【3】
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「ふあぁ……」
明け方のバルコニーで、彼女は大きく欠伸した。
精一杯伸ばした背筋が体中の節々を和らげる。その際に揺れるたわわな胸のせいで崩れた衣類を直しつつ、彼女は水平から昇る朝日を眺め微笑んだ。
何と、心地良い朝だろう。昨晩は夕食でのことを思い出して彼お手製の藁ベッドの中で悶え苦しんだものだが、こうも清々しい朝日を眺めると何だかどうでも良くなってくる。
ただ、そう。もし一つ文句を言うのであればーーー……。
「邪神拝みやがったなアイツ……」
全ての罠が作動して、起床するなり六回ほど死にかけたことだろうか。
一回殴る。絶対殴る。本気で殴る。
「一回でも危なさを感じた僕がバカだったぜ……。にしても朝から姿が見えないって事は、ホントに一人で波乗りスライムだおフルーツスライムだのとやらを捜索に行ったのかな? バカだなぁ、どうせ今の強さじゃまだまだこの辺りのモンスターには避けられるだろうに……」
なんて言っても止まるはずがないか、と彼女は踵を返して階下へ降りていく。
その際にも真横から矢が飛んで来たり階段の一部が抜け落ちたり外から三連丸太が襲ってきたりもしたけれど、難なく回避。まだまだ屋敷城の方が困難だったぁぼえっ。
油断大敵である。
「くっ、絶対殴るからな、彼……!」
ここにいてはマジで身の危険を感じる、ということで彼女は急ぎ外へと飛び出した。
昨晩の焚き火の残骸やらフォールが新たに作ったのであろう物干し竿やらが目立つが、それ以外は美しい砂浜が拡がるばかり。あのデスハウスと違って何とも平和なことだ。
「いやぁ、うん。彼に関わりがないだけで何と長閑な……」
「だが残念。貴様に質問だ」
「…………だから音もなく忍び寄って来るのはおい待て、何を手に持ってるんだい? 近寄るな。オーケー近寄るな。まずはその後ろに隠した何かを見せるんだ」
「落ち着け、そう悪いものじゃない。まず貴様に残念な報告からだ……、スライムは発見できなかった」
「少なくとも君がイカれたスラキチ野郎ってことぐらい解りきってたことだけど、うんそれで?」
「うむ。次に森の中で二つ拾いものをした。何だと思う?」
「え、いや知らないけど……、何さ? まさか超危険なキノコとかじゃな」
「一つ目はオークだ」
「オーク」
「二つ目は奴等が崇め讃えていた兜だ」
「兜」
「……どう思う?」
「やっぱり君はイカレてんなって思う」
それが勇者クオリティ。
「何で君って単独行動すると毎回ろくな事になんないの? そういう因果なの? 平和をに呪われでもしてんの? かつて平和を殺した悪しきエンジェルなの?」
「いや、今回ばかりは俺は悪くない。ただ森の中に入ったらこのオークが襲ってきてな。どうやら彼等のテリトリーに踏み込んでしまったらしいのだ。なのでついでに村を襲撃したらこの兜を差し出して帰ってくれと」
「なんでついでに村を襲撃したんですかね」
「いや、オークがどんな文明を築いてるかが気になって……」
「嵐の方がまだ良心的だと思うんだ、僕」
その言葉にそうだろうかと落ち込む馬鹿は放っておいて、ルヴィリアが彼の手にあるものを覗き込んでみれば、朝一番の長閑な平穏はいとも容易く吹っ飛んだ。
オークはまだ良い。ただのオークだ。世界中で見られる亜人のオークだ。身につけているものからして文化レベルは低いことが解るが、精々がそれぐらいなもので今の自分でも片手でノせるレベルの雑魚である。
――――だが、問題はそちらではない。彼の持っている兜である。この紅蓮の羽とか黄金の尾とかが飾り付けられた、色褪せることを知らない鮮やかな兜。自分が手を近付けるだけで指先が焼け焦げそうになるほど熱源を感じる、兜。
間違いないーーー……。これは歴代勇者がその手にしてきたという伝説の兜だ。
「……君、これマジで持って来たの? オークの村から?」
「いや、だから差し出されたのだ。これ以上村を荒らさないで欲しい、と。……言うほど荒らしたつもりはないのだぞ? ただ襲い掛かって来たから全員返り討ちにしただけで」
「うん、まぁ村の勇士を全員蹴散らすとか災害以外の何ものでもないからね……。早々に供物を差し出してお帰り戴いたオーク達は懸命だと思うよ。見た目と反して知能高いからね、彼等」
「そうなのか……、ふむ」
思案顔で二度三度の頷き。
悪いコト考えてる悪いコト考えてる。
