表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
最智との激突(後)
239/421

【1】


【1】


「よし、では夕食準備だ」


「いやまぁ、やることないけどさ……」


 釣り竿に避暑帽子、サングラスという完全装備で甲板に仁王立ちする勇者と、そんな彼を何とも言えない目で見つめる魔族達。

 ――――そう、既に海洋都市を出航して二時間ないし、三時間。街の姿は水平の影に呑まれ、蒼快の天地が視界全てを埋め尽くすほどの情景だ。辺りで騒がしく帆を靡かせる風も、甲板を踏みつける海賊達の行進も、何もかもがこの圧倒的な蒼の前では霞んで滲む。

 さて、そんな景色の中でフォール達が何をしているのかと言うと、何と言うことはない釣り漁である。操船技術のない彼等は何の役に立てるわけでもなし、取り敢えず食料になる魚ぐらい釣っておこうという訳だ。


「何せ沖釣りというのは初めてでな。しかも船釣りだ。……フフ、腕が鳴るぞ」


「貴殿が楽しそうで何よりだよ……」


「おいコイツ、ちゃっかり妾達の分の釣り竿も用意しとるぞ」


「釣りかぁ。僕ゆっくり待つのって苦手なんだよねぇ」


「ちなみに釣ったのは夕飯前の軽食になる」


「よっしゃ御主ら魔王命令な。釣れ」


「「はいはいいつものいつもの」」


 と、いうわけで。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 レッツ、釣り開始。

 彼等は流れ行く水面に釣り糸を垂らしつつ、甲板の手摺りから両脚を放り出して蒼に浮き涼みするウキ(・・)を無言で眺め置く。空を舞いながらニャアニャア鳴くウミネコの声に耳を澄ませながら、時折ぶらぶらと不規則に揺れる黒、黄、青、赤の色取り取りな長靴に視線を流しながら。

 平穏な海の元で、呑気に釣り竿の先をぴくりぴくりと動かすのだ。


「……おい、釣れぬぞ」


「釣りとは得てしてそういうものだ。待つことを学べ」


「フィッシングなら女の子フィッシングしたい……」


「黙れルヴィリア。こういうものは待つ時間というのを楽しむものなんだぞ」


「……釣りの極意が解っているのはシャルナだけか。仕方あるまい、各自釣り上げたものは俺が調理して喰わせてやる。独り占めだ」


「やる気湧いてきたァ!」


「貴殿、リゼラ様の扱い方は完璧だな……」


「馬鹿は飴で釣れる」


「ねぇねぇフォール君! それはつまりリゼラちゃんかシャルナちゃんを釣ったら僕の自由に」


「ルヴィリア、上を見ろ」


 フォールの指先に従い、視線を上げればそこにはマストへ荒縄で吊された海賊の姿が。


「……真面目にやります」


「ルヴィリアの扱いも完璧か……」


「阿呆は鞭だ」


 飴と鞭の使い分けは大事です。


「しかし海釣りというのはウキの浮き沈めが分かり難い……、む?」


 下らない話をしている間にもフォールの釣り竿に反応があったらしく、ウキが素早く数度ほど揺らいでどぽんと沈み落ちる。

 瞬間、彼はサングラスの奥にある鋭い双眸を光らせ、手早く竿の鋒を跳ね上げた。すると釣り糸は静寂を忘れたかのように暴れ狂って右へ左へと激しく波を裂き出し、深く海影の果てに巨体の靄を晒し出した。

