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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
天高き叡智(後)
284/421

【5】


【5】


「信じてた……! 信じてたんですよぉお……!! あの人だけは戦い一色の脳味噌筋肉だって……! 信じてたんですよぉおおお……!!」


「お、おう、うん。割とエグい言い方するのう御主……」


「解りますかリゼラちゃん!? まともで尊敬できる存在だと思ってた人たちの性癖を突然暴露される気持ちが!!」


「それは解らんけど周りの奴が女装したりショタコン化したりチ〇コ生えてたことならあるわ」


「え、何それ怖い」


「御主のトコも大概じゃろ」


 片やスラキチ外道暗殺者、ショタコン褐色筋肉ダルマ乙女、変態両生魔眼持ち。片や不運極みの女装盗賊、ヤンデレホモ(※風評被害)戦闘狂。いったい何がどうしてこんな事になってしまったのだろう。いいや、誰かが悪いワケではない。強いて言うなら運が悪い。いややっぱり勇者が悪い。

 とまぁ、そんな残念野郎共の集会は兎も角。唯一まともな、いやそれでも言うほどまともじゃないリゼラとガルスは、樹木マークの学徒から渡されたルートに沿って階段を駆け上がっていた。

 現在、エスマールを追うフォールとメタル組、エスマールの正体に感付いた上に不魂の軍(ソロモン)の秘密まで暴いたルヴィリアとカネダ組、そして何処を彷徨っているのかショタコン筋肉ダルマ乙女と違い、彼等はまだエスマールのおぞましさに気付いていない。どころか彼を味方だと思っている始末。

 故にこうして彼等のセーフティゾーンまで悠々、と言う訳でもないが無自覚に進んでいる、というわけである。


「しかしここ、もう大体第三層辺りか。見ろ、窓から見ると地面が見えぬぞ。巨大な根っこが薄ら見えるぐらいだ」


「そうですね。この階層は僕も噂でしか聞いたことがないけれど……、禁書や貴重な歴史書を収めている部分らしいですよ。古代の、それも帝国ができるより遙か前というほど昔の本だそうで。そんな数ある本の中にはこの大樹がまだ小さな苗木だった頃の挿絵が載せられた本まであるとか」


「何が凄いのかよう解らんな……。アレか、初代魔王様ぐらいの頃か?」


「魔王様って……、あぁ、リゼラちゃんは魔族だからか。そうですね、そのぐらいのもきっとありますよ。尤も、今から向かうところはそれより貴重なところなんだけれど……」


「何? どういう事だ」


「えぇ、この地図によると最上層……、『知識の大樹』の天辺に当たる部分です」


 ガルスが差し出した地図を覗くと、そこに描かれていたのは大樹の幹から螺旋所に回って第三階層を無視し、そのまま天辺へと続く矢印だった。

 つまり今通っているルートは第三階層に通じるものでも、第三階層から通じるものでもなく、この最上層である大樹の天辺へ直通するものらしい。


「何じゃ、禁書の次は宝具でもあんのか?」


「あ、いえ……。ここはただの祭事用に使われているところですね。祭具なんかは殆ど第三層に納められているはずです」


「……だったらおかしいではないか。エスマールが拠点にするなら複雑さとか頑丈さとか、そういうのからしても第三層の方が良いんじゃないか? そもそも天辺って逃げ場なかろう?」


「い、言われてみればそうですね……。けど何か考えがあったんじゃ……?」


「考えって何じゃ? そもそもフォール達は何を追っている? ルヴィリア達に擦り付けた幽霊どもは何だったのだ? …………第一、エスマールという男と言い、樹木マークの学徒どもと言い、本当に信用できるのか? 妾達は何かとんでもない勘違いをしとるんじゃないか?」


「で、でも皆が黒幕だなんて、そんな……。まさかフォっちが黒幕なんて事も有り得ないし……」


「いやそれは有り得るだろ」


「えぇ……」


先日壊滅したオーク村のオークは語る。

 『勇者かと思ったら革命者だった』と。


「ともあれ、やはりこの事件何かが変だ! 一度戻ってフォールどもと合流した方が良い!!」


「そ……、そうですね! 僕もフォっちには伝えたいことがあったし、一旦時間を置いた方が良いかも知れません。あ、でも今は幼くなってるんだっけ……?」


「悪魔はどんな状態でも悪魔だから問題ない! よし、そうと決まれば一旦戻……」


 そう言いかけたリゼラは不意に、ガルスの異様な表情に言葉を止めた。

 驚嘆なのか絶句なのか。彼のそんな眼差しはリゼラではなくその真上へ向けられている。

 ここまで来れば幾らリゼラとて何がどうなっているか大体察しが付くというもの。

 今から自分はーーー……、被害者になるのだ。


「……こう、さ。時々思うんじゃよ。最近妾の扱い酷くないかな、って」


「ど、同情します……」


「同情するなら飯をくれ……。もうそろそろマジでボイコットするぞボイコット……」


「良い事ありますよ……、きっと……」


「あると思うか……?」


「……ごめんなさい、嘘つきました」


「じゃよね。うん知ってる」


 リゼラ、彼方へFlyHigh↑↑↑。

 遠いお空へレッツゴー。


「り、リゼラちゃぁああああああああああああああああああああああん!?」


 一瞬、ガルスの視界に映ったのは、間違いない。触手だった。触手が、螺旋階段の空白を縫い連ねてリゼラを連れ去ったのだ。

 ――――触手と言っても今のは、いったい何だろう。昆虫のような、それでいてモンスターのような、何とも言えない奇妙なものだった。いや、記憶を手繰ればそれに似通ったものがあるにはあるが、アレ(・・)はそんなに巨大なものではなかったはずだ! アレはもっと、小さなーーー……、いや、それよりも!!


「く、このっ……!!」


 彼は急ぎ螺旋階段を駆け上がり、最上層まで走り抜ける。

 体力のない彼には些かキツいものだったが、風魔術による補助があれば一瞬だった。

 しかし、それを幸運と呼ぶべきか不運と呼ぶべきかは解らない。最上層へ出た瞬間、大樹上空で吹き荒ぶ風に、風魔術のお陰で煽られなかったことは幸運と言えるだろう。だがそこへ辿り着いてしまったのは何よりの不運だったとしか言い様がない。

 その、片腕から異様な触手を生やした男を目撃してしまったことはーーー……、不運としか言い様がないのだ。


「……こ、これは、いったい」


 本来、神聖であり限られた時年でしか立ち入りが赦されない祭儀の場。

 しかし今そこには異様なる姿の男がいた。流れるような黒髪や潤しい姿とは裏腹に、奇妙に歪んだ腕を持つ一人の男がいた。そして彼に吊り上げられる魔王と、怯える学徒。それ等に息を呑む一人の冒険者がいた。


「やれやれ、本当に今日は来客の多い……。尤も、誰一人として招いてはいないのですがね」


「あ……、貴方が、エスマール教授、ですか? いえ、しかしその腕は……」


「おっと、口を謹みなさい。私の手に彼女が捕らわれているのが解りませんか?」


 見せびらかすように、エスマールは異形の腕を空中でぶらぶらと動かした。

 そこにはぐったりと項垂れる、どころか元気溌剌に触手へ食い付くリゼラの姿が。あんまり美味しくない。


「人質とは卑怯な……! 貴方が、本当に貴方が黒幕なのですか!?」


「今更、という話ですよ。最早隠す必要もない……。クフフッ。全て、えぇ全てが踏み台だ! 愚かな学徒どもの思想も、貴方達の無駄な足掻きも、全てが私の踏み台に過ぎない!!」


