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「本日は『地平の砂漠』横断、魔道大列車の旅にご参加いただきありがとうございまぁ~す!」
大列車が出発して数時間。一等車両に可愛らしい案内声が響き渡り、続いて控えめながらも喜びを表すような拍手が送られた。
説明を請け負った若く美人な係の者はもう何度か経験したとは言え慣れない気恥ずかしさにはにかみながらも、この度の概要を説明し続けて行く。魔道大列車が創られるに到った経緯とかこの砂漠の特徴とか旅の日程とか、大体その辺りだ。
一等車両という上等な場所に座す者達はその説明に耳を傾け、舌にワインだとか上物のチーズだとかを乗せながら、果てなき砂漠の景色に思いを馳せる。何ともまぁ、上等に過ぎる旅だ。
しかしーーー……、そんな上等極まる第一車両に不釣り合いな男達の姿があった。
小金持ちの二等車両でも一般庶民の三等四等車両でも、貨物を積む第一第二貨物車両でも果ては家畜を乗せる家畜車両でもなく、貴族や大金持ちが乗るこの車両に、である。
「う~ん……、う゛ぇるだむ……」
男は黄土の砂漠よりも美しい金色の髪を揺らしながら、ワイングラスを片手にこの優雅な旅を楽しんでいた。
目の前には他の脚と同じように砂漠牛の乳から造られた濃厚チーズと、同じく砂漠牛のステーキが数枚。ここに彼の味わうワインもついてお値段2万ルグ。普段の彼なら、決して、嗚呼、口が裂けても尻が割れてもこんな贅沢はしないだろう。
しかし今回ばかりは別腹である。何せ、この車両に乗っている金も料理を楽しむ金も、彼の懐から出ているわけではないのだから。
「あぁ、感動的だ……! 人の金で喰う飯のなんと美味いことかッ……!! 見ろよこのワイン、こんなに薫り高い上物なんて何年ぶりに飲んだんだ……? 地獄の熱砂を眺めながら冷房の効いた車両で飲むワインは何とも味わい深いなぁ!!」
「あの、これ一応仕事ですからね? ギルドを通して貴族が正式に依頼してる仕事ですからね!?」
「いーのいのーの! なぁに、その依頼も魔道大列車を付け狙う盗賊どもの討伐って話だが、こんなあからさまな宝箱を襲うなんてどうせ安っぽい連中に決まってる。俺が本物の盗賊ってモンを見せてやれば一発さ。それに、依頼してきた貴族は急なぎっくり腰で乗りそびれたって言うじゃないか。気を張らなくて良いよ」
「で、でも、幾ら費用全てが向こう持ちだからって変装用の服装までこんな高価な……。それに車両だって別に二等でも良かったんじゃ……。罰が当たりますよぅ」
「なはは、使える金は使っちゃえば良いんだよ。人間、姑息なぐらいが生きやすいもんだ」
「カネダさんが言うと説得力あるなぁ……」
「そこは否定するトコじゃないかなガルスくぅん!?」
カネダの、いや見た目は如何にも青年実業家な嫌味ったらしい爽やかさを持つカネダの否定に、付き人よろしく小綺麗に纏まった格好のガルスはため息を零す。
そう、彼等は先日の『知識の大樹』から出発し、奇しくもフォール達と同じくこの魔道大列車に乗って次の目的地を目指しているのだ。しかし何処ぞの迷わず密航を選んだ勇者とは違って指名手配班らしく変装と小賢しい手で、こうして大列車に潜り込んでいるわけである。
ただーーー……、彼等は二人しかいない。そう、二人だけだ。いつもいるはずのもう一人の姿は、席すらも、そこにはなかった。
「はぁ……、こんな時にあの人がいたら何て言ったか……」
「やめろ、アイツの話は。ワインが不味くなる」
「でも……」
ガルスは思い出す。この大列車が出発する前には皆で楽しく魔道大列車について話会っていた時のことを。依頼のことや食事のこと、変装のことや誰がギルドで依頼を受けてくるかとか、そんな何気ない日常の風景を。
けれど、そんな日常は敢え無く崩れ去ってしまった。この大列車に乗るよりも前にメタルが残した遺言を思い出すと、思わず胸が苦しくなる。そう、あのーーー……、『おーいテメェ等スゲェぞ、この砂漠! 超サラサラ!! スゲ、あれここ深くね?』という遺言を。
