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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
最智との邂逅(後)
257/421

【3】


【3】


「……さ、『最強』の名を冠せし覇者よ。深淵に還りし夜の出来事は如何であった?」


「聞くな。……何も、聞かないでくれ」


 妖怪島の密林を越え『あやかしの街』へ差し込む朝日。それを家々の屋根瓦から眺める眼差しが四つ。いや、三つ。

 そう、今刻は決戦の時。フォールの計画により彼自身を初めとする反ダキ連合は計画に則って街の各地点に散っていた。ここ、川沿い民家の屋根で待機するシャルナとゲザ娘もその一環である。

 尤も、計画の要の一つであるシャルナの様子は昨夜の顔を真っ赤にして恥ずかしさの余り丸まったり転がったりと忙しなかった様子が嘘のように沈んでいるのだけれど。それはもう紅葉の赤から腐葉土の腐色ぐらい沈んでいるのだけれど。

 流石にこんな状態では昨夜起こったであろう情事に興味津々のゲザ娘も追求するわけにはいかず、気まずさの余り話題を逸らすことに。


「し、しかし不穏なり。此度の策略達成できるか否か。知るは我が魂に呼応せし悪しき神のみなれど……」


「……け、計画を達成できるか、という事か? その点は問題ない。フォールの立てた計画は確実だ」


「確実……!!」


「あぁ、確実に犠牲者が出る……」


「えぇ……」


 なお今回の犠牲者は魔王城在住、魔王リゼラ様です。


「だ、だがその分、成功率は非常に高いのだぞ!? 今回の策戦も貴殿等の協力あってのものだ! う、うむ!!」


 急いで取り繕うものの、一つ眼が彼女を真っ直ぐ見てくれることはない。

 そりゃ当然だろう。まさか寝物語で聞いていた忌まわしき勇者の話が、別の意味で忌まわしきモノだとは思いもしなかったのだから。


「そ……、それよりまず計画だ! うむ、我々が足がけだからな。油断してはならないぞ」


「は、はぁ……」


 そう、この計画の始まりはゲザ娘による千里眼の偵察から始まる。エサ(・・)に群がってくる三匹の獣を捕捉し、フォールへ合図した瞬間から開始されるのだ。

 同時に無力化しなければならない以上、捕捉と行動開始のタイミングはこの計画の足がけにして要とも言える。いや、要は今から放たれるであろう『エサ』なのだが、これもまた重要という話だ。と言うかもう大体エサって誰のことか解るだろうけれども。

 ――――が、ゲザ娘はこの計画と同時にまた別の策戦を開始することになっている。そう、この計画に乗じてフォール達とダキ側の三人を潰し合わせる策戦を、である。

 昨夜は余りの惨状に戦意喪失したが、成さねば成らぬ勝つ為に! だからこそ失敗するわけにはいかないのだ、二重の意味で!!


「よし、そろそろ計画開始時間だ……! 頼むぞ、ゲザ娘殿!!」


「ま、任せるが良い! 魔命に与えられしは我が役目カルマ!!」


 千里眼が発動し、計画範囲である『あやかしの街』一角を透視する。

 建ち並ぶ民家、それ等を繋げる鉄線とぶら下がる提灯の星々と、天の川が如く町永を流れる大水路の河川をなぞり植えられた街路樹の数々。人通りのないこの明朝であればそれ等の景色がよく観察できる。動く者あれば直ぐさま観察することもできるだろう。

 例えば、そう。通路の半ばでフォールの衣類と共に縛り上げられた魔王サマのようにーーー……。


「……『最強』背負いし者としてはセーフ?」


「いやもう諦めたから……」


 大体いつものことです。

 が、こんな惨状でも選択肢としては大正解である。奴等がフォールの匂いを追ってくる以上、彼の匂いが染みついた衣服をあぁしてリゼラ(エサ)に縛り付けておけば充分な囮となるだろう。

 なおその衣服を巡って数名が死闘を繰り広げた後なのは言うまでもない。


「む……!」


 と、そんな会話をしている内にもゲザ娘の千里眼に反応が出る。

 彼女は素早く視線を変え、遙か彼方日の出の方へと体を向けた。


「来たか、ゲザ娘殿!」


「災厄の獣来たれり! 刻は朝焼、方は南北!! 六の眼が我等を睨める!!」


「わ、解りやすいのだか解り難いのだか解らないが、兎に角解った!!」


 その言葉通りシャルナも意識を集中させてみれば、確かに凄まじい殺気が感じ取れる。

 周囲の状況など察知せず獲物に一直線ーーー……、その気配は正しく獣のそれだ。


「征くぞ! 決着は一瞬……、準備は充分か!?」


「わ、我が生涯に悔い無し!!」


 斯くありて獣は訪れる。衣類ごと縛られたリゼラに対し三匹は視認するよりも前に飛び掛かった。だが、それがまず囮と気付いたのはククルであり、彼女の劈く鳴き声はワフムとニアンにも疾駆を止めさせる。

