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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
邪賢の廃城
261/421

【1】


【1】


「…………解錠」


 半透明の結界に手を翳し、マリーは二、三言の後にそう呟いた。

 すると結界は彼等が通れるであろう部分のみ解除され、少しばかり歪な空間が構築される。

 成る程、端から見ればまさかこれが出入り口だとは思うまいという位置取りだ。確かに案内人がいなければ入る方法どころか場所さえも解らなかっただろう。


「どうぞ、結界が封鎖される前にお通りください」


「うむ、すまんな。……しかし間近で見ると中々、ふむ」


 遠目には堅牢なる座敷城も、こうして近付いてみれば細部が見えてくる。

 一本道として通じるも左右に小窓や抜け扉の多い通路、何やら数本の紐の垂れた城門。果ては明らかに何かが飛び出てくるであろう小さな穴まで見て取れる。

 成る程、どうやらこの城は先程の密林と別の意味で厄介なようだ。しかし密林と比べて案内人もその案内もない以上、難易度は段違いと言えるだろう。

 ――――気を、引き締めていかねば。


「ぐぉおおおおおおお閉まるの早すぎじゃろこれぇえええええええええ! 体が挟まったぁああああああああああああ!! 絞まる絞まるぅうううううううううううううう!!」


「リゼラ様ぁああああああああああ! り、リゼラ様がリゼ/ラ様になるぅううううううううううう!!」


「……マリー、コイツ等を放置していくというのはアリか」


「個人的には許可したいところですが、一応皆連れてくるようにとのお達しですので……」


 と言う訳でリゼラを抜くのに数十分かかったりしたのだが、これは割愛。


「耳元でブンブン羽虫うるせぇから払ってたら挟まった……」


「この辺りは虫が多いですからね。虫など無視しておけば良いのです……、プフッ」


「嘘だろうマリー殿……」


「馬鹿を言っている暇があるか。……結界の中に入ったからには発情期の猶予は取り除かれたと考えても良いだろう。マリーが平然としているのがその証拠だ。この辺りには『満月の蜜』の効果が及ばないのではないか?」


「はい、その通りでございます。結界が花粉を遮断するだけでなく、この屋形城に使われている樹木が花粉を除去する役目も担っておりますので」


「ほーん、じゃあ残り一日の猶予は発情期に邪魔されることはないわけか。だが、確かにこの城はデカいが探索に一日使うほどではなかろう。あれ、これ余裕じゃね?」


「余裕なのは貴様の頭の空き容量だろう。考えてもみろ、あの(・・)ルヴィリアが無為に丸一日という猶予を残すと思うか? いやそんな事は考えずとも目の前に拡がる如何にもな罠を考えれば大体の察しは付く。用意された猶予というのは常に貴様の想像よりも少ないものだ。多いことはない」


「マジで油断も慢心もない男じゃなこの暗殺者」


「ただしスライム関係は除きますけどね……。しかし今回はフォールの意見に賛成です。『あやかしの街』での一件、もしルヴィリアが問題という形を取らず、マリー殿という案内人さえ用意しなければ我々は敗北していたやも知れないのです。普段はおちゃらけた間抜けの変態ではありますが、奴が『最智』の称号を背負うだけの逸材であることはリゼラ様も重々ご承知でしょう」


「むぅ、それは確かにそうだが……」


「その上、ここからはマリーの案内も無くなる。……そうだな?」


「はい、皆様に同行はさせていただきますが此方は試練を受けることはありません。あくまで皆様がルヴィリア様の想定した道順(シナリオ)を外れないよう先導させていただくだけにございます」


「と言う訳だ。実際、言ってしまえば道順など無視してこの城を虱潰しに探しても良いのだが……、それでは恐らくルヴィリアの意図は読めずじまいだろう。奴のことだ、これだけこちらの行動を指定するのだから何か意味あるものがあるはずだ。それに質問の答えに直接繋がるものもな」


