【4】
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「と言うことがあったんじゃ……」
「どうしよう。今まででトップレベルにワケ解らん」
「フォールが、私のフォールが! 私のかわいいフォールがぁっ!!」
「ルヴィリア、魔眼」
「僕の魔眼が完全に便利道具になりつつあるよね……。いや良いけどさ……」
と言う訳で場面は戻って宿の一室。
件の図書館崩壊から命辛々逃げてきた魔王は彼女達に一連の事情を説明していた。
いや、説明とは言ってもあんな異常事態が理解できるはずもなく非常にザックリしたものなのだが、それだけでも事の異常さを理解させるには充分だったようだ。
「しかし、フォール君が捕らえられたって……。どんだけヤバいのさ、その男」
「と言うよりフォールが問題を起こしたがっていないのが原因じゃろ?」
「図書館崩壊は明らかに問題だと思うんだけどそれは。と言うかそのメタルってのと帝国で逃亡戦かましたシャルナちゃん的にはどうなの? この現状どう思う?」
「フォールきゅん……! フォールきゅん、ふひひっ……、ふぅ。すまない、落ち着いた」
「一瞬明らかに悪化してましたよね……」
「そうだな、私からすればかなりマズいのではないかと思う。あの男の戦闘力は異常なものだったし、身体能力も人間離れしていた。あの時はまだ私が本気で立ち向かえば難なく勝てる程度だったが……、人間の恐ろしさは数と成長性にある。もしあの時よりさらに強くなっていたら、今のフォールではかなり危険だろう」
「シャルナちゃんにここまで言わせるとなると相当だねぃ……。でもフォール君、何か子供っぽく装ってるし大丈夫じゃない? そのうち勝手に戻ってくるでしょ。少なくともスライム討論会までには」
「いや、駄目だ。直ぐに迎えに行くべきだ」
「ふぇ? どうしてさ」
「ルヴィリア……、確かあのキノコはしばらく経つと効果が切れるのだったな?」
「え、ま、まぁ、うん。細胞を再生させて若い状態へ一時的に戻す南国原産の超希少種のキノコさ。とは言っても僕が魔眼の魔力を何日も溜めて創り出した幻術世界の産物だし、本物より効果は薄いね。いや、ホントは僕が世界を解除した時点で消えてないとおかしいんだけど……、干物? フォール君が干物にしたから? 干物は魔道領域に干渉するのかな……?」
「そんな事はどうでも良い。ただ時間制限があると解っただけでな」
シャルナは覇龍剣を手に取り、立ち上がる。
その眼差しには純粋過ぎるほど燃えたぎる炎があった。
「……シャルナ、御主どうするつもりじゃ?」
「言うまでもありません。フォールを助けに行きます」
「そんな、無茶だよシャルナちゃん!!」
「無茶でも何でも構わない! ……私はな、ルヴィリア。一瞬で良いんだ。また一瞬で良いからフォールきゅんに会いたい。あの子を膝に乗せてよしよししてあげたい。お姉ちゃんと呼ばれたい。一緒の布団で抱き締めながらあの柔らかな肌に頬擦りしながら一緒に眠りたい。そして翌朝目覚めてあの子の穏やかな天使が如き寝顔を見つめて鍛錬に励みたい。そして起きたあの子と一緒に汗を流し一緒に水を浴びて寒がるあの子をこの肌で温めてあげたい。あわよくばそのままあの子と一緒にイケナい鍛錬を、うふ、うふふ、ぐふふふふ、でゅふふふふっ」
「やべぇ、余りの欲望にキャラ崩壊してやがる」
「……その為なら、ルヴィリア。私は例えどんなに危険な相手だろうと立ち向かうよ。例えこの身が滅ぼうとも! フォールきゅんの為ならば!!」
「いやでも流石に一人は危険じゃ……」
「フッ……、待つが良い、シャルナよ」
意気揚々と、一人でフォールを助け出すべく立ち上がったシャルナ。
しかし我等が魔王様が、そんな勇士をただ行かせるわけがない。誇り高き行動には誠意を、勇気ある行動には決意を、使命ある行動には同志を伴わせるのが王たる者の役目である!