「……しかし、そもそもこの兜が何なのか、だ。何だこれは。スライムか?」
「もうスライムに会えなさすぎて幻覚見え始めてるじゃないか……。違うよ、それはね、伝説の兜さ。歴代の勇者がその身に付けたという兜で、選ばれし者が被れば邪悪を寄せ付けぬ結界と、聖なる道を指し示す閃きが得られるそうなんだ」
「成る程、俺が身につけるものか。どれ……」
かぽりとその兜を被って数秒。見た目的に違和感が途轍もないのだが、まぁ一応は勇者ということで似合っている、と思えば似合っているような気もする。
ただし彼は何だか苦々しそうな顔で兜を脱ぐと、一言。
「…………臭い上に被り心地が悪い」
「そこは頑張りなよ勇者……」
防御力<聖なる加護<異臭<被り心地。
歴代勇者もこれに耐えたのかという言葉を聞くと何故かルヴィリアの瞳に涙が浮かんできた。そこじゃない、そこじゃあない。
「……兎角、この兜はまぁ一応預かっておくにしても、問題は何故この島にあるのか、ということだ。そう言えばエレナの預言にも伝説の兜だの何だのと出ていた気もするが、いや、であるならばこんな無人島にあるのもおかしな話だろう」
「そりゃそうだけど、しかもオークの村にでしょ? 僕もそんな話は聞いたことないなぁ。この兜は歴々と高樹あるラドラバードの山脈に封印されてきたはずなんだ。それが何でこんな秘境の孤島にあるんだろう。まるで隠されてたみたいに……」
「隠されてたみたいに?」
二人が視線を合わせずとも、自ずと答えは見えてくる。
――――勇者の秘宝を場所を知っており、尚且つそれを隠す者があるとすれば、言わずもがな敵対者である魔族ぐらいなものだ。その魔族の幹部である自分達はここにいる。長であるリゼラでさえもつい先日まで一緒にいた。
ならばつまり、犯人はーーー……。
「…………話が、見えてきたな」
「うん。これはオークの記憶を詳しく覗く必要があるね」
「いや、貴様の魔力もまだ完全ではあるまい。魔力は使わなくても良い。……良いか、我々は解り合える。オークは知能の高い種族なのだろう? 先刻は俺が縄張りへ踏み込んでしまったから敵対関係になったが、話し合えば解り合えると俺は信じている」
「……馬鹿な、君がそんな聖人君主のような平和論を翳すはずがない! 何を企んでいる!?」
「何を言う、俺とて勇者だ。敵対した者は誰も彼も殲滅するなどという思想を持つはずがあるまい?」
「持ってるんだよなぁ」
被害者は語る。
「良いか、俺達は解り合える。そう解り合えるんだ」
「うん、まぁまずはフルボッコにしたそのオーク戦士を離してあげるところから始めるべきじゃないかな。……にしても解り合えるって君、どうするつもりだい? 一応彼等は知能は高いけどそれってモンスターにしてはの話だからね? いや、一応分類的には亜人なんだけど」
「何、人だろうとモンスターだろうと亜人だろうと序でに半魔族だろうと構わんさ。我々は通じ合える! より良い世の為に我々は歩んでいけるのだ!!」
珍しく、いや一生に一度あるかないかという勇者フォールの平和理論。
普段は闇から首を撥ねるか銃撃するか、はたまた最大火力で問答無用の男が握手を求めてくる。これほどの恐怖はあるまい。
しかしルヴィリアは怯まない。彼女は知っているからだ。
その懐に闇から首を撥ねるナイフよりも銃撃の狙撃銃よりも、或いは最大火力の武器よりも恐ろしい邪神像が握られていることを。
「……やめろよ?」
「我々は解り合」
「世の中には解り合っちゃいけない部分もあるんだよ?」
「くそっ、何なのだ貴様! 昨日からスライム禁止スライム禁止と!! さては邪教の者だな? スライム教を貶す悪しき邪教め、この世の真理たるスライム神の教えより目を背けるとは何たる愚行か!! 我が信仰の誇りを裂くことは何人にも叶わぬと思え!!」
「ちくしょうコイツ邪教神に仕える黒幕みたいなこと言い出しやがって! えぇい、君の好き勝手にさせてなるものか、この世界の平和は僕が守る!!」
こうして勇者フォールと元(※予定)『最智』の四天王ルヴィリアが激突する。
二人にとって譲れない、世界の命運を賭けた戦いが。傷負う体で、護るべきものの為に激突する戦いが。
勇者にとって、敗北は信仰の敗北。最智にとって、敗北は世界の敗北。対峙せしスライム神の袂にて彼等は決して譲れぬ刃の元に、再び決戦を行うのである。
「ブヒ、ブヒヒ……(あの、僕帰って良いですか……)」
なおオーク達は完全にトバッチリである。
やっぱり嵐よりひでぇや!