「貴殿……! 貴殿も真面目にルヴィリアのことを……」


「まぁ、重要箇所さえ判別してしまえば後は城ごと蒸し焼きにしても良いわけだが?」


「……あの、一応これ私の住処でもありますので放火はちょっと」


「チッ。やはり直接抹殺するしかないか」


「どう足掻いても死んだぞルヴィリアの奴」


「いや、良い奴でしたよ。ごく一部は……」


 葬儀は屋敷城ごとの火葬で満場一致でした。

 とまぁそんなことを言っている内にも時間は刻々と過ぎていく。推測交えた雑談も良いが、それ以上にあの如何にも妖しい道を進まなければならない。到るところに罠という罠が仕掛けられたあの道を、だ。

 少なくともフォール、リゼラ、シャルナはあんな道を見れば思い出すこともあるというもので。


「『爆炎の火山』のダンジョンと被っ」


「リゼラ様、そこまでです」


「あのダンジョンは作りかけのまま放置されていたものだったが……、今回はしっかり完成されたものだ。難易度は全く異なるだろう。いや、しかしこの様な形だというのは……、ふむ……。街での茶番と言い……、いやしかし偶然か……?」


「ん? どうかしたのか、フォール」


「……何でもない。ともあれ、進むとしよう。どのような罠があるかは定かではないが、まぁリゼラもいることだしな」


「フッフッフ、遂に貴様も妾の凄まじさに気付いたか! 当然じゃな当然じゃな!! 妾に掛かれば罠の一つや二つ!!」


「弾避けか……」


「弾避けですね」


 弾避けです。


「まぁそうは言っても序盤から大した罠を仕掛けるわけでもあるまい。精々が仕込み矢程度だろう……」


「充分大したことあると思うのだが」


「そうでもない。見ろ、あそこに如何にもな穴があるが……、仕込み矢の解除方法は簡単でな。まずリゼラを走らせる」


「弾避け以前じゃないか!?」


「すると矢が全て放ち尽くされるからその隙に……」


「何か眉間に刺さったんじゃが」


「馬鹿な、既に刺さっているだと……!?」


「此方はついていけるだろうか。この人達のボケのスピードに」


「ついていかなくて良い。ついていかなくて良いんだマリー殿……!!」


 漏れなく速度上限突破で崖っぷちGOである。


「まぁ、罠が一つ判明しただけでも収穫だ。……ふむ、どうやら一定の高さに揃えて発射されるものらしい。地面の敷石に偽造された感圧板により対象を判別しているのか。天井から行けば、まぁ矢は避けられるだろうが、あちらもあちらで何か仕掛けられているらしい。妙な窪みが目立つ」


「ではあの感圧板を作動させないように抜けるしかない、と……」


「アホ抜かせ! 地面にあんだけ満遍なく敷き詰められた敷石をどうやって避けろというのか!? おいマリー、何でこんな初っ端から殺意高いのだ!?」


「此方に申されましても反応に困るとしか。ただルヴィリア様が皆様へ挑戦を叩き付けた以上は達成出来るものなのでしょう」


「マリーの言う通りだ、リゼラ。それにこれだけ単純な仕掛けならば別段難しいことはあるまい。考えてもみろ、足元の敷石感圧板さえ踏まなければ罠は発動しないのだ。ならば自ずと突破方法は解ってくるんじゃないか?」


「……む、成る程! あの発射口の窪みを脚場に壁を伝っていけば!!」


 フォール、まさかの全力疾走による正面突破。

 壁に幾多の弓矢が放たれるもそれ等一本とて彼を捕らえることはできず、疾風を超える速度により虚しく壁へ突き刺さるばかり。

 そう、これこそが仕込み矢の突破方法である!


