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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
朧の廃城
290/421

【3】


【3】


「……妙だな。反応が消えた」


 先刻まで盤上を軽快に操っていた指先が、ふと停止した。

 勇者の鋭い眼光は隙なく様々な可能性に思慮を巡らせるが、答えは出たのか出ないのか、どちらにせよ掌で廻る駒が再び盤面に降ろされることはない。無言のまま決して長くはない時間の間、そうして彼は過ごしていた。

 そして、やがて、思いついたように一言。


「…………火薬とか、ないかな」


「ないよ?」


 まず爆発に走る思考をやめろ。


「ふむ……、これはルヴィリアの仕業だな。いや奴の思考を誘導したのはリゼラか? どちらにせよ、実行はシャルナと来るのは間違いない。チッ、知能に暴力に不確定バカと、奴等は無駄に相性が良いのが困る。一つ崩せば容易く壊れるが、一つ崩せないのがこういう連中だ」


「そ、そうだね……、ふ、フフ? た、大変だね?」


「いや、俺が直接出れば幾らでもやり様はある……、が。面白い。これは奴等が外に逃げ出せば奴等の勝ち、奴等を外に逃がさず仕留めれば俺の勝ちのゲームだ。敢えてここからは動くまい。偶にはこういう、自手縛りの戦いも悪くあるまい?」


「聞かれても困るんだけど……。お、お兄ちゃんもピンチなんじゃないかなぁ?」


「何……、そう案ずるな。どうせ奴等のことだ。行動は大体読める。恐らく今は給仕室で飯を貪り喰っているか、雑魚共を蹴散らしているか、それかメイドに痴漢行為に走っているかその辺りだろう」


 ちなみに、奇しくも全て正解である。

 ただ幾ら悪い意味で頭の回るこの男でも、予想できないことだってある。例えば既に予想を遙かに上回る速度でリゼラが給仕室の食料を喰らいあげ、シャルナが一発で群がるモンスター共を破壊し尽くし、その全てで浮いた速度をルヴィリアの痴漢行為で無駄にするという流れがあったとか。


「猿頭の行為を読むなど、容易いのでな」


 そんな激闘の果てにーーー……、彼女達が既に彼の背後にいること、とか。


「もう容赦は要りません。やってしまいましょう、リゼラ様」


「ヒヒッ、リゼラちゃあああん……! この刃がぁ、この刃が奴を殺せと唸るのさぁあ……!!」

 

「まぁ落ち着け、御主等。コイツだけは、コイツだけは確実にブッ殺す……!!」


 そう、彼女達は数々の試練(?)を乗り越え、既にこの最上階である王座の間まで到着していたのだ。さらにその上で、恐らく針穴にダーツの切っ先を通すよりも難しい、勇者の背後を取るという行為に成功していたのである。

 どうやって? そりゃ万能チート権能こと魔眼を使って、というワケではない。そも魔眼の発動条件は相手の瞳を見ることなので、一般人ならば気のせいで済ます程度の違和感でも、フォール相手には察知されるに充分な要因となってしまう。

 なのでルヴィリアは単純にゾンビアーマー共を魔眼で操り、空洞の中身へ侵入。それぞれ一人ずつ合計三体のゾンビアーマーを隠れ蓑にしたわけである。その手に錆びかけとは言え充分に凶器な剣を持ったゾンビアーマーを、だ。


「良いか? 一瞬でも隙を見せればこ奴は間違いなく逃亡するか反撃にでるか。どちらにせよ妾達の逆襲は失敗じゃ。期を、期を見極めるのだ。奴とて人間、必ず隙を見せる! ……人間!?」


「聞かないでください不安になりますから」


「そこはツッコんじゃ駄目だよ、未だに怪しいブラックボックスだから。……それより問題は『いつ』より『どうやって』さ。幾ら彼の隙でも一撃で仕留めるのは容易じゃないだろうしねぇ」


「フッフッフ……、勘違いするなよルヴィリア? 確かに隙を見極めると言いはしたが隙を待つと言うた覚えはない。と言うかそもそも奴を観察していても隙を見せるとは思えぬ。どないせぇっちゅーねんあんなモン」


「い、言いたいことは解りますが……」


「よって、だ! 奴が妾達に気付いてないこの状況を利用するのだ……。つまり奴に気付かれぬよう不意打ちを行い続けるという、逆襲によって逆襲を為すという連鎖!! 今この時をもって我が計画を、超逆襲作戦と名付けよう!!」


「お、おぉ! 具体的にはどういう!?」


「椅子引いて転ばせるとか!!」


「「……………………うん」」


「おい何だその微妙な反応は」


 流石魔王様! 三下こそくにおいて右に出る者はいねぇ!!


