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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
最智との邂逅(前)
252/421

【エピローグ】


【エピローグ】


「ッ…………!」


 最初の爆音。それが巻き起こったのはフォールとダキ達が邂逅した老舗宿の二階座敷だった。

 濃紫を孕んだ黒煙は窓枠や畳の残骸を爆ぜ飛ばし、同時に勇者までもその一角から吐き出した。否、フォールがその場から壁面を破壊して脱出したのだ。そうせざるを、得なかったのだ。

 その答えは他ならぬ彼を追う三体の獣が指し示す。尋常ならぬ眼光を呻らせて牙を剥く三体の、凶暴なる獣が。


「悪い、冗談だ……!」


 裸足の指先が和瓦を踏み、そのまま提灯釣りの鉄線を伝って街中へと姿を消していく。

 三体の獣もそれを見逃すはずがなく、一体は彼と同じく鉄線を、もう一体は空を掛け、もう一体は地を掛ける。各方向から彼を追い立てるべく、走り抜ける。

 それは反転。追い立てる狩人と追われる獣の関係が紫煙によって反転したものだった。

 最早、追われるか弱き獣はその勇者ただ一人である。


「がるっ、ガルルルルルァアアッッ!!」


 鉄線を伝い走る犬の獣人が凄まじい咆吼と共に跳躍し、彼へ拳を振り抜いた。

 それ自体は難なく回避できるものであったが、逸れ外れた一撃は容易く鉄線を穿ちきり、どころか眼下の石垣までも粉砕してみせた。

 そこに先程までの無邪気で人懐っこい姿はない。あるのはただ、純粋なまでの獣たる凶暴さだけだ。

 勇者はその黒煙を振り払いつつ別の鉄線へ飛び移り、追跡の獣達からさらに逃亡を繰り返す。


「……フフ」


 連鎖的に起こる爆音と黒煙に、開け拡がった座敷で夕暮れの惨状を眺めるダキは思わず笑みを零していた。その紫煙を吐き出す煙管に映るほど邪悪な笑みだ。

 彼女の隣で苦しそうに蹲るマリーはその様子に歯牙を食い縛る。己の内から溢れ出る衝動を必死に抑えながら、縋るように手土産の人形を抱えたままに。


「ダキ様……! どうしてコレ(・・)を……ッ! 策略通りならば明日の夜に……!!」


「早いか遅いかやろ? フフ、フフフフ、これはなぁマリー、試練なんよ? あの無様な男が何処まで耐えられるんか、それともあの子達にねじ伏せられるんか……。余を侮辱したにしては随分軽々しい試練や思わんかぇ?」


「そういう……、問題、でッ……! ぁ、はッ……!!!」


「苦しい? なら我慢せん方がえぇよ。この煙に耐えられるのは余とあの子(・・・)、そしてルヴィリア・スザクだけ……。例え堅物の主でも耐えられるもんではなかろう?」


 溢れ出る衝動は、マリーの歯牙をさらに食い縛らせる。彼女の中の獣をさらに沸き立たせる。

 ただそれでも耐えられているのは彼女の鋼鉄並みの理性によるものだ。常人の半魔族であれば先程の紫煙により理性を失い、ただの獣と化していただろう。来るべき時(・・・・・)に目覚めた獣と化していただろう。

 だが、彼女は耐えている。人形を必死に抱き締め、歯牙を食い潰さんばかりに、耐えている。


「喘げ喘げ、喘いでしまえ。あの子達も主も、そしてあの忌まわしき勇者も……、フフ。この夜に、来るべきその時よりも前に、潰れてしまえ……!」


 くすりくすりと溢れ出る邪悪を振り払うようにマリーは立ち上がり、苦しみを押し込めたままその座敷を後にした。

 最早、始まってしまったそれを止める術はない。いや、これより昇るあの月を前にすれば待つのは事態の加速ばかり。策略に走る亀裂はそのままズレを生み、何もかもを台無しにするだろう。それは赦されない。それだけは、赦されない。『最智』ルヴィリアの立てた策略を崩すことなど、赦されるはずがない。

 マリーは頬を撫でる甘ったるい風を睨め付けながら、必死に体を引き摺って歩いていく。

 その事態を収束させ『最智』の策略を達成させる為だけに、ただーーー……。


「ガァアアアガル、ルガ、アガルガアアッッ!!」


 そしてその策略に亀裂を走らせる者達は未だ街中を逃走していた。

 建物と建物の間に掛かる鉄線を走り逃れるフォールと、それを追う凶暴化したククル、ワフム、ニアンの三人。彼等の喧騒は夕闇に覆われ始めた街には似合わぬものだが、未だ収束の兆しを見せることはない。

