【3】
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「ふむ、ここか」
さて、マリーが行き着けであるという店で手土産を購入した、と言うかさせたフォール達はダキなる顔役のいる宿を探し回り、昼を過ぎた頃にようやく発見することができていた。
いや、別に発見自体が苦労したわけではない。それはもう花弁が舞い、舞妓達が湧き並び、金銀財宝を雨水のように降らすが如き盛況具合だったのだ。見つけられないわけがない。
それでも昼過ぎまで時間が掛かったのは単純に手土産購入に時間が掛かった所為である。そこで死んだ目の魔王様が抱えている、自分と同じ大きさぐらいのヌイグルミの購入に時間が掛かった所為で、ある。
「…………………………ヌイグルミて」
「何か問題が?」
「人の趣味は計り知れないものですね……」
「フッ、趣味に熱心なのは良いことではないか」
「御主はちょっとぐらい自重しろっつーんだよ」
この勇者がするワケないという悲しい現実は置いといて、と。
さてはて、彼等がダキなる人物を探すべく尋ねた宿は現在こそ彼女の財力で盛況極まりない賑やかさだが、普段は山奥にあるひっそりとした老舗宿なのだと言う。老舗だけあってその大きさや悠然たる門構えは城屋敷と見間違えるほどのものではあるものの、客層は上流の者が多く、とても物静かで風情ある宿なのだとか。
本来であればそんな宿の前に暗殺者顔の勇者や等身大人形を抱えた魔王、褐色筋肉ダルマな四天王の一行など入店拒否待ったなしだろう。
しかし今回ばかりはこのどんちゃん騒ぎのお陰で難なく踏み居ることができる。ダキの豪華好きも手土産という手間を取らせてくれたものの、充分に対価は支払ってくれたようだ。
「それで、この宿の何処かにダキがいるのだな? 老舗というだけあって部屋数も相応だろうが、ここまで騒いでくれれば自ずと辿ることもできよう。無論、相手も顔役であるならば警戒心は強いだろうし探すのは苦労するだろうが……、何、老舗はよく燃える」
「そうですね、彼女は護衛なども……、えっ?」
「御主やめろよ? ホントにやめろよ?」
火攻めは基本。
「しかしだ、フォール。そのダキという人物に会ったとして、容易く話は聞いてくれるだろうか? 幾ら手土産を用意したとは言っても護衛を付けているような人物だし、何より貴殿は勇者だ。もし斬り掛かられたりしたら……」
「それは実際に会って確かめるしかないな。顔役というのだから直ぐさま突っぱねるような事はしないだろうが……」
と、彼等の会話を区切るように宿の門脇にある小扉がガチャリと開く。
宿の者が出迎えに来たのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。出て来たその者は屹立とした姿で栗色の耳をピンと立たせ、人懐っこそうな無邪気な表情でフォール達を覗き込んでいる。
そんな彼女の下には黒耳をぴこぴこと揺らす気弱そうな全体的に真っ黒な少女が一人と、そんな二人の上にはぱちくりとした目を瞬きさせる人畜無害を絵に描いたようなおっとりとした女が一人。
つまり上から順に鳥、犬、猫の獣人達が門の角から顔を覗かせ、フォール達をじぃっと見つめているのである。
「姉様、何か来た」
「姉様……、あの人怖い……」
「姉様って誰かしら?」
「「アンタだアンタ」」
「ぴよっ?」
「……おい何か凄まじいアホ共が来たぞ」
「そうか、鏡を見てこい」
と言う訳で現れたのは鳥、犬、猫の獣人の半魔族達だった。
並び順的に鳥が長女、犬が次女、猫が末っ子なのだろうが、まさかこの種族で血縁者というわけでもあるまい。つまり姉妹のように呼び合うほどの仲というだけなのだろう。