 エスマールの告白は邪悪な声色で、祭儀の場へと響き渡っていく。

 しかしそれを聞き逃せないのは学徒だ。彼は抜けた腰を必死に引き摺りながらも、彼へと差し迫る。


「そ、そんな……、エスマール殿! 約束が違うではありませぬか!! 我々は共にこの大樹を変えると、研究者達に権力が集うこの腐りきった現体制を変えると仰ってくださったではありませぬか!!」


「クフッ、愚かなのは貴方達だ。樹木マークなどという仮初めの勲章を手にしたことで、己の非力がどうにかなったと勘違いしている……。そんなもの、貴方達が嫌う権力を振りかざす研究者達と何が違うというのです?」


「そ、それはっ……!!」


「と言う事はまさか、あの魔道書は貴方達が……!?」


「ち、違うのです、同志ガルス! 我々はただこの体勢を変えたかっただけなのです! 研究者ばかりが権力を持ち、老い固まった思想を常識として振り翳すこの世界に異を唱えたかっただけなのです!! どうして我々が奴等の理想に付き合わねばならないのですか、我々には我々の理想があるというのに!!」


「クフ、ハハハハハ! 滑稽、何とも滑稽!! しかし私はそれすらも称賛しましょう! 何せ貴方達の協力のお陰でこの大樹に入り込むことができ、計画すらも成就させることができたのだから!! その滑稽なる思想こそ私の最たる踏み台だったのですよ!! クフハハハハハハハハハ!!」


「何て……! 何て卑劣な男だ……!! 皆を利用するだけでは飽き足らず、用済みになれば研究室な皆や図書館まで破壊し尽くす!! そこまでして貴方は自身の目的を遂げたいのですか!?」


「え? いやそれは知らな」


「赦せないッッッ!!」


 余りのおぞましさにガルスは怒りで拳を震えさせていた。

 ――――確かに彼等のやり方は間違っていたかも知れない。いいや、決して正しいものではなかっただろう。

 それでもその想いは真っ直ぐなものだったはずだ。この体制を変えたいと、自分の努力ばかりではなく、これから育っていく学徒達の努力を正統に認めさせたい、と。そういう真摯な想いの元に彼等は手を組んだはずなのだ。

 それが利用されて良いわけがない! 例えどんな理由があっても、踏み台になんかされて良いわけがない!!


「……フッ、何やら要らぬ罪まで被せられているようですが、まぁ良いでしょう。どのみち貴方達が計画を止めることはもうない。今頃は私とこの場を確保した彼以外の学徒が、事前に伝えていた計画に従って魔方陣を完成させている頃合いでしょうからね」


「ぐっ…………!」


「私を止めてみますか? それも良いでしょう! だがーーー……、まさかこの私がみすみす貴方と彼女をここまで来るのを見逃していたと思いますか? フフ、やはり学徒達は役に立つ。何せ便利な人質(・・)まで用意してくれたのですからねぇ!!」


 エスマールの卑劣な笑いと共に、ガルスの背後で開いていたはずの通路が粉砕された。

 後方の、地上へ唯一続く道がモノの見事に瓦礫へ飲まれたのだ。そうなれば此所は最早、海の孤島ならぬ空の孤島。地上すら霞む大樹の頂上から降りる術などない。


「し、しまっ……!」


「クフフ、蛮族は時に愚かな道を選ぶことを勇気と嘲るものです。そして人はそれを蛮勇という……。人間にしては随分面白い言葉を造ったものだ。その果てにあるのがこの有り様だと言うのに!!」


 嘲りが差し出すのは、奇妙な触手の先で力なく項垂れ、るわけがない我等が魔王様。

 ソースかな、たぶんソースだな。ソースが合うなこれ。割と塩もいけそうだな。


「り、リゼラちゃん……! 昼食前なのにあんなに食べて……!!」


「クフフッ。ご心配なさらずとも、間もなく貴方もこちらへ……、いや待って食べて? えっ? 嘘でしょう? えっ?」


「心配? そりゃァ違うなァー……」


 削れるような、音だった。


「テメェが心配すンのは……」


 違う。それは削れている。


「テメェ自身だろうがよォー。なァ、エスマァアアアアアアアアアアアアルゥウウウウウウウ……!!」


 大樹の内部から、第二層から第三層、そして最上層の地面に到るまで全てを貫き、この男は昇ってきたのだ。

 爆音と粉塵と、衝撃と。腹底から齧り千切るような嗤いが天空の孤島に響き渡り、それは怯える学徒や構えるガルスの膝まで釣れて笑わせる。脅迫のように責め立て、狂気のように染め上げ、凶刃のように斬り裂いて君臨するのだ。

 粉塵の中より殺意を纏い、全ての常識さえも覆す災禍が如き、その男は。


「……おや、今更来たのですか? うす汚い傭兵め」


「クカカッ、今更ァ? 満を持しての登場と言えよォ」


 男はその腕からボロ布のように目を回した学徒二人を投げ捨てる。

 彼等こそエスマールの言う『何も知らない愚かな者達』であり、計画を最終段階へ移行させる為に動いていた者達だった。しかし猟犬に掛かればこんなもの、狩りですらなかったのだろう。

 然れどエスマールの表情は変わらない。どころか、嘲りさえ含み口端を嫌らしく歪ませている。


「いいえ? 今更です。例え端役を捕まえようと、貴方はあの時……、第二層の図書館で私を倒せなかった時点で敗北が決定している。いや、貴方だけではない。私に刃向かう者は皆、初めから、私に敗北している! それにすら貴方達は気付かない!! いいや、気付けない!! 何故ならばッ!!」


 エスマールが片腕に掲げたのは、一冊の本だった。

 しかしそれがただの本でない事は一目瞭然。例え外皮や装飾が何の変哲もないただの古びた本だったとしても、放たれる瘴気が尋常なものではないのだ。開かれるなり周囲の空気を黒緑色に染め上げ、エスマールの足元に囁く樹輪を腐敗させるようなものが、まともであるはずがない。

 そう、それは属に魔道書と呼ばれるものである。この『知識に大樹』に納められる部類のものではなく、遙か太古に封じられた最悪の本ーーー……、に躊躇なく斬り掛かる斬撃があった。


「おっと危ない……、フフ。次はあの時のように斬らせはしませんよ」


 エスマールはリゼラを拘束する腕ばかりでなくその両脚までも異形の触手と化し、彼の斬撃を寸前で回避していた。

 然れどその姿は斬撃の回避に留まることなく、塔が如く天高くまで昇っていく。


「あ? 外したか……」


「ヤンデレホっ……、メタルさん! いらっしゃったんですか!!」


「おう、ガルス。……いや待て、お前今何つった? と言うか距離遠くない?」


「気にしないでください! それより早くあの男を止めないと……!! 魔方陣が発動してしまいます!!」


「あー? 別に放っといても良いだろ。発動つっても連鎖だか複合だかの魔方陣が大樹に納められた魔道書を爆発させるンだか何だかする程度のモンって聞いたぜ? ンなもん幾らでも爆発させてやれよ。花火みたいなモンだろ? それにそもそも俺、本とか興味ねェしィー」


「違います! あの魔方陣を連鎖させてもその程度で済むわけがない!! 元素を反転させた魔方陣の複合発動なんて……、魔力の拒絶反応によってここ一体が吹っ飛ぶ威力ですよ!?」


「クフッ、フハハハハハ! 学徒達に誘われるだけあって優秀な冒険者のようですねぇ!! しかし気付くのが僅かに遅かった……。この距離で止められるものなら止めてみるが良い!! 私の体躯まで辿り着くことができるなら、ですがねェ!!」