 どころか、激化している。あの夕闇に溶ける月が浮かび上がるほどに、獣達の牙は鋭く、脚は速く、眼は力強く。


「シャァアアアアーーーーッッ!!」


 チュインッ! 凄まじく鋭利な金属音と共に鉄線はばらけ落ち、フォールの脚場は奪われた。

 後方から迫るのはワフムの牙、前方から襲い掛かるのはニアンの爪ーーー……、いや、違う。

 上だ。上から、翼がくる!


「クル、ルルルッ……。クァアアーーーッ!!」


 温厚さなど失ったククルによる、降下の一撃。脚場を奪われ刹那の隙を生んでしまったフォールがそれを避けられるはずはない。

 彼は両肩を鋭い爪で鷲掴みにされ、一気に上空まで連れ去られたかと思うとそのまま高台の屋根へと叩き付けられた。激痛の衝撃が奔るも未だ彼は揺らぐことはない。フォールは迷わず両肩を掴む脚を引き離し、その場で数度の足踏みを行わせる。途端、クルルは邪気を抜かれたかのようにぽかんと呆けたが、数秒後には再び凶暴性を取り戻す。

 だが、その数秒があればフォールの脱出には充分過ぎる。彼は高台の屋根から迷うことなく飛び降り、数十メートル近い高度を踏み締める。両脚に痺れが走ったものの、逃走に害はない。


「ガルルルァアアッッ!!」


「シャァー……、シャァッッ!!」


 この二匹の獣さえ、いなければ。


「…………!!」


 彼の脳裏に甦るのはキングクラーケン討伐の際、口走った言葉。『相手が生物で最善手を打ち続けてこないのなら勝機はある』。だが、それはあくまで打ち続けてこないならばという条件が付く。

 理性なき、然れど知性ある獣の応酬。それがこれ程の脅威になるとは些か予想外過ぎる。

 ――――ルヴィリアは、これを狙っていたのか。


「わふっ、わふ、ルル、ガルッ……! わふ、わふっ……!!」


 着地した一瞬の隙を突き、フォールの体へワフムが飛びついて押し倒す。

 彼女は鼻先をフォールの胸座へ突っ込んで嗅ぎ回り、そのまま掘り漁るかのように首筋をなぞり、べろんと頬を舐め取った。そして嬉しげに尻尾を振りながらさらに体を密着させてくる。

 ――――主人にじゃれつく犬にしても、些か過激すぎる。いや、それどころではない。逃げられないよう覆い被さったまま、鼻先と舌先で胸から顔までをまさぐりつつ腰を擦り付ける様など懐いている(・・・・・)にしてもやり過ぎだ。


「しゃぁっ! シャァアアッッ!!」


 だが、そんなワフムを横から突き飛ばし、新たに彼へ覆い被さる影が一つ。そう、ニアンだ。

 黒猫の獣人である彼女は鋭利な爪を彼へ突き立てると、そのままごろごろと全身を擦り付けていく。まるでフォールに微睡むように、彼へ全身を擦り付けていく。

 そんな彼女の瞳はとろんと蕩け、口端からは情けなく涎が垂れ、喉からにゃぁお、にゃぁお、と甘え声を掻き鳴らし、フォールの首筋を繰り返し甘噛んだ。先程の大人しさはそこにはなく、あるのは純粋なまでの欲求である。

 だが、そんな彼女もお返しとばかりにワフムによって突き飛ばされ、二人は団子状になりながら激しい叫びを上げて乱れ絡まった。これではまるで、獲物を取り合う獣ではないか。


「……いや、獣か。そうか、そういう事か。合点がいった」


 思考の隙間など与えず、上空から襲い来るククルの滑空。

 フォールはその場から飛び退き、一撃を回避。絡み合う二人や鳥目で獲物を見失ったククルを後に、颯爽と街中を駆け出した。


「ルヴィリアめ、下らん癖に厄介なことを……」


 甘ったるい熱風を切りながら街中を素足で走り抜ける彼を、幾多の観衆が視線が追いかける。獣人に限らず異形の半魔族まで、その視線は様々だ。

 だが、彼女達が見ているものは彼の素足でも旅人としての物珍しさでもない。フォールという、()を見ている。何処か潤んだ瞳で、紫煙に犯されていないはずの通行人達までもが、彼の姿を視線で追いかける。

