【5】
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「なーんも収穫なし! やっとれるかっつーんじゃ、全く!!」
「ま、まぁ、そう簡単に見付かるのであればルヴィリアも用意しませんよ……」
所変わって『あやかしの街』から少し離れた密林辺り。
そこにはフォールとの約束の時間通り、グレイン海賊団達がいるであろう海岸まで戻るリゼラとシャルナの姿があった。
しかし二人はどうやらご立腹な様子。まぁ数時間近く街を歩き回り、しかも男と勘違いされたシャルナの所為で奇異の目にさらされ続け、さらには金もないので買い食いもできず、極めつけにもう一人の顔役についても一切の情報無しという散々具合だったのだ。不機嫌にもなろうというものである。
「第一ルヴィリアもルヴィリアだ! 細々と面倒なモン用意しおってからに!! フォールぶっ潰すなら妾達と協力した方が早かろう!? 一応こちとら『最強』の四天王と魔王じゃぞ!!」
「流石に今のお姿ではちょっと……。しかしそう言われてみれば確かに、どうしてルヴィリアは我々に協力を要請しなかったのでしょうね。いえ、去り際からして何か意味深な理由を持っていたような気もしますが、それ以上に奴の考えが読めません。いったいどうしたと言うのでしょうか」
「アイツが何考えとるのか解らんのはいつもの事じゃがな。…………だが、うむ。解らん。奴ならば気付いておるはずじゃろ? ならばどうして二の手間なぞ踏むのだ、ぶちのめしてしまえば良かろうものを。……そうしないのは奴の用心深さ故か? それとも、もっと別に何か理由があるのか? 解らんぞ、妾にはサッパリ解らん」
「……そう、とは?」
「あ? そうって、そうじゃろ。御主気付いてなかったのか? フォールの奴め、帝国で封印をくらってからまともに戦ってないじゃろ。カインとの戦いは封印が体に行き渡る前に倒したし、表彰式の時は妾達が戦った。キングクラーケンの時もやったのはルヴィリアだ。奴ではない」
シャルナは双眸を見開き、思わずその口を塞いで息を止めた。
――――そうだ、彼はまともに戦っていない。その容赦のなさに隠れていたが、聖剣による封印を受けてからの彼自身をまともに確かめた事が、まだないではないか。
「我等が有する封印の魔具は本来五つで一つの効果を為すものだ。しかし忌々しきかな、聖剣はそれ一つで完結する女神めが産んだ最悪の兵器である。……その封印力は並のものではあるまい」
「……フォールは、解っているのでしょうか。自分がどれほど弱体化しているのか」
「そりゃ解っとるじゃろ。だから力を揮おうとせんのだ。……いや、と言うかそもそも弱体化するのがおかしいんじゃがな? 妾達のは対女神兵器だから解るとしても、聖剣ってアレじゃぞ。魔を祓うモンじゃぞ。何でアイツが効果受けてんの? 何なの? 勇者なの? 悪魔なの? 暗殺者なの?」
「そこは私にも断言しかねますが……、たぶん暗殺者ですね」
「いや妾は悪魔じゃねぇかなって」
「はっはっは、リゼラ様。悪魔に失礼ですよ!」
「それな」
本人がいないからってこの魔王と四天王め。
「……しかし、リゼラ様。確かに色々と気に掛かる事が多いのは事実ですね。この街のもう一人の顔役とやらも、ルヴィリアが仕掛けてくるであろう策略も、フォール自身が何処まで弱体化しているのかも」
「ケッ、これならまだキッチリのけ者にしてくれた方が幾分か解りやすいわ! 下手に巻き込みおって、フォールが殺る前にあのアホを妾達も一発二発ぐらい殴っとかんと気が済まんぞ!!」
