【エピローグ/プロローグ(2)】
【エピローグ/プロローグ(2)】
「お、おぉ、お……!」
さて、そんな化学反応を恐れられている男達ことメタルとフォール。
既に出会ってしまった彼等はカネダの恐れた通り化学反応を起こしていたのだが、その結果は彼の予想と全く異なるものだった。
と言うのも大爆発は起きたには起きたものの、爆破されたのが街や大樹そのものではなく、メタルの財布だったというだけのことである。
具体的にはお菓子に玩具に遊園地に観光にと贅沢三昧。そりゃもう何処のセレブかと言うほどの遊び倒しで、勇者ほっこり傭兵がっくりな状態というわけで。
「か、金が……! お、俺の持ち金がぁあああ…………!!」
最強の傭兵こと、メタル。彼はぶっちゃけ騙されやすい。戦闘一辺倒な人生を送ってきたために、知能戦だの策略だのには非常に疎い。
それでも彼がこうして戦い抜いて来れたのはむしろその逆境を楽しみ、尚且つ嵌めた相手に二度と立ち直れないほどの逆襲を行える力があるからだ。
カネダは彼を地獄に一週間放り込んでも死なないと評したが、実際はその地獄をブチ壊して放り込んだ相手を斬り倒しに来るのがこの男である。
しかし今回は相手が悪かった。詐欺師、子供、フォールという苦手、苦手、苦手の三拍子。幾ら彼でもそりゃ財布を根刮ぎ喰い尽くされようものだ。いやはや、追いかけ回しの料金にしては些か高く付きすぎたぐらいだろう。
「もう少し……、もう少しでパパの場所が解る気がする……。あっちの最新調理器具を買ってくれれば……」
「テメェさっきからそればっかじゃねェか! いい加減にしろよ!? と言うか買うモン喰うモン行くトコ一々チョイスが渋いンだよ!! ホントにガキかテメェ!?」
「ガキダヨーコドモダヨーオサナイヨー」
「ぐっ、く、ゥ、こ、この……! ホントだな!? ホントにフォールの居場所解ンだな!? これでホントのホントに最後なんだろォなァ!?」
「ホントダヨマチガイナイヨー」
「う、うぉおおおおおお……! さらば俺の酒飲み代ィイイイイイイイ……!!」
血涙と共に最新調理器具へ消え逝くメタルなけなしの路銀。無表情ながらも楽しげに、スライム人形だの遊園地の風船だのを抱える外道はその様子を嬉々として眺めていた。
しかしーーー……、そんな彼の喜び溢れる視線とはまた別に、彼等を追う眼が四つ。無論、彼等の双眸に楽しげな様子はなく、あるとすれば露骨なまでの敵意と殺意ばかり。今にもその手に持つ魔道書で彼等を襲わんばかりの興奮具合だ。
だが、その興奮故か彼等の隠れ方は酷く杜撰である。そもそも興奮以前にこういった事に慣れていないのだろう、彼等の体は建物から半分乗りだしているし、観衆の視線を集めるほどに目立っている。
きっとあと数分ほどで憲兵が駆け寄ってくる事態になるだろうが、本人達がそんな事に気付くワケもなく。
「や、奴等か……! 我等の遂行なる使命を邪魔する連中は……!!」
「う、うむ、見るからに邪悪な顔をしておりますな! エスマール殿が危険視するのも頷けるというもの……」
そう、彼等はエスマールを支持する樹木マークの学徒達である。
本来は今、試験に励んでいるはずの彼等が何故ここにいるのか? その答えは単純に、計画を邪魔したメタルとフォールをここで始末する為である。
無論、ただの学生である彼等にそんなつもりはない。あくまで一時的に封印すれば良いとエスマールの甘言に唆されただけのことだ。自分達の使命には彼等のような障害があってはならない、と。そう囁かれただけのことだ。
本来であれば誰であろうとそれが甘い毒であることに気付くだろう。だが絶対の使命で動く彼等はそんな事など気にしない。大樹の改革を掲げる彼等が、気付くはずもない。
「……い、行くでござりますよ、同志! ただでさえ計画の要である図書館が襲われたのです!! 各地に散る仲間達や例の魔方陣まで襲われる前に奴等を封印せねばなりませぬぞ!!」
「そ、その通り! 今こそ我等が結束し、あの悪しき野蛮人を倒す時です!!」
じりり、と。幾度となく踏み締められ石畳のように硬質化した大樹の内皮に爪先を沿わせ、彼等は息を殺してフォールとメタルへと近付いていく。
――――標的の一人は未だ、鍛冶屋の店先に陳列された品物と、購入した賞品を受け取るのに夢中だ。今なら隙を突けるだろう。
近付いて、本を拡げ、魔力を込めるだけで良い。それだけで奴等をこの本に封印することができるとエスマール殿は言った。そう、あの人が言うのならば間違いない。
この計画もその為の準備も、今の腐りきった現体制の改革方法すら教えてくれた聡明なるあの人の言うことならば、間違いなどあるはずがない!