 しかしその一瞬の戸惑いと停止さえあれば良い。リゼラの上空で止まった彼女達を誘い出すが如く路地裏の角からフォールが姿を現し、真っ先にククルとニアンを誘い出す。

 二匹の獣は直ぐさまリゼラから狙いを逸らし、そちらへ飛び掛かる、が。


「ホントに恨むからなクソ勇者ぁああああああああああああああああああああああああ!!!」


 リゼラ、絶叫と共に爆散。

 何が起きたのかと問われれば彼女が衣服の間に隠していたランタンーーー……、つまりラン娘がその蒼き影火を一気に放出させたのである。

 影火故に熱はないが、爆風は起きる。その偽物の火炎と本物の爆風はフォールに気を取られていたククル達の陣形を容易く崩壊させ、ほんの一瞬ながらも彼女達をそれぞれ上空、川沿い、民家へと散開させたのだ。


「今だ、マリー殿!!!!」


 まず飛び出たのは誰であろう屋根に待機していたシャルナだ。

 彼女の覇龍剣は足元にある提灯の鉄線を引き裂き、その仕掛けを作動させる。そう、木々の間に斯くしてあった鉄線の『網』を上空へと打ち上げる仕掛けだ。

 しかし、その仕掛けが撃ち出すのは網だけではない。そう、その仕掛けと跳躍力を会わせることで木々から上空まで飛空する事ができる唯一の人物、他ならぬマリー・クレチノフである。


「失敬。ですが自業自得ということで」


 マリーは網を引くとそのままラビットパンチをククルに放つと一瞬の隙もなく彼女を抱き込み、シャルナとゲザ娘の控える屋根へ誘導。二人によって受け止められ、どうにか無事に着地する。

 後は空中という優位を失ったククルを網に捕らえるだけだ。幾ら暴れようと網に羽が絡まるだけで脱出できるはずもない。そして唯一と言って良い脱出路の紐口さえも、覇龍剣が屋根瓦ごと縫い止める。

 ――――ククル、確保!


「シャアアアッッ!!」


 だが、まだだ。ワフムとニアンが残っている。

 リゼラを巻き込んだラン娘の爆風は二人を引き離したものの無力化まではできていない。

 しかもニアンはククルが捕縛されたことにいち早く気付き、彼女を救出すべく素早い足取りで建物と建物の間を駆け抜けていく。壁と壁の狭間を跳躍する素早さは流石だろう。

 だが、彼女は気付く。その疾駆する足取りが進んでいないことに。どころか、一歩たりとも跳躍できていないことに。


「にゃあ゛っ!?」


 そう、彼女の脚を捕らえたのは何と言うことはない、ただの家だった。

 いや正しくはその材木として使われている『竹木』だ。アルラウネのアル娘による自然を操る力で民家の壁面が変化して返し(・・)になり彼女の行く手を阻み、さらにはその脚までも絡め取ったのである。


「……フ、シャアアッッ!!」


 然れどその程度の捕縛で無力化されるニアンではない。

 彼女の鋭利なる爪は瞬く間に竹木を斬り裂くとその脚を解放させ、体勢を立て直す。狙いは最早フォールでもククルでもなく建物に潜み竹木を操っていたアル娘にあった。


「ひゃ、ひゃあ、ご、ごめんなさーーー……!!」


 怯え、蹲るアル娘。しかし彼女に爪撃がとどくことはない。

 恐る恐る頭を隠していた掌を除けてみれば、そこには地上で溺れるニアンの姿があった。

 そう、いつの間にかニアンはアクリーンの体に取り込まれ、無力化されていたのである。


「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ! いっつも生意気で特に気に入らなかっわよ、コイツはァ!!」


「あ。アクリーン様っ!!」


「なァに腰抜かしてんのアル娘ォ! そろそろフォールが決めに掛かる、そしたら私達の作戦発動だからねェ!!」


「は、はいっ!!」


 ニアンはアクリーンの体から脱出しようと必死に藻掻いていたが、間もなく気絶するように力を失って項垂れる。そんな彼女を吐き出しつつ、アクリーンは『薬と一緒に毛玉も吐き出さなきゃならなくなっちまったじゃねーか』と文句も一緒に吐き出した。

 ――――ニアン、確保!