「ね、簡単でしょう?」


「御主しかできねーからそれェ!!」


「も、申し訳ありませんリゼラ様、私もできました……」


「えぇいくそこの脳筋共めがァッッッ!!」


 脳筋式解決法こそ最強なり。


「ちょっと御主等一回戻ってこい! 妾そっち行けねェから!! 無理だから!! せめて妾をそっちに渡せや!!」


「し、しかしそうは仰られてもまさかリゼラ様を抱えて行くわけにも……。流石に速度が落ちますので……」


「いや、方法はある」


「何ィ! 流石は暗殺者!!」


「1,投げる。2,投げる。3,投げる。選べ」


「実質の死刑宣告じゃねーか!!」


「シャルナ様、これいつまで続くんですか?」


「たぶんそろそろ終わりだと思うから……」


「終わるのは妾の生命活動だるォ!? あ、待てそうか気付いたぞ! マリーじゃ! マリーはどうやって渡るのじゃ!? 御主アレだろ、何か停止スイッチみたいなの知っとるんじゃろ!? 教えろ、妾にそれ教えろォ!!」


「……まぁ確かに停止させる装置はありますが、ここを超えていただかない事にはですね」


「頼みますよぉおおおおおおおおおおおお! 作動させてくださいよぉおおおおおおおおおおおお!! 妾こんなトコで死にたくねぇよぉおおおおおおおおおおおおおお!! お願いしますよ何でもしますからぁあああああああああああああああああああ!!」


「えぇ……」


「アレが魔王の姿か。無様だな」


「本来は貴殿と立場逆なんだがなぁ……」


 と言う訳で結局戻って来たフォールによりシャルナとのキャッチボール形式で橋渡しされた魔王サマ。

 なおその際に狙いがそれて矢が数本ほど直撃したのは言うまでもない。シカタナイネ!


「ふむ、やはり昨晩の後遺症が……」


「後遺症?」


「いや……、大したことではない。それよりマリー、次へ向かう。さっさと罠を解除して着いてこい」


「……? はい、解りました」


 彼女から猜疑の眼差しを受けながらも、フォールは仕掛け矢の解除された通路をマリーと共に進んでいく。何気ない、いつも通りの無表情と足取りだ。

 しかしマリーはそんな彼の指先が微妙に震えていることを見逃さなかった。それは毛先ほどの震えだが、確かに揺れている。悴むようにだとか痺れるように、ではない。そう、それこそ疲労を隠せないかのように。

 ――――思えば、『あやかしの街』でククル、ワフム、ニアンの三人を捕らえた時も彼は失態を犯した。剣がすっぽ抜けるという、有り体に言えばうっかり(・・・・)程度のものだったけれど、今まで見て来た彼の性格からしても土壇場でそんなミスをするとは思えない。

 何かを、隠しているのではないか。昨夜という言葉からして四天王シャルナと共に姿を消したあの時が怪しいがーーー……、彼等はいったい何をしていたのだろう?


「ところでマリー」


「はっ……、こほん、失礼。はい、何でしょうか」


「いや、何と言うことはない質問なのだが」


 彼は、目の前で門を開く紐がどれか議論するリゼラとシャルナの背中を眺めつつ、何気なく言葉を投げかける。


「ルヴィリアは数ヶ月に渉り、俺達と共に旅をしていた。それ以前も帝国へ忍び込んだりダークエルフのリースなる少女と共に旅をしていた事もあったそうだ。……つまり、かなりの期間ここを離れていたことになる」


「そうですね。そうなります」


「その間の統治は貴様が?」


「はい、僭越ながら。……とは言え、殆ど統制はダキ様とアクリーン様によるもので此方はルヴィリア様との仲介役に過ぎませんでしたが」


「ふむ……、統治者にしては随分と雑だな?」


「えぇ、まぁ……。元々この島は半魔族の隠れ家的な存在であるのはお話しましたね? 実のところこの島は元々ルヴィリア様に統治される前はほぼ無法地帯の、半魔族達が逃げ道として赦された最果ての孤島だったのです」


「それをルヴィリアが統治した、と」


「ご明察。あの頃に比べこの島の治安も大分良くなりました。未だ表のダキ様と裏のアクリーン様の諍いが絶えな……、いえ、それも今回で無くなりましたが、えぇ。あの方が大陸の廃城を捨てこの島に来た時は大変な騒ぎでしたが、ほんの数年と少しでこの島をこんなにも大きく変えてしまった。その点については、心から尊敬していると言えますね」