いやしかし、こんな場所で宿の者でもないのなら彼女達がどんな役目を担っているかは考えるまでもないことだ。溢れ出るアホっぽさオーラのせいでイマイチそうとは断言できないのだけれど。
「……あー、何だ。貴様らダキの手の者か?」
「こ、これは失礼しましたわ! 私達、ダキ様にお仕えする者達ですの。私がククル、犬の子がワフム、猫の子がニアンです。どうぞ、お見知りおきを」
「あぁ、よろしく。ところでその尻尾は撫で……、いや何でもない。覇龍剣を下げろシャルナ」
「ウフフ」
「「「ヒェッ」」」
「ともあれ、ダキの手の者ということは……、出迎えだな。部屋を探す手間は省けたが、どうして俺に出迎えなど出す? 放っておいても向かうと言うのに」
「あぁ、その事でしたら実は……」
三獣人の長女であり鳥の獣人、ククル。
彼女は穏やかに微笑みながら自分達が彼等を出迎えた理由を説明しようとする、が。
「……何だったかしら?」
「姉様、また忘れてる……」
「姉様は三歩歩くと忘れるから仕方ないのだ! すまないな!!」
「マリー、この街は大丈夫か」
「若干不安ですね」
正しく鳥頭である。
「では、姉様に変わりまして不肖このワフムが説明させていただきます! 実はフォール様達の行動はダキ様の手の物を通して既に把握済みでございました! ここまで到ったことも、手土産をご用意されたこともダキ様はご存じです! そして、それ故に我々がこうしてフォール様をお迎えに上がりました!!」
「……ふむ、まぁ、ここは奴の街だからな。行動が把握されているのは予想の内だ」
「はい!」
説明を一区切りさせたワフムなる獣人の女は達成感溢れる顔でピンと背筋を伸ばしきる。
続く説明を待つフォール達を前にするにも拘わらず彼女は何かを待って居るようで、動くものと言えば末っ子のニアンから話を聞くククルと、ぶんぶんと降られるワフムの尻尾ばかり。
しばらく何とも言えない無言の時間が経過したものの、フォールやシャルナが何かに気付いたようで、その頭を撫でてやるとワフムはむふんと満足気に微笑みながら説明を再開させる。
「それで、ダキ様曰く手土産の礼儀を認め話を聞いてやろうとの事にございます! ただし昨夜の宴会により二日酔いがまだ残っているので大人数でぞろぞろと宿に入るのであれば断る、と! 来るならフォール様とマリー様だけで来いとのことです!! ……です!!」
「よーしゃよしゃよしゃ」
「わふっ♪ わふっ♪」
「完全にペット感覚じゃな、アホ勇者め。……しかし成る程、つまり妾達はこの門前で待っておけということか」
「ま、待ってくれ、ワフム殿! 一応我々はルヴィリアから三人で謎を解くよう言伝されている! それを引き離すというのは少し勝手が過ぎるのではないか? 一緒に面会させろとは言わない、せめて部屋の前まで……!!」
「……『最智』の四天王、ルヴィリア様は確かにこの島の主。けれど『あやかしの街』の主はあくまでダキ様」
シャルナの異議を突っぱねるのは、猫の獣人ニアン。
「命令に従えないのであれば帰ってもらって良い。ボク達は困らない。困るのは貴方達」
「なっ、そ、それは……!!」
「ほーん、まぁ良いのでないか? 別に妾達がおらずともフォール一人で何とかなるじゃろ」
「リゼラ様!」
「それに一応はこっち側のマリーも着いとるんじゃろ? だったらフォールのアホめが獣人もふもふにハマる前に注意させれば良い。妾達が一々コイツ等にペコペコするよかそっちの方が余ほど手間が省けるというものよ」
「……失礼、それは此方の負担がとんでもない事に」
「おう頑張れ」
応援というか、死刑宣告というか。
「それに、そ奴へ着いていってダキとやらに会うより妾達は妾達でもう一人について調べた方が手っ取り早かろう。何者かは未だ解らぬが少しでも情報を集めた方が良い。どーせ夕暮れ時には海賊共のところで合流するじゃろうしな」