 その理由を既に彼は理解していた。ルヴィリアの策略の意味もまた、同じように。


「しかし、いかんな……。靴は兎も角、剣を預けたのはマズかったか。素手で倒せんことはないが、流石にあの状態の奴等を三人相手取るのは面倒……、む?」


 と、疾駆していた彼の脚が立ち止まり、急に方向を転換して路地裏へと消えていった。

 そうとは知らない三匹の獣は、道の流れのままに走り抜けていく。いや、元より理性が消え失せ知性だけが残った状態ではまともな判断もできなかったのだろう。

 この部分だけは好都合だな、とフォールは路地裏に背を預けながら深くため息をついた。


「……貴様は、まともなようだな」


 そう、彼が路地裏に入ったのはそこに見知った顔が合ったからだ。

 誰であろう、マリーである。何故だか依然と人形を抱えたままのマリーは俯きながらフォールに彼の靴と剣を差し出した。どうやら宿から持って来てくれたらしい。

 これでフォールも多少なり反抗はできるだろう。何より素足で走るのにも疲れてきた頃合いだ。


「靴と剣か……、助かる。すまないな」


「……いえ、お礼をいただくわけにはいきません。謝るべきはこちらです。……申し訳ございません、フォール様。この状況はルヴィリア様の策略にない状況です」


「だろうな。大凡、ダキが先走って勝手に始めたことだろう。流石に挑発しすぎたか……」


 フォールは靴を整え剣鞘を腰に差しつつ、何気ない顔で思案する。

 まぁ、アレだけ自信を粉砕すれば誰であろうと怒って当然だろう。


「いえ、本来で……、あれば、此方が抑制しなければならない場面で……、御座いました……。ダキ様の性格を……、考えるのであれば、要らぬことをするのは容易に想像でき……、て、いたはず……。止められ……、なかったのは、此方の……、責任……、です」


「いや、靴と剣(これ)を持って来てくれただけでも上等だ。別に人形を持って来る必要はなかったが。……それにしても息が荒いな。大丈夫か」


「ここまで、走って……、きたものですので……、少々、い、きが……。出来れば、あま……、り……、見ない……、で……、くださる、と……」


 フォールの前に人形が突き出され、ぼふりと彼の顔が埋められる。

 あの座敷に持ち込んだ所為だろうか。人形からは仄かに紫煙の香りがした。

 いいや、人形からばかりではない。彼に人形を押しつけるマリー自身からも、あの紫煙の匂いがする。甘ったるい、蜜のような匂いがする。


「フォール様……、申し訳、ございませ、ん。少し……、は、なれて……」


 マリーの呼吸は段々荒く、激しくなり、人形を押しつける力が強くなっていく。

 口では離れろと言っているのに、何故か彼女の体は次第にフォールへ縋り付いて脚を絡めていった。いや、最早それは抱擁と変わらない。あんなに嫌っていた接触もふもふを自分から求め、人形越しに強く彼を抱き締める。

 彼女の白い肌は耳まで真っ赤に染まっているのは、自身を止められない恥ずかしさ故か、それとも止まらない情動故か。どちらにせよ口では抵抗しつつも、マリーは自分から彼の脚へ縋り付いていく。衣服越しだろうと構わず、必死に自分と彼の体を擦り合わせていく。


「……やはり間違いないな、イトウの文献で見た通りか。これは発情(・・)だ。生物が子孫を残すため生殖行動を取るべく一時的に性的欲求を増幅させる時期。それがあの紫煙によって人為的に起こされたのか」


 彼がマリーの熱烈な抱擁からするりと脚を引き抜くと、彼女はそのまま人形を抱き締めてその場に蹲ってしまう。指先を痙攣し、情けない表情を晒しながら身悶えて甘い吐息を零す様は何とも淫靡なものだ。先程から薫る甘い蜜のような香りも、合点がいく。

 そして、彼の予想を極め付けるかのようにマリーは自身を落ち着かせようと頭を撫でる彼の手を掴み、その指へ舌を絡ませた。まるで赤子が指をしゃぶるように、唾液を絡ませて。


「理性の蒸発……、生殖行動は本能から出るものだ。成る程、あの三人の異様な身体能力も発情期という本能と直結している状態だからこそ発揮できたのか。しかし解らん、どうして発情を人為的に起こさせる事ができる? あの紫色の煙は何だ? いいや違う、匂いだ。あの紫色の煙の匂いには覚えがあるはずだ……。いったい何処で嗅いだのだったか……」


