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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
朧の廃城
289/421

【2】


【2】


「こちら、書庫になります」


「お、おう」


 メイドの案内は、それはもう的確なものだった。

 広間に始まり、廊下に飾られた調度品や装飾品、由緒あるとかないとかいう絵画や鎧もそうだが、何せ説明が上手くこういったモノに一切興味のないシャルナやルヴィリアでさえ聞き入ってしまったほどだ。

 いや、それは良いのだ。説明が流暢で案内の仕方が上手いのも素晴らしいことであろう。観光であればこれ以上のことはない。

 ただ、今回に到ってはただの観光というわけではない。この城内で、魔族三人衆の正体や目的を探らねばならないのだから、的確な案内も大して有り難くない迷惑という話だろう。


「いかんな……、既に城に入ってから数時間。何一つ掴めておらんぞ」


「だってリゼラちゃんが食堂でリスタートくらいまくったし……。まさか全て喰らい尽くすまでリスタート繰り返すとは……」


「メイド殿のパンツ盗むまで繰り返した御主も相当じゃぞ」


「戦わなきゃいけない時があるんだよ。誰だって、いつだって……、それが自分の望むものなら、全てを賭けてでもね」


「わかる」


「解らないでください……。折角フォールがいなくて静かだというのに、どのみちまともに探索が進んでいないではありませんか! このままでは本当にメイド殿の案内観光で終わってしまいますよ!?」


「まーね、確かにちと進展はないけれど……。そうでもないんだよね、シャルナちゃん。だってほら、見ての通り随分と綺麗な城内だ。だってここ廃城だぜい? 元はオンボロ、僕が修繕しなきゃ住むどころか立ち入ることさえできない幽霊城だったのに、こんな、幾ら修繕したってここまで綺麗になってるわけがない」


「幻覚じゃな」


「そのとーり。それにあのルールと言い速攻発動の転移魔法と言い、ここには結構な魔力が納められてるのは間違いないだろうね。若しくはその媒体があるのかは解らないけどさ。……ちくしょう人のラブホを!」


「貴殿のそれはどうでも良いとしても、問題はどうやってそれを探り当てるかだな。……あのメイドが、と言うよりはルールをどうにかしなければなるまい。ルヴィリア、何か方法はないのか?」


「そーじゃそーじゃ、こういう時こそ御主のチート性能の出番じゃろーが!」


「普段の扱いは雑なのにこういう時だけは働かせるサドスティック……! あぁん、嫌いじゃなあい? けどご安心、もう既に突破口なら見つけてるぜい。何も無駄にリスタート喰らいまくってたわけじゃないからね」


「ほう、それはいったい……」


「皆様、私の話は聞いていますか?」


「「「聞いてます」」」


「……そうですか? では次の場所へ移りますので、どうぞこちらへ」


 突如としてメイドに言葉を句切られたリゼラ達は、こつりこつりと進みゆく革靴の音を聞きながら互いに視線だけで会話する。

 ――――今ので無駄な手間が省けたではないか。そう、入り口への転移リスタートはあくまでメイドがルール違反を把握する事によって発動するのである。リゼラに語らせれば魔道という機構を設定するには何らかの起動条件たるトリガーが何とかと話が長くなるので割愛するが、要するにメイドが彼等のルール違反を認知さえしなければ何も問題はないということなのだ。

 となれば、やる事は一つ。


「皆様? 着いてきてますか?」


「「「はーい」」」


「そうですか。ではこちらの通路ですが……」


 説明を続けるメイドと元気よく返事を返すリゼラ達。しかしその光景はメイドの双眸に映っている虚構であり、実際の彼女達は既にコソコソと真逆方向へ進んでいた。

 ルヴィリアの魔眼に掛かればこの通り、メイド一人幻覚に掛けるなどどうとでもなるのだ。なお『エロエロ光線にしようぜ!』と言い出したアホがシャルナの砲撃パンチを腹部に喰らったのは言うまでもない。


「吐きそう」


「甘ったれるな」


「待って飴と鞭の差が酷すぎない!?」


「いつもの事じゃろ。……しかし、ふむ、どうにか別れることができたな。だが、あ奴がルヴィリアの幻覚にいつまで騙されとるかも解らん。行動は早いに越したことはあるまい」


「そうですね。では、まず先程の書庫を調べてみませんか? 書庫と言えば先日の『知識の大樹』を思い出しますが……、あそこのようにもしかすると重要な書物が収められているかも知れません。それが魔族三人衆について何らかのヒントになる可能性もありますし」