 デカい。思わずリゼラが竿を手放しそうになるほど、その獲物はデカい。


「キタキタキタキタぁーーーーっ! デカい、デカいぞフォールぅ!! 釣れ、はよ釣れ!!」


「そう急かせるな。リゼラ、網を取れ。俺が釣ったのは貴様も喰って良いぞ」


「何と! マジか!! 捕る捕る!!」


 自身の釣り竿を放り投げ、リゼラはフォールの後ろに転がる網を手に取った。

 大体自分の倍はあろうかという長さの網だが、その程度で尻込みする魔王ではない。


「網を伸ばせ。落ちるなよ」


「ぬははこの程度で落ちるわけがだばーーーっ!!」


「り、リゼラ様ああああああああああああああぁーーーーっ!!」


「馬鹿め、だから言ったのに」


「アカンアカン流されとる流されとる! リゼラちゃん流されとる!!」


「まぁ待て、そう慌てるな」


 フォールは立ち上がり、足元に力を込めて一気に釣り竿を引き上げた。

 そう、それこそは細かい小手先など用いない、豪快なる男の生き様。――――即ち、一本釣りである。


「「つ、釣ったぁああああーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」」


 蒼き飛沫と共に跳ね上がるのは鋭い一本角を持つ黄金の怪魚、とその半身に食らい付く魔王様。

 半身っていうか既に半分飲み込んでる。人魚ならぬ魚魔王になってる。これもう釣りじゃねぇ。


「やはり釣れたか」


「やはり釣れたかっていやそういう問題じゃ……っぶねぇ!?」


 ルヴィリアの真横に突き刺さる一本角の黄金怪魚。

 刹那、それに食らい付くリゼラから『惜しい』と聞こえたような気がしたけれど気のせいだと思いたい。


「な、何だこの魚は……。見たことないな」


「ふむ、俺も見たことはないが……。まぁリゼラが食い付いている辺り食えるものなのだろう。恐らく」


「ホントに大丈夫なのコレ……?」


 リゼラを引き離してみれば、黄金怪魚の姿はそれはもう美しいものだった。

 金色の鱗にのっぺりした体躯、羽翼のように発達したヒレ、微妙にしゃくれた唇や、何よりレイピア剣のように伸びる金色の角。太陽に煌めくその姿は名剣さえも思わせる。

 まぁ、名剣の柄は魔王により破壊されているわけだけども、そこは目を瞑るとして、だ。


「脂身が多いな。かなり活発な魚らしいが……、ふむ。炙りだな」


「炙り!」


「よし、海賊団の食料庫から薬草を調達してこよう。炭……、もあるか。やはり炙りだ。炙りで食うぞ」


「炙りッ! 炙りッ!!」


「そうか、炙り欲しいか。ならば手伝え。リゼラ、食料庫の位置は解るな? 薬草が欲しい」


「炙り? 炙りッ!」


「良いだろう、ならば行け。海賊どもから強奪だ」


「炙りィイイイイーーーッッ!!」


 まるで猟犬と飼い主が如く海賊団の食料庫へ突っ込んでいく魔王と勇者。

 海賊達の制止も突っ切っていく辺り自分達が止めても無駄だろうと四天王二人は再び釣り漁業へ戻る。何と言うか、えぇ、子供は自由にさせてた方が成長しますので。


「……元気だな」


「元気過ぎる気もするけどねぇ……」


 放り出された竿二本と甲板に突き刺さった黄金怪魚から視線を逸らしつつ、二人は再びウキへと視線を戻す。

 ちょいちょいとウキが浮き沈み。あ、小魚釣れた。


「炙り炙り炙りィイイイイーーーーッッッ!!」


「リゼラ。しっかりと盗れただろーな? 調理の味の新鮮さにかかわる重要な薬草を!」


 とかやってる間にも早速、魔王のご帰還なり。

 その手には何やら緑と赤の薬草が。確かナツモギやアキレムと言った薬草で食材の香り付けや磨り潰せば香辛料として用いられることの多い、辛みのある食材だ。ちなみに緑のがナツモギで赤のがアキレムである。

 いつの間にか脇には炭火焼き用の七輪まで抱えているし準備は万端なようだ。


「炙りっ。炙り!!? 炙りっ!!」


「良ぉお~~~~~しッ! よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし。りっぱに盗れたぞ、リゼラ」


「……何をやっているのだ貴殿は」


「解らんか? 人間は『好奇心』が刺激されるほど精神のパワーがわいてくるものだ。人はどの生命よりも好奇心が強いから進化したのだッ。早く見たいッ。俺はこーゆー魚を調理するところを早く見たいと思っていたのだッ…」