「嫌な……、事件でしたね……」
「馬鹿なだけだろ」
死んでない死んでない。たぶん。
「まぁまぁ、良いじゃないの。だってそうだろう、メタルもフォールもいない日常の何と貴重なことか! 右向けば騒ぎ、左向けば戦いの日々なんてろくなもんじゃない。偶にはそんなモン忘れて、平穏に羽を伸ばすのも大事だと思うんだよ、俺は」
「気持ちは解りますけど、仕事はきちんとしてくださいよ? それにやる事だってまだあるんですからね。『知識の大樹』から借りてきた本を使っての兜調査とか、次の町からの移動手段確保の下調べとか……。あ、食材の仕入れと道具の調達も!」
「解ってるって解ってるって! だけど今ばかりは落ち着いて美味いモン喰おうじゃないか。一番の食事マナーは美味しく食べることって言うだろ? 面倒事ばっか考えちまうのはお前の悪い癖だよ」
「全くもう……、今だけですからね?」
ため息と共に水牛のチーズとステーキにナイフを通すガルス。
成る程、フォークで刺すと言うよりも掬うと例える方が正しい、ふわりとした感触。さっぱりと柔らかいようで頬に染み込むような優しい味。ステーキも肉汁を飲んだような濃厚さで、脂身もチーズ同様なんとも柔らかい口触りだ。
これはほろ苦く薫り高いワインによく合うことだろう。いやしかし、高級すぎて胃が引っ繰り返りそうにもなるけれど。
「それにしても、『地平の砂漠』ですか。話には聞いてましたけど凄いところですねぇ」
係の説明をなぞるように、彼はぽつりと零す。言葉に添えるは真紅のワイン。
「『爆炎の火山』に並ぶ過酷な環境と言われるだけはありますね。いえ、むしろ凄いのは環境よりも遺産価値かな。僕は専門外ですけど、もし機会があったら是非調べたいですね」
「あぁ、この辺りは流砂の影響で簡単にゃ立ち入れないからな。しかも砂漠の細かい砂が保護膜になって古代遺跡や自然化石が良い保存状態のままなんだっけか。奥地に行けばまだ発掘されてないお宝がわんさかとは聞くが、やっぱり環境の酷さがネックだよなぁ。極暑の南国と極寒の北国に挟まれてるだけあって昼は暑く夜は寒い。オマケに蜃気楼に猛獣に……」
「数えだしたらキリがありませんよ、専門的な装備や業者に頼らないと渡ることすら……。あれ、でもおかしいな。どうしてそんな所に盗賊がいるんだろう?」
「ん? どういう事だ?」
「だって、そうじゃないですか。この砂漠はとても危険な場所で、渡る人だってそう多くない。渡るにしても専門職が側についてるんですよ? 盗賊ならそんなの狙うよりもっと、平原とか荒野とか、人が多く通って自分達も襲いやすい場所を選ぶんじゃ……」
「……言われてみりゃそうだな。何もこんな辺境地どころか危険地でやる理由はないはずだ。まさか聖地を守る宗教家でも縄張りに固執する獣でもあるまいし、無駄に過ぎる。あ、ワインなくなったな。おーい給仕のお姉さん、おかわりーっ!!」
「真面目に聞いてます!?」
「聞いてる聞いてる。いやぁ、あははははは。高い酒は気持ち良く酔えるから良いなぁ」
荷車を押す二人の給仕がカネダの前で歩みを止め、一人がワインを氷バケツから取り出し、一人がそれを受け取ってカネダのグラスへと注いでいく。
ちょっと酒を注ぐのもカワイイ女の子が二人がかりとは何とも豪勢なものだ。いやぁ、ぜーたくぜーたく。
「ともあれ、どのみち高が三流盗賊。過酷な環境もこの魔道大列車に乗ってれば関係ないし、遺跡探索はまたの機会にだ。奴等の事情なんてこのワイン一杯にも劣るってワケよ。今日ばかりは羽を伸ばして天国までご案内ってね」
黄土に揺れる水面も、真紅に流れる水面も、何と美しいことか。規則的に刻まれる車輪の音に耳を澄ましながら、砂塵の煌めきを移すワインに唇を湿らせるこの旅の、何と優雅なことか。純銀のフォークとナイフで味わえないチーズとステーキの、何と虚しいことか。
豪華、魔道大列車の『地平の砂漠』横断旅行。ただこの一時、ほんの僅かな刹那でさえも、充分に価値がーーー……、味わえない?