「……ふむ、いやしかし、うむ」


「どうか……、なさいましたか?」


「いや、やはり奴に四天王など似合わんと思ってな。ただの『最痴』の方が余程らしいという事を考えていただけだ」


「そうですか? むしろ此方は普段の変態的行動を差し引いても四天王らしいと思いますが……」


「いや、そういう事ではなく……。四天王、茶番、うむ。奴の秘密……、ふむ」


 フォールは二度三度と悩むように顎先へ指を沿わせながら、首を捻る。

 その手の震えは既に止まっており、思わずマリーにさえ先程のは気のせいだったのかと思わせるほどだった。

 まさかこちらの視線に気付いたのかと予想もしたが、彼女はいやそんなはずはと言わんばかりに言葉を押し殺した。


「……ともあれ、そうだな。この道中を辿れば解ることだ。まさかこの予想が当たっているとは思いたくもないが」


「予想、ですか」


「うむ、いや。ただの憶測でーーー……」


 と、そんな彼の言葉を遮るように、リゼラの静けさなど吹っ飛ばす呼び声が響き渡った。

 どうやら押そうと引こうとどうしようと門が開かず困り果てているらしい。先程までの憶測や会話の雰囲気をここまで木っ端微塵にされてはフォールもマリーも反応しないわけにはいかず、渋々そちらへと脚を急がせる。


「何だ、騒がしい奴だな。扉ぐらい粉砕すれば良かろう」


「いやあの、ですから一応我が家の玄関になりますので……」


「違うんだ、フォール。それっぽい引き綱は用意されているんだが……」


 シャルナの指差す方を見て見れば、そこには三本の綱がずらり。

 そしてその下には『二本同時に引くと開きます』というご丁寧な注意書きが。


「……一本は、外れか」


「と言う事だろうな……」


「別に貴様とリゼラが二本同時に引いて外れを調べるのでも良いのだが……」


 じぃ、と訝しい視線。


「……そういうワケにもいくまい。つまり誰か一人は被害に遭うということだ。さて、どれを引いたものか」


 悩ましく紐を眺めるフォールだが、そんな彼の後ろで極悪な笑みを見せながらにたりと笑むリゼラと、そんな彼女から気まずそうに視線を逸らすシャルナの姿があった。

 そう、彼女達は知っている。どれが外れかを、知っている。

 と言うのも少し上を見上げれば気付くもので、落ちてくるであろう金だらいが見えているからだ。何とまぁ古典的な落下物かというツッコミは兎も角、ここまで杜撰な罠とくれば逆に利用してやらない手はあるまい。


「グッヒッヒッヒッヒ……! 最近妾の扱いが雑過ぎるからのう……!! こういうトコで痛い目見さらすが良いアホ勇者め……!!」


「リゼラ様、流石にちょっと色々と残念すぎるような……」


「やかましいっ! グヘヘ、こういうトコで憂さ晴らしせんとなァアア……!!」


「ですからそういうトコが残念なのかと……」


「まぁ見ておれ見ておれウヒヒヒヒ……!」


 かく言う悪巧みも知らず、仕組みを考えているフォールへと近付き、我等が魔王様は時間も無いし引いてしまおうと急かし立てる。勇者もそれには同調し、こうして三人がそれぞれの縄を引っ張ることになった。

 壁際から順にリゼラ、フォール、シャルナの順番である。後ろから大体のことを察したであろうマリーがそれを止めないのは、まぁ、今までの勇者クオリティ的に当然と言えば当然のことで。


「よし、では一斉に引くぞ。……せー」


 ――――ゴキンッ!