 その言葉は嘲りであっても傲りではない。

 エスマールの脚部は肥大化を続け、メタルとガルスが言葉を交わしていたほんの数秒の間に塔どころか大樹の幹と見間違うほど巨大な輪郭と高度となっていた。

 幾らメタルでもエスマールが魔道書に魔力を込めるまでにこの高度を駆け上がり、魔道書を破壊、或いは奪取するのは不可能だろう。


「終わりです! 何もかも!! 全て歴史の忌まわしき残骸(・・)と共に消え去るが良い!!」


 彼の叫びと共に魔道書が妖しく輝き、より一層濃い瘴気を吐き出した。

 それだけで異形の触手腕に囚われしリゼラや祭儀の場にいるガルスや、気絶した同志を解放する学徒の顔色が一変する。その本能を揺さ振るかのような危機に、誰も彼もが言葉を失ってしまう。

 しかしーーー……、ただ一人、侮蔑を向けられていたメタルの表情は、以前と楽観としたもので。


「確かに俺の脚じゃァダメだろうなァ……。剣もダメだ、拳もダメだ。だったらよォ」


 指が、天高く空を刺す。

 中天に掛かる太陽を貫くが如く、その指は。


「銃なら、どうだ?」


 ――――パァンッ。

 白き空に共鳴する銃声は、雷叫よりも鋭く雲を貫いた。

 大樹の一角に匹敵する巨躯の合間を縫い穿ち、その弾丸は彼の持つ魔道書に向かって境界線が如き一閃を撃ち放ったのである。


「…………な、に」


 エスマールの視界が捕らえるのは、銃弾の衝撃に巻き込まれて自らの指先を解れるように離れゆく哀れな魔道書。直ぐさま必死にそれへ手を伸ばそうとするも、赦さないと叫ばんばかりに二、三の銃弾が彼の頬と腕先を掠めていく。

 既に視線を向けるまでもない。エスマールは確信していた。その弾丸を放っているのが、いったい何者であるのかを。


「だぁああッ! クソッ、狙いが逸れた!! お前この変態女!! 飛ぶなら飛ぶでしっかり飛びやがれ!! 頭ブチ抜けなかったじゃないか!!」


「は? 聞こえませぇーん。女装変態の言葉とか聞こえませぇーん。と言うか何か手に力入らなくなってきましったァ-。落としそうですぅー。変態落としそうですぅー」


「やめろよ? この高度から落ちたら俺ホント死ぬからマジでやめろよ? 絶対やめろよ!? お前が女以外は飛ばせたくないって言うからこうして宙づり状態で我慢してんだからな!? ホントやめてくださいよ!?」


 喚き騒がしい、耳障りな喧騒。

 そこには紅蓮の翼を羽ばたかせる緋色の魔眼を持つ女と、金色の髪と白銀の銃を持つ男がいた。

 誰よりも小賢しく誰よりも鬱陶しい羽音を響かせる羽虫が、二匹いた。


「め、メタルさん……! カネダさんにルヴィリアさんも!!」


「おー、ガルスぅー。助けてくれぇ、変態と組むのはもう嫌だぁああ」


「こっちも死ぬほど嫌なんだけど。と言うかリゼラちゃん生きてるぅ? 触手プレイされてなぁい~?」


「触手プレイはされてねェけどさっきの流れ弾が眉間貫いたんじゃが」


「「おのれエスマール!!」」


「覚えとけよこのクソ変態ども」


 こうして集い出す変態と被害者、もとい、この『知識の大樹』を護るべく立ち上がったというわけでもないけれど結果的には護ることになってたので若干セーフと思われる者達。

 ぎゃあぎゃあと喧騒塗れに嘲る彼等だが、この頂上に風が吹雪き、一段落ついたかと思うと皆々が一挙に声を落ち着かせ、それぞれの刃を持ってエスマールへと差し向けた。

 それこそ正しく終焉を宣告するが如き、意志の刃を。


「終わりだ、エスマール。アンタが何をしようとしてたかは知らないが、用意周到さが裏目に出たな。それぞれの本に仕込んだ魔方陣と、そこに仕掛けられた幽霊の召喚。極めつけには学徒へ受験本として各所へ本を散らす徹底ぶりだ。……確かに厄介だったよ。俺とガルスだけじゃ、きっとどうしようもなかった」


「だぁーけど残念! こっちにはカッコカワイイルヴィリアちゃんがいるのダ☆ 魔力の痕跡を辿って本を潰すのも、受験生達の本を潰すのもそう難しい話じゃなかったぜい! 何せ、受験生が受験会場に集まるからそこに襲撃を掛けちゃえば良いし、そもそも僕達が近付けば幽霊が出て来るんだ。魔力反応を持つ本を撃ち抜くだけならこの変態にもできるぜ」


「うるせぇお前も変態だろボディーチェックとか言って女子生徒襲ったの忘れてないからなその所為で憲兵の追跡が増加したのも忘れてないからな? ……だが、それは兎も角として、エスマール。お前の目論見は根本から覆った。過剰なまでの警戒と対策が、そのままそっくりお前の傲慢を現しているんだよ。人間を苦しめてやろうという、歪な傲慢をな」


「こ…………」


「諦めてください、エスマール教授! もう貴方が考えているその計画を行える魔力量なんて存在しない!! 恐らく街中に散らばった魔道書で持ち主から魔力を吸い上げようとしていたのでしょうが……、それもカネダさんとルヴィリアさんが打ち破った! そして、樹木マークの皆ももう貴方に協力することはありません!!」


「この…………!」


「……だ、そうだぜ? エスマァアアアアルゥウウウ。どうする? ピンチってヤツじゃァねェかぁ。だがテメェのことだ、まだ変身を二回ぐらい残してンだろ? ン? 何なら下に落ちた魔道書を拾いに行ってやろうか? 他の奴等をこの場から失せさせても良い。俺を楽しませるぐらいのことはできるんだろォ? エスマァアアアアアルゥウウウウウ」


「この、クソカス共がぁあああああ…………!!」


 宣告と、正論と、挑発と。

 畳みかけるような言葉に段々とエスマールの表情は崩れ、冷静な、先程までの美麗衆目さが見事に消え失せていく。純白の紙幣に落とされた水滴が染み渡るが如く、にこやかに余裕ぶった表情が見る見る内に邪悪へと染まっていく。

 しかしーーー……、その表情は憤怒であれ、決して後悔や屈辱というものではなかった。もっと別の、何かを訴えていた。


「何故……! 何故誰一人として運命に従わない(・・・・・・・)……!? 貴方達は運命を歩んでいれば良いのです! 愚かな人間共め、あの御方の崇高なる想いなど微塵も知らぬ愚か者共め!! 貴様はあの街で滅ぶべきだった、貴様は最たる愚者の隣にいるべきだった、貴様は物語に関わらぬはずだった、貴様は私の役目を担うはずだった、貴様は終焉の華を飾るはずだった!! なのに、なのに、どうして誰も従わないッ!? それこそが貴方達の生きる道だったはずだ! 貴方達に赦された道のはずだ!! ただ、それだけがッッッ!!」


「…………おーい、誰か通訳ヨロ」


「あァ、俺知ってるぜ。酒場とかにいる酔っ払い爺さんがよくあぁいう話してるわ」


「それ知ってるとは言わないんじゃ……」


「おい意味不明なこと言うならまず女の子出せや女の子ォ! 取り敢えずロリ巨乳な!!」


「なぁ御主の腕喰い飽きたんじゃが別の味になんない? 辛いの食べたい」


「だと言うのに貴方達はそれにすら抗うと言うッッッッッッッッ!!」


「「頑張るなコイツ」」


「き、聞いてあげましょうよ、せめて……」


「抗うな! 運命こそ我等に与えられし生命の義務!! 鮮血と共に産声を上げ灰燼と共に涙するまで我等が賭すべき絶対の義務なのです!! どうしてそんな単純なことが解らないのですか!? あの御方が定めた運命に従えば、あの御方が示した道に従えば、我等は幸福たれる! 我等は各々の存在たれる!! 如何に、赤子であれどもそれを望むと言うに、どうして貴方達は望もうとしないのか!?」


