【エピローグB】
【エピローグB】
街道。本来は『知識の大樹』へ続く一つの道を、ある男達の馬車が逆走していた。
いや逆走と言っても本来の道が大樹の崩落により潰れてしまったので仕方ないことなのだが、奇妙なものでその馬車の乗り手はニヤニヤと妖しげな笑みを浮かべ、荷台には載っているはずの荷物がない。代わりに簀巻き状態の男とその隣で綺麗な空を眺める一人の青年の姿があった。
青年は空を一羽の鳥が駆け、頬を涼しげな風が吹くのを感じ取りながら、何気なく乗り手の男へと語りかける。
「……何だかご機嫌ですね、カネダさん。いつもならフォっちに怒ってるのに」
「ん~? そうかぁ~? いやでもなぁ、今回ばっかりはなぁ! 何たってうるせーのが金欠&筋肉痛で静かだし、樹木マークの学徒達が馬車まで用意してくれたしぃ? 俺とメタルに罪を被せられるなんて日常茶飯事だし!! 今回ばっかりは良いかなぁってぇ~」
「あ゛? 誰が筋肉痛だ誰が! ちょっと全力出し過ぎて全身が悲鳴あげてるだけだっつーの!!」
「それを筋肉痛と言うんですよ、メタルさん。……いやでも、普段のカネダさんならそれでも苛ついてるのに随分ご機嫌ですよね。他に何かあったんじゃないですか?」
「んふふ。解るぅ~? んふふふふふ」
「ンだよ気色悪ィな。とっとと言え」
「フフフ、これだよ! こ、れ♪」
カネダが懐から取り出したのは数冊の本だった。
見た目からしてその本がただの書物でないことは明らかだ。歴史的価値や希少価値など様々な方面に置いて秀でた存在であり、盗賊であるカネダの頬が緩むのも無理はないというほどのお宝であることも、また明らかなことである。
「……禁書じゃないですか!? どうしたんですかそれ!!」
「持って来ちゃった☆」
「何してるんですかぁあああああああああああああっ!!」
「おい、何持ってきたんだ。おい、見えねェ。簀巻きにされてるから見えねェ。おい」
「いやぁ、これぐらいの報酬はあって良いだろぉ? それにほら、他の本も何冊か……。ぬははは! 売っ払ったら結構な金になるぜこれは!! 何、どーせ崩落の時に何冊かは燃えちまってんだ! 今更一冊だろーが三冊だろーがなくなったって解りゃしねぇさ!!」
「ダぁーメぇーでぇーすぅー! 戻してきてくーだーさーいー!!」
「ぐえーっ! 首が絞まる絞まる!! やめろ、運転中だから!! 操縄中だから!!」
「おいだから見えねェつってんだろ。何持って来たんだ、おい。聞いてんのか、オイ」
ぎゃあぎゃあと馬車で進むの一つにも大騒ぎ。
落ち着きなどという言葉は疾うの昔に忘却の彼方だ。
「ヤメロー! やめてくれガルスぅー!! 良いじゃんお前だって結局調べ物できてなかっただろ!? その為にめぼしいの何冊か持って来たんだぞ!? 確かに何冊か禁書はパクッてきたけどさぁ! プラマイゼロ、プラマイゼロで良いじゃないですかぁーーーっ!!」
「あ、それもそうですね」
「げぼふっ! 危ねぇ本気で逝くかと思った……。む、昔はこんなに暴力的じゃなかったのに……!」
「そりゃ俺達と旅してりゃあなァ。……ってか良いのかよ、ガルス。お前、樹木マークの学徒に説教かましてた身としてよォ」
「え、何? そんなのしてたの?」
「えぇ、まぁ。出発する前にちょっと……。でも大丈夫ですよ、彼等はもう彼等の答えを見つけていましたから。それにどのみち、大樹があんな事になっちゃったからには研究者達ばかりじゃ復興が難しいことは明らかです。これからは研究者ばかりでなく、学徒とも協力して復興させていくことになるでしょうね。そうなれば必然的に、今の体勢だって変わりますよ」
「いや、俺が言いたいのはアイツ等がどうこうじゃなくて、本のだなァ……」
「え? 大丈夫ですこれ借りてるだけですから。返せば問題ありませんから。ただちょっと返却期間がとっても長くなるだけで全然問題ありませんから。ハハッ」
「……もしかして俺等の存在ってコイツの教育に悪いんじゃねェの?」
「今更だろ……」
『信じて送り出した純粋な弟子が盗賊と傭兵の性悪生活にドハマリして天然毒舌レターを送ってくるなんて……』by某十聖騎士第四席。
