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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
最智との激突(後)
244/421

【6】


【6】


「いやちょっと待って?」


 策略開始前に智将からまさかのストップ入りました。


「何だ、どうした」


「いやおかしくない? 何かもう色々とおかしくない?」


「何の問題がある。グレインに命令して貴様の注文通り八連樽爆弾と着火用の短剣は用意したし、船の折れた副柱から帆も回収してきた。そして貴様が指定した位置までクラーケン達の猛攻を櫂潜って船を到着させるまであと数十秒だ。これ以上何か文句があるのか?」


「うんまぁ、僕が大砲に入れられてることが何よりの文句かな……」


 智将、首からしたがスッポリ大砲にIN。

 既に導火線へリゼラがスタンバイしている辺り、もうどうなるか説明する必要はあるまい。


「フォール、準備Okじゃ」


「よし、や」


「待って? 待ってねぇ待って!? ナンデ!? ルビーチャンハードナンデ!?」


「何でと言われても貴様が言ったんだろう。ただ飛空しただけでは風に煽られてまともに飛べないから勢いが欲しい、なので打ち上げてくれないか、と」


「うんそれ普通にフォール君かシャルナちゃんが投げてくれれば良かったんだけどにゃぁ!?」


「そうは言ってもシャルナはイカ酔いのせいで立つこともままならない状態だ。俺も投擲では貴様の言う高度まで届くかどうか怪しいのでな。ならば砲撃の方が幾分確実というものだろう」


「待ってそれ僕の身が安全じゃない」


「まぁそう文句を言うな。どのみち貴様と繋がるこの腰に巻いた縄がある限り俺も道連れの仲だ。……場合によっては縄を切るが、たぶん道連れだ」


「それ逃げる気満々じゃないですかやだぁあああああああーーー!!」


 そう、ルヴィリアの策略は自身を空まで打ち上げてから発動する、かなりブッとんだ(※物理的に)策略だった。

 その為に地点や道具を用意するのは良いが、肝心の打ち上げ役がいないという事でまさかの人間大砲準備という墓穴を掘るどころか墓穴へダイレクトシュートというトンデモ具合。

 一応は安全装置(セーフティ)としてフォールが着いているものの、この男が安全装置としての役割を果たしたことなど一度もない。

 ルヴィリアは密かに死の覚悟を決めていた。遺書、遺書書かなきゃ。


「フォールさん! 目標地点到達まであと十秒っす!!」


「うむ、ご苦労。ではリゼラ、着火準備だ」


「待ってぇ! 待ってリゼラちゃぁん!! 慈悲を、僕に慈悲をくださあい!!」


「では問題です。脱衣所に妾のパンツが落ちてます。どうしますか」


「え? しゃぶる」


 フライハァアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーイ↑↑↑↑↑☆


「ルヴィリアはな? お星様になったんじゃよ」


「よし、射出は成功だな。では俺も行ってくるとしよう」


「それは構わんのじゃが、ホントにこの策戦って大丈夫なのか? 下手したら妾達も巻き込まれるんじゃ……」


「……まぁ、場合によっては全滅の可能性もなくはない。だが案ずるな、対応策は用意してある」


「ほう、それは何だ!?」


「うむ、策略が発動した瞬間に」


 フライハァアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーイ↑↑↑↑↑☆


「待ってそれだけは言ってけぇえええええええええええええええええええ!!」


 魔王の悲痛な叫びに見送られつつ、大砲発射により四天王、彼女に引っ張られて勇者が、そして八連樽爆弾が空高く舞い上がる。

 いや、舞い上がるとは言えそれはもう飛翔の比ではない。豪雨は弾丸を通り超して砲弾のように肌を殴りつけ、豪風は事実として刃が如く肌を斬り裂いていく。眼など開けるはずはないし、当然呼吸も赦されない。感覚は消え失せ、顔面が風圧で歪んでいく感触だけが唯一赦された自由だった。それは、世界一過酷な刹那だったのだ。

 なおその刹那でも勇者は依然として無表情のままいつも通りだったことを追記しておく。


「あべばばばべばばばばべばべばべばばばばばばばばばぼばばばばべばばばばば!!(アカンこれ死ぬ死ぬ死ぬマジで死ぬどうしようもなく死ぬ本気で死ぬぅ!!)」


「何、この程度で死ぬなら苦労していない」


「なべばばばべはほはなもぐらべべ(って言うかフォール君は何で平気なのかなぁ!?)」


「平気だからだ。……よし、準備しろ。目標地点に着くぞ」


 ――――ぼふんっ!