「よし、そうするか。つってもあの大樹みたく憲兵や幽霊が追ってくるワケでもあるまいし、何より諸悪の根源(フォール)がおらんし楽なモンじゃのう!」


「えぇ、全くですね! 敵地とは言え爆弾を抱えずに済む安定感は得がたいものです……!!」


「本人がいないからって言いたい放題だね……。もー、そんなフラグ立てて回収することになっても知らないよう?」


「「だいじょーぶだいじょーぶ! はっはっはっはっは!!」」


 余裕綽々なリゼラとシャルナは勇ましく書庫の中へと踏み込んでいく。

 その一室は外見に相応しいもので豪華絢爛とまでは言えないがしっかりとした赤と黒の装飾で彩られた、芸術的な部屋ーーー……、ではなく、埃や蜘蛛の巣で曇天のように濁り果てた空気が澱み、見覚えのある半透明の幽霊と重装備の古鎧が間接を軋ませながら彷徨う異様な空間があった。

 そんな部屋の扉をそっと閉めながら、彼女達は一言。


「「吐きそう」」


「僕に甘えてくれても良いんだよ!?」


「「おえっ」」


「泣きそう」


 フラグは即回収が基本です。


「しかし、何じゃ今の……。あの幽霊はまだ解るが、鎧みたいなのは知らんぞ」


「幻術の範囲外なのか風景も全く違いましたね……」


「えーっと……、確かあの鎧はこの辺りに昔から生息してるゴースト種の『ゾンビアーマー』だね。鎧の中に呪われた魂が捕らわてるだけの物理オンリーな奴で動きも単調だから、こっちはシャルナちゃんがいれば言うほど脅威じゃないんだ。ただ問題はあの幽霊かな。奴等の本体が本だったのはこの前話したと思うけど……、場所が場所だからなぁ」


「確かに書庫の中から一冊一冊探し出して破壊するなど、そんな暇あるワケがない。それこそ幽霊共と鎧野郎に狙い撃ちぞ」


「ですね。それこそやるならもう書庫ごと燃やすしか……」


 そこまで言いかけて、全員の頭にとある男の無表情が浮かんでは消えていく。

 松明とガソリンを構えて親指を立てるあの男の顔が、無表情のくせに、とても楽しそうに。


「…………しょ、証拠の書物が燃えるからアウトです! アウトです!!」


「じゃ、じゃよな!? よォし、そうじゃよな!?」


「危ない……! 一瞬奴が正しいのかと……!!」


「それを考え出したら終わりだから……! う、うん、こうなったらここは後回しにしよう。書物はあくまで可能性の一部だし、幻覚っていう道標が採れたのは大きいよ。僕なら普段から使ってる場所や重要な何かがある場所には幻覚を使う。少なくとも隠蔽には使えるからね。そして、たぶんここの構造的に一箇所しかない」


「それは……、何処だ?」


 問いに返すは言葉ではなく、天高くを示す指先だった。

 その行為を前にしたリゼラとシャルナは眼を見開いて息を呑み、畏怖するように体を半歩ほど後退させる。そして、彼女達の様子はルヴィリアの得意げな笑みを助長させるには充分なもので。


「フフ、これでも元とは言え『最智』と呼ばれ、かつてはこの廃城の主だった僕だぜい? 奴等が大切なモノを何処に隠そうとするかを見抜くなんてお茶の子さいさいってワケさ。……今こそ、これまで逃げに逃げさせられ、走りに走らされた恨みを晴らす時! 今度は僕達が奴を追い立て、あの? ねぇ二人とも? ちょ、何処に行くの? ねぇ? え、後ろ? 僕の後ろ? えっ?」


 振り返った彼女に不魂の軍(ソロモン)&ゾンビアーマー軍団がこんにちは。

 そして始まるいつも通りの逃亡戦。地獄がお前達を待ってるぜ!


「ナンデ!? エスケープ=ナンデ!? ユウシャ・イナイ・ノニ・ナンデ!?」


「うるせぇ黙って走れ! ちくしょう何で妾達がこんな目に遭うんだ!! アイツいないのに! アイツいないのに!!」


「最近走ってない時がない気がするのだが……」


 彼女達の嘆きは尤もであろう。フォールがいないのに、どうしてこんな目に遭うのかと。

 しかし悲しきかな、彼女達が全力疾走する二階通路から幾度か階段を昇った先、ルヴィリアが示したその場所に諸悪の根源は座しているのだ。誰に陥れられるでもなく、と言うか陥れられるはずが自ら喜んで飛び込みやがった結果、こうして座しているのだ。