「だが、やり過ぎれば奴に気付かれるのは確実……、傍目に現状を確認し報告する連係プレイが必要だ。よってその前にサインを決めておく。親指を立てたら『もっとやれ』のイケイケゴーゴーでよくやったグッジョブの意味。剣を突き立てたら『ヤバい』のやめとけストップウェイでこれ以上は進むなの意味。オーケー?」


「……あ、じゃあまずリゼラ様からどうぞ」


「よっしゃここで今こそ魔王たる妾の先導感を……、待て何だその両手を合わせる祈るような合図は。決めとらんぞそんなモン」


「「成功を祈ってかな……」」


「クックック、任せておけ!!」


 なお、その祈りが成功を祈っているわけでない事は言うまでもない。

 具体的には、何と言うか、成るは成るでも成仏的な。


「それでは見せてやろう、妾の最強の作戦を……。ん、ン゛ッ。あの、ルヴィリア? 魔眼でゾンビアーマー動かしてもらえる?」


「あ、うん」


「では気を取り直して!!」


 ゾンビアーマーの片足にスッポリ収まる程度の身長では鎧を動かせないのは当然というもので。

 いや、そんな体格に関しては兎も角、ガシャンガシャンとぎこちない動きでゾンビアーマーはフォールへと近付いていった。

 ゾンビアーマーに取り憑いた幽霊を魔眼で操っているので動きは鈍いが、最低限の挙動は可能。リゼラの動作次第ではフォールに逆襲ことチマい嫌がらせをすることも可能だろう。いやしかし、まさか本当に椅子を引いて転ばせるなどという狡いことをするわけではあるまい。彼女はいったいどんな嫌がらせを行うのだろうか?


「ウ……、ウゴ…………」


「む? 何だこの鎧は。……ゾンビアーマー? 何だったか、モンスター図鑑で見たことはあるが。廃城の守り人? あぁ、そうだ。確か図鑑でもそんな事が書いてあったような……」


「ゴゴゴ……」


 ゾンビアーマー(※リゼラ入り)はフォールの側へ立つと、そのままスネを小突き蹴る。

 いったい何の意味を示すのか分からないフォールは腕を組んだまま次の動向を見守ったが、何が起こるでもなく鎧はそのまま壁際へと帰っていった。


「いったい、この時をどれほど待ち侘びたことか……! フハ、フハハハ!! 我が復讐ここに成り……ッ!! やった、やったぞ! 妾はやったのだ!!」


「……シャルナちゃん、何でだろうね。涙が止まらないんだ。これが悲しみっていうものなのかな」


「言うなルヴィリア……ッ! 駄目なんだ、この御方の根底にはもう奴への恐怖心が刻まれているのだ……!! スネを蹴れただけでも大した進化なんだッ……!!」


 そりゃ普段から顔面粉砕アイアンクローとかつまみ食い制裁ナックルとかおはよう地獄突きとか喰らってりゃ無理もない。それでもなおこの逆襲とかつまみ食いと二度寝とかを強行する辺り、図太いのかアホなのかは解らないけれど。


「よ……、よし。リゼラ様が切り開いた道だ……。私も続こう」


「それは良いけどさ、どうするつもりなんだい? いやシャルナちゃんならスネ蹴りでも相当な威力だろうけど間違いなくバレるよ?」


「解っている! 私にはリゼラ様のような恐怖心はないからな、確実に奴へ致命的な攻撃を与えてきてやろう……!!」


 そう言うとシャルナは気合い充分に歩み出して行く。彼女の体格と筋力ならばルヴィリアによる魔眼の誘導がなくともゾンビアーマーを中から動かすのは容易である。

 そんな彼女が可能とする大胆な動きは確かに大きな好機を産むだろう。しかしそれは逆に大きな隙を作るということ。いったい彼女はどうやってフォールへ逆襲をーーー……。


「取り敢えず調べてみるか」


 させるはずもないこの勇者。

 フォールは剣を構えようとしていた鎧を自らの手の中へ引っ張ると、赤子でも抱き抱えるかのように胸元へと持って行く。そのまま全身を撫でたりさすったり突いたりと、熱心に研究開始。