「帰りに根っこ揚げ買ってきて」
「お任せを! ではいざ参ります!!」
「いやそこは普通一緒に行くとかじゃないの!? ちょ、シャルナちゃんも行かないで! あぁ駄目だ周りが見えてねぇ!! シャルナちゃん? シャルナちゃぁああーーーーーんっ!?」
「ついでに木の蜜トーストもあったら頼むわぁあーーーーーーーっ!!」
「はぁあーーーーーーーーいっ!!」
「もうやだこの魔族ゥ!!」
こうして元気に走り出すショタコン筋肉を見送りつつ、リゼラは彼女が買って帰るであろうおやつに思いを馳せ、ルヴィリアはもうどう足掻いてもろくな事にならない現実に膝を折る。
これから起こる、ただ一人の少年を巡る戦いに救いがあるのかないのかと問われれば間違いなくないのだが、当の本人達にそんな事を考える余裕はなく、あと序でに言えば既に救いなどというものはない。
――――さて、そんな悲劇満載へ突っ込む魔族達は兎も角、絶賛悲劇中の男へ視点を移すとしよう。
具体的には、街の真ん中で親子か兄弟か、仲良く手を繋ぎながら歩いている二人の男へと、だ。
「ってェ事はつまりこういう事で良いんだよなァ? お前はあのフォールの息子だ、と」
「Yo-Iku-Hi」
「……駄目だ、ガキは何言ってるか解ンねェから苦手だぜ。だがまァ、テメェからフォールの匂いがすンのは確実なんだ。アイツの息子だろうが弟だろうがはたまた親戚のガキだろうが知ったことじゃねェ。身内なら身内で感じるモンもあンだろ? フォール探して届けてやっから、テメェもアイツ見つけンの協力しろ。フォールをぶちのめすのはその後だ」
この街の雑踏で『感じるモン』と言われてもそんな第六感は獣並な彼にしかないので求める方が無理という話なのだが、本人がそれを考慮するはずもない。そもそも目当ての男は隣で手を繋いでいるという異常事態である。
しかしフォール、慌てる素振りを見せることなく、かと言って断るような素振りも見せずにうんと頷いて。
「この国名産の蜂蜜アイスを食べれば何か解るかも知れない……」
勇者この野郎。
「あ゛? アイスゥ~……? まぁ、ガキならそういうモンも喰うか……」
しかしこのメタルなる男、子供を相手にした経験など皆無である。
彼はフォールの手を引いて近くの屋台へ行くと、注文通り蜂蜜ソフトを購入。二段積み三段積み四段積み極めつけに五段積みもあったのだが、勇者ここで躊躇なく五段積みを注文。ついでに特濃追い蜂蜜も注文。
メタルの財布にナイスダメージ。
「……お兄さんも喰いますかい?」
「い、いや、俺は良い……。それよりオヤジ、もうちょいアイスの値段まけねぇか」
「無理っすね」
「ちくしょう」
フォール、ちょっぴりリゼラの気持ちが解った今日この頃。
他人の金で喰う飯は美味い。
「おいガキ、これで良いだろ。フォールの居場所……」
「あちらには大樹の緑葉ティーがあるそうだな」
「待て。テメェやめろ、アレはどう考えてもテメェみたいなガキが飲むもんじゃねぇ。おい止めろ、1杯3000ルグとか頭おかしいんじゃねェのか。おい、3杯セットでも4500ルグだぞ? やめとけ、やめとけよ? な?」
「ならサ店に行くぜ!!」
「て、テメェこのクソガキィ!?」
メタルの財布にクリティカルダメージ。
なおフォールは大樹の緑陽ティーとほろ苦餡蜜を注文。明らかに子供が頼む渋さではないのだが、子供じゃなくてたかり詐欺師だからセーフである。
「くそっ、ガキってェのはこんなに金が掛かるモンなのか……!? 旅路でちまちま稼いできた路銀がパーじゃねぇか……!!」
「次はあっちの特大スライムドールが欲しいな……」
「ま、まだ要求しやがんのか……!? だ、だが所詮は玩具だろ。大した値段じゃ…………、ぁ、ご、五万ルグ……ッ!?」
「あー解りそうな気がするゥー! パパの居場所が解りそうな気がするゥー!! スライム人形を買ってくれたらもう確実に解る気がするゥー!!」
「お、おぉ、おぉあああああああああああああああ!!?!?」
メタルの財布にビックバンダメージ。
彼の財布は死んだ。さようならメタル、貴方のことは忘れない。
なお勇者は大満足な模様。この外道、きっといつか報いを受けることだろう。
「…………マジかよ」
「…………ぁば、ぁばばばば」
そんな、たかられ傭兵とたかり勇者の騒動から少し逸れて第一層図書館なう。