「い、今です、同志ッ!!」
「あぁ!!」
そして、隙を見極めた学徒達は二人に向かって飛び出した。
疾駆と共に本を拡げ、魔力を込め、封印の魔方陣を発動させる。本を拡げながら走り向かって行くその姿は酷く傍目を引くものだったが、学徒達の眼に映るのは呑気に店前で商品を眺める少年と受け取る男だけ。
あと数メートル。ほんの一呼吸の間に、辿り着く。彼等をこの魔道書に封印するまであと数秒ーーー……、ぞぶり。
「あ、悪いオヤジ。包丁投げちまった」
二冊の魔道書の魔方陣へ突き刺さる、二本の包丁。
視線を逸らすことなくそれ等を投擲した男は指先を財布へと戻し、小銭を摘みあげて精算を終了させる。
そしてそのまま数々の家具をフォールの頭へ乗せるように押しつけると、突如本を突き抜けて現れた刃に腰を抜かした男達へと歩み寄っていく。
「よォ、ガキ連れのトコを狙うたぁ浪漫の解らねェ奴だな。やる時は真正面からだろォ?」
「ひっ……、や、野蛮人め……!」
「だァーれが野蛮人だ。覚悟はできてンだろうな、テメェ等。今の俺はちと期限が悪……、んあ? 待て、待て待て待て……」
手っ取り早く彼等をボコそうとしたメタルだが、見覚えならぬ嗅ぎ覚えのある匂いにその手を止めた。
――――何処で嗅いだのかは覚えてないが、確かに嗅いだことがあるはずだ。こんな鼻奥がジリジリするような匂い、そうそう忘れるものではないはずだ。
いったい何処で嗅いだのだったか。と言うか何から嗅いだのだったか。確カ、何カらカ、覚えてイるような、覚えてイないような。これはイカがしたものかイカイカイカイカイカイカイカイカイカイカ。
「ちくしょうイカしか出てこねぇっ!!」
「何の話をしているのだ、マイパピィ」
「誰がマイパピィだぶん殴るぞ」
イカの悪夢にうなされる男と、取り敢えず殴られないで済んだのかと安堵する学徒達。
そんな彼等の間に割って入ったのは邪悪なる子供詐欺師ことフォールだった。
「ったく、今日は厄日だな。ひっでェガキにひっでェ雑魚にひっでェ思い出。あぁ畜生、面倒くせぇ。……んで? クソガキ、何なんだコイツ等。お前身代金でも掛けられてンのか。だったら俺が売るぞ。今日の不足分ぐらいは取り戻せそうだ」
「残念ながらそんな覚えはない。……見たところ、『知識の大樹』にある学校の生徒らしいな。受験服だろう、これは」
「あ゛ー、ガルスがンなこと言ってたなァ。この頭のマークもどっかで見たことあると思ったら、道理で……。つまり何か? コイツ等は俺等を始末すンのが試験だったってかァ? 何の試験だよ。俺でも余裕で合格できそうだぜ」
「試験ではないと思うが……、そもそもの本人が前にいるのだから聞けば良かろう」
「聞く?」
「聞く」
二人は視線を合わせ、一旦学徒達に向けて、また合わせる。
この瞬間から既に学徒達も嫌な予感はしていたのだ。だって目の前の男達が腕を振り合ってるし、子供の視線がやたらと冷徹だし、男の顔が段々と凶悪に歪んでいくし。
そしてそれ等の、自分達が持っていた敵意など遙かに上回る何かが自分達に向けられているし。無表情と満面の笑みだと言うのに、優しさとか穏やかさなど微塵もない何かが、向けられているし。
