【2】
【2】
「討論会に参加……、でき、ない……?」
「はい、そうなりますね」
大樹の中、街の根から続く第一階層にはフォール達の姿があった。
この場所は樹木の根が集まり幹へと続く場所であり、故に大樹へ入るには誰であろうとここの受付を通らねばならない。フォール達もご多分に漏れずこの受付で大樹への入国ならぬ入樹審査を受けていた。
その審査自体は然ほど問題なく終わったのだ。辺りを通り抜けていく旅人や冒険者、研究者に学生達と同じく、彼等も根から大樹の中へ入れるはずだったのだ。そう、そこまでなら大した問題ではなかったのだ。
ただ、その、問題と言うならば今し方フォールが膝から崩れた受付の言葉にあるわけで。
「討論会へ参加できるのは事前に審査を受けた論文発表の研究者か、一定単位を納め研究者に認められた学生……、または研究者達が特別に認めた門下生のみとなります。見学ならば抽選で可能ですが、それも学生に限られますね。一般公開は後々発表される論文書での文面のみとなります」
「馬鹿な……、そんな、馬鹿な…………」
彼は気を失うようにその場へ倒れ伏し、口から何か抜けてはいけないモノが抜けて行く。
それを必死に戻しつつも、シャルナはどうにかならないかと受付へ食い下がった。
「どうにか、と申されましても。スライム関係はそのマスコット的な見た目から人気の高い学部ですので、制限を設けていなかった時は冷やかしや声援で討論にならなかったことが多々あり、一度は中止の可能性さえあったのです。ですので、この制限ばかりはどうにもなりません」
「う、うぅむ……、ではその論文書というのはどうなのだろうか? 内容はしっかり載せられているのか?」
「いえ、大分削られていますね。あくまで研究会側が自主的に出しているものですので内容が完璧かと言われると……」
「そ、そうなのか……」
「こんな……、ことが……、有り得て良いのか……。神よ……、おぉ、神よ…………」
崩れ落ちるというか溶け落ちるというか砂になるというか。勇者ここに死すというか。
と、その余りに凄惨な様子を見かねたのだろう。受付は一息零すと、ですが、と言葉を紡ぎ直す。
「逆に言えば学生であれば討論会を見学はできますので……。何処の学校かに拘らなければ編入試験は毎週行われていますから問題ありません。丁度、明日もありますよ」
「何!? それは本当か!」
「はい。お目当てのスライム討論会までに行われる編入試験は、学生証発行までの時間を考えるとチャンスは明日のそれのみとなりますが……。当然、『知識の大樹』に属する学校ですので容易では」
フォール、メガネ装☆着。
どうやら彼の中で答えは完全に定まったらしい。
「感謝する、受付よ。では我々は宿を取り明日に備えるとしよう」
「え、えぇ、まぁ、ご武運を……?」
と言う訳でフォールは迷いなき足取りで進んでいき、シャルナやリゼラ達もその後を慌てて追っていく。
残された受付はいったいあの人物は何だったのだろうかと首を捻りつつも、まぁ、職業柄こういう事もあるだろうということで再び人々の入樹審査へと戻っていった。
尤も、そんな受付もその数分後に樹壁を破って突貫してきた男には驚きを隠せなかったようだが、その話は今は置いておくとしよう。
「さて、では……」
そんな受付での出来事から少し時間は飛び、数十分後。彼等は大樹の中にある幹から別の根へ移り、根の中にある街で宿を取っていた。
その一部屋にて、フォールは何故か正座させたリゼラ達の前にどしんと数十冊近い参考書を置くと、わざとらしく眼鏡を上げて鋭い声でこう言い放つ。
「勉強会だ」
「「「いや、意味が解らん」」」
全く持ってその通りです。
「阿呆ども、思い出せ。受付が言っていただろう? スライム討論会の見学は抽選だ、と。つまり俺だけがその学校とやらに入学し抽選券を手に入れても確立は果てなく低いわけだ。ならば貴様等も含め4倍にした方が高いのは道理だろうが」
「まぁ、確かに人気みたいなことは言っておったしのぅ。4倍であれば縋る気持ちも解らんでもないが、そもそも何で妾達が御主のスライム狂に付き合わねばならんのかと」
「め」
「やるわ」
「せめて言い切ってから決めてくださいリゼラ様。エサの器出されたら無条件で尻尾振る犬みたいになってますよ」