こちらも精神的にビューティホーダメェィジィを受ける人物が二名ほど。なお、うち一名は即死級のダメージである。
無理もあるまい。聖地と崇め讃え普段の落ち着きを忘れて飛び上がるほど楽しみにしていた図書館なのに、いざ訪れてみれば待っていたのは残骸の山だ。宝という宝が辺り一帯に投げ捨てられ、粉塵舞う中で静寂の掟とかけ離れた惨状が待っていたのだ。
ショックを受けるなという方が到底無理な話である。
「ほ、本が、あは、本が……、あはははは……」
「き、気をしっかり持て、ガルス。……いやそれにしたって何でこんな事になってんだ? さっき起きた爆音のせいか?」
そう、この二人ことカネダとガルスは学徒の暴動から逃げ切った後、こうして件の論文書や先日得た謎の兜を調査すべく本来の目的通り第一層の図書館を訪れていた。
しかしそんな彼等を待っていたのはご覧の通りの惨状。これでは調べ物どころの話ではあるまい。
なお、その原因となった男達は今も熾烈な攻防戦を続けている。財布的な意味で。
「ったく、こんなのじゃ調べ物なんてできないな……。何がどうなってこんな有り様になったんだ……」
「ほ、本が、あぁ、本がぁあ……」
「……ガルスもヤバいな、こりゃ。まぁ落ち着けよ、今は職員達が復興作業してるみたいだし俺達も手伝おうぜ。落ちてる本を並べてくだけでも助けにはなるだろうさ。つっても並びとか解んないけど」
「そ、そうですね……。落ち込んでても仕方ありません! 僕達も復旧を手伝いましょう!」
「あぁ、御礼に賃金貰えるかも」
「無償で!!」
「……まぁ、うん。ですよね」
と言う訳で泣く泣く無償で手伝うことになったカネダ。彼は足元に散らばる本を拾い上げてガルスの隣に積み上げ、ガルスが本にそれぞれ刻印された振り分け番号順に並べていくという体勢で整理を手伝っていく。
伝説の盗賊と呼ばれるカネダの収集能力と本業であるガルスの事務能力が合わさればその作業効率は凄まじいものだ。そりゃもう一分あれば辺りであたふたと本を掻き集める図書職員の五倍は捌いていける。
「こりゃ凄い数だな、見てるだけで目眩がしそうだ。つかみ取りなら誰だって最高スコアだろうよ」
「駄目ですよ、盗んだりしちゃ。ここの本は長い時を書けて様々な人が寄贈してきたものなんですからね。……えっと、28-Bはこっちかな」
「解ってるよ。俺だって希少価値がないなら別に興味ないし。……っとと、危ない危ない、踏むとこだった」
「踏んじゃ駄目ですよ。こっちが981―Aで、この本が……、うん……」
「しかしホント誰がこんな事したんだろうな。折角整理された本がバラバラじゃないか」
「………………」
「俺もガイドで見たあの圧巻な本棚の山を見てみたかっ……、ガルス? おーい、ガルス? 聞いて……」
そこには熱心に本を読み込むガルスの姿が!
「……ガルスくぅん? ガルスくぅうううううん? 人に本集めさせといて自分はゆっくり読書タイムってのはどうかと思うなぁ~?」
「はっ!? ご、ごめんなさい、つい……」
「まぁ解らなくはないけどさ……、掃除の時はついついやっちゃうけどさ……。俺もお前も調べ物があるんだから、早くやっちまわないと。ノロノロしてたらどっかの馬鹿が要らねぇ騒動持ち込むぜ?」
だがカネダは知らない。
既に騒動は持ち込まれた後であるということを。
「そ、そうですね。早く片付けてしまいましょう。……それにしてもメタルさん、本当何処行っちゃったんだろう?」
「アイツなら地獄でも一週間は死なねぇさ。さ、それより作業だ作業! とっとと終わらせて調べ物しちまおう」
と言う訳で作業再開。カネダは再び目の前の山を切り崩すべく、分別を続けて行く。
――――しかし、見れば解るがこの山、果たして本当に切り崩すことができるのだろうか。ただでさえ小高い丘ほどの高さがある上に、この途方もない大樹の幹全体へ散乱するような大惨事。きっと後世にも何らかの事件として残るであろう惨状だ。
図書館職員や、自分達のように周囲から学徒や研究者が駆け付けて復興を進めているが、今日中どころか今月中に終わるかどうかすら定かではない。
幾ら自分達が頑張っても、これでは砂山の砂粒をピンセットで摘み出して崩すようなものである。
「うーん、時間掛かるなぁ。ガルス、復興を待つより探してる本のトコに行って発掘した方が……、ってオイ! また読んでるよコイツ!!」
「…………」