「ちょっと、オハナシしようか……。学生くゥ~ん」
「あ、あの、お話って……、何…………」
「オハナシは、肉・体・言・語♡」
そこから起きた惨状は述べるまでもない。
敢えて言うならば、数分後に駆け付けた憲兵達が店先に吊された顔面の原形を留めてない男達を発見することになったり、後にそれが『鮮血ナックルバスター事件』と名付けられたり、『極悪サドスティック兄弟』とかいう呼び名の二人組が恐れ語られることになったり、やっぱり学徒達は駄目だったよ的なことになったりするのだけれど、きっと関係ない。たぶん、関係ない。
けれど彼等が下着一丁で転がされていることだけはーーー……、もしかすれば。
「良いこと聞いたよなァ、ガキィ」
憲兵の捜索や野次馬の喧騒で、大樹の爽やかさなど消え失せた通路。
そこから歩き去るのは大量の荷物を抱えた子供と、片手に学生の受験服を抱えた男。
二人の表情は無表情と嫌らしい笑みという全く正反対なものなのだが、何処となく雰囲気は似ている気がする。
「エスマール……、カカッ。聞いたこたぁねェ名前だが頭の回る奴にゃ違いねェらしい。カカカ、カカカカカッ……。受験生どもの本に魔方陣を紛れ込ませてねェ? ククク、テロ行為にしちゃちと華がねェが、物珍しさで言えば上等だ。だが……、フォールとやる前に邪魔されるのは何より気に食わねェ。それが小賢しい奴の浅知恵なら尚更なァ」
ぼふり、とフォールの頭から掛けられぬ柔布。
光を遮る真っ黒で上等な衣が何なのか、確認するまでもない。
「けどよォ、そういう小賢しい奴の姑息な計算をブチ壊すのは楽しいモンだと思わねェかァ? ……なぁ、クソガキィ」
「……貴様に同意するつもりはないが、その意見だけは同意しよう。俺も邪魔されるのは気に食わない」
「クカッ、クカカカッ。何を邪魔されたくねェかは知らねェが、ガキにしちゃ話の解る奴じゃねェか。なァ? ……今日一日俺の金で好き勝手飲み食い遊び放題したんだ。ちょっとぐらい俺の遊びにも付き合えよ。大人の夜遊びだ」
「悪い大人だな」
「良い大人なんざいねェさ。いるのは悪い大人と都合の良い大人だけだぜ」
「ではパピィ、夕食が近いのであそこの豪華ディナーを食べたい」
「…………子育てって、金かかるなァ」
都合の良い大人ならぬ都合の良い詐欺師に騙されて、このディナーの後ついにメタルの財布は息絶えた。
しかしーーー……、こうして一つの財布と貯金を犠牲に、最強の傭兵と最悪の子供は手を組むことになる。
狙うは『知識の大樹』に潜む邪悪、エスマールの首。目指すは彼の者構える大樹マークの根城。繰り広げるは小賢しき計画への容赦なき蹂躙。
――――盗賊と冒険者がこの街を救うために走り、傭兵と勇者が我欲の為に動き、最強の四天王が恋心の為に笑う。
斯くして後々、この大樹どころか世界史にさえも刻まれかねない大魔道事件は動き始めた。
役者達は皆、誰も彼もがその場所へと集う。この事件の舞台となる、とある学校へとーーー……!