「久々にフォール君が露骨なハイテンションになっとる……」


「スライムの痕跡を見つけて五体投地したり天に祈り出したり無言で跳ね回ったりするよりマシじゃないか……」


 一番酷い時はスライム神降臨の儀式とか言い出すそうです。


「炙りい炙っ炙りっ炙りーーーーッ!」


「そうだすまない忘れてた。ごほーびをやるぞ、よく盗れたごほーびだ。2切れでいいか?」


「炙りいいっ炙りっ炙りいっ」


「3切れか!? 炙りが3切れほしいのか?」


「炙りい炙、炙りいいっ」


「3切れ…、イヤしんぼめっ!!」


「ねぇ待ってこのハイテンション小芝居にいつまで付き合えば良いの?」


「たぶんそろそろ調理に入るんじゃないかな……」


「と言う訳フォールの三分クッキングを開始する」


「ほら」


「ごめん頭痛くなってきた」


 この空間に常識という文字はない。


「まずこの黄金の魚……、黄金一角と仮称するが、恐らく食える」


「調理一言目で恐らく食えるとか聞いたことないんだけど」


「骨格は鼻の角以外は普通の魚だな、捌くのに難はない。まずは鱗を剣の背で削ぎ、頭を落とす。この頭は後々使うので横に避けておこう。次に腹へ裂け目を入れ、内臓を傷付けないように注意してそっと取り出す。種類によっては内臓ごと食えるものも多いが、この黄金一角は脂身が多いので今回内臓はナシだ」


「もう完全に手付きが主婦だな……」


「料理できる男って感じ。こんな夫が欲しいですなぁシャルナさぁん!?」


「ば、馬鹿貴殿! 黙って見ていろ!!」


 ぶーぶー言ってる彼女を他所に、調理は段々と進んでいく。

 どうやら次は黄金一角の骨を取り除く作業のようだ。


「ここまで来れば簡単だな。尾を抑え腹から剃って半身にし、できた半身の骨末へ剣を当てて刃が浮かないよう注意しつつ削ぎ上げていく。もう片方の半身も引っ繰り返して背びれから同じようにだ。後は尾を切り落とせば切り身ができる」


「炙り……、刺身? 刺身!」


「……まぁ今回は良いだろう。少し喰わせてやる」


「刺身ぃ……」


 ※要約:とろとろでメチャ美味い。


「後はここから炙りに……、何? もう一切れ欲しい? ならん。貴様には神魚の干物を残さず食い散らかした罪がある」


「刺身ぃっ! 刺身ぃっ!!」


「そ、そう言えばそんな事もあったな! う、うん……」


「……まぁ、犯人はコイツだけではないようだが?」


「は、ははは……」


 この際、気まずそうにシャルナが視線を逸らしていたのをルヴィリアは見逃さなかった。

 たぶん晩酌のつまみになってるなコレ。


「そ、それより貴殿! 何だ、この手際の良さは神魚を捌いたときの経験が活きているのだろう? 経験というのは活きてこそだからな!! うむ!」


「……まぁ、確かにそうだが。あの時はアヒージョと魚の骨チップスを作ったのだったな。今回は炙りだが、ふむ、ただ炙るというのだけも楽しくない。何か一手間加えたいところだ」