「……この話、いつ百合百合学園でてくんの?」


「おっ、ちょっとピリ辛になった。おいアイツ割とこっちの話聞いとるぞー!!」


「せんせー! トイレ行ってきて良いッスかー!!」


「せんせー! 腹ァ減ったッス-!!」


「やめたげてくださいよぉ!!」


 人の話は真面目に聞きましょう。


「…………だが、だ。まだだ、まだ終わったわけではない。むしろこれから始まるのだ。大命は未だ尽きてはいない! 大命は、尽きるべきものではない!! 私に示された道は何人にも、譲るべきものではない!! 貴方達風情が、阻止できるものではないと識れッッッ!!」


 突如、追い詰められていたはずのエスマールはその叫びと共に天高く己の腕を掲げ挙げた。

 その腕は第三層下へ落下して征った魔道書を拾い上げる為のものではない。ただ、構築する為だけのものだ。その指先に、落下していった魔道書に刻まれていたものと全く同じ魔方陣を、構築するためだけのものだ。


「クフハハハハ! 私がただ高説を垂れるばかりだと思いましたか!? 既にこの指先は大樹に残る魔道書の探知と、複合魔方陣を起動させるための術式構築を完了させている!! 貴方達が呆然と突っ立っている間にも着々と事は進行していたのですよ!! 所詮あの魔道書は起動のための装置トリガー! 幾らでも代用は利く!!」


「ま、待ってください……! 幾ら貴方が魔力を豊富に持っていたとしても、応急的な魔方陣の構築など自殺行為です!! それに、起動準備でそんなに魔力を消耗しているのに、本来の複合魔方陣なんて稼動させられるわけがない!!」


「それが愚かだと言うのです! 所詮は複合魔方陣も繋ぎ(・・)という事に何故気付かない!? この魔方陣を稼動させるのに必要なのは貴方達でも、学徒でも、況してや私自身でもない!! 我々が戦って来たこの大樹そのもの!! 幾億と積み重ねられ、この大樹に蓄積されてきた自然魔力マナに他ならないのですよ!!」


「……そうか、その為に最も生命力が溢れる最上層へ来たのじゃな!」


「だ、だが待て! 稼動の為の魔方陣が仕込まれた本は俺と変態が憲兵に追いかけ回されながら街中回って破壊し尽くしたはずだぞ!? 残ってるわけがない!!」


「そのはずだけど……! 一つ、どうやら一つだけ破壊し損ねていたみたいだね……!!」


 ルヴィリアによる緋色の眼が捕らえているのは、エスマールの掲げられた腕先に伸びる一本のか細い線だった。

 ――――奴は複合魔術を『繋ぎ』と言った! そうか、どうしてこんな簡単な事に気付かなかった!? 魔力が不足しているならば、なんて過程は無意味! 奴はこの大樹に蓄積された膨大な自然魔力、つまりマナを逆魔方陣を用いて魔力暴発させるつもりだ!!

 そうなれば威力や過程など問題ではなく、文字通り全てが消滅する! 一切の例外など存在しない!! 目的も、方法も、全てを根本から消滅させるつもりだ!!


「クフフ、盗賊よ……。貴方は私の傲慢が裏目に出ていると言った。しかし貴方の首を最後に絞めたのは貴方自身の怠慢でしたねェ!! あと一歩、あと一歩だけ街外れの宿屋にまで脚を伸ばしていればこんな事にはならなかったのに……!! やはり未だ天は私に味方してくれている! 僥倖、全く僥倖だ!!」


「馬鹿な……、宿屋!? 何でそんなところに勉学本があるんだよ!? 受験生の家まで回ったんだぞこっちはぁ!!」


「…………あ。それ、もしかしてフォール君が図書館から持って来た本のことじゃ」


「雌豚シャラップ!!」


「あひぃんっ♡」


「さぁ、恐れ戦くが良い! 貴方達に残されるのは消滅の道ただ一つ!! 例えここで運命を曲げることになったとしても、例えその時(・・・)でなかったとしても、あの御方の意志にそぐわぬことだったとしても!! 貴方達だけは確実に消滅させてみせる!!」


 収束されゆく天網は、ルヴィリアの魔眼を通さずとも凄まじい魔力反応を放っていることが解る。

 ただこの場にいるだけで肌が焼け付き、毛先が焦げ果てるようだ。心なしか凄まじい重圧までもが四肢へ乗し掛かるようでもある。立っていることさえも、容易ではない。特にエスマールの腕へ拘束されたリゼラや天空を飛翔するルヴィリアとそんな彼女に宙づりにされたカネダ、さらに言えば一般人の範疇たるガルスも責め立てるかのような熱量と重圧には適わない。

 否、むしろ『南方の日差しは強いな』的な感じで平然と立っているメタルがおかしいのだろうけれど。


「……んで? 結局どーすりゃ良いんだ。爆発させたら面白いかな」


「やめろシャレ抜きで俺等が滅ぶ!! ……おい、ガルス! この魔方陣の解除方法は何かないのか!?」


「む、無理ですよ! 既に発動してしまった魔方陣の解除方法なんて存在しません!! そもそも予想していたのが彼の起動トリガーから始まる二段階発動でした! しかし実際は起動トリガーから連結コネクトによる三段階発動!! 根本が異なるのですよ!!」


「なるほど解らん」


「つまり僕達はずっと疑似魔道書という連結コネクト部分を叩いてたってワケさ……! 君が叩いてたのもエスマールという起動トリガー部分!! 奴の計画本体は既に完成してたんだ!! さらには今、起動トリガー連結コネクトも発動してしまった!! 今から起動しているエスマールを倒すのも連結部分である本を壊しに行くのも間に合わない!! こうなっちゃ止める方法はもうないんだ!! OK!?」


「NOだな。斬ればいける」


「おいテメェこの変態! 君の仲間脳筋すぎないかい!?」


「いやー否定できないわーむしろ肯定するわー」


「と言うかまず妾助けない? 頭燃えとるんじゃけど。火柱立っとるじゃけど」


 レッツ☆バーニング! なお魔王様はこの数秒後に鎮火&救出されました。

 とーーー……、そんな事をやってはいるが、しかし巫山戯ている場合でないのは事実だ。今はまだ魔力を収束させているだけだが、やがて数十秒もしない内に魔力は大樹の自然魔力マナを汚染させて暴発、大樹全体を跡形もなく消し飛ばすことだろう。

 そうなればこの一体に甚大などという次元ではない被害が出る。大樹どころか地図の形が変わることになり、この世の叡智は全て灰燼と帰すだろう。言うまでもないがリゼラ達とて無事で済むはずがない。


「……ったく、全員してギャーギャー騒ぎやがって。これならまだあのガキの方がよっぽど使えるぜ」


「ガキィ!? 何だ、この状況でガキなんて誰が……」


「ガキはガキだ。……あ? そう言えば名前は聞いてなかったな。まぁガキで良いだろ」


 指先で刀剣を弄んで肩に担ぎ上げ、彼は満面の笑みで怪物と化したエスマールへ向かって行く。

 その表情に絶望の色など微塵もない。むしろ、須く歓喜に満ちていた。


「狩りとは……、追い立て追い込み追い果てて狩るものと、ただその一撃の為に待ち続けて刹那に賭けるものがある」


 そしてその表情に応えるが如く、第三層へ墜ちる穴から一人の少年が姿を現した。

 その手にはエスマールの腕から零れ落ちた魔道書が握られており、彼の双眸には確固たる眼光が宿る。真紅に輝き、天上に煌めく魔方陣さえも喰らい尽くさんが如き殺意が宿る。緩やかな足取りとは思わせない意志と、綻ぶことなき決意が宿る。