なんて言っている内にも馬車での喧騒は一旦落ち着きを見せ、ガルスは隠しきれない高揚を緩んだ頬に見せながら本を手にとって熟読し始める。まぁ、その隣で簀巻きのメタルが彼の積み上げた本の崩落に巻き込まれたり、首絞めから解放されたカネダが咽せ込んでいたりするのだけれど、先程の喧騒に比べれば随分と静かなものだ。
馬車の車輪が砂利を踏む音さえも、心地良く聞こえる。何とも静かで平穏な旅路と言えるだろう。
そんな平穏さだったからだろうか。カネダはふと、簀巻き男に何気ないことを問い掛けた。
「そう言えばお前さ、あの騒動の後はフォールフォールって騒がなかったよな。何でだ?」
「あ? ンー……、まァ、子育ての大変さを知ったからかなァ」
「子育て!? 子育てってお前、お前が子育て、こそ、子育て……、プフッ」
「笑ってンじゃねェよマジで大変だったんだからな!? 飯は食うわ物は買うわ我が儘は言うわ歩き疲れたとか言い出すわ……、よくもまァあんなガキ育てられるモンだぜ、ったく」
ブツクサ文句を言うメタルだが、内情を知っているカネダからすれば全く滑稽なことこの上ない。
随分とまぁあの死神もお姫様ならぬ王子様扱いされたようだ。いつもならば辟易とするところだが、今回ばかりはナイスプレイだな、とカネダは心の中でほくそ笑む。
「……だがまァ、悪くはなかったなァ」
「そーだろそーだろ、お前なんて子育てどころか子供の扱いそのものが……、何だって?」
「いや、何でもねェよ」
「嘘つけお前今凄いこと言っただろ!? ガルスぅー! メタルが、メタルが戦いとフォールと飯以外のことを! ガルスぅー! ガルスぅーっ!!」
「うるさいですよカネダさん、僕は本読んでるんですから! 削りますよ!?」
「いやだからメタルが……、けず、削る!?」
「クカッ、クカカッ! クケァハハハハハハハハッ!! 良いじゃァねェかア!! ちょっとはその小うるさい口も削ってもらえ!! クカッ、クケカカカカカカカカカカカカッッッ!!」
一旦止んだはずなのに、喧騒は直ぐさま息を吹き返す。
いや、元より彼等の旅路に静寂や平穏など似合わないのだろう。ただそれを運んでくるのが自分達なのか、それとも何処かの死神一行なのかは解らないけれど、静かな旅より賑やかな旅の方が楽しいのはきっと間違いない。
そんな彼等を見送って、空を舞っていた一匹の小鳥が大樹の残骸へ降り立った。ただ一日という僅かな間だけれど、やがて数千の時を経ればこの地にいっぱいの華を咲かす残骸の上へと、降り立った。
こうして彼等もまた次の道をゆく。辿り着くのが何処になるかは解らないけれど、また、遠く果てしない旅路を、ゆっくりとーーー……。
「……あっ! そう言えばフォっちにあの事話すの忘れてた!!」
「あぁ、あのイトウ第四席のアレか。まー、良いんじゃない? まさか話通してなかったからって大変なことになるワケじゃないしさ!」
「話? ……話って何だ?」
「この戦闘馬鹿め……」
「……ま、まぁ、確かに大変なことにはならないと思いますけど、うぅん」
悩ましげにガルスは本を閉じ、ふぅと一息吐き出した。
――――解っている。アレは予測に過ぎず、そして自分もまた心の底から信じているわけではない。『知識の大樹』で調べることで確証を得ようとしたが、それもまたできなかった。
だからきっと、偶然の結果ではあるけれど、大したことではないと思い込みたいのだ。あんな、馬鹿げた、けれど真に迫るような予測などーーー……。
「だって……、フォっちの正体が、まさか、あんな」
そこから先の言葉は、平原に吹く風へと連れ去られていった。彼の疑惑も、何気ない不安も、ただ風の果てへと消えていった。
今はまだ、誰も識らない。だがそれはいつかきっと、直面すべきことだろう。ガルスもフォール自身も、いや、彼に関わる誰も彼もが思い知ることになるだろう。そして、決して逃れられないものなのだろう。
――――勇者フォール。運命への反逆者にして運命の隷属。そんな彼の正体という真相からは、誰も逃れることは、できないのだ。
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