「あっ、解った! ここでさっき切り落とした頭が出て来るんだ! 間違いないね、僕の勘は当たるんだ!!」


「いや、これは……」


「刺身ィイイイイイイイイイイーーーッッッぃぶっ」


「……と、この様に調理途中の新鮮な食材に我慢できなくなった魔王を退治するためにだな」


「「み、眉間にいったァーーーーーーーーーーーーッッッ!!」」


 勇者、黄金の一撃で魔王を無事討伐。


「では下準備を終え、魔王(ぬすみぐい)を倒せば次は仕込みに取り掛かる。ちなみにイカをシメる時もこの様に眉間を狙うと一発でだな」


「やめてよフォール君! レシピの一環で倒された魔王とか聞いたことないよ!!」


「……では食材リストに加えておけ」


「いやそういう問題でもないし何で不満げ……、うわぁ!? すっごいみっしりリスト化されてるぅ!! 何か実家のママが持ってそうなレシピ集になってるぅ!!」


「こ、これ貴殿が書いたのか……? 旅してきた中での食事のレシピや食材を、全部?」


「あぁ、将来はスライム伝記とスライム神宣教師の自伝と共に世界規模で発売するつもりだ」


「前二つは止めといた方が良いと思うんだ、僕」


「フッ、歴史に名を残すからか?」


「うんまぁ変人か罪人のどっちかでね……」


 罪状、洗脳罪。


「おっと、無駄話をしている場合ではなかったな。……さてここまで下準備したから後は炙るだけだが、ふむ。ここで先日から多用している米を使用しよう」


「うわ出たお米! と言うか何処から出したのそれ!?」


「何かに使えないかと常備していてな。藁で包んで保存すれば良いと老夫婦から聞いた。……あぁ、老夫婦というのはイトウ宅で過ごしていた時の隣人で」


「それはどうでも良いんだが、冷めてないか? その米……」


「うむ、道中でリゼラが騒ぎ出すだろうと思って用意してやった握り飯だからな」


「そのリゼラちゃんが永遠に騒げなくなってるんですがそれは」


「どうせ飯の匂いを嗅げば起きる。……して、まず用意するものに湯が必要だ。誰かこのナツモギとアキレムを煮込んできてくれ。おいそこの海賊、貴様だ、貴様で良い。頼んだぞ」


「えっ、俺ですか? ま、まぁ、フォールの旦那の頼みなら……」


「躊躇なく周りを巻き込んでいくスタイル」


「と言うか薬草を盗んでおいて小間使いまでさせるって貴殿……」


「細かいことは構わん、どうせ奴等にも飯はくれてやるからな。リゼラの分を含めれば海賊達にも一杯ぐらいは行き渡る」


「待ってそんな量の握り飯持って来たの!?」


「……最近はポーションだの傷薬だのより道中の弁当だからな」


「道理で何か良い匂いがする事が多いと思ったら貴殿……」


 追記しておくが海賊団は数十人単位である。


「して、ここからは黄金一角の炙りに入る。まず白身脂がかなり多いのでな、これを贅沢に使おう。七輪に脂を塗り、さらに炭火にも脂を加え……」


「え、待ってそんな事したら」


「着火」


 それはもう天高く、火炎の柱が立ち上ったそうです。


「「それ見たことか!!」」


「これをフランベと言うらしい」


「こんなフランベがあってたまるかぁ!!」


「ア゛ヂィ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッッッッッ!!!」


「って言うか燃えてる燃えてる! 抜け駆けして吊し上げくらった海賊が燃えてるんだけど!?」


「馬鹿な、薬草湯はまだか?」


「アレ消火用とか正気か貴殿!?」


「駄目だ今日のフォール君テンションおかしいよ! 初めての船旅で若干ハイになってるヤツだよこれぇ!!」


「いや流石にフォールがそんな事になるはずが……」


「……フフ、海で火柱か。フフ」


「「なってる!!」」


 割と純粋な勇者ですが、このあと海賊団の人達にメッチャ怒られました。


「さて、気を取り直してだ」


「さっきの惨状から気を取り直せる辺り凄いよね、君」


「今更だ。もう何も言うなルヴィリア……」


「刺身の炙りと薬草湯の用意はできたな? ……うむ、案の定湯に味がついている」


 フォールの手元に用意されたのは先程の大惨事で完成された炙り刺身と、海賊の用意してくれたナツモギとアキレムのそれぞれ2種類ある薬草湯。そしてリゼラの弁当用にと用意した、冷えた握り飯だった。それぞれ三つは結構なことだが、どうにも未だ完成しているというわけでもなさそうだ。