「貴様は本能に従い、俺は理性に従う。……だから貴様とは相容れんのだ、メタル」


「ハッハァ! 御託並べる前にやること言いやがれクソガキィッ!! 俺を待たせただけの計画は練ってきたんだろうなァアアアアアアアアアアッッ!?」


 ――――そして今、ここに両雄が並び立つのだ。


「げぇっ!? 死神ィ!!」


「フォっ……! あ、ダメだ、え、えっと、子供ですね!!」


「……いや、あれフォー」


「ご主人様シャラップ!!」


「あ゛ぁん?」


「あひぃんっ♡」


 なおその結果による反応は人それぞれで大きく別れたようです。

 そしてその中でも特に、ルヴィリアは言葉攻めの快感に抗いつつリゼラへと耳打ちする。


「……ってそうじゃなくて、リゼラちゃん! 今この場でアレがフォール君って言っちゃ絶対面倒なことになるじゃないか! ここはスルー、全力でスルーだよぅ!! でも僕にはもっと構ってくれても良いと思うんですけど!?」


「スルーは同意だがそっちは知るか阿呆。……それより奴はどうするつもりじゃ? 既に魔方陣が発動した以上、止めようがないのでは」


「いや、そんな事はない」


「ぅおっ!? 急に出てくるなこの暗殺者ベイビーめ!!」


「……不名誉な渾名だな。それより貴様にはこれだ」


 フォールはリゼラへと手に持っていた魔道書を投げつけると、天に拡がる魔方陣へ視線をやった。

 既に収束は極点に達しているのだろう。魔方陣は幾度も強烈な閃光を繰り返し、波紋のような衝撃を辺りへ幾度も放っている。それに呼応するが如く足元の大樹も幾度となく躍動している事を鑑みれば、猶予は殆どないと言っても良いだろう。

 然れど、この場で取り乱す者はいない。まだーーー……、諦めるには早いのだから。


「な、何じゃこれ……」


「それを今から説明するのだ。……全員、こっちへ寄ってこい」


 フォールは足元で躍動する大樹に爪先を二、三度ほど打ち付けて感覚を確認する。

 彼に集められたリゼラ、ルヴィリア、カネダ、ガルスはその様子に首を捻るが、フォール自身は何かに納得したようだ。


「……良いか、まずエスマールの目論見を止める術はない」


「はぁ!? ダメじゃないか!!」


「阿呆、話は最後まで聞け。確かに止める術はないが、防ぐ術はあるという話だ。……奴の目論見通りこのままでは大樹に蓄積された自然魔力マナが暴走し、ここは巨大な爆弾に変わる。しかし裏を返せば奴もまたこの大樹に干渉する立場にある、ということだ。これがどういう事か解るか?」


「……干渉、しているのなら、そうする方法がある。逆に奴が干渉できるなら、大樹の自然魔力マナを通してこちらからも干渉できる、ってこと?」


「そうだ。そしてその為の道具が今リゼラに渡した魔道書だ」


 皆の視線が、古ぼけた魔道書へと向けられる。

 ちなみにそれを喰おうと齧り付いていた魔王は勇者によるミニマムデコピンを受けた。


「で、でもフォっち……。例え魔道書から自然魔力マナを通してエスマールの魔方陣に逆干渉したとしても、既に完成した術式を崩すのは不可能だよ。上回る魔力量をぶつければ妨害はできるけれど、やっぱり暴発は避けられない」


「うむ、ガッちゃんの言うことも尤もだ。だが既に発動したものを止められないのはエスマールも同じだろう。だから俺達はあくまで奴の魔方陣による魔法の発動を阻止するのではなく加速(・・)させる。破壊ではなく、その方向性を転化させる事によりその内容を変化させるんだ」


「……確かに起動トリガーである魔道書と、奴自身も使っている連結コネクト部分に相乗りすれば理論上は不可能じゃないだろうな。だがエスマールの妨害もある」


「それに、そもそも変化と言ってもどんな形に変化させるつもりじゃ? 大幅な変化は不可能じゃぞ」


「何、爆発に方向性を付けて砲撃にするだけだ。難しい話ではない。……無論、これだけではエスマールの邪魔が入ってくることも考慮済みだ。よって俺とカネダはエスマールの妨害、リゼラとルヴィリアは魔道書を通しての奴の魔法への干渉、ガッちゃんはその二人の護衛と、ついでにあそこで気を失っている学徒達も護ってやると良い。とは言え、殆どこちらが気を向けさせるがな」


「ちょっち待った、フォール君! 砲撃の方向性とかはどうするんだい!? 爆発を砲撃に転化させるのは良い。それを天に放つというのなら計画も納得いく! けど、もし足元に撃たれたりしたら僕たち全員オダブツだよう!?」


「解っているとも。その為にあの男がいる」


 くい、と顎で差した先には楽しそうに刀剣を素振りする男の姿が。

 まぁその素振り一回ごとに天空の突風でも散らない大樹の緑葉が数百枚ほど飛んでいくのだが、見なかったことにしておこう。


「瞬間、魔方陣を構築するあの巨躯を足元から切り崩させる。後の微調整はこちらに任せておけ」


「だ、大丈夫なの?」


「……今日だけで数万ルグたからせて貰ったからな。約束は果たす」


「ガルス、たぶん明日からアイツ小遣いせびってくるけどちょっと色付けてやろうぜ。流石に同情するわ」


「そうですね……」


 いつだって金欠は悲しいものである。

 とーーー……、言うワケで。


「言うまでもないがチャンスは一度切りだ。誰が失敗してもこの計画は破綻すると思え」


「プレッシャーかけやがるのぅ……。これ終わったら美味い飯食わせろよ? 絶対じゃぞ!?」


「だったらリゼラちゃん僕を食べアッハイ解ってます何でもないです頑張ります」


「俺達はただ本を借りに来ただけなんだけどなぁ……。何でこんな事になっちゃったかなぁ……」


「クカカッ、コソコソ話は終わったみてェだなァー……。文字に目ェ通すよかはこっちの方が楽しいだろォがよォ?」


「まぁ、メタルさんはきっとそうでしょうね……。僕は平和な方が良いですけど……」


 そこに並び立ったのは両雄ーーー……、ではない。

 ただ、六人。然れど六人。眼前で巨大な異形の体躯と共に天輪を浮かべるあの者へ立ち向かうべく刃を構える、六人だ。一人一人が絶対なる勇気や果敢なる資格を有しているわけではない。ただ、彼等はそこにいる。如何なる運命のイタズラか、はたまた汚い使命の因果かは解らないが、そこにいる。

 本来存在した歴史に、誰かが定めた運命(・・)に、唾を吐き捨てる者達が、そこにいる。


「さて、行こうか」


 フォールの呟きと共に、皆が疾駆した。

 リゼラとルヴィリアは同時に魔道書から大樹の自然魔力マナを通じてエスマールの魔方陣に逆干渉を行い、ガルスが彼女達と遙か後方で気絶した学徒達を庇うように風の結界を展開する。

 そして、その風に乗るが如く、一挙に二人の男が駆け出した。


「あぁ、畜生! 結局はお前とかよ死神野郎めッ!!」


「……誰が死神だ、誰が」


 彼等の疾駆は瞬く間に跳躍となり、塔より高き異形の脚を駆け上がっていく。

 雲さえも穿つ高度は彼等の素肌を凍てつかせたが、その程度で止まる二人ではない。へどろのような脚さえも、忌々しき天輪の熱さえも、果ては空より降り注ぐ幾多の異様な触手さえも彼等を止めることはできない。

 ただ、駆け上がる。憤怒に染まる眼を向ける顔に向かって、一気に駆け上がっていく。


「高が触手程度で止まると思うか!? こちとら海洋都市で死ぬほど触手ゲソ喰ってきたトコなんだよォッ!!」


 跳躍と共に放たれる双銃の連撃は迫る幾百の触手を容易く撃ち落としてみせる。

 一弾とて外さない。迫り来る触手が何百だろうが何千だろうが外すワケがない。この双牙より逃れられる獲物など、いるはずがないのだから。


「活路は俺が開く! お前は先に行け!!」


 カネダは触手の破片から破片へ飛び移りながら、それでもなお幾百の触手を穿ちながらフォールへと合図を送る。

 ――――何せこれほどの巨体だ。ちまちまと毛先のような触手を撃っても効果は薄いだろう。ならば狙うは未だ奴の人間らしい部分が残っている頭以外にない!