 普段なら何と言うことはなくモンスターの弱点や生態を調べるための接触検査だ。何処の研究者でもやっているし、フォールだって狩った獣の生態を調べるためにやっている。

 ただ、今回は、言わずもがな中身で洒落になってない人がいるわけで。


「何だ、凄まじい抵抗だな。これはそういう……、何? 中身? 中身がある? はて、ゾンビアーマーは空洞で鎧に取り憑いた怨念が動かしているのではなかったのか? いや四方やこの鎧は希少種? と言う事は中身に何か新しい発見が……!?」


 いいえ、鎧の中には半泣きで顔を真っ赤にして半狂乱なシャルナしかいません。近い近い顔近い、息が、手が、感触が、駄目だ、この体勢だけでも駄目なのにもっと、撫でられるとは、駄目だ、蕩けてしまうと言わんばかりに泣きじゃくる最強の四天王しかいません。

 あと序でにその後方でヤバいバレると叫ばんばかりに剣を高速で床へ突き立てる変態と、復讐達成の歓喜に打ち震える魔王様しかいません。


「どれ、中身を見てみよう」


 などと慌ててる間にも兜をはがしにかかるフォール。言わずもがな兜を脱がされればゾンビゴーストの正体(※シャルナ)がバレ、彼女達の目論見は露呈するだろう。そしてその先に待っているのは勇者フォールによる折檻という地獄のみである。

 剥がされるわけにはいかない。これだけは、嗚呼、これだけは絶対に剥がされるわけにはいかない。シャルナはその想いを込めて必死に兜を抑えるが、彼に抱き抱えられた体勢と混乱する頭のせいで思うように力が入らず、今のフォールにでも充分剥がせてしまう。

 となればもう時間の問題だ。段々と、彼女の口元が見え始めるまでそう時間は掛からない、かに思えた。


「…………む?」


 突如、シャルナはフォールへと抱き付いた。その顔を彼の腹へと埋め込んだ。

 当然ながら中身が自分から向かったわけではない。気付けば、いつの間にか彼へ一生懸命に抱き付いていたのだ。

 そうーーー……、誰が何をしたかなど説明するまでもない。ルヴィリアの緋色に輝いている眼さえ見たのなら。


「何だ、急に抱き付いてきたな。抱き付き返せば良いのか? 何、違う? こうじゃないのか? ではどうするのだ、撫でれば良いのか。違う……、抱き締めるわけでもない? どうしてこうなってるのか解らない? ふむ、俺にも解らんな」


 そう言うと彼は思考に入るも、手元が寂しいのか鎧の背中を擦るようにぽんぽんと軽く叩いてやる。

 それがトドメなのかもうオーバーキルなのか。鎧の中身は顔が蒸発せんばかりに真っ赤なまま白目を剥いていた。もうとっくに許容量オーバーだろう。

 やがて彼女はフォールの興味が尽きて解放された頃にこれまたルヴィリアの魔眼による誘導でどうにか帰還するのだが、戻って来たのはシャルナであってシャルナではない抜け殻だったとか。


「……生きてる?」


「…………ふひゃひゃ」


「死んでるわ」


「何じゃ何じゃ、情けない! 妾みたく勇士を見せぬか!! これでは妾の勝ちとで一勝一敗ではないか!!」


「リゼラちゃんもお帰り。でも二敗だと思うんだよね僕」


「しかしフォールめ、これだけやっても未だ隙を見せぬとは何と言うヤツだ。地獄の将軍でもここまで備えてねぇよ。……ふん、こうなったら後はもうルヴィリア大先生に任せるしかないな。と言う訳だルヴィリア、御主があの男に目にもの見せてやれ!!」


「……はぁ、全く。大先生とまで言われちゃ仕方ないね。ここはダメダメなリゼラちゃんとシャルナちゃんに、絶賛大活躍過ぎてもうコイツだけで良いんじゃないかなってぐらい有能な僕がフォール君の倒し方というのを教えてあげようじゃないか!」


「…………」


「……冗談だヨ?」


「ダイジョウブダイジョウブ、オコッテナイオコッテナイ」


 その割には目が笑ってないし突き立てた親指が震えているような気もする。

 ルヴィリアは取り敢えず怒られる前に彼女から逃げ出すが如く、フォールへと近付いていく。相変わらずこちらに視線を向けることはしていないが、確かにリゼラの言う通り隙が微塵もない。成る程、これは危険だろう。