 四天王達もはもちろん、説教を終えた海賊達もその様を珍しがっているのかやいのやいのとその様を見つめてざわついている。


「こ、ここからどうするのだ? 貴殿。飯でも炒めるのか」


「む? いや、これで完成だ」


「ありゃ? そうなの?」


「あと一手間は加えるがな」


 当然のように用意されたスライム型のお椀へ、彼は冷えた握り飯を丁寧に盛っていく。

 そこへ黄金一角の炙り刺身を盛りつけ、ナツモギとアキレムを軽く刻んでふりかけ、さらに薬草湯を注ぎ込んで、と。


「「「「「おーーー!」」」」」


 お椀の中で冷や飯がほろりと崩れ、辺り一面に炙り刺身と薬草湯の温かな香りが漂った。

 その様を眺めていた四天王や海賊達は思わず感嘆の声を上げ、香りの湯気に頬を緩ませる。頬を打つ海の涼しげな潮風とはまた違う、一嗅ぎで良い香りだと解るような、顔をのんべり溶かしてしまうような、そんな爽やかな、それでいて朗らかな湯気だ。


「ほう、湯漬けか……」


「知ってるのですかリゼラさ……、生き返ってる!?」


「フォールの持つ作ってみたいレシピ集に載っておったらかな。何か飯に湯かけるらしい」


「説明雑すぎない!?」


「だがその味はただの湯と侮るなかれ冷めた飯がほろほろと口の中で崩れサッパリとしつつも風味ある香りが全身に染み渡るような味で疲れた胃に優しく二日酔いや風邪の朝にぴったりな料理だとも言われておるらしくその上アレンジも多岐にわたり米愛好会の中では湯に拘るか添え物に拘るかという論争勃発が巻き起こるほどの一品なのじゃ」


「あ、違うわコレ味にしか興味しかない奴だわコレ」


「何、その味も喰えば解るとも。シャルナ、周りの海賊達にも配ってやれ。乗り賃代わりだ」


 戸惑いながらも、シャルナはフォールから幾つかのお椀を受け取って海賊達へと配っていく。ただでさえ良い湯気を立たせる湯漬けを受け取れば、海賊達がどうするかは語るべくもない。

 ――――そこから先は大騒ぎだ。船が潮に乗ったことで手空きになった海賊達は湯漬けを受け取り、その炙り刺身と薬草湯漬けに舌鼓を打つ。そんな彼等を見て仕事中の海賊までもが縄だの帆だの見張りだのをほっぽり出して宴に参加し、また大騒ぎの輪が拡がっていく。

 いや、無理もあるまい。さくりと香ばしくふわふわな白身としっとりした赤身の炙り刺身に掻き込むことこそ至上と言わんばかりに腹を空かせる湯漬けだ。潮風の辛みも相まって、今回ばかりは誰も彼もが何処ぞの魔王に負けぬ食いっぷりである。


「……ふむ、大成功だな」


 フォールもこの様子には無表情でご満悦。やはり米は良い。無限の可能性がある。

 どうやら、レシピ集作ってみたいランキング第9位は大成功に終わったようだーーー……、と。

 そんな彼の隣へ、誰であろう大騒ぎする海賊達の長こそグレインが不可思議そうな表情で駆け付けてきた。

 いったいことは何の騒ぎですか、と。


「あぁ、グレインか。……何、少し手料理を」


「ま、まさかガロラ・マーダイウンフィッシュを殺ったんですかい!?」


「……何?」


「あぁ間違いねぇ、この頭はガロラ・マーダインフィッシュのモンだ! 流石はフォールさん、こんな凶暴なクソ野郎も一発ってワケですね!!」


「……いや、まぁ」


「しかし危なかった、傷を負いませんでしたか? コイツの肉には毒がありましてね、熱湯で消毒したり薬草を塗り込めば害はありませんが、えぇ、たまぁーにいるんですよ。毒くらっても放置してるやつ。全身が黄金色に輝いて爆発しちまうらしいッスよ」


「……それは、刺身なんか食べたりしたら」


「毎年、春先に何人かの漁師が爆発するのは名物ですね」


 ちらりと振り返った勇者の視線の先で、魔王の頭が金色に輝いていた。

 その後は、何と言うか、もう、えっと、その、はい。


「……そうか。ところで湯漬け、いるか?」


「おぉ、フォールさんの手料理ッスか? 貰うッス!」


 その日、グレイン海賊団は大騒ぎの大宴だった。

 七輪から火柱が立ち上ったり海賊が一名ほど焼け焦げたり魔王が爆発したりしたけれど、嗚呼。

 とても平和な、昼下がりの船旅だったというーーー……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