「……ガルス、俺のチーズとステーキ喰った?」
「食べませんよメタルさんじゃないんだから。まさか自分で食べたのも忘れちゃったんですか? 流石に酔いすぎですよ」
「いや待て、確かに二切れほど残ってたはずだ。幾ら酒飲んでるからってこの程度で酔うわけは……」
まさか落としてしまったのかと視線を落とすカネダ。もむもむと肉とチーズを食むリゼラ。
二人の視線は見事に合致し、とても気まずい沈黙が生み出された。え、何やってんのコイツ。
「…………ではお客様、失礼しま」
「おい待てそこの給仕! よく見たらお前等シャルナとルヴィリアじゃねーか!!」
「「人違いです」」
「違ってねーだろ!? 少なくとも荷車で俺の肉とチーズ盗み食ってる子を見間違えたりはしねーよ!?」
「あー! 厨房に行くまで我慢するって約束したじゃないかリゼラちゃあん!? ちくしょうバレるならシャルナちゃんが着てる制服の胸サイズでバレると思ってたのに!!」
「貴殿、後で話がある」
「これは皆さん、お久し振りです。『知識の大樹』以来で、あ、ちょっとリゼラさん! 駄目だから、僕のお肉とチーズは駄目だから!! やめてぇ、こんな豪華なの滅多に食べれないのぉ!! お願いですから食べるならカネダさんのだけにしてぇ!!」
「当然のように俺を売るのやめてくれる!?」
「あ~? 何じゃうるさいのぉ。御主ら場所を弁えろ、場所を」
「「「「「誰のせいで……」」」」」
いや全く。
ともあれ辺りの視線も痛くなって来た頃合いだし、カネダは変装格好に似合う爽やかさを偽りながら一旦場を落ち着かせる。
そうだ、争うことはないじゃないか。今回ばかりは二大火薬庫が不在なのだから、と。
「俺達は偶然会っただけなんだ。な? 偶々、今、この場で!! 会ってしまっただけなんだ……。つまり互いに見て見ぬ振りすれば何事もなかったと同じ。そうだろ?」
「う、うむ……。余り大きな声では言えぬが実は我々は密航中でな。騒ぎが起きて立場が露呈するのは非情にマズいのだ。貴殿がそういうのならば願ってもない、今回ばかりはあのメタルとかいう男もいないようだし、我々は出会わなかったことにしておくのが無難だろう」
「大丈夫、フォール君ならリゼラちゃんのつまみ食いに付き合えるかって一番後ろの車両の木箱に忍んだままだから。ここの騒ぎは聞こえてないはずだよ」
「よォし話が解るようで何よりだ! 俺達は今日のこの大列車の旅を平穏に過ごしたい。お前達も無駄な騒ぎに巻き込まれたくない。つまり騒ぎなんて何も」
「オラァ全員手を上げろォ! この悪銭で肥え太った車両は俺達『白き革命団』が乗っ取っ」
カネダ、発砲。
「……何も起きてないウィンウィンの状態。OK?」
「おい全力でもみ消すつもりじゃぞこの男」
「一切躊躇ない発砲だったね」
気持ちは解る。
「あ、兄貴ィ! おいテメェ等、兄貴がやられた!! 一等車両だ、もっと数寄越せ数ゥ!!」
しかし悲しきかな、平和を望む者ほど争いへ身を投じることになるのだ。
まぁ具体的には今の発砲音で列車内に一般人を装って潜入していた『白き革命団』なる連中がここ一等車両へ集まるハメになった、というだけの話なのだが。
だがそんな事で怯むカネダではない。彼は双銃を抜くと共に絶叫しながら砂漠団とやらへ突貫、瞬く間に武装した連中を外に叩き落としていく。酒が入ってハイになっているとは言え、平和を望むパワーは実際スゴイ。
「さ、流石カネダさん! 僕も加勢します!! 皆さんもどうかお手つだうわぁもういない!?」
ちなみにリゼラ達は騒ぎが始まると共に、周囲の金持ち共が逃げ惑うのに合わせて速攻逃亡。
阿鼻叫喚、老父が腰を抜かし入れ歯を吐き出し、貴婦人がワインを零し皿を引っ繰り返し、誰も彼もが悲鳴を上げるその空間にはもう影も形もない。そりゃ巻き込まれたくないのは同じだからね、仕方ないね。
「戦いたい奴に戦わせときゃ良いんじゃ! こちとら飯食いたいだけだっつーの!!」
「騒ぎに巻き込まれる動機が不純すぎる! 僕なんて係の女の子をナンパするって使命を背負ってるんだよ!?」
「だから二人は欲望に忠実すぎだと何度言わせれば!?」
そして騒ぎの場から逃げたリゼラ達は迷わずその先へ全力疾走中である。
