【5】
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「うぉおおおおおくそったれぇええええーーーー! やるならルヴィリアからお願いしますゥウウウーーーッッ!!」
「初手生贄は流石に外道すぎるよリゼラちゃあん!?」
キングクラーケンの巨大な足に振り回される、リゼラとルヴィリア。二人は言うまでもなく途轍もない危機にあった。
その華奢な体を軽く数十人分は押しつぶせそうな巨足は彼女達を捕縛したまま船から遠く引き離し、帰還は絶望的。逃げだそうものなら下は濁流の大海原、かと言って残ろうものならそのままぐしゃり。行くも地獄、帰るも地獄の最悪極めつけである。
「嫌じゃあああああああ! こんなイカくせぇ触手プレイなんか絶対に嫌じゃぁああああああああ!!」
「僕もやだよぉ!? と言うかこんな足で触手プレイは無理だと思うんだよね僕ぅ!!」
「やかましいわぁ! おいコレ御主のペットじゃろ、どないぞせい!!」
「厳密には僕のペットじゃなくて僕の仲間のペットなんだけど……! おぉおーいクラちゃああああん!! 僕だよ僕ぅ! 解らないかなぁ!?」
キングクラーケンはルヴィリアの声に反応どころか見向きもしない。
いや、反応しないと言うよりは怒り狂って周りが見えていないというのが正しいだろう。妻との逢瀬を邪魔された所為か、それとも平穏な遊泳を騒ぎ立てられた所為かは解らないが、随分ご立腹なようだ。
しかも見るに、向こう側にはもう一体のキングクラーケン。こんなドデカいのが二体もいてはアレだコレだと騒ぎ立てる気さえも失せかねない。まったく、絶体絶命も良いところである。
「駄目だ、怒り狂ってて魔眼も効果ない! と言うかこっちすら見てないっぽい!!」
「え、これ詰んだやつ?」
「割と詰んでると思う」
「開幕十割じゃないですかやだぁあーーーーーーーーっ!!」
残念ながら逃げ道はない。
さらば魔王! 次回より『勇者海賊団編』開始!!
「あ、でも待って! 来てる来てる来てます! 希望が来てます!!」
「何!? あ、シャルナか! シャルナじゃな!?」
「ご名答! 誰がいる何がいる彼女がいる! 僕達の希望、シャルナちゃんだぁあああーーーーっ!!」
そこには嘔吐直前なシャルナの姿が!
「も、申し訳……、流石にこの生臭さと揺れは酔い止めでも……、ぅおぇっぷ」
「詰んだ?」
「割と詰んでると思う」
もう駄目かも知れんね。
「攻勢に出る必要はない。回避に専念しろ」
「へい! おぉいテメェ等、副柱に帆を張れェ! 柱一本ぐらいくれてやらねェと我が儘モンスターは納得しねェとよォ!!」
「「「アイアイサー!!」」」
さて、魔王と四天王達が悲惨なことになっている状態とはまた別に、海賊船の甲板上では激戦が繰り広げられていた。
フォールの助言とグレイン船長の命令で張られた帆により船は右から横殴り左から横殴り、前後から突き飛ばしの大波乱。船体の半分が沈んだり海賊達が危うく空を飛ぶなどは当たり前の光景となりつつあった。
そしてそんな大荒れと同じく、フォールもまた何やら思考を乱れさせているようで。
「キングクラーケン・ツー……、ダブル……、セカンド……、アルファ……。いや、アナザーが良いか……?」
「……クイーンクラーケンとかで良いんじゃないッスかね」
「………………………………クイーンクラーケン・アナザーからは運良く見付かっていないようだしな」
「いや、別にクイーンクラーケンで」
「アナザー」
「クイーンクラーケンで良」
「ア・ナ・ザ・ァー」
「アイアイサー! クイーンクラーケン・アナザーですアイサー!!」
呼び方って大事。なおこの言い方だと意味合いが違ってくるのだが、まぁそこは些細な問題だ。アナザーの方がカッコイイからネ!