 だが、ここから狙撃しても触手に叩き落とされる。ならばいっそのこと自分が全ての触手を撃ち抜いてフォールを先に行かせれば良い!!


「背中は任せろ! これでも伝説の盗賊だぜ!!」


「いや、無理だ」


「構うな! 俺ならこの程度の攻撃に……、なんてぇっ!?」


 振り返ればそこには触手に捕らえられたフォールの姿があった。

 そりゃ弱体化して初戦闘な上に幼児化してるから当然である。


「見事に足手纏いじゃねぇかぁあああああああああああああああ!!」


「どうにかなると思ったのだが……、無理があったか。仕方ない、おいパピー、おんぶ」


「誰がパピーだこの厄災児め!? 嫌だよお前みたいな息子持ちたくねぇよ!!」


「メタルパパはやってくれたのに……」


「やめろよ何かアイツの継父みたいな言い方ァ! 良心が、良心が痛む!!」


「パピー……」


「解ったよやりゃァ良いんだろクソッタレ! 振り落とされるなよこのクソガキめぇ!!」


「やはり貴様は扱いやすいなぁ……」


「うっせぇちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ほのぼの頷く勇者クソガキと、そんな子供に翻弄される胃痛盗賊。継父問題なら微笑ましいが、残念ながらそんなに爽やかな場面ではない。

 ともあれ、カネダは彼を肩車するとそのまま双銃を抜いて再び走り出した。頭に重りを抱えているというのに未だ跳躍速度が劣らない辺りは流石と言ったところだろうが、逆に獲物の減った触手は一挙に彼へと襲い掛かってくる。


「やっぱりお前死神だわ」


「今回ばかりは濡れ衣だろう。……何、接近したものは俺が斬る。貴様は遠方にだけ気を払っておけ」


「……本当にお前とだけは組みたくなかったんだけどなぁ!」


 その会話を最後に、カネダはさらに速度を跳ね上げた。

 口ではあぁ言っているものの、エルフの村や帝国で積み上げた連携は伊達ではない。前方の触手は全てカネダが撃ち落とし、後方から迫る触手はフォールが斬り払う。

 重量が増し、触手の攻勢も激しくなっているというのに二人が駆け上がる速度は先程の比ではなかった。塔が如き異様な脚を登り切り、腰、腹と跳ね上がって一挙に頭部を目指していく。


「ちィッ、触手が鬱陶しい! と言うかそもそもコイツは何なんだ!? 人間とか言うなよ!? お前見た後だと信じちゃいそうだから!!」


「引き摺り落とすぞ。……俺にもハッキリとは言えないが、大体の予想はついている。尤も目的は今でも解らんがな」


「……つまりどういう事なんだ!?」


「俺が聞きたい」


 濁すような言葉に進展しない話題だが、そんな会話を焼き焦がすように閃光が放たれた。

 いや、それは閃光と呼ぶには余りに熱く、そして大きい。まるで辺り一帯へ熱湯をブチ撒けたかのような熱量と共にフォールとカネダの肌へ降りかかったのだ。

 彼等は咄嗟に身を守ったので僅かに肌が焦げる程度で済んだが、剥き出しの触手に到っては先程の光線により焼けてしまったらしく、燃焼すると共に眼下へと焼け落ちていった。


「……な、何だ、今の。まさか魔方陣が発動したのか!?」


「いや……、恐らくただの魔力反応だ。魔法や魔術が発動する際の発光だな。成る程、アレだけ巨大な魔方陣となれば魔力反応もここまで強大になるのか」


「なみなみと溢れる杯が揺れて雫を零した、ってトコか……! 漏洩した魔力だけでこの威力とはな……!!」


「そう。だから貴方達に勝ち目はない」


 異形の腕。大樹の根に等しき巨腕の上に降り立ったフォールとカネダ。

 魔力反応の波動に煽られる二人の前に現れたのは、誰であろうエスマールだった。

 いやーーー……、流れるような黒髪や姿形は人間のそれだが、纏う雰囲気は明らかに違う。何よりその脚が眼下の巨躯に繋がっていることを考えれば、人外の存在であることは明らかだ。

 となれば最早、エスマールという人間の名前は必要ない。

 ――――今となっては、顔貌(フェイカー)。そう呼ぶべきだろう。


「……やはり、貴様か」


「クフフ……、流石、察しが良いようで。そう、我が名は顔貌(フェイカー)。魔族三人衆が一、心臓(アグロ)に続く真魔の邪悪なり。私こそ天命の守り人にして神冥の番人……! 世界の運命を司る者なり!!」


「アイツすっげぇ綺麗な髪してんな。何のシャンプー使ってんだ」


「それは解らんが個人的には帝国王族の御用達、ミツルギ商会の天然産シャンプーがオススメだ」


「愚かな者よ。勇者フォール……! 全ての運命に捕らわれるはずだった愚物め! 運命への反逆者にして隷属者め!! 何も知らず抗ったつもりか? それこそ運命の輪に首を掛けるが如き行為とも知らずに! 愚か、あぁ、愚か!! 人間だろうと魔族だろうと、属さぬ命であろうと……! 己の歩む道すら知らぬ俗物め!!」


「…………馬鹿な、そんな事が!?」


「その驚きはアイツの言葉になの? ボケに対するツッコミがない事になの?」


 たぶん後者。絶対後者。


「ですが……、識らぬなら思い知らせるまでのこと。例え今更、貴方達が如何なる小細工を労そうとも全てが無駄なのですよ。この太古の大樹の元で、貴方達は爆滅の波動に滅び果てるのです」


「……させると思うか?」


「いえ? 貴方は屈するしかない。ご覧なさい、天に拡がるこの美しき魔方陣を……」


 顔貌(フェイカー)の指差した先にある魔方陣は、彼の言葉に応えるが如く生物のように鼓動を繰り返す。

 放たれる熱量も限界を遙かに突破しており、フォールやカネダの装備も炙られる鉄板のように熱を持つ。それだけではなく先刻放たれた魔力反応の熱戦も雷撃に等しく辺り一帯へ散らばり、魔方陣発動まで猶予がないことはフォールの素人目に見ても瞭然だった。


「さぁ……、貴方達に何ができるのですか? 大樹の自然魔力マナを通してこちらの魔方陣に干渉するという奇策には感心しましたが、それだけです。それ以上のことは不可能……。魔方陣は私の体躯が確定させ、脚の深層は既に世界最高硬度のアダマンタイトやオリハルコンも凌駕する硬度に変貌している! どちらも、何者にも破壊することは叶わない!!」