 しかしやってやれない事はない。ルヴィリアは気合いを入れ直しつつよしと一歩踏み出して、彼のお下げをちょいと引っ張ってやった。


「…………?」


 気付いてない。不思議そうに辺りを見回しているが、彼にとってゾンビアーマーは最早興味の失せた存在だ。背景と何ら変わらないのだろう。

 ルヴィリアはこれで良いかと振り返ったが、リゼラからの合図は依然として親指を突き立てたままのイケイケゴーゴー。まだまだやれ、とのお達しだ。


「よ、よし」


 正直怖いところだが、彼女はさらにフォールの脇腹をツンツンと突き挙げる。

 多少体をズラしはするが、反応はない。完全に興味を失っている、と言うよりは別のモノに興味が移っているようだ。

 ここで段々と楽しくなってきたルヴィリア、脇腹に変態百烈拳。気付かない。

 イイゾイイゾとさらに調子に乗って、フォールが一瞬立ち上がった隙に椅子へ接着材をドバーッとブチ撒ける。当然、その数秒後にはびちゃりと嫌な音と、フォールの訝しげに歪む眉。瞬間接着剤の威力は相当なもので、彼のズボンと椅子を一体化させるのは容易だろう。


「フ、フフフ……! ここまでやれば……!!」 


 しかし撤退は赦されない。後ろで突き立てられた親指が処刑場に行く衆人へ向けられる切っ先に見えてきた。

 幾ら何でも危険過ぎる。流石にこれ以上はと剣を突き立てて合図するも、返って来るのは親指の刃。

 これにはルヴィリア実行者、怒りの反論。


「アカンて、ヤバいって! バレちゃうって!!」


赦されると思うのか(イケイケゴーゴー)


「やっぱりさっきの怒ってるじゃないかぁ! その親指もっとやれ(グッジョブ)じゃなくて幸運を祈る(グッドラック)になってるじゃん!! と言うかそもそも祈ってすらないじゃん!!」


「あ? うるせぇよ出オチの妾と振りのシャルナがいったんだから後はもう被害の御主だけじゃろーが。なぁに運が良ければ死にゃせんわ」


「やだよぉおおおおおーーーっ! 何で見えてる被害に飛び込まなきゃいけないのさぁああーーーーっ!! 逆襲ならもっと他にやりようあるじゃないかあーーーーーっ!!」


「良いかルヴィリア。生きていれば楽しいこともあるが、苦しいことも多々あろう。だがその苦しいことというのは誰に与えられたものであろうと結局、自分を苦しめておるのは自分だ。まだ見ぬ恐れに震えて己の首を絞めるな。そんな事で苦しむ暇があるのなら頭を空っぽにして挑んでしまった方が余ほど楽というものよ」


「リゼラちゃん……。でもそれこの場で言うことじゃない……」


「つまりさっさと犠牲になってこいっつー話だよ」


「やだやだやだ死にたくない僕死にたくないへるぷみー! へるぷみーっ!! あいどんなうーっ!!」


「うるせぇテメェさっさと自滅ぐらいカマしてこいや! 奴に隙を作るにゃもうそれぐらいやるしかねぇ!! 何ならその乳使って誘惑してこいやスライム踊りとか言や数秒は食い付くだろ!! オラやってこい描いてやるから!!」


「でもその後に死ぬよね?」


「スライムで騙すからな。死ねれば良いな」


「やだやだやだ僕のクールな智将のイメージが壊れるゥ! 僕は優雅な午後にティーを嗜みながら安楽椅子で犯人を言い当てるクールさが売りなのにぃ!! 『犯人はお前だ』って指差してやるクールさが、エロ本は値切っちゃうけど女の子には貢いぢゃうクールさが売りなのにぃ!!」


「クールっつーかクルってるっつーか……」


「フォール君は?」


「アレはクールでも狂ってるんでもなくて元から狂人なんだよ」


「それね」


「「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA☆」」


 瞬間、ゾンビアーマーの上半身を一閃の刃が跳ね上げた。

 見事リゼラとルヴィリアは一刀両断真っ二つ、とはいかず、奇しくも跳ね上げられたのはリゼラの鎧だけ。もし彼女の身長があと数センチほど高ければ無事では済まなかっただろうが、今回ばかりは幼体化の低身長が功を奏したようだ。