 恐らく何か邪悪な存在であろう少女に割とマジな感じでドン引かれている事や、盤上のコマを状況に合わせて動かし思案に耽っている事も含めればもう諸悪の根源を通り超して全ての黒幕にしか見えないのだが、その辺りはもう口にするだけ悲しくなるので置いておくとしよう。


「クク、逃げる逃げる……。獲物はそうでなくてはな……」


「……お兄ちゃん、勇者だよね?」


「む? そうだが? 何だ、よく知っているな。膝に乗る権利をやろう」


「い、要らない……」


「遠慮することはないと言うのに。ふむ、何故だかな、久々に気分が良い。いや、この前はあの男に振り回されっぱなしで思い通りに事が進まなかったからな、その反動か。今ならリゼラのつまみ食いも赦してしまいそうな勢いだ……」


 なおその魔王様は普段の折檻より酷い状況にある模様。


「しかしこの盤面は不思議なものだな。魔力で動くチェス盤とのことだったが……、何処でこのようなモノを手に入れたんだ?」


「え、あ、う、うーん、秘密かな~。それよりお兄ちゃんが楽しんでくれて嬉しいよ! 考えてたのとは全然違うけど……」


「何、物事など思い通りに行く事の方が少ないのだ。理想と現実に何処まで折り合いを付けられるかで人生の難易度は変わってくる。尤も、理想を求め続けることの意味を知る者ほど人生を楽しめるものだがな。……おっと逃がすか、E2に魔王像を移動だ。フハハ、苦しめ苦しめ。何者やら知らぬが、泥棒のような不届き者に相応しい末路を見せろ」


「お兄ちゃんって色々と台無しにしていくよね」


「そうか? 膝に乗るか? 獲物の的確な滅ぼし方を教えてやるぞ?」


「え、遠慮するよ……」


 飲み会で趣味を押しつけてくる面倒なオッサンになりつつある勇者と、そんな彼からさらに距離を取る少女は兎も角として、問題は今もなお絶賛逃亡中のリゼラ達である。

 いや、それは逃亡と言うには余りに悲惨なものだった。そりゃ追い詰めてくるのがあの男なのだから容易に逃げられるわけがない。一歩進めば剣が眼前を擦り、二歩進めば槍が背後から突き出てきて、三歩進めば目の前に敵の大軍が降り注いでくるほどの惨状である。

 未だかつてここまで一方的な逃亡戦があっただろうか。いや、これではもうただの殲滅戦だ。


「間違いねぇ……! これぜってーあのクソ野郎関わってやがる……!!」


 まぁでも察するよね。そりゃそうだよね。


「そ、それは流石にどうかと……」


「いいや、絶対そうだ! この容赦のなさとこっちの動きを先読みしまくる殺意の高さはあ奴以外に有り得ねぇ!! ちくしょうあの野郎、問題を起こさないと死ぬ体質なのかクソッタレェ!!」


「スライムがいないと死ぬのは間違いありませんが、そっちも間違いとは言い切れない辺りが何とも……。し、しかし、フォールがあの軍団を動かせるとは思えません。まさか奴が魔族三人衆か、それに属する者と手を組んだとは思えませんし……」


「魔眼発動する暇さえ与えない奴なんてフォール君しか思いつかないけどね僕はぁ! と言うかいつまで走ってるのさ!? 隠れよう、こっち、こっちの部屋に隠れよう! このままじゃ追い詰められてオシマイだよ!!」


「阿呆! ンな目の前にあるモンに飛び込んだらあ奴の思う壺じゃろ!! こういう時こそ意地の見せ所よ!!」


「具体的にはどうするのさぁ!?」


「1、囮。2、生贄。3、人柱。選べ」


「待ってこれ選ぶの僕!? 凄いデジャヴ感じるんですけど!?」


「馬鹿なことを言ってる場合ではありませんよリゼラ様! やるなら早く殺ってください!!」


「クソッ! 僕に味方はいないのか!?」


 叫ぶルヴィリアへ同意するが如く、彼女の眼前を鋭い鏃が貫いた。もし叫んでコンマ数秒遅れていなければ見事脳天直撃百点満点だっただろう。

 ――――間違いねぇ、確実に殺しに来てる。あの勇者完全に殺しに来てやがる。


「ナンデルッコッタコトニナッドゥルンデスェカー!!」


「なんて?」


「叫んでいる場合かぁ!」


 気持ちは解る。


「くっ、こうなったら逃げ回るより奴等をどうにかするしか……!! そうだ、浄化魔法はどうだ!? せめてあの幽霊だけでも浄化できれば後は私が蹴散らせる!! そうすれば逃げ回る必要もあるまい!!」