「若干その通りだから困る。……けどフォール君、大丈夫かい? 『知識の大樹』は研究者試験もさることながら、学校への入学さえ何処もかしこも高レベルって言うじゃないか。しかもやるにしたって、僕達のチャンスは一回切りだ。一日漬けで合格できるほど甘くないんじゃないかなぁ?」
「それこそ馬鹿めというものだ。考えてもみろ、こちらには魔術のエキスパートが二人とスライム神の従順なる信徒たる俺がいるのだぞ。受験に年齢や性別、出身や種族の制限はないというし、軽く過去問をなぞれば俺とリゼラ、ルヴィリアは合格が確定したようなものだ。つまり問題はシャルナただ一人ということになる」
「……も、もしかして何か!? この参考書や学術書は全て私のためのものか!?」
「うむ、貴様等が宿を取っている間に大樹の図書館で借りてきた。選りすぐりだぞ」
隣からリゼラが適当に持ち上げてみれば、そこには『魔術第二詠唱言語辞典』とか『これで間違いなし! 魔力相関図解説!!』とか『龍と竜の違い』とか『スライム種別図鑑』とか『スライム誕生秘話』とか『どうしてスライムは愛されるのか?』とか『スライムに愛を叫ぶ』とか『スライム・スライム』とか他諸々二十冊ほど。
大体趣味にしか走ってねぇ。
「わ、私が座学か……。う、うぅむ、先代と学んだのは基礎的な知識と戦闘技術のみだったからなぁ。できるかどうか……」
「案ずるな、仮にも魔術のエキスパート二人がいるのだ。それに最悪の場合は俺がスライム洗脳で確実に合格させる」
「ついに洗脳つったぞコイツ」
「割と前々から自覚はあったと思うけどねぃ……。にしてもフォール君さ、その討論会の抽選だっけ? 当選確率を4倍にさせるのは良いんだけど、もし君じゃなく僕達が当たっても大丈夫なのかい? その学生じゃないと入れないとかあるんじゃないの?」
「む? あぁ、その点に関しては問題ない。変装する」
「変装」
「まぁーた暗殺技術を高めていくのか……。まぁ、それでどうなろうと妾達にゃ関係のないことだし、さっさと試験とやらを突破して飯を食うに限……」
と、参考書や学術書を戻そうとして、ふとリゼラはあるものと目にすることになる。
それは受付から渡された件の試験を指し示す洋紙だった。日程だとか必要物だとか提出書類だとか、色々と連ねられているが、彼女の視線はそんなところに向きはしない。
そう、視線が向くのは何処であろうーーー……、受験科目の覧である。
「……なぁ、ちょっと良い?」
「何だ? こっちはシャルナに読ませる参考書の選出で忙しいのだが」
「いや、これ受験科目にスライム関連ねぇんだけど」
「え」
「「えっ」」
ここに来てまさかの緊急事態発生である。
「馬鹿な、ないだと!? そんなはずはあるまい! 人類万物はスライムから始まるのだぞ!? スライムを学ばずして何を学ぶというのだ!!」
「取り敢えず御主がアホってことは学べたわ」
「えー、どうすんのこれぇ……。流石に二人まとめては幾ら僕とリゼラちゃんでも無理だよぅ。だって試験範囲とか傾向とかも一夜漬けでしょぉ? マンツーマンでギリギリ……、いやそれでも難しいかな……。せめて一週間あればなぁ」
「……くっ、こうなっては仕方あるまい。最終手段を執る」
「「「最終手段?」」」
「不正行為だ」
「……試験官の買収や毒殺ではなくか!?」
「リゼラちゃん驚くトコそこじゃない」
もうそろそろ勇者という定義が怪しくなってくる今日この頃。
と言うよりむしろ問題は勇者クオリティに慣れすぎた魔王様の方かも知れない。
「ルヴィリアの言う通り、確かに一夜漬けでは無理がある。こうなったらカンニングに全てを賭けるしかあるまい。何、隠蔽と隠密は得意な方だ。ヘマはしない。……俺は如何なる試練もこの勇気を持って乗り切ってみせるのだ!」
「捨てちまえそんな勇気」
「ちょっと勇者っぽいこと言ったからって赦されると思うなよ、貴殿」
「控えめに言ってクズだね」
「馬鹿な、どうしてここまで非難される!?」
「「「自分の立場思い出してみようか」」」
閑話休題。
「まぁ良い。どのみち俺に魔法だの魔術だの、そういった分野は全く解らん。カンニングに全てを賭けるしかない。……と言う訳で今から俺はカンニングの準備に取り掛かるため今から再び上階の図書館へ向かうが、誰か協力してくれないか?」
「勇者の不正に手を貸す魔族か。……光堕ちかな?」