 過酷なる刹那を超えた先で失われていた感覚が一気に舞い戻ると共に、ルヴィリアはその緋色の眼をめいっぱい見開いた。

 蒼いーーー……、何処までも蒼い空が拡がっている。暗雲に覆われていた太陽の輝きが広がり、闇のように濁っていたはずの海は真っ白な静寂に覆われている。人はきっと、これを天国と言うのだろう。

 だがここは天国ではない。天国に一番近い場所ではあるが、天国ではない。

 そう、キングクラーケンとクイーンクラーケン・アナザーの東部を越え、天嵐の暗雲さえも超えたその先、人類の身にて未だ踏み込むことは赦されぬ空の果て。

 即ち、成層圏である。


「ぷはっーーー……! す、すごい……。凄い絶景だよフォール君!!」


「馬鹿者、ぎゃあぎゃあと騒いでいる暇があるなら始めるぞ」


「んもぅ、ちょっとぐらいこの光景をだねぇ……」


「あの雲がスライムに見」


「よっしゃ始めようか」


 凄まじい風圧に煽られながらも、フォールは若干不機嫌そうに自身の腰元に縛り付けられた縄から八連樽爆弾を引っ張り出した。

 打ち上げの衝撃で爆発しないよう、縄でガッチガチに固めた爆弾だ。街一つ吹っ飛ばすだけの威力があるというだけあって、重量は相当なものである。確かにルヴィリアと合わせればフォールが成層圏まで打ち上げるのは難しいと言うのも納得であろう。


「まったく、奇策妙策ってあんまり性に合わないんだけどね……。君が急かすせいでとんでもない事を思いついちゃったじゃないか」


「……そうか? 控えめだと思うがな」


「そーゆートコが勇者らしく……、いやもう言うだけ無駄だけどさ」


 打ち上がった勢いにより与えられた、ほんの僅かな滞空時間。

 やがてその安息も終わりを迎え、彼等の体は落下を始める。高度計測不能、天国に一番近い場所から地獄の嵐へと真っ逆さまということだ。

 落下すれば海へ墜落する前に燃え尽きてしまうんじゃないかというほどの、高度から。


「……そんじゃあ頼むぜ、フォール君。僕の信頼を裏切らないでおくれよ?」


「何、任された以上は成し遂げるとも。貴様も安心して死んでこい」


「いや死なないよ? 死なな、死、ちょ、何その十字架? やめて!? 葬儀は任せろみたいな目やめてぇ!?」


 そして始まる、急速降下。

 その風圧は打ち上げの際に全身を叩き付けたものよりも、遙かに強烈だった。風圧は四肢をもぐように襲いかかり、嵐雲の雨粒が頭蓋の中身を直接撃ち抜くかのように感じられる。

 しかしフォールは一切怯むことなく暗雲に飲まれる瞬間、八連樽爆弾を縄から切り離し、同時に短剣をそれに向かって投擲した。

 刃は樽の外板を鋭く突き刺して火花を散らす。そうなれば火薬と火花の方程式が出来上がり、そこから導き出される答えは明確だ。

 ――――そう、大爆発である。


「にゃははははははははははは! そしてぇええーーーーー…………!!」


 爆発の規模は遙か彼方、海洋都市から視認できるまでに及ぶ。

 元より街一つを吹っ飛ばす威力と言われる爆発だ。相応の範囲と威力が付随するのは当然のことだろう。

 だが、ルヴィリアの狙いはそこにはない。重要なのはその爆発の爆風が嵐雲を散らし、なおかつ爆炎が嵐雲の中にある雨粒を一瞬で蒸発させることにある。

 そうして出来上がるのは何か。そう、この海域を埋め尽くすほど巨大な、魔王、海賊団、クラーケン達さえも軽く覆い尽くすほど巨大な、水蒸気によるーーー……、写影幕スクリーンだ。


「魔眼……、発ッッッ、動ッッッッッッッッ!!!」


 緋色の太陽が照らし出すのは、夢幻の紋章。

 この海域全てを覆う写影幕から目を逸らせる者などいない。海洋都市を襲うクラーケンの幼体からこの場にいるキングクラーケンとクイーンクラーケン・アナザーは勿論のこと、海の底にいる魚や空気中を漂う蟲、海賊団から魔王に到るまで、ただ一人勇者を除く全ての生物がその魔眼の術中へと取り込まれた。