「の」


 確かに、フォールへ鋭く重い一撃が放たれた。魔王様の狙い通り、一撃は放たれた。

 それはもう彼が思わず体勢を崩してしまうような一撃がーーー……、真横から(・・・・)


「ん、な」


 そう、リゼラの頭上を掠めて放たれたのは巨大な丸太である。

 彼等に放たれたのは古典的に物理的でこそあっても、金だらいではない。見事なまでの丸太がフォールごとシャルナを真横へと吹っ飛ばしたのである。

 そして待ってましたと言わんばかりにぽっかりと開かれるのは二人が落ちるに充分な、暗黒の底なしを持つ大穴である。

 つまるところ、頭上の金だらいはフェイク。目的はフォールとシャルナをその穴に落とす為の罠だった、ということだ。


「シャルナ、覇龍剣を借りるぞ」


「へっ」


 尤も、そんな罠に易々と掛かるのなら誰もこの男に苦労していないという話だが。


「む、ン」


 彼はシャルナの背にあった大剣を瞬時に翻し、目一杯腕を伸ばすと共に穴の淵へと横腹を叩き付けた。

 無論、彼の腕力で叩き付けようものなら剣が折れるか淵が砕けるか。しかし覇龍剣ほどの大剣はそう易々と砕けないし、横腹で殴ったものが突き刺さるわけもない。

 結果どうなるかと言うと、弾かれる。フォールの腕ごと、落下する彼の体ごと弾かれる。それはもう尋常ではない速度と力で跳ね飛んでいく。

 そのまま二人が引っ張り上げられるほどの勢いでーーー……、跳ね飛んでいくのだ。


「わ、ぁ、あ、あ、あ、あっ!?」


 尤も、そんな無茶苦茶な方法で着地体勢が取れるかと言われれば無理と断言せざるを得ない。

 二人はそのまま時間でも巻き戻されたかのように跳ね返ると、見事にシャルナがフォールを押し倒す形となってしまった。まぁ実際はフォールが彼女ごと跳ね飛ぶよう抱き抱えていたので押し倒させたというのが正しいのだが、当の本人にはそんな事を考えている暇があるはずもなく。


「…………フヒッ? ヒッ!?」


「退け。重い」


「ひゃ、ひゃあいっ、ひっ!? はふっ!?」


 最早パニック状態で何がどうなっているやら解らない最強の四天王様。

 そんな彼女に呆れ果てたのか無理やり押しのけようとするフォールだが、押しのけるはずの手に力が入らない。当然であろう、二人分を跳ね上げるほどの力で凄まじい重量の大剣を叩き付けたのだ。その衝撃はそのままに腕へと返ってくる。昨夜のことを(・・・・・・)合わせれば(・・・・・)、尚更。

 かつての彼なら兎も角、数度の封印を受けたその身では何事も無く終えられる衝撃ではあるまい。


「シャルナ、退いてくれ。重いと言っている」


「あわ、あわわわわわわ……」


「……全く、どうしたものか」


 と、困り果てていたたフォールに救いの手が差し伸べられる。いや実際にはシャルナを持ち上げるように差し伸べられたものだったのだが。

 そう、誰であろうマリーがフォールの上からシャルナを退かせてくれたのだ。


「む、すまんな。助かったぞ、マリー」


「いえ、あの、背中に……」


「む?」


 フォールの重量+筋肉ダルマの重量+覇龍剣の重量=魔王のぺしゃんこ焼き。

 因果応報とは正にこのことであろう。


「……まぁこれは良いとして」


「良いんですか」


「いつもの事だ。それより気になるのはこちらだな」


 どうにか起き上がった彼が向かうのは未だ興奮で混乱し尽くすシャルナ、ではなく、起こしてくれたマリー、でもなく、開いた門、でもなく。

 その先にある、彼等が落ち掛けた大穴であった。


「見ろ」


 フォールがその中に石を投げ込むと、ふつりとその石は姿を消した。

 穴の底に落ちていっただとか暗闇に溶けただとか、そういう風ではない。沼に沈んだかのようですらなく、ただ本当にふつりと消えたのだ。

 この様子にフォールは見覚えがあった。真後ろでぺしゃんこになっている魔王もそれを見れば嫌でも思い出すだろう。

 何せ、かつて自分がその身に受けた魔法なのだから。


「転移魔法。魔方陣が漆黒で非常に解りづらいが、間違いない。接触した対象を対になる魔方陣の元へ飛ばす高等魔法だ。……そうだな?」


「……確かに、その通りです。まさか回避されるとは思っていませんでした」


「その口振りから察するとルヴィリアから事前にこの罠については聞いていたらしい。……しかし、ふむ。あの丸太の位置と言いこの仕掛けと言い。…………マリー、質問だが、あぁ答えられないなら答えんで構わん。この城を覆う結界やこの魔法、幾らルヴィリアが四天王だとしても奴一人で賄いきれる魔力量ではあるまい? 俺は魔法が使えないからこの辺りは詳しくないが、それぐらいの事は解る」