「おい馬鹿やめろ妾が成仏するわやめろ絶対やめろ」


「そ、それもそうですね……。いかしかしこのままでは、り、リゼラ様危ない!!」


 シャルナは咄嗟にリゼラを持ち上げ、その奇跡をなぞるようにゾンビアーマーの剣閃が煌めいた。

 危ない。ルヴィリアの時と同じくあと数瞬で彼女の体が見事真っ二つと化していただろう。シャルナは主を襲った者への怒りをぶつけるべく、瞬間的に返す刃、もといリゼラでゾンビアーマーを粉砕する。主に仇成す者はこの忠義者が赦さないと言わんばかりの剛力だ。


「御主にしろフォールにしろ妾を武器にすんのやめない?」


「し、失礼しました、つい……」


「それで平気なリゼラちゃんも相当だと思うんだ」


「いやだってもう慣れ……、ちょいストップ。あっちから何か来てない?」


「あ、はい魔眼で確認できました。言おうか?」


「ゾンビアーマーの大軍、魔王像ダース単位、幽霊ども、デビルバッドの群れ、ダークゴーレム団以外の発言を許可する」


「ウフフ」


「もうやだこのクソ廃城」


 でも現実は待ってくれない。悩む時間もまた無慈悲に猶予の中に含まれるのだ。

 だが、悩めば答えが出るのは必然というものだ。例えそれが良いものか悪いものかは別としても、今この場にはその答えを良いものにするだけの頭を持つ者がいる。

 そう、誰であろう窮地こそ任せよと言わんばかりの誉れ高き智将である!


「あ、待って。解った、思い出した! そうだよ、智将が諦めてどうするのさ!! ここから脱出する方法があるじゃないか!!」


「おぉ、大活躍じゃなルヴィリア! それで方法とは何だ?」


「メイドちゃんにセクハラしに行こーぜ」


 誉れ高くもねぇ痴将だったようです。


「待って嘘嘘嘘! 違う、嘘じゃないけどホントでもない!! だから覇龍剣と初級魔法構えるのやめて今やられたら僕死んじゃうから!! ほ、ほら思い出して、この廃城にはルールがあるじゃないか! アレを利用して逃げるんだ!!」


「ルール……? あ、そうかあのリスタートルールか!!」


「その通り! 今メイドちゃんの魔眼を解除したから僕達はまた入り口に転移させられるはず……」


 全員、停止。後方、確認。大軍、接近。

 彼女達はとても爽やかな微笑みで再び全力疾走リスタート。


「駄目じゃねぇかッッッッッッッッッ!!」


「何でだろう。今日の僕散々なんだ」


「いや貴殿が悪いわけじゃない! ただ相手が悪すぎるだけなんだ!!」


 残念ながらその通り。彼女達が全力疾走する惨状など知らず、その最悪の相手とやらは盤上の駒を動かしていた。その表情は言うまでもなく無表情なのだが、やはり何処か楽しげなものである。

 だがーーー……、そんな彼の表情に同調するが如く、先程まで狼狽えていた少女の表情も、とても楽しげに歪んでいた。いや、例え楽しそうなものでもフォールの無邪気なものとは正反対で酷く邪気に歪んでいた。

 なお、勇者も充分に邪気で歪んでいるとか言ってはいけない。


「……フフ、そろそろかな?」


 ――――先程までは余りの容赦のなさに狼狽えてしまったが、いや、今はむしろ都合が良い。

 彼は知らない。自分が今追い詰めているのが、まさか自身の大切な仲間である事など。

 それを知れば、いったい彼はどんな表情をするだろうか? 絶望に歪むだろうか? 後悔に綻ぶだろうか? 苦難に堕ちるだろうか? いいや、もっと、もっとーーー……、酷い表情を浮かべるだろうか?

 そうだ、それで良い。今はまだ彼女達も小狡く逃げているようだが、それが良い。さらに追い詰めさせろ、さらに追い立てさせろ。やがて彼が自らの行いを間違いだと気付く瞬間まで、負の感情を高めるように!


