ!! ローで我慢しろ!! ローなら撫でて良い!! わしゃわしゃして良い!!」


「よーしゃよしゃよしゃ」


「えへへ♪ にゃふっ、にゅふふ、にゃへへへへへ~♡」


「では」


「この子はダメだ」


 勇者しょんぼり。


「さて、それはそうと……。見事チャンスがピンチに変わったな。巨人五体と正面対決ときたか。しかもここは見事に隠れる場所もない開けた場所と来たものだ」


 見渡せばそこはフォールの言葉通り闘技場のようにだだっ広い空間だった。

 何故か地面に巨大な円形の溝があるものの、それ以外は全く円柱形そのものである。空高くまで果てが無いほど伸びる部屋には先程入ってきた入り口以外、逃げ場も隠れ場も一切見当たらない。強いて言うならば塵煙と、何か、中央に台座のようなものが見えるが、その程度のものだ。しかも台座はローの粉砕した巨人の残骸により下敷きになってしまっている。

 いや、先程の連撃を考えれば残骸の隙間から見えるあの台座以外がそもそも残っているかどうかすら怪しいところだろう。


「ご、ごめんなさいなのだ……」


「謝罪する必要はない。その仔豹の方が遙かに大事だ。……ただ問題は先ほど巨人の一撃をいなしたせいか、腕が痺れて使い物にならん。剣術もある程度は物にしたと思ったのだがな。……自惚れだったようだ」


「じゃ、じゃあ、どうすんだ? ローの腕、どいつが持ってるか解らない! 煙のせいで見えないし鼻も利かない!! もしかしたら瓦礫の中かも知れない! 拾う隙なんてない!!」


「キュウ~……」


「うむ、これはどうしたものか。打開策を考えるのに数十秒は欲しいところだが……、それを与えてくれるようには思えんな」


 眼前、既に五体の巨人は各々の巨大な武器を構え、粉砕された仲間の残骸を踏み越えて迫ってきている。しかも運悪く出口は巨躯の真後ろと来たものだ。

 然れど二人の表情に迷いはない。むしろ清々しく、フォールは痺れ燻る腕で刀剣を構え、ローは鋭い牙を剥き出したまま獣の眼光を呻らせる。仔豹はそんな二人の後ろに隠され、大きく、そして勇ましい背中をその小さな双眸に映していた。


「キュ、キュゥン……」


 だが、やはり、どう足掻こうとその瞳の大部分を占めるのは巨大な六つの影だ。己の体躯ほどの武器を構え、容赦なき衝撃で全てを粉砕する六つの影だ。例えこの二人がどんなに頼もしくても、あの六つの巨躯を倒すことはできないだろう。

 そうーーー……、六つ。五つの後ろに、もう一つ。


「貴殿……、話があるんだ」


 まず、一閃。その瞬間に巨人の一体と鏡の枠組みが小石でも蹴っ飛ばすかのように壁面へと消え去った。 巨人達は直ぐさま同胞を滅したその者へ豪腕と武器を振り下ろす、が、それよりも小さく、然れど強固な刃が衝撃を返し、その腕ごと崩壊させてみせた。

 いいや、それでは止まらない。余りの衝撃で前のめりに倒れた巨人の頭部二つを掌握し、激突。カチ合わされた頭だったものは足元の瓦礫に混ざり落ちる。


「どうして、貴殿がそいつといるのだ?」


 残り二体。然れど、嗚呼、最早言うまでもあるまい。古来より伝承されし大剣を振りかぶる嫉妬の鬼神に掛かれば、赤子の手を捻るよりも容易いことだ。

 振り抜いた武器は拳撃一発で巨躯ごと地面を叩き割ることになり、四肢はだらんと力なく垂れ落ちる。残った一体にもせめて恐怖だとか撤退だとか、そういう知能があればまだ救いもあっただろう。しかし所詮は太古の遺跡に縛られた機構の一つ。眼前の鬼神相手にも退くという選択肢は存在しない。


「その仔豹は、誰の子だ?」


 ものの数秒。瞬き数度ほどの時間で、フォールが逃げ道を探すことさえ赦されない刹那で、巨人達は皆瓦礫へと姿を変えていた。いや、地面に顔面をめり込ませた一体だけが辛うじて原型は残っている。粉砕された、顔面以外は。


「……待て、シャルナ。話を聞け。思い込みが激しいのは貴様の悪い癖だと」


「フ、フフ。良いんだ。別に貴殿が誰と幸せを築こうがな……? だがな、そいつだけは、そいつだけは駄目だ。そいつだけは……!!」


「……何? どういう事だ?」


 彼の疑問に対する答えは、シャルナの後に続いて息を切らしながら走ってきた魔王と四天王が答えることになる。

 二人はフォールの姿を見て舌打ちするよりも前に、彼の隣にいる一人の女の姿を捉え、驚嘆の叫びを上げる。

 余りに在り来たりなほどの驚きを、何事か解らずきょとんと首を傾げる女に向かって、腹底から叫ぶのだ。


「「ロー・ビャッコォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーッッ!!?!!?」」


「……ふみゃ?」


 その名を耳にしたフォールは大体の事情を察し、一人深いため息を吐き出した。

 『やはり魔族にろくな奴はいないのか』と、物悲しい独り言と共にーーー……。



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