「……それは今からやることだ。思い込みは身を滅ぼすぞ」


「クックック……! 触手にさえ捕らえられるその幼き体で何ができるのです!? それともその人間に秘策でも持たせているというのですか!? クフフフフ! 私を倒したいのなら禁術相当の魔道を並べ立てるがよろしい! 尤も、魔力を持たない貴方にそれができるのならですがねぇ!!」


「何だ、やって良いのか」


「さぁ、頭を垂れるが良い! 再び貴方は運命の隷属に……、ファッ?」


「カネダ、死ぬなよ。何せ俺にも何が起こるか解らん」


「え?」


「えっ?」


 フォールは懐から本を取り出した。と言うか、体中のあちこちから何処に隠していたのか解らないほどの本を取り出した。そりゃもう山のように、両手に持ちきれないほど大量の本を取り出した。

 一瞬、思考を凍てつかせ全身を強張らせたカネダと顔貌(フェイカー)。二人は彼の持つ本を一瞥すると、大体の察しという名の現実を否定する。否定するために、問い掛ける。


「「…………禁書?」」


「下にいっぱい落ちてた」


「それ納められてたって言うんじゃないかな……」


「だ、第三層をブチ抜いたのはその為に……!? だ、だが愚かな! 我が目的を阻止するには愚策も愚策。例え禁書だろうと魔道書だろうと、魔力のない貴方がそれを扱うことは……」


「魔力なら空からいっぱい降ってきているじゃないか」


「く、クフ? クフ……フ……フフ…………。や、やめ」


「では……、いこうか」


 眼下、祭儀の場で魔方陣に干渉していたリゼラ達の視界に映るのは鎖とか腕とか闇とか光とか、ワケの解らない混沌の爆裂。爆音さえも塗り潰すほどの怨嗟が魔力反応となって体躯の頭蓋で炸裂した。

 彼女達は敢えてそれが何なのか言及しないし、反応もしない。誰が何を起こしたか大体予想が付くし、被害者がどうなったのかも想像がつく。

 なので見なかった。私達何も見なかった。OK?


「常識というものを識らないのか貴方はぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!」


「わかる」


「馬鹿な、俺ほどの常識人はそうそう……」


 そして、巨躯の上で爆炎に焼かれながら、顔貌(フェイカー)は憤怒を飛び越えて悲しみの叫びを上げていた。あと序でに飛び火で闇の腕に頭を掴まれるカネダもそれに同意していた。

 ――――そりゃそうだろう。こんなもの、嫌がらせどころの話ではない。禁忌魔道の何連破だ? 少なくとも常人が禁忌と定めるほどの魔道が、全て一挙に投げかけられたのだ。策略も作戦も意志も感情もなく、ただ、嫌がらせの為の嫌がらせ。だから嫌がらせ以上にタチが悪い。

 それすらも策略や計画に組み込むからーーー……、尚更タチが悪い!


「私が何をしたっていうんだ! 真面目に計画を立て丹念に準備を整え慎重に事を進めてきたというのに!! どうして貴方のような非常識の塊に邪魔されねばならない!? いったい、何故!! 私が、私が何をしたというのだ!!」


「見ろフォール、アレが一般的な反応だ。そして俺も全力で同意したい」


「笑う」


「「こ、この外道ッ…………!!」」


 だがそれが勇者クオリティ。


「……さて、顔貌(フェイカー)。貴様は為すべき目的があると言うが、俺にもまた為すべき目的がある。果たすべき使命がある。例え何者にも止められぬ意志がある。……その為ならば、俺は立ちはだかるもの全てを破壊する。例えそれが何者であろうともな」


「こ、このッ…………!!」


「絶対不崩の魔方陣? 結構。絶対硬度の体躯? 結構! 如何なる壁だろうと打ち立てるが良い。高がその程度で止まるのなら、俺は貴様の言う運命などに抗ってはいない。……囀るな運命。貴様風情が俺を止められると思うな」


「こ、の、傀儡風情がァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 瞬間、顔貌(フェイカー)の絶叫と共に魔方陣が発動。大樹から強大な魔力が吸い上げられ、天輪へ異様な閃光を収束させる。

 熱量と波動はこの時点で最高潮に達し、フォールとカネダですら立っていられないほどの衝撃を放出させた。そしてその衝撃は波動となり、世界に君臨する大樹から辺り一面へと放散される。魔力反応に到っては隕撃が如く大樹の周囲に崩壊として拡がり、辺り一面を火の海と化した。

 もう、魔方陣の暴発を止めることはできない。残された手段はこれを天に放ち、霧散させるのみ。


「やれるものならやってみろ! 例え如何なる手段を使おうと、我が体躯を穿つことはできない!! 既に最高硬度を誇る鉱石へ変貌したこの体は大樹の樹根にすら匹敵する!! 貴様等がやっているのは硬皮化したあの巨大な根を輪切りにするようなものだ!! 例え何人だろうと、そんな事はできるわけがない!!」


「いいや、できるさ。残念ながらウチのアホは騙されやすいし戦闘馬鹿だし考えナシだし大飯喰らいだし困ったら突撃するしこっちの考えなんて微塵も考慮しないしでどうしようもない奴だ……。だが! いざという時は誰よりも頼りになるんだよ!!」


「抜かせェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッッ!!!」


 収束された魔方陣が干渉により砲撃と変化し、一点へと収束されていく。

 しかしそれが向けられるのは天空にではない。フォールとカネダ、二人へ向けてだ。

 このまま放たれれば彼等ごと大樹は消滅するだろう。かと言ってここからでは顔貌(フェイカー)の巨躯を揺るがすことはできない。

 最後の瞬間はーーー……、奴が、あの男がこの巨躯の根元を断つことに賭けられたのだ!


「頼むぞメタル……。ここがお前の見せ所だ!」


「……いや、そのメタルが見当たらんぞ」


「はい?」


「いない。奴め、何処にもいない」


「はい!?」


 ここでまさかのトラブル発生。

 メタルが、いない。祭儀の場で顔貌(フェイカー)の巨躯を切り倒すはずだった男の姿が、何処にも見当たらないのだ。


「うっそだろアイツゥ!? まさか計画聞いてなかったのかぁ!?」


「そう言えば素振りに夢中だったな……。いかん、流石にヤバい」


「く、クフフフハハハハハハ! 所詮はその程度だ!! 役立たずを頼りにするからこういう事になる!! 絆、友情、信用……! そんなものが罷り通るのなら誰も彼もがこの世の英雄だ!! 有り得ない、己以外の存在を信じるからそういう事になるのです!!」


「あ? 舐めんな。誰がアイツを信用するモンかよ」


「クフフハ……、は?」


「信頼してんだよ。俺達はな」


 砲撃が放たれるーーー……、その刹那。

 魔方陣は大きく傾いた。否、違う。顔貌(フェイカー)の巨躯が大きく傾いた。

 驚愕に異貌の眼が見開かれるが、自身の脚は未だ健在。超硬質の脚には傷一つ付いていない。

 だと言うのに、傾いている。魔方陣が、自身の巨躯が、祭儀の場全体が、いいや、違う。もっと、もっとだ。

 この大樹そのものが、傾いている!


「クカカカッ……。試練? 強敵? 絶望? 下らねェ。高がその程度で俺に立ち向かえるものかよ。試練よ、死して俺の糧となれ。強敵よ、死して俺の礎となれ。絶望よ、死して俺の魂となれ。全て……、全てが俺の踏み台となれ!」


 爆風と共に、崩れゆく大樹。

 それを文字通り根幹から(・・・・)斬り倒した男は、狂気の笑みと共に咆吼する。


「楽しもうぜェエエエエエエエエッッ! この謳歌たたかいをよォオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 故に、訪れるのは崩壊である。

 大樹全てが崩れていく。壊れていく。巨大な、古来よりその命を紡いできた大木が、墜ちていく。


「こんな、事がぁああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 崩壊と共に墜落しながら、顔貌(フェイカー)は絶望の叫びを上げていた。

 ――――魔方陣の方向が定まらない! どちらが天でどちらが地だ!? 今、自分は何処にいる!? どちらを向いている!? 何だ、何がどうなっている!? 魔方陣を何処に向ければ良い、この干渉された魔法を、何処に放てば良い!?