「う、うぅ、その通りでは御座いますが……」
「ふむ、リゼラにしては非常に珍しく良い提案だ。元より女所帯のこの島、男の俺が歩き回るよりも女である貴様等が歩いた方が幾分かやりやすかろう。それにこちらも話を終えた頃には夕暮れ頃になっているに違いない。であれば時間を無駄にするよりも各自別れて行動した方が効率的ではないか?」
「わふっ、あふっ♡」
「おぉ、犬っころワシャワシャしてなかったら同意してやったわ」
「あぁいうのをやってるから不安なんですよ! あぁいうの!!」
なおその隣では後の犠牲者がとても遠い目をしていたそうです。
「……それで、どうする? 来るの、来ないの?」
問い詰めるようなニアンの低い声に、シャルナは苦渋の涙を浮かべながら頷いた。
まぁ、彼女の心情を考えればかなり悲惨な決断になるのだが、それを当の勇者が知るはずもなく。
「よし、では決定だな。リゼラとシャルナは街での情報収集を頼む。俺とマリーはダキとの面会だ。その後は夕暮れ頃にグレイン海賊団の場所で集合ということで良いな?」
「うむ、それで良かろう。ほれ行くぞ、シャルナ」
「マリー殿! 頼むぞ!! 本当に頼むぞ!! その男がもふもふから離れなくなったら殴り倒してくれて良いから!! 最悪刺しても良いから!!」
「痴情のもつれに此方を巻き込まないで下さい……」
と言う訳で紆余曲折あれどフォールとマリーはダキとの面会、リゼラとシャルナはもう一人の顔役について情報収集ということで分担行動が決定した。
フォールはリゼラから手土産を受け取ると『もふもふ禁止』と叫び続ける四天王とそんな彼女を引っ張る魔王の背中を見送り、やがて二人が何処か甘い深緑の熱風へ消えると気を取り直して前を向き直す。
そんな彼の瞳に灯る悪しき光を、マリーは見逃さなかった。絶対もふもふするつもりだこの男。
「さて、騒がせたな。ククル、ワフム、ニアン……、だったか。ダキのところまで案内を頼みたい」
「いえいえ、お構いなく。それでは私が案内いたしますわ」
「……姉様、歩くと忘れる。案内、駄目」
「そ、そうでひゅっ、わふっ♡ こ、ここは某が、くぅうん♡」
「あの、フォール様。いい加減にワフム様へのもふもふはやめていただけますか。話が進む気がしません」
勇者しょんぼり。
「し、失礼しました! 余りに心地良かったもので!! では気を取り直してこの不肖ワフムがダキ様の元へご案内させていただきまする!! 何かお聞きになりたいことがあれば何なりとお申し付けくださりませ!!」
「ではこの街のもう一人の顔役について」
「フォール様」
「チッ」
「申し訳ございませぬがその事についてはダキ様より堅く口止めされているであります!! その事に着いて知りたくばダキ様より直々に拝聴なさるのがよろしいかと!! ダキ様のお気に召されたのであればこの街で不自由することは何一つないでしょう! ……しょう!!」
「よーしゃよしゃよしゃ」
「わふっ、わふっ♪」
「あらあらワフムちゃん嬉しそうだわ。……それで、私達は彼をどうすれば良かったかしら?」
「姉様は三歩以上歩かないで……。お願いだから……」
てんやわんやの大騒ぎ。これでまともな案内ができるのかとマリーは深くため息を吐き捨てる。
ともあれこのままでは話が進まないと彼女は咳払いで場を取り直した。
「ではワフム様、ダキ様の元へご案内を。一応は制限時間を設けた側の身としてはこの様な無駄な時間を取らせるのは忍びないですので」
「は、はい! 承知しました!! ではこちらへどうぞ!!」
ワフムに先導され、フォールとマリーは門脇にある小扉を潜り抜けて宿の中へと足を踏み入れた。