ともあれ、リゼラ達がそうであるように彼等もまたピンチである状況なのは変わりない。よりによって一体でも捕獲が限界であるキングクラーケンの二体目が、いや訂正、クイーンクラーケン・アナザーが出現など悪い冗談以外の何だと言うのだろう。
しかし意外と言うべきかいつも通りと言うべきか、フォールはそんな絶望的状況にも拘わらず呼び名の件を除けば依然として落ち着きを保ったままだった。
「にしたってどうするんですかい、フォールさん。流石にあの化けモンを二体も相手すんのは無理ってもんでさぁ! 腕一本でも振り下ろされたらオシマイですぜ?」
「だから回避に専念しろと言っている。運良くか運悪くか、キングクラーケンとクイーンクラーケン・アナザーはこちらを完全に捕らえてはいないようだ。あの巨体が徒になったな」
と、そんな言葉を否定するように巨大触手が海賊船の目の前をシャットダウン。
危うく数秒単位で海賊船は木っ端微塵の大惨事である。
「……運は良い方か?」
「悪い方ッスかね。間違いなく」
むしろこの状況に放り込まれて良い者がいるのかと小一時間。
「……ともあれ、危機は危機だがそう悲観する状況でもあるまい。元はキングクラーケンだけだったものが、クイーンクラーケン・アナザーも加わったに過ぎない。つまり状況と数が変わっただけで、やる事は変わっていないわけだろう?」
「状況と数だけってフォールさん……」
「何……、相手は所詮、生物。知能は低くないだろうが、かと言って高いわけでもない。最善手を打ち続けて来ないならやり様はある。それに生物であるならば必ず弱点があるものだ」
「そりゃそうッスけど……、そう上手くいきますかね? ウチの野郎共なんて見ての通りあの慌て様だ、俺が指揮取らなきゃ今頃何人が無闇に砲弾ぶっ放してるかも解らねェ」
「……砲弾。ふむ、砲弾。砲撃は行えるには行えるのか」
「え、えぇ。火薬箱が揺れで崩れて爆発したり、そもそも火薬が湿気でやられたりしなけりゃ……」
「衝撃で爆発か……、成る程。威力はどれぐらいある」
「火薬が樽で8つほど。その気になりゃ街一つブッ飛ばすのもワケねぇ量ではありますが……、しかしあの巨体に砲撃は無意味って話じゃ?」
「いや……、そうでもないようだ。幾ら大きくとも、モンスターであろうとも、生物なのだから、全く効果がないということは、ない」
「へ……、へぇ……」
「……何だ? 何か問題があったか?」
「いえ……」
豪雨と豪風、そして恐怖と絶叫が入り交じる大嵐。
誰も彼もが恐怖に藻掻く中、幾多の修羅場を駆け抜けてきたグレイン船長でさえも片膝を折りそうになる余りにちっぽけな船の中で、ただ一人、フォールだけは異様に冷静だった。
周囲の雑音など意にも介さずクイーンクラーケン・アナザー討伐の為の手順を組み立てられるほどに、冷静すぎたのだ。
「流石にここまで冷静だと……、ちょっと怖ェっすよ……」
「そうか? ……そうか」
一瞬、彼の表情が思案に沈んだ気がした。いいや、それはあくまで気のせいだ。
雨のせいか、風のせいか。それともあの重苦しい雲のせいか。或いはそれら全ての嵐のせいかは、解らないけれどルゴシュァッ。
「ふぉ、フォールさぁああああああああああああああんんっ!!?!?」
フォールの頭に突撃隣の海賊船。
そう、空中から降ってきた、リゼラとシャルナを抱えたルヴィリアの頭が見事に彼へと激突したのである。
無表情で思案していたフォールはそれを回避できず、ご覧の通りスリーストライク・バッターアウト。そりゃもうミットへ吸い込まれるような落下であったという。
「はっ、ここはドコ僕はダレ!? って言うか無事? 無事に着地できてる!? やったー無事に着地できたぁー!! 頭超痛いけどやったぁああーーーーーーーーーーーっ!!」
「おいルヴィリア、後ろ」
「え、後ろ? んもぅリゼラちゃんそれよりここにちゃんと着地できた僕の技量を褒めて欲し」
そこには真顔で立ちはだかるフォールの姿が!