「むしろ勇者自体が闇みたいなモンじゃしセーフ。……んじゃ、妾は人に教えるとか苦手じゃし妾が行くわ。どーせ本集めるとかその辺りじゃろ? その程度ならよゆーよゆー。それにほら、街を通っていくってことは、な?」
「無論、買い食いも許可する」
勇者と魔王、ハイタッチ。
「じゃあ僕がシャルナちゃんの教育係かぁ。手取り足取り教育係かぁ。夜の授業かぁ! 大人の授業かぁ!! これは保健体育の授業もせねばなりませんなぁ!!」
「ちなみにシャルナが合格できなければ貴様を殺す」
「おっと僕の逃げ道がなくなったぞ?」
「すまないルヴィリア、質問なんだが魔法と魔術の違いとは何だったか……?」
「ついでに死亡も確定したんですけど」
「まぁそういうわけだ。頑張れ」
「案ずるなルヴィリア、三人衆じゃない新しい名称考えとくから安心して死ね」
「僕の扱いが何も変わってなぁい!!」
涙ながらに訴える変態を放置しつつ、フォールとリゼラは宿の一室を後にし、大樹の中の図書館へと向かっていった。
残されたのは魔術関連の本を右手に、魔法関連の本を左手に、序でと言わんばかりに魔力に関する記述が記された本を何冊も拡げては首を捻って疑問符を浮かべて悪戦苦闘するシャルナだけである。
「くっ、今更だけど凄まじい時限爆弾を押しつけられた気がする……」
「ば、爆弾とは何だ! 確かに鍛錬なら兎も角、勉学は苦手な方だが……、こ、これでも西の『最速』より頭は悪くないと自負しているのだぞ、た、たぶんだが!!」
「いやあの娘はまた別だから……。って言うかその勉強の仕方ダメだから。何冊も拡げて一緒に詰め込んだって混乱するだけだからね。あと魔術と魔法の違いは一般的に自然現象の再現が魔術、それ以外が魔法って区分だけど学術書とか地域に寄って変わることもあるから、全体的に魔道で区切られることが多いよ。記述の問題が出たらそんな感じで良いんじゃないかな」
「成る程……、ふむふむ。えっと、じゃあこの五元素相関図っていうのは」
「火、岩、風、雷、水の順に五芒星を描くことで完成する魔法の属性式相関図! ねぇ大丈夫コレ!? 相当基礎的なことだよ!?」
「も、もちろんだとも……。あの、この並びはどうなってこんな」
「火は岩を割り、岩は風に動かず、風は雷の雲を流し、雷は水を貫き、水は火を消すからぁ! やばいってシャルナちゃんこれ子供でも知ってるぅ!!」
「だ、だって肉体派一辺倒だったし……。先代も斬る者斬らば万物斬れぬものなしという仰っていたし、そもそもリゼラ様だってこういうのは感覚が大事と……」
「くそっ、これだから純粋な天才共は! もう駄目だこれ諦めよう! こんな無謀なことするぐらいなら今すぐ逃げる準備をするかシャルナちゃんと一切発展がない何処ぞのトーヘンボク野郎の話してた方がマシだよぅ!」
「ぬ、ぬぐっ……! 貴殿、勉強中にそういう話どうかと思う!!」
「だってどう考えても無理だもーん! 見てこれ、『魔術における五大元素と叛し魔法において三大元素とされるものの名称とそれ等から導き出される組織図を記入せよ』! これがサービス問題だよ!?」
「……力、筋肉、ぱわぁ」
「だからもう駄目じゃないですかやだーーーっ!!」
ちなみに答えは『光』『闇』『命』による三大元素とそれ等から導かれる『真(理)』である。
「はいやめっ! もうやめっ!! よっしゃフォール君の話しよう!! はいもう辞書とか参考書とか横に除けて! 本番とかどーせ分かんないんだからペンでも転がしときゃ良いんだ! はい紅茶とお菓子持って来た!! と言う訳で休憩タイムです!!」
「貴殿のそういう吹っ切れると強引なところは凄まじいな……」
「大人しくしてても馬鹿を見るのはこの旅でよぉく学んだからね。それに君と二人っきりで話せる機会なんてそうそうないじゃないか。毎回毎回ひそひそやってるとリゼラちゃんがつまみ食いかって覗きにくるし、来なくてもフォール君がおつまみとか持って来るし……。オカンかよ」
「洗濯物だの料理だの掃除までやって貰っている身としては、若干今更感はあるがな……。ん、このお茶菓子は美味しいな」
「あぁ、それフォール君が魔道駆輪から持って来た奴だよ。今回の滞在は長めにするつもりなのか、結構色々と引っ張り出してたからねぇ」
「そうなのか……。干物も結構あるな?」