苛つきに任せシャドーボクシング(※主に胸狙い)を繰り返すリゼラと、そんな彼女の隣で悩ましげに肩を落とすシャルナ。二人は砂浜に足跡を刻みつつ、海賊船を目指し歩き行く。
既に夕暮れも極まり、水平の果てにある赤波が薙いできた。空に登る満月未満の月姿が照り輝くまで間もないことだろう。心なしか密林を抜けてから吹噴いてくるあの鬱陶しく甘ったるい熱風も涼しげなものになった気がするし、夜は多少心地良くなるに違いない。
これならば海賊船で明かす夜も待ち遠しくなるものだーーー……、と。
「…………む?」
「あ?」
そんな二人の何気ない思いは、跡形もなく崩れ去る。
「り、リゼラ様……。妙ではありませんか? 海賊船、海賊船に、灯りが付いていません。一つも、灯りがない!」
「……何かあったな、こりゃ。シャルナ、走るぞ!」
「は、はい!」
疾駆。砂浜に砂塵を立たせながら、二人は灯り一つない船に向かって駆け出した。
――――おかしい。夕方頃までに戻るというのは伝えてあるはずだ。フォールがグレインに直接言い伝えたはずだ。あの狂信的なまでにフォー子に恋する童貞海賊団どもが(※設定は)兄であるフォールとの約束を違えるはずがないし、出迎えを怠るはずがない。いや、そもそもこの時間帯であるならば獣避けなどの為にも松明の一つや二つは立てていて当然だろう。
だと言うのに何故灯りの一つもない? 全てが静まり返り、波の音と密林を揺らす風の音ばかりが響いている? 海賊船から生気さえ感じられず、まるで幽霊船のように不気味な存在となっている? 修理すると言っていたはずの副柱は甲板がそのままになっている!?
何故だ、何があった? 奴等の身に、何が起こったというのだ!?
「……います。リゼラ様! 人です、海賊達はいるようです!!」
「それは良いが速い! 御主速い!! 歩幅考えろや歩幅!! 妾置いてきぼりにする気かぁ!!」
「こ、これは失礼を……! しかし、アレは……」
ようやく立ち止まったシャルナと、そんな追いついたリゼラ。二人の目の前に拡がるのはやはり灯り一つなく海に浮かぶ幽霊船の姿だった。
だがその近くの砂浜には見覚えのある海賊達の何人かが膝を抱えて俯いたまま、生気どころか瘴気さえ漂わせそうな雰囲気で蹲っているではないか。中にはすすり泣きしている者や遠い海の果てを眺める者まで様々で、とても尋常な様子とは思えない。
そう、彼等は皆、まるで魂を抜かれたかのような異様さなのだ。
「……何じゃ、いったい何があったのだ?」
「外傷……、がある様には見えませんね。船も灯りが付いていないだけでキングクラーケンの時から何処が壊れているわけでもなし、襲撃を受けたわけではないのでしょうか?」
「であろうが……、おい! そこの貴様、何があった!? いったいこれはどういう事だ!!」
リゼラが近くに蹲っていた海賊の肩を乱暴に返すと、生気のない虚ろな瞳が彼女を捕らえた。
海賊は数秒ほどその瞳のままぼうっとリゼラを眺めていたが、やがて何かに気付いたかのように悲鳴を上げると、その場に頭を抱えて仔鼠のように怯えだしたではないか。
しかもよくよく聞けば『御婿に行けない』だとか『汚された』だとか、訳の解らないことまで呟いており、リゼラもシャルナもいったい何のことだか解ったものではない。
「……お戻りになったんですね、御二方」
と、そんな首を傾げる彼女達の元へようやくまともに話せそうな男が現れた。
そう、誰であろうこの海賊団の長たるグレイン船長だ。彼もまた生気が無く頬をやつれさせて肩を震わせているが、他の者と違って話は通じる様である。