 まぁ振り抜かれた刃がルヴィリアの鼻先ミリコンマで止まっている辺り、無事なのかどうかは怪しいところだけども。


「…………何か言いたいことはあるか? 貴様等」


「リゼラちゃんがやれって言いました」


「おま」


 この間、約二秒である。


「ふ、フハハハハハハ! バレてしまっては仕方ない!! だがどうする? 貴様のその無様に椅子へ縛り付けられた状態でいったい何ができるというのだ!! 愚かなり勇者、貴様は智将の策略により機動力を奪われたのだ!!」


「はっ、言われてみれば確かに! どうだいフォール君、僕の接着材の力はぁ!! 見てよリゼラちゃんプフーッ、あの情けない姿!! 座ったまんまの体勢で立ち上がることもできないんだよ? プフーッ!!」


「…………」


「「やーいやーいバーカバーカ! おしーりぺーんぺーん♪ 来れるなら来てみろスラキチ勇者ぁーっ!!」」


 勇者、両脚と尻の起動により椅子の脚を利用した黒き悪魔(ゴ〇ブリ)が如き、六脚走法を習得。

 上半身を一切動かさず下半身の駆動によるこの走法は通常疾駆の1.2倍の速度を誇る。尻と椅子が完全に密着したからこそ可能な、ダバダバ走りである。


「……では行こうか」


「「コイツがやれって言いました」」


 この間、挑発から約一秒である。


「ちょっとリゼラちゃん!? 僕を見捨てるってどういう事だい!! 僕との関係は遊びだったの!?」


「うるせぇテメェとそんな関係になった覚えはねぇ! えぇいチクショウ抱き付くなこの変態が胸押しつけるなテメェ嫌味か、嫌味なのか!? そのデカい乳見せつけやがって嫌味なのかこのクソ巨乳が!!」


「いだだだだだだだだだだだっだだっだだだだ!!?!? やめて胸噛まないで噛むなら甘噛みにしてぇ! らめぇおっぱいちぎれちゃうのほぉ!!」


「がるるるるるるるッ! フシャーフシャー!! ガルフシャァーーーッッ!!」


「何と無様な争いだ……。所詮結束などこんなものよ……」


 どう考えても勇者の言葉じゃねぇ。

 それはそうとして、彼は椅子に座ったまま辺りをふと見回した。何を探しているかは解らないが、どうやらお目当てのモノは辺り一帯を見回しても見付からないらしい。

 彼はそのまま数秒ほど思案すると、眼前でくんずほぐれず色気たっぷりな争いーーー……、ではなく、燃やし噛み殺しな殺意たっぷりの争いを見せる二人を呼び止め、彼女達に目的のモノの所在を問おうとした、が。


「うおぉおおおおおおおおおおおこうなったらもう自爆特攻でやるしかねぇえええええええ! 行け、やれルヴィリア!! あの男に突撃するのだぁあああああああああーーーーっ!!」


「後でリゼラちゃんのパンツくんかくんかさせてね!? 絶対だよ? 約束だからね!? うおぉおおおおおおおくらえッ! これが僕の最終ファイナルエンドアタックだぁあああああーーーーーーッ!!」


「人の話を聞けオブ目潰しアタック」


「「目ッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!」」


 敢え無く返り討ち。そりゃそうである。


「阿呆なことをやってないで貴様等……、あの小娘は何処に行った? いただろう、小さな子供が。何処に行ったか知らないか」


「目がぁあああああああああああ! 妾の目がぁああああああああああああああああああ!!」


「ぎゃああああああああああ鎧の隙間から的確に僕の目がぁああああああああ! 魔眼がぁあああああああああ!! ぎゃあああああああああああああああああ!!」


「良いから早く言え。第二弾行くぞ」


「やめてぇもう見えないのぉ! と言うか小さい女の子とかいたっけぇ!?」


「知らんわ初めからこのアホしかおらんかったじゃろ! もうスライム不足過ぎてスライムの幻覚見始めとんじゃないのかコイツゥ!!」


「……何? 俺しかいなかった(・・・・・・・・)、だと?」


 ――――そんなはずはない。つい先程まで、コイツ等に目を向けるほんの数秒前まであの少女はそこにいたのだ。自分と、面と向かって話していたのだ。ゾンビアーマーの中身はコイツ等もそれを目撃していないとおかしいだろう。コイツ等の前でも、あの少女と話していたのだから。