「クク、ルールを利用しようとしたか。中々頭の回る奴だが、今一手足りんな。既にメイドの機構は解除済みだ。一度逃げたのならば逃走を徹底するべきだと気付かんのか? ……だが、頭が回るのならばまだ余裕があるということでもある。つまり迎撃ランクをもう一段階上げても良いということだ。素晴らしい、足掻け足掻け! 愚かなる愚体を晒すが良い!!」


「…………」


 別の感情が高まってる気がすーーー……、いやそんな事は。


「ふむ、給仕室に逃げ込んだか……。外に急がなかった点だけは褒めてやるが、包囲網を無駄にされたのは腹立たしいな。迎撃ランクを二段階上げてやる」


「……ふ、フフ? ねぇ、お兄ちゃん」


 だが、頃合い。

 少女は邪悪な笑みを浮かべ、勇者に甘い甘い、然れど毒よりも惨い言葉を囁き掛ける。


「む? 何だ」


「知ってるかな? お兄ちゃんが追い込んでるそれ(・・)……、お兄ちゃんのお仲間さんだよ?」


 そして明かされる、衝撃の真実。

 己の戦いが間違いだと突き付けられた時、勇者の表情は困惑と否定に染まりきる。悪魔の囁きは聖なる心を闇に沈め、甘く蕩けるような呪いと共に彼を悪辣へと引き摺り込むだろう。例え如何に気高き勇者であろうとも、このおぞましき策略と恐ろしい真実を前に、耐えられるわけがない。

 そう、彼は両眼を見開いたまま、恐れを振り払うように迎撃ランクを五段階ほど引き上げたのだ。


「……お兄ちゃん? 上がってるよお兄ちゃん!?」


「三日前のことだ……。リゼラが俺の夜食にと隠しておいた干物を全て盗み喰った」


「え」


「先週はルヴィリアが魔眼で家計簿のエロ本代を改竄させようとし……、先月はシャルナの寝惚け筋トレのせいで破れた衣類の修復代が遂に一万ルグを突破した……。つまり、解るか? これ程の好機はないという事だ。何、まさか奴等も外で留守番しているはずの俺がこんなところにいるとは思うまい? クク、今こそ日々の恨み晴らさでおくべきか……!!」


「………………お兄ちゃん、勇者だよね?」


「だから、そうだが? 膝に乗るか?」


「の、乗らない……」


 少女の悪意は、立派なものだろう。きっと刻々と積み重ねられてきた邪悪に太刀打ちできる者はこの世ばかりか、今までの歴史にだってそう多くない。時が時、場所が場所であったなら、この無垢にして邪悪なる幼さの甘言一つ二つで国が滅ぶこともまた、あっただろう。

 しかし、やはり、この男にはそんなもの通じるわけがない。答えは既に出ているように、相手(・・)が悪すぎたのだ。この男という存在はーーー……、どうしたって相手が悪すぎる。


「さぁ、ここからは俺のゲームだ」


 並べ立て、盤上へと構えられる幾多のルート

 勇者フォールにより導かれる試練の道を、果たしてリゼラ達は無事に越えることができるのか? いや、無事云々以前に生きてここから出られるのか? まずそこが問題である、が。


「あの勇者マジぶっ殺す」


 ただでやられるほどーーー……、彼女達もか弱い乙女ではないのである。


「し、しかしそうは言いますがリゼラ様!? 既にこの厨房の外にも凄まじい数の敵が!! 扉のバリケードもいつまで保つか解りませんよ!!」


「あとオマケに外から何故か鏡を構えた大軍がカムヒァのせいで敵数の把握が困難にぃっ! フォール君完全に魔眼対策やり初めてませんかねコレ!? 詰む、アカンこれ詰む!! メイドちゃんのパンツ見る前に詰む!!」


「阿呆め、奴相手にまともな作戦を考えるからそうなるのだ! 奴まで知能を上げ……、落と……、極限まで邪悪にしろ!!」


「悩んだ挙げ句の答えがそれですか!? 一番しっくり来ますけども!!」


「えぇ、でも邪悪にって……。あ、待ってやり方あるかも。要するに見てるのが彼なんだろう? だったら見えなくしちゃえば良いわけだ!」


「良し、採用! ここで汚名を晴らせ智将!! いや、御主だけではない。妾もシャルナも汚名を晴らす、というかその前に恨みを晴らす!! 今回という今回は我慢ならん! えぇい、このままアイツに好き勝手させるぐらいならどんな手段だろうとどんな方法だろうと、全力で逆襲してやるわァアアーーーッッ!!」


 こうして始まる、他人の根城で大戦争。打倒勇者、虐殺魔族のデスロード。

 もう目的の主旨が変わってるとか黒幕が勇者になってるとかそもそも他人の家で喧嘩すんなとか細かいことはどうでも良い。いけ! やれ!! 今こそ双方積年の恨みを晴らす時!! その戦いに向けて刃を手に取り、いざ果敢に挑む時!!

 そう、これより始まるは勇者と魔族大決戦のーーー……、再来である!!



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