「……ねぇねぇリゼラちゃんリゼラちゃん」
「何じゃ、こちとら腹減りすぎて美味いモン描いて誤魔化しとんのじゃ。邪魔するでないわ」
「へー、何の絵? お肉? お魚? まさか野菜とかうおわぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「何を叫ぶ? 美味そうな料理なのに……」
覚えているだろうか。かつて『沈黙の森』にて二名ほどを殺し駆けた災悪のアップリケ事件を。その再来が今、『最智』の四天王ルヴィリアを蝕もうとしていたーーー……。
というのは置いておいて、今この大樹で起きている魔方陣事件どころかその発端さえ知らないリゼラとルヴィリアは宿の部屋でのんべんだらりと過ごしていた。
まぁ窓から虹を流したりこの世の邪悪を押し込めるが如き絵を描いてたりするのがのんべんだらりかと問われると若干怪しいが、のんべんだらりと言う事にしておこう。
「や、やべぇ……! 魔眼が腐り落ちるとこだった……!!」
「何じゃもう、妾の芸術が解らぬとは御主もセンスがないのぅ」
「今久々に君を魔王と再認識したよ……。ってそうじゃなくてだね。実は僕さ、やっぱり試験受けることにしたんだ」
「何、受けるのか? あんなクソ面倒くさいモンを?」
ルヴィリアはその言葉にうん、と頷いて。
「だってさ。フォール君の為にこの街を訪れたのに、ただ彼が攫われてるだけで滞在が終わりなんてあんまりじゃないか。討論会の抽選は駄目でも、せめて帰って来た時に受けたという事実だけでもプレゼントしたいんだ」
「……ルヴィリア、御主」
「フフ、変かな。でもたまにはさ、彼にだって御褒美があっても良いじゃないか。だから僕は試験を受けるよ。まずはその為に学校へ」
「道行く女生徒どもに混ざりたいだけじゃろ」
「……………………チガウヨ?」
変態、アウト。
「御主それマジでヤバいぞ。もう思考が完全にオッサンじゃぞ。いや今更じゃけど」
「だって仕方ないじゃないかぁ! 見てよアレ、ふりっふりのミニスカートでさぁ、ぷりっぷりのお尻でさぁ! むっにむにのお胸でさぁ!! そのくせ隣の女の子は体のラインが出る受験服だよぉ!? あんなのエロいじゃん誘ってるじゃんどう見てもそういう人達向けのアレじゃん大人しそうな顔して体付きはエロッエロとかもう無理無理無理やだやだやだあの女の子達と合法的にお喋りがしたい秘密の花園で華も散る散る百合百合ラブラブしーたーーいーーー!!」
「未だかつて女学生とイチャイチャしたいからつって受験受けた奴見たことねーよ今見てるよもう見たくねぇよ」
「……何を言ってるんだい? リゼラちゃんも受験するんだよ?」
「え」
「一緒にさぁ……、ハァハァ……、セーラー服でさぁ……! 僕と秘密の花園の扉を開こうじゃないか……!! ウフ、ウフフフ……! お姉様って呼んであげるからさぁ、呼んでくれても良いからさぁ……! ハァハァ……、イヒ、イヒヒヒヒヒ、うひゃひゃひゃひゃひゃ」
「や、やめ、来るな! 来るなァー! シャルナぁーーー!! シャルナァアーーーーーッ!! 助けてシャルナァアアアーーーーーーッッ!! この際フォールでも良いから助けウワァアアアアアアアーーーーーーーッッ!!!」
と言う訳でオマケに変態と魔王様も学校へGO。
舞台は整い役者は揃い、オマケもついでに大騒動。勝つのは黒幕エスマールか、それとも好き勝手に動き回る馬鹿共か。
やがて訪れるであろうその戦いの結末と、それより若干気に掛かる被害の末路を知る者は、まだ、誰もいない。