「ガルスくぅん、ガルスくぅん! 幾ら勉学の信徒だからって熱心過ぎやしませんかねぇ!? さっき注意してから数秒っておま!? ガルスくぅん? 聞いてる? あの、ちょ、せめて人の話聞いてぇ!? 無視はやめよう、無視はやめよう!!」
「……カネダさん、変です」
「メタルよりはマシだよぉ!?」
「いや同じぐらい変ですけど、そういう話ではなくて」
「サラッと毒吐くよね。……で、何が?」
「これを見てください」
ガルスが彼へ差し出したのは何の変哲もない、一冊の本だった。
書かれているのは魔道元素に関する魔術書のようだが専門知識が高く、魔道関係は一通り知識のあるカネダでさえちんぷんかんぷんな代物だ。ガルスほどの専門性があれば解るかも知れないが、素人にこれを見ろと差し出されても何処がおかしいのか解るはずもない。
カネダが気まずそうにその旨を伝えて指示を仰ぐと、ガルスはこれです、と一つ一つ指差しで確認していった。
「まず魔方陣表の元素周期を指し示す矢印の向きが丸っきり逆なんです。解説もパッと見では解らないけれど、読み込めば読み込むほど違和感しかない……。まるでこの魔方陣表を誤魔化すために取って付けたみたいだ。いいえ、それよりもおかしいのはこの魔方陣表ですよ! これが一番おかしい!!」
「ご、誤植なんじゃないか? そんな小難しい本ならあってもおかしくは……」
「違うんです! これ、本物の魔方陣なんですよ!!」
ガルスが驚愕の真実と共に魔方陣を指し示すが、カネダはいまいちピンと来ない。
そりゃこういう本に載ってるから実用性のある魔方陣じゃないのか、と問い返す。
「良いですか、カネダさん。魔方陣とはそもそも『魔法や魔術を増幅させる手段』なんです! 事前に魔力を込めておいたり詠唱を略式の図形にしたりと、いざ魔道を使う時に瞬間的な威力を大きく増幅させる装置なんですよ!」
「お、おう。それは知ってるけど……。え、何? 本に載ってるんだから使えるモンなんだろ?」
「だから困るんです! 本来、魔方陣を作るには様々な道具が必要になります。魔力に返還できるポーションの原材料などがその最たるものでしょう。魔力のみで魔方陣を発動させることもできますが、それができるのは余ほど高等な魔道士か僕みたいに僅かな力を分散して発動させるぐらいです。この本に描かれている魔方陣はそんな材料を使って描かれた、使える魔方陣なんですよ!!」
「……つまり博物館が見本じゃなくて本物の怪物を飾っちまってるみたいなモンか。いや待て、それじゃあその本って魔道書か!?」
「その通り、これは魔道書です。誰でも魔力さえ込めればここにある魔方陣に備蓄された魔力を発動させることができます……! ただ魔力を備蓄、解放できる魔石や魔道具なんかの比ではありません。これだけ複雑なものだから、相当凶悪な魔法が放たれるでしょう」
「待て、待て待て待て……。マズいだろう、それは。何でそんなお宝……、ゴホンッ。危険物がこんな子供でも入れるようなトコにあるんだ? 魔道書つったら封印されるべき禁書なんかも多いだろうに」
「えぇ、これもその禁書に分類……、されるかどうかは解りませんが、かなり危険な部類であることは間違いありません。ただ、この本だけなら手違いか何かで話は済んだんです。けれど何より問題なのはこれが魔方陣であって魔方陣ではないことなんですよ」
「……まだ何かあるのぉ?」
「むしろこれが本番ですよしっかりしてください」
呆れ疲弊した様子に追い打ちを掛けるが如く、ガルスはその本を伏せて彼へ語りかける。
「……良いですか、先程も言った通り魔方陣というのは魔術や魔法と言ったものが発動する瞬間に威力を爆発的に上げるための装置、つまり事前準備です。爆発物の中に火薬を詰め込んでいくようなものですね」
「お、おう。それで?」
「ではカネダさん、爆弾をそのまま爆発させるのと火薬袋を詰め込んで爆発させるの、どちらが威力がありますか」
「そりゃ火薬袋詰め込んだ方が、なぁ?」
「では単純に、火薬袋を増やせばどうなりますか」
「…………まさか」
「その通りです。これは魔方陣の一部に過ぎません」
ようやく自体を察したカネダは眉間を抑え、本の山へと腰を落とした。
――――つまり、そういう事だ。面倒事は既にこの大樹の中に仕掛けられていたのだ。