 効果は『鎮静』。ほんの僅か、数秒にも見たぬ一瞬のみ誰も彼もが天覆う夢幻の魔眼を眺めたまま気絶した。その数瞬、海洋領域全てが静寂に覆われたのだーーー……。


「……へぁ~」


 そして、その静寂の幕を引いたのは誰であろう、魔眼を発動させたルヴィリア本人の間抜けな声だった。

 幾ら写影幕を創り出しそこに魔眼を投影したとは言え、この領域全てを覆い尽くすほどの光源を放ったのだ。全身も全身、爪先から髪先まで魔力はすっからかんである。翼で滑空するどころか呼吸ができるかどうかさえも怪しいところだ。

 故に、フォールがいる。この魔眼の『鎮静』を唯一受けない彼だからこそ、落下する彼女を受け止めて、副柱から引き剥がしてきた帆をパラシュート代わりに滑空することができる。

 爆風が海面に跳ね返って巻き起こる上昇気流もあって、過酷なる刹那はいつの間にやら、爆発によって晴れた青空から舞い降りる優雅な空の旅になっていた。


「にゃはは……、しぬぅ……」


「大袈裟だな。……だが、見ろ」


 フォールが顎で指し示す先で、キングクラーケンはその巨体を水底へ沈めていた。

 元より、天に映し出された魔眼をまともに受け、目も逸らせぬような位置にいたのだ。

 当然、鎮静の効果は多大な影響を及ぼしただろう。気絶で済んだだけまだマシというものである。


「策略は成功だ。見事に無力化できたな」


「なははは……、どーんなもんだぁーい……」


「うむ、魔力を使い切っただけのことは」


 瞬間、彼等の眼前を豪腕が抉り抜く。


「……へ?」


 はらりと散っていく数本の前髪を呆気に取られて見つめながら、ルヴィリアは先程よりも間抜けな声を零した。

 ――――今見えたのは、あの白濁した足は、間違いない。クラーケンのものだ。

 だがクラーケン達は魔眼で鎮静したはず! 違う、もう一体のクラーケンだ! それが、どうして、何故!? あのクラーケンは鎮静できていない!?


「ふむ、どうやら貴様の鎮静も意味が無かったようだな。と言うよりは鎮静してからまた怒り狂ったのか? ……どうにもただの感情的なものではない様だな」


「冷静に分析してる場合じゃないよフォールくぅん……! これどうするのさ? 僕たち恰好の的だよぅ……!?」


「別にそう焦ることもあるまい。策略は成功したのだから」


「失敗してるじゃないかあああああ……! あ、だめだこれ。僕は死ぬんだ。よりによってこんなスラキチ野郎の腕の中で死ぬんだぁああああああ……!!」


「憶えておけよ貴様。……ともあれ、繰り返すがそう焦るな。何のための鎮静だ」


「だから落ち着いてないじゃないかぁ……!」


「別に、落ち着けるのはクラーケン達ばかりではあるまい。……先程の爆発で嵐も晴れ、波も収まった。となれば生臭さだけで弱るような奴ではないと思うがな」


「へ? それって……」


 海賊船の船首に仁王立ちする、一人の女。

 彼女の手に武器はない。普段であれば代々受け継がれし龍の大剣を持っていただろう、或いはそうでなくとも何らかの、その豪腕が振り回すに相応しき武なる刃を持っていただろう。

 だが、その手には何も無かった。何も、必要なかった。憤怒という武器を纏う拳さえあれば、他に何も必要はなかったのだ。


「…………」


 暴れ狂うクイーンクラーケン・アナザー。その巨大な触手が辺りの水面を叩き割る中、彼女は跳躍により空を蹴り飛ばす。

 拳を大きく振り上げ、躊躇や容赦など微塵もない、ただただ今日一日の不満を込めた拳を持って、そのクイーンクラーケン・アナザーの眉間へ、全力の一撃(フルスイング)をお見舞いするのだ。


「イカ臭ァアアアアアアアアアアアアアアアいッッッッッッッッッッッ!!!」


 眉間、一発。

 振り抜かれた拳はその巨体を容易く跳ね上げ、海の彼方まで吹っ飛ばす。

 その怒りの逆鱗は理不尽というか、自業自得というか、ともあれ、何と言うか、はい。


「……互いに、体臭は気を付けようね。フォール君」


「まぁ、うむ……」


 緩やかに降りていく彼等に、密かな決意を抱かせるのであった。


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