一等車両から先は従業員専用の車両と動力部や運転席のある機関車両のみ。ちなみに彼女達が目指すのは機関車両の一歩手前、厨房や更衣室完備の従業員専用車両である。
「何を言うかシャルナ、考えてもみろ! あのフォールが寝転がってる今こそ二度とない好機!! 好き放題喰っても飲んでもカロリーがとか栄養がとか文句を言われぬのだぞ!? 歯磨きしろとか口元拭けとかバランスよく食べろとか言われぬのだぞ!! オカンかアイツは!?」
「しかも今はハイジャック中! か弱い女の子達が必死に勇気を振り絞って異常を知らせに行くという感動物語だよ!! その道中でちょっとつまみ食い(※意味深)しても赦される! あぁこれは間違いなく赦されちゃう!!」
「かーっ! 仕方ないわ。か弱い乙女だから腹も減るしな! かーっ、これは赦されるどころか飯食う大義名分まで生まれちまったわ!! かーっ!!」
「そういうワケでセーフなのダ! いやぁ良かった良かった!!」
「「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」」
「ぬ、止まれ貴様ら! 我こそは『白の革命団』リー」
「「そォイッッッ!!」」
リゼラ&ルヴィリア、問答無用のドロップキック。
か弱い乙女達の一撃は『白の革命団』リーダーを窓の外までブッ飛ばしたそうです。
「……事故か」
「事故だね」
「事件です……! どう考えても……!!」
大義名分:寿命3秒。
「だいじょーぶだいじょーぶ、誰も見てないしいけるいける。いや、むしろハイジャック解決したも同然じゃね? 報奨金貰いにいこーぜ!」
「流石はリゼラちゃん、ハンパない厚かましさだ! つってもまぁリーダーがいなけりゃ後は烏合の衆だし、雑魚はあの女装変態が処分するし! いやぁ、今回の騒ぎも長く苦しい戦いだったね!!」
「貴殿らにはプライドというものがないのか!? と言うか実際我々がやっている事も押し込み強盗と何ら変わらないからな!?」
「硬いこと言うのぅ、御主は。良いじゃん、ハイジャック解決せずに飯喰うかハイジャック解決して飯喰うかの違いじゃろ? それにハイジャックは解決するし、妾達はこの功績で密航を赦して貰えて座席までくれるかも知れぬし、良いこと尽くめではないか。妾ちょっくら話つけてくるわ」
「だよね。むしろ手柄を誇るべきだよ、ここは!」
「い、いやしかしだな……!」
狼狽えるシャルナと割れた窓から吹き荒ぶ砂塵。しかしそんな僅かな暇すら与えず、前方の従業員車両から一人の女性が姿を現した。先程まで一等車両で魔道大列車の説明などを行っていたあの女性である。
ルヴィリアは彼女を見つけるなり偉そうにどんと胸を張って、やぁやぁ我こそはと言わんばかりに近付いていった。
「はーい、お姉さん! 聞いて聞いて!! 実は僕達がハイジャック犯のリーダーを」
「た、大変ですお客様! それが、機関長がハイジャック犯のリーダーだったんです!! 機関長は自分しか魔道大列車を操作できないのを良いことに、従わなければこの列車は全速力を保ったまま次の町に突っ込ませると脅迫してきました!! 早く彼を捕まえて減速の操作をさせないと、もう十数分で町の駅に到着してしまいます!! お客様、ハイジャック犯のリーダーを名乗る機関長を見ませんでしたか!?」
「見てないですね」
「そんな、いったい何処に行ってしまったの……!?」
A.砂漠の彼方。
「と、兎も角、私は機関長を探しに行ってきます! お客様はどうかここに隠れていてください!! あぁ、どうしてこんな事に!!」
係の女性は悲鳴のような困惑を叫びつつ、一等車両へと駆け出していく。
まぁ、慌てふためき大混乱な一等車両まで行っても客を落ち着けるので手一杯になるのが関の山だろう。それかカネダによる盗賊達の山を見て気絶するか、その辺りだ。
しかしそんな彼女が浮かべるであろう汗の数倍は冷や汗を浮かべるのは誰であろう、ルヴィリアである。
「どうしてこんな事に……、僕はただ女の子を食べたかっただけなのに……」
控えめに言って最低である。
「冗談言っている場合か! このままでは次の町の駅に魔道大列車が激突してしまうのだぞ!? そうなれば中の乗車客達はもちろん、我々も無事では済まない!!」