「……こ、ここはドコ、私はダレぇぇえええああああああああ頭がぁああああああああああああああああ!!」
可愛く言っても駄目でした。
と言う訳でルヴィリアにお得意のアイアンクローを極めながら、フォールは再び現状を把握する。
――――どうやら彼女達、キングクラーケンの捕縛から命辛々逃げ出してきたらしい。この嵐の中を飛空して帰還するなど中々に自殺行為だが、そこはそれ、ルヴィリアのことだから確信はあったのだろう。
だが彼女達が帰還したからと言って状況は変わらない。依然として要塞塔が如きあのキングクラーケンとクイーンクラーケン・アナザーは天嵐の最央に君臨しているのだから。
「……いや」
そうでも、ない。
「ほぇ?」
フォールはルヴィリアをアイアンクローから解放し、腰を抜かした彼女の前へと屈み込んだ。
緋色と真紅の双眸が交差し、僅かな静寂を産む。この豪風と豪雨の中に有り得るはずもない、静寂を。
「ルヴィリア、この状況を……、イカ臭いな貴様」
「ファッ!? く、臭くないよ!? 僕臭くないよ!! 毎日体洗ってるもん!! ちゃんと洗ってるもん!! 石けんで丁寧に洗ってるもん僕綺麗だもおん!!」
「いや、イカ臭の話だが……。まぁ良い。ルヴィリア、貴様この状況を解決できるか」
「ふぇえ……? 解決ぅ?」
「そうだ。どうにも俺の考えだとキングクラーケンかクイーンクラーケン・アナザーのどちらかを仕留めてしまいそうでな……。貴様の言うペットはキングクラーケンだけだろうが、つがいを倒すというのも気分が悪い。何故か……、そういった案しか浮かばんのだ」
「イカソテーゲソ揚げイカめしゲソ和えイカ焼きゲソ炒めイカ煮物ゲソ団子イカご飯ゲソ大根イカマヨゲソカレイカソテーゲソ揚げイカめしゲソ和えイカ焼きゲソ炒めイカ煮物ゲソ団子イカご飯ゲソ大根イカマヨゲソカレイカソテーゲソ揚げイカめしゲソ和えイカ焼きゲソ炒めイカ煮物ゲソ団子イカご飯ゲソ大根イカマヨゲソカレ」
「いや明らかに原因が横にいるんだけど!?」
「イカご飯には挑戦したい」
「フォール君? フォール君!?」
なおこの直後、魔王の処刑が執行されたのは言うまでもない。
「……ともあれ、だ。俺にはできないが、貴様等ならばどちらも無傷とはいかずとも気絶で留めることができるのではないか? 貴様になら、あのペット達の暴走を止められるのではないか」
直訴や懇願ではない。その瞳は、ただ問い掛ける。
真っ直ぐな、真っ直ぐすぎるほど純粋な瞳だ。全てを見透かすのではなく見通すかのような、そんな瞳だ。見ているだけで心がざわつき、背中の産毛が逆立つような、何処か畏怖さえも憶える瞳。
だが、その瞳に余計な感情はない。ただただ純粋に問い掛けている。刃のように真っ直ぐな瞳でしかない。故にーーー……、恐ろしい。
「……火薬、あるよね? 船長。砲撃用の」
「あ、あぁ、ある。樽で8つだ」
「そんだけあれば問題ないかな。後はどうやって……、いや、フォール君と力を合わせれば、うん……、こうして……、うん」
指と指を組み合わせながら、彼女は全身へ強く打ち付けられる雨海の激流をものともせずに意識を集中させていく。
多くを語る必要はないのだ。彼女の中で組み上げられていく策略が何よりの答えであり、全てを結果で指し示すことこそ最適の方法であると知っている。
キングクラーケンとクイーンクラーケン・アナザー。あの二体を止めてみせろという挑戦状を叩き付けられたことを知っている、から。
「……クラーケン達に魔眼が効かないのは目に入らないからだ。怒り狂って暴れ回る意識の手綱なんて引けるわけがないからね」
「ほう。ならばどうする?」
「嫌でも目に入れるのさ」
にたり、と得意げに歪む微笑みは随分と悪どいものだった。
どうやら彼女の中で策略は完全に定まったらしい。その緋色の双眸に宿る眼差しは最早、暗雲の豪風雨にも負けぬ輝きを放っている。
「さぁ、智将の本領発揮だ。策略をーーー……、始めよう!」




