【エピローグ】
【エピローグ】
「んぁっふ」
口端から涎を垂らし、知的とは遠くかけ離れた間抜けな寝顔を晒していた四天王、ルヴィリア。
彼女は自身達に与えられた船内の一室で目を覚まし、毛布の中でごろごろしながら、まずどうしてここで眠っているのかを思い出す。
――――そうだ。確かクラーケン達を撃退してフォールに抱えられながら船に戻って来た後、魔力不足でそのまま気絶してしまったのだ。部屋で寝ていたということは誰かが運んでくれたのだろうか? いやいや、そもそも寝ていたのだから、あれから数時間ないし、半日は経過しているかも知れない。
まぁ、そのお陰で魔力は多少回復したけれど、まだ全快というわけにもいかなさそうだ。
「いや、こんだけあれば充分だと思うけどさぁ……」
ぼりぼりと頭を掻きむしりつつ、彼女は起床する。
何だか外が騒がしい気がするが、と言うか『フォー子ちゃん特別ライブ最高だったな』とか『まさかあの子が転移してくるとは……』とか『女神だから当たり前だろ!』とか聞こえるけど、それは聞こえないことにしておこう。何やってんだあの勇者。
「んぁ~~~……」
寝起きでぼけた眼を擦りつつ、彼女は船室から出て甲板へと上がっていく。
どうやら先程まで御褒美LIVE、と言うか最早、勇者による洗脳儀式が行われていたようで、熱の引いた甲板は驚くほど人の影が少なかった。いいや、感想を語り合う者達を除けば、フォールやリゼラ、シャルナ以外の影は見えないと言っても良い。
まるで、先の騒動が嘘だったかのように静かで、長閑な風景だ。
「っと、夕暮れか……。ってことは結構寝てたんだねぇ」
嵐雲も晴れ、緋色の輝きを放つ空にルヴィリアは感嘆の息を零す。
そしてそんな彼女を迎えるが如く、リゼラのきゃしゃな手がぶんぶんと振り回されていた。
「へぁー? はぇあー? うふへへへへへへへ」
「り、リゼラ様ァアーー! お気を確かに、リゼラ様ァーーーッッ!!」
「え、これ何事……?」
「何事も何も、貴様の魔眼が効き過ぎたようでな。この状態から戻らん。……沈めるか?」
「いやちょっと赦してあげてください……」
「リゼラ様ぁああーーー! しっかりしてくださいリゼラ様ァアアアアーーーッッ!!」
「へなっぷ」
魔王と彼女に泣きつく四天王を避けつつ、ルヴィリアはふらふらと覚束ない足取りでフォールの隣まで行くと木製の手摺りへ体を投げ出した。
背後の惨状から目を逸らすようにふと船尾を眺めれば、そこには大人しく牽引されるキングクラーケンの姿が。どうやらあの子も反省して落ち着いたらしい。
――――それにしても、嗚呼、何と美しい光景だろう。水面に反射する夕暮れの緋色がキラキラと眩しく、時折跳ねる魚達は随分と楽しそうだ。まるで過ぎ去った嵐の檻から解放され、無邪気に遊んでいるようではないか。
いや、無理もあるまい。そういうものだ。あんなに大きな出来事があれば、誰だって気が緩む。
「……今回はご苦労だったな、ルヴィリア」
「ん? あー、うん」
と、そんな彼女に相変わらず視線を合わせることもなく、フォール。
まぁ隣に来たのだから話しかけられるだろう、とルヴィリアは適当な相槌を返す。
「グレインの話ではもう間もなく妖怪島に到着するそうだ。大体、今晩辺りになるだろう」
「いやぁ、悪いねぇ。何だかんだで大事件になっちゃったし」
「何、構わん。聞けば貴様の拠点があるというし、要するに実家のようなものだろう? ペットを届けるついでにゆっくりしてくると良い」
「にゃはは、フォール君が優しいと違和感しかねぇや」