「どうした、これは何事じゃ?」
「実は……、襲撃を受けたんでさぁ。いや、アレを襲撃と呼んで良いモンかどうか。あんなおぞましいモン、あぁ、駄目だ。申し訳ねェ、リゼラさんはあんまり近寄らないでいただきてェ。ウチのもんが参っちまう。シャルナさんは……、大丈夫みてぇだ」
「す、すまない。よく解らないのだが……?」
「あぁ、申し訳ねェとは思ってる。だがすまねぇ、こんな事をぶり返したりしたらコイツ等がどうなることか……。本当に、あんな恐ろしいことはねェ! 何十人もの眼ェぎらつかせた獣共が一斉に俺達を……!!」
「お、落ち着くんだ、グレイン殿! いったい何があったのだ、何が貴殿達を襲ったのだ!? 獣とは何だ!?」
「獣? ……待て、だったら人っておかしく」
遮ったのか、追い打ったのか。それは定かではない。
だが彼女達の鼓膜を劈いた爆音は確かにその会話を止めさせたのだ。
明らかにただ事ではない爆音はそのまま黒煙を纏って空へ舞い上がり、後を追うように次々と爆音と黒煙を産み落としていく。それを連鎖と呼ばず何と呼べば良いのか。
「……フォール、でしょうか」
「あのアホ以外に誰がおるんじゃ! えぇい、待ち合わせとかまともな事ほざいたと思ったらコレだ!! もう巻き込まれる前に船出して逃げたろかぁ!?」
「流石にそれはちょっと……。そ、それにフォールもどれだけ弱体化しているか解らないと先ほど話し合ったばかりではありませんか。せめて様子を見るぐらい……」
「だ、駄目だ! それじゃあ駄目だ!!」
嫌な予感しかしない二人の相談に、グレインは必死の形相で割り入る。
「もうすぐ夜が来る! 奴等、今宵と明日の夜こそが本番だって言ってやがった!! フォールさんが危ねぇ、幾らあの人でも奴等からは逃れられねぇ!! 頼む、どうか、アンタ達だけだ! あの人を救えるのはアンタ達しかいねぇ!!」
「だからどーゆー事じゃ!? 何があった、御主達は何をされたのだ!?」
「そ、それは……」
「どうか話していただきたい、グレイン殿。我々も知らぬことは対処できない。辛いだろうが……」
二人の催促に、グレインは恐怖で震える指先を握り拳で押さえ込んで意を決し、面を上げた。
その表情には覚悟と怯えが入り交じっていたが、彼は恐れることなく起こったことをリゼラ達に伝えていく。
そのおぞましき所行に海賊達は思い出したくないと、ある者は耳を塞ぎ、ある者は砂に顔を埋め、ある者はフォー子に祈りまで捧げる始末。いや、無理もあるまい。グレイン海賊団達にとってその悪行は余りに恐ろし過ぎたのだ。彼等の繊細な心が、耐えられるはずがなかったのだ。
「…………」
リゼラはその所行を耳にしながら、ただただ遠い目でグレインを見つめていた。至極どーでも良さそうに彼等を見つめていた。
否、或いは目を逸らしていたのかも知れない。グレインの説明が一言一句と進む度に、尋常ではない殺気と闘気を纏っていく隣の褐色筋肉ダルマ阿修羅から、目を逸らしていたのかも知れない。と言うか逸らしたい。
「……と言う事なんでさぁ。幾らあの人でもこれじゃあ」
「リゼラ様」
「…………何じゃ?」
「ちょっと私、行ってきます」
「うん……、妾も行くわ……」
ずるり、ずるり。
殺人鬼よりも禍々しき邪気を帯びた四天王が、その極大の大剣を浜辺に引き摺りながら密林の中へと消えていく。その後を適度な距離感でもう一人の少女が着いていく。
グレイン海賊団は彼女達の背へ敬礼を送っていた。どうかフォールを頼む、どうか我々の仇を、どうかあのおぞましき獣達に鉄槌を、とーーー……、そんな祈りを、込めながら。