「……ーる、さま。……ふぉーる、さま。よろしい、です、か」


 と、こんな状況にも拘わらず冷静に状況を分析するフォールの指を愛舐していたマリーが、ふと顔を上げる。

 涙ぐみ、涎を流しながら懇願するように震えるその姿は屹立荘厳たる彼女の面影など一切なく、あるとすれば獣人半魔族の種族である兎のようなか弱さだけだ。


「何だ、マリー。どうした」


「せなかを、さすってほしい、の、です……。いくぶんか、らくに、なります、ので……」


「む? あぁ、気が利かなかったな。すまない」


 フォールは彼女の頼み通り背中を擦ってやりつつ、再び思考を続けて行く。

 ――――さて、あの紫煙の発生源は兎も角として問題はククル、ワフム、ニアンの三人だ。

 再びダキから話を聞くにしても、まずあの三人を倒さないことには辿り着くことさえ赦されないだろう。ただ暴れるだけならやりようがあるものの、三位一体の拘束特攻を処理するのは些か骨が折れる。

 それに、今の状況で何処までやれるかが定かではない(・・・・・・)。聖剣の封印を受けてからどうにも何かが抜け落ちたような感覚に苛まれている。

 あの三人を無力化する案がないわけではないが、果たしてこの街でそれが上手く行くのか、どう、か?


「……ん?」


 いつの間に、だろうか。

 マリーの背中を擦っていたはずの手は彼女の誘導で胸に逸れており、白雪のように柔らかな肌へぐいぐいと押しつけられている。自分でその腕を動かす度に彼女は甘えるような声で嗚咽を漏らし、太股を強く擦り合わせながらさらに蹲っていた。

 ――――どうやら彼女の鋼鉄の理性もそろそろ限界らしい。いや、或いは煙の染み込んだ人形を抱え続けていたからか。何にせよこのままではマリーまでもあの三人と同じようになってしまう。どうにかして落ち着ける方法を探さねばなるまい。

 だが、当然ながら追われているこの状況で、そんな時間などあるはずもなく。


「……仕方あるまい」


 彼は深いため息と共に、それを決心した。


「できれば手間は掛けたくなかったが、発散させるしかないな。確か一旦発散すれば暫くは収まると文献にはあったはずだ。……あの三人を無力化する人手に倒れて貰っては困る。赦せよ、マリー・クレチノフ」


 フォールはマリーの手元から人形を話して抱きかかえ、軽く衣類をはだけさせた。

 それだけでも噎せ返るような蜜の香りが眉根を顰めさせたが、この場でそんな事を言っている場合ではない。

 彼は仕方なくそのまま、彼女が求めるように欲求の発散をーーー……。


「あの、大丈夫ですか……?」


 しようと、したのだけれど。


「具合、悪いんですか? もし良かったら、休まれていきますか?」


 そんな彼の小さな決意は、圧倒的なる運命の出逢いによって塗り潰されることになる。

 水々しい体、半透明の瞳、ぷるんと揺れる指先に、肌を隠すためだけにある真っ白なシャツ。けれどそのシャツも潤い溢れる肌を隠しきることはできず、濡れているかのように体のラインにぺったりと張り付いている。

 そう、その女性はマリーやダキ、ククル、ワフム、ニアンと同じく、半魔族の女性だった。

 然れどその姿は、フォールにとって余りに衝撃的過ぎたのだ。長く追い求め続けた半透明の体と潤い溢れる姿は、余りに、衝撃的過ぎた。

 ――――そのスライム娘の姿は、余りにも。


「…………何………、……だと……?」


 こうして、『あやかしの街』で繰り広げられる淫欲の激闘はさらなる渦を巻き起こす。

 運命の出逢いを果たした勇者、彼を探し修羅になった四天王と彼女の後を追う魔王、勇者を捜し求め疾駆する三匹の獣と彼女達を操る悪しき顔役者、淫欲に囚われし案内人。そして、彼等全てを手中に収め、未だ狂わぬ(・・・・・)策略に微笑みを零す『最智』なる者。

 彼等を皆が踊る舞台で最後に笑うのは何者か。今もなお笑うものか、それとも今もなお笑えぬ者か。

 やがて訪れる結末を、いったい誰が知ろう。三日という猶予の中、残り二日となったこの時に、いったい誰が、それを知ると言うのだろうーーー……。


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