「……落下中の一件、忘れたワケではないからな?」
「あ、それそれ。それこそフォール君ですよはははは赦して」
「駄目だ。死なす」
「ヒェッ」
とまぁ、そんなことを言いつつも二人にそれを実行する体力があるはずもなく、互いに大きなため息で手打ちとすることになるのだけれど。
フォールとルヴィリアはそんなため息に気を取り直しつつ、そして相変わらず視線を合わさず、緋色の空と海を眺めながら長閑な時間を過ごしていく。
「……フォール君さ、言ったじゃない。昨晩、ほら。君の事は信頼してるけど信用はしていないって」
「む? あぁ、言っていたな。……何だ、突然」
「いや、たわいない雑談さ。けれど、今回の一件よく僕に任せてくれたね。君はこういうところは鋭いなぁ」
「そうか? 余り考えたこともなかったが……」
「だってホラ、エルフの森でのリースちゃんの一件や、今回のこともそう。帝国でのことだってそうさ。君はとても自分勝手で純粋で、シャルナちゃん曰く不器用だ。……真っ直ぐすぎるんだよ。結果としてそれは善なるものではあるけれど、うん。君はやっぱり、真っ直ぐすぎて歪なのさ」
「ふむ…………」
「僕は君をその異常な力故に信頼した。魔眼という権能を持つ自分と何処か似通ったものを視ていたのかもね。……だけど、うん。今回の一件でやっぱり解ったよ」
くるりとその場で踵を返し、ルヴィリアはフォールと同じ緋色の空を視た。
夜が近く、闇と混じり合う、そんな空を。
「君が……、キングクラーケン相手にさっさと負けてくれればこんな苦労はしなかったんだ。それを、僕を信頼して託すなんて最善手を打ってくれるから、まぁ……。けれど、どのみちさ。だから僕は、信用できた」
「何?」
「君は勇者であって勇者じゃない。……やっぱり君は危険だと、信用したのさ」
ルヴィリアの華奢な指が、フォールの頬へと触れた。
緋色の瞳と真紅の眼が交錯し、光を交わらせる。夕暮れに融け込む夕焼けと夜闇が如く、混じり合う。
「君は三日後、僕に絶対の服従を誓う」
――――それは、魔眼の権能。即ち催眠。
その言葉にフォール自身でなく、リゼラやシャルナが反応した時には既に遅かった。
疲弊し、意識を途切れさせていた彼の眼に魔眼の権能が暗示を刻み込む。三度の封印を経て抗魔力を減少させていた彼に対し、その権能はどうしようもなく効果的だった。
「さぁ始めよう、フォール君。僕と君の戦いを」
ルヴィリアは彼の頬から指先を離すと、そのまま手摺りの上へ飛び乗り、紅蓮の翼を拡げ羽ばたかせる。
その姿は語るべくもなく人のものではない。魔族、それも異質なる魔眼を持つ者として緋色の境界に立つ異貌者のもの。
夕闇に降り立つ、最智なる者の姿なり。
「『最智』の四天王、ルヴィリア・スザク。僕は我が誇りに賭けて全力で君を打倒すると宣言しよう」
羽ばたきは風塵を散らし、やがて空へと舞い上がる。
「……妖怪島にて、君を待つ」
やがて、その緋色は甲板より彼女の姿を夕闇へと消え去らせた。
羽ばたき舞う背を終える者は、一人としていない。妖怪島の方角へ消え去る彼女を追える者など、一人としているはずがない。
誰も彼もがその背中をただーーー……、言葉もなく見送るしかなかったのだ。
「……ルヴィリア」
然れどその中でもし、言葉を発する者がいたのならば。
「貴様……」
それはただ一人、その勇者しかいなかったのだろう。
「四天王だったのか……」
「「えっ」」
まぁ、その内容は兎も角としてーーー……、だけれど。
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