まずその視界に拡がるのは城屋敷のように大きな宿の長廊下とそこから続く絶妙な和庭。そして玄関への脚場と言わんばかりに擬えた石畳と、それを囲う苔生しの水釜だ。ことここに到って未だ幻想の風情を魅せるとは中々の宿であろう。
まぁ、そんな庭も静けさ染みいる滴り水も、全てどんちゃん騒ぎのせいで台無しであることには、今は目を瞑っておこう。
「……ところで、ワフム。貴様等はダキのどういった関係なのだ? ただの部下という風には見えないが」
「はい? はい! 我々、姉様とニアンはダキ様直属の部下、兼、お世話係にございます!! ダキ様はよく二日酔いで体調を崩されますし煙草もお好みになられます!! その上、ご覧の通り豪勢遊びが趣味の御方ですので色々と入り用なのです!! なので我々が常にお側でダキ様のお世話をしているというわけです!! ……です!!」
「よーしゃよしゃよしゃ」
「わふわふ♪」
「うむ、成る程。……二日酔いでな、ふむ」
そう思案しつつ、彼が玄関に脚を掛けたところで目の前をククルの大きな翼が遮った。
どうやら靴を脱いで剣を渡せ、という事らしい。この宿では土足厳禁、武器厳禁なようだ。
靴は兎も角、謁見する身として武器を手放すのは不安だが、この場は礼節に従うより他ないだろう。
「む……、独特の文化は慣れなくていかんな。すまない」
「ウフフ、外からいらっしゃる人は大体そうですのでお気になさらず。私も気を抜くと靴を脱ぐことを忘れちゃうこともあるんです」
「……その鳥脚に靴を履いているようには、見えないが」
「あれれ?」
「姉様……」
と言う訳でフォールは自身の靴を下駄箱という木製の箱に押し込み、剣を彼女に手渡し、再びワフムの案内に従って歩き出した。
宿の中は漆造りで表参道の家々と大差無いものの、歩く度にぎしりと軋む床が古老さを思わせる。それでいて指先が滑るような足触りであるのは手入れが行き届いている証拠だろう。
宿勤めの女中達も若い者が多いが種族隔てなく仕事に尽くしているようだ。料理を運ぶ姿や布団を担ぐ様子などは見ていて微笑ましいものがある。尤も、その者達の視線が嫌にこちらを向くのが気に掛かるところではあるけれど。
「こちらこちら、こちらでございますフォール様! こちらにダキ様がいらっしゃいます!!」
「あぁ、二階か。……何だ、二階は妙に静かだな」
「先程申し上げました通りダキ様は二日酔いでして! 大きな音は頭に響くという理由で二階を貸し切りにしたのでございます!! ちなみに外の踊り子達は五月蠅いのは嫌だけれど豪華でないのはもっと嫌というダキ様のご注文により控えめな舞踊となっておりますデス!! ……デス!!」
「贅沢な女だ。……しかし二日酔いか、確かに連日の騒ぎで酒や飯を喰らえばそうもなるだろうな」
「……くぅうん」
「よーしゃよしゃよしゃ」
「わふっ、わふっ♡」
「フォール様、それは一々やらないといけないんですか」
「もふれと言うのだから仕方あるまい」
マリーは『もふりたいの間違いでは』という言葉をぐっと飲み込んだ。
「しかし、遂にダキ様との面会ですね。まさかこんなに速く面会までこぎ着けるとは思いませんでした。流石はルヴィリア様が認めた御方なだけはあります」
「あぁ、それなのだがな。面会はまだだ。後で良い。その前にやる事がある」
「……やる事、ですか?」
「うむ、やる事だ」
フォールはそう言うなりワフムの案内を外れ、勝手に歩き出した。
慌ててクルル、ワフム、ニアンの三人が止めに入るも彼から一言二言何かを伺うと止めるに止められない様子となり、慌てて彼の後を着いていくことになる。
いったい何を企んだのやら思いついたのやら、既に嫌な予感しかしなくなったマリーは今一度深くため息を零して気を取り直し、それでもやっぱり嫌な予感しかしないのでもしルヴィリアが危機に陥ったら迷わず見捨てよう心に決めつつ、彼等の後を追うのであった。