「はい、その通りですね」


「ではこれ程の魔力、いったい何が補っている? いや、何の為にここまで魔力を発動できるのか、と問うべきか」


「えっ」


「これ程の魔力、相当な有事の際に発動すべきものだろう? 魔力は特殊な功績に貯蓄できると聞いたことがある。これが結界や魔法の魔力を補っていると仮定するならば説明は付くが、これほど貯蓄させた魔力を発動させる意味が解らん。いったい何の為に……」


「…………失礼ながらフォール様。此方は今当たり前すぎて逆に不思議に思うことを口にしなければならないのですか?」


「む? そんなに可笑しな事を言ったか、俺は」


「えぇ、まぁ……」


 不信、と言うべきか、懐疑、と言うべきか。

 何だかもう阿呆や馬鹿を通り超して変質者でも見るような視線を受けながら、フォールはまたしても疑問に首を捻る。

 ――――だって、そうだろう。これ程の魔力だ。何らかの決戦や来るべき有事に備えて取っておくのが当たり前じゃないのか。こんなところでホイホイ発散させて良いものであるはずがない。幾らルヴィリアが変態的とは言え奴も使い道ぐらいは解っているはず。

 ならば何故、いったいどうして、何がどうなって、こんなところで極大の魔力を発動させたのかーーー……?


「……この魔力は、えぇ、フォール様のご想像通り世界でも有数の魔石に備蓄したものを発動させています。ルヴィリア様が年月を掛けて溜めた膨大な魔力を」


「だろう。ならば尚更……」


対勇者に備えて(・・・・・・・)です……」


「ふむ、対勇者。確かにそれは重要だな。四天王の奴からすれば勇者は天敵だ。だから俺が言うように……勇者。勇者? ……勇者」


「貴方ですよ」


「俺か」


 暗殺者、役職を忘れる。


「言われて見ればそうだったな。スライム神官としての活動が長すぎたせいかすっかり忘れていた」


「ご勘弁ください、貴方までそんな解りやすいボケ……、今なんと?」


「しかし、うむ、だがそれでも解らんぞ。魔力を使う理由は解ったが、やはり、ふむ、解らん。解らんな……、俺の予測が外れているのか当たっているのか。外れているのならば説明が付くが、当たっていても説明がつく……」


「……先程の役職は聞かなかったことにしますが、フォール様。いったい何のご想像を?」


「むぅ……、何と言ったものか」


 フォールにしては珍しく、答えるでもなく解らないと断言するでもなく、うんうん唸るばかりで要領を得ない。そんな様子にマリーまで同じく首を捻りの堂々巡り。

 やがて何か思いついたのだろう。彼は一度その思考を打ち切り、何処か真剣さを含む、いやいつも通り無表情の殺人鬼が如き眼光なのだが、そんな眼差しでマリーへと問い掛けた。


「マリー、貴様はルヴィリアをどう思う」


「……どう、と申されましても。普段は全く仕事をしない不埒者を極めたかのような御方ですが、今回のような有事の際にはしっかりと責務を果たす御方だと思っております。『最智』の称号に恥じぬ四天王だな、と」


「そうか……。うむ、そうか…………」


 そう言い残すと、彼はそのまま疑問を残すマリーを後にシャルナを引き起こし、ぺしゃんこになった魔王を物理的に引き延ばし、先の道へと急がせる。

 いったい彼は何を気付いたのだろうーーー……。そんな疑問にまたしても困惑を重ねながら、もう曲がらない首をこてんと倒し、彼女もまた彼等の後を追うのであった。



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