「ま、どーせ殆どリゼラちゃんのお腹に入るだろうし、フォール君が出先で黙らせるように何個か持って行ってるでしょ。……それよりシャルナちゃん、話を戻すけどフォール君とはどうなんだい? このまま進展なしじゃポッと出のスライムに理解ある女の子に取られたって知らないよぉ? 現に『あやかしの街』じゃアクリーンちゃん相手に結構ヤバかったんじゃないか~い?」
「そ、それはその……。私だって確かに、貴殿のように気軽に話せる仲になれれば良いと思ってる! そういう、気心知れた仲というのも……、い、いや待て、まさか貴殿!?」
「あのね、ないから。この前も言ったけど絶対ないから。有り得ないから。彼とは親友みたいなものさ。もちろん、彼はそう思ってないかも知れないけど……、ま、僕は彼に返しきれないほどの恩義がある。僕から親友と思うには充分過ぎるぐらいの恩義がね。だから彼のことはそういう対象とは見てないけど、大切な親友だとは思ってるよ」
もう四天王辞職宣言したからこんな事も大っぴらに言えちゃうもんね、とルヴィリアはにっかり白い歯を見せる。
「……フフ、いや、そうだな。義理堅いのは貴殿の長所だと私も思っているよ。情に篤いところや誰かの為に必死になれるところもな。……本当に、変態的なところさえなければどれだけ良かったことか」
「あ、それは生き様だから無理だね」
「…………そういうスッパリしたところも長所だと思っているよ、うむ」
エロスは生き様。これ大事。
「まぁまぁ、僕のことより大事なのはシャルナちゃんのことさ。優柔不断が君の短所ってのはよく言われるだろう? やっぱこう、ガバッ! っとね。ガバッ! っと」
紅茶を嗜みつつも、茶菓子に手を伸ばすルヴィリア。
そんな彼女に習うかのように、シャルナもちょびりと褐色の唇を白き陶器へと近付けた。
「ガバッ、はおかしいだろう……。ガバッは」
「だってそうは言っても君とフォール君進展なさすぎてさぁ。毎晩毎晩ゴソゴソやってるのは知ってるけどそれだけじゃない?」
「い、言い方に気を付けろ! 我々は剣術の鍛錬をしているだけでぇ!!」
「『貴殿の剣も鍛錬したい』ぐらい言ってこいよそこァッ待って待って冗談です覇龍剣はやめてお願いお願いホントやめて冗談だから洒落にならないから! らめぇそんな私のよりぶっとい剣じゃ私壊れちゃうのほぉ!!」
主に生命活動的な意味で。
「全く……! そ、そういうのはまだ早いんだ!! 順序というものを考えろっ!!」
「そこはまだなんだ……」
「う、うるさいっ!!」
「まーね、僕も急かすわけじゃないからね。プラトニックラブ、良いと思いますよ。純愛はやっぱり恋愛の基本にして頂点みたいなトコあるからね、うん。……それにそもそもフォール君自体が生き急ぎっていうかマッハ超えて生きてるみたいなモンだから、シャルナちゃんの奥手とは相性が良いのかも知れないなぁ」
「……そ、そう言われると、照れるのだが」
「にゃははははは! だってちょっと目を離すとすーぐ問題起こしたり巻き込まれたりだからね。ほら、もしかしたら今も何か起こったりして」
そんなルヴィリアの言葉に応えるが如く巻き起こる大轟音。
宿全体が揺れ、いったい何百の火薬を炸裂させたのかと思うほどの衝撃が樹根の街全体に襲い来る。ルヴィリア達の飲んでいた紅茶も見事に吹っ飛び、彼女達は頭からそれを被る始末だ。
そんな激震も止むまでに数秒と掛からない一瞬のものだったが、シャルナとルヴィリアに与えられた現実という衝撃はいつまでも鳴り止まず、やがて二人は空の陶器を口に付けると、一言。
「……お茶が、美味しいな」
「うん……」
午後の紅茶はハーブティ。フォールおすすめの一品です。
――――良いんです。お茶さえ美味しければ。ちょっとぐらい問題が起きたって、良いんです。
それが世の中というものです。変わらないもの一つ、ポケットにあれば良いんです。
「御主等おるかぁっ!? 大変じゃあ!!」
そんな彼女達の優雅なティータイムをブチ壊し、我等が魔王様ご登場。
しかし四天王、慌てない。四天王は揺るがない。
「フフ、どうかしましたか? リゼラ様。今日一日爆音などないとても静かな日々ですよ」
「いやはや全くだね。こういう日は日向ぼっこでも」
「フォールが攫われたッ……!!」
二人は空のカップを机に置き、静かに頭を抱え込む。
頼むから平穏な日々よ、どうかこのポケットに。
でも叶わないものなのです。現実って厳しいものだから。それが現実だからぁ!