「何か最近スナック感覚で死にかけてない? 僕達。あ、でも今回は完全に自業自得だからちょっと斬新だよネ!」
「そんな斬新さは要らん!! フォールの所為だろうが自業自得だろうが死にかけていることには……、あ、いや待て、だが良く言ったルヴィリア!! そうだ、フォールならば、いつも魔道駆輪を整備しているフォールならば魔道大列車を動かすことができるのではないか!? 例え操作は無理でも減速や停止ぐらいなら奴にもできるはずだ!」
「おぉ、シャルナちゃんナイス閃き! じゃあ早速フォール君を起こしに……」
「いや……、ならん」
「り、リゼラ様!? どういう事です!? と言うか何処に行ってたんですか!?」
「今、機関室を見て来た。複雑な構造だが妾でもどうにかなりそうだった。……解らぬか、シャルナにルヴィリアよ。我々は今手を組んではいるが本来は勇者と魔族、決して相容れぬ間柄よ。それが己のミスの尻ぬぐいまでさせるとは何たる羞恥。貴様等が赦しても魔族の誇りが赦さぬわ」
「り、リゼラちゃん……」
「……そ、そうですね。失念していました。リゼラ様の仰る通りです。いつもフォール頼りではいけない。我々が起こした問題ならば、我々が解決しなければならない! リゼラ様、どうかもう一度機関室へ!! この問題、我々が解決して見せましょう!!」
「と思って弄ってたら何かレバー折っちゃった……」
「「何してんの……」」
「しかもさらに加速しちゃった……」
「「何してんのォオオオオオオオオオオ!!?!?」」
「マジごめん」
「『どうにかなりそうだった』って『どうにかなるかも知れない』じゃなくて『どうにかなったかも知れない』って意味!? ドジっ娘どころの話じゃないよぉ!?」
「どうにかなってるのはリゼラ様の頭ではないですか! そんな、まさか加速するなんて!!」
リゼラの言葉通り魔道大列車はさらに加速しているのだろう。周囲の景色が糸屑のように伸び、足元の振動は地割れより激しく、車輪の悲鳴が大列車全体に響き渡っている。これでは十数分どころか数分で町の駅に、いいや、それ以前に大列車が崩壊してしまうかも知れない。
そうなれば下は線路以外、流砂の海だ。車体ごと埋葬される末路が待っているのは言うまでもない。
「だぁああああ! おいシャルナ、フォールを起こしてこい!! こうなったら背に腹は代えられん、誇りよか明日の飯だ!! 早く減速させんと妾達が死ぬ!! 冗談抜きで死亡最短記録を達成してしまう!!」
「し、しかし恐らくそのレバーは加速減速を操作するものだったのでは!? 今更起こしに行っても手遅れでは……」
「やってみなきゃ解らんじゃろーが! マイナスとマイナスを掛け合わせたらプラスになるように、手遅れと手遅れを掛け合わせたらまだ大丈夫になるかも知れんし!!」
「今までの経験的に大惨事にしかなりませんよ!! ……おい、ルヴィリア! 貴殿も何とか言ってやれ!! このままでは本当に大変なことになってしまう!!」
「…………」
「……る、ルヴィリア? 聞いてるのか、ルヴィリア?」
呼びかけられる声に振り返るのは、肩を震わせ緋色の瞳に涙を浮かべた女の顔。
彼女はもうどうして良いか解らず半笑いになりつつ、ただ、その事実だけを指差していた。
――――窓の外、流れ行く景色と同じぐらいの速度で遠ざかっていく、如何にも盗賊団ですと言わんばかりに骸骨マークを掲げた数多の船を。そしてその船に積まれた、大列車の荷台から盗んだであろう荷物の数々を。
そして何よりーーー……、その中にとても見覚えのある、自分達が密航に使いフォールが未だ忍んでいる木箱の姿を、指差していた。
「……フォール君が、盗まれた」
彼女達がその事実に愕然とする間もなく、悲鳴どころか火花を上げて遙か後方へ吹っ飛んでいく大列車の車輪。
窓硝子は衝撃により次々に粉砕され、砂塵が車内を掻き回す。車輪を失った車体は線路に腹を擦り、その衝撃をモロに受けた線路は流砂の中に突き立てた柱を粉砕させる。
そして数秒と経たず、地平が如き直線だった車両の列はぐねり曲がった蛇のように浮き上がりーーー……、そして。
「……今回、開幕ハードモード過ぎない?」
「ですね……」
見事に横転。流砂の中へと、飲み込まれていくのであった。