「……グルッ、グルル」


 そして残るはワフムのみ。彼女は他二人に対し、出現したフォールへ突貫しようとはしなかった。

 何故ならばあのフォールからは匂いがしないからだ。

 昨夜あれほど嗅いだ匂いがしない。つまりアレは偽物だ。姿だけで一瞬目を眩まされたが、偽物で間違いない。

 ならばフォールは何処にいる? 本物のフォールは何処だ? 彼女はそう探るように辺りを鍵廻すが、やはり彼の匂いに辿り着くことはできなかった。

 つまり、これは罠だ。幾ら獣の本能と直結した発情中のワフムでもそれぐらいは判断できる。フォール本人がおらず、仲間二人は捕まった。こんな危機的状況での深追いは明らかに自殺行為だ。

 となれば撤退しかない。しかし仲間を見捨てて良いものかーーー……。彼女のそんな悩みは一秒にも満たない動揺を生む。

 そして、その動揺を斯くたる勇者が見逃すはずもなく。


「がぼば、がごご(未だ、ザハ娘)」


「合点承知だァッ!!」


 大水路の河川より、その刃を煌めかせるのだ。


「わふぅっ!?」


 反応できるわけがない。まさか、匂いなど微塵もなかったはずの男が真後ろの水路から飛び出てくるなど、予想できない! ずぶ濡れになりながら上半身裸で飛び出てくる男の姿など、予測できるわけがない!!

 それは、サハギンのザハ娘による潜水と跳水による一撃。そこから生まれる破壊力は陸地から放つ一撃と何ら遜色ない。ワフムに直撃すれば意識を刈り取ることなど容易くできよう、が。


「む?」


「あっ」


「えっ」


 剣、すっぽ抜けて天を舞う。


「しまった……」


「しまったじゃねェだろ何やってんだお前!?」


「うぅむ、昨夜の後遺症か……」


 いつものフォールにあるまじき失態。ワフムへ喰らわせるはずだった峰打ちの刃はそのままくるくると空を舞って、爆破で瀕死のリゼラへと直撃した。完全にトバッチリである。

 そしてそんな隙が生まれればワフムが彼等の策略より脱出するには充分過ぎた。彼女は獣らしく四肢で大地を蹴り飛ばしながら元来た道を駆け抜ける。向かう先は言わずもがなダキがいるであろう宿であり、そのまま逃がせば現状を報告されるか、それとも応援を呼ばれるか。否応に不利へ追い込まれることは容易に想像できた。

 だが、ただでさえ高い彼女の身体能力に発情期のブーストまで掛かっているのだ。止めようにも見る見る内に遠ざかっていくその背中を止められるはずもなくーーー……。


「…………!!」


 そして、フォールに訪れる危機はそれだけではない。

 そう、アクリーン達だ。この計画の隙を窺っていた彼女達にとって、彼のこの失態はまたとない好機! 誰もがワフムの背中に意識を向けている今こそ、いざ実行の時!!


「……こうなっては仕方あるまい」


 と、そんな交錯する悪意など知らぬフォールは水の滴る前髪を掻き上げながら、剣の落下した場所へと余裕の足取りで向かって行った。

 皆が、剣を拾い上げて投擲するのかと思った。その隙にとアクリーンが身構える程には、誰もが確信していた。事実、彼は武器を拾い上げて投擲の構えを取った。

 ただその武器が、魔王サマだったというだけで。


「ラン娘。貴様の影火を全開にしてブースト化させる。……できるな?」


「…………えっ。か、可の」


「よし、では征くぞ」


「フォール? 嘘じゃよな? フォール? ねぇ、フォ」


 フォールの投擲×ラン娘の加速×砲弾リゼラの質ーーー……。


「わ、ふっ?」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


「わふ、わふっ、わふぅんっ!!?!?」


 ――――=破壊力ッッッッ!!

 ワフム、確保! これにより計画達成である!!


「……アクリーン様。アレ敵に回しちゃいけないやつ」


「魔王……、投げ、えっ? 魔王、えっ?」


 なお犠牲と周囲の評価には目を瞑るものとする。

 計画達成である! ――――達成と言ったら達成、である!!



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