 それを見ていないという事はーーー……、自分にしか見えていなかったという事か? 声も、自分にしか聞こえていなかったということか? あの少女の存在すら、自分にしか。


「フフ、そうだよ。お兄ちゃん」


 そんな彼の独白に答えたのは少女の言葉。しかしその声はリゼラやルヴィリアにも届いており、また声色も全く異なるものだった。

 しかし彼等は知っている。何度も耳にしたその声を、よく知っている。


「予想とは大幅に違ったけど……、お兄ちゃん達が醜く争ってくれたお陰で、こうして肉体を得ることができたよ。フフ、凄い体だね。女の子にしては大きくて硬いけど、見て、鎧だって素手で粉々なの。フフフ、凄い、凄いわ! こんな素晴らしい体が手に入るなんて!!」


 そう、暗闇の中より歩み出て来たのは、興奮と恥辱でパンクしていたはずのシャルナだった。

 しかしその口振りや動作からして明らかに正気ではなく、どころか幼さすら覚えさせる様子を見るに、あの少女が彼女の体を乗っ取ったのだろう。

 いいや、少女ではない。本当の意味での亡霊(ゴースト)が、だ。


「……貴様、何者だ」


「私? 私はねぇ、元々このお城に住んでいたお姫様だったの。メイドや大臣達と毎日楽しくお茶したりお話したりしてたけど、ある日急に勇者と魔王の大戦争が始まっちゃったんだ……。苦しくて悲しくて、どうしようもないほど残酷な毎日だったよ。私はそんな酷い毎日の中でいつしか死んじゃった。けどね、あの御方(・・・・)が私に新しい人生をくれたの! 玩具も友達も、時々変な人もいたけれど、とっても楽しくて嬉しい新しい人生をくれたんだ!!」


「成る程、文字通りの亡霊か……」


「え、ちょ、何々!? シャルナちゃんイメチェン!? と言うかキャラチェン!? 見た目ギャップならエロキャラでいこーぜエロキャラで!! あ、待ってエロロリは刺激強すぎるからまずはルヴィリアお姉ちゃんと呼ぶことから始めよう!! あ、でもどうせ言ってくれないからせめて喋り方だけでもそのままで」


「ルヴィリアお姉ちゃん、私を虐める人がいるの……。助けてくれたら嬉しいナっ♡」


「呪われし勇者フォール、堕落せし魔王リゼラよ! 義によって僕は同胞シャルナへ味方する!! この戦いは君達の欲望に塗れ腐敗しきった精神を倒すためのものと知れ!!」


「……義とはいったい」


「あ奴にとっての義は義理じゃなくて義務エロのことだからな。あと欲望に塗れ不敗しきっとるのは御主じゃ御主」


「フフフ……、どうするお兄ちゃん? これで二対二になっちゃったねぇ。ううん、大切なお仲間の体も人質に取られちゃったんだから、もっと不利かな? でもね、それだけじゃないんだ。だって久し振りのお遊びなんだもん、もっと楽しくなくっちゃね!」


 お茶会へ誘うが如く振り上げられた指先に集う、幾千幾百の悪霊達。

 ゾンビアーマーに始まり不魂の軍(ソロモン)、魔王の像など、フォールが操りリゼラ達を追い回した悪夢の数々が一挙にこの場へと集い出す。どころか、辺りを覆う瘴気の暗雲までもが王座の間を取り巻き、漆黒と雷鳴轟く恐怖の間が構築される。

 危機的状況、どころの話ではない。現状、物理及び魔道面で最強の二人が敵になり、さらには抗うことも赦されぬ物量と、真正面からでは触れることもできない軍団が立ちはだかったのだ。弱体化したフォールと幼体化したリゼラでは戦いにすらならないだろう。


「…………あの、一つ良いかな」


「何じゃ?」


 と、そんな激闘開幕の前に主賓から一言。


「リゼラお姉ちゃんはどうしてこっち側にいるのかな?」


「どうしてって……」


「…………」


「そりゃ……、うん……」


「うん……?」


「フハハハハハ! 愚かなり勇者フォール!! 我が策略にはまり隙を見せたな!? 今宵、今この廃城が御主の墓場となるのだ!! 大義一つ果たすことなく己の無力と間抜けさを悔いて地獄へと堕ちるが良いわぁ!!」