「本来、魔方陣とは非常に複雑な構造により成り立つものです。何処かが欠ければ発動しなかったり暴発したり……、精密な機械のように動かなくなります。しかし、例えば五芒星の中に三角形が幾つもあるように、一箇所を破壊したからと言って星形がなくなっても全ての図形がなくなるわけではないように、この魔方陣のように様々な形で独立しているものもあります。例え一つを破壊しても他の何かで補ったり、威力は落ちるけれどたった一つさえ残っていれば発動するものまで……」
「……オーケーオーケー。つまり、あぁ、そういう事か」
「はい。このままでは危険です。一刻も早く全ての本を見直して、魔方陣をどうにかしなければ! 魔方陣は確かに強力な火薬袋になりますが、それは裏を返せば魔術や魔法という火種がなければ無意味なものでしかない、ということでもありますから! ……この量だからできるかどうかと言えばかなり厳しいと思いますけれど、皆で力を合わせれば!!」
「いや、駄目だ。やめとけ。意味ねぇよ」
「カネダさん! やる前から諦めてどうするんですか!!」
「あのな、確かに魔術や魔法はお前の専門分野かも知れない。けど人の悪意や悪事ってーのは俺やメタルの専門分野だ。……考えてもみろ、お前そんな重要物を一箇所に固めとくか? 俺なら各地に分散させて処分されないようにするね。ここは図書館だぜ? 合法的に持ち出せる」
「で、でもそれなら、貸し出し書とか見れば……」
「……今は何の期間だ?」
「…………ぁっ」
ガルスは思い出す。自分達を追いかけた、あの学徒の暴動集団が一様に手にしていたものを。
「受験生どものお陰で貸し出しの履歴書は真っ黒だろうな。それに誰が企んだかは知らないが、かなり用意周到な計画だ。本に偽造し、この期間を狙ってか……。かなり頭の回る、それも複数犯だろう。発動時間も犯人も解らない今、止めるのは現実的に不可能だ」
「で、でも、このままじゃ……」
不安げに肩を落とす彼の背中を、掌が思いっ切り叩き上げた。
驚きに口端を縛った彼の瞳に映るのは、不敵に笑む男の姿。その表情に不安や畏れと言ったものはない。
「言ったろ、悪意や悪事は俺の領分だ。考えに考え込まれた計画ほど、高い砂城のように一つ崩れちまうと対処できなくなるのが筋ってモンさ。それに、計画ってのはその魔方陣みたく切り離しが効かないモンだしな」
「あ……、あるんですか? 方法が」
「…………いや、それは今から考えるんだけどネ? 何、大丈夫だ。最悪俺だけじゃどうにかならなくても、こっちには最悪兵器と最低兵器が揃い踏みだからな!! 奴等を利用すればきっと乗り越えられる!!」
「……奴等って、つまり」
「メタルとフォールです」
「やっぱりそうですよね……」
既に兵器扱いである。
「クックック、化学反応起こしたら直ぐに超爆発するような奴等だが、そもそも爆発させなけりゃ非常に有用な奴等なのさ! 要するに、メタルがフォールと出会う前に連れ戻すか、フォールがメタルと出会う前に事情を説明して協力を仰ぐことができれば間違いなく多大な戦力になるぜ!」
「……あの、匂いで判断してるメタルさんより先にフォっち見つけるって相当難しいし、そもそもフォっちがこの街にいるかどうかって話なんですけど」
「そこも問題ない。奴の嗅覚は確実だし、何より……」
「何より?」
「俺が不幸にあってる原因は大体アイツだから」
自然と、ガルスの瞳からは涙が溢れていた。
カネダの眩しい諦めの表情から、悟りに近い何かを感じたのだろう。
その神々しさに召されていくのはきっと彼の胃だと思う。さよなら平穏、こんにちは胃腸薬。定家350ルグです。
「と言う訳で今からあの二人の捜索に移る! 見つけられなかったら別案! あの二人が接触済みなら逃亡!! OK!?」
「流石に逃亡はちょっと……」
「現実からのだよ」
「……オーケーです、はい」
「と言う訳でレッツゴー!!」
この『知識の大樹』に這い寄る悪意を打倒すべく立ち上がった、伝説の盗賊と冒険者の二人。
既に彼等が現実から逃亡する条件は数時間前に達成済みなのだが、そんな事を二人が知る由もない。
いや、それよりも今この大樹に忍び寄る脅威とは何なのか。そしてこの大樹の街で過ごす者達や勉学に励む者達を蝕むであろう災害は何者の企みなのか。何よりもその者の企みの先にある目的は何なのか。
これより始まるであろう激闘のを知る者はいよう。しかし、その幕の綱を引きながら嘲笑う黒幕の影に、未だ誰も気付くことは、ない。