 解らない、解らない! 何もーーー……、解らない!!


顔貌(フェイカー)。愚かなる者よ」


 混乱に惑う瞳に映る、白銀の刃。

 幼く小さな体躯と、然れど深く鮮やかな真紅の双眸。迷いなく己の上に立つ、男の姿。

 彼は嘲ることも慈悲を持つこともしない。ただ、目的の為にその刃を振るうのだ。


「やはり貴様は……、傲慢な思い込みで身を滅ぼしたな」


 言葉にもならない絶叫と共に、振り抜かれる魔方陣。しかしその一撃が放たれる瞬間、顔貌(フェイカー)の腕に鋭い銃撃が刻まれる。

 僅かに、ほんの僅かに逸れた砲撃は勇者を灼くことすらできず、遙か天空の雲を穿つ。

 全てが誘導されていたことにその者が気付いた頃にはもう、何もかも遅かった。


「ぅぉぉあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 果てなき絶叫と共に、異形の姿は崩落の渦中へと消えていく。

 フォールはその様を見送ると共に小さく息をつき、遠ざかる空を見上げていた。何処までも輝き、それでいて包み込むように温かい太陽を、見上げていた。


「どうにか上手く行ったみたいだな……。ったく、何て無茶するんだよお前は」


「む、うむ。よく魔方陣を剃らせてくれたな。助かった」


「ケッ、あのまま放っておいた方が良かったと明日にゃ後悔しそうだけどな……。よし、そんで俺達はここからどうするんだ?」


「何?」


「……いや、だから。ガルスとかリゼラちゃんはまだ良いさ。変態女がいるし、ガルスだって風の魔術で浮遊できるから。地上にいるメタルも何とでもなるだろ? だけど絶賛落下中な俺達は空を飛べなきゃ浮くこともできない。だからどうするのか、って聞いてるんだよ」


「……………………」


「……ま、まさか、考えてなかったのか?」


「まぁ……、そもそもが大樹を切り倒すなどという無茶をするとは思ってなかったのでな」


「つっ……、つまり、何か? 落ちるだけ? こっから、落ちるだけぇ!? バカ野郎落ちたら死ぬぞこの高さはぁ!!」


「言われなくても解っている。と言うかむしろ原型が残ればまだマシな方だろうな」


「ちくしょう何だ今日だけで三回ぐらい死にかけてんだぞこっちはぁ! やっぱりお前は死神だ!! お前達が死神だ!! 巻き込まれるとホントろくな事がねぇよぅちくしょぉおおおおおおおおおっ!!」


 カネダの叫び通り、彼等は崩壊する大樹と共に地上へと一直線。このままでは数十秒としないウチに墜落することになるだろう。

 しかしフォールの表情は依然として落ち着いている。先程のようにご大層な計画があるわけではないのだが、落ち着いている。いいや、落ち着いているというかーーー……、決断している。


「……方法がないことも、ない」


「何!? じゃあそれだ! 今すぐそれだ!! 迷わずそれだ!!」


「いやしかし……、うむ。これを行えば俺は無事では済まないだろうな……。もしかすれば一生戻ってこれないかも知れない……」


「そ、そんなに危険な方法なのか!? いったいどんな……」


「うむ、実は……」


 ごにょごにょ耳打ち。


「……成る程。はよやれ」


「馬鹿な!? 貴様には情というものがないのか!?」


「情はなくても常識はあるよ。さっさとやれ落下死よか千倍マシだわ」


「くっ……! これだけはやりたくなかったのだが……!!」


 などと言っている間にも墜落の残骸が晴れ、大地が見えてきた。

 街は大樹の根という鉄壁の盾に護られて被害はないようだが、逆に言うとこのまま行けば自分達がその鉄壁を真正面から受けることになる。そうなれば、言うまでもないが本当に原型すら残らない。

 フォールは珍しく無表情を崩して酷く眉根を顰めつつも、そんな現実を粉砕するが如く覚悟を決めた。決めざるを得なかった。

 例えこれを口にした結果、どんな未来が待っていようともーーー……!


「……………………………………………………………………シャルナお姉ちゃーん」


「はぁあああああああああああああああああああああああああああああいっっっ!!」


 ☆粉砕☆ショタコン大☆登☆場!!

 倒れ征く大樹の中から突如として現れたショタコン褐色筋肉ダルマ。緩みに緩みきった彼女は欲望のままにフォールを抱き抱えると、序でに盗賊が一人捕まっているにも拘わらず凄まじい速度で残骸を渡り飛んで一挙に地上へ着地する。

 そこから待っているのは無事に着地できた安堵でも討伐達成の喜びでもなくーーー……、あぁ、何という地獄だろう。フォールの予想通り何とも、いや本当に何とも言えないような、地獄である。


「フォール! フォール! フォール! フォールぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!! あぁああああ…ああ…あっあっー! あぁああああああ!!! フォールフォールフォールぅううぁわぁああああ!!! あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! いい匂いだなぁ…くんくん んはぁっ! フォールきゅんの黒色サラサラの髪をクンカクンカしたいお! クンカクンカ! あぁあ!! 間違えた! モフモフしたいお! モフモフ! モフモフ! 髪髪モフモフ! カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!! 半袖短パンのフォールきゅんかわいかったよぅ!! あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!! ふぁぁあああんんっ!! 私と出会えて良かったねフォールきゅん! あぁあああああ! かわいい! フォールきゅん! かわいい! あっああぁああ! お姉きゅんもイチャイチャできて嬉し…いやぁああああああ!!! にゃああああああああん!! ぎゃああああああああ!! ぐあああああああああああ!!! この姿なんて現実じゃない!!!! あ…半袖も短パンもよく考えたら…。フォ ー ル き ゅ ん は 現実 じ ゃ な い? にゃあああああああああああああん!! うぁああああああああああ!! そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああああ!! はぁああああああん!! ぷにぷにぃいいぁああああ!! この! ちきしょー! やめてやる!! 現実なんかやめ…て…え!? 見…てる? 愛らしいフォールきゅんが私を見てる? いじらしいフォールきゅんが私を見てるぞ! フォールきゅんが私を見てるぞ! 上目遣いのフォールきゅんが私を見てるぞ!! 半袖短パンのフォールきゅんが私に話しかけてるぞ!!! よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだなっ! いやっほぉおおおおおおお!!! 私にはフォールきゅんがいる!! やったよリゼラ様!! ひとりでできるもん!!! あ、愛らしいフォールちゃああああああああああああああん!! いやぁあああああああああああああああ!!!! るっるりるるっるるりるルヴィリアぁあ!! フォールがー!! ショタフォールぁああああああ!!! ああああぁあああ!! ううっうぅうう!! 私の想いよフォールへ届け!! 半袖短パンショタのフォールへ届け!」


 高速ほっぺたスリスリで着火なう。漏れなくフォールの顔面が炎上する。

 その惨劇を味わいながら、勇者は残骸の雨を受けつつ、一言。


「……だから嫌だったんだ」


「ぷげら(笑)」


「殺してやる」


 これにて『知識の大樹』での一件は落着する。

 まぁその被害は禁書数百冊、一般蔵書数千冊、受験中止、大樹崩壊という向こう数千年は最悪の事件として語られることになるものだったのだがーーー……、それはまた、別のお話ということにしておこう。



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