「お姉ちゃん? お姉ちゃん!?」


「やっぱり三下ムーブにおいて右に出る者はいないよね、リゼラちゃん」


 魔王この野郎。


「チッ、いかんな、まさかシャルナが乗っ取られるとは……。リゼラとルヴィリアは、まぁ、元からだとしても追加で来たモンスターや幽霊の数は洒落にならん」


「フフ、お兄ちゃん? これはね、幽霊って言うんじゃないよ。不魂の軍(ソロモン)っていうちゃんとした呼び方があるの。かつて初代魔王カルデアが操り、人々を恐怖に陥れたという不死の軍団……、そして今は私のカワイイカワイイお友達♡」


「はい! 僕もカワイイです!! そして君はもっとカワイイです!!」


「黙れ変態。……ふむ、不魂の軍(ソロモン)か。では差し詰め貴様は『亡霊の姫』と言ったところか?」


「その通り……。そしてこれから、お兄ちゃんの友達になるんだよ」


 亡霊の姫による合図と共に、幾百の軍団は一斉にフォールへと襲い掛かる。

 彼は円卓へ倒れるようにしてそれを回避。その際に椅子は粉砕され、盤上の駒や花瓶が辺り一面へ散らばって陶器の割れる鋭い音が反響するが、フォールはそれさえも振り切るように眼前の窓硝子へと突貫した。

 あわや五階相当の高さから落下ーーー……、とはならず、その一つ下にあるテラスへと着地する。凄まじい轟音と共に脚が痺れてしまったようだが、今はそんな事を気にする暇はないと言わんばかりに再び城内へとその姿を消していく。


「フフ、逃げても無」


「ブハハハハハハハハハハ! 逃げろ逃げろ勇者フォォオオーール!! 御主のその無様な逃げ様が美味い肴になるわぁ!! ギャハハハハハハハハハ!! おいそこの幽霊、何か飲み物持ってこい! そうだなぁ、ワインが良いなぁ!! つまみは奴の無様な姿よォ!!」


「リゼラちゃんあったよ! 隣の部屋に百年ものの超高級ワインが!!」


「でかした!!」


「…………ねぇ、お姉ちゃん達。仲間だよ、ね?」


「「え、何が!?」」


「ごめん、何でもない……」


 もしかして当時のお城の人達はとても優しかったのではないだろうか。

 亡霊の姫はそんな事を考え、何だか悲しくなってきてやめた。


「奴等め、三日は飯抜きだな」


 さて、そんな外道に追い回される彼女達よりもよっぽど外道な勇者フォール。

 彼はテラスから城内に戻ると、そのまま廊下へ出るのではなく一室の床を刀剣で削り取っていた。

 ――――先程、盤面からリゼラ達を追い回していた時に城内の把握は済んでいる。このまま廊下に出ても階下及び階上への螺旋階段までは距離があり、それまでに幽霊ども、いや不魂の軍(ソロモン)達に追い詰められることは明白だ。

 ならばこのまま床を削って下の部屋へ逃げれば良い。見てくれは上等な赤絨毯でも実際はただの廃城。煉瓦を削り取るようなものだ。


「さて、どうするか。思いの外ピンチだな……。この床も、ふん、壊すのにここまで手こずるとは」


 切れ込みを入れた床を何度も蹴り飛ばすとようやく綻びた床面に亀裂が走り、階下の部屋への道が通じる。下の部屋はどうやら今も使われている一室らしく、高価な調度品や書物、何かよく解らない宗教的なものなど、幻覚には見られない無駄とも言える華美が目立っている。


「……誰の部屋だ?」


 見たところ写真や自画像といったものはなく、本棚の書物もキッチリ並べられている割には系統がバラバラだ。料理本の隣に魔道関連を置くというのは如何なものか。雑多な知識を取り込むのは勝手だが、それにしても広く浅くに過ぎるというものだろう。

 さて、それはともあれフォールはその中から数冊ほど手にとって読もうともしたが、今はここが誰の部屋かよりあの不魂の軍(ソロモン)率いるモンスターの大軍をどうするかが先決だな、と指先を降ろした。

 ただ、ゆっくりと降ろされていくその指先と彼の視線が、とある本を指し示すことになったのはーーー……、偶然か、それとも。


「……これは」


 彼はその本を手に取り、決意の眼差しを持つ。

 ――――危うく忘れるところだった。そうか、自分はこの為に、と。

 間もなく彼の決意が灯火となり、亡霊の姫及び魔族との激闘へ幕を降ろすことになるのはーーー……、それから僅か数